たぶん続きま――
私、宮下栞はクズで最低なレズ女だ。それは自他ともに認識されている事実である。
率直に言えば私は顔がいい。とてもいい。かなりいい。中性的な顔立ち、きりっとした目元、ピンと伸びた鼻筋、まさしく美麗と称するに値するビジュアルだ。街を歩けば老若男女が私に見惚れ、店に入れば店員すら仕事を忘れ私に注目する。
それに顔だけでなく体つきも抜群だ。細く柔らかな四肢、形のいい胸、引き締まったくびれ、肉付きのいい尻。まさしく100点満点中の120点なスタイルをしている。スカウトやナンパなんてしょっちゅうで、電車に乗れば5回に1回は痴漢もされる。
だがそれを煩わしいと思ったことはない。誰だってこんな美貌を持つ私を求めようとするのは当然だ。むしろそういった行為をされることで私は自身の承認欲求を満たしている。
とはいえこれだけでは私がクズだという証明にはならず、これではただのビッチでしかない。否定はしないが。
ならなぜ自身の容姿について話したかと言えば、私がこの私の容姿を悪用しているからだ。
私の容姿は女性にたいそう人気で、女子高に通っていた時はまるで王子様のような扱いをされていた。私は自身の人気を生かし今に至るまで数多の女性を抱いてきた。時には学生、時には人妻、時にはアイドルまでも。
自身の性欲を満たすためだけに多くの女性と関係を持ってきた。ある人には愛を囁き自身に執着させるために恋人になり、ある人にはお互いの欲求不満を解消するためのセフレとなり、ある人には亡くなった恋人の代わりとして慰み者となり……。
そんな風に数え切れないほどの女性と付き合ってきた。何度も、何回も、いくらでも。
そしてその女性に飽きたら関係を断ち、別の女性を探す。なんなら一度に複数の女性と関係を持つことだってざらだ。
最高で6人ほどと同時に付き合っていた時は刺激的ではあったが、いろいろと面倒事にも巻き込まれたっけ。なんなら死にかけたし。
「……あー、いったー」
とはいえまさか本当に死ぬような目に合うとは思わなかったな。人生何が起きるかわからないとはよく言うがこんな唐突に死がやってくるとは。
無機質なアスファルトの固さを背中で感じながら、刃物でされたお腹に意識を向ける。
痛い、というより熱い。まるで炎に燃やされているかのように。
とくとくと流れ出る血が服を汚し、重くなって肌にまとわりつく服が煩わしい。
「……天罰、ってやつかな……」
それに関係を持ったのは女性だけはない。
私は自身の美貌を生かし男に体を売ってお金をも稼いでいた。
はっきり言って行為自体は女性とするほうが楽しい。微塵も快楽を感じられないわけではないが、私の趣味嗜好的に男とそういった行為をしてもそこまで楽しめなかった。
けれど、金払いは男の方がよかった。というよりも、私は私の趣味で女性を抱いているから女性から金銭を受け取るということがほとんどなかった。……部屋に転がり込んで暮らしたりはしていたが。
だからこそ男に媚び、体を捧げ、奉仕した。生活するため、そして女性と遊ぶため。
そういう風に私は今まで生きてきた。
「……ぼーっとしてきた」
トクトクと腹から流れ出ている血が勢いをおとしていく。
背中に感じるアスファルトの感触も少しずつ感じ取れなくなっている。
「……あの子、誰だっけ……?」
私のお腹をさした子の顔にはどこか見覚えがあった。虚ろになっていている頭を無理矢理回す。
「……思い出した……半年前に別れた子だ」
そうだ。あの子は大学生で、2か月ほど居候していた部屋の主だ。
あの子は同棲のように感じていたのだろうけど、私からしたらただの都合のいい家でしかなかった。とはいえあの子が望むように恋人としてふるまってはいたが。
けど当然私があの子のことをたいして気に掛けることはなかった。あの子がいないうちに他の女性と遊び、そこらの男で金を稼ぎ、家ではあの子を相手にする。
そしてそんなことをしていたらいずれバレるものだ。
浮気をしていた私のことを烈火の如く怒り、いつものように私は逃げ出した。
着の身着のまま、わずかな手荷物だけをもって。
「……なんでここがバレたんだろ……まぁ、いいかべつに」
どうせこのまま死ぬ私にそんなこと関係ない。
というかどうでもいい。
普通は恨んだり妬んだりするんだろけど、そんな感情は一切わいてこない。
むしろ刹那主義者である私にはちょうどいい終わり方だと思っている。
だって、こうした生き方なんてあと数年もすれば出来なくなるからだ。
30を越えれば男は離れていく。女性もこんな身元不明な人間を受け入れる物好きなんていない。
魅力は薄れ、何もできないクズ女がその先何十年も生きていけるわけがない。
いずれ私はどこかで行き倒れることになるだろう。そう思っていた。
だから、まあ、そうなる前に人生を終えることが出来たのはちょうどいいのだ。
「……でも、やっぱりさみしいな」
自業自得ではあるが死ぬ瞬間に誰も私のことを悼んでくれないというのは結構辛いものなのかと気づいた。倫理観のないクズのくせに、普通の人のような感情もあるのかと驚いた。
せめて、誰でもいいから私のことを泣きながら見送ってほしい……なんて叶わぬ願いを思い浮かべる。
「――!? ――っ!!」
「……?」
誰かの声が聞こえた。
ぼんやりとした視界の中で誰かが私のそばにいる。
「……ハハ」
まさか本当に願いが叶うとは。
きっと私の事情を知ったらこの人も自業自得だと哀れんだことを後悔するだろうけど。
けどそんなこと知ったこっちゃない。
私の願いのために、この心優しき人を利用させてもらおう。
最期の瞬間、まるで自分も普通の人のようになれた気がして満足しながら意識をおとした。
「――ここは」
死後の世界、にしては随分と俗世的な部屋だ。
テレビに本棚、机にパソコン、向こうの方にはキッチンもある。
まるで現実世界そのものだ。
試しに頰をつねってみるが、普通に痛い。
「……あれ?」
どうやらここは本当に現実らしい。
とりあえず服をめくってみるがそこには刃物で刺された跡なんてなかった。
けれどその代わり、刺されていた場所にぼんやりと赤いマークのようなものが浮かび上がっている。
「……なにこれ?」
なんだか不可思議な紋章のようなもので、指でなぞってみるが何かが起きたりすることはなかった。
考えてもよくわからないからとりあえずこのことは後で考えるとして、昨日何が起きたのかについて考えてみる。
「………………夢?」
だとしたらあまりにもリアルすぎる。それに今着ている服だって私の服じゃない。それにこの部屋に見覚えだってないんだ。
「……でも知らない部屋で目を覚ますことなんてしょっちゅうあるしな」
なにはともあれ、昨日私の身に何かが起きたことは間違いないだろう。私一人で考えても何もわからないのなら、この部屋の主に聞いてみるのが一番だ。
そう思った時、上から誰かがおりてくる気配がした。
「よかった、気が付いたんだ」
「え?」
階段から降りてきたのは一人の女性。見た目はおっとりとした可愛い系で、ふんわりとした長い黒髪を揺らし、私よりも豊満な胸を持っている。
「心配したよ」
見惚れてしまうほどの見知らぬ女性、のはずだ。けれどどこか見覚えがあるような、聞き覚えがあるような……。
「えっと、状況がよくわかんないけど、とりあえずありがとう。助けてくれて」
「ううん、お礼を言われるようなことはしてないよ」
「名前を聞かせてくれるかな」
「……やっぱり気付いてないんだ」
「あー、ごめんね。知り合いだった?」
「知り合いなんて言葉で片づけていい関係じゃなかったよ」
「もしかして私の事ちゃんと知ってるの君?」
「うん、恋人がいるのに浮気したり、体を売ってお金を稼いだり、いろいろしてたよね」
「あちゃー、ホントにちゃんと知ってるじゃん」
「特にひどいのは――恋人の体をあんなに調教したのにほっぽり出してどっかいっちゃったこと」
「…………へ?」
その言いよう、まるでかつて私と付き合っていたことがあるみたいな。
既視感が強くなる。
頭が痛くなる。
脳が急速に記憶をさかのぼり、思い出したくない学生時代のことを思い出してしまう。
「久しぶりだね、しーちゃん」
その呼ばれ方をしたとき、頭の中で歯車がカチッとはまった音がした。
「ふ、文香……?」
私が最初に付き合った女性。私が私になるきっかけの女性。私が初めて人生を歪めた女性。
空木文香がそこにいた。
「――っ!」
私はとっさにこの場から逃げ出そうとベッドから飛び起き、部屋から出ようと走り出そうとした。けれど……。
『――おすわり』
「はいっ! ――え?」
私の体は反射的にその場に座り込んだ。
「な、なに……これ……っ。体が――っ!?」
「もう、慌てないでよ」
「ひっ――!?」
ゆっくりとにじり寄ってくる文香から逃げようと体に力を入れようとする。けれど私の体は言う事を聞かずじっとその場に座り込み続けている。
「私ね、しーちゃんがいなくなってからずっとしーちゃんのこと探してたの」
「な、なんで……?」
「だって私の体、しーちゃんでないと満足できなくなっちゃったの……だから」
文香が目の前で膝をつき、私を胸に抱き寄せてきた。耳に吹きかかる文香の吐息がゾクゾクッと私の背筋を震わせる。
「責任、取ってね」
私の本当の天罰は、ここから始まるのだった。
――す!