過去に抱いた女が激ヤバ女になっていた件について 作:朱汰清家
「……まだつかないのか?」
「もうちょっとだよ」
文香と並びながら街中を歩く。視線をおとせば赤いリードをしっかりと握りしめている自身の右手が目に映った。放そうと手に入った力を抜こうとするが私の右手は私の意思に従ってくれない。家を出てから何度も試しているがこの結果は変わらず、もはや諦めの境地に至っていた。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だよ。ちゃんと認識阻害の魔術は発動してるから」
「とはいってもなぁ……」
文香はリードと首輪にその魔術をかけているから普通の人は認識できないとは言っていたけれど、だとしてもやっぱり気になる。なにしろすれ違う人全員が私たちの方を見てくるのだ。
他人に見られることは慣れていたどころかむしろ見られていることに自信を持ち、むしろもっと見ろと普段から思っていた私だが、さすがにこの状況でそこまで高慢にはなれない。
「まぁ、確かにこんな美人二人が並んでいたら目を奪われるのも仕方がないけど」
「! しーちゃんが私の事美女って!?」
「……確かに私みたいな美人が街中を歩いていれば目を奪われるのも仕方がないか」
「しーちゃんのいけずー」
「というかバスのあれなんだよ」
「あれ?」
「憶えてないっていうつもりか?」
「どれの事? どさくさに紛れてしーちゃんのお尻触ったこと? それともしーちゃんの髪の毛を一本頂戴したこと?」
「それじゃな――! いや待て、髪の毛を頂戴したってなんだよ?」
「言葉通りの意味だよ?」
「何に使うつもりだよ。怖いよ。なんでそんなことしたんだよ?」
「お腹がすいてたからかな」
「……は?」
「とってもおいしい味だったよ」
うん、こいつは頭がおかしい。というか髪の毛食べるって普通人体の構造的に拒否反応出るだろ。なんでそんな風に食べれるんだよ。
考えるのはよそう。そんなこと考えたって意味がない。
「それじゃなくてあの命令だよ!」
「命令なんてしたことないよ? おねだりはしたけど」
「それだよ! なんだよ急にリードを引っ張れって言ってきやがって!」
「あれは……すっごくよかった❤」
「バスの中で発情するんじゃねえ!」
周りには首輪とリードが見えてないおかげで文香がバランスを崩してそれを支えたっていう風に見えてはいたんだろうけどさ。
こっちとしてはメチャクチャ恥ずかしかったんだが! ていうか今も恥ずかしいし!
「あ! 見えてきたよ!」
「……あの店か?」
知らない店だ。べつにこの辺りによく来るわけではないけど、それでもまったく記憶にない。隠れた名店ってやつだろうか。
窓から中をのぞいてみるとそれなりに繁盛していた。これなら普通に楽しめそうだな。味が良ければデートコースの候補に入れてもいいかもしれない。今度いい女性がいたら連れてくるか。
「さっ、入ろっ!」
「はいはい…………っ?」
文香の後に続いて店の中に入るとなんだか妙な感じがした。背筋がゾクゾクッとするような、そんな感じだ。冷房が効きすぎているのだろうか? まあ気にすることでもないな。
「いらっしゃいませー!」
お、なかなかかわいい店員さんじゃないか。彼女を口説き落とすために通ってもいいかもしれないな。
「あ! 文香さ……ん…………?」
なんだ? 店員さんが私たちを見て固まったぞ?
「いつもの席空いてる?」
「…………え、えぇ。空いております」
「よかったー。しーちゃんこっち」
「……?」
文香に連れられ席に着いたはいいが、その途中ですれ違う客全員がこっちを見てきたんだよな。それに、こうして席に着いた後もなんだかこの店にいる人全員がこっちを見てひそひそとしているんだが。
「なあ文香、本当に他の人には見えていないんだろうな?」
「だから言ったでしょ。普通の人には見えないように認識疎外の魔術をかけてるって」
「じゃあなんでこんな注目されてるんだよ!」
「別に誰もこっち見てないと思うけど」
「本当にそう思うのか!? この空気で!?」
「だから普通の人には見えてないって」
「だったら…………まて」
普通の人……普通の人? 普通の人ってなにをさしている?
普通に考えれば魔術を知らない人だろう。つまり普通じゃない人は見えるってことだよな。普通じゃない人ってどんな人だ?
よくよく見てみればこの喫茶店、どことなく妙だ。いや周りの空気が変なのはおいといてだが。何やら不思議な置物や、壁に知らない文字や見たことのない模様、内装全てがどこか浮世絵離れしているかのような。
「文香、一つ質問していい?」
「いいよしーちゃん。何でも聞いて。しーちゃんにだったらなんでも答えちゃう。スリーサイズ? 下着の色? それとも……はっ! も、もしかして排卵日!? もー! 気が早いんだから!」
「いらんしらん聞きたくないそんなこと」
そもそもそんなもん聞いたところで何の意味もないだろうが。お互いに女なんだから。
「そうじゃなくてその認識疎外の魔術、普通の人は見えないってことは、普通じゃない人は見えるってことだよな」
「そうだよ」
「その、普通じゃない人って、どんな人だ?」
「それはね、私と同じ魔術師。あとたまに魔術師ではないけど魔術の才能がめっちゃある人は見えちゃったりするかな」
「……そっか」
まさか、まさかな。そんなわけがないよな。きっとそうだ。さすがの文香もそこまで馬鹿じゃないはずだ。
「なあ文香」
「なぁーに。しーちゃん」
「ここってどういった店なんだ?」
「ここ?」
頼む、普通の喫茶店って言え! いやマジでそう言ってくれ! 頼むから!
「ここはね――魔術師御用達の喫茶店だよ」
「――ふざけんなあああああああ!!!」
クッソやられた! つまりこの店にいる人全員魔術師ってことかよ! 客だけじゃなく店員までも!
「つまりこれここにいる全員が認識できるってことだよな!」
「そういうことになるね」
「なんでだ! なんでこんなことをした!?」
「だってしーちゃんが私のご主人さまだってことみんなに知らせないといけないなって思って」
「必要ないだろ!?」
こいつ本当は浮気OKしてねぇな!
最悪だ! パッと店の中を見た感じ美人な魔術師が多いっていうのに! これじゃあ抱けないじゃないか!
「なになに、もしかして気になる人でもいたの?」
「あぁ! あっちもこっちも美人が多くて最高だ! その全員にこんなプレイしてるとこ見られたけどな!」
そりゃあの店員さんもあんな態度になるよな! ちくしょう! こんな場面を見られたら口説けないぞさすがに!
「それじゃあ紹介しよっか?」
「紹介ねぇ、出来るんならしてもらおうかな!」
「いいよ、どの子が気になるの?」
「さっきの店員さん」
「由奈ちゃんか! 確かにしーちゃん好みの見た目だよね!」
へえ、由奈ちゃんっていうのかあの子は。
「由奈ちゃーん! ちょっといいー?」
「え!?」
驚いた声もかわいいな。慌ててこっちに駆け寄ってくる姿もかわいい。
「ど、どうかしましたか文香さん?」
「私のご主人様が君のこと興味があるんだって」
「ブフォッ!!!」
なにを言いやがったこの女! くそ! 噴き出した水こいつにぶっかければよかった!
「えっと、あの、その、ですね……!」
「ごめっ、違うから! 大丈夫! 大丈夫だよ!」
とりあえず話をして誤解を解かないと!
「す、すみません! 私いま仕事中なのでぇぇぇ!」
「あちょっと! まって! せめて話を――!!」
行ってしまった。…………いって、しまった。
「あらら、残念だったねしーちゃん」
「どの口が言ってんだよ!」
「もちろん上の口だよ!」
ちくしょう! ツッコミたいがツッコめない! 反応したらこいつ絶対喜ぶからな!
「ほんとにもう……ふざけんなよ」
「ごめんって。でも今日はこれから人と会う約束があるからさ」
「約束ぅ?」
「そう、そろそろ来ると思うんだけどなぁ」
先約があるなら先に話しておいてくれよ、まったく。
「で、その人はどんな人なんだ?」
「えっとねぇ――」
「師匠ー! いらっしゃいますかー!」
うおっびっくりした! 誰だよ叫びながら店に入ってきた奴は。
「あ! いた! 師匠ー!」
「待ってたよかんちゃん」
…………まって、なんかこっちに来てるんだけど。文香もなんか手招きしてるんだけど。
「紹介するねしーちゃん、この子は私の弟子の神薙春香」
「初めまして! ウチのことはかんちゃんって呼んでください! ご主人様!」
「この子の事好きに使っていいからね」
………………なんか、また一人頭のおかしな女が増えたんだけど。
なんか弟子が生えてきた。