ミッドナイト   作:朱@

1 / 2
二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めたとさ。
一人は泥を見た。
一人は星を見た。

(フレデリック・ラングブリッジ、「不滅の詩」)


ワナビー・ア・ポップスター①

 夜が来るたびに考えることだ。

 俺が寝ている間に、手の届く範囲で、もしも誰かが死んでしまうとしたら?

 どうしようもなく暗い空に包まれることを『夜』という。

 そんなに暗いなら、俺の家の玄関の前で誰かが餓死寸前になって行き倒れても、誰かが俺の家の前の坂で転んで頭を打っても、誰か悪いやつが俺の家の裏で女の子にひ(・)ど(・)い(・)こ(・)と(・)をしても、気付くことはないだろう――本当に?

 

 俺が起きていたら、気付くことができるんじゃないか。

 俺が寝なければ、誰かを助けることができるんじゃないか。

 

 考えすぎだ、と母ちゃんは言った。

 あぁ、分かってるよ母ちゃん。だけどよ、だけどよ――今、現実によ。

 

 

 家の前の電信柱で。

 人間が、死んじまってんだよ。

 

 

 

*

 

 

 

「おーいジ(・)ョ(・)ジ(・)ョ(・)。教えてくれよ、死(・)体(・)の話」

「感電死か? 黒焦げだったのか!?」

「お前の家の目の前だって話しじゃねぇか」

「男か女かも分かんねぇってマジ?」

「宿題見せてくれよジョジョ。数学ってゴミじゃねぇか?」

 

 遅刻して登校した学校では、もう話が回っていた。どこから話が漏れたかは知らない――SNSにテレビに人間の噂話に、思い当たるフシがありすぎる時代だ――が、どちらにしろ困る。

 

「オイオイお前ら。明星(みょうじょう)が困ってんだろ。散れ散れ。

 ――譲(ゆずる)。

 なんかあったら、遠慮なく先生に言うんだぞ」

 

 明星 譲(みょうじょう ゆずる)。

 あだ名はジョジョ。

 高校二年生なのに、『電信柱で尻から口まで貫かれた死体』と、『血と内臓で彩られた電信柱』を見てしまったのを、俺は一生忘れられないだろうと確信していた。

 

「べっつにぃ~……困ってなんかねぇっすよ、センセ。俺ァいつも通りです」

「……まぁ、そりゃあ見りゃ分かるがなぁ」

 

 野次馬の生徒を散らした担任の目に、俺が映る。

 

「まぁ安心したよ。

 その星(・)型(・)の(・)髪(・)に星(・)の(・)ピ(・)ア(・)ス(・)に制服(学ラン)の星(・)の(・)刺(・)繍(・)――ぜんぶいつも通りの素行不良のオンパレードって感じだなァ。まぁ、うちは制服改造も自由だが……」

「よくよく見てくださいよセンセ。この髪。カードゲームアニメの主人公みてぇでしょ? セットに時間かかるんですよ――だけど乱れ一つない。

 ってことはですよ、センセ。

 外見の乱れは心の乱れ。

 乱れ一つない髪型から分かる通り、俺の心に乱れは一つもねぇワケです」

「……ひどい惨状だって話だ。先生は見てないが……スクールカウンセラーだって電話ひとつで呼べる時代だからな。抱え込むなよ」

 

 俺は鼻で笑った。

 

「イマドキの学生はグロに耐性あるんですよ。エロもグロもインターネットで無限に見れる時代ですからね。センセが心配するようなことはひとつもねぇっす……けど。

 ご心配、あざっす」

「だったらいいが……」

「今朝だってバッチリ四時起きだったんです。そうだなァ……強いて言えば警察の事情聴取がキツかったかなぁ。母ちゃんも慌てっちまってさ。

 ま、暫くは色々と忙しいんで、センセの宿題減らしてくださいよ」

「……そのくらいなら良いぞ。他の生徒にはナイショな」

「あざっす!」

 

 頭をかいて背を向ける担任に、俺はへらへらと笑って礼を言った。

 あぁ、だが。

 だが、引っ掛かることがないわけじゃない。

 死体を見て吐くほどヤワな身体じゃないのは事実だし、警察の事情聴取が厄介だった――こと以外、日常生活への影響がないのも本当だ。だが、だけれど。

 

「午前三時……」

 

 警察が漏らした、被害者の死亡時刻。

 俺があ(・)と(・)一(・)時(・)間(・)早(・)く(・)起(・)き(・)て(・)い(・)れ(・)ば(・)、止(・)め(・)ら(・)れ(・)た(・)か(・)も(・)し(・)れ(・)な(・)い(・)のに。

 

「……なんてのは、ねぇ」

 

 傲慢という言葉が脳裏をよぎった。

 俺はただの高校二年生で、特別な力なんて何もない……ガタイ自体はそれなりに良い方だったが、喧嘩が強いかと聞かれればやったことがないのでわからないし、何より人間を殴る度胸があるかも怪しい。

 そんなやつが、起きていたとして。

 電信柱で――電(・)線(・)も(・)切(・)ら(・)ず(・)に、人(・)間(・)を(・)電(・)信(・)柱(・)に(・)ブ(・)ッ(・)刺(・)せ(・)る(・)ような何者かと出会ったとして、何かできるだろうか?

 できやしない。

 できるわけがない。

 そんなことは分かっていたが……それはそれ、だ。

 

 

*

 

 

 深夜一時。

 俺は、家の外に出た。

 

 パトロール? 違うね。ただ喉が渇いただけだ。自販機は家から数十メートルの所、道のカドで光を放っている。そこまで行って、ジュースでも飲んで一息ついて、それから帰って寝るだけ。なにもおかしいことじゃあない。普段はしないってだけだ。

 という言い訳を母ちゃんにすることは決まっていた。

 まぁ、母ちゃんは夜勤で家にいないし、この言い訳を話すこともないだろう。

 

 俺はスマホの明かりを手に、自販機の光の前まで歩いていく。

 

 都市郊外にある、住宅地の夜だ。

 坂だらけで、車がないと登下校もめんどくさい(俺は自転車に乗ってる)。

 要するに都市本体からすると田舎というか、過疎っている地域というか、とにかく街灯が少ないため、夜はひどく暗かった。

 

 夏の夜なのに、暗いせいか、ぞっとするほど寒い。

 警察はまだ犯人を見つけていない。

 だが、死体はもう撤去されている。

 その事実が、俺の肌を刺すように冷たかった――怯えている? 自分から家の外に出ておいて? 笑えるな。じっさい怯えてんだよ。大の男が。

 

 俺はスマホのタイムラインに目を落とし、それじゃあ気が紛らわせないことに気付いて顔をあげた。

 

 自販機の前に、人が立っていた。

 

「えっ……」

 

 もう一度思い出してみよう。ここは都市郊外で、夜は街灯が足りないレベルで暗い。

 住宅地で、自販機の明かりこそあるが、それが照らすのは夜の蟲ばかりだ。

 当然、人影は少なくなる。

 今は深夜一時。

 人が立っていた。

 見知らぬ人影だった。

 

「……なによそのピアス。蛍光塗料じゃないの。レベルたけぇファッションだわねぇ……」

 

 男。

 男、のはずだ。

 なぜ迷ったか?

 相手を、『男』と呼ぶのに迷ったからだ。

 ブ厚い唇に、無数の金属ピアスが自販機の明かりを反射している。

 着ている衣装は肩を出したワンピースで、そこから隆々とした肩の筋肉が覗いている。

 

 白いワンピース。

 夏らしい麦わら帽子。

 そして、入れ墨の刻まれたスキンヘッド。

 ブ厚い唇に、長いスプリットタンをちらりと覗かせ、囁きは女言葉。

 

「ン、ナイス」

 

 ――男と呼ぶべきかは怪しい。だが、間違いなく、不審な人物だった。

 

「……ナイス・アーティスティックよ。少年(ボォイ)……」

「こ、こんばんは」

「こんばんは。少年(ボォイ)。挨拶ができて偉いわ。良いご両親をお持ちなのね」

 

 俺をボォイと呼ぶその不審人物は、自販機の明かりの前で俺を待つように佇んだ。

 何者か。

 尋ねる勇気はない。

 何故ここにいるのか。

 尋ねる勇気は、当然ない。

 腰のスマホを探る。俺は110番なら画面を見ないでも打て――

 

「あ、それちょっと待って(ウェイト)ね、少年(ボォイ)。通信はさ(・)せ(・)て(・)あ(・)げ(・)ら(・)れ(・)な(・)い(・)」

「――えっ」

 

 スマホが、ない。

 俺が目を凝らすと、自販機の下、男の手の内で何かが輝いた。

 俺(・)の(・)ス(・)マ(・)ホ(・)だ。

 

「えっ……」

「質(・)問(・)をするわ」

「なっ、なんで――ッ」

「あなた、あ(・)れ(・)をどう思ったの?」

「なん、で俺のスマホ……ッ!」

「質(・)問(・)に(・)答(・)え(・)る(・)の(・)。そ(・)れ(・)以(・)外(・)は(・)許(・)可(・)で(・)き(・)な(・)い(・)」

 

 べきり、と。

 何かが起こった。いや、起こっている。

 俺(・)の(・)身(・)体(・)に!

 

「っぐ――ぅう゛~~ッ!?」

 

 スマホを探っていた右手が――へ(・)し(・)折(・)れ(・)て(・)いる。指、全てが逆方向にねじ曲がっている!

 その事実に気付いた瞬間、激痛と脂汗が額を埋め尽くした。

 何(・)を(・)さ(・)れ(・)た(・)?

 いや、何(・)が(・)起(・)こ(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)!?

 

 俺と男の間には、5メートルほどの距離があった。

 男は一歩も動いていないし、俺は彼に近づいてもいない。

 だが、何(・)か(・)は確実に起きていた。

 

「どう思った?」

「――なに、を……ッ!」

「電(・)信(・)柱(・)、死(・)体(・)」

 

 それは、俺が今朝見たものだった。

 

「感(・)想(・)を聞かせて。偽(・)り(・)な(・)く(・)、あ(・)な(・)た(・)が(・)思(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)をそ(・)の(・)ま(・)ま(・)に。大丈夫。安心して。なにも恐れることはない。

 ただ思(・)う(・)ま(・)ま(・)を言うのよ。

 飾る必要はどこにもない」

 

 男が、近づいてくる。

 俺は後ずさろうとして――脚が、何者かに掴まれたように動かないことに気付いた。

 視線を落とす。

 夏の短パン。その下のあらわになった膝が――手(・)形(・)に赤(・)く(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)!

 両ひざとも、何者かに掌握されている!

 

「飾(・)る(・)ことはア(・)ー(・)ト(・)じゃない。

 ナイス・アーティスティック・スター・ピアス・ボォイ。お願い。落胆させないで。

 次逃げようとしたら、あなたは車椅子で暮らすことになる」

「なん、で……ッ!?」

「私のス(・)タ(・)ン(・)ド(・)、『イージー・ラヴァー』からは誰(・)も(・)彼(・)も(・)逃(・)げ(・)ら(・)れ(・)な(・)い(・)。抵抗は無意味よ。

 既に、私(・)の(・)射(・)程(・)に(・)入(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)」

 

 何を言っているか分からない。

 アート?

 アーティスティック?

 イージー・ラヴァー?

 

「――スタ、ンド……ッ?」

「質(・)問(・)に(・)疑(・)問(・)符(・)で(・)返(・)す(・)んじゃねぇッ!! な(・)に(・)も(・)知(・)ら(・)な(・)い(・)わ(・)け(・)が(・)ね(・)ぇ(・)だろうがッ!!!」

 

 男がダッシュで近づいてきた、その一瞬。

 振り下ろされる拳。

 

「ぐぁあ!?」

「四(・)回(・)だッ! 四(・)回(・)! あんたは私の質問に疑(・)問(・)符(・)で返した! 疑(・)問(・)符(・)が何かわかんねぇか低能そうだもんなァッ! 要するにハテナマークだよダボがッ!! 解説してやったぞ! 質問に答えてやったッ!!

 次はあんたの番なのよッ!!」

 

 視界が紅く濡れる。

 俺の瞼が、男の筋骨隆々の拳で切れたのだった。

 

「乙(・)女(・)の(・)顔(・)は(・)三(・)度(・)ま(・)で(・)ッ! 四(・)度(・)目(・)はダメよッ!! 駄目駄目ッ!! 『イージー・ラヴァー』!!!」

 

 膝を握りしめられる感覚が、消える。

 代わりに――首に、冷たい手が添えられた。

 男の手では、ない。

 いや、手(・)な(・)ん(・)て(・)ど(・)こ(・)に(・)も(・)な(・)い(・)。

 俺は今、見(・)え(・)な(・)い(・)、存(・)在(・)し(・)な(・)い(・)手(・)に首を触られている!

 

「喋れなくなる前に、感(・)想(・)を言うのよ。私の質問は最初から一つ。あなたみたいに次から次にポンポン出して入れ替えて相手を混乱させたりしない――それはア(・)ー(・)ト(・)じゃない。真のア(・)ー(・)ト(・)はダイレクト。た(・)っ(・)た(・)一(・)言(・)で(・)全(・)て(・)を(・)伝(・)え(・)る(・)。伝(・)わ(・)る(・)」

「か、感想……ッ!」

 

 首を握る見えない手に、力が入るのが分かった。

 親指が喉を押し、指が俺の大動脈を包囲する。

 生存本能が、俺の喉を振り絞らせた。

 

「――忘(・)れ(・)ら(・)れ(・)な(・)い(・)と思ったッ!」

「――ナイス・アーティスティックよ。スター・ピアス・ボォイ」

 

 男が微笑む。

 

「その一言で全(・)て(・)伝(・)わ(・)っ(・)た(・)。ダ(・)イ(・)レ(・)ク(・)ト(・)にね。だから、私は――」

 

 

 見えざる手に、力がこもる。

 

 

「――あんたを生かす理由を失った」

 

 へし折れる音がした。

 ――痛みはない。

 ――熱もない。

 俺は耳を疑い、目を疑った。

 ブツン、と切れる下半身の感覚。

 大動脈が握り潰され、脳がゆだるような感覚。

 首(・)の(・)骨(・)を(・)折(・)ら(・)れ(・)た(・)。その事実を明瞭に認識し、そのままに――

 

 

 

 

 俺の首を握りしめるそ(・)れ(・)が、見えた。

 

 

 

 

 人型だ。

 だが、人間ではない。

 人間の形をしているだけの、人間に近しいだけの。

 まったく異質で別の次元のものだと思った。

 

 自販機の明かりに照らされる、無数の手(・)の集合体。

 マネキンの手首から先のように無機質で、気味の悪い桃色に染められた手の群れが、寄り集まって、胸を膨らませ尻を膨らませた、誇張した人間の女性めいた形をしている。

 

 幽霊? ――違う。

 怪異? ――違う。

 異質だ。だが、異なる存在じゃない。

 気配が、同じなんだ。

 俺の目の前。

 目を冷たくした、このブ厚い唇の男の――隣に自然に立っているか(スタンド)のような、そ(・)こ(・)に(・)在(・)る(・)べ(・)く(・)し(・)て(・)在(・)る(・)ような、そんな存在感。

 

 同じ人間が二人立っているような気配。

 違う。

 同じなんだ。

 この人型は、この男なんだ!

 

「――スタ、ンド……」

 

 接続を失った肺が送り出した最後の空気が、歪んだ喉から引きずり出される。絞り出される。俺の首を握る手は力を増して、このまま骨がひしゃげるような感覚に襲われて――

 

 

 

 

 その手を、★が刻まれた無機質な手が掴んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。