ミッドナイト   作:朱@

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ワナビー・ア・ポップスター②

「――ようやく出したわねッ! あなたの()()()()をッ!!!」

 

 手の集合体が、首の骨をへし折られた俺を投げ捨てる。

 首から下の感覚がない俺では、その落下を止められない。視界が落下していく中で、俺はそれを見上げた。

 目撃した。

 認識した。

 

 白い、人型。

 手の集合体らしい、俺の首をへし折ったやつとはかなり姿が違う。

 情報量が少ないのだ。

 姿はただひたすらに白く。

 その頭があるべき位置には何もなく。

 装飾のない、白いだけの人型……その中で。

 拳――手の甲から手のひらに、貫通して★型の穴が開いている。

 

 何者か分からない。

 なのに、不気味だとは思わない。

 その白くうすらでかい、筋骨隆々としたシルエットは手のやつと同じように異質だ。なのに――確信があった。

 

 ()()は、()だ。

 

 手の集合体が動く。

 その拳を握りしめ、白い人型に殴りかかる。

 狙うは腹。当然だ。頭がないのだから、腹を殴るしかない。

 腹を殴られたら痛いだろうに、その白い人型は動かない――俺は、呻くように、無意識に呼んだ。

 

 

「やりなさい! 『イージー・ラヴァー』!!」

「――『ポップスター』……ッ!」

 

 

 人型(ポップスター)が声に応える。

 いや、俺の声が動かした、という感覚はない。

 俺の()()が、思考したその瞬間に、襲い掛かる手――『イージー・ラヴァー』の拳に反応して、殴り返したのだ!

 

 ぶつかる、拳と拳。

 光が爆ぜる。

 ――光! 光だ! 懐中電灯をパッと最大出力で光らせたような、そんな目を潰す光だ!

 

「きゃあッ!?」

 

 男の野太い悲鳴が聞こえる。

 俺は呻きながら、眩む視界に目を見開いた。

 

 『イージー・ラヴァー』が動きを止め、謎の男が目を手で塞いで動きを止めている――発光に目をやられたのだろう。『イージー・ラヴァー』は男と同じように、手指で形作った贋物の眼球を覆って呻いているようだった。

 今だ、と思った。

 

「――ッ!」

 

 声は出せない。

 首から下が動かない。

 だが。

 

「……!?」

 

 『ポップスター』は俺を抱き上げ、その場から一目散に走り出した。

 

 

 

 

 警察に通報? できない。

 『ポップスター』は喋れないようだし、俺のスマホはあの男が持ったままだ。

 家に帰宅? もっとできない。

 あの男がいる場所は家から数十メートルの所で、もし玄関が閉まる音なんてのが聞こえたら、やつは当然追ってくるだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()のだ。

 

「ゅ……ッ! ぅ゛……ッ!」

 

 恐怖で息が速くなって、気付く。

 息ができない。

 

 『ポップスター』は最初悠然と走り出した。

 だがしかし、俺を少し離れた神社に置いたところで、姿を消した。

 突然現れた理由は分からない。だが、突然消えた理由は理解できる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 わけがわからないが、『ポップスター』は俺の意識と繋がっているらしい。

 

 では、俺はどうなる?

 首の骨をへし折られた。

 首から下が動かない。

 恐らく、肺と脳の連携が上手くいっていない。

 

「――ひゅッ! ひゅぅ゛ッ!」

 

 喉の筋肉で無理やり絞り出すように息をする。だが、当然苦しくなるばかりで、目が白目をむいていることすら想像できた。

 まずい。

 死ぬ。

 意識はどんどん薄れて行っていた。

 夜のただでさえ暗い神社はモノクロに染まり、木々の黒だけが見える。

 鳥居の朱色も闇の中では意味がない。魔除けの色は夜にのまれ、空には星すら見えない。

 

「――ッ」

 

 死ぬ。

 

「――!!」

 

 叫べないまま、死ぬ。

 確信が俺を襲った。現実は非情である。

 俺は、夜に一人で出歩き、変質者に襲われ、理由もなく死ぬ。

 絶望感。

 その中で、なにかが見えた。

 

「――電信柱」

 

 人間にできない殺し方だった。

 あれは、()()()()()()に、()()()()()()()()()()いたのだ。

 理解できない力だ。

 理解できない現象だ。

 血と内臓で電信柱を彩る、なんて。

 電信柱で、人間の肛門から口までを貫くなんて。

 

 理解できない力が、今、()()()()()()()

 今朝俺の家の前で死んでいた彼は――()()()()()()()()のだ!

 

 酸素が途切れて死んでいく脳細胞の中でも、その程度のことを想像することはできた。ただのいやな想像力は、これ以上なく非情に現実的だった。

 わけがわかった。

 この力は、人を殺せる――『イージー・ラヴァー』がそうしたように。俺がそうなるように。

 この力とは、この力でしか戦えない――『ポップスター』がいなければ、『イージー・ラヴァー』も見えないまま終わっていたように。

 

 

 俺は、戦える。

 ――だが、今ここで死ぬ。

 

 

「あれは、良い感想でした」

 

 

 少女の声が、倒れ伏す俺の耳に届いた。

 

「……?」

 

 誰か。

 そんなことを聞くこともできない。

 

「『忘れられない』――真摯な感想です。残酷だとも、許せないとも、あなたは言わなかった。社会正義だとか理念だとかの不要な『飾り』のない、素晴らしい感想です。

 あの命を握られた盤面で、あなたは()()()()()()

 『嘘』は『飾り』です。

 『飾り』のない『愛』だけが『本物』なのです。

 この世を照らすのは常に『本物』だけです。あなたは、それになれる。

 『星』になれる」

 

 雲が裂けたようだった。

 月が、出たかのようだった。

 光が降り注ぎ、影が落ちる。異様な影。影だ。

 

 ドレスを広げた少女の輪郭。

 寄り添い立つ(スタンド)、歪な人型。

 

 

 

「繋ぎなさい、『ムーン・チャイルド』――彼を死なせてはいけません」

 

 

 落ちる影が蠢いて、俺の首を侵蝕する――激痛。

 痙攣。

 視界の回転。激しい熱。そして寒さ――違和感。

 

 いや。

 違和感が消える、感覚。

 

「彼はきっと、よい『観客(オーディエンス)』になる」

 

 ()()()()()()()()と同時に、俺は意識を失った。

 

 

 

 

「私の目を焼きやがったなッ!!!!!!」

 

 その罵声で目を覚ました。

 

 野太い声だ。

 男の声だ。

 俺の首をへし折った、『イージー・ラヴァー』の主の声だ!

 

 跳び起きる。その瞬間に、俺は全身に力が戻っていることを理解した。

 首から下の感覚が()()

 奇妙だ。

 奇妙なことしか起きていない夜だ。

 

「見えなくなったらどうしてくれんだッ!! ファッション業界の損失だぞオラッ!!」

 

 白い肩出しワンピースの、筋骨隆々の大男。

 やつが階段をのぼり、鳥居をくぐり、神社の境内へ――俺の目の前へやってくる。

 俺は思わずあとずさる。

 玉砂利を踏む音に、男が反応した。

 

()()()()()()()()()()な?」

「――見えてないのか」

「そうよん。スター・ピアス・ボォイ」

 

 大男の背後に、(ヴィジョン)が浮かぶ。

 手の集合体。歪な女型。

 

 

 

「だから、もう目つぶしは通用しない――『イージー・ラヴァー』!!!」

 

 

 深い夜だ。

 草木は当然、鳥も虫も鳴きはしない。

 ここに響くのは俺の息遣いと、俺が石畳を踏み、玉砂利を蹴る音だけ。

 

「音が聞こえる場所を、()()()()()ッ!!!」

 

 異常に気付き、飛ぶ鳥がいた。

 ――――それは、手に握り潰された。

 

 『イージー・ラヴァー』の全身が、崩れている。人型の輪郭が抉れている。

 それは、元々そこにあった手――マネキンの手首から先のような、無機質な桃色の――ものが、一人でに本体を離れて蠢いているようだった。

 手の集合体という印象は、間違っていなかった。

 手だ。

 あの手すべてが、やつの力。

 『イージー・ラヴァー』の力!

 

 

「再生能力だろうが光だろうがッ!! あんたの()()は知らないけどさァー……!

 握り潰せば死ぬのよねぇッ!!」

「――がッ!」

 

 逃げる。

 音が出る。

 俺の足が、掴まる。

 

「ッ」

「見つけた――」

 

 手が、俺を引きずる。

 『イージー・ラヴァー』本体に、散った手が集合し、融合する。

 歪な人型は完全に人の形をはずれ、巨大な手に変わる――俺を、人間を一人握り潰せるような大きさに変形する!

 

「ヴェスティティ・ツェペリの名にかけてッ!!

 テメェら『芸術家(アーティスト)』は。この私が全員殺すッ!!!!」

 

 奇妙な光景だ。

 桃色の巨大な手が、俺を握り潰そうとしている。

 明星譲(みょうじょうゆずる)という一人の人間の人生を、ここで終わらせようとしている。

 

 ――全身の血が冷たくなるような感覚。

 ――底知れぬ絶望感。

 ――夜、眠れないような感覚。

 ――死を目前にした感覚。

 

 だが。

 

「……聞きてぇことがあるんすよ、オカマさん」

「あぁん!?」

 

 俺は、冷静に髪を星型に整えていた。

 

 

 

 

「今朝。電信柱で殺したのは――アンタっすか?」

()()()()()()んだろうがッ!!! しらばっくれてんじゃねぇぞッ!!!!」

 

 

 

 人間にできない殺し方だった。

 あれは、()()()()()()に、()()()()()()()()()()いたのだ。

 理解できない力だ。

 理解できない現象だ。

 血と内臓で電信柱を彩る、なんて。

 電信柱で、人間の肛門から口までを貫くなんて。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「違う」

「――誤魔化しやがってぇッ!! 握り潰されろッ!!」

 

 あと一時間早く起きていれば、人が死ぬのを止められたか?

 答えはNOだ。

 

 では、ここで死ねば、夜眠れないことで苦しまなくて済むか?

 誰も助けられない現実に、鬱屈とせずに済むか?

 首の骨をへし折られた時のように、死を受け容れられるか?

 

 

 

 

「俺ァね、NOと言える日本人なんですよ――『ポップスター』!!!」

 

 

 

 

 頭のない白い人型が、現れる。

 

「今更何を――」

()()()()()()()()をッ! ()()()()()()()()()ッ!!!!」

「――したって死ぬんだよぉッ!!!」

 

 巨大な手が閉じるその瞬間。

 全身が握り潰される感覚の、その瞬間。

 

 ――――★の穴。拳のラッシュが、迫る指を殴り返す。

 

 溢れる光。目を焼く光。

 しかし俺は目を閉じない。

 視神経が焼ける感覚に襲われながらも、見届ける。

 ()()()()()()()ずっと気楽だ。だからこそ、俺は見抜かなければならない。

 

 拳が殴るたび、光る現象を。

 星のように瞬く極光を。

 

 そして。

 

「――ッ!?」

 

 ゆるむ、手を。

 

「なによッ! これ――『イージー・ラヴァー』の結合が、弱まっている……!?」

「――そうか」

 

 鳥を握り潰すほどの握力が、今、拳のラッシュで止められている。

 だというのに、音もでない。

 風圧もない。

 光だ。

 光だけがある。

 

 ――最初、『イージー・ラヴァー』と『ポップスター』の拳がぶつかりあった時もそうだった。

 

 衝撃波も音もない。

 ただ、彼らが……『スタンド』というらしいこれらの法則、というわけではない。

 

「お前は、()()()()()()()んだな」

「ッ!!」

 

 崩れる、『イージー・ラヴァー』。

 手の集合体――掴み繋ぎ握り繋がっていた身体が、無数の手へと分裂する。

 バラバラと崩壊する無機質な手。

 

 俺の足を掴む手を殴る『ポップスター』により、光が溢れ、俺の拘束も解かれる。

 

「――『イージー・ラヴァー』!」

 

 即座に再集合しようとする手の群れ。その中で、俺は跳躍する。

 そして、跳躍した瞬間の地面を『ポップスター』に殴らせる。

 光が生まれる。

 ()()()()()()()が、消える。

 

「どこに消え――ッ」

 

 『ポップスター』のものではない、俺の拳を。

 

「――がぁッ!?」

 

 俺は、『イージー・ラヴァー』ではない男の頭に叩きつけた。

 全体重を乗せた跳躍からの、殴り下ろし。

 筋骨隆々の成人男性でも。

 一瞬、崩れる。

 

「てめ――ッ」

 

 体勢を整えようとした彼と、肉薄する。

 

「『射程』だ」

「――は」

「俺の『ポップスター』の射程は、どうやら1メートルもないみたいだけどよぉ……」

 

 目と鼻の先、顔面。

 突き刺さる『ポップスター』の拳。

 顔面から、筋繊維の一本一本を伝うように流れる――光。

 

「――その範囲内で殴れれば()()くらい、消しちまえるらしいんすよ」

「な、ん――ッ」

 

 崩れ落ちる、男。

 肩だし白ワンピースが玉砂利に前のめりに倒れ、その背中に、『ポップスター』が拳を添える。

 

 

 

 

 

「テメェの心臓の『筋力』を光に変えてもいいんだぜ――俺の話を聞かねぇんだったらなッ!!」

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