「――ようやく出したわねッ! あなたの
手の集合体が、首の骨をへし折られた俺を投げ捨てる。
首から下の感覚がない俺では、その落下を止められない。視界が落下していく中で、俺はそれを見上げた。
目撃した。
認識した。
白い、人型。
手の集合体らしい、俺の首をへし折ったやつとはかなり姿が違う。
情報量が少ないのだ。
姿はただひたすらに白く。
その頭があるべき位置には何もなく。
装飾のない、白いだけの人型……その中で。
拳――手の甲から手のひらに、貫通して★型の穴が開いている。
何者か分からない。
なのに、不気味だとは思わない。
その白くうすらでかい、筋骨隆々としたシルエットは手のやつと同じように異質だ。なのに――確信があった。
手の集合体が動く。
その拳を握りしめ、白い人型に殴りかかる。
狙うは腹。当然だ。頭がないのだから、腹を殴るしかない。
腹を殴られたら痛いだろうに、その白い人型は動かない――俺は、呻くように、無意識に呼んだ。
「やりなさい! 『イージー・ラヴァー』!!」
「――『ポップスター』……ッ!」
いや、俺の声が動かした、という感覚はない。
俺の
ぶつかる、拳と拳。
光が爆ぜる。
――光! 光だ! 懐中電灯をパッと最大出力で光らせたような、そんな目を潰す光だ!
「きゃあッ!?」
男の野太い悲鳴が聞こえる。
俺は呻きながら、眩む視界に目を見開いた。
『イージー・ラヴァー』が動きを止め、謎の男が目を手で塞いで動きを止めている――発光に目をやられたのだろう。『イージー・ラヴァー』は男と同じように、手指で形作った贋物の眼球を覆って呻いているようだった。
今だ、と思った。
「――ッ!」
声は出せない。
首から下が動かない。
だが。
「……!?」
『ポップスター』は俺を抱き上げ、その場から一目散に走り出した。
*
警察に通報? できない。
『ポップスター』は喋れないようだし、俺のスマホはあの男が持ったままだ。
家に帰宅? もっとできない。
あの男がいる場所は家から数十メートルの所で、もし玄関が閉まる音なんてのが聞こえたら、やつは当然追ってくるだろう。
「ゅ……ッ! ぅ゛……ッ!」
恐怖で息が速くなって、気付く。
息ができない。
『ポップスター』は最初悠然と走り出した。
だがしかし、俺を少し離れた神社に置いたところで、姿を消した。
突然現れた理由は分からない。だが、突然消えた理由は理解できる。
わけがわからないが、『ポップスター』は俺の意識と繋がっているらしい。
では、俺はどうなる?
首の骨をへし折られた。
首から下が動かない。
恐らく、肺と脳の連携が上手くいっていない。
「――ひゅッ! ひゅぅ゛ッ!」
喉の筋肉で無理やり絞り出すように息をする。だが、当然苦しくなるばかりで、目が白目をむいていることすら想像できた。
まずい。
死ぬ。
意識はどんどん薄れて行っていた。
夜のただでさえ暗い神社はモノクロに染まり、木々の黒だけが見える。
鳥居の朱色も闇の中では意味がない。魔除けの色は夜にのまれ、空には星すら見えない。
「――ッ」
死ぬ。
「――!!」
叫べないまま、死ぬ。
確信が俺を襲った。現実は非情である。
俺は、夜に一人で出歩き、変質者に襲われ、理由もなく死ぬ。
絶望感。
その中で、なにかが見えた。
「――電信柱」
人間にできない殺し方だった。
あれは、
理解できない力だ。
理解できない現象だ。
血と内臓で電信柱を彩る、なんて。
電信柱で、人間の肛門から口までを貫くなんて。
理解できない力が、今、
今朝俺の家の前で死んでいた彼は――
酸素が途切れて死んでいく脳細胞の中でも、その程度のことを想像することはできた。ただのいやな想像力は、これ以上なく非情に現実的だった。
わけがわかった。
この力は、人を殺せる――『イージー・ラヴァー』がそうしたように。俺がそうなるように。
この力とは、この力でしか戦えない――『ポップスター』がいなければ、『イージー・ラヴァー』も見えないまま終わっていたように。
俺は、戦える。
――だが、今ここで死ぬ。
「あれは、良い感想でした」
少女の声が、倒れ伏す俺の耳に届いた。
「……?」
誰か。
そんなことを聞くこともできない。
「『忘れられない』――真摯な感想です。残酷だとも、許せないとも、あなたは言わなかった。社会正義だとか理念だとかの不要な『飾り』のない、素晴らしい感想です。
あの命を握られた盤面で、あなたは
『嘘』は『飾り』です。
『飾り』のない『愛』だけが『本物』なのです。
この世を照らすのは常に『本物』だけです。あなたは、それになれる。
『星』になれる」
雲が裂けたようだった。
月が、出たかのようだった。
光が降り注ぎ、影が落ちる。異様な影。影だ。
ドレスを広げた少女の輪郭。
寄り添い
「繋ぎなさい、『ムーン・チャイルド』――彼を死なせてはいけません」
落ちる影が蠢いて、俺の首を侵蝕する――激痛。
痙攣。
視界の回転。激しい熱。そして寒さ――違和感。
いや。
違和感が消える、感覚。
「彼はきっと、よい『
*
「私の目を焼きやがったなッ!!!!!!」
その罵声で目を覚ました。
野太い声だ。
男の声だ。
俺の首をへし折った、『イージー・ラヴァー』の主の声だ!
跳び起きる。その瞬間に、俺は全身に力が戻っていることを理解した。
首から下の感覚が
奇妙だ。
奇妙なことしか起きていない夜だ。
「見えなくなったらどうしてくれんだッ!! ファッション業界の損失だぞオラッ!!」
白い肩出しワンピースの、筋骨隆々の大男。
やつが階段をのぼり、鳥居をくぐり、神社の境内へ――俺の目の前へやってくる。
俺は思わずあとずさる。
玉砂利を踏む音に、男が反応した。
「
「――見えてないのか」
「そうよん。スター・ピアス・ボォイ」
大男の背後に、
手の集合体。歪な女型。
「だから、もう目つぶしは通用しない――『イージー・ラヴァー』!!!」
深い夜だ。
草木は当然、鳥も虫も鳴きはしない。
ここに響くのは俺の息遣いと、俺が石畳を踏み、玉砂利を蹴る音だけ。
「音が聞こえる場所を、
異常に気付き、飛ぶ鳥がいた。
――――それは、手に握り潰された。
『イージー・ラヴァー』の全身が、崩れている。人型の輪郭が抉れている。
それは、元々そこにあった手――マネキンの手首から先のような、無機質な桃色の――ものが、一人でに本体を離れて蠢いているようだった。
手の集合体という印象は、間違っていなかった。
手だ。
あの手すべてが、やつの力。
『イージー・ラヴァー』の力!
「再生能力だろうが光だろうがッ!! あんたの
握り潰せば死ぬのよねぇッ!!」
「――がッ!」
逃げる。
音が出る。
俺の足が、掴まる。
「ッ」
「見つけた――」
手が、俺を引きずる。
『イージー・ラヴァー』本体に、散った手が集合し、融合する。
歪な人型は完全に人の形をはずれ、巨大な手に変わる――俺を、人間を一人握り潰せるような大きさに変形する!
「ヴェスティティ・ツェペリの名にかけてッ!!
テメェら『
奇妙な光景だ。
桃色の巨大な手が、俺を握り潰そうとしている。
――全身の血が冷たくなるような感覚。
――底知れぬ絶望感。
――夜、眠れないような感覚。
――死を目前にした感覚。
だが。
「……聞きてぇことがあるんすよ、オカマさん」
「あぁん!?」
俺は、冷静に髪を星型に整えていた。
「今朝。電信柱で殺したのは――アンタっすか?」
「
人間にできない殺し方だった。
あれは、
理解できない力だ。
理解できない現象だ。
血と内臓で電信柱を彩る、なんて。
電信柱で、人間の肛門から口までを貫くなんて。
「違う」
「――誤魔化しやがってぇッ!! 握り潰されろッ!!」
あと一時間早く起きていれば、人が死ぬのを止められたか?
答えはNOだ。
では、ここで死ねば、夜眠れないことで苦しまなくて済むか?
誰も助けられない現実に、鬱屈とせずに済むか?
首の骨をへし折られた時のように、死を受け容れられるか?
「俺ァね、NOと言える日本人なんですよ――『ポップスター』!!!」
頭のない白い人型が、現れる。
「今更何を――」
「
「――したって死ぬんだよぉッ!!!」
巨大な手が閉じるその瞬間。
全身が握り潰される感覚の、その瞬間。
――――★の穴。拳のラッシュが、迫る指を殴り返す。
溢れる光。目を焼く光。
しかし俺は目を閉じない。
視神経が焼ける感覚に襲われながらも、見届ける。
拳が殴るたび、光る現象を。
星のように瞬く極光を。
そして。
「――ッ!?」
ゆるむ、手を。
「なによッ! これ――『イージー・ラヴァー』の結合が、弱まっている……!?」
「――そうか」
鳥を握り潰すほどの握力が、今、拳のラッシュで止められている。
だというのに、音もでない。
風圧もない。
光だ。
光だけがある。
――最初、『イージー・ラヴァー』と『ポップスター』の拳がぶつかりあった時もそうだった。
衝撃波も音もない。
ただ、彼らが……『スタンド』というらしいこれらの法則、というわけではない。
「お前は、
「ッ!!」
崩れる、『イージー・ラヴァー』。
手の集合体――掴み繋ぎ握り繋がっていた身体が、無数の手へと分裂する。
バラバラと崩壊する無機質な手。
俺の足を掴む手を殴る『ポップスター』により、光が溢れ、俺の拘束も解かれる。
「――『イージー・ラヴァー』!」
即座に再集合しようとする手の群れ。その中で、俺は跳躍する。
そして、跳躍した瞬間の地面を『ポップスター』に殴らせる。
光が生まれる。
「どこに消え――ッ」
『ポップスター』のものではない、俺の拳を。
「――がぁッ!?」
俺は、『イージー・ラヴァー』ではない男の頭に叩きつけた。
全体重を乗せた跳躍からの、殴り下ろし。
筋骨隆々の成人男性でも。
一瞬、崩れる。
「てめ――ッ」
体勢を整えようとした彼と、肉薄する。
「『射程』だ」
「――は」
「俺の『ポップスター』の射程は、どうやら1メートルもないみたいだけどよぉ……」
目と鼻の先、顔面。
突き刺さる『ポップスター』の拳。
顔面から、筋繊維の一本一本を伝うように流れる――光。
「――その範囲内で殴れれば
「な、ん――ッ」
崩れ落ちる、男。
肩だし白ワンピースが玉砂利に前のめりに倒れ、その背中に、『ポップスター』が拳を添える。
「テメェの心臓の『筋力』を光に変えてもいいんだぜ――俺の話を聞かねぇんだったらなッ!!」