転生黒猫と少年冒険者   作:黒猫のしっぽ

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緊急招集

11章 緊急招集

 

ギルドの鐘が三度鳴った。

 

「緊急招集だ!」

 

その音を聞いた瞬間、酒場にいた冒険者たちは一斉に立ち上がった。

 

(この町で暮らし始めてから随分経つが、あの鐘が鳴るのは初めてだな)

 

俺はいつもの暖炉横の棚の上で前足を折り畳んで伏せていた。春の柔らかな陽射しが当たり棚の上は猫にとって申し分のない温度だった。

 

しかし、そんなさっきまでの心地よさも吹き飛ぶほど、酒場の空気は張り詰める。

 

冒険者たちが一斉に武器を手に取った。

 

エマは即座に背負った弓と矢筒を確かめ、アレンも壁際に置いていた長剣を背負って立ち上がった。俺も棚から飛び降りてアレンの肩へ移る。

 

黒猫団を結成してから半年が経った。

 

薬草採取に、街道の見回り、小さな洞窟の調査。派手な仕事こそなかったが、依頼を重ねるたび、二人と一匹の動きは少しずつ噛み合うようになっていた。

 

十五歳になったアレンの背には父の長剣がもう不釣り合いには見えない。エマも魔物を前にして弓を引く手が止まることはなくなった。

 

そして俺も、雨の路地裏で震えていた子猫ではない。

 

まあ、棚の上で昼寝をする時間だけはあの頃から変わっていないが。

 

「アレン、エマ、こっちへ」

 

マリアが受付カウンターから手招きしている。彼女の顔は、緊張からか強張っていた。

 

「東の森で、ゴブリンの大規模な群れが目撃されたの。数は五十匹以上。ホブゴブリンも二匹混ざってるらしいわ」

 

「五十匹以上……」

 

今までにない大規模なゴブリンの群れの話にアレンの顔は思わず強張った。

 

「今回の討伐隊は、Dランク以上の冒険者を中心に編成されるわ。でも、それだけじゃ人数が足りないの。Eランクの冒険者にも声がかかるわ。もちろん、強制じゃないわ。危険度は高いし……」

 

「僕は行きます」

 

アレンは一度だけ息を呑んで、それでもはっきりと言った。

 

「僕たちはこの半年、三人でいろいろな依頼をこなしてきました。まだ未熟ですけど、今の僕たちにできることがあるなら、逃げたくありません」

 

「アレン……」

 

マリアは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んだ。

 

「わかったわ。ギルド職員として、あなたたちの協力に感謝します。でも、絶対に無茶はしないで。あなたはまだ若いし、これからもっともっと成長できるんだから」

 

「討伐隊は今日中に編成するわ。出発は明日の夜明けよ」

 

「私も行くよ。黒猫団として、半年間の訓練の成果を見せる時だね」

 

エマも力強くうなずく。彼女の目には、もう迷いはなかった。

 

(まったく、どいつもこいつも無茶をしようとする。でも頼りになる顔になってきたな)

 

「にゃあ」

 

(俺も行くぞ)

 

「クロ……ありがとう」

 

アレンは俺の頭をそっと撫でた。その手は少しだけ汗ばんでいたけど、震えてはいなかった。

 

*  *  *

 

翌朝結成された討伐隊は町の東門に集結した。

 

総勢三十名。Dランク以上の冒険者が十五名、Eランクの冒険者が十名、残る五名は救護と伝令を担当するギルド職員と衛兵だ。普段は酒場で酔っ払っているだけの冒険者たちも、今日ばかりは真剣な顔つきだ。腰には磨き抜かれた剣、背中には使い込まれた盾。それぞれが、これから命がけの戦いに赴く戦士の顔をしていた。

 

「お前たちよく集まった」

 

門の前に立ったのは、熊のような巨体を持つ初老の戦士、ギルドマスターのゴードンだった。いつも通り無愛想な顔で、集まった冒険者たちを見渡す。

 

「数は五十匹前後。ホブゴブリンが二匹、さらに弓や投石を使う個体も確認されている。楽な戦いにはならん。だが、ここで連中を叩いておかねば、いずれ町が危険に晒される。ローベスの町を守るために、貴様らの力が必要だ」

 

ゴードンの声は低く腹の底まで響いてくるようだった。

 

(この男、前にゴブリンから守ってくれた時もそうだったが、頼りになる男って感じがするな)

 

俺はアレンの肩の上で耳をピンと立てていた。

 

「編成は三班に分ける。前衛班は俺が率いる。後衛班の指揮はライラに任せる。遊撃班はダンが率いてくれ」

 

ダンが無言で頷く。

 

その隣では、銀色の長髪を持つエルフの女が、背負った長弓を確かめていた。ライラ。ギルドで何度か見かけたことはあるが、話したことはほとんどない。ダンと同じBランクのベテランだ。

 

(Bランクが二人もそれぞれの班を率いるのか)

 

普段の討伐とは違う。そのことが嫌でも伝わってきた。

 

普段アレンを鍛えている時とは違い、ダンの表情も険しい。

 

「黒猫団は遊撃班の補佐として、索敵と伝令を担当しろ。クロの耳と鼻、エマの観察眼を使え。アレンはダンの指示に従いながら、状況に応じて動くんだ」

 

ゴードンの指示は明確だった。俺たちの能力をちゃんと評価して適切な役割を与えてくれている。

 

「はい」

 

アレンは素直にうなずいた。その顔には、緊張と、それを上回る確かな決意が浮かんでいる。

 

アレンの顔を見て、ゴードンは少し笑みを浮かべながら言った。

 

「ただし、危険を感じたら即座に撤退しろ。手柄を焦るなよ。それができる冒険者ってもんだ」

 

「さあ、お前ら! 生きて帰ることが、今回の最優先任務だ。いいな!」

 

「「はい!」」

 

討伐隊全員の声が朝の空気を震わせた。

 

「それじゃあ出発する。各員、準備はいいな」

 

ゴードンが戦斧を肩に担いで東の森へと歩き出した。その後を三十名の討伐隊が続く。

 

森へ入る前、アレンが俺の首から鈴を外し、荷物へしまった。

 

(三十人もの人間がぞろぞろ森へ向かう。今までにない規模の冒険になるな)

 

俺はアレンの肩の上で髭を前に向けた。

 

ピンと立った耳は、森の奥のどんな情報も聞き漏らさないように力が入っていた。

 

*  *  *

 

東の森はいつもより不気味な空気に包まれていた。

 

鬱蒼と茂る木々の間からはかすかな獣の匂いが漂ってくる。風もないのに遠くで枝が折れる音が聞こえた。魔物の気配が森全体に満ちている。春とはいえ森の中はむっとする湿気が立ちこめていた。

 

「クロ、何か感じる?」

 

アレンが声を潛めて尋ねた。俺は耳を別々の方向へ動かし周囲の音を拾う。

 

(まだ遠い。でも、数は多いな。少なくとも十匹以上の気配が前方に固まっている)

 

「にゃあ」

 

俺は一声鳴いて前方を前足で指した。

 

「前方にゴブリンの集団がいるみたいだ。エマ、見える?」

 

「うん、木の上から確認する」

 

エマは近くの大木に素早く登ると、枝の上から前方を覗き込んだ。元々狩人の娘として育てられたエマは森が得意だったが、この半年で木登りの速さも格段に上がっている。

 

「十……二十……見える範囲だけでゴブリンが三十匹以上。それに、一回り大きいのが二匹。多分、ホブゴブリンだよ。廃墟の陰や森にもまだ隠れていると思う。それと……」

 

エマが言葉を切った。

 

「どうした?」

 

ダンが尋ねる。

 

「ホブゴブリンの胸に何か模様が描かれてる。遠くてよくは見えないけど……」

 

(もしかして三つ眼か....?)

 

俺は耳を後ろへ向けた。半年前の廃教会跡で見つけたあの不気味な印。あれが今回の大規模な群れにも関係しているのだとしたら、ただのゴブリン騒動じゃない可能性が高い。

 

「ダンさん、どうしますか?」

 

アレンが尋ねる。

 

「まずは本隊に伝令だ。アレン、ギルドマスターに状況を伝えてこい。その後、黒猫団は遊撃班と一緒に右側面に回り込め。本隊が正面から当たっている間に、逃げ道を塞ぐゴブリンを討つ」

 

「わかりました」

 

アレンは長剣の柄を握り直した。手に汗が滲んでいるのが、俺の肩越しにもわかる。

 

(怖いよな。俺だって怖い。でも、ここで引き返せないのもわかってる)

 

俺はアレンの肩の上で姿勢を低くし、首筋にそっと額を押しつけた。

 

「ありがとう、クロ」

 

アレンは小さく笑って、俺の背中を一度だけ撫でた。それから、ゴードンのもとへ走っていく。

 

*  *  *

 

戦闘は一瞬で始まった。

 

前衛班がゴブリンの集団に突っ込むと同時に、後衛班の魔法が炸裂する。火球が炸裂し、風の刃がゴブリンを斬り裂く。ライラの矢がゴブリンの喉を正確に射抜いた。一射ごとに確実に仕留めていく。無駄がない。

 

「すごい……」

 

アレンは思わず声を漏らした。俺もアレンの肩の上から戦場を見渡す。

 

(これが、本物の冒険者の戦いか)

 

今まで見てきた戦闘はせいぜい一対一か二対一だった。でも今目の前で繰り広げられているのは三十人対五十匹以上の集団戦だ。左手では盾を構えた冒険者が三匹を押し止め、その頭上を火球が飛び越えていく。別の場所では負傷した剣士が衛兵に引きずられ、代わりの前衛が穴を埋めていた。森の奥から飛んできた石が前衛の盾に鈍い音を立ててぶつかる。さらに粗末な弓から放たれた矢が後衛班の手前へ突き刺さる。敵もただ正面から押し寄せているだけではない。

 

「アレン、右側の森にゴブリンが四匹! こっちに回り込もうとしてる!」

 

木の上からエマが叫んだ。

 

「遊撃班、右側に展開! 黒猫団は警戒と陽動をしろ!」

 

ダンが指示を飛ばす。

 

「わかった! エマ、援護を頼む!」

 

アレンは剣を構えて森の中を駆け出した。俺もアレンの肩から飛び降りて地面を走る。

 

森の奥には確かにゴブリンが四匹。本隊から離れて討伐隊の側面を突こうとしている。さすがにホブゴブリンに率いられた群れだけあって、連携が取れている。

 

(こいつら、頭がいい。まともに戦うより、数で押し切ろうとしてるな)

 

ダンは二匹のゴブリンを引き受けながら、それでも周囲から目を離していなかった。片方の剣を盾で弾き、もう片方の胸を戦斧で薙ぐ。その間にも遊撃班へ次の指示を飛ばしている。

 

(戦いながらこっちまで見てるのかよ)

 

「一匹、こっちに来た!」

 

アレンが長剣でゴブリンの一撃を受け止める。ガキンッという金属音が響いた。

 

「今だ!」

 

エマの矢がゴブリンの肩を射抜く。深くは刺さっていない。でも、ゴブリンの動きが止まった。

 

「やあっ!」

 

アレンがその隙に踏み込み、長剣をゴブリンの腹へ突き立てた。ゴブリンは断末魔の声をあげてその場に崩れ落ちる。

 

(よし、一匹!)

 

俺はアレンの足元を守るように周囲を警戒する。残り三匹。遊撃班の他のメンバーもそれぞれに善戦していた。

 

「グギャア!」

 

その時、一際大きな雄叫びが響いた。振り返るとホブゴブリンが一匹、前衛班の壁を突破してこちらに向かってきている。

 

「まずい、ホブゴブリンだ!」

 

誰かが叫んだ。

 

「お前ら! 下がれ!」

 

ダンが叫んだ。だが、その背後では残るゴブリン三匹が遊撃班へ食らいついている。ここで退けば、ホブゴブリンが後衛班まで届く。

 

「くそ、十秒だけ持たせろ!」

 

ダンが振り返った。

 

「アレン! エマ! 倒そうとするな。足を止めろ!」

 

「はい!」

 

「エマ!」

 

アレンが叫ぶ。

 

エマの矢がホブゴブリンの膝裏に突き刺さった。巨体がわずかに傾ぐ。

 

「グガアア!」

 

ホブゴブリンが怒りの雄叫びをあげてアレンに棍棒を振り下ろした。アレンは間一髪でそれをかわす。棍棒が地面を叩き、土煙が上がった。

 

(十秒って、こんなに長かったか)

 

「あと少し!」

 

「もう大丈夫だ! 行くぞ!」

 

ダンが合図を送ると、遊撃班の二人が左右から飛び出し、太い縄をホブゴブリンの足へ絡ませる。俺は地面を蹴り、その顔の前を横切った。

 

「グガアッ!」

 

注意を奪われたホブゴブリンが踏み出し、絡んだ縄に足を取られる。巨体が轟音を立てて地面へ倒れた。

 

「今だ、前衛班!」

 

ダンの声に応えて、追いついてきた前衛班の冒険者たちが倒れたホブゴブリンに殺到する。剣と斧が一斉に振り下ろされ、ホブゴブリンは断末魔の叫びをあげて動かなくなった。

 

「エマ、もう一匹だ!」

 

ダンの声にエマがはっと振り返る。前衛班と戦っていたもう一匹のホブゴブリンが、隙をついてすでに遊撃班の側面へ回り込もうとしていた。エマは矢をつがえ直し、急いで狙いをつける。矢が放たれ、ホブゴブリンの肩をかすめる。致命傷ではないが、動きが止まった。

 

その隙にダンが追いついた。

 

ホブゴブリンが棍棒を振り下ろす。

 

「遅え」

 

ダンは大盾を斜めに構え、その一撃をまともに受けることなく横へ流した。巨体が体勢を崩す。

 

次の瞬間、片手戦斧がホブゴブリンの太腿へ深く食い込んだ。

 

「グガアッ!」

 

膝をついたホブゴブリンへ、ダンが盾を叩きつける。

 

「今だ! 撃て!」

 

後衛班の矢が一斉に降り注いだ。ホブゴブリンは全身を矢に貫かれ、ゆっくりと膝をついた。

 

(アレンが必死で避けた一撃を、あっさり受け流してそのまま反撃かよ)

 

俺はアレンの足元で、ダンの背中を見上げた。

 

二匹のホブゴブリンを失うと、ゴブリンたちの動きは目に見えて乱れた。逃げようとする者、がむしゃらに突進する者、武器を捨てて森へ駆け込む者。

 

だが遊撃班は逃げ道を塞ぎ、前衛班と後衛班が確実に数を減らしていく。やがて戦場から武器の音が一つ、また一つと消えていった。

 

「ゴブリンの群れ壊滅! 討伐完了!」

 

誰かが叫ぶと戦場に歓声が上がった。

 

「はあ……はあ……終わった……」

 

アレンはその場にへなへなと座り込んだ。全身が汗でびっしょりだ。でも、その顔には安堵の笑みが浮かんでいる。

 

「アレン、大丈夫!?」

 

木から飛び降りてきたエマがアレンに駆け寄った。

 

「うん……何とか……」

 

「もう無茶しすぎだよ! ホブゴブリンの正面に出るなんて!」

 

エマは怒ったように眉をつり上げ、アレンの肩を叩いた。

 

「ごめん……でも一人じゃなかったから。エマが援護してくれて、みんながいたから僕は動けたんだ。ありがとう」

 

アレンは照れくさそうに笑った。

 

「まったくもう……」

 

エマはそれ以上何も言わずにアレンの隣に座り込んだ。二人とも泥と汗とゴブリンの血で汚れているけど、その顔は晴れやかだった。

 

(まあ今回はちゃんと連携できてたな)

 

俺はアレンの膝に前足をかけ、そのまま力尽きるように身体を預けた。

 

*  *  *

 

戦闘の後、討伐隊はゴブリンの巣の調査を行った。

 

ホブゴブリンの死体の胸にはやはり三つ眼の印が描かれていた。赤い染料を使った不気味な模様だ。

 

「やっぱり三つ眼の印だ」

 

エマが眉をひそめて、印をじっと見つめる。

 

「それだけじゃない。これを見ろ」

 

ダンが指さした先には、ゴブリンの巣の奥に積まれた木箱があった。中には人間製の武器と保存食、それに何かの薬品の瓶が入っている。箱の底には、三つ眼の印が刻まれた小さな木札も転がっていた。

 

「これは……人間の商人が扱うような物資だ。ゴブリンが自分で用意できるものじゃない」

 

「誰かがゴブリンに物資を渡してるってことですか?」

 

アレンが尋ねる。

 

「可能性はある。少なくとも、ゴブリンだけでこれを揃えたとは考えにくいな」

 

ダンの声は重かった。

 

(謎しかないな。まだ全体像も見えない)

 

俺は木箱の陰に鼻を近づけた。ゴブリンとも冒険者とも違う匂いがする。だがそれが何の匂いなのかまでは分からなかった。

 

森を出たところで、アレンが俺の首に鈴を戻した。

 

*  *  *

 

ギルドに戻ると、討伐隊の報告会が開かれた。

 

酒場のテーブルにはゴードンが広げた作戦図が置かれている。討伐は成功したけど反省点も多かった。

 

「遊撃班の動きについてだが」

 

ゴードンが地図の上に駒を置きながら、戦闘の流れを確認していく。

 

「ホブゴブリンが壁を突破した時、遊撃班はよく対応した。特に黒猫団の連携は評価に値する。アレンの判断、エマの援護、クロの陽動。それぞれが役割を果たした」

 

アレンとエマがほっと息を吐く。

 

「だが、アレン」

 

ゴードンの目がアレンを真っ直ぐに見据えた。

 

「ダンの指示に従ったところまではいい。だが、その後お前はホブゴブリンの正面へ出たな」

 

「はい……」

 

「今回は結果が出た。ダンも認めた。だが、足を止めろと言われて、自分から一番危険な位置に飛び込む癖は直せ。お前の勇気は買っている。だが、勇気と無謀は違う。仲間を信頼するなら、自分たちだけで背負い込むな。いいな」

 

「はい。すみませんでした」

 

アレンは素直にうなずいた。その顔には悔しさと納得が入り混じっている。

 

「エマ」

 

「は、はい」

 

「お前は高所からの援護が的確だった。だが、ホブゴブリンに集中するあまり、もう一匹の位置を見失っていたな」

 

「はい……」

 

「高所にいるお前の役割は攻撃だけではない。仲間が一匹に集中している時ほど周囲を見ろ。誰がどこにいて、何が動いているか、それを把握するのが観察役だ」

 

「はい。次からは、ちゃんと周りを見ます」

 

エマは少しだけ唇を尖らせたけど、ゴードンの言っていることは理解しているようだった。

 

(なるほどな。ゴードンはちゃんと見てる。俺たちが強くなったことだけじゃなく、まだ足りない部分も)

 

俺は暖炉横の棚の上で尻尾をゆっくりと揺らした。

 

「だがまあ、よくやった。お前たちが持たせた数秒で遊撃班が立て直せた。そこは評価する」

 

ゴードンは少しだけ口元を緩めた。

 

「それとな、ホブゴブリンを通したのは前衛班の落ち度だ。Eランクのお前たちに危険な役をさせた。そこは俺の責任だ。すまなかった」

 

ゴードンは厳しい顔で謝罪をした。

 

「そ、そんなっ……お役に立てたなら何よりです」

 

恐縮しながらアレンが答えた。そんなアレンを見て顔を緩めるが、再度顔を引き締めた。

 

「それと、今回の件で、全体に周知しておきたいことがある」

 

テーブルの上に三つ眼の印が刻まれた木札と、人間製の武器、保存食、薬品の瓶が並べられる。

 

「この印については、まだ分からん」

 

ゴードンは三つ眼の木札を指先で叩いた。

 

「だがこっちは話が別だ」

 

人間製の剣。保存食。薬品。

 

「ゴブリンが自分で作ったものじゃない」

 

酒場が静まり返る。

 

「誰かがこの群れに物資を渡していた可能性がある。今後はゴブリンだけでなく、背後に何があるかにも注意を払え。各自、そのつもりで動くこと」

 

「「はい!」」

 

冒険者たちは声を揃えて返事をした。

 

(誰かがゴブリンに物資を渡している。まだ正体は見えないが、ただのゴブリン騒動じゃないことだけは確かだな)

 

俺は静かに目を細めた。

 

*  *  *

 

報告会が終わり、俺たちはギルドを後にした。

 

外はもうすっかり暗くなっている。春の夜空には星が瞬いていた。

 

「ねえ、アレン」

 

エマがぽつりと言った。

 

「ん?」

 

「私、今日ゴードンさんに怒られたけど、なんかちょっと嬉しかった」

 

「え?」

 

「だって、次に直せってことじゃん。もう参加するなって言われたわけじゃないし」

 

エマはにっこりと笑った。

 

「そうだね。僕も叱られてよかったと思う。自分じゃ気づけなかったことを教えてもらえたから」

 

アレンもうなずく。

 

「だから、明日から三人で連携訓練をしよう」

 

エマがそう言った瞬間、アレンの笑顔が固まった。

 

「朝は何時から?」

 

「日の出前」

 

(大規模討伐を生き延びた翌日に早朝訓練。冒険者という職業、労働環境が悪すぎる)

 

「クロも一緒だよ」

 

エマが俺を抱き上げる。

 

(猫に早朝出勤の義務はないはずだ)

 

「にゃあ」

 

(断る)

 

「ダメ。クロも黒猫団の大事な仲間なんだから」

 

エマは俺をぎゅっと抱きしめた。

 

(仲間という言葉をこんな形で悪用されるとは思わなかった)

 

星が瞬く夜道を俺たちは三人で歩いていく。首元の鈴がちりんと鳴った。

 

明日の日の出が少しでも遅いことを祈ろう。

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