ギルドの鐘が、三度鳴った。
その音を聞いた瞬間、酒場にいた冒険者たちは、一斉に立ち上がった。
(この町で暮らし始めて随分経つが、あの鐘が鳴るのは初めてだな)
俺はいつもの暖炉横の棚の上で、前足を折り畳んで伏せていた。初秋の柔らかな陽射しが当たり、棚の上は猫にとって申し分のない温度だった。
しかし、そんな心地よさも吹き飛ぶほど、酒場の空気は張り詰める。
「緊急招集だ!」
誰かの声を合図に、冒険者たちが一斉に武器を手に取った。
エマは即座に背負った弓と矢筒を確かめ、アレンも壁際に置いていた長剣を背負って立ち上がった。俺も棚から飛び降り、アレンの肩へ移る。
黒猫団を結成してから、半年が経った。
薬草採取に街道の見回り、小さな洞窟の調査。派手な仕事こそなかったが、依頼を重ねるたび、二人と一匹の動きは少しずつ噛み合うようになっていた。
十五歳になったアレンの背には、父の長剣がもう不釣り合いには見えない。
エマも、緊張で弓を握る手を止めることはなくなった。
そして俺も、雨の路地裏で震えていた子猫ではない。
「アレン、エマ、こっちへ」
マリアが受付カウンターから手招きしている。彼女の顔は、緊張からか強張っていた。
「東の森で、ゴブリンの大規模な群れが目撃されたの。数は五十匹以上。ホブゴブリンも二匹混ざってるらしいわ」
「五十匹以上……」
今までにない大規模なゴブリンの群れの話にアレンの顔は思わず強張った。
「今回の討伐隊は、Dランク以上の冒険者を中心に編成されるわ。でも、それだけじゃ人数が足りないの。Eランクの冒険者にも声がかかるの。もちろん、強制じゃないわ。危険度は高いし……」
「行きます」
アレンは迷わず言った。その声には、少しの震えもない。
「僕たちはこの半年、三人でいろいろな依頼をこなしてきました。まだ未熟ですけど、今の僕たちにできることがあるなら、逃げたくありません」
「アレン……」
マリアは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んだ。
「わかったわ。ギルド職員として、あなたの協力に感謝します。でも、絶対に無茶はしないで。あなたはまだ若いし、これからもっともっと成長できるんだから」
「私も行くよ。黒猫団として、半年間の訓練の成果を見せる時だね」
エマも力強くうなずく。彼女の目には、もう迷いはなかった。
(まったく、どいつもこいつも、無茶をしようとする。でも、頼りになる顔になってきたな)
「にゃあ」(俺も行くぞ)
「クロ……ありがとう」
アレンは俺の頭をそっと撫でた。その手は、少しだけ汗ばんでいたけど、震えてはいなかった。
* * *
翌朝、結成された討伐隊は、町の東門に集結した。
総勢三十名。Dランク以上の冒険者が十五名、Eランクの冒険者が十名、残る五名は救護と伝令を担当するギルド職員と衛兵だ。普段は酒場で酔っ払っているだけの冒険者たちも、今日ばかりは真剣な顔つきだ。腰には磨き抜かれた剣、背中には使い込まれた盾。それぞれが、これから命がけの戦いに赴く戦士の顔をしていた。
「お前たち、よく集まった」
門の前に立ったのは、熊のような巨体を持つ初老の戦士、ギルドマスターのゴードンだった。彼はいつも通り無愛想な顔で、集まった冒険者たちを見渡した。
「数は五十匹前後。ホブゴブリンが二匹、さらに弓や投石を使う個体も確認されている。楽な戦いにはならん。だが、ここで連中を叩いておかねば、いずれ町が危険に晒される。ローベスの町を守るために、貴様らの力が必要だ」
ゴードンの声は、低く、腹のそこまで響いてくるようだった。
これから命がけの戦いに赴く戦士たちを鼓舞する力強さを感じる。
(この親父、前にゴブリンから守ってくれた時もそうだったが、頼りになる男って感じがするな)
俺はアレンの肩の上で、耳をピンと立てていた。
「編成は三班に分ける。前衛班は俺が率いる。後衛班の指揮はライラに任せる。遊撃班はダンが率いてくれ」
ダンは無言で了承した。
森での戦闘経験が豊富なベテランだけあって、普段アレンを鍛えている時よりも、その表情はさらに険しい。
「黒猫団は遊撃班の補佐として、索敵と伝令を担当しろ。クロの耳と鼻、エマの観察眼を使え。アレンはダンの指示に従いながら、状況に応じて動くんだ」
ゴードンの指示は明確だった。俺たちの能力をちゃんと評価して、適切な役割を与えてくれている。
「はい」
アレンは素直にうなずいた。その顔には、緊張と、それを上回る確かな決意が浮かんでいる。
アレンの緊張と決意が伝わる顔を見て、ゴードンは少し笑みを浮かべながら言った。
「ただし、危険を感じたら即座に撤退しろ。手柄を焦るなよ。それが出来る冒険者ってもんだ」
「さあ、お前ら!生きて帰ることが、今回の最優先任務だ。いいな!」
「「はい!」」
討伐隊全員の声が、朝の空気を震わせた。
「それじゃあ、出発する。各員、準備はいいな」
ゴードンが戦斧を肩に担いで、東の森へと歩き出した。その後を、三十名の討伐隊が続く。
(三十人もの人間がぞろぞろ森へ向かう。今までにない規模の冒険になるな)
俺はアレンの肩の上で、髭を前に向けた。
ピンと立った耳は、森の奥のどんな情報も聞き漏らさないように力が入っていた。
* * *
東の森は、いつもよりずっと不気味な雰囲気を感じる。
鬱蒼と茂る木々の間からは、かすかな獣の匂いが漂ってくる。風もないのに、遠くで枝が折れる音が聞こえた。魔物の気配が、森全体に満ちている。初秋とはいえ、まだ暑さの残る森の中は、むっとする湿気が立ちこめていた。
「クロ、何か感じる?」
アレンが声を潛めて尋ねた。俺は耳を別々の方向へ動かし、周囲の音を拾う。
(まだ遠い。でも、数は多いな。少なくとも、十匹以上の気配が前方に固まっている)
「にゃあ」
俺は一声鳴いて、前方を前足で指した。
「前方にゴブリンの集団がいるみたいだ。エマ、見える?」
「うん、木の上から確認する」
エマは近くの大木に素早く登ると、枝の上から前方を覗き込んだ。
元々狩人の娘として育てられたエマは森が得意だったが、この半年で彼女の木登りの速さも格段に上がっている。
「十...二十.....見える範囲だけでゴブリンが三十匹以上。それに、一回り大きいのが二匹。多分、ホブゴブリンだよ。廃墟の陰や森にもまだ隠れていると思う。それと……」
エマが言葉を切った。
「どうした?」
ダンが尋ねる。
「ホブゴブリンの胸に、何か模様が描かれてる。遠くてよく見えないけど、三つ眼の印みたいな……」
(三つ眼の印。やっぱり、この群れもか)
俺は耳を後ろへ向けた。半年前の廃教会跡で見つけたあの不気味な印。あれが、今回の大規模な群れにも関係しているのだとしたら、ただのゴブリン騒動じゃない可能性が高い。
「ダンさん、どうしますか?」
アレンが尋ねる。
「まずは本隊に伝令だ。アレン、ギルドマスターに状況を伝えてこい。その後、黒猫団は遊撃班と一緒に右側面に回り込め。本隊が正面から当たっている間に、逃げ道を塞ぐゴブリンを討つ」
「わかりました」
アレンは短剣を握り直した。手に汗が滲んでいるのが、俺の肩越しにもわかる。
(怖いよな。俺だって怖い。でも、ここで引き返せないのもわかってる)
俺はアレンの肩の上で姿勢を低くし、首筋にそっと額を押しつけた。
「ありがとう、クロ」
アレンは小さく笑って、俺の背中を一度だけ撫でた。それから、ゴードンのもとへ走っていく。
* * *
戦闘は、一瞬で始まった。
前衛班がゴブリンの集団に突っ込むと同時に、後衛班の魔法が炸裂する。火球が炸裂し、風の刃がゴブリンを斬り裂く。ライラの放った矢が淡い冷気をまとい、ゴブリンの胸を貫いた。
「すごい……」
アレンは思わず声を漏らした。俺もアレンの肩の上から、戦場を見渡す。
(これが、本物の冒険者の戦いか)
今まで見てきた戦闘は、せいぜい一対一か二対一だった。でも、今目の前で繰り広げられているのは、三十人対五十匹以上の集団戦だ。左手では盾を構えた冒険者が三匹を押し止め、その頭上を火球が飛び越えていく。別の場所では負傷した剣士が衛兵に引きずられ、代わりの前衛が穴を埋めていた。森の奥から飛んできた石が、前衛の盾に鈍い音を立ててぶつかった。さらに粗末な弓から放たれた矢が、後衛班の手前へ突き刺さる。敵もただ正面から押し寄せているだけではない。
「アレン、右側の森にゴブリンが四匹! こっちに回り込もうとしてる!」
木の上から、エマが叫んだ。
「遊撃班、右側に展開! 黒猫団は警戒と陽動をしろ!」
ダンが指示を飛ばす。
「わかった! エマ、援護を頼む!」
アレンは剣を構えて、森の中を駆け出した。俺もアレンの肩から飛び降りて、地面を走る。
森の奥には、確かにゴブリンが四匹。本隊から離れて、討伐隊の側面を突こうとしている。さすがにホブゴブリンに率いられた群れだけあって、連携が取れている。
(こいつら、頭がいい。まともに戦うより、数で押し切ろうとしてるな)
「一匹こっちに来た!」
アレンが剣でゴブリンの一撃を受け止める。ガキンッという金属音が響いた。
「今だ!」
エマの矢が、ゴブリンの肩を射抜く。深くは刺さっていない。でも、ゴブリンの動きが止まった。
「やあっ!」
アレンがその隙に突っ込んで、短剣をゴブリンの腹に突き立てた。ゴブリンは断末魔の声をあげて、その場に崩れ落ちる。
(よし、一匹!)
俺はアレンの足元を守るように、周囲を警戒する。残り三匹。遊撃班の他のメンバーも、それぞれに善戦していた。
「グギャア!」
その時、一際大きな雄叫びが響いた。振り返ると、ホブゴブリンが一匹、前衛班の壁を突破してこちらに向かってきている。
「まずい、ホブゴブリンだ!」
誰かが叫んだ。
「おまえら!下がれ!」
ダンが叫んだ。だが、その背後では、残るゴブリン三匹が遊撃班へ食らいついている。ここで退けば、ホブゴブリンが後衛班まで届く。
「ダンさん、僕たちが十秒だけ止めます! その間に部隊の態勢を整えてください!」
アレンが叫んだ。
ダンは一瞬だけアレンを見た。
「十秒だな。すまん、頼んだ!」
「はい! エマ、右脚を狙って!」
「わかった!」
エマの矢が、ホブゴブリンの膝裏に突き刺さった。巨体がわずかに傾ぐ。
「グガアア!」
ホブゴブリンが怒りの雄叫びをあげて、アレンに棍棒を振り下ろした。アレンは間一髪でそれをかわす。棍棒が地面を叩き、土煙が上がった。
(このままじゃ、じり貧だ)
俺はアレンの周りを走り回りながら、次の手を考える。ホブゴブリンを俺たちだけで倒すのは無理だ。でも、十秒だけなら——
「あとすこし!」
「もう大丈夫だ!行くぞ!」
ダンが合図を送ると、遊撃班の二人が左右から飛び出し、太い縄をホブゴブリンの足へ絡ませる。俺は地面を蹴り、その顔の前を横切った。
「グガアッ!」
注意を奪われたホブゴブリンが踏み出し、絡んだ縄に足を取られる。巨体が轟音を立てて地面へ倒れた。
「今だ、前衛班!」
ダンの声に応えて、追いついてきた前衛班の冒険者たちが、倒れたホブゴブリンに殺到する。剣と斧が一斉に振り下ろされ、ホブゴブリンは断末魔の叫びをあげて動かなくなった。
「エマ、もう一匹だ!」
ダンの声に、エマがはっと振り返る。前衛班と戦っていたもう一匹のホブゴブリンは隙をついて、すでに遊撃班の側面へ回り込もうとしていた。エマは矢をつがえ直し、急いで狙いをつける。矢が放たれ、ホブゴブリンの肩をかする。致命傷ではないが、動きが止まった。
その隙にダンが追いつき、剣でホブゴブリンの進路を遮った。向きを変えられたところへ、後衛班の矢と魔法が一斉に降り注ぐ。ホブゴブリンは全身を矢と氷の刃に貫かれ、ゆっくりと膝をついた。
二匹のホブゴブリンを失うと、ゴブリンたちの動きは目に見えて乱れた。逃げようとする者、がむしゃらに突進する者、武器を捨てて森へ駆け込む者。
だが、遊撃班は逃げ道を塞ぎ、前衛班と後衛班が確実に数を減らしていく。やがて、戦場から武器の音が一つ、また一つと消えていった。
「ゴブリンの群れ、壊滅! 討伐完了!」
誰かが叫ぶと、戦場に歓声が上がった。
「はあ……はあ……終わった……」
アレンはその場にへなへなと座り込んだ。全身が汗でびっしょりだ。でも、その顔には安堵の笑みが浮かんでいる。
「アレン、大丈夫!?」
木から飛び降りてきたエマが、アレンに駆け寄った。
「うん……何とか……」
「もう、無茶しすぎだよ! ホブゴブリンに立ち向かうなんて!」
エマは怒ったように眉をつり上げ、アレンの肩を叩いた。
「ごめん……でも、一人じゃなかったから。エマが援護してくれて、ダンさんたちが縄を持っててくれて、クロが陽動してくれたから、僕は動けたんだ。ありがとう」
アレンは照れくさそうに笑った。
「まったくもう……」
エマはそれ以上何も言わずに、アレンの隣に座り込んだ。二人とも、泥と汗とゴブリンの血で汚れているけど、その顔は晴れやかだった。
(まあ、今回はちゃんと連携できてたな)
俺はアレンの膝に前足をかけ、そのまま力尽きるように身体を預けた。
* * *
戦闘の後、討伐隊はゴブリンの巣の調査を行った。
ホブゴブリンの死体の胸には、やはり三つ眼の印が描かれていた。赤い染料を使った、不気味な模様だ。
「やっぱり、三つ眼の印だ」
エマが眉をひそめて、印をじっと見つめる。
「それだけじゃない。これを見ろ」
ダンが指さした先には、ゴブリンの巣の奥に積まれた木箱があった。中には、人間製の武器や、保存食、それに何かの薬品の瓶が入っている。箱の底には、三つ眼の印が刻まれた小さな木札も転がっていた。
「これは……人間の商人が扱うような物資だ。ゴブリンが自分で用意できるものじゃない」
「誰かが、ゴブリンに物資を渡してるってことですか?」
アレンが尋ねる。
「可能性は高いな。三つ眼の印といい、この物資といい、今回のゴブリンの群れに対して人為的ななにかの手が加えられたと考えるのが普通だろう」
ダンの声は重かった。
(謎しかないな。まだ全体像も見えない)
俺は木箱の陰に鼻を近づけた。ゴブリンとも冒険者とも違う匂いがする。俺は前足を伸ばし、落ちていた布切れを引っかき出した。布には、見覚えのない紋章が刺繍されている。
「にゃあ」
「クロ、何か見つけたの?」
アレンが布切れを拾い上げる。
「これは……見たことのない紋章だ。ギルドに持ち帰って、マリアさんに調べてもらおう」
「そうだね。これも証拠になるかもしれない」
エマもうなずいた。
* * *
ギルドに戻ると、討伐隊の報告会が開かれた。
酒場のテーブルには、ゴードンが広げた作戦図が置かれている。討伐は成功したけど、反省点も多かった。
「遊撃班の動きについてだが、」
ゴードンが地図の上に駒を置きながら、戦闘の流れを確認していく。
「ホブゴブリンが壁を突破した時、遊撃班はよく対応した。特に黒猫団の連携は評価に値する。アレンの判断、エマの援護、クロの陽動。それぞれが役割を果たした」
アレンとエマが、ほっと息を吐く。
「だが、アレン」
ゴードンの目が、アレンを真っ直ぐに見据えた。
「十秒と区切り、ダンの許可を得た判断自体は悪くなかった。だが、自分が囮になる案を真っ先に選ぶ癖は直せ」
「えっ……」
「今回は結果が出た。ダンも認めた。だが、撤退を命じられた状況で、お前だけで危険を引き受ける案を簡単に出すな。お前の勇気は買っている。だが、勇気と無謀は違う。仲間を信頼するなら、自分たちだけで背負い込むな。いいな」
「はい。すみませんでした」
アレンは素直にうなずいた。その顔には、悔しさと、納得が入り混じっている。
「エマ」
「は、はい」
「お前は高所からの援護が的確だった。だが、ホブゴブリンに集中するあまり、もう一匹の位置を見失っていたな」
「えっ……」
「高所にいるお前の役割は攻撃だけではない。仲間が一匹に集中している時ほど、周囲を見ろ。誰がどこにいて、何が動いているか、それを把握するのが観察役だ」
「はい。次からは、ちゃんと周りを見ます」
エマは少しだけ唇を尖らせたけど、ゴードンの言っていることは理解しているようだった。
(なるほどな。ゴードンはちゃんと見てる。俺たちが強くなったことだけじゃなく、まだ足りない部分も)
俺は暖炉横の棚の上で、尻尾をゆっくりと揺らした。
「だが、まあ、全体としてはよくやった。黒猫団の連携がなければ、ホブゴブリンに後衛班まで突破されていた可能性もある。それとな、ホブゴブリンを通したのは前衛班の落ち度だ。Eランクのお前たちに尻拭いをさせた。そこは俺の責任だ。すまなかった。」
ゴードンは少しだけ口元を緩めて黒猫団を褒めた後、厳しい顔で謝罪をする。
「後衛班が無事だったのは、黒猫団のおかげだ。感謝する。」
「そ、そんなっ... お役に立てたならなによりです」
恐縮しながらアレンが答えた。
「別件だ。 今回の件で全体に周知しておきたいことがある」
テーブルの上に、三つ眼の印が刻まれた木札と、クロが見つけた布切れ、それに薬品の瓶が並べられる。
「三つ眼の印は、ただの部族印じゃないことが判明した。古い記録に似た印があった。魔物に干渉する呪術と関係していたらしい。だが、記録の肝心な部分が失われている」
ゴードンの声が重くなる。
「その印に関わるなにかが、この辺りで活動をしている可能性がある。今回のゴブリンの群れにも関係していると思われる」
「魔物に干渉する呪術……」
アレンが息を呑む。
「まだ詳細はわからん。だが、これからはゴブリンだけでなく、他の魔物や、背後にいる人間にも注意を払う必要がある。各自、そういった事項があることは頭に入れた上で活動をすること」
「「はい!」」
冒険者たちは、声を揃えて返事をした。
(敵の正体はまだぼんやりとしているが、少なくとも、ただのゴブリン騒動じゃないことは確かだな)
俺は静かに目を細めた。
* * *
報告会が終わり、俺たちはギルドを後にした。
外はもうすっかり暗くなっている。初秋の夜空には、星が瞬いていた。
「ねえ、アレン」
エマがぽつりと言った。
「ん?」
「私、今日ゴードンに叱られて、ちょっと嬉しかった」
「えっ?」
「だって、叱られるってことは、期待されてるってことだよ。私たち、まだEランクなのに、大規模討伐に参加させてもらって、反省点も教えてもらって。それって、すごいことじゃない?」
エマはにっこりと笑った。
「そうだね。僕も、叱られてよかったと思う。自分じゃ気づけなかったことを、教えてもらえたから」
アレンもうなずく。
「だから、明日から三人で連携訓練をしよう」
エマがそう言った瞬間、アレンの笑顔が固まった。
「朝は何時から?」
「日の出前」
(大規模討伐を生き延びた翌日に早朝訓練。冒険者という職業、労働環境が悪すぎる)
「クロも一緒だよ」
エマが俺を抱き上げる。
(猫に早朝出勤の義務はないはずだ)
「にゃあ」(断る)
「ダメ。クロも黒猫団の大事な仲間なんだから」
エマは俺をぎゅっと抱きしめた。
(……仲間という言葉を、こんな形で悪用されるとは思わなかった)
星が瞬く夜道を、俺たちは三人で歩いていく。首元の鈴が、ちりんと鳴った。
明日の日の出が、少しでも遅いことを祈ろう。