転生黒猫と少年冒険者   作:黒猫のしっぽ

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命の恩人

2章 命の恩人

 

拾われて二週間。

 

恩を返す機会はまだ来ていない。

 

というのも、アレンは毎朝俺を家に置いて出ていくからだ。

 

「クロ、行ってくるね」

 

玄関で革鎧を締めるアレンを、俺は窓辺から眺めていた。背中には、身体にはまだ少し大きすぎる長剣。腰には使い込まれた短剣。

 

「にゃあ」

 

返事をして見送る。ドアが閉まり足音が遠ざかると、部屋は静かになる。

 

俺は窓から飛び降りた。

 

(このままじゃいかん)

 

恩を返すと決めたのは俺だ。でも留守番してちゃ何もできない。

 

(よし、ついていくか)

 

そう決めて俺は少し開いていた窓から外へ飛び出した。

 

*  *  *

 

外に出ると匂いが変わった。魚の生臭さに、パンの香ばしさ、馬糞の臭い。それらが混ざり合う市場の空気。俺はアレンの匂いを追いかけ人の足の間を縫って走る。

 

荷車を避ける。魚屋の匂いに一瞬気を取られそうになる。

 

(いや、今はアレンだ)

 

見失わないように必死で追いかけると、アレンは大きな石造りの建物に入っていった。

 

窓から中を覗く。酒と汗と鉄の匂いがむわっと漂ってくる。

 

アレンがカウンターの女性と話しているのが見えた。

 

「東の森の入り口で月光草を五株ね。入り口付近なら巡回範囲だから、奥には入らないでね」

 

女性の声が聞こえた。しばらくして、アレンは一枚の羊皮紙を持って出てきた。

 

俺は物陰に隠れてアレンの後を追った。

 

町を出て、しばらく歩いた頃には、さすがに息が上がっていた。子猫の体は思うようにはついていかない。

 

ふとアレンが振り返った。

 

「えっクロ!?」

 

(しまった)

 

「もしかしてずっとついてきたの?」

 

「にゃあ……」

 

アレンは困ったように眉を下げた。

 

「もう……留守番しててって言ったのに。でも、ここまで来ちゃったなら仕方ないか」

 

アレンは俺を抱き上げ、自分の肩に乗せた。

 

「絶対に僕のそばを離れちゃだめだよ」

 

「にゃあ」

 

(分かったよ)

 

*  *  *

 

東の森は、町から歩いて三十分ほどの場所にあった。

 

森の入り口付近には木漏れ日が落ち、鳥のさえずりも聞こえる。

 

「えっと月光草はこのあたりのはずなんだけど」

 

アレンは地図を片手に森の中を進んでいく。彼の額には、うっすらと汗が浮かんでいた。

 

その時、甘いような、少し青臭い匂いが風に混じって漂ってきた。

 

俺は鼻をひくつかせて匂いのする茂みを見つめた。アレンも俺の視線を追ってそちらを覗き込む。

 

「もしかして……あった! 月光草だ!」

 

アレンが指さす先には、ひっそりと咲く小さな花があった。

 

「クロ、ありがとう。きみが見つけてくれたんだね」

 

アレンは嬉しそうに笑って、慎重に花を摘み取った。

 

「よかった。これで一個目だ。依頼では五個必要だから、あと四個探さないと」

 

「にゃあ」

 

(あっちにも匂いがするぞ)

 

俺はアレンの肩から降り、匂いのする方向に向かう。

 

その時だった。

 

「グギャッ」

 

突然、茂みの奥からしゃがれた声が聞こえた。

 

同時に、腐った肉のような臭いが漂ってくる。

 

(なんだ?)

 

耳をピンと立てて茂みの奥をじっと見つめる。風に乗って、獣の匂いと血の匂いが流れてきた。

 

「この声……ゴブリンだ!」

 

アレンの顔色がさっと青ざめた。彼は慌てて腰の短剣を抜いた。その手がかすかに震えている。

 

「グギャ、グギャギャ!」

 

茂みの奥から三匹のゴブリンが現れた。緑色の肌。大きな耳に潰れた鼻。手には錆びた短剣や棍棒。三対の黄色い目が、一斉にこちらを向いた。

 

「ク、クロ、逃げて!」

 

アレンは短剣を握ったまま、俺の前へ出た。

 

俺は一度アレンの前に飛び出した。でも、すぐに自分の身体の小ささを思い知る。

 

(駄目だ。俺一人じゃあいつらを止められない)

 

それなら、俺にできることをするしかない。

 

俺は素早く周囲を見渡した。脇には草木の生えた斜面がある。そして、近くの木へ駆け寄り低い枝へ飛び乗る。

 

俺は小さな前足で枯れ枝を蹴り落とした。バキッという鋭い音が森に響いた。

 

「グギャ!?」

 

ゴブリンたちが一瞬音の方を向いた。

 

(今だ!)

 

俺は斜面の方向へ走り出した。

 

「クロ!?」

 

アレンも一瞬遅れて駆け出す。斜面を滑り降りる。俺は藪の間をすり抜けられるがアレンは必死で枝をかき分けてくる。

 

背後から枝をへし折る音が迫ってくる。

 

俺は藪を抜け巡回路へ飛び出した。アレンも転がるように続く。

 

その時、道の向こうから人の話し声と金属の擦れる音がした。

 

背後の足音が止まる。

 

「グギャ……!」

 

振り返ると三匹は森の奥へ引き返していった。

 

*  *  *

 

森の入り口まで戻ってくるとアレンはその場にへたり込んだ。肩で大きく息をしていて、顔はまだ青白い。

 

「クロ、大丈夫かい? 怪我はない?」

 

アレンが身体中を確認する。

 

「にゃあ」

 

俺はアレンの手を舐めた。

 

アレンの肩から力が抜ける。

 

「よかった」

 

ぎゅっと抱きしめられる。彼の心臓が、バクバクと早鐘を打っているのが伝わってくる。

 

「ありがとう、クロ。きみは僕の命の恩人だよ」

 

「帰ろう、クロ」

 

「にゃあ」

 

俺はアレンの肩に飛び乗った。

 

(命の恩人は、お互い様だろ)




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