転生黒猫と少年冒険者   作:黒猫のしっぽ

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操られた群れ

28章 操られた群れ

 

ローベスの門を出ると、街道はすでに喧騒に包まれていた。

 

Bランクのダンやライラを筆頭に、Cランク、Dランクの冒険者たちが武器を手に走っている。

 

俺たちはその列の最後尾あたりを走っていた。

 

アレンとエマ、それにレオ。さっきまで一つだけ空いていた場所が、今は埋まっている。

 

(まあ、足並みが揃ったってことか)

 

俺はアレンの肩の上で風を切った。

 

アルム村までは街道を西に一時間ほどだ。

 

ゴードンの話では、村自体はまだ襲われていない。だが、農地や外周の見張り台はすでにゴブリンの群れに飲み込まれているらしい。

 

「レオさん、一つ聞いていいですか?」

 

走りながら、アレンが言った。

 

「はい。何でしょう」

 

レオが顔を向ける。息は上がっているが、足取りはしっかりしている。

 

「さっき言ってた禁術のことですけど。その術を使われた魔物には、何か特徴があるんですか?」

 

アレンの問いに、レオは少し考える。

 

「文献には……術者の支配を示す印が残ることがあると書かれていました」

 

「印……」

 

俺の耳がピクリと動く。

 

「どんな印かは書かれてなかったんですか?」

 

「いいえ。ただ、術者の意志の痕跡だとありました。形がどういうものかは……文献が破損していて読めなかったんです」

 

(三つ眼か)

 

俺は確信に近いものを感じた。

 

アレンも足を止めそうになるほど驚いた顔をした。

 

「レオさん。その印って……もしかして、三つ目の形かもしれません」

 

「三つ目?」

 

レオが目を丸くする。

 

「前に、三つ眼の印をつけられた魔物と戦ったことがあるんです」

 

エマが声を上げる。

 

「ゴブリンとオーガ。どっちも変な印があって、普通の魔物より強くて、命令されてるみたいに動いてた」

 

「三つ眼の印……」

 

レオの表情が変わった。驚きと、そして確信めいた色が混じる。

 

「それです」

 

「え?」

 

「文献にあった術者の意志の痕跡。魔物を操るには、強力な『目』が必要なんです。術者が魔物を監視し、命令を送るための」

 

レオが杖を握りしめる。

 

「皆さんが見た印が、本当に術者の命令を受けるためのものなら……文献にあった禁術と同じ可能性が高いです」

 

(やっぱりか)

 

ただのゴブリンの異常発生じゃない。あの三つ眼が絡んでるんだ。

 

「それって、誰が使ってるんですか?」

 

アレンが問う。

 

「わかりません。ただ、それほどの術を使える人物なら、ただの魔法使いじゃないはずです」

 

レオの声が低くなる。

 

「古い文献には、禁術は術者に強い負担をかけるってありました。それなりの覚悟……いや、狂気がいるはずです」

 

(灰色の外套の男か)

 

俺は以前見たあの男を思い出した。

 

ベルダンの関所で、三つ眼の印を残した男。

 

レオはまだ知らない。でも、俺たちが持っている情報と、レオが持っている知識が噛み合った。

 

これで、ただのモンスター退治じゃないことが確定したんだ。

 

*  *  *

 

アルム村が見えてきた。

 

だが、いつもの穏やかな村の風景は消えていた。

 

畑は踏み荒らされ、フェンスは折り重なるように壊されている。

 

そして、村の入り口を前にして、俺たちは足を止めた。

 

「うわ……」

 

エマが呟く。

 

ゴブリンの群れが、村の外壁を囲んでいた。

 

数は……三十じゃきかない。五十はいるかもしれない。

 

だが、奇妙だった。

 

普通、ゴブリンの群れはバラバラに動くものだ。略奪が始まれば暴れ回るし、襲う対象がなければ内輪揉めを起こす。

 

それなのに、こいつらは整列していた。

 

まるで軍隊みたいに、村の入り口を塞ぐように密集している。

 

「あれが……」

 

レオが息を呑む。

 

「報告通りだ。統率された動きをしてる」

 

ダンが前に出る。

 

冒険者たちが剣や斧を構える。

 

「全員、聞け!」

 

ゴードンが声を張り上げた。

 

「Bランクは正面から敵の注意を引く!Cランク以下は左右に回り込んで、逃げ道を塞げ!挟み撃ちにするんだ!」

 

冒険者たちが散開していく。

 

「黒猫団は……右側の茂みから回り込んでくれ。Dランクでも、数さえ揃えば一匹一匹は処理できるはずだ」

 

「わかりました!」

 

アレンが返事をする。

 

「行こう」

 

俺たちは右側の林へと走った。

 

草木の匂いと、強烈なゴブリンの匂いが混じり合う。

 

(レオ、どうだ?)

 

俺は横を走るレオを見る。

 

杖を握る手が、白くなっている。

 

でも、足は止まっていない。

 

(まあ、まずは知識の方が役に立つってことか)

 

「アレンさん」

 

レオが小声で言った。

 

「先ほどの印の話ですが……もし今回のゴブリンにも印があるなら、それが術者との繋がりになります。印を壊せば、支配を弱められる可能性があります」

 

「わかった。印があったら、それを狙う」

 

俺は少しだけ安心した。力だけじゃない。知識でも戦える。

 

茂みを抜けると、ゴブリンの側面が見えた。

 

油断しているように見えるが、動きに違和感がある。

 

個体ごとの意思がないのだ。

 

「見えますか? 背中に何か……」

 

レオが指さす。

 

よく見ると、先頭のゴブリンの背中に、黒い痣のようなものが見える。

 

三つの丸が三角形に並んだ、あの印だ。

 

「あれだ! 三つ眼の印!」

 

アレンが叫んだ。

 

「やっぱり……文献にあった術と一致します」

 

レオの声が震える。

 

「行くよ! エマさんは左から!レオさんはここで!僕とクロが前に出ます!」

 

アレンが剣を抜いて飛び出す。

 

俺もアレンの肩から地面へ飛び降り、一気に距離を詰めた。

 

「ギャッ!」

 

ゴブリンが気づく。

 

だが、統率されているだけあって、反応は一斉だ。

 

三匹が同時に棍棒を振り上げる。

 

「はあっ!」

 

アレンが剣を叩き込む。一匹の腕を切り裂いた。

 

俺は別の一匹の足元へ飛び込み、爪をふくらはぎに立てる。

 

「ギャアッ!」

 

踏み込みが崩れ、ゴブリンが前のめりに倒れる。

 

「エマさん、今です!」

 

エマの矢が三匹目の肩を射抜く。

 

しかし、倒れた三匹の後ろから、さらに五匹が一糸乱れず迫ってくる。

 

「くっ、多い!」

 

アレンが剣で棍棒を受け止める。

 

「レオさん!」

 

アレンが叫ぶ。

 

俺は振り返った。

 

レオは杖を構えている。だが──

 

前衛のアレンのすぐ後ろで、またゴブリンとアレンが入り乱れている。

 

昨日の廃屋と同じだ。

 

(撃てるか?)

 

レオの視線が、アレンとゴブリンの間を往復する。

 

手が震えている。

 

「だめ……また……」

 

レオの唇が震える。

 

(やっぱり無理か!)

 

だが、その時。

 

「レオさん! まだ撃たないで!」

 

アレンが叫んだ。

 

「え?」

 

「僕が射線を空けます! そこへ撃ってください!」

 

アレンが体を捻り、ゴブリンの攻撃を受け流しながら、大きく右へ二歩動いた。

 

レオと敵の間から、アレンの姿が消える。

 

魔法が安全に通るだけの広い射線が、一瞬だけできた。

 

「今です! ここなら僕には当たりません!」

 

アレンが叫ぶ。

 

レオの目が、射線の先を見る。

 

「『氷の矢よ――敵を穿て!』」

 

杖の先端から、青白い光が真っ直ぐに飛んだ。

 

標的は目の前だ。

 

射線には何もいない。アレンもいない。

 

ドオンッ!

 

氷の矢は、印のあるゴブリンに直撃した。

 

氷が爆ぜ、ゴブリンの体が地面に叩きつけられる。

 

「ギャアッ……」

 

その瞬間だった。

 

その一匹が倒れたのと同時に、周りの数匹が一斉に立ち止まった。

 

まるで糸が切れた操り人形のように、動きを失う。

 

「効いた……!」

 

レオが杖を握りしめる。

 

その指はまだ震えていた。

 

それでも、今度は杖を下ろさなかった。

 

「この一体が……中継役だったのかもしれません。こいつが倒れた瞬間、周りだけ止まった」

 

レオが呟く。

 

その隙を逃すアレンじゃない。

 

「今だ! 行くよ!」

 

俺たちは動きを止めたゴブリンたちへと、一気に突っ込んだ。

 

*  *  *

 

まだ戦いは続いている。

 

印のある一匹を倒しても、群れ全体が止まったわけじゃない。

 

多くのゴブリンがまだ動いている。

 

レオが周囲を見回す。

 

アレンが問う。

 

「中継役は一体じゃない……?」

 

「いや、それだけじゃありません。あれだけの数をこれほど統率して動かすなら、命令を送っている術者もそう遠くにはいないはずです」

 

レオが杖を握りしめる。

 

「近くにいる……!」

 

俺は鼻をひくつかせた。

 

風の匂いの中に、微かな異質な匂いが混じっている。

 

ゴブリンじゃない。

 

人間だ。

 

それも、俺たちと一緒に来た冒険者の誰とも違う匂い。

 

(見つけた)

 

俺はアレンの足元から飛び出し、林の奥へと走った。

 

「クロ?」

 

アレンが驚きの声を上げる。

 

構わず走る。

 

木の根を飛び越え、茂みを潛り抜けると、開けた場所に出た。

 

そこにいたのは、ゴブリンじゃない。

 

灰色の外套を纏った人間だ。

 

一瞬、森で見た男が頭をよぎる。

 

(いや……違う)

 

体格が違う。匂いも違う。

 

あの男じゃない。

 

(別人……?)

 

俺は低く唸った。

 

外套の男が俺に気づく。

 

フードの下から、赤く光る目が覗いた。

 

「チッ……気づかれたか」

 

男が杖を振るう。

 

だが、その時にはもう、俺の後ろからアレンたちが飛び出してきていた。

 

「だれだ!」

 

アレンが叫ぶ。

 

男が逃げようとする。

 

「エマさん、右! 逃げ道を塞いで!」

 

アレンが指示を出す。

 

エマが矢を放つ。男の右側の地面に矢が突き刺さり、足を止める。

 

「レオさんは撃たなくていい! 逃げる方向だけ止めてください!」

 

「は、はい! 『氷壁よ――道を閉ざせ』!」

 

レオが杖を振ると、男の左側の地面が凍り上がり、足場を滑らせる。

 

男がよろめく。

 

俺が正面から唸って進路を塞ぐ。

 

その隙にアレンが距離を詰め、男の喉元へ剣先を突きつけた。

 

「動くな!」

 

男は杖を落とし、両手を上げた。

 

降参したように見えた。

 

だが、その口元が歪んで笑った気がした。

 

その時、ダンとゴードンが駆けつけてきた。

 

「何があった!」

 

「術者かもしれません。こいつがゴブリンを操ってた可能性があります」

 

アレンが男を指す。

 

ゴードンが男に詰め寄る。

 

「誰に命令された! 三つ眼とは何だ!」

 

「答えろ!」

 

男は狂ったように笑い出した。

 

「我らは、全てを見ている」

 

「何?」

 

その瞬間だった。

 

男の首元の三つ眼の印が、赤黒く光り出した。

 

「ぐっ……!」

 

男が自分の首をかきむしる。

 

「あの方は──」

 

ドクン。

 

空気が震えるような音がした。

 

男の体が、ぐらりと傾く。

 

「おい!」

 

ダンが支えようとしたが、男は既に事切れていた。

 

レオが恐る恐る男に近づき、その首元を覗き込む。

 

「死んでる……」

 

「自殺か?」

 

「わかりません」

 

レオが首元の印を見つめる。

 

「でも、今の人は何もしていません。魔法を使った様子もなかった」

 

「じゃあ、今のは……」

 

レオは答えなかった。

 

ただ、赤黒く焼け焦げた三つ眼の印を見つめていた。

 

(口封じ……か?)

 

俺は男の死に顔を見た。

 

(一人じゃない……)

 

ベルダンの男とは別人。

 

同じ印、同じ術。

 

そして、捕まった途端に口を塞がれた。

 

(これは……思ってたよりずっと大きな話なんじゃないか?)

 

俺は背筋が凍るのを感じた。

 

三つ眼の男は一人じゃない。

 

捕まっても情報が漏れない仕組みになっている。

 

村の周りのゴブリンたちは、術者の死とともにバラバラになり、逃げ散り始めていた。

 

冒険者たちが村に被害が出ないよう可能な範囲で追撃をしていく。

 

とりあえずの危機は去った。

 

だが、謎は深まる一方だ。

 

なぜアルムを襲ったのか。

 

三つ眼の目的は何か。

 

そして、「全てを見ている」とはどういう意味か。

 

俺は死んだ男の首元を見る。

 

焼け焦げた三つ眼の印は、もう光っていない。

 

それなのに――なぜかまだ、どこかから見られているような気がした。

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