アルム村の事件から、二週間が経った。
朝の市場は活気にあふれ、子供たちが路地裏を走り回り、猫たちが屋根の上であくびをしている。
アルムの件はギルドでも一番の話題だったが、悪い噂はすぐに新しい噂に塗り替えられるものだ。
「王都に送った報告、どうなったのかな」
朝のギルドで、アレンが依頼の貼られた掲示板を見ながら呟く。
「王都は遠いし、返事なんてすぐ来ないんじゃない?」
エマが矢筒を肩に掛けながら言った。
「それより、今日の依頼。薬草採取でいいんだよね?」
「うん。西の丘でムーンフラワーと、あとついでにキラーラビットも狩る。レオさん、いいですか?」
「はい。ちょうど、氷壁の精度を上げる練習をしたかったんです」
レオが杖を手に頷く。
(ほんと、真面目な奴だな)
俺はアレンの足元であくびをした。
二週間で、レオはずいぶん馴染んできた。
最初は遠慮がちだった椅子の座り方も、今は自然だ。
「よし、行こうか!」
アレンが明るく言う。
「黒猫団、出動!」
(相変わらず締まるような締まらないような名前だな)
俺は心の中でツッコミを入れたが、まんざらでもなかった。
* * *
西の丘には、乾いた秋の風が吹いていた。
草の匂いと、小さな花の匂い。平和そのものだ。
「あった!ムーンフラワーだ」
エマが駆け寄る。
「じゃあ、僕たちはキラーラビットを探しますか」
アレンが剣の柄に手をかける。
「クロ、頼むよ」
俺はアレンの肩から飛び降り、草むらに潛んだ。
鼻をひくつかせる。
(いた)
草の匂いに混じって、獣の匂いがする。
右の茂み、三匹。
俺が短く鳴くと、アレンが頷く。
「レオさん、行きますよ」
「はい」
レオが杖を構える。
「行くよ!」
アレンが茂みに向かって走る。
ウサギたちが飛び出す。
「『氷壁よ』!」
レオが左側に氷の壁を作る。逃げ道を塞ぐ壁だ。
ウサギたちは右へ逃げようとするが、そこはアレンがいる。
「もらった!」
アレンが剣を振るう。
一匹、二匹と倒れていく。
最後の一匹が、氷壁を乗り越えようと跳んだ。
「エマさん!」
「任せて!」
エマの矢が、空中のウサギを射抜く。
「完璧!」
アレンが拳を突き上げる。
(やるじゃねえか)
俺は感心した。
二週間前の必死な形相とは違う。
魔法で逃げ道を塞ぎ、前衛が敵を狩る。弓が逃げた敵を仕留める。
連携が、自然になっている。
「うまくいきましたね」
レオが氷壁を解きながら言う。
「レオさんの壁、ちょうどよかったです」
アレンが笑う。
「こういう戦い方もあるんですね」
「少しずつ、わかってきた気がします」
レオが杖を下ろす。
少なくとも、氷壁を使うその指は震えていなかった。
* * *
夕暮れ時、俺たちはローベスへの道を歩いていた。
荷物は少し重いが、それは成果の重さだ。
「これだけあれば、今日の報酬も結構いきそうだね」
エマがムーンフラワーの入った袋を揺らす。
「うん。これなら装備の更新もできるかも」
アレンが言う。
「僕も……新しい杖を探そうかな」
レオが自分の杖を見る。
「いいですね、それ」
俺はアレンの足元で歩きながら、夕焼けの空を見上げた。
ローベスの城壁が見えてきた。
俺たちが最初に出会った街。そして、俺たちが帰ってくる街。
ギルドに入ると、見慣れた赤毛がこちらに手を振っていた。
「遅いわよ、アレン!」
「リリア?」
「せっかく待っててあげたのに。随分のんびりした依頼だったのね」
(相変わらずツンが強いなリリアは)
リリアはそう言いながら、俺たちの後ろにいるレオへ視線を向けた。
「ギルドでは何回か会っていたけれど、ちゃんと話すのは初めてよね」
「はい。レオさんです」
「レオ・クライスです。よろしくお願いします」
「私はリリアです。まあ、アレンたちの……友達みたいなものね」
「みたいなものって何よ」
エマが笑う。
その時、マリアがカウンターの奥から一枚の羊皮紙を持ってきた。
「ちょうどよかったわ! レオくんの加入手続きが終わったから、新しいパーティ証よ」
「ありがとうございます」
アレンが羊皮紙を受け取る。
『黒猫団』
その下には、アレン、エマ、レオの名前が並んでいる。
そしてパートナーの欄には――クロ。
「なんか、こうして見ると本当に増えたね」
エマが覗き込んで笑った。
「こうして正式なパーティ証に書かれてると、なんか変な感じね」
リリアが呆れたように眉をひそめる。
「これから他の街でも、その名前で通るんでしょ?」
「はい!」
「ほんとに黒猫団で押し通すつもりなのね」
「いいじゃん!」
「もう少し格好いい名前にした方がいいんじゃない?」
リリアが俺を見る。
「……まあ、黒猫団って聞けば、すぐあんたたちだってわかるから悪くないとは思うけどね」
「にゃ」
(だろ?)
「でも、いい響きだと思います」
レオも笑う。
俺はアレンの足元で、短く鳴いた。
* * *
その夜。
俺はアレンの家の屋根で、星空を見上げていた。
夜風が心地いい。
屋根の下から、アレンの気配がする。
俺は音もなく降り、窓から部屋へと入り込んだ。
アレンは机に向かって、新しいパーティ証を見ていた。
「クロ」
アレンが俺に気づき、微笑む。
「最初は、僕と君だけだったよね」
俺はアレンの膝に飛び乗った。
(ああ。そうだな)
雨の夜、ゴミ捨て場で拾われた名もない黒猫。
それが今は、「黒猫団」の一員としてここにいる。
「父さんと母さんみたいな冒険者になりたかった。でもね」
アレンが俺の頭を撫でる。
その手は温かい。
「今は、みんなと一緒に強くなりたいって思うんだ」
(そうか)
俺は心の中で呟いた。
エマに、レオ。それにリリア。
気づけば、俺たちの周りには随分と人が増えた。
最初は俺とこいつだけだったのにな。
(ずいぶん賑やかになったもんだ)
「さあ、寝ようか」
アレンがベッドに横たわる。
俺もその隣に丸くなった。
猫になった時は、どうなることかと思った。
異世界で、言葉も話せず、ただの黒猫になって。
でも今は、仲間がいる。
帰る場所もある。
隣では、アレンがもう寝息を立て始めていた。
俺はその温もりに身体を寄せ、ゆっくりと目を閉じる。
(まあ――悪くないか)