アレンの家の玄関先でエマが革紐をきつく結んでいた。腰の矢筒の横、新しい鞘に収まった短剣。ライラから譲り受けた護身用のそれだ。
「どう?動きにくくない?」
アレンが聞く。
「平気平気。これがあると安心なんだよね」
エマが短剣の柄をぽんと叩く。その笑顔に迷いはない。
(まあ、いざという時に弓だけじゃどうにもならんこともあるからな。備えあればだ)
アレンが俺の首元から鈴を外し、革紐に通して腰へ結んだ。依頼中は音を消すのが鉄則だ。
「行こうか、レオも待ってるし」
アレンが剣を腰に差し、家を出る。
今日もいい天気だ。石畳を渡る風は町の匂いを運んでくる。
* * *
ギルドは朝の混雑を迎えていた。
俺はアレンの肩の定位置から、カウンターの向こうにいるマリアへ視線を向ける。
「おはよう黒猫団。今日の依頼はね」
マリアが依頼書を広げる。
「東の森の浅瀬での薬草採取とウルフの間引きよ。二匹確認されてるわ」
「ウルフかぁ」
アレンが依頼書を受け取る。
「スライムよりは手強いね」
「素早いし連携もするからね。スライムみたいにのっそりはしてないよ」
エマが眉を寄せる。
「大丈夫です。この間の訓練の成果、出してみせます」
レオが杖を握りしめる。その眼鏡の奥の瞳には、以前のような怯えよりも決意が勝っていた。
(さて、どうなるか)
俺はアレンの肩で尻尾をゆらりと揺らした。
「ウルフ相手なら僕が前に出て誘導するよ。レオは僕の動きを見て横を塞いで」
「はい。アレンさんが誘導したところへ氷壁を出します」
「私は二人の間くらいで全体を見る。位置と射線が空いたら声出すね」
三人が顔を見合わせ、小さく頷く。
(ちゃんと作戦を立てるようになったな)
俺は感心しつつ、アレンの肩で丸くなった。
* * *
東の森の浅瀬は木漏れ日が多く草丈も高い。湿った土の匂いと獣特有の生臭い匂いが混ざっている。
頭上では鳥が鳴き、風が吹くたび木々の葉がざわざわと揺れた。
「クロ、お願い」
アレンが低く言う。俺はアレンの肩から飛び降り、前方の草むらへ潛んだ。
肉球が湿った土を捉える。鼻をひくつかせ、耳を澄ませば、枯れ葉を踏む微かな足音が二つ。リズムは揃っている。並んで移動しているようだ。
(匂いは……右の藪だ。こっちだ)
俺は右前足で地面を二度叩き、右の藪へ首を振る。
「右ね」
アレンが頷き剣を抜く。
「エマ、レオ、右から来る」
「了解」
エマが弓を構え、半歩後ろへ下がる。
「位置につきます」
レオが杖を構え、アレンの左斜め後ろへ回る。
藪が揺れ、灰色の毛並みの狼が二匹飛び出してきた。鋭い牙と爪。筋肉の動きが皮の下で滑るのが見える。素早い動き。スライムとは違う本物の殺気だ。
「来た!」
アレンが前へ出る。一匹がアレンめがけて飛びかかる。もう一匹がその隙を突いて横から回り込もうとした。典型的な連携狩りだ。
「レオ、右!」
アレンが叫ぶ。
「はい!」
レオが杖を振る。詠唱は短く、氷壁がアレンの右側面に隆起する。この間の訓練通りだ。横から回り込もうとしたウルフの進路が塞がれた。
だが今日は範囲が少しだけ狭い。アレンが剣を振る余地を残している。
(おお、訓練の成果が出てるな)
氷壁に進路を塞がれたウルフが、慌てて身を翻す。
その一瞬をアレンは逃さなかった。
踏み込み、横薙ぎに剣を振るう。
刃が肩口を深く裂き、ウルフが地面を転がった。
「まだだ!」
立ち上がろうとしたところへ、アレンがもう一歩踏み込み、とどめを刺す。
もう一匹が仲間の悲鳴に反応して飛び退いた。そして、その視線が後方のエマへ向く。
(まずい、こっちだ!)
俺が喉を鳴らそうとした時、エマが動いた。
「エマ、左へ!」
アレンが叫ぶ。
アレンはウルフを追わず、その進路へ先回りする。
エマが身を翻し、左へ跳ぶ。ウルフの視線がそれを追う。
だがアレンは剣を振り上げ、ウルフの逃げ道を塞ぐように右へ一歩ずれた。
「レオ! 僕が右へ退く!」
一瞬、レオからウルフまで、一直線の射線が開いた。
「射線空いた!」
エマの声が飛ぶ。
「氷の矢!」
レオが杖を振る。青白い光が一直線に飛び、ウルフの脇腹を貫く。
「今だ!」
アレンが一気に踏み込み、とどめの一撃を叩き込んだ。
ウルフ二匹が倒れるまでの時間は、この前のスライム戦より短かった。
「やった」
アレンが息を吐く。
「うまくいったね」
エマが弓を下ろしながら近づく。
「アレン、今の誘導すごかったよ。」
「ダンさんに教わったんだ。前衛は敵を倒すだけじゃないってね」
アレンが剣を手入れしながら笑顔を見せる。
「レオ、氷の矢、動いてる的に当てられたね」
エマが笑う。
「ええ。アレンが射線を空けてくれたからです。エマさんの合図も聞き取れました」
レオが眼鏡のブリッジを押し上げる。その口元が少し緩んでいた。
(まあまだまだだが、確実に一段良くなったな)
俺は草むらから出てアレンの足にすり寄った。血の匂いもする。だがそれは敵のものだ。
* * *
ギルドに戻り報告を済ませる。
マリアが「お疲れ様」と労ってくれた。
酒場の隅のいつものテーブルに座り、果実水を頼む。
「今日の戦い方すごく良かったよ」
「アレンが誘導してレオが撃つ。はまれば強いね」
「でもウルフは素早いから、次はもっと早く壁を出さないと間に合わないです」
「そうだね。その辺はまた練習だね」
「エマの合図もすごく的確だったよ。おかげで撃ちやすかった」
「私も二人の位置見えてたからね。ダンさんに言われた通りだよ」
エマが腰の短剣に手を添える。
三人が今日の依頼を振り返る。その声は明るい。
(慣れてきたな)
俺はテーブルの上で前足を組んで彼らを見守る。少しずつだが確実に「三人」の形ができつつある。
その時、受付の方から視線を感じた。
リリアだ。
彼女は帳簿を手に持ったまま、こちらを見ていた。だが俺と目が合うとすぐに視線を逸らし、奥へと消えていった。
昨日、ゼドの治癒術を食い入るように見ていたリリアを思い出す。
あいつが自分にできることを探してるのは、今に始まったことじゃない。
(まあ、やってみろよ)
俺は奥へ消えていったリリアの背中を見送り、尻尾をひとつ揺らした。
「次はホーンラビットの群れなんてどうかな」
アレンがそんなことを言うと、エマが目を輝かせた。
「ホーンラビットって食べられるんだよね?」
「エマさん、依頼を食事で選ばないでください……」
「だって今お腹すいてるんだもん」
窓の外は青空。今日もローベスは平和だった。
俺は少しだけ背伸びをして、アレンの膝の上に飛び乗った。