転生黒猫と少年冒険者   作:黒猫のしっぽ

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いつもの依頼

朝のギルドは久しぶりに普通の空気だった。

 

冒険者たちが依頼を選んだり酒場で朝飯を食ったりしている。ここ数日ずっと重苦しかったホールに、ようやく人の声が戻ってきていた。

 

ただし掲示板の北東の森方面だけは赤い札が貼られたままだ。

 

『立入禁止』

 

俺は一瞬だけそれを見てすぐに目を逸らした。

 

アレンも一度だけ札に目をやって、そのまま別の依頼へ視点を移す。

 

「今日はどうする?」

 

エマが掲示板を見る。

 

「森以外なら普通に受けていいんですよね」

 

レオがマリアへ確認する。

 

「ええ。西と南方面は問題ないわ。ただし北東には絶対近づかないこと」

 

「分かってます」

 

アレンは素直に答えた。

 

(今回はちゃんと分かってるみたいだな)

 

俺はアレンの足元であくびをした。

 

「じゃあこれにしよう」

 

アレンが指差したのは街道沿いに出没するゴブリンの討伐依頼だった。西の方面。北東とは逆方向だ。

 

「数匹って書いてありますね。油断はできませんが、僕たちなら大丈夫だと思います。」

 

「行こう」

 

*  *  *

 

西の街道を少し外れた場所に、ゴブリンの群れが見つかったという報告があった。

 

木立の隙間から様子を窺う。目に見えるのは五匹。小柄な個体ばかりだが数はこちらより多い。

 

「いつもみたいにいこう」

 

アレンが剣の柄に手をかける。

 

エマが弓を構え、レオが杖を握った。

 

俺は地面を蹴って先行する。

 

(右に三匹。左の茂みに二匹)

 

アレンが前へ出る。エマが右側の三匹へ矢を放ち、先頭の一匹の肩を射抜く。

 

「レオ、左!」

 

アレンの声にレオが反応する。

 

「氷の矢!」

 

放たれた氷の矢が二匹の足元へ突き刺さる。地面に氷が広がり、動きを封じる。

 

その時だ。

 

背後の茂みが揺れた。

 

(もう一匹)

 

「にゃっ!」

 

俺が鳴いた瞬間、アレンが振り返る。

 

飛び出したゴブリンの棍棒を剣で受け止めた。

 

「まだいた!」

 

エマの二本目の矢がゴブリンの腕を射る。アレンが一歩踏み込んで剣を振るう。ゴブリンが倒れた。

 

残りもあっという間に片付いた。

 

「終わったかな」

 

アレンが剣を鞘に戻す。

 

「クロ、また先に見つけたでしょ」

 

エマが俺の頭を撫でようとする。俺は少し身を引いた。

 

「にゃあ」

 

(猫を舐めんな)

 

「クロがいなかったら背後から来られてましたね」

 

レオが眼鏡を押し上げる。

 

「じゃあ今日の報酬、クロ多め?」

 

アレンが笑う。

 

「どうせご飯になるだけじゃない」

 

エマが肩をすくめる。

 

(お前ら俺の取り分を何だと思ってる)

 

俺は尻尾をぴしっと揺らして、帰り道へ歩き出した。

 

*  *  *

 

帰り道、アレンが少し遠くを見た。

 

北東の森だ。

 

俺も気づいた。木々は春の陽に照らされてどこか平和に見える。

 

アレンは少しだけそこを見て、森へ行こうとはしなかった。

 

「ダンさん、もう起きてるかな」

 

「にゃあ」

 

「帰ったら寄ろうか」

 

(ああ。顔を見に行ってやろう)

 

俺たちはそのままローベスへ戻った。

 

*  *  *

 

ギルドへ報告を済ませてから救護室へ寄った。

 

ダンはベッドに座って水を飲んでいた。昨日よりずっと顔色がいい。

 

「依頼からの帰りか」

 

「はい」

 

「ちゃんと働いてんな」

 

「ダンさんよりは」

 

「言うようになったじゃねえか」

 

ダンが小さく笑う。アレンもつられて笑った。

 

俺はベッドへ飛び乗り、ダンの匂いを嗅いだ。

 

(もうほとんどしねえな)

 

甘ったるい鉄錆の匂いは、かすかに残っているだけだ。森から離れて日数が経てば薄れていく。ダンの身体は確かに回復している。

 

リリアが水差しを持ってやってきた。

 

ダンの匂いを嗅いでいる俺を見て、ふと足を止めた。

 

俺もリリアを見る。

 

それだけだった。リリアは何も言わず、ダンの枕元のコップに水を注いだ。

 

「もう歩けるのかしら」

 

「先生はまだダメだってさ。あと二日くらいはここで大人しくしてろってよ」

 

ダンが肩をすくめる。

 

「無理しないでくださいね」

 

アレンが言うとダンは「分かってるよ」と短く返した。

 

*  *  *

 

救護室を出てギルドのホールへ戻ると、夕方の光が窓から差し込んでいた。

 

冒険者たちの話し声。食器がぶつかる音。マリアが受付で帳簿をめくる音。

 

久しぶりにいつものローベスが戻ってきたように感じた。

 

俺はテーブルの上で丸くなった。アレンが俺の背中を撫でている。エマが向かいで果実水を飲み、レオが図鑑をめくっている。

 

(こういうのでいいんだよ)

 

目を細めていると、外から馬の蹄の音が聞こえた。

 

耳がぴくりと動く。

 

ギルドの前で止まった。

 

扉が開く。

 

俺は顔を上げた。

 

入ってきたのは旅装姿の人物だった。長い外套に埃が積もっている。背中には細い杖を背負っている。

 

マリアが受付から顔を上げた。

 

「どなたですか?」

 

「王都から来た」

 

その人物が静かに言った。

 

「北東の森の件で、派遣された者だ」

 

ギルド内の空気が変わった。

 

冒険者たちの話し声が止まる。

 

アレンの手が俺の背中から離れた。

 

(来たか)

 

俺はテーブルの上で前足を伸ばした。

 

今度こそ、あの森で何が起きてるのか分かるかもしれない。




12話と13話の間にリリア視点の閑話を入れてみました。
良ければご一読ください。
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