拾われてから三ヶ月が経った。
今日はギルドの仕事を手伝うことになっている。依頼を受けに来たわけでもダンと訓練をしに来たわけでもない。以前から言われていたのだ。ギルドの仕組みを学ぶいい機会になると。
俺はアレンの肩の上から見慣れ始めた石造りの建物を見上げた。
(なんだか今日は、ちょっとだけ違って見えるな)
働く側としてギルドへ入るのは初めてだ。アレンが蝶番の軋む扉を押し開ける。
中の匂いにはだいぶ慣れた。酒と汗と鉄と羊皮紙の乾いた匂い。朝のギルドでは、受付係が書類を運び、職員たちが倉庫とカウンターを忙しそうに行き来している。
「アレンくん、こっちにおいで」
受付カウンターからおさげ髪の女性が手招きしていた。マリア。以前アレンが依頼を受けた時にも受付にいた女性だ。
「おはようございます、マリアさん」
「今日は新人向けの実地講習を兼ねて、ギルドの仕事を少し手伝ってもらおうと思ってね。掲示板の依頼書の整理と、消耗品倉庫の在庫確認をお願いしたいの。報酬はお小遣い程度だし、きちんとした仕事じゃないけど、依頼がどう管理されてるか知っておくのも勉強になるわ」
マリアは数枚の羊皮紙をアレンに手渡した。
「はい、喜んでやらせてもらいます!」
こうして、俺たちの初めてのギルド仕事が始まった。
* * *
「えっと、まずは掲示板の依頼書の整理か……」
アレンは掲示板の前に立って、貼り出されている大量の羊皮紙を見上げた。
俺はアレンの肩の上から、依頼書の内容を覗き見た。
そういえばこっちに来てから言葉で困ったことがない。見たこともない文字のはずなのに、目で追えば意味がわかる。
(どういう理屈なんだろうな)
まあ、猫になった上に読み書きまで一から覚え直しじゃなかっただけ助かる。
『依頼:薬草採取。月光草五本。報酬:銀貨三枚。注意:森の入り口付近にゴブリン出没の報告あり。単独行動禁止』
(あの時の報告が、ちゃんと注意書きになってるな)
『依頼:街道の見回り。三日間。報酬:銀貨三十枚。注意:最近、盗賊の目撃情報あり』
(三日で銀貨三十枚か。危険手当込みならまあ妥当な線だな)
『依頼:下水道一区画の清掃。報酬:銀貨二枚。注意:スライム出現の可能性あり。悪臭に注意』
(最後のは報酬安すぎだろ。スライムが出るかもしれないのに)
俺は心の中でツッコミを入れながら、依頼書の束を眺めていた。
「あ、これは期限切れだ。こっちは……薬草採取の依頼だから、こっちの束にまとめないと」
外した依頼書の端まで揃え、アレンは一枚ずつ種類を確認していく。
(こういうところは妙に几帳面なんだよな)
「ふう、これで全部終わったよ」
三十分ほどで掲示板の整理は完了した。
「にゃあ」
俺は一声鳴いて、アレンの頬に頭を擦りつけた。
「ありがとう、クロ。次は消耗品倉庫の在庫確認だね」
* * *
消耗品倉庫はギルドの地下にあった。階段を下りると、ひんやりとした空気が流れていて、少しカビ臭い。壁には鉄枠で覆われた油灯が等間隔に置かれていて、ぼんやりと周囲を照らしている。
「うわあ、広いなあ……」
倉庫の中には、所狭しと木箱や樽が積み上げられている。中身は傷薬や包帯、たいまつなどの消耗品だ。奥の方には貴重な素材や魔具が置かれた棚もあるようだが、そちらにはしっかりと鍵がかかっていた。
「マリアさんから、職員が確認した後の在庫リストを預かってるんだ。これと照らし合わせて、数が合ってるか数え直すだけだから、そんなに難しくないよ」
アレンは羊皮紙を広げて俺に見せた。
『傷薬:二十三本。包帯:四十五巻。たいまつ:六十七本。解毒草:十二束……』
(かなり細かく管理してるんだな)
「えっと、傷薬は……二十三本。うん、合ってる。次は包帯……四十五巻。これも合ってる。たいまつは……」
傷薬、包帯、たいまつ。アレンは一つずつ数えては羊皮紙へ目を戻す。
棚を一列ずつ確認していくうちに、昼を過ぎていた。
「あれ? 解毒草が十一束しかない。リストでは十二束のはずなのに……」
確かに解毒草の束は十一しかない。リストと一束分、数が合わない。
「どうしよう。マリアさんに報告した方がいいかな……」
(待てよ)
棚の裏から、乾いた薬草の青臭い匂いがした。
俺はアレンの肩から飛び降り、棚の下へ鼻を近づける。
(……あるぞ)
「にゃあ」
俺は前足で床を引っかいて知らせた。
「え? クロ、どうしたの?」
アレンは俺の仕草に気づいて、棚の裏を覗き込んだ。そして落ちている解毒草を見つける。
「あ、あった! クロ、ありがとう! きみのおかげで助かったよ!」
アレンは解毒草を拾い上げて、嬉しそうに笑った。
「にゃあ」
俺は尻尾を振って答えた。鈴がちりんと鳴る。
* * *
在庫確認が終わり、倉庫を出て酒場へ戻ると、窓の外は夕暮れ色に染まり始めていた。
「マリアさん、掲示板の整理と在庫確認、終わりました」
アレンはカウンターに向かって作業報告をした。
「まあ、もう全部終わったの? お疲れさま。アレンくん、本当に助かったわ」
マリアは目を丸くして驚いた。
「いえ、クロが手伝ってくれたおかげです」
アレンは照れくさそうに言った。
「クロちゃんも、ありがとうね」
マリアは俺を見て微笑んだ。それから、何かを思いついたように机の下から帳簿を取り出す。
「そうだ、アレンくん。クロちゃん、これからも一緒に依頼へ連れていくつもり?」
「はい。クロが嫌じゃなければ」
アレンが俺を見る。
「だったら、パートナー登録をしておきましょうか」
「パートナー登録?」
「この支部には、冒険者と一緒に行動する動物を登録する仕組みがあるの。冒険者になれるわけじゃないけど、登録しておけば正式に依頼へ同行できるわ」
(正式にか)
悪くない響きだ。
「クロ、どうする?」
アレンが俺の顔を覗き込む。
「にゃあ」
(決まってるだろ)
マリアは笑うと、帳簿を開いて羽ペンを取った。
「名前はクロちゃんでいいのね?」
「はい、クロです」
「登録する冒険者は、アレン・クロフォード。同行する動物は黒猫のクロ、と」
マリアが書き込みを終えると、今度はアレンの前へ帳簿を向けた。
「ここに名前を書いて。パートナーが起こした問題は、一緒にいる冒険者にも責任があるからね」
「はい」
アレンは少し緊張した顔で、自分の名前を書いた。
マリアはそれを確認して、帳簿を閉じる。
「はい。これで登録は終わり。今日からクロちゃんは、アレンくんの正式なパートナーよ」
「クロ、これからもよろしくね」
「にゃあ」
(当たり前だろ)
俺はアレンの差し出した手に、前足を乗せた。
拙い文章ではありますが、感想等いただけますと大変励みになります。
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