薬草採取の依頼を達成してからさらに一ヶ月が経った。
俺が拾われてから、ちょうど半年。
少し前に十四歳になったアレンは、朝から庭で素振りを続けていた。
「百九十八、百九十九、二百!」
最後の一振りを終えるとアレンは大きく息を吐いた。手には父の形見である長剣。以前は重さに振り回されていたが今では大きく軌道を崩すことなく振り切れるようになっている。
汗を拭きながらこちらに歩いてくるアレンの足元へ、俺は窓辺から飛び降りた。
「クロ、ごめんね。朝からうるさかったでしょう」
(また謝った)
俺はアレンの足へ頭をぶつけた。こいつは、妙なところですぐ謝る。
「クロは本当に賢いね。僕なんかより、ずっとしっかりしてる」
(おいおい、猫と自分を比べてどうする)
俺はアレンの膝に飛び乗って、彼の手をぺろぺろと舐めた。伝わるかは知らないが、俺なりの「そうじゃないだろ」のつもりだ。
「くすぐったいよ、クロ」
アレンは少し笑って俺を抱き上げた。
* * *
朝食を終えた後、アレンはいつもの訓練着ではなく、きちんと仕立てられた黒い上着に着替えた。髪もいつもより丁寧に梳かされている。
「クロ。今日は一緒に来てほしいんだ」
「にゃ?」
「父さんと母さんの墓参りに行こうと思って」
俺は一声鳴いて、アレンの足元へ歩み寄った。
家を出て、アレンが最初に向かったのは市場の花屋だった。
「おや、アレン。今日はどうした」
「今日は父さんと母さんに会いに」
「そうか...。それなら、これがいいかな」
店主は、白い花を何本か選んだ。
アレンは両手で花束を受け取った。
* * *
ローベスの町外れにある小高い丘。そこには小さな墓地があった。
石造りの墓標が並び、風が運ぶ草の匂いと、遠くで鳴く鳥の声だけが聞こえた。
ここまで来る間、アレンはほとんど口を開かなかった。背中がいつもより少しだけ小さく見えた。
墓地の一番奥。日当たりの良い場所に二つの墓標が並んでいた。長剣使いだった父ザックスと治癒魔法使いだった母エレンが眠っている。
墓石の前にはすでに小さな花束が一つ供えられていた。誰が置いたのかは分からない。
アレンは持ってきた花を添える。そして、墓石の前に立った。
「父さん、母さん。二人がいなくなって、今日で一年ですね」
アレンの声は、落ち着いていたけれど、どこか掠れていた。
ここには何度か来ていると以前からアレンには聞いていた。だが俺を連れてきたのは初めてだ。
「先月、前に失敗した月光草の依頼を、今度は最後まで達成できました。ゴブリンにも遭遇したけど、ちゃんと撤退できたんです。隣のマーサさんにも、鍛冶屋のグレッグさんにも、みんなに良くしてもらってます」
アレンは一度言葉を切り、俺を見た。
「それと、報告したいことがもう一つ。この子がクロです。僕の相棒です。雨の日に拾ったんですが、すごく賢くて、いつも助けられてばかりです」
アレンは俺を抱き上げ、両親に紹介するように、俺の顔を墓石へ向けた。
「心配しないでください。僕は……大丈夫です」
アレンはそう口にしたものの、墓石から目を逸らした。握りしめられた手がわずかに震えている。
「でも本当は……」
風が吹いて、供えられた花が揺れる。
「父さん、覚えてますか。僕が小さい頃、父さんの真似をして『俺』って言ったら、すごく笑ったでしょう」
アレンの口元がほんの少しだけ緩んだ。
「『俺って言えりゃ男になれるわけじゃねえぞ。自分の頭で考えて、自分で決める。決めたことには責任を持つ。男ってのは、そういうとこで決まるもんだ』って。それから……『だから、お前は「僕」でいい』って言ってくれました」
その笑みが消える。
「母さんも、いつも『アレンはアレンのままでいい』って言ってくれた」
アレンは俯いた。
「なのに僕は今の僕じゃ駄目なんだって……ずっと思ってました」
アレンの声がだんだん小さくなる。
「あの日、僕は家で待っていることしかできなかった。もし僕がもっと強かったら……父さんたちと一緒に戦えるくらい強かったら、一緒についていけたんじゃないか。父さんと母さんを……助けられたんじゃないかって」
(そういうことか)
ようやく分かった。
こいつがどうしてあんなに強くなろうとしていたのか。
どうして、あんなふうに自分を低く見ることがあるのか。
(そのときのお前に何ができたんだよ)
十三歳の少年が、親を亡くして、それでも一人で暮らして、飯を作って、働いて。拾った俺まで養ってる。
(十分やってるだろ。お前は)
そう言ってやりたかった。
でも俺の口から出たのは、
「にゃあ」
それだけだった。
俺はアレンの足元へ行き、その震える手に頭を押しつけた。
「クロ、慰めてくれてるの?」
「にゃあ」
俺は返事の代わりにその手へもう一度頭を押しつけた。
「ありがとう」
アレンが俯いた。
一滴だけ、俺の黒い毛の上に落ちた。
しばらくしてアレンは顔を上げた。
「父さん、母さん。僕、もっと強くなりたいです」
アレンは一度言葉を止めた。
「父さんみたいになれるかは、分かりません。でも……僕は僕なりに、誰かを守れる冒険者になりたいです」
「だから……見守っていてください」
アレンは深々と頭を下げた。
* * *
丘を下りるアレンの足取りは、来た時よりも少しだけ軽かった。
そのまま、ギルドへ向かった。
「マリアさん。採取か配達で、今までより少し遠くへ行く仕事ってありますか?」
マリアは少し考え、掲示板から一枚の依頼書を外した。
「それなら、隣町への薬品配達はどう? 片道半日。モーガン商会から治療院へ届ける仕事よ。報酬は銀貨五枚」
アレンは依頼書をしばらく読んだ。
「やります」
「出発は明日の朝ね。クロちゃんも一緒?」
「はい」
アレンの手が俺の背中に触れる。
「クロは、僕の相棒ですから」
「にゃあ」
俺は短く返事をした。
拙い文章ではありますが、感想等いただけますと大変励みになります。
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