アステロイド・ベルトの残骸漁り   作:七つ葉なずな

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1話 スクラップ2164F15A

54分。残骸漁りに使える時間は、あと54分しかない。この(スクラップ)のコンソールは焼き付いていて、部品取りに回したとしてもそう高くは売れない。「目玉商品」の酸素タンクは気密が保たれているようだが、圧力計は1Mpaを切っている。ガワだけ持ち帰っても意味がない。ではポンプはどうか?型番はSGU-VI3。状態は良さそうだし、そこまでかさばらないし、引っ剥がすのに5分とかからないだろう。

 

マユルは腰のツールベルトからSi-216超音波カッターを手早く取り出し、固定ラッチを千切るように切り離すと、ポンプ部を回し取って自分の船(サルベージリグ)の方に投げ込んだ。

 

視線を感じた気がして振り返ると、壁の大きな亀裂の先に物言わぬ死体が浮いていた。この突撃艇の乗員だろう、タブレットにしがみつくように死んでいる。マユルは顔をしかめて目を逸らした。マユルは残骸漁り(サルベージャー)かもしれないが、死体漁り(スカベンジャー)になるつもりはないのだ。今のところ。

 

というか、あと51分しかない。切り離し(アンドック)時点で酸素をせめて90リットルは残しておかないと、ピアッツィ・ベースに帰る頃にはマユルも死体の仲間入りだ。

 

マユルが着ているFT-11型EVAS(宇宙服)の活動限界は、本来10時間だ。しかし今回のオペレーションでは、サルベージリグで移動している間は酸素供給量を落とすことにしたのだ。88段階中の22段階目まで。大丈夫、到着前には徐々に供給量を戻したから、今は頭もハッキリしている。

 

スクラップ2164F15Aは外から見た感じでは情報通り悪くない状態だったが、内装はほとんどイカれてしまっている。スマート徹甲弾をモロに食らったらしい。カーボン素材の外殻なんて剥がしてもほとんど金にならない。どうせ壊すなら外側だけにして欲しかった。

 

こういう小型のスクラップを狙うのは、マユルのような独立サルベージャーだけだ。企業が持つサルベージ・バルジは戦闘艇のような大型スクラップしか相手にしないし、死体漁り(スカベンジャー)は兵員輸送艇や救命艇なんかのヒトの気配がするスクラップばかりを狙う。

 

マユルのような独立サルベージャーは操業費(ランニングコスト)が安いから、小型スクラップでも採算が合うが、だからこそピアッツィ・ベースに近づいたスクラップは先約が付いてしまう。ケレスでは小型スクラップのサルベージ権は先着順。つまり、先に着いた順。予約など存在しない。

 

今日スクラップ2164F15Aを狙ったのは、賭けだった。小さく軽いサルベージリグで、慣性航行の時間を長めに取ることで推進剤を節約してDelta-V予算を抑え、行き帰りの酸素もギリギリに抑えることで、他のサルベージャーがまだ手を出せないスクラップを掴んだのだ。そしてその代償として、サルベージに使える時間は1時間もない。

 

次に狙うべきはどのパーツだろうか?マユルは亀裂から船外に出て、スラスターのコア部がひどく歪んでいるのを確認した。操縦席も徹甲弾が撒き散らした衝撃でオシャカになっていた。無事なパーツが残っていそうなのは、下部側だろうか。船体下部のボムランチャーはカタログ上の値段は高いが、今は需要が薄い。アンテナはかさばる割に安い。あまり丁寧に物色する時間もないが、何かめぼしいものはないだろうか?下部のハッチを開けたら?いや、構造的には操縦席に入るだけか。……待てよ?

 

マユルは降って湧いたアイディアを吟味する。酸素不足で自分の頭がおかしくなったのかとも疑ったが、考えれば考えるほど良い考えのように思える。

 

再び超音波カッターを取り出すと、EVAS(船外活動スーツ)のAIアシスタントを使って手早く寸法を取って、そして亀裂を拡げるように強化カーボン壁に切れ込みを入れ始めた。

 

スクラップ2164F15Aの船体は、放っておいてもそのうち真っ二つに分かれるだろう。それを早めてやろうというだけだ。切削距離が最低限になるように、ヘルメットに投影された線に沿って切っていく。この突撃挺の下側1/4ほどをまるごと切り取ってしまうのだ。これをそのままケレスに持って帰ればボムランチャーも回収できるし、ハッチもまとめて手に入る。シュムンMMH-D4ハッチはそれ自体の売値は低いが、ケレスではなかなか手に入らないパーツなのだ。かさばるから。

 

切り出し作業はわずか22分で済んだ。タイマーは活動限界まで24分と言っているが、マユルはとっとと引き上げにかかった。行きはよいよい帰りは怖い。切り出したスクラップ船体をサルベージリグに固定する作業が残っているし、想定の倍の重さを持ち帰ることにしたから、帰路は4.5時間ではなく5時間を見込む必要がある。それで推進剤は予備も含めて使い切る計算だが、それでも最終的な損益ではこれがベストなハズだ。推進剤は、ただの水だ。水は宇宙空間では貴重かもしれないが、ケレスでは山ほどある。

 

最初に切り出したポンプを掴んで、マユルは壁を蹴ってサルベージリグに戻っていった。

 

マユルのサルベージリグは、ローンを組んで328,000ドルで買った激安中古品だ。名前は「サンコイチ」。日本語ベースの名前で、意味は確か「3つで1つにする」とかなんとかいったはずだ。

 

気密室すらない船体には操縦席、S型バッテリー、イオンスラスター、それからサルベージ品を固定するワイヤーフックが4本付いている。普通、サルベージ船といえば空気ポンプと気密を確保した操縦席くらいが最低限付いているものだが、それだと値段は100万ドルを超えてしまう。ケレスで「不法移民の子」という扱いのマユルにとっては、到底手が出せない代物だ。

 

ケレスに向けてスラスターを吹かし、推進剤不足のアラートを切って。EVASの酸素供給量をゆっくりと絞ると、頭と胸が圧迫されるような息苦しさと痛みを感じ始めた。朦朧とする意識の中で、マユルは夢を見るように昔のことを思い出した。

 

「チャイルド・セーフティ・ファンド」の支援が15歳で打ち切られてから、マユルは2年以上、様々な仕事を転々とした。最初にやったのは、ゴールファミリーに紹介された廃棄品の仕分け作業。防塵マスクと軍手は貸してもらえるが、レンタル料が差っ引かれる。RSD社の第4艦隊がピアッツィ・ベースに停泊したので、今度はその清掃作業。船外活動での仕事は初めてだったが、最初はEVASの重さに戸惑ったものだ。それからまた廃棄品仕分けに戻って、今度は第4艦隊の揚陸艇に誘われて。嫌な予感がしたから断ったところゴールファミリーとも疎遠になってしまったが、その後に起きたのがマーズ・アタック。つまり、火星人襲来。その間マユルはマグレブの整備員をやっていたが、幸運にもピアッツィ・ベースは無事だったので、PGSのサルベージ船に乗り込んで戦後の残骸漁り特需に乗っかって。

そして2ヶ月前に、リパブリック・ファイナンシャルのローンを受けて自前のサルベージリグを購入したというわけだ。

 

息苦しい、めまいがするような気分で漂うこと5時間弱。アラームとともに酸素供給量が戻ってきて、それから息を整えて、だんだん頭がハッキリしてきた。ピアッツィ・ベースまでの移動はオートパイロットがやってくれるが、最後のドッキング操作は自分でやらなくっちゃいけない。背中に大きなスクラップ片を背負ったので、オートパイロットの元の設定のままではバランスが合わないのだ。ズキズキという頭の痛みを無視して、マユルは操縦桿に右手を添えた。

 

推進剤が空っぽになるまで減速させて、最後はドッキングポートに半ばぶつけるようにしてドッキングすると、ヘルメットの右下にピコンと通知が出た。ポート使用料、宇宙港整備負担金、空気料、ライフサポート料、それから電力料金。マユルはため息をつくと、シートベルトを外してSGU-VI3空気ポンプを抱えて、ベースのエアロックに向けて勢いよく壁を蹴った。なにはともあれ、今回も生きて帰れた。後のことは、後で考えよう。

 

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