アステロイド・ベルトの残骸漁り   作:七つ葉なずな

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10話 白タク

PGSのルールーにインスタントコーヒーをお裾分けというか強奪されていたところ、ヴィクラム軌道建設から直接メッセージが届いた。

 

『お世話になっております。ヴィクラム軌道建設総務部のアーンダルです。先日は依頼のご対応を誠にありがとうございました。

さて、急ぎで恐縮ですが、ピアッツィ→スノードーム間の要員輸送を、1名分お願いしたく存じます。

片道260ドルで、18時間以内の到着をお願いします。

……』

 

というような内容を長々と書いてある。トラブルによりシフトの調整が発生した、らしい。

以前スノードーム向けに磁気クレーンの交換ユニットを運んだ際のクライアントの会社だ。あの仕事の記録が、向こうのAIのメモリの隅に残っていたのだろう。

 

通常使っているであろうスノードーム行きの定期便は7時間後の出発。20時間のフライトで到着は27時間後だから、次のシフトに間に合わない。緊急依頼の割に260ドルというのはタクシー依頼として安いかもしれないが、貨客の実績が残せるのは大きい。プルメリアも受注を強く推奨している。

 

「ってか、貨客ってそもそも受けられるの?」

『スコアは足りています。ただし、条件が3つ。』

 

まず旅客賠償責任保険(ライアビリティ)。船体保険と異なり、他人を乗せるなら強制加入だ。ファイブスター号なら1航海ごとの掛け捨てで85ドル。

次に簡易安全検査。気密保持、非常用酸素、脱出手順、生命維持装置の余力。検査料300ドル、20分の検査で有効期間1年。この時点で赤字確定、である。

 

自作の二酸化炭素吸着装置は、吸着層1本あたり250gの二酸化炭素を掴む。マユル1人なら1時間25g、6時間で150gだから余裕がある。だが標準的な体格の人間は1時間に35g出す。2人で60g、6時間なら360gで容量を超えてしまう。サイクルを4時間に詰める必要がある。切り替えの回数が増えるぶんヒーターの電力を食うし、酸素も水も食料も倍を積む。

 

RSD安全管理局の検査官はドローンの映像を見つめて、1分ほど黙っていた。二酸化炭素吸着装置を見ているようだ。

「これ、自作ですね。」

「はい。」

「型式登録は。」

「ありません。」

「……まあ、実測値が出てるならいいでしょう。」

 

適当なようだが、ケレスの「お役所」はだいたいこんなもんである。賄賂を要求されないだけマシだ。

船舶登録番号が検査証のものと一致していれば、検査後に船を大拡張工事したってバレやしない。

 

 

ヴィクラム軌道建設のピアッツィ支社は、B3フロアのWブロックにあった。

 

ガラクタ市場より一層上、地表への連絡エレベーターの昇降口に近い区画である。この会社の本業はケレス地表の造成と軌道構造物の建設だから、重機はすべて地表のヤードに置いてある。ベース内にあるのは人と端末だけだ。

 

鉄扉が自動でスライドし、白く明るいレセプションに入った。

まず、空気が違う。ドミトリー階のこもった感じも、ガラクタ市場の機械油も、工業区画の鉄錆もしない。ほとんど無臭に近い。空調のフィルタが違うのだろう。金がかかっている。

幾何学模様が入った壁からはアクリル板と金属板を組み合わせて作られた大きな企業ロゴオブジェが浮き出ており、流線型のデスクの後ろにはラブドールのような顔をした受付ロボットが立っていて、名前を告げる前に「マユル様ですね、お待ちしておりました」と笑顔を向けてきた。

 

音もなく開いた扉の先、廊下の左側の扉の向こう。通されたのは小さなラウンジだった。壁の一面に地表ヤードの様子が映っている。灰色の氷の地面に、黄色い重機が10台あまり。掘削クローラー、電磁クレーン、大型マニピュレーター。動いているのは2台だけで、残りは断熱カバーを被って眠っている。

 

床には滑り止めの起毛パネルが敷いてあって、マジックテープ式のスリッパで立てるようになっている。地球人や火星人は足を地面に付けたがるものだ。

壁際に飲料ディスペンサー。使い捨てのパウチではなく、蓋付きの陶製カップが並んでいた。無重力用にわざわざ焼いたやつだ。

部屋の隅には観葉植物の植木鉢が置かれている。電脳が視界に「パキラ(造花)」と表示している。

 

 

「マユルさん?」

 

奥のドアから出てきたのは、大きなツールバッグを担いだ女性だった。20代後半。

 

髪は耳が完全に出るほど短く刈ってある。現場の人間だ。手の甲から前腕にかけて、点々と色の抜けた古い傷があった。溶接のスパッタが飛んだ跡だ。指の関節が太く、爪は短く切り揃えられている。

肌の色は、日焼けとは違う。EVASのバイザー越しに宇宙線を浴び続けた人間特有の、少しくすんだ色をしていた。

 

「メリーベル・サントスです。メリーベルって呼んでね、よろしく。」

「マユルです。マユル、で良いですよ。本日はよろしくお願いします。」

 

残り17時間30分。16時間で飛ぶとして、余裕は1時間半しかない。早々に出発しよう。

 

「船はSゲートなので、Nゲートまで上がって、そこからエスカレーターです。」

「あー、はいはい。ゲートまで『歩き』ね。」

 

メリーベルはツールバッグを担ぎ直した。

 

「定期便だとNゲートから直通なんだけどさ。まあ、260ドルだもんね。」

「すみません。」

「いいのいいの。文句じゃなくて。」

 

最初にマウントを取ろうとする態度。声は大きくないが、一語ずつはっきりと発音している。それと、喋り出す前にほんの一拍置いている。ミュート解除してから声を出す癖が抜けていないのだろう。PGSのベテランたちも似たような話し方だった。宇宙に出るということを理解しているという意味では、お客さんとしてはむしろ上等だろう。

 

 

管制AIが返してきた出航ベクトルを見て、マユルは小さく唸った。

まっすぐスノードームへ向かうコースではない。いったんケレスの重力を振り切りながら大きく横へ膨らんで、それから加速に入る。遠回りだ。

 

ケレスの自転周期は9時間強。ピアッツィ・ベースは地表に埋まっているのだから、当然その上に乗って一緒に回っている。赤道での自転速度は秒速90m。ベースは常にその速さで、刻々と向きを変えながら運ばれ続けている。

そして今、目的地のスノードームはちょうど裏側にあった。

 

そもそもスノードームがケレスの軌道の外にあるのは、この自転のせいである。

ケレスの地表に藻のプラントを置いても、9時間ごとに夜が来る。ただでさえ地球の3〜4%しかない日照を、半分捨てることになってしまう。だから20万kmも遠くの位置でケレスと公転軌道を同調させて、ミラーが常に太陽へ向くように「自転」させているのだ。あの巨大なスカートは、夜を迎えない。

おかげでこちらは、到着時も裏側から回り込む羽目になるわけだが。

 

「出発時、けっこう揺れますのでお気をつけて。ぐるっと回転が入ります。」

「ん、なんで?急ぎだから?」

「今、スノードームはこの、」

 

マユルは床を軽く蹴った。

 

「地面の反対側にいるんです。」

「ああ……そっか。自転か。」

「定期便は、位置がちょうどよくなる時間に合わせて出てるんですよ。だから遠回りしなくて済むわけです。」

「……あー!」メリーベルが手を打った。「だから定期便って、毎回ヘンな時間なのか。この前は夜中の3時で、その前は昼過ぎ。ずーっとズレてくから、なんなんだと思ってた。」

「ケレスの自転が9時間ちょっとですから。ベースの時計は24時間で回してるので、噛み合わないんです。」

 

定期便は自転に合わせ、人間は本社(地球)の時計に合わせて生活する。噛み合わないぶんの皺寄せは、全部乗客の睡眠時間に来る。

 

「うちは急ぎの一本なので、いい時間まで待てなくて。そのぶん推進剤を余計に焚きます。」

「それじゃあ、しょうがないね。」

「そのぶん揺れますからね。あ、きれいなマウスピースも用意があるので、必要でしたらどうぞ。」

 

 

Sゲートから壁を蹴るようにして進んで、ファイブスター号に向かう途中。Eゲートの外周に、見慣れた黄色い船が停まっていた。

PGS社のサルベージ・バルジ。全長140m、船体中央が核融合炉ユニットで瘤のように膨れた、いかにも鈍重な作業船だ。左右に巨大なラジエーターフィンが翼のように伸びている。マーズ・アタックの直後、マユルはこの船に乗って残骸漁りをしていた。給料は安く、上下関係は面倒で、それでもサルベージという仕事を覚えたのはこの船の上だった。

 

そのバルジの背中に、見慣れないものが載っていた。

切断アームの付け根の少し後ろに、四角い箱が4基。真新しい白い外装に、PGSの社章が刷ってある。

 

「ミサイルポッド。」

 

思わず声に出た。あの箱だけで、ファイブスター号と同じくらいのサイズだ。

メリーベルとの通信はミュートしているが、プルメリアには聴こえていたようだ。

『登録上は「海賊対処のための限定的武装」です。』

「限定的。」

『4基で16発です。』

 

メリーベルは気にしていない様子だ。

 

『ガニメデのSAJ系サルベージ企業が、今年に入ってベルト宙域での操業を始めています。会合期で往来が安くなっているためかと。』

「PGSの縄張りに入ってきてるってこと?」

『はい。先月、パラス航路近傍でサルベージ権の帰属をめぐる紛争が2件。いずれも仲裁中です。』

 

海賊対処、という名目は嘘ではないのだろう。会合年で襲撃は本当に増えている。

ただ、RSDの縄張りを離れれば、サルベージ権の在り処は曖昧になることも多い。揉め事になったときに最後に物を言うのは、こういう武力なのだ。

 

マユルはバルジの側面をもう一度見て、ミサイルポッドの型番を拡大表示した。RTX社製の汎用ポッド。ガラクタ市場でも、ごくたまに空のランチャーが流れてくる型だ。

中古相場を調べてみると、1基あたり8,000ドル前後で取引されているようだ。

 

「あーいうのも、いずれはあった方が良いのかな。」

『目標としては良いかもしれません。ただし、FCSやトラッキングシステムといったソフトウェア面の強化も必要になります。その分の電力も。』

「あー。お金かかるなあ。」

 

 

プルメリアのアプリを早めに落としておいて、ファイブスター号にメリーベルを案内した。メリーベルのEVASは明るいピンク色。宇宙空間で視認性の良い色を使いたがるのは、企業系の特徴だ。

ツギハギだらけの船を見てメリーベルは半ば呆れた様子だったが、じぃっと溶接痕を観察すると、ひとつ頷いて船に乗ってくれた。

 

船内の気圧が1気圧近くまで上がっているのを確認してから、ヘルメットを脱ぐ。

 

「それでですね。1つ心苦しいお願いがあるんですが……。」

「なになに?溶接はしっかりできてるし、あなたの腕は信じるけど。」

「あ、ありがとうございます。ただですね。この船、1人用なんですよ、基本。」

 

マユルは生活区画のカーテンを引いて、縦になっているベッドを指した。

 

「なので、加減速を入れるときは、すみませんがあそこで身体を固定して頂く必要があります。基本的には前から押されるGになるハズです。ストラップの締め方だけ説明しますね。」

「ベッド?」メリーベルの声が跳ねた。「タクシーってシートに縛られたまま16時間じゃないの?」

「本当はシートの方が良いんですけどね。中古のベッドですし、すみません。」

「どんな高級ホテルでもベッドは中古だよ。」

 

話しながらメリーベルはツールバッグをラックに押し込み、固定した。

 

「うん、良い寝心地だね。けっこう良いやつなんじゃない?これ。」

「かもしれないですね。良さげな船から移設してきたものなので。」

「260ドルでベッド付きかー。」メリーベルは本気で感動していた。

 

 

操縦席に座ったマユルは、なるだけ揺らさないように慎重にマニューバを行った。

船体をゆっくりと回転させながら、コースに沿ってスラスターを吹かす。

ぐるりと回ってスノードームへのレーザーガイドに乗ったら、一声かけてからスロットルを開き、ぐーっと加速をつけていく。

2Gや3Gなんてことはしないが、急ぎなので1G弱のGはかける。

マユルはこれでもキツイくらいだが、メリーベルは余裕がありそうだ。

 

「定期便よりだいぶクルね、これ。でもこの姿勢、座ってるよりは楽かもよ?」

「地球で横になって寝たら、そんな感じなんですかね。」

 

加速が終わって息を吐く。

 

「アテンション。ただいま船長はシートベルト着用のサインを消しましたので、これより席をお立ちいただいて構いません。」

「はーい。これで間に合いそうだね。」

「あと15時間あるので、寝てもらっていいですよ。」

「そーさせてもらおっかな。でもその前に……。」

 

メリーベルはベッドのベルトを外すと、「よっと」と言って操縦席の前に降り立った。

 

「せっかくだからさ、船の中を見学しても良い?」

「どうぞどうぞ。あんまり広くないので恐縮ですが。」

 

なんせ1人用の船だから……。メリーベルはキョロキョロと船内を見回して、空気ポンプやワイヤーフックなどを見ている。

 

「あそこだけ手作り感あるけど、あの黒いテープ巻いたボンベは?」

「二酸化炭素吸着装置です。二酸化炭素は溜めて売ってます。」

「1人なのに?それ、儲かる?」

「全然。」

 

どうやら5分で全部見終わってしまったようだ。なんせ狭いから。

 

「バッテリーが場所取ってるね。あれ?この船、核融合炉は?」

「積んでません。」

「え。」メリーベルは本気で驚いた顔をした。「宇宙船なら積んでるもんじゃないの?」

 

定期貨客便のアストライナー級や彼女の会社の工作船には積まれているだろうが、マユルの船にはない。

 

「核融合炉ってけっこう大きいんですよ。プラズマを閉じ込めないといけないから。S級の小型船には物理的に積めないんです。」

「へえ。」

「M級だと積んでる船もあります。L級から上は、だいたい積んでます。」

 

さっき見たサルベージ・バルジのように。

 

「じゃあ、この船はバッテリー給電だけなんだ。」

「はい。毎回ベース充電して、イオンスラスターで水を吹いてます。」

 

メリーベルは意外そうな顔をしている。まあ、彼女の職場では、こんなに小さな船を扱うことはないのだろう。スノードームの本体には大型核融合炉があって、溶接機もクレーンも照明も、全部そこから引いた線で動かせる。

 

メリーベルはベッドに潜り込むと、しばらく虚空に指を這わせてから、再びベルトで身体を固定し始めた。

 

「じゃあ、減速の時間までゆっくりさせてもらおっかな。そっちは席で寝るの?」

「いえ。到着までは起きてますよ。何もないとは思いますけど。」

「16時間ぶっ続けかー。宇宙船の仕事もキツそうだねえ。」

 

建設の仕事も大変そう、と答えると、メリーベルはひとつため息をついた。

 

「まあねー。今期の外殻拡張さ、工期がキツいのなんの。なんか木星から資材が来るらしくってさ、一気に水槽を12基増やすんだって。」

「ハコを先に作っておかないと、機会損失になってしまうと。」

「そう。だから会社もピリピリしてて、シフトに穴を開けたくないってわけ。」

 

木星圏はアンモニア資源が豊富だし、窒素肥料等が回ってきているのだろう。

それで藻の生産量が増えれば、ケレスの食料単価が下がるし、ドミトリーのソイヌードルも少し安くなるかもしれない。

 

 

残り1時間40分でスノードームに接舷して、260ドルを受け取った。ドームの回線に繋がったので、プルメリアも呼び戻しておく。

 

「寝心地も乗り心地も快適だったよ。またタクシーやってくれたら良いんだけど。」

「あくまで副業ですからね。サルベージのついでくらいでできたらな、と。」

「マユル、本当に良い腕だよねえー。ウチのチームに誘いたいくらいだわ。」

 

帰り際、視界の隅に出た通知を見ると、アクシオトルのアカウントに評価が付いていた。星5つ。

コメント欄に「ベッドあり」とだけ書いてある。メリーベルが降り際に評価を入れてくれたらしい。

 

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