B6フロアのフードコートが、ベース時間の午前4時に満席だった。
普段この時刻に灯りを点けているのは自販機の列と、ソイヌードルの屋台が1軒だけである。それが今日は6軒とも営業中。ビリヤニ屋がチャーハンを出しているし、バーベキュー屋は掟破りのカツサンドを店先でパックで売り出している。
天井から吊るされた広告ディスプレイは、MRゲームの宣伝からコメットニュースの事案速報に切り替えられている。切り替えたのは店ではなく、たぶん管理権限を持っている常連の誰かだ。文句を言う者はいない。
ニュース映像に視線を向けると、重ね合わせるようにリキャップ情報が
『RSD社保安部 宙域警報 第3報
過去40時間以内の船舶襲撃事件 14件
不審な船舶や活動を見た方は至急、情報提供受付までご一報下さい。』
ニュース映像ではRSDのサンダー保安部長殿が制服姿で会見に臨んでおり、「既にエンフォーサーが全艦で事態の収拾に当たっております。パニックを起こさず、落ち着いた行動を」などと延々喋っている。
そこにプルメリアが追加情報を書き足してくる。
被害宙域の立体マップがケレス周辺を帯状に染め上げ、時間別で見ると外縁部が10時間以上前の黄色、ピアッツィ・ベース付近が「直近」を意味する赤色になっている。普段海賊が姿を表さないような主要航路にも出てきたわけだ。
『マスターがおっしゃった通り、
どこから得たのかポロスベースからの中継映像まで表示されており、第4艦隊が緊急発進して集結しつつあるようだ。陽動を疑っているのだろう。
「最初は外縁部で騒ぎを起こしてエンフォーサーを誘引。次弾で航路を狙って、同時多発的に的を絞らせないようにしながら大量襲撃。4ヶ月前と同じだ。」
『今回は、エンフォーサーのコラ級が3隻オーバーホール中のタイミングでした。また、外縁部での襲撃では母艦らしき大型船からのレーザー給電も見られたとのことで、手口としては一段洗練されています。』
「ってことは本命は……」
サンダー保安部長殿の声が止まる。目を見開いて、それから顔がどんどん青白くなっていく。
「え、えー……。ただいま速報が入りました。誠に遺憾ながら、15件目の襲撃がございました。被害に遭ったのは輸送船ゴールドクレスト号であります。船体は無事であり、死傷者も出ておりません!」
これは「積荷が奪われました」の意だ。マユルはストリートフード店「ケレスヴァーラ」で
『大型の高速輸送船、地球からの直通便です。ピアッツィ・ベース入港のため減速するタイミングを狙われた模様。
確認中ですが、地球側の情報から考えると積荷は精密機械類が中心と見られます。』
「宝の山じゃん。護衛は付いてなかったの?」
『そちらも確認中ですが、ピアッツィ・ベースの光学カメラの映像を分析する限り中型戦闘艦4隻が付いていた模様。ですが、いずれも撃破されたようです。」
「うそぉ。」
マユルは食べ物を固定したトレイを抱えて、壁際の狭い席に潜り込んだ。周りには野次馬や青い顔の企業人たちが出てきているが、やはり多いのは同業者だった。見知った顔もちらほら。海賊がまだ暴れている間はサルベージには出られないから、マユルと同じように「出待ち」をしているのだ。RSDがサルベージ権マーケットを手配するまでは待機時間だし、出たら出たで早いもの勝ちである。
『未確認情報ですが、海賊側は正規IDの採掘船で接近し、戦闘ポッド2機のみで護衛に勝利したようです。』
「うっそぉ。」
『採掘船は目標の輸送船を盾にする位置取りをしていたとのことで、ピアッツィ・ベースの対空砲も撃てずじまい。航行情報からすると、その後正規IDの中型輸送船が積荷を回収し、ベースから追手がかかる前に早々に離脱したようです。』
「ってことは船籍偽装…いや、海賊に転向して「初仕事」ってことか。」
『「初仕事」、つまり正規で活動していた船を買い取って海賊化したということですか。では、クルーはどうやってセキュリティチェックを通ったのでしょう?』
「あるいは、乗組員も今日から海賊業始めました、ってことかも。急にクルーを変えたら、エンフォーサーはともかくゴールファミリーには気づかれるだろうし。私ならクルーごと買う場面だよこれ。」
戦闘ポッドの方はAI操作で良いしね。
……それで護衛4隻に勝てたというのはどうにも理解しがたいが。護衛側にも話が通っていた?でも、地球圏の警備会社を相手に買収なんて芸当、ケレスの海賊にできるのか?
それに、本命の襲撃なんて重要な役目を初仕事の新入りに任せるか?前から繋がりがあった…?
レンさんが言ってた「ゴールファミリーの上で火が付いた」ってのはこれのことか?
「エンフォーサーを引きずり回したのは、積荷を奪った中型輸送船を確実に離脱させるため。派手にやるねぇ。」
『このぶんですと、被害を受けたスクラップがサルベージ権マーケットに出てくるのにはあと8時間はかかりそうです。』
「それまでは待ちかー。プルメリアが入札代行やってくれれば良いのに。」
実はさっきからサルベージ権マーケットのウィンドウを表示しっぱなしにしている。サルベージャーによっては、マーケットに出る前からスクラップの情報を集めておくという者もいる。
『ご存知の通り、人間の操作がなければ決済は完了しません。』
脳波だけで決済できない仕様は「人間の証明」のためでもあるのだろう。
「まあいいけどね。出発してから仮眠取れば良いから。私は。」
アルー・ラッチャをサクッと食べる。
「よう、マユルじゃないか。元気そうだな。」
斜め向こうの席から声がかかった。ハリシュ・ドゥベイが、藻のフライを一枚ずつゆっくり噛んでいる。
「ハリシュさん、お久しぶりです。引退はまだ先ですか。」
「そんなん延期だ延期。こんな日に寝てるやつがどこにいる。」ハリシュはフライを飲み込んで、皿のふちを指で叩いた。「今日の仕事で一攫千金。有終の美を飾るのさ。」
「今回は4ヶ月前のよりも出物が多くなりそうですね。」
「新鮮なのが出るぞって、みんな騒いでるがな。エンフォーサーの連中は随分気が立ってるらしい。あまり派手にやりすぎると、世論のスケープゴートにされるかもしれん。」
「海賊の襲撃で『得をしたのは誰か』、っていつものやつですか。辟易しますね。」
「本当に俺たちが海賊と繋がってるなら、こんな一気にじゃなく毎日コツコツと仕事できるよう頼み込むんだがな。」
サルベージャーは世間ではスカベンジャーとひとくくりにされており、白眼視される向きもある。マユル自身は区別しているつもりだが、ベースじゅうの同業者が一人残らず集まって、他人の被災を待ちながら麺を啜っている光景を上から眺めれば、屍肉漁りと同一視されるのも仕方ない。「ハゲタカ」、という呼び名は、たぶん正しい。
こっちにも言い分がないわけではない。工業製品の乏しいこの辺境で、リサイクルやリユースに頼らなければ立ち行かない。我々は環境に優しいエコな業務をやっているのだ。
斜め後ろのテーブルでは、2人組が1隻をどう分けるかで揉めていた。
「だから前半分と後ろ半分でいいだろって言ってんの。」
「よかないよ。海賊被害だぞ?コンソール残ってるわけないじゃん。」
「じゃあどうすんだよ。じゃんけんでもするか?」
「船外でじゃんけんできると思う?ウチのEVASの指、3本しかないんだよ。」
「グーとパーならできるだろ。」
「2人でグーとパーって、それただのコイントスだって。」
「無重力でコイントスはできんがな。」
即席でチームを組もうという連中が、今日はやたらと目につく。普段は誰とも口をきかない連中が、通路で名刺代わりに船籍番号を交換している。1隻を2人で剥げば時間は半分で済むが、取り分も半分になる。それでも組むのは、2人分の元手で美味しいスクラップを買おうという狙いだ。
民間の望遠鏡サービスをレンタルしてプルメリアに貸し与えた。RSDの監視衛星にはほど遠いが、レーダー情報と組み合わせればケレス周辺で浮いているスクラップの光学映像くらいは取れるだろう。
『こちらは救難信号を出している船なのですが……。』
「アステロイド船?珍しいね。」
『こちらから見える範囲では損傷も見当たりません。』
「あーいや。そういうことか。これ元密輸船で元海賊船だね?船ごと奪って逃げたんだ。元の乗組員には自分が乗ってきたアステロイド船を渡して。」
『なぜわざわざ……いえ、その救難信号も『飽和攻撃』の一環ということですか。』
「とにかくお上の仕事を増やそうってわけだね。」
被害にあった船の乗組員が、コンソールの生体認証を登録
アステロイド船はアステロイドをくり抜いてコックピットやスラスターを取り付けた宇宙船だ。鈍重だが安価に建造でき、宇宙開拓初期にはよく使われていたという。今では密輸業者や海賊など、身分を隠したい連中にしか使われていない。スラスターを切ってラジエーターの赤外線もブロックする構造にすれば、なかなか見つからないのだ。
そんな会話をしていると、視界の隅に通知が落ちた。
第4報で襲撃事件数が17件に増えたのに加え、被害船のリストが追加されている。プルメリアいわく、採掘船ばかりだそうだ。
そこへ、採掘屋のダウィット・ベケレからのメッセージが重なった。文面が長い。
『マユルさん。ご無事でしょうか。
カファ号は無事です。今はピアッツィのNゲートに繋いだままにしています。
独立の採掘屋で船団を組もうという話が出ておりまして、5隻から8隻で固まって出て、帰りも揃って帰る、と。ただ速度は一番遅い船に合わせることになりますから、私の船は歓迎されないかもしれません。
こういうときに、あなたのように手の動く方が近くにいてくださると心強いのですが。』
「船団かあ。武装船に狙われたら、何隻いても変わらないと思うけどなあ。」
採掘屋たちは
無事でよかったです、とだけ返信しておいた。
正午ちょうど。AR視界の隅にインクのしずくが落ちた。
『マスター。マーケットが更新される兆候があります。』
おお?サルベージ権マーケットのウィンドウに注目すると、ややあって新規のスクラップが一斉に登録されていった。
『出ました。が、いずれも高額かと。まだ14件しか出ていません。』
「あー。いちおう見るけど、まだ様子見でいこうか。」
公開されている被害隻数にも満たない数字だ。それに、航行記録やピアッツィ・ベースへの寄港情報からすると、エンフォーサーへの通報もできずにスクラップになったであろう船が最低5隻はあるはずだ。加えて、海賊側の船も破壊されているものがあるハズだが、それもまだ登録されていない。
「とか言ってる間に売り切れていってるね。近場のは全滅か。」
『はい。ケレスから1万km以内の8件が消えました。』
「まだ2分も経ってないよね?」
『87秒です。』
普通のサルベージャーはピアッツィ・ベースからあまり離れられないし、海賊被害の記憶も新しくベースの対空砲の近くにいたいのが人情。距離が近いスクラップは多少高い値段でも入れ食い状態だ。
マユルならプレミアムを乗せて高額で販売するところだが、値付けAIはこういうところ融通が利かない。
まあいい。こちらの強みは遠距離サルベージだ。
マユルはマーケットの詳細画面を開いて、公開されたスクラップの光学写真をじっと見つめた。
「プルメリア、わかっている被害艦の情報を、時系列で並べて。」
『かしこまりました。……何をお探しでしょう。』
「食べ残し。」
4ヶ月前もそうだった。海賊が飽和攻撃を仕掛けるときは、普段小集団でまとまっている連中が一時的に手を組むことになる。連中は一枚岩ではない。
「今回出てきた海賊は、3種類に分類できる。まず、これを仕切ってるビッグネーム。狙ったのはゴールドクレスト号。用意周到だし下調べもしっかりやってるだろうから、短時間で高額な品を確実にかっぱいでるはずだ。」
『はい。』
「次が便乗組。普段はチンケな密輸でもやってる小物が、『赤信号みんなで渡れば怖くない』、って海賊稼業に手を出してきてる。ビビりだから最初の襲撃には出てこないし、狙えるのは小さい船だけ。滅多にないチャンスだから、目一杯持って帰るはず。配線まで引っこ抜いてると思うよ。」
『そして3種類目が……』
「囮をやった連中。」
マユルは散布図の外縁部、黄色い点を指で弾いた。
「エンフォーサーの鼻面を掴んで引きずり回す危険な役。この連中は騒ぎを起こすのが仕事だ。だから、なるべく多くの船を、なるべく短い時間で襲って回る。」
『……スクラップとしては。』
「食べかけで放り出した残飯って感じ。」
『光学写真からすると、外縁部の最初の被害者の方が損傷が大きいように見えますが。』
「むしろそこで確信が持てるんだよ。獲物の損傷度外視で攻撃して回ったってことだからね。おそらく、戦闘が本職の連中だ。」
『海賊の戦闘要員と、それに傭兵ということですか。』
「だから他の海賊も付いてくるんだよ。海賊のコミュニティはね、法の支配が及ばないからこそ、武力がある奴が上を張るんだ。」
囮役は現場に長居できない。1隻に何時間もかけていたら、作業中にエンフォーサーに叩かれてしまう。金目のものを上から3つばかり剥いで、あとは置いていくしかないはずだ。
その中でも、食べ残しが多いやつが狙い目になる。
「2.2万km地点の中型船は買われたか。たぶんこれがPGSだね。」
残っている外縁部の5件。その光学写真と値付けをじっくり観察して、マユルは結論を出した。
「やっぱり。この2つは同一人物だ。それに、未登録のこのスクラップもたぶん同じやつ。」
『
『
『3件が5時間以内、距離は計1.2万kmで相対速度も小さいです。同一の襲撃者が移動しながら実行したと仮定すると、1隻あたりの滞在時間は1時間もないでしょう。』
「未登録のやつは、乗員がまだ残ってる感じ?」
『はい。いずれも生存しており、第4艦隊の哨戒艇が救助に向かっています。負傷者1名。容体は安定しているとのことです。』
「ブラックアントラー号はハシゴされてなさそうだし、こっちのグランクリュ号はアンダーソンジュニア号と同一人物だと思うけど、損傷が小さすぎるわりにコックピットだけ切り取られちゃってる。」
『ではご購入を?』
プルメリアと喋りながら、マユルはパパっと購入手続きを進める。
「この2つとも行こう。まずはエーデルワイス号から購入するよ。」
「2件、しかも1件は中型ですが。大丈夫ですか…?」
「まあ見てなって。」
そう言ってマユルは、採掘屋のダウィット・ベケレに通話をリクエストした。
採掘船団に相乗りする形になったので待ち時間が2時間発生したが、やっと出発できそうだ。さすがにこの期間で闇サルベージに遭うことはないだろう。きっと。
『採掘屋の船団にサルベージ品の輸送を頼むとは、考えましたね。』
「護衛の傭兵が手配できて良かったよ。っていうか、ここに一番金かかったんだけどね。」
フリーランス傭兵のギンに支払ったのは前金だけで25,000ドル。戦闘が発生した場合は6万~40万ドルもかかる契約だ。もっとも、マユルが負担するのはこのうち半分だけである。
採掘船は金属などの資源があるアステロイドを削り、切り出して持ち帰る。マユルは採掘船団に話を持ちかけて、採掘対象をハンマー・オコンクウォ号が採掘しようとしていたアステロイドに切り替えてもらった。そのうえで、採掘作業をしている間にマユルはサルベージに勤しみ、取れたパーツは順次採掘船に預かってもらうという取引である。
採掘屋にもハゲタカの仲間入りをしてもらって、残飯漁りをやってもらおう。
海賊の襲撃があった宙域に3日も経たずに乗り込もうというのは彼らにとって勇気がいることだったようだが、そこはこんな時でも採掘に出ようというくらいにはガッツのある連中。一緒に傭兵を雇うことで納得してもらった。マユルの読みとしては、海賊たちも本拠地で宝を数えるのに夢中になっている頃だとは思うが、まあ念のためである。
「システムオールグリーン。プリフライトチェック、コンプリート。アクセル、アライン、シンクロナイズ。」
「全艦問題ないな。それでは出発だ。急ごしらえの船団だが、皆それぞれの分野のプロフェッショナルとして役目を果たしてくれ。」
コンソールの会話ウィンドウには赤毛の男性の顔が映っている。ロシュは今回の採掘船団のリーダーで、あのグッドホープ社の
船団を組むもう1つのメリットは同調航行による同時離陸ができることで、おかげで今回はMゲートの出航ベクトルに乗ることができている。
少なくともケレスでは、宇宙船に滑走路なんて必要ない。方向と加速度を合わせて衝突の心配をなくせば、同時に離陸や着陸ができるのだ。
中型採掘船を中心に6隻の宇宙船が、青い光の尾を引きながら宇宙へと昇っていった。