出航から9時間。ファイブスター号のコンソールには、通信ウィンドウが5つ開きっぱなしになっていた。
短距離通信は船と船で直接電波を飛ばすから、費用がかからない。それにいざというときのコミュニケーションラインという意味もあるから、船団を組むときは開きっぱなしにするのが常だ。
それにしても、採掘屋と
『ねえベケレさん、今回の鉱石、いくらで捌けると思う?』
『ニッケル鉄でしたら、品位次第ですが精錬前で1トン2,100から2,600といったところでしょうか。ただ、他の採掘屋が動くまでのことです。あと2週間もすれば元の水準…より高い1,900から2,400くらいに落ち着くでしょう。』
『……あんた、そういうのだけは当たるんだよなあ』
『引力を使える精錬設備を寝かせておくわけにはいきませんからね。ピアッツィの核融合炉は停止しません。それに……』
『買い物客のバッグの中か。』
『ヴァルハラ号が出港を延ばしていますでしょう。あれが大口で金属類の買い付けを入れますから。』
『ゴールドクレスト号の穴埋めは?そっちも木星圏から仕入れようとするんじゃない?』
『そうですね。つまり、あのクラスの輸送船が最低もう1隻、急ぎの便で来るでしょう。』
『会合需要を先取りする感じになるか。』
シュガーローフ号のノラさん。採掘歴22年で、船団のなかで一番よく喋る。
そしてダウィット・ベケレは、機械には弱いが相場の話になると数字が止まらなくなる。地球産アラビカに月340ドル使えるくらいの稼ぎはあるのである。
『ギンさんはどう見ます。木星の方でしょう』
『相場は知らない』
低い、間の長い声だった。
『俺は積荷を守るのが仕事だ。売り買いには触れん。』
『つまんない人だねえ』とノラさん。『じゃあ別のこと聞くけどさ、なんでこんな仕事受けたの。ウチらの護衛なんて、あんたの単価に全然合わないでしょ』
『ヴァルハラ号はまだまだ動けん。それで契約が宙に浮いた。ケレスは狭いし時間が余ったのでな。それに、グッドホープの若いのが困ってると聞いた』
『ロシュ、あんた知り合いなの?』
『親父の代からな』とロシュ。『ギンさんはイオ紛争のベテランだぞ。木星圏の艦隊にいた人だ』
『えっ、軍人さんだったの。……ちょっと待って、イオ紛争って何年前よ』
『26年前だ』
『あんた、いくつ?』
『68』
『68!?』
イオ紛争は2138年、硫黄鉱区の帰属をめぐって木星圏の企業群が26ヶ月にわたり撃ち合った戦争である。地上戦が多かったから船乗りの間ではあまり知られていないが、教育プログラムの教本にはしっかり書いてある。
なお、その硫黄はいま全固体リチウム硫黄電池の正極材になっている。ファイブスター号を飛ばしている電池の中身も、きっとイオ産だ。
『軍のあとは? ずっと護衛やってんの』
『もう20年になる。除隊したのが45のときで、護衛のライセンスを取ったのが48。そこから不定期だな』
『それもう人生二周目じゃないの。いっくら寿命が伸びたって言ってもさ。』
『子供が3人いるんだ。年金だけだと、どう計算しても3人は大学に入れられなかった。』
『あー……。分かるわ、それ。ウチなんか息子ひとりで手一杯だもん』
『今はもう全員独立してる。長女はカリストで炉の保守をやってるし、長男は同じ会社で経理をやってる。親が3年かかって覚えたことを1年で覚えるんだから、大したもんだ』
『下の子は?』
『アイツはな。』
ギンはそこで、言葉を選ぶような間を置いた。
『31になるんだが、まだ何をやるか決まってない。半年前の電話では「そろそろ本気で考える」と言っていた』
『半年前!?』
『そういう子でね。悪い子じゃないんだが』
『……あーね。』
小惑星2161KD9は、差し渡し180mほどの、じゃがいもを乱暴に潰したような形をしていた。
表面はほとんど黒い。ところが片側だけ、直径20mばかりが鏡のように光っている。剥ぎ取られた下は金属質で、削られたばかりの鉄は錆びる相手がいないので、いつまでもぴかぴかしたままだ。
その光る面のふちに、白い杭が等間隔で並んでいる。
『おい見ろよ、杭が12本。しかも北にきれいに寄せてある。』
『ちょうど鉱脈もこの下だね。良い腕だ。』
『杭というのは、反力を取るためのものですからね』ベケレがマユルに向かって言った。『打ち込み方が悪いと船が揺れますし、事故の元です。採掘屋の腕の見せ所なんですよ。』
ペルスヴァル号とシュガーローフ号が、光学映像を突き合わせながら手際よく段取りを決めていく。
『ところでマユル、確認なんだが。この杭、本当にあんたのってことでいいんだよな。あとで揉めたくない』
「大丈夫です。判例も確認してあります。船の艤装扱いなので。」
『……サルベージ権の一部だと。RSDがよくそんなもん通したな』
「この杭って何度も使うものでしょう?会計上の分類は消耗品扱いでも、保険の処理では資産の1つに数えるんです。」
『よく勉強してるわ、ほんと。』
もっとも、船団が本当に喜んでいるのは杭そのものではない。その次の工程が完了していることである。
ベルトに残っている岩は削っても売り物にならない部分が多い。プシュケーをはじめ「まるごとお宝」の岩もかつては存在したが、世紀が変わる頃にはだいたい地球に向けて廻航されている。
まずは探査で鉱脈を見つけ、次に杭を打って船を岩に固定する。無重力でドリルを当てれば押し返されるのは船のほうだから、この据付が採掘で一番危ない作業になる。それが済んでようやく、表層を剥ぎ落とす段階に入るのだ。
ハンマー・オコンクウォ号はそこまで全部を終えて、いよいよ本鉱に当たるという日に襲撃された。なんという不運。
『2日と燃料ぶん、そっくり浮いたね』とノラさん。
肝心のハンマー・オコンクウォ号は、岩から1,500mほど離れたところを漂っていた。
今回はターゲットが中型船。観測船アステリア号以来の大物である。色々なパーツがデカいし、小型船ではお目にかかれないようなパーツもある。
船首に採掘設備と操縦席、中央にライフサポートとコンテナ、船尾に推進系という標準的な配置の船だが、今は船首と船尾がない。
近づいて切断面を見て、マユルはヘルメットの中で唸った。鮮やかな手並みだ。
ドリルは取り付けフランジのボルトを8本残して消えていた。スラスターユニットは配管の継手で外され、前部コンソールは隔壁ごと四角く切り取られていた。切断線は隔壁の補強リブを1本も横切っていない。切りやすいところだけを正確に切ってある。
切り口の縁は5cmばかり変色している。熱変性だ。
戦闘ポッドの突入用切断機だろう。本来は、ハッチを吹き飛ばして押し入るための装備だ。
おそらく、海賊船のクルーは最初から最後まで船を出ていない。戦闘ポッドだけで手早く、金になる部位だけを切り取っていったのだ。美味しい部位だけつまみ食いだ。
マユルが同じ作業をやろうとしたら、超音波カッターだから6時間はかかる。操縦に慣れたパイロットがAIアシスト付きで戦闘ポッドを操縦するなら、長く見ても40分で済ませただろう。
やはり読み通り。残った部位、お腹の部分はほぼ手つかずのはずだ。
船体中央部は1辺10mほどの大きさ。きれいに残っているからファイブスター号に接合してしまうことも考えたが、持ち帰るにはさすがにスラスターの推力が足りない。今回は距離も状況も悪すぎる。
普段、マユルのサルベージは引き算でやっている。1.2トンしか積めないから、値段の割に体積を食うハッチやラジエーターは諦めることも多い。今回は捨てなくて良い。
そこで途中から、切り方を変えた。
1点ずつ丁寧に外すのをやめて、「このへんから向こうは全部持っていく」という切り方にしたのである。空気ポンプと40Lシリンダーは壁材も一緒くたに切り出して、ワイヤーネットに収まる大きさに刻んでいく。かさばるものは、連れてきた採掘船の船腹にワイヤーで括りつけておいた。運賃は質量で計算するが、今回は時間の方が大切だ。
生活区画にはベッドや冷蔵庫、筋トレ用品に加え、市販品の二酸化炭素吸着装置もあった。これも部屋ごと切り出して全部持っていく。二酸化炭素吸着装置は中型船用サイズでかさばるので、ファイブスター号には積まずに売ってしまうつもりだ。
残念ながらバッテリーは持ち去られていたが、壁の中のケーブルは残っていた。銅は必ず売れるが、剥がすのに時間だけがかかる。高いものを全部渡し終えて、それでも時間が余ったら引き抜けばいい。結局採掘屋たちの仕事が終わるまで丸1日余ったので、後で全部引き抜いた。
後には、カーボン壁でできた八角形の箱が残った。今回はさすがに運べないが、いずれどこぞの海賊なりが再利用するのかもしれない。
作業には2日かかった。時間を食ったのはEVASのバッテリー補給である。マユルの船にチャージドックはないので、サルベージ品を預けがてらいちいちペルスヴァル号に飛んでいって、チャージさせてもらっていたのだ。往復に40分かかったし、推進剤ももったいない。予備のパックは正規品で1本4,400ドルするので後回しにしてきたが、こんなことなら買っておいたほうが良かったかもしれない。
エーデルワイス号は、帰り道から6,200kmほど外れたところに浮いていた。ギンは採掘屋のところに付きっきりなので、気持ち早めにサルベージを済ませたい。まあ、
評価コードSDC。Dは状態が悪いという意味であり、こちらも船首と船尾がコンソールとドリル、スラスターごと切り取られているし、アンテナもセンサーも喪失。鉱石が入っていたであろう採掘コンテナも、今はコンベア部分しか残っていない。
幸い、船体中央のライフサポート系統に加え、無傷でバッテリーも残っているようだ。型番LF-S-3805A。まずはここから取り外していった。
ネジ止めを外してカーボンマウントからゆっくりと持ち上げると、その下に黒いケーブルが入っている。なんだろ?
先端に付いていたのは角の丸い黒い樹脂の箱だ。片面に端子が並んでいる。これはEVAS用の小型バッテリー。
FTシリーズ共通のバッテリーパックで、マユルのFT-11型と同じ規格だった。
「えっ、お宝じゃん。しかも、船体のバッテリーに繋がってたってことは船側扱いできるし。」
マユルはスカベンジャーではないが、この船に死体は無い。船内にあるものは原則、全部マユルのものにできる。
バッテリーに直接繋がれていたのだろう。おそらく正規品のチャージドックが無いから、コンバーターを噛ませて電圧を調整して無理やり充電できるようにしていたのだろう。それで、避難時に忘れていったわけだ。
箱の横にあるインジケーターに指を当てると、残量ではなくサイクル数が出た。341回。定格1,200回だから、まだ3分の1も使っていない。
「……ちょうど探してたやつだ。」
海賊が気づかないのも無理はない。今回は短時間しかいなかったわけだし。そして、元の船員には悪いが、サルベージャーに忘れ物を届ける義務などない。
マユルはバッテリーパックを腰のポーチに押し込んで、作業に戻った。
帰りの航程は4日かかった。採掘船もファイブスター号も、お腹を満杯にしての帰還である。マユルは道中、バッテリーなどの回収パーツを修理していっている。
3日目に、マユルは傭兵のギンに個別通信を繋いだ。
「ギンさん。ちょっとお願いがあるんですけど、いいですか。」
『なんだ?』
「今回のサルベージ、ヴァルハラ号に直接売却を打診したいのですが、紹介を頼めないでしょうか?」
しばらく返事がなかった。
『徹底的に相乗りするというわけか。だが、
「ロシュさんを通すのとどっちが良いです?」
『…良いだろう。採掘船団に積載したスクラップ部品を売りたいということだな?』
「ええ。そうすれば採掘船の船倉を早めに空けられますし、ヴァルハラ号は少しだけ早めに出発できますし、私は買い手市場で買い叩かれなくて済みます。三方良しですよ。」
『その三方で、我々が主導権を取れるように計らうということだな。』
「そのように働きかけますよ。私としても、採掘船団に足元を見られたくはないので。」
帰還後、マユルは「24時間以内」に採掘船に預けたパーツ類を回収しなければならない。一方、採掘船団はピアッツィで精錬した金属類をヴァルハラ号に売りつける予定だ。放っておけば、ロシュの方から「船倉内のパーツも一緒に売ろう」という話が出てくるのは目に見えている。すると、採掘船団に有利な形で合意する展開になるだろう。
だから、ヴァルハラ号の紐付きであるギンを通して、先にパーツ類の売却を進めてしまうのだ。金属類は精錬に時間がかかるから、その前に取引を終えることができよう。ヴァルハラ号は船倉が少し埋まるから価格交渉で少し有利になるし、マユルは採掘船への
『……やはり好かんな。売り買いというやつは。』
「性に合いませんか?」
『商売人は、手を組んだ者同士でこそ争うようになる。傭兵は敵と争えば良いから、仲間と団結できる。』
ピアッツィ・ベースに戻ったのは、出航から10日後だった。近場のスクラップを狙った他のサルベージャーたちは、もうとっくに帰還した後だろう。
ガラクタ市場は混んでいたが、売り手ばかりではなかった。襲撃から10日も経てば、傷んだ船に部品を入れる人間が出てくる。壊された船の代わりを仕立てようという人間も出てくる。マユルは市場の中を練り歩きながら、彼方此方の商談に耳を澄ませた。プルメリアのサマリーによると、全体として値段は先週より落ちていたが、下げ止まってはいた。
ここで売却するのはファイブスター号に積み込んだパーツ類だけだ。それも、相場が落ち着くまで待つこともできる。
シャオの店を覗くと、望みの品が無造作に置かれていた。他のスクラップから回収されたものだろうか。
「そこのEVASのチャージドック、ライフサポート一式と交換しない?」
「FT系用のやつだぞ。ってか一式って、具体的には?」
「念のためコレで動作確認したいんだけど。一式ってのは、この空気ポンプと、酸素と窒素のシリンダーだよ。」
「それじゃあ足りんな。言っておくが、このチャージドックは正規品だぞ。」
確かにFēitiānの刻印が入っているし、製造年月日やIDが記されたステッカーも貼られている。
『記載のプロダクトIDをサポートサイトに入力したところ、IPNCロケーション情報と照合の上、正規のサポートに繋がりますね。』とプルメリアも言っている。
試しにバッテリーパックを繋いでみると、問題なく充電が始まった。
他社の互換品だと、質の悪いものだとバッテリーパックを壊してしまうこともあるから、純正品の方が良いのは間違いない。EVASのバッテリーが急に壊れたりしたら命に関わるし。
交渉の末、差額として1,400ドルを支払うことになったが、ともあれチャージドックを確保できた。
これで船内バッテリーからEVASのパックを充電できる。1本を差して、もう1本はドックに入れっぱなしにすればいい。8割充電状態になったら自動停止する設定もできる。正規品だからね。
これで、「酸素と船の電気が続く限り」船外活動ができるようになる。
ヴァルハラ号は、Eゲートの外周に横付けされていた。
全長340m。カリスト船籍。船腹に赤い三重丸の社章が並んでいて、その下に寄港地の一覧が細かく刷ってある。ケレスの船には絶対に書いていない地名ばかりだった。
プルメリアに聞いてみたら、『積載量4,800トンのところ、まだ2,200トン程度しか積荷が集まっていないようです。』とのこと。じゃあ、早めに商品を集めたいはずだよね。
「56,000でどうですか?」
そう言って目録を出すと、営業士長は映像を食い入るように見つめた。
それから、「52,000。積み込みはこちらでやる」と言った。
この時点でガラクタ市場価格より高くなっている。
「……この付いているカーボン壁もスクラップ資材になりますよ。54,000。」
「剥ぎ取る手間もかかるだろうが。53,000。」
「……いいでしょう。」
木星まで長いから、機械工たちの手も空いているとは思うのだが。まあ、初回の取引だしこんなもんだろう。
商談は15分で終わった。それから、なぜか船内の食堂へ連れていかれた。
「積み込みに2時間はかかる。何か食べていきなさい。うちは飯だけはいいぞ」
断る理由が思いつかなかった。
ヴァルハラ号の乗員食堂はドミトリー階のフードコートより広くて、そして弛緩した雰囲気が漂っていた。出港が延びて9日目である。やることのない乗員が20人ばかり、テーブルに磁着したまま何時間もカードをやっていた。
壁際に緑色。近づいてみるとなんと本物の植物で、水耕の管が背後を這っている。
『アイビーですね。基本的に観賞用ですが、紫外線を当てているのでわずかながら二酸化炭素を回収する役割も果たしています。』
ヴァルハラ号の核融合炉はエネルギーを無駄に放出するばかりだが、少なくとも紫外線ランプという形では消費できているようだ。
出てきたのはカレーだった。
カレーといえば金属の皿に盛り付けてソイナンやクラッカー、サラダと一緒に食べるものだが、このカレーはカレーの隣に白い米がこんもりと盛られている。
茶色いとろみのついたルーには赤い
「長い航海をする船の食堂といえば、カレーライスなのさ」と乗員が教えてくれた。
そもそも米がケレスでは滅多に出ない。水耕栽培だと美味しく育たないし、エネルギー効率で藻に勝てないのである。マユルは一口目で、これは高い飯だと理解した。
「あんた、その歳で自分の船を持ってるんだって?」
隣に浮いていた大柄な男が話しかけてきた。作業着の胸に機関長の記章が入っている。
「小さいですけどね。継ぎ接ぎだらけですし。」
「聞いたよ。こないだ、漂流してた採掘船を助けたんだって? 主電源が落ちてたやつ」
「……なんでそんな話まで知ってるんですか。」
「うちの護衛がな、飯のときに喋ってた。あの爺さん、自分のことは一言も言わんくせに、他人の話だけはよくするんだ」
ギンさんは存外おしゃべりなようだ。
「それで今回は海賊騒ぎの裏で、採掘船団を顎で使いながらサルベージ、ウチに直接持ち込みと。その若さでやるもんだ。」
食い終わると、機関長はマユルを機関区の工作室へ連れていった。
旋盤があった。フライス盤もあった。3Dプリンタが4台並んでいて、そのうち1台は金属を焼くやつだった。棚には規格品のベアリングが型番順に収まっている。ガラクタ市場では3時間探してようやく1個見つかるようなものが、箱ごと積んであった。
「どうだ。うち、整備員が2人足りないんだ」
「……えっ。」
「3年契約。月2,800で、食住と医療は船持ちだからまるまる残る。それとな」
機関長はそこで一拍置いた。
「3年勤め上げると、木星圏の居住許可が下りる。会社が身元を引き受ける形だ。カリストでもガニメデでも、正規の住人として降りられるようになる」
マユルは棚を見たまま、しばらく返事をしなかった。
居住許可という言葉の意味は、痛いほど分かる。ケレスで生まれたが、ケレスに生まれたという記録以外、マユルは何も持っていない。不法移民の二世という肩書きはベースを一歩出れば何の説明にもならず、ヴェスタにもパラスにも、正規の身分では降りられないのだ。
それが3年で、居住権。
「あの、いくつか聞いてもいいですか。」
ちょっと声が上ずっている。
「なんでも聞け」
「まず、作業シフトってどんな感じになりますか?調整は効きますか?」
確認してみたところ、PGSのサルベージャーよりははるかにマシな条件、ではあった。ただし融通は効かない。
「それと、こういう待機の時間って、船の外で活動しても良いんですか?船を借りてサルベージに出るとか。」
「あー、あまり聞かんな。というか、事前に申請書を出さないといけないルールになってる。競合の業務を引き受けちゃならんとかなんとかで。」
「競合避止義務。」
「そうだ。」
良い話なのだろう。プルメリアもメリットを並べてくれている。でも、なぜだろう。心が動かない。
「……すごくありがたいお話なんですけど。お断りさせてください。」
「即答か」
「はい。」
「理由を聞いてもいいか。うちの給料が安いってわけでもないだろう」
まあ、安いとは思った。月2,800ドルは、この7日間の稼ぎより少ない。だがそこではない。
「私、たぶん、誰かに順番を決められると駄目になるんだと思います。自分で決めたいっていうのが強くって。」
「ああ……」
機関長は天井を見上げて、それから納得したように頷いた。
「そういうタイプか。じゃあ、しょうがないな。考えてくれてありがとう。」
「すみません。」
「謝ることじゃない。うちの若いのに聞かせてやりたいくらいだ。
気が変わったら連絡しろよ。木星に来ることがあったら、また商売ができたら良いな。」
マユルは一礼すると、ファイブスター号へと歩き出した。