ピアッツィ・ベースのエアロック管理は厳格だ。宇宙側のハッチを開いても流れ出す空気はごく少ない。粗引きポンプと真空ポンプの二重体制で、エアロック内の空気をしっかり回収している。
ベース側のハッチを開けば気圧差で強い風が起きるが、マユルは壁を蹴るようにして通り抜ける。ハッチが自動で閉まって、実に10時間半ぶりに「音」を聴きながら、ゲートS3の床に降り立った。
マユルはヘルメットを脱いで小脇に抱え、しばらくその場に立って呼吸を整えた。頭痛は強まるばかりだし、気圧差が頭と耳に響く。いわゆる山酔い、
幸いにして、小型挺向けであるSゲートの「駐車料金」は安い。1時間140ドル。左手に持ったSGU-VI3空気ポンプを売れば2,900ドルにはなるから、その後に6時間くらい寝ても構わないだろう。というか、寝ないと身体が保たない。
ちなみに、人間ほどの大きさの空気ポンプを手で持てるのは、この小惑星ケレスの重力が地球の1/30以下だからだ。低重力環境で育ったマユルの手足は細く、ロッカーで
Sゲートには地下層へのエレベーターはない。右手でエスカレーターのハンドルを握ると、ベルトに引っ張られるようにして加速。1分ほどで中型船向けのNゲートに着いて、身体を翻すようにしてエレベーターに飛び乗った。
「ねーねー、顔が青いよ?マユル、大丈夫?」
声をかけてきたのは火星系の背が低い女で、名前はルールー。半年前にPGSのサルベージ・バルジに乗ったときに食堂で出会った雇われパイロットだ。
「平気。ちょっと長く出すぎただけ。」
「『ちょっと』?ええー、けっこうヤバそうだよ?元が可愛いのにもったいないよー。」
「余計なお世話。ちゃんとマージンは取ってる。」
ルールーは心配するそぶりだが、こいつの後ろ暗い噂は聞いてるし、マユルとしては弱みを見せるつもりはない。というか、オペレーションはもう終わったのだから大きなお世話だ。
ああでも、化粧品でも用意しておけば良かったか。後でプルメリアに見繕ってもらおう。
独立サルベージャーは人に弱ったところを見せられない。すぐ死にそうなやわいやつに、誰が仕事を頼むのか。
B4フロアNEブロック、通称「ガラクタ市場」。宇宙船用の中古パーツを主に扱っているブロックであり、Eゲートの大型貨物エレベーターに近いことから修理工や闇商人が集まって、自然発生的に成立した。敷地はゴールファミリー、のフロント企業がRSD社から借り受けており、カーペットやテントを張った店主たちは日ごとに場所代を支払っている。
壁面の一角では、EVASの修理が行われていた。橙色に塗装されたFT-11型で、膝のジョイント部が根本から交換されている。修理しているのは初老の女性で、道具を扱う手つきは素早く迷いがない。その先の柱には大きな鉄板が立っていて、マグネットで張り紙がいくつも貼ってある。仕事の募集と、部品の売買と、それから「見かけたら連絡を」という顔写真付きの紙。
北側の通路を進んだ先に、黄色と黒のトラ板で囲われた一角がある。スラスターモジュールからレーザー発振器、バッテリーブロック、それからプラズマジェネレーターまで、雑多な宇宙船部品がロープで固定されている。大きな鉄のコンテナの中には、マグネットチェアのような磁力付きの品々が放り込まれている。壁面にはハンダゴテやドライバーなどの工具が並んでいて、その奥の作業机に腰掛けているのがシャオ。宇宙船パーツの買い取りをやっている。
小柄な男でいつもサングラスをかけているが、つぶらでかわいい瞳を隠すためだともっぱらの噂。修理の腕はなかなかなので、彼が売る中古パーツはそこそこ高値でも買い手が付く。つまり、最初から保存状態が良い品も、ここに持ち込めば高く買い取ってもらえる。
アルミ製の折りたたみテーブルに空気ポンプをそっと乗せると、シャオはまず外装をじっくりと検分し、手元のポンプとバッテリーを繋いで動作テストを行って、それからネジを外して何かのセンサーを取り出すと、端末に接続してテストを行った。
「2,800だな。」
「えー?突撃艇から引っ剥がしてきたやつだから、たぶん1回しか使われてないやつだよ?」
「その1回で派手に圧力かかったんだろ?気圧センサーに再調整か、下手すれば交換が必要になる。」
「ちぇー。」
見込んでいたより100ドル安かったが、マユルはこのまま売ることにした。他の店を回っても良いが、時間をかけるほど駐車料金がかさんでいくし、睡眠時間も取れなくなる。時は金なり、だ。
その後ボムランチャーの取引も済ませたマユルは、身軽になってまたエレベーターに乗って、降りてきたのはB6フロアN2ブロック。大きな氷の塊を掘り出して作られたこの空間には断熱性の高い五重カーボン壁が貼られていて、有機ELの3DディスプレイにはMRゲームの広告が流れている。左に曲がってトイレの先に、マユルが契約しているドミトリーがある。
床を蹴って移動しながら緑色のバンズに合成肉を挟んだ「アルゲバーガー」をかじる。痛む頭を揉みつつ自分のナンバーの部屋を探して、薄緑色の扉を開けた。高さ2m、幅1m、奥行2m。下から三番目に安い「シングルサイズ」のルームだ。横になって入って、両手を伸ばすと壁に当たるほどの狭さ。とはいえ、宇宙船のバンクベッドよりは広いし、ケレス暮らしが長いマユルにとっては慣れたものだ。
6時間後。ライトアラームが作る人工の朝日でゆっくりと起床したマユルは、頭だけ上げて斜めに立つと、うんと伸びをした。あれだけひどかった頭痛もすっかり消えて、ボトルの水を飲めば頭もスッキリした。
バディAIとおしゃべりしながらソイヌードルをかき込んで、ドミトリーの共用シャワーを浴びて新しい服に着替えてから、マユルはSゲートに戻って窒素ガスボンベを買い付け、それから再びEVASを着込んで、酸素を補充した。
今日はサルベージに出るのではなく、ケレスでこのまま船外作業だ。
「サンコイチ」に戻ると、マユルはSi-216超音波カッターを取り出して、まずはボムランチャーの切り出しにかかった。
端部の処理をしてからハシュナ・リノベーションの輸送ドローンに引き渡す。入金は鑑定後になるが、4,500ドルは下らないだろう。
それから、切り出してきた強化カーボン壁とMMH-D4ハッチを掴んで、ワイヤーフックから外してから押し出すようにサンコイチの上部に運んだ。いくら重力1/30だからといって、このサイズを動かすのは人力では不可能だ。EVASのパワーアシスト様々である。
EVASのAIアシスタントを使ってヘルメットにラインを表示して、マユルは接合作業を始めた。断面をまっすぐに削ってから、WS-LHW8.2溶接機を引っ張り出してカーボン壁を成形し、「サンコイチ」の床面に沿わせて固定していく。
オレンジ色に投影された接合部分をレーザー溶接すると、表示が緑色になっていく。慎重に作業すること2時間。途中でゲートに戻って休憩を入れて、それからさらに2時間してようやく、すべてのラインが緑に変わった。念のために、継ぎ目には船体補修用の硬化樹脂を塗っておいた。
ハッチのロック機構を確認し、窒素ガスボンベのハンドルを回して少量の気体を吐き出させた。EVASのヘルメットに気圧を表示すると、ゼロ気圧から0.021気圧まで上昇して、そこでメモリが止まった。10分待っても変動なし。あるいは多少の漏れはあるかもしれないが、「近場」で十数時間のオペレーションなら問題ないだろう。
仕上がりは、お世辞にも綺麗とは言えない。壁パネルの色は本体と合っていないし、炭素繊維の溶接だから継ぎ目はぐちゃっとしている。
それでもまあ、気密である。機能すればそれで良いのだ。ハッチのロックも滑らかに動くので、実用に耐えられるだろう。
このサルベージリグは3つのスクラップを継ぎ接ぎして一つの船にしたから、前のオーナーがニコイチならぬ「サンコイチ」と名付けたものだ。
なら、3+1でヨンコイチ。
この先ゴコイチ、ロッコイチになるか、中古で売り払ってしまって良い船に乗り換えるか、あるいは事故や海賊で失われるか。先のことはわからないが、今は祝おう。
「ツギハギだらけのこの船に、どうか幸運を。」