B7フロアの仕分け場は、前に来たときより人が減っていた。
セルロースとタンパク質を混合した氷で壁を築き、その上からカーボンパネルを張った壁面は、あまり音を吸収しない。だからいつもは耳障りなほどに大きな音がするものだが、今日は落ち着いた様子だ。
ベルトコンベアは3本のうち2本しか動いていない。空いた台の上に、仕分け前のパーツが山になったまま放置されていた。
レンさんはコンベアの脇でパーツを振り分けながら、こちらをちらりと見た。
「お前さんか。」
「レンさん、お疲れですか。」
マユルは止まっているコンベアの近くの机に、パックのメロンジュレの箱を置いた。フルーツパーラー「マチダ」から通販で買ったものだ。メロンやイチゴはスノードームで水耕栽培されていて、合成品でないことを示すためか果肉のまま使われることが多い。
レンさんは分けたパーツを籠に落として、次の山へ手を伸ばした。
「差し入れ、いつもすまんな。何個のやつだ?」
「24個入りです。」
「あー。5個余るな。」
作業ドローンが山のひとつを崩しにかかった。
「……随分減りましたね。木星ですか。」
「間接的にはな。
「なるほど。」
「ま、良いことじゃねえか。うちの仕事は時給が上がらねえからな。……ただ、一番下のここの椅子は空きっぱなしだ。誰も入ってこねえから、俺が自分で分けるんだよ」
レンさんが隣のラインのベテランに声をかけると、やがてベルトコンベアが停止して、仕分けをやっていた子どもたちが集まってきた。
余った5個は年少組に渡すらしい。
「で、今日は何を借りに来た」
「タイプE製のスクラップを探しています。中型だと嬉しいですけど、小型でも近場で安いやつがあれば」
レンさんは片眉を上げた。
「壁の種類だけ指定か。変わったことを言うな?」
「できるだけ軽い船にしたくって。」
「壁だけ軽くしても、中身が重けりゃ変わらんが……。」
虚空に視線を投げて、1分ほど。
「全長9m、2,600km軌道に浮いてるタクシーだ。去年、除外半径軌道の大型艦に寄せるときにデブリに当たって船首を潰したらしい。名前はジャスミン号。コンソールもバッテリーも抜かれてる。」
「では、そのデブリも撤去しましょうか。」
「そう言うと思ったよ。1,100だ」
手続きを終えてから、マユルは周りの工員たちに視線をやった。誰も話を聞いていないと判断すると、小声で言った。
「そういえばこの前、ネズミの話をしましたよね。見かけましたよ。ピエール・ディオンヌで」
レンさんは目を見張ると、作業部屋の隅を指した。
コンベアを止めていると雑音がなくなるので、聞かれたくない話は注意が必要になる。
マユルは、PGSと自分が監査部から依頼を受けた件をかいつまんで説明した。
聞き終えると、レンさんは籠のふちに手を置いて腰を伸ばした。
「お前さん、この手の商売をやる上で一番気をつけないといけないのは何だと思う?」
「情報を扱う上で、信憑性はそれ自体が商材とすると。『他に誰が知っているか』ですか?」
「近いが、違う。『信用』だよ」
レンさんはあごをさすっている。
「地球から来た連中が金を撒いてるとなると。こっちの誰かが売る。必ず売る。人間だからな。すると全員が疑われる。清掃員のじいさんも、バーのねえちゃんも、お前さんもだ。」
「はい」
「『ネズミが出ている』こと自体が信用を損なわせるんだ。上も下を信じきれなくなるし、下は下で仲間を信じられなくなる。」
「どっちにせよ疑われているなら、秘密を守るより金にしたほうが良い、って考える人も増えるでしょうね。」
「そうだな。ゴールファミリーはRSDの『ケレス支社』とは関係が深いが、監査部の連中に引っ掻き回されると連携にも支障が出るだろう。」
そこまで言って、レンさんは声を落とした。
「ネズミから依頼受けた話、上に報告して良いか」
……ネズミにコンタクトされた時点で、いやコンタクトされていなくても疑いは生じる。それに、レンさんが言う通り、『誰かが売る』。マユルとレンさんが黙っていても、PGSの誰かがゴールファミリーに情報を売っているかもしれない。そうなれば、ゴールファミリーに「報告」を入れなかったマユルの信用は損なわれる。
「どうぞ。私から聞いた、と言ってください」
「名前も出すぞ」
「出してください。私には、隠すことなんてないですから。」
ジャスミン号は2日かけて解体した。シートもスラスターも取り外されていて、ガワしか残っていないスクラップ。それをまるごとバラして持って帰る。
潰れた側と角の曲面は使えないので、Eゲート地表側の工場区画に持っていった。シンプルなカーボン壁だからリサイクルできる。
それから、中古の「タイプE」パネルの買い付けも行った。1平米あたり24ドルで、80平米で1,920ドルした。
リグオフの表層ヤードにパネルを積み上げていく。その横には、コイルを巻き直した中型スラスターが1基、架台に固定されたまま置いてあった。
スクラップから船を組むのは、ブロックを並べて繋ぐ作業になる。コックピット、生活区画、船倉、機関部。それぞれ別の船から来るので、寸法も外板の厚みも揃わない。その隙間を埋めるのが、このパネルだ。
「スラスターは2基まで増やせる。バッテリーは足りない。船体を作る諸々も集めてきてる。でもって、中型船改装が遅れるほどヤードの料金がかさんでく。」
『月2,400ドルですけどね。』
「月2,400ドルもかかってるんだよ。Sゲートの駐機料は必要経費だから良いとして。このヤードは何もお金を生まないんだから。」
宇宙に上げてしまって持ち運んだら推進剤と電力で2,400ドルどころじゃないコストがかかる。それは頭ではわかっているが、やはり使えていない資産のために保管費が出ていき続けるのは気持ち的に嫌なものだ。「在庫は悪」である。
「てなわけで、バッテリーがありそうなスクラップとか、それか計算モジュールが入ってそうなスクラップとかないかな?」
『ございません。どちらも重量比の価格が高いパーツですから。』
「だよねー。」
言ってみただけだ。どのみち、PGSのサルベージ・バルジはまだピアッツィ・ベースに留まっている。彼らがまた遠くのサルベージに遠征しにいくまでは、中型船以上の「新品」スクラップを狙うのは難しいだろう。
幸い、スノードームへの航路は第3艦隊のおかげで安全が確保されている。当座は輸送依頼やタクシー依頼でも受けて小金を稼ぎつつ、美味しいスクラップが出るのを待とう。
それから8日。抵抗運動機器で筋トレを続けながら、ピアッツィ・ベースから3,000km地点で待機している大型輸送船まで飛んでいって、ピアッツィからの急ぎの乗船客を届けた後。
帰還したマユルの下にプルメリアからのメッセージが届いていた。
『中型の採掘船です。2日前に海賊の襲撃を受けるもエンフォーサーが介入。距離8.5万です。』
リンクを辿ると、サルベージ権マーケットのページが開いた。
『
乗員4名、2名が救命艇で生還 距離8万5千km』 42,000ドル
「エンフォーサーが介入、ね。戦闘詳報とかはないみたいだけど?」
『生還者の証言があります。無事を知らせる投稿があり……』
SNSの投稿を見ると、エンフォーサーがあまりにタイミング良く現れたこと、海賊の不意を打つために採掘船が襲われるまで待っていたのでは?という疑い、そして仲間が亡くなってしまった悲嘆と怒りが綴られていた。
船名や場所の記述は無いが、状況と時間的に間違いないだろう。
「つまり、海賊がパーツまで奪う時間敵余裕がなかった可能性が高い、ってことか。」
マユルはSゲートで補給をしながらプルメリアと話している。
『はい。さらに、この艦はワーカードローン4機を運用しており、そのための独立計算モジュールも積載していたようです。42,000という強気の値付けも、それを加味してのことでしょう。』
「とはいえなー。闇サルベージされちゃってる可能性はあるし、その後に海賊が来てたらもっとヤバいし。」
『2日も経つと、ですか。』
「だってこれだけ口が軽い
レンさんの言葉をまた借りるが、『誰かが売る』。
『では、見送りで?』
「うーん。いや、裏を取ろうか。」
スミレ街には夜が1日に3回来る。B2やB3では三交代制勤務の会社も多く、上がった連中が順番に降りてくる。というかそもそも、ケレスの自転は9時間4分に1回なのだ。
薄緑色の制服と青と白の制服の男女が集まっているあそこは二社間交流会。黄色いツナギで集まって、酒量が多くて肩を組んでいるあそこは送別会。
木星行きが決まると、たいていこの通りで一杯やってから行くらしい。人は減っていくのに、酒の売れ行きは伸びているそうだ。
アイシュワリヤにも客は来ていた。黒いコートや灰色のジャケットの男女が4人。わざわざ有線のケーブルで繋いで、何やら内緒話をしているようだ。
「気にしないで。影の中隊《シャドウ・スコードロン》だから。」
ゴールファミリーの実力部隊だ。マユルとの話を聞かれても構わない、ということだろう。
彼らのネーミングセンスは頂けないが、あるいはあれくらいわかりやすい名前の方が抑止力になる、のかもしれない。
「アルマン・カリーミーが『座標とベクトルを誰かに渡したか?』 というのはわからない。けれど、85,000を漁りに行けるサルベージャーの動向、なら教えられるね。」
マニシャは銅のカップによく冷えた炭酸水を注ぎ、ライムジュースを一雫垂らした。
「過去2日のですね?それでお願いします。」
炭酸水が出てきて、値札の表示がこちらへ向く。
1,200ドル。
ジャスミン号よりも高い炭酸水というわけだ。マユルは現金で支払った。
善は急げ、である。マニシャからはさらにエンフォーサーの巡回状況とヒギエア系海賊の関連情報を2,200ドルで買って、できるだけ海賊のリスクが小さいルートを引いた。
それから、睡眠は道中で良いやと割り切って、マユルはピアッツィ・ベースから飛び立った。
指定進路を抜けて管制の手が離れたところで、トランスポンダーを落とした。8万5千kmなら片道1日である。
作業は長くとも24時間で切り上げると決めた。海賊だって、スクラップにしたヌールジャハーン号を漁ろうとしているところでエンフォーサーに不意打ちを受けたのだ。エンフォーサーにしてみれば、「いつどこにエンフォーサーが潜伏しているかわからない」状態の方が抑止力が働くということなのだろうか。
船首は行きも帰りもケレス側へ向けたままにした。逃げるときに向き直す手間が要らない。そのぶん船の反対側を切るたびに自分が大回りすることになるので、作業は遅くなる。
ヌールジャハーン号は「縦」にゆっくりと回っていた。周期は6分ほど。
全長44m。船首に掘削設備と「キャッチャー」、中央にライフサポートとコンテナ、船尾に推進系。採掘船の標準設計といった按配だ。
まず外板をざっと見て回ると、3箇所も破孔があった。どれも縁が内側へめくれている。当たった場所で爆発している。
ヒギエアの連中は、小型のミサイルをばら撒く飽和攻撃を得意としている。特に相対速度が高い場合、小さな誘導弾から出た小さな生成破片に当たるだけで致命的な衝突エネルギーが破壊を引き起こすことになる。ケレス周辺で活動していると実感が湧きにくいが、宇宙では相対速度が「秒速」数十kmという単位になる。ケレスの公転速度だって秒速18kmほどだ。レールガンの弾頭の秒速10kmよりも大きいのだ。
今回は連中もケレスの速度で活動していたようだから破壊の規模はそこまでではないが、それでも非武装の採掘船を無力化するには十分過ぎるほどの威力だったようだ。
中型スラスターは2基とも架台から千切れていた。1基は配管にぶら下がったまま、もう1基は見当たらない。こちらもミサイルでやられたようだ。
コンソールと計算モジュールは筐体ごと無くなっていた。
「やっぱりナメられてるよね。」
エンフォーサーは何をやっていたのか?とマユルも不平を漏らしたくなる。
船腹にあった救命艇の射出口は開いていて、乗員の私物類が漂っている。遺体はエンフォーサーたちが回収したようだ。
それから、破孔が開いた格納庫にはワーカードローンが2機。全長2.1m、多関節のアームが4本あるRD14「ランバージャック」タイプ。
片方は左のアームが2本とも根元から折れていて、もう片方は胴体にカーボンパネルの破片が突き立っている。損傷しているから置いていかれたのだろう。
穴の開いたほうの関節を1つずつ回してみた。右腕が動く。左腕も動く。下の2本は固かったが、これも回った。
「これなら、くっつければ動くでしょ。」
両方とも持って帰ることにした。ランバージャックは頑丈という評判だし、まあ1機には仕立て直せるだろう。
幸い、バッテリーは1基まるまる残っていた。RHI-M-14A、中型船用のデッカイやつだ。これを積めれば、ファイブスター号の電力容量も中型船並になれる。2基目はラックの爪だけが残っていた。
バッテリーの回収を終えたマユルは、次に千切れた中型スラスターに回った。架台の付け根は斜めに溶けていたが、モジュール本体は形を保っていた。爆発が架台の側で起きたので、中身まで来ていない。
胴体に型番が鋳込んである。WL12-B1。
「……あった」
渦雷(ウォレイ)WL12-B1、ヤードに置いてある1基と同じ型だ。
外殻を切って中を覗くと、コイルも高周波電源部も無事だった。ノズルは潰れているが、構うまい。スラスターはさすがに3基はいらないから、このままリグオフで売り払ってしまおう。
船首の掘削設備は、そっくりそのまま残っていた。
値打ちがあるのは大型モーターと素材のモリブデン鋼だが、こんな重量物は海賊も持ち帰れなかったようだ。
それから、採掘用コンテナが4つ、中に鉱石が入ったまま壁に固定されたまま残っていた。コンテナをラッチに噛ませるローダーも、アームごとそのままだ。
これも全部持って帰ろうと思うが、そうなると質量は往路の3倍近くなる。
「行きはよいよい帰りは怖いってね。」
帰ってきたマユルは、バッテリー補給もせずにそのままWゲートに向かった。鉱石を売るならここ、精錬設備のあるクレーター西側だ。
重たい鉱石と、それからついでにコンテナもドリルもまとめて、ナショナル・ミネラルに売ってしまった。締めて7,844ドル。買い叩かれている気もするが、小口取引ならこんなものである。
次にリグオフのヤードに降りて、壊れたエンジンを21,000ドルで売却。リグオフの店主とは通信で会話したが、あちらはどうせいつも
中型用バッテリーはカーボン製パネルの下に積んでおいた。盗難防止である。
最後に、ワーカードローン2機をヤードの床に固定した。
RD14にスラスターは付いていない。スラスターで動かすなら、水と炭素でできた作業者、つまり人間の方が扱いやすい。
工具を取り出して関節を開けると、かなり粉を噛んでいた。採掘船の連中はあまりしっかり整備をしていなかったらしい。腕の中まで岩の粉が回っている。
粉を洗い落として組み直すと、指で回るくらいまで軽くなった。
胴体が無事な方に電源を繋いで動作テストを行うと、ちゃんと腕を動かすことができていた。このぶんなら修理できそうだ。
翌日。Sゲートからはるばるリグオフヤードまで移動してきたマユルは、胴体が壊れたRD14の腕を取り外して、腕が折れたRD14に移植する作業を行った。なまじ多関節な分配線が面倒である。
電源を入れて電脳から操縦すると、4本のアームが順番に伸びて、それからゆっくり畳まれた。VRゲームの操作と似た要領だが、腕4本を同時にコントロールするのは少々大変だ。
それに、繊細な操作は難しい。「触覚」がないのでカメラの視覚だけで調整しないといけないのだ。
「……プルメリア、やってみる?」
『よろしいのですか』
「うん。私より上手いと思う」
権限を渡して待つこと1分。なんと4本の腕が同時に動いた。1本がパネルを立て、1本が縁を押さえ、残る2本でもう1枚のパネルを掴んでいる。
「おおー。」
『カメラも動作も良好です。マニピュレータも脚部も問題なく動きますね。』
「良い感じだね。これで地上での作業なら手伝ってもらえるかな。」
マユルは機体の正面へ回り込んだ。全高2.1m。見上げる形になる。
『いかがされました、マスター』
「……いや。プルメリアのほう見て喋るの、初めてだなって」
この2年、マユルがプルメリアに話すときは視界の隅の雫のアイコンに意識を向けていた。
こうして「実体」を持ったオブジェクトと向かい合うのは、なんというか新感覚だ。
『念のため申し上げますが、この機体は当機が操作している機械です。当機の身体ではありません』
「それを言ったら、私の身体だってEVASのアシストで間接的に操作しているようなもんだよ。」
『なるほど…?』
「そのドローンもさ、プルメリアの『身体』を拡張したモノなんだよ。意識して動かせるんだから。アイコンとは違うんだ、私にとっては。ね。」
『当機のようなアシスタントAIに「意識」はありません。議論はありますが……』
「言葉のアヤさ。」