サルベージの仕事を始めて、今日で1年になる。最初は重い工具をうまく操れず、解体作業もヘルメットの表示通りに進めるのがやっとだった。それが今や、超音波カッターの重さを利用して慣性を付けるようになり、刃の振動に任せてバターでも切るように切断できるようになった。
ロータス・イレヴン号は、3ヶ月前のエイト号と同じ船型の快速輸送船だった。権利は2,300ドル。胴体はやはりコノバ社の「モデルE」で、直径3.2m。
切る場所も前と同じにした。船首側は4番目、船尾側は11番目の肋材のすぐ外。そうすれば、今ファイブスター号の背中に載っている筒と同じ、7mの筒がもう1本取れる。
カッターを当てると、切り口から黒い煤が噴き出した。焼き切れた炭素繊維の粉で、空気が無いから吹き払えもしない。ゆっくり広がりながら、静電気でEVASの表面にびっしり張りついてくる。ヘルメットの面を拭うたびに、手袋のほうが黒くなった。
2周ぶん切り終えて、前と同じく4点でワイヤーを掛け、船尾に吊った。
かかった時間は105分。前回は120分だったから、マユルもこの短期間で腕を上げたのだろう。実感は薄いけれど。
Sゲートからベースに戻ると、マユルはピリッとした感覚を覚えた。
気のせい?それとも疲れかな?なんだか「空気」が違う気がした。
そこへプルメリアから通信が入る。
『マスター、いったんヤードにいらした方が良いかもしれません。B3で騒動があったようです。』
エレベーター前にはコンバットスーツを着たエンフォーサーが2人いて、スタンバトンに加え銃まで持ち出している。
これは……ただごとではない。
触らぬトラブルに祟りなし。いったん船ごとリグオフのヤードに移動した。
積みっぱなしだったパネルが寸法ごとの山に分け直され、バッテリーの上にだけは元どおりパネルがかぶせてある。ドローンを組んだ余りの部品も、種類ごとに箱に分けてあった。そして奥の地面には、3.4m×7.2mの長方形が白線で引いてある。ちょうど筒1本ぶんだ。
『置き場所は空けておきました。』
山の端には、腕を畳んだワーカードローンが固定されていた。
「えっ、全部やってくれたの? ありがとね。」
マユルはドローンの胴体をぽんと叩いた。
ラッチとワイヤーを外して、力を込めて「筒」を下ろした。
1.1トンの筒も、ケレスの重力では地球の30kgぶんほどの重さしかない。ただし動かしにくさは1.1トンのままなので、下ろすのはゆっくりやるしかない。
プルメリアのワーカードローンに筒を移動してもらって、今使っている筒と直径を比べた。差は4mm。これなら、左右に1本ずつ抱えれば重心を計算しやすくなるだろう。
あとは中央に大きくて広い胴体が欲しい。核融合炉を入れてまだ余裕があるくらいの、中型船にふさわしいサイズのやつ。今のファイブスター号の気密室は35立方メートルしかないし、このままでは「小型船を繋いだだけ」のイカダみたいなものになってしまう。
「……もう現金持ってくか。」
『レン氏への付け届けですか?』
「うん。大きくて軽い箱を探すのと、それに騒動とやらの情報収集も兼ねてね。」
B7の仕分け場では、止まっていた3本目のコンベアまで回っていた。流れているのは空の籠だけだ。
封筒を差し出すと、レンさんは厚みを指で確かめて、作業着の胸にしまった。それから籠を1つ取って、中を覗くふりをしながら言った。
「上がえらいことになってる。」
「上、ですか。」
「B3の倉庫で撃ち合いだ。隔壁が3枚下りた。で、その倉庫からティエンティーが出てきたらしい。」
銃撃戦があった、というところまではプルメリアの情報の通りだが、違法薬物まで出てきたか。
それに、ベースの中で隔壁が下りるのは、どこかの壁が抜けたときか、保安部がガスを使うときだけだ。
「エンフォーサーは頭に血が上ってる。ゲートを通る荷を、片っ端から全部開けて調べてやがる。」
「銃撃戦が成り立ったってことだよね。ってことは、やったのは……」
「聞くな。」
この前アイシュワリヤで見た、影の中隊の4人の顔を思い出した。コワモテで、ムッスリした表情をしていたのを覚えている。
ティエンティーは、火星系の危険なマフィアがケレスで売り捌こうとしている依存性薬物だ。それに対して怒っているのは
それにしても、ベース内で抗争というのは尋常ではない。
「それで、又借りか?まあ、こういう時分だ。遠くの仕事に行って、ほとぼりが冷めるのを待つのも良いかもな。」
「……ま、そゆことです。」
ヌールジャハーン号のバッテリーを据え付けたファイブスター号は、今までより
慣性航行の時間を長く取って良いなら、距離や速度差がある物件でもサルベージ対象に入れられるのだ。
『
と言っていたプルメリアのアドバイスに従って、抗不安薬と睡眠導入剤を1シートずつ買った。「眠れない」「同じことを何度も考える」「独り言が止まらない」といった目安の一覧付きで、当てはまったら1錠、とある。
8,800ドルで「業務委託」を受けた
『建造記録では、前からコックピット、キャビン、左右に貨物部、後ろに核融合炉とスラスターです。キャビンは長さ11m、幅5.6m。』
「そのキャビンだけ持って帰るよ。めぼしいパーツは海賊とサルベージャーが取っていっちゃったろうけど、その分手間が省ける。」
『「筒」を推進剤タンクに使うとのことですが、事故にはくれぐれもお気をつけを。』
「速度差を補うためにも推進剤は余裕を持たせたいからね。それでもトロトロ行くことになるから、今回は本気で海賊対策をしないとヤバい。」
なんせ帰り道にはどでかい船体をまるごと引っ張って持ち帰る予定なのだ。スノードームからの往路では推進剤の1/4しか使わない計画である。
マユルはB1のユー・ニヨンに入って、全面ディスプレイ張りのイベントスペースの中をゆっくりと歩いた。今は地球の「海辺」を模した映像と音声になっているらしい。Sブロックのナーサリーからやって来たのか、子どもたちがかくれんぼなどして遊んでいる。
このショッピングモールは元からボディチェックも警備もしっかりしているが、それでも客の入りが少ない気がする。
「色々手を考えてみたけど、ステルスクローク買うのが一番現実的かな。」
「ステルスクローク」は宇宙船に被せる布のような装備で、レーダーをほぼ反射せず光も出さず、しかし熱がこもりまくるという性質を持った「布」だ。
『ステルスクロークが減らせるのはレーダーの反射と光だけです。ゼロにはできませんし、どの道スラスターからの噴射は隠せません。』
「噴射してる間はね。今回はちょっと航路の小細工もするし。一番怖いのはスノードームに近づいて減速するタイミングだけど、あそこはまだ
『それから、被っている間はアンテナもカメラも膜の内側です。当機との回線も切れます。』
「それはいつも切れてるじゃん。で、最安値は?」
『中古でよろしければ、シュガーローフ号が2,600ドルで出しています。新品の3分の1以下です。』
「シュガーローフ号ってなんだっけ。……ああ、
出品情報を見ると、リカルドケミカル社製の「ハイド・アンド・シーク」の中型船用モデルだった。フェライト粉とカーボンと金属粉を樹脂に練り込んだ膜で、当たった電波を返さずに、熱に変えて吸ってしまう配合だ。
「それでクラインバッハも出社停止になっちゃってねぇ。在宅にしたっていうけど、家も同じEブロックでしょ?2階上ってだけで。あ、ちょっとごめん。電話。」
ノラさんは相変わらずおしゃべりな様子だ。
「お邪魔でしたか?」
「いーのいーの気にしなくて。うん、テキスト見たわ。ステルスクロークね。オッケーオッケー。」
「ありがとうございます。できれば今日中に頂けると助かるんですが。」
「そう?じゃあドローンで送っとこっか。入金先送るねー。」
話しながら、テキストチャットで口座情報が送られてきた。当然ノラさんも、電脳とAIアシスタントを使っている。
「ウチらはね、船に被るより、削った面に被せるほうが多いんだ。削ったとこは金属質でしょ。レーダーで見ると、岩の中でそこだけ光っちゃうんだよ。杭に引っかけて包んどけば、よそからはただの黒い岩ってわけ。この前のオコンクウォのとこなんか、本鉱に当たる日にやられたじゃない。削った面が丸見えだったもん。」
カーボン壁の宇宙船はそもそもレーダーに映りにくいから、普通はステルスクロークまで使うことはない。アステロイドは目印として目立ちまくるから必要になるのだろう。
「はーい、入金確認。それじゃあ配送指示やっとくわ。あれでしょ?最近物騒だから的な?」
「はい。できる備えはしておこうかと。」
「いちおう言っておくけど、もう2回使ってるからそこそこ劣化してるからね。」
「構いません。それでは、お邪魔しました。」
通信を切った後、プルメリアの雫が視界に入った。
『マスター。盗み聞きのようで恐縮なのですが、さきほどのノラ様との通話で、後ろで気になる会話がありました。内容をお伝えしても?』
「あーー。じゃ、お願い……。」
プルメリアは音声データをデータとして受け取れるし、今の時代の端末のマイクは無駄に性能が良い。おそらく、ノラさんが後ろを向いてマユルと通話をしたために、単一指向性マイクが後ろのテーブルの音も拾ってしまったのだろう。
ノラさんと話していたのは他の
彼らの「ウワサ」では、B3、Eブロックの倉庫には「花見の袋が箱でいっぱい」入っていたそうだ。銃撃戦が起きたのはこの「花見を取り合って」のことだったらしい。
ピアッツィ・ベースから赤道を挟んで北側、ハナミ高原に位置するオッカトル・クレーターには、「火山産」とされる豊富な炭酸ナトリウム資源がある。
そこで採取されたのが「天然物」入浴剤だ。身体を温める効能が大きいとか。こんなものが、木星のカリストでは珍重されているという。
現在は、高原の名前から取って「花見」のブランド名で売られている。袋には、デフォルメされたクレーターの上に木の枝、その先に花が付いたイラストが描かれている。
つまり、今回の
出航時にスノードーム行きの輸送依頼を受けておいた。保冷コンテナ1.4トン、報酬520ドル。出航記録を誰かが見ていても、いつもの小遣い稼ぎにしか見えないだろう。
サンドリヨン号はピアッツィ・ベースからだと32万km先だが、スノードームからなら15万kmで届く。スノードームまではレーザー給電が使えるし、到着後に推進剤を補給できる。残りの15万kmは、バッテリーだけで進むことになる。
サンドリヨン号に速度を合わせる分と、4トン近い箱を抱えて帰るぶんを差し引いて、巡航速度はケレスから見て秒速240m、帰りは170mほど。行きに8日、帰りに11日かかる。
食料はスノードームで、メグミフーズの「これだけ!」を60食買い込んだ。
スノードームを出たら、いったんピアッツィ・ベースに進むかのようにレーザー給電で進みつつ、管制圏を抜けたところでベクタースラストでレーザーから離れ、トランスポンダーを落とした。それから、ステルスクロークを被った。
布を船に被せるには骨組みが要る。膜を外板に直に貼れば、放熱板までふさいでしまう。アステロイドに被せるのとはわけが違う。そこで、カーボンパイプで傘の骨のような枠を組んで、船首側にはモデルEパネルを1枚だけ傘のように据え付けた。
外が見えるのは、開けてある船尾からだけ。もし海賊が近づいてきても、気づくこともできないかもしれない。ちゃんとアンテナを出さないと、自分の目も塞いでしまう。ステルスクロークが船に使われない理由がわかった気がする。
往復3週間。その間マユルは、筋トレしたり、出航前に落としておいた小説を読んだりして過ごした。よりによって、地球の古い海賊ものだった。
サンドリヨン号は、前と後ろが開いた箱になっていた。
全長52mあったはずの船が、半分も残っていない。コックピットは付け根から切り取られ、核融合炉とスラスターの区画は丸ごと消えていた。おそらく4年前、海賊が船首と貨物部を切り取り、サルベージャーが後部を切り取ったのだろう。残ったのは真ん中のキャビンと、左右に抱えた貨物部の枠だけだった。キャビンの壁に手を付けた跡は無い。海賊の船は撃ち合う前提で造るから、薄い壁に用はないのだ。
舷側の乗降ハッチを手回しで開けて、キャビンに入った。
長さ11mの部屋の両側に、横長の枠が7つずつ並んでいる。中身は抜かれていて、裏の配線が切られたまま垂れていた。枠の下には「右舷1」「右舷2」と番号札が貼ってあり、その横に小さく「船外カメラ R-01」とある。
ここに外のカメラの映像を映していたわけだ。外に出て確かめてみると、枠の真裏に1台ずつカメラの台座が付いている。そこに窓があったら見えるはずの景色を、そのまま画面に映していたらしい。地球まで何週間も乗っていく客のための、ちょっとした贅沢である。
そういえば、プライベート・ヨットなんかは分厚い合成樹脂で「本物」の窓を備えていることもあるらしい。
惜しむらくは、カメラもディスプレイも1台も残っていなかった。どちらも軽くて小さいから、海賊やサルベージャーからすれば持って帰りやすい部類だろう。
床下に、ケースの割れたバッテリーパックが3つ残っていた。
セルに1本ずつ電圧計を当てていくと、288本のうち、針が振れたのは131本。半分にも届かないが、おまけとしては十分である。
貨物部の枠の上には、荷役用のクレーンアームが1基、根元のボルトで留まったまま残っていた。アームだけで600kg。重いわりに売り先が限られるので、海賊は置いていったのだろう。リグオフなら引き取ってくれる。外して、キャビンの中に押し込んだ。
キャビンを切り離して計ってみると、4トンあった。ファイブスター号の乾燥重量を上回るが、今の推進剤の量なら予定通り持って帰れる。
ステルスクロークを支柱から外して、支柱の先にこの「箱」を接合。スクラップの貨物部の枠をへし折って、背中の「筒」と横の「生活区画」からも伸ばすように計3本の支柱を構築した。ワイヤーも引っ掛けて固定しておいて、さらに箱に直接被せるようにステルスクロークを装着した。中型船サイズで本当に良かった。
加速中に支柱が折れたら厄介なことになる。加減速と回転はできるだけ慎重にやろう。
「ネルソン・マンデラルール」というものがある。
150年ほど前に当時の国連が決めた、囚人の取り扱いの最低基準だ。1日22時間以上、人とまともに言葉を交わさせずに閉じ込めておくことを独房拘禁と呼ぶ。それが15日を超えたら「長期の独房拘禁」で、拷問と同じ扱いになって禁止される。インプラネットの教育プログラムの、倫理の単元で習った。
今回の航海は往復3週間。人に会わないどころか、プルメリアもいない。基準に照らせば、立派な拷問である。
結果から言うと、買った薬は1錠も減らなかった。
古い海賊の小説は、行きの3日で11冊とも読み終えた。海賊が眼帯をして、木の脚で甲板を歩いて、宝の地図を奪い合う話だ。ケレスの海賊は、たいてい宝の地図のほうを売りに来る。次に読んだのは企業の中で主導権争いや陰謀を巡らすやつ。正直実感が湧きにくいテーマだった。
それと並行して、筋トレもしたし核融合炉のVRトレーニングもした。まだ持ってないけど。
帰り道には、サンドリヨン号の床下から拾ってきたセルの修理もした。
容量の近いものどうしで組にして、タブを1本ずつ溶接し直していく。組むたびに電圧を測って、揃っていなければばらしてやり直す。出来上がったのは、ファイブスター号の非常用電源にちょうどいい大きさのパックだった。
これが自分の特技なのか、とマユルは考えた。1人でいても平気でいられるのは、生まれつき内気だからなのか。
それとも、インプラネットの教室で育った世代はみんなこうなのか。ファンドの施設では授業は全部オンラインだったから、人の顔を見ないで何日も過ごすのには慣れている。社員の子どもたちが通うナーサリーやスクールでは、同じ部屋に20人の子どもを詰め込んで勉強しているらしい。3週間誰にも会わないことより、そっちのほうがよほど想像がつかない。
スノードームの管制圏に入ってトランスポンダーを点けると、視界の隅にしずくが落ちた。
『お帰りなさいませ、マスター。21日ぶりです。』
「ただいま。」
留守のあいだの報せが、まとめて流れ込んでくる。
Eゲートの全数検査は3日で終了。新しい発砲の報告は出ていない。違法薬物が発見された件はニュースに出ており、前から保安部がマークしていたということになっていた。ピアッツィの騒ぎは、ひとまず表向きには落ち着いたようだった。
『……マスター。』
「なに?」
『航行中の記録を拝見しました。睡眠時間も心拍も、出航前とほとんど変わっていません。お薬のシートも、封が切られていないようですが。』
「使わなかったからね。」
『想定では、2週目のあたりから何かしらの兆候が出るはずでした。』
「独り言は増えたかも。」
『それは、兆候のうちに入りません。』
プルメリアの声は、心なしか拍子抜けしているように聞こえた。
マユルに言わせれば、3週間くらいで精神に変調をきたしていては、ケレスの外に出るなど夢のまた夢、だ。核融合炉を手に入れたら、何ヶ月か1人でいることになってもいい。それでヒギエアなり、木星圏なり、火星なりに行ってみたい。もっと、もっと遠くに。