アステロイド・ベルトの残骸漁り   作:七つ葉なずな

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23話 マッド・サイエンティスト

B6の食料品店「フレッシュマート・アネモネ」では木星フェアをやっていた。木星からの輸入食材がそれはそれは大量に届いたようで、ソイソースやらザワークラウトやらチーズやらの食材がところ狭しと並んでいる。フリーズドライからわざわざ戻して並べて、試食コーナーまで出しているのだから、すごい気合の入れようだ。

 

完全食である「これだけ!」を食べていれば栄養的には問題ないのだが、美味しいものやちょっと変わったものを食べたいときはネット通販するし、通販の出元は結局この食料品店だ。ピアッツィ・ベースは狭い。ドローンの通販は楽だが、エレベーターで降りてちょっと歩けばすぐ店頭に着くのだ。欲しい食べ物や嗜好品を求めてここまで足を伸ばす人も多い。

 

マユルが買ったのは、スノードームの工場で作ったCTCの袋詰めだ。茶の葉を機械で潰して裂いて丸めた粒をティーパックに詰めたもので、無重力用のポットで沸かしたての湯に投入すれば鮮やかな色が出る。マユルとしては、ティーパックを破いてでも茶葉をポットに行き渡らせて、180秒くらいで「茶こし」の網を動かすのがオススメだ。

マユルはこれを2袋、かごに入れた。500gで38ドル。3週間の航海で、手持ちの缶がほとんど空になっていたのだ。

 

木星産の茶葉にも気になるものは多い。「ガニメデ・ロンネフェルト」のブレンド茶葉など、1缶で195ドルの値が付いている。カリスト産のグリーンティーも「早摘み」だの「ほうじ」だの色々な種類があったが、マユルは紅茶派だ。

 

棚を見渡すと、しかし一番売れ行きが良さそうなのはケレス産のブランドだった。値札だけが残っている。

 

「雪花球は今朝全部出ちまってね。」

 

レジの親父さんが、マユルの視線を追って言った。枝の先の方の茶葉だけを葉の形のまま摘んだ高級茶で、100gで45ドルする。マユルは一度も買ったことがない。

 

「火星のおっさんが、箱ごと持ってったよ。自前の秤まで持ってきてさ。」

 

 

袋を提げたまま、B4のリグオフへ回った。サンドリヨン号から外してきた荷役クレーンを売るためだ。

 

店主は話しながら、ヤードの整備ドローンにクレーンの周りを一周させた。

 

「油圧は抜けてるが、旋回のベアリングは生きてるな。1,300。」

「それでお願いします。」

「それとな、あんたに会いたいって客がいる。」

 

 

 

15:57。指定されたマップピンに来てみると、黒いガラス張りのオフィスが天井まで突き出ていた。

B3からB1フロアまでをぶち抜いて3階建てにした「オフィスビル」。丸い頭のガードロボ2機に挟まれた金属の扉に取っ手はなく、しかしマユルが近づくと音もなく開いた。

内側の床には柔らかそうな濃い橙色(バーントオレンジ)の絨毯。中央には青色の三日月の間を赤いインキが走ったようなロゴが大きく描かれている。

奥側にはやはり三日月型のカウンターがあり、恭しく礼をした受付がレセプションに案内してくれた。

 

(プルメリア。火星の統治企業が、いったい何の用だろうね?)

『わざわざ呼び出すからには、引き抜きでしょうか?

北方工業公司はマーズ・アタックに直接参戦はしていないものの、SRXN(スイレン)やTCC(タイシャン)のような企業体に大量の軍需物資を供給していました。

RSDとの関係は微妙なところですが、取引関係は存在します。このビルも「大使館」のようなものです。』

 

案内された部屋は深い赤色を基調として金色をあしらった豪奢な装飾で、柔らかい絨毯がマユルの軽い体重を受け止めている。机の向かい側では、白髪の男が折りたたみ式の茶器を広げていた。横長の穴が並んで端に丸い穴が開いた箱の上に、加熱機能付きの保温瓶に小さな急須と、白磁の小さな碗が6つ。手のひらに載るほどの砂時計。火星流の茶器だ。

 

「ああ、あなたがマユルさん。お待ちしておりました。タオ・ジュンユーと申します。」

 

鼻にかかった、平たい声だった。

差し出された名刺には、北方工業機動艙開発公司とある。視界の隅でプルメリアが注釈を添えた。

 

『北方工業公司の子会社、ワーカードローンや戦闘ポッドで知られる会社です。機動艙は、ポッドのことです。』

 

タオは保温瓶の湯を急須に移して、すぐに下の箱に捨てた。それからもう一度湯を注いで、砂時計を返した。黄色、オレンジ、白と3色の砂が層を成しており、黄色い砂がやけにゆっくり落ちていく。

 

「ケレス用に、砂を6分の1に減らしてあるのです。砂の落ちる速さは重力の平方根に比例しますから。地球の砂時計をそのまま使うと、6倍遅れて3分計が18分計になってしまう。最初の年はそれで、ずいぶん渋いお茶を飲みました。」

 

「……烏龍(ウーロン)茶ですか?」

 

「いえ、緑茶ですね。スノードームの雪花球です。雪に似せた白い茶葉は見た目にも美しいですし、甘みと旨味の濃さでは、私の知る限り太陽系でも上から数えたほうが早い。少々あっさりしすぎるのが欠点といえば欠点ですが、それゆえに飲みやすいとも言えます。」

 

そう言いながら、タオは小さな急須からもう緑茶を注いでしまった。それからまたお湯を追加している。砂時計からは、今はオレンジ色の砂が落ちてきている。

 

「さ、どうぞ。」

 

碗の中身は、さっき買ったCTCと同じ産地とはとても思えないほどの甘さと旨さだった。

 

「いただきます。……おいしいです。」

「でしょう。こうやって茶壺で短時間抽出で淹れると、えも言われぬ美味しさがあります。香りも楽しめますしね。」

「火星流の淹れ方ですか。」

「ええ。旨味を最大限残せます。」

 

ケレスの資源も火星の手に任せればもっと有効に活用できる、という意味か?

 

「雪花球はスノードームの環境が良いからだ、とよく言いますね。」

「暗いところで育つからだ、と皆さんおっしゃる。しかし実は、暗くするのは収穫前の2週間だけなのです。育成期の茶畑の明るさは地球の昼とそう変わりません。効いているのは、土と空気です。」

 

タオは指を1本立てた。

 

「下水ペレットを発酵させて作った土は、窒素をたっぷり含んでいます。そして、窒素の多い土で育ったチャノキは、旨味のもとになるアミノ酸を葉に溜め込みます。」

 

砂時計から落ちる砂が白色になり、タオはまた緑茶を新しい碗に注いで、さらにお湯を追加した。最初60℃だった温度も、今は80℃まで上げているようだ。

 

「空気には、これもピアッツィから届く二酸化炭素を、地球の大気の3倍の濃さで混ぜてある。光合成が進んで、葉に糖が溜まる。それから、パネル越しの光には紫外線が少ない。渋みのもとのカテキンは紫外線を浴びて増えますから、あっさりしすぎるのはそのせいですね。」

 

知ってるよ。と心の中で思いながら、マユルはもう一口緑茶を飲んだ。香り高い。

 

「ですから、沸かしたての湯では淹れません。黒茶……紅茶は、葉を酸化させているので、渋みのもとが別のものに変わっている。熱い湯で一気に引き出して構わない。ところが緑茶は、カテキンが生のまま残っているでしょう。熱いと、それが旨味より先に出てきてしまう。低い温度でゆっくり出すと、旨味のほうが先に来る。せっかく土と空気で溜めた旨味を、最後の1分で台無しにすることはありません。」

 

ケレス現地民に対してケレスの茶葉のすごさを延々と講義しているのだが、いったいどういうつもりだろうか。

 

「コーヒーのような苦い飲み物を好む方は、あるいは高温で抽出してしまった方がパンチが効いているのかもしれませんがね。しかし私としては、こういう繊細な育て方をした茶葉はぜひ、ちゃんと温度と気圧を管理して楽しむことを勧めますよ。」

 

マユルは紅茶党だ。なのに、まるでコーヒー党に対して緑茶を布教しているかのような態度じゃないか?

超大手企業の人間のようだから笑顔で応対しているが、さすがに口の端がひくついてきた。

 

「それから、コーヒーと違って抽出時間が鍵を握ります。茶葉は放っておくと、いつまでも湯の中で漂って、渋みを出してしまう。だから出し切ってしまうか、茶葉の方を網で引き上げるのです。」

 

マユルが使っているティーポットにも「茶こし」は付いているし、ちゃんと時間通りに茶葉を取り除いている。ここ3週間の航海でもずっとやってきたことだ。

それに、コーヒーだって抽出時間は厳密に管理している。ダウィット・ベケレが長々喋っていた。

もう、眉間にシワが寄るのが我慢できない。

 

監査部のネズミ男、ラージュは、マユルのことを徹底的に調べてから接触してきた。だから話が早かったし、リスクがあっても従わざるを得なかった。

しかしこいつからは、そういう操作とか、情報を操る精緻さみたいなものを感じられない。コーヒーなんてどっから引っ張り出してきたのか?

いったいなぜマユルを呼び付けたのか?わけがわからない。逆にやりにくい。

 

砂時計の白い砂も落ちきったのを見て、タオは残った碗にも注いでいった。

 

「三煎目ともなると味の薄さとシンプルさがさすがに目立って来るでしょうか。」

 

味が薄くなるのは無理に火星流でやるからだ。マユルはツッコミを入れてやりたかったが、すんでのところで我慢した。

 

「より複雑な味わいがお好みでしたら、本当に雪のように白い『白茶』にしたものもございます。さながら、人工的に造られた白毫銀芯(パイハオインジェン)のようなものでして。」

 

「ペコー・シルバーチップ」ともあだ名される白雪花球は、ピアッツィではB1とB2でしか売られていない。値段もさらに桁が1つ増える。

しかし、「もっと高級で良いものがありますよ」だなんて、人を招いて茶を振る舞うときに話すことではない。

 

そこでようやく、タオは茶器を置いた。

 

 

「さて。こうしてアイスブレイクも済んだことですし、本題に入りましょうか。」

「あ、はい。」

「ちょっとお願いがございましてね。」

 

ミサイルを撃ち落とすための近接防御装置、それもレーザー式のもの。ヒギエアの船が積んでいる新型のレーザーCIWSを、研究用に1基まるごと手に入れたい。

それが、タオの依頼だった。今のところ、引き抜きではないようだ。

 

タオが指先で宙をなぞると、資料のファイルが届いた。砲塔の写真が3方向から、モジュールの配線図、コネクタの型番の一覧。最後の1枚は、傷や欠品ごとの減額表だった。

 

「NBSL-S4-BRA『ブラクテアート』。小型ながら特に焦点調節能が優れているとのことで、ぜひに実物のサンプルを確認したいのです。」

 

「なるほど。期限が書かれていないようですが、いつまでになりますか?」

「できれば1ヶ月で見たいですが、無理は言いませんよ。それに、資料にある通り、先に当方で入手できた場合は、別途キャンセルの連絡を入れることになっています。まあいずれにせよ、チャンスがあるのはヒギエアが離脱するまで、つまり5ヶ月以内でしょう。」

 

成功報酬型とはいえ、明確な期限を切らないのか。こいつの会社はポッドの開発をやっているということだったが、本当にそんなに急いで欲しいものなのか?塩漬けしちゃおうかなあ。

 

「全長1.2m。確かに、ギリギリ戦闘ポッドに積めそうな大きさですね。」 と水を向けてみると、

「まさしく。ポッドの開発は重量、エネルギー、サイズとのせめぎあいでしてね。」 タオはウンウンと頷きながら話している。

 

「資料内の動画にある通り、散弾レールガンの弾頭を5,400mの距離で捉え、0.7秒で焼き切っている。エネルギーを1点に集中させ続けているということです。

こういった他社の工夫を取り入れるには実物をリバース・エンジニアリングするのが一番速い。特許制度が普及していた時代が羨ましいですよ。ああ、特許、パテントというのはですね……。」

 

また長い講義が始まりそうだったので、次の質問を入れて遮る。

「『他社の工夫を取り入れたい』ということですが、でしたら運用形態や搭載状況についての情報もご入用でしょうか?」

 

そう誘いを向けてみると、

「そこまでわかって頂けているのであれば、こちらの条件も追加しましょう。」 と追加の条件が送られてきた。

 

まるで北方社社内の発注フォームをそのまま画像化したようなファイルには、「標準的戦闘ポッドでの運用」「改修型戦闘ポッドでの運用」「未確認型戦闘ポッドでの運用」といった情報項目と条件がビッシリと並んでいる。

やはり、ヒギエア企業側もこのレーザーを戦闘ポッドに搭載しようとしているハズだ、という想定での依頼だったようだ。

 

『おそらく、本当の予算上限は記載の金額の倍です。』 とプルメリア。うん、お値段の下の桁が500とか50とかで終わる項目が多いもんね。

しかし、うまいこと情報料をもらえれば30万ドルすら狙えるのか。すごいな。うん。この老人はずいぶんアレな人間だが、社内での権限は強いのかもしれない。

緑茶をまた一口飲み干すと、タオはまた横道にそれて長話を始めていた。

 

 

「良い時期に当たりました。去年の戦争で、火星の船が何十隻もここに置き去りになった。実にありがたかった。……ああ、失礼。部品の流通という意味で、です。」

「はあ……。」

「ケレスの人々は実に勤勉です。火星では見ないような改修や独自の調整が施された部品が今、リグオフのような中古市場に流れています。サンプルを集めるには都合が良い。」

「海賊って独自改修をやりますもんね。」

「そこへさらにヒギエアの部品が流れ込み、今年の会合で木星の部品も大量に入ってきています。ご存知ですか、ガラクタ市場では変換コネクタ屋が儲かっているそうですよ。火星と、ヒギエアと、木星と、地球。様々な規格が一堂に会しているのです!」

 

タオは感極まったというふうに胸の前で拳を握りしめると、緑茶を飲んだ。

 

「地球の研究所で新型の砲を1発試そうとすると、書類が38枚要るのです。ここでは火星の砲とヒギエアの装甲が、毎週どこかで勝手にぶつかっている。しかも壊れたものを拾ってきてくださる方までいらっしゃる。いわば、壮大な武器試験場です。先週も1隻、ヴァイキングの私掠船が火星海賊の戦闘艇を撃ち落としたそうです。……鋼鉄装甲は小型ミサイルを(ヴァイキングの標準武装)効果的にカウンターする(に有利を取れる)にも関わらず。いったいどうやって?私は、それが知りたくて仕方がないのです。」

 

(サイコパスかよ。)

先週、サルベージ市場に掲載されていたスクラップのことならマユルも把握している。生存者は無し、だった。この男は本気で、この宙域を都合の良い兵器実験場だと思っているらしい。

 

「話が逸れましたね。いいですか、軌道です。軌道が外交方針を規定するのです。火星の軌道の傾きは1.85°、木星は1.30°。どちらも、ほとんど黄道の上から外れない。ところがケレスは10.59°傾いている。会合といって図の上で横に並んでいても、実際は上下に7,000万km以上離れている。そんな年がある。」

 

タオはもうマユルのことを見ていない。どこか虚空を見つめながら、熱に浮かされたように持論を述べている。

 

「近くにいる間だけ取引が立ち、離れれば途切れる。途切れるとわかっている相手に、掛けで物を売る商人はいません。すると、手っ取り早いのは奪うことになる。どちらにとってもね。ご存知ですか? 火星の損害保険会社は、ケレスとの距離で保険料率を変えているのです。ケレスが近づく年は、海賊の被害が増えるものですから。ケレスの皆様は我々を火星人と呼んで警戒なさるが、こちらもこちらで、ケレスを警戒しているわけです。」

「それはまあ。やり返せ、って声は聞きますけど。」

「もっとわかりやすいのがパラスですね。軌道の傾きが34.8°、離心率が0.23。他の惑星の近くに来るのは、4年に一度あるかないか。交易を続けようにも、続けようがない。自然、奪うことが最適になってしまう。お互いに。人々はパラスを海賊島だのなんだのと呼びますが、私に言わせれば、あの星は『生まれつき』そうなる運命なのですよ。」

 

結局そのまま12分タオの長口上を聞かされたマユルは、タオを呼びに来た秘書?に半ば本気で感謝した。

 

 

 

エレベーターに乗ると、プルメリアが口を開いた。

 

『狙うならヒギエア系、いわゆるヴァイキングのスクラップです。あの装置を積んでいるのは彼らだけですので。』

「どうかな?高級そうな武装なら、仕留めた海賊が剥ぎ取っていっちゃうんじゃない?故障品なら残ってるかもだけど。」

『それが、そこまで希少価値があるわけでもないのです。武器部品の免許のある企業なら同型品を市場で買えるはずです。それに、これほど高出力のレーザー武装を使うには核融合炉か核分裂炉、または大型バッテリーと電力変換モジュールが必要になります。』

「載せてそのまま使えるもんじゃない、と。」

『疑問はまだあります。なぜ大手のPGSではなくマスターなのか。この前の合同サルベージの現場には、ヒギエア系のスクラップが何隻もありました。PGSもこの手の部品を押さえている可能性があります。』

「そんなの決まってるじゃん。戦闘ポッドが本命なんだよ。」

 

想像するに。「ヒギエア系企業の新型戦闘ポッドの情報、できれば実物を調べたい。」 そう聞かれたであろう北方工業の超強力なAIは、おそらくこう答えた。 「ファントム・ダディーの人型戦闘ポッドと接触し、その後も痕跡を追っているサルベージャーがいます。」 マユルのサルベージ権購入履歴や痕跡からはそう推測されよう。

新型レーザーCIWSは単なる口実に過ぎない。それに、自社ビルに招き入れるという動きだけで、「マユルが火星系統治企業と接触した」という情報を作り出すことができる。

 

「……うさんくさいなー。」

 

背負い鞄の中で、帰り際にもらった雪花球の缶がひとつ揺れた。

とはいえ、レーザーCIWSだけでも最大4万ドルである。

 

「まあ、払いは良いし、探すだけ探してみようか。変なもの見つけたら、その時はその時だね。」

 

 

 

B7の仕分け場のコンベアは、また2本に戻っていた。レンさんはマユルを見るなり、眉を寄せた。

 

「もう帰ってきたのか。」

「これでもバッテリーがギリギリだったんです。」 と、買っておいた合成肉ジャーキーと酒瓶の袋を渡す。

「表向きは片付いたことになってるがな、モグラはまだ見つかってねえぞ。身内に、倉庫の警備システムに裏口をこしらえて、火星の連中を通した奴がいる。」

「すぐまた出ようと思ってるんですが、奇妙な呼び出しを受けてですね。」

 

そう言って、マユルはタオに呼びつけられた話をかいつまんで説明した。

 

「北方なら、うちは目くじら立てねえよ。表に看板を出して商売してる連中だ。うちが揉めてるのは、看板の無いほうだ。」

 

火星系といっても、火星を統治する統治企業群と、その巨大な経済を違法薬物などで侵食するマフィア系と、大別して2つの勢力がいる。

北方工業公司は統治企業側だし、その中でも表立ってはケレスと対立していない企業だ。

ゴールファミリーとしては、ひいてはRSDとしては問題視はされない、ハズだ。

 

「それと、ヴァイキングの船、又借りで回ってきたりしません? 武器付きのやつなんですけど。」

「そんなの残ってるわけないだろ?最近は特にだ。エンフォーサーがうるせえから、誰も武器付きの権利なんか持ちたがらねえ。」

「ですよね。」

 

 

 

それからマユルは、サルベージ権マーケットで「ヒギエア系」のスクラップを買い漁った。それこそ、出たらすぐに。

 

『マスター。こちらを。今すぐ購入できれば……』

「もう買ったよ。」

 

こういうのは早いもの勝ちである。小型船ならPGSは動かないから、他の独立系との早押し競争になる。

新型レーザーが入っているかは完全に賭けになるが、運が良ければ丸儲けだ。

 

普通に火星系海賊と交戦して撃破された小型船スクラップ、には普通の散弾タイプの対空砲が載っていて、しかも派手に壊れていた。残っていたミサイルベイとミサイルローダーだけ回収して、売った。

海賊ではない純粋なヒギエア系の貨客船、にはそもそも武装は積まれていなかった。コックピットもバッテリーもスラスターも海賊に持っていかれていたので、自分で使う用にシートを4席回収した。

 

 

 

当たりを引いたのは、2週間後のことだった。

 

『小型護衛艇 (船名登録なし) SDC 4日前、火星系海賊との交戦により大破 距離6万4千km 押収番号CER-2162-0463』 15,600ドル。

 

6万4千kmなら片道1日。遺体は、エンフォーサーが回収したあとだった。護衛艇は全長21mの複合装甲付きの船で、核融合炉持ちの船に牽引されて、戦闘時に飛び出すという運用をする。最低限戦闘で時間を稼げれば、その間に核融合炉持ちの母船は逃げ切れる、という役回りである。

外板には76.2mmの穴が4つ並んでいた。火星の私掠船に追い回された跡だろう。

目当ての装置は、背中にそっくり残っていた。直径40cmの鏡を収めた、球形の砲塔である。真下の区画には、スーツケースほどのレーザーモジュールが6基と、キャパシタの列と、放熱板へ伸びる冷却配管が詰まっていた。

 

「そっか、護衛艇か。海賊は本命の核融合炉持ち輸送船をそのまま襲いに行くから、護衛艇のスクラップは放置されるわけね。」

 

 

おそらく本物。注意書きが残っていて、アルファベットの上に◯やら・・やらの記号が乗っている。ヒギエアの文字だ。ヘルメットの表示が、その上に訳文を重ねていく。『警告 不可視レーザー光 反射光にも注意』。

 

キャパシタに放電抵抗を噛ませて、残っていた電気を抜く。鏡には蓋をかぶせてから切った。切り口から出る炭素の粉が付けば、それだけで値が下がる。8時間かけて、丁寧に砲塔とモジュールを外した。

破損したコンソールからはディスプレイとメモリ、ドライブ、APU。それから小型船用のスラスターモジュールも回収できたので、これだけでここ3回のスクラップ料金を賄える。

 

 

 

受け渡しは、リグオフのヤードでやることになった。

 

「研究者は現場に出てこそ、ですよ。」

 

そう言ってタオは、自前のEVASで地表まで上がってきた。

随分とピカピカな船外活動服だ。胸の型番はFT-14S。マユルのFT-11の3世代後で、末尾のSは上位グレードを表す。FT-11が10着は買える値段だし、そもそもケレスではまだ売っていない。関節ごとに細い補助駆動装置が沿わせてある。

 

「やはり。ゴムのような緩衝材を噛ませて、圧力を細かくコントロールしているわけですね。それに、『指』が32本もある。」

 

説明は14分続いた。EVASの中では、耳を塞ぐこともできない。3分目あたりで、マユルは無線の音量を半分に絞った。

 

 

査定の結果は38,400ドル。情報料の追加はないが、それでも十分過ぎる額だった。

 

比較的簡単な仕事でここまでもらえて良いのかとも思ったが、しかしあんなクライアントである。気疲れした分の料金、とでも思っておこう。

マッド・サイエンティストというのは、ああいうのを言うのかもしれない。

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