前方の闇に、13個の光の点が菱形に並んでいた。
真ん中のひときわ明るい1つが保安部の大型母船、タルワール級「ジョードプル」。周りを固める12個がコラ級の戦闘艦だ。コラ級は核融合炉を積んでいないから、長距離移動では母艦や拠点からレーザーで電気を送ってもらう。真空の中では光線そのものは見えないが、12隻の受光鏡だけが、ときどき思い出したように白く瞬いていた。
船団はこれだけではない。保安部のアステロイド船「バグ・ナク」と「ビチュワ」、それに監査部の諜報艦「アグラ」は、一足先に目的地の裏側へ回り込んでいるはずだ。くり抜いた岩からスラスターが伸びたような形のアステロイド船は、エンジンを切ればただのアステロイドにしか見えない。正面から突かれて裏へ逃げ出した海賊船を、そこで一網打尽にする構えである。
そしてファイブスター号は、前の船団の2,000km後ろを付いていく。
そう、マユルは監査部の依頼を受けることにした。アーガス宛ての返事を送ったのは、ピエール・ディオンヌを出てから5時間後のことだった。
「レンさんやマニシャさんに相談しようかとも思ったんだけどさ。あの
『会話の際に人払いはしていましたが。』
「お店を通じて私以外の全員にメッセージ送ってたんだろうね。たぶんあれも、聞きたくない人に聞かない選択肢を与える、って感じじゃない?余計なトラブルとか疑いとか、ゴメンだもん。」
『つまり、監査部にとってはこの依頼内容が第三者に共有されても構わないと。そう、マスターはお考えなのですね。』
「やるのは運び屋と雇われサルベージャーってだけだからね。」
ドミトリーのベッドで眠れぬ頭を揉みながら、マユルは自分の考えを整理していく。
「監査部自体がケレスじゃあ嫌われ者だからさ。協力してくれる人員を見繕うのも、手間なんじゃないのかな。」
『これだけ高額報酬なら、受ける人も多そうですが。まあ、中型船持ちのサルベージャーとなると限られますね。』
「そゆこと。」
『となると、受けるべきかは悩みどころですね。』
この依頼を断ったところで、相手はRSD、本社の部門だ。ケレスの統治企業である。逆らって得をすることは何も無い。
それに、もし仮に断ったとしても、周りが信じてくれるかは別問題だ。この依頼を出された時点で、マユルは監査部が巻き起こす奔流に飲み込まれている。
なにより、ドーン採掘基地にミサイルが降るところを、この目で見てしまった。あの連中が拠点ごといなくなってくれれば「枕を高くして」眠れるというものだ。
「毒を喰らわば皿まで、ってやつだね。」
『前にも同じことをおっしゃっていました。』
「じゃあ、お皿はこれで2枚目だ。」
それにしても、保安部だけでやると聞いたときは本当に驚いた。ケレスの地面を撃たれても動かないなら、第四艦隊はいったい何があったら動くのだろう。
出航の前に、プルメリアが噂を拾ってきていた。
『保安部と、本社の開拓部との間で縄張り争いがあったそうです。第四艦隊は開拓部の持ち物ですので。』
「身内で揉めてる場合じゃないでしょ。そんなだから、海賊にいいようにされるんだよ。」
腰が重いにもほどがある。第四艦隊が薬物汚染されているというウワサも、あるいは本当なのだろうか。
Nゲートを出るときは、さすがに手のひらが汗ばんだ。
中型船になってから、初めての本格的な仕事である。それも、保安部の船団の後ろについて、海賊の拠点へ乗り込む仕事だ。
キャビンの後ろには、空の座席が4つ。左右の船倉はからっぽで、監査部から届いた封印付きの証拠袋が、箱のまま積んであるだけだ。帰りには、ここがヴァイキングの拠点から切り出した品で埋まる予定になっている。
加速に入ると、中型スラスター「ウォレイ」の振動が、床から足の裏へ低く伝わってきた。小型船の頃のような、背中を押される感じは無い。全長26mの船体が、じわりじわりと速度を上げていく。後方カメラの映像では、噴き出す水のプラズマが、船尾から淡い光の筋になって伸びていた。
出航して3時間ほど経った頃、短距離通信の呼び出しが鳴った。
コンソールに灯ったアイコンは、眼帯を付けたクマのぬいぐるみだった。
「…はぁ!?」
『しー。』
思わず後ろを振り返ったが、キャビンに窓は無い。3DPPIの後方にも、何も映っていない。
『おひさー。ちょっと、あたしもお仕事でさ。』
「……どこにいるんですか。」
『ないしょー。あ、でも、そのまま慣性航行でいてくれるかな。』
コイツは、前に「通行税」を取っていった火星の海賊だ。ステルスでの慣性航行だと思うが、前方の保安部艦隊も反応していないというのはどういうことだろうか?……ああ、なるほど。
「相合傘というわけですか。」
『なにそれ、ロマンチック。』
奴のレイダー船は、ファイブスター号の真後ろに付いているのだろう。前を行く保安部の船団からは見えなくなる。ファイブスター号の方は今は中古のステルスクロークを使っているから、後ろにいるだろう海賊船は完全に傘の中に隠れるわけだ。
やっぱりコイツ、頭がおかしい。コラ級12隻の船団の、真後ろである。万一見つかれば10.2cmレールガンが雨あられだ。しかも行き先は、火星系と対立するヒギエア系の海賊基地。ピアッツィ・ベースに
「他所で海賊のお仕事をするんじゃないんですか?今ならエンフォーサーも少ないですよ。」
『それは他の連中の仕事。あたしはほら、囮上等みたいなところあるじゃない?』
嫌なことを聞いてしまった。
『そーいうわけでさ。とろとろ慣性航行だから、あたしけっこう暇なんだよね。』
「これからお仕事なんでしょう?お休みになっては?」
『え?マユルも寝てきてるでしょ?「葉っぱ岩」に着くまで、たったの8時間だよ。』
葉っぱ岩。これから向かうヴァイキングの拠点を、海賊たちはそう呼んでいるらしい。
というか情報をドカドカ渡してくるのをやめて欲しい。この通信記録が後で見られたりしたらどうすれば良いのか。海賊との繋がりを疑われたら、ロクな未来が待っていない。特にゴールファミリーなら、きっと決定的証拠がなくても状況証拠だけで吊るし上げて来る。
……ということをオブラートに包んで伝えたところ、
『そんなの消しちゃえばいいじゃん。』
との答えだった。通信記録を消す、という意味で合ってるよね……?
マユルは乾いた笑い声を上げると、VRゲームのヘッドセットを取り出した。
ファイブスター号は今、前方の保安部船団から2,000kmも離れている。単独航行だ。後ろから撃たれたらどうしようもない。しかもステルスクロークを被っているから、撃たれても気づいてもらえない可能性すらある。救難信号だって、前方には届かないだろう。
そして、この海賊は頭がおかしい。逆らうという選択肢は、最初からなかったのだ。
こうなったらもうどうにでもなーれ。そもそも今マユルは、ヴァイキングと保安部が撃ち合おうという場所へ自分から忍び寄っていくところなのだ。もとよりリスクは承知の上。もし後でバレたら、「間抜けなサルベージャーが火星の海賊の隠れ蓑に使われた」ということにしよう。
『ブラックビアード』のマルチプレイでは、お互いの海賊島が相手側のマップに出現する。4ヶ月ぶりに訪れた海賊の海賊島は、さながらビーチリゾートのバカンス島だった。ビーチには藁や帆布で作ったパラソルが差してあり、部下NPCが錫製のカップにココナッツミルクを注いで持っている。石灰岩で造られた白い屋敷の中にはなんと、プールまである。天窓から日光を取り入れており、敷き詰められた水色のタイルには艶がある。四隅にはハイビスカスやブーゲンビリア、プルメリアといった花々が咲き誇っている。
「ずいぶん……発展したね……。」
『でしょでしょ?いやー、帆船を揚陸で仕留めると船がまるごと手に入るからさ。帆布は余っちゃうし、積荷でトルコタイルも手に入るし。』
「あ、交易で買ったんじゃないんだ。」
『そりゃそうだよ。あたし、海賊だもん。』
しかしマユルの島も随分と発展している。石造りの埠頭が海に向けて長く大きくせり出し、倉庫には樽やら木箱やらがところ狭しと積まれている。島の肥沃な土を使ってバナナや綿花、サトウキビ、コーヒー、それからココナッツなどを栽培しており、マユルの屋敷からは色とりどりの畑が見渡せる。土地が弱らないようにローテーションを組んだり、牛と豚を飼って糞を肥料にしたりと、工夫も色々だ。
『うわっ、奴隷農園でプランテーションしてる。』
「奴隷じゃないです。解放した農民です。ちゃんと賃金も払ってます。」
『交易で買ってるか奪ってるかの違いだけじゃん。』
「そりゃ奪いますよ。このゲームでは私、海賊なんですから。」
奴の話では、これから行く拠点は「どこからともなく」運び込まれる武器弾薬類が一時保管される場所なのだという。
ヒギエア系海賊の補給拠点という色が濃く、逆に戦利品を木星やヒギエアに運び出すこともあるそうだ。
この辺の話はファントム・ダディーの部下の「メガネ」が調べた情報だという。海賊は海賊で、お互いの情報を探っているのだ。
ゲームを遊んだりおしゃべりしたり、食事休憩をしたりして時間を過ごすこと8時間。
「そろそろ始まるかな?じゃあ、あたしは戦闘のドサクサに紛れ込むから。楽しかったよん。じゃあねー。」
もうすぐ着くかというところで、海賊との通信が切られた。
それを聞いたマユルは、減速に移るためにまずステルスクロークを外しにかかった。船外に出したワーカードローンを自分で操縦しての作業だ。これくらいなら十分こなせる。
8時間ぶりに外に出た光学センサーが光を捉えた。
出発時と同じ13個。それから、さらに先から4、5……。岩の表面のあちこちで、小さな光がまたたいている。
撃ち返してきている。無人の対空砲か、それとも不意を突かれた海賊が慌てて撃っているのか。2,000km離れたこの位置からは、光の点にしか見えない。前方の艦隊の光がブレたように動き出す。回避運動に入っているのだろう。やがて、岩の方の光の点が1つずつ消えていく。レールガン24門の火力は、こと固定目標に対しては圧倒的だ。海賊拠点側の光が消えるまで、10分とかからなかった。
保安部から戦闘終了の通信が入ったところで、ファイブスター号も「葉っぱ岩」に速度を合わせていった。裏で待ち伏せていたアステロイド船2隻とアグラの方へは、最後まで1隻も逃げてこなかったという。
葉っぱ岩は、その名の通り平たい岩だった。差し渡し1.3km、厚みは平均150mしかない。輪郭は細長い楕円で、片方の端は尖り、反対の端からは大型アンテナの出っ張りが6mほど突き出している。そこから真ん中に向かって、背骨のようにカーボン壁の施設がある。まるで葉脈のようだ。コラ級の投光器が当たった部分だけが、闇の中に切り抜いたように白く浮かんでいた。
船は1隻も残っていない。人の気配も無い。それでも、もぬけの殻というわけではない。
岩の溝に収めるように、数十ものコンテナがネットで括り付けてある。推進剤のタンク、部品のケース、爆発物マークが付いたコンテナ。その脇に、高さ14mもの大きな整備用の足場が2基立っていた。小型艦用のものだと思うが、あの人型戦闘ポッドもここで整備していたのかもしれない。
ヒギエア海賊の世界では、襲う船と運ぶ船団と拠点とが、まるきり別の組織ということも珍しくない。それでいて、これだけ物の流れが揃っているというのは不思議だった。
施設の付け根には与圧モジュールが半分埋め込まれている。赤外線で見ると、周りの岩と同じ温度まで冷え切っていた。暖房を落としてから何日も経っている。海賊たちは、保安部による襲撃を察知して逃げ出したのだ。情報ダダ漏れである。
「ファイブスター号、現着しました。おーばー。」
『こちら、アグラ号、アーガスです。ようこそお越しくださいました。』
アグラ号はステルスを解除して、今は排熱を行っているようだ。前と違って、光学センサーで全貌を見ることができる。全長42m。円筒形に出っ張りがついたような構造は、さながら地球の潜水艦のようだ。
「逃げられちゃったみたいですけど、大丈夫ですか?」
『「海賊の拠点を潰した」と発表できれば保安部のメンツは立ちます。』
「それで、監査部は?」
『我々の探し物は、……さほど高価なものではありませんので。』
岩肌に降りる前に、ワーカードローンを投入して命綱を2本掛けた。それから、ファイブスター号と葉っぱ岩の間にワイヤーを渡した。この大きさの岩だと、脱出速度は秒速20cmにも届かない。うっかり強く蹴れば、二度と戻ってこられない。
エンフォーサーたちは、すぐには降りてこなかった。コラ級の腹からワーカードローンを何機も出して、施設にゆっくりと降ろしている。
海賊の連中は、船と人は脱出しながらも、自動式の対空砲は残していた。マユルが海賊の立場なら、出ていく前に置き土産を残していく。弾薬箱に起爆スイッチ、キャパシタにスマート爆弾、センサー機雷、はたまた対人用の自動機銃。
だからエンフォーサーは「慎重に」行動しているのだ。露払いを委託のサルベージャーに任せて。
とはいえ確かに、このテのトラップの対応はサルベージャーの方が詳しい。報酬分の仕事はやってやろう。
マユルはEVASを着込んでから、すぐには降りずに右の船倉に乗り移って、ハッチを開放。中から黄色い樹脂ボックスを取り出して、ワイヤー伝いに地表にそっと降ろしてワーカードローンに受け止めさせた。
「
それから一度キャビンに戻ったマユルは、6体の大きなバルーンに船内の空気を充填した。わざわざ気密室内の空気を使うのは熱が欲しいからで、つまり「赤外線視点で明るく見える人型」を作るためだ。
その風船も手を繋ぐように抱えて、ワイヤー伝いに地表に降りた。
『準備は整いましたか?』
「待たせてすみませんね、アーガスさん。まあ、最低限の備えというやつですよ。」
そう言うと、マユルはEVASのアシストも使って、コードを繋いだ風船をそっと投げた。
……反応なし。
続いて、「七つ道具」の箱から小型四脚ドローンを取り出すと、これもコンテナ群の辺りに投げた。頭部にはカメラと、金属探知機が付いている。無重力・気圧ゼロ・マイナス80℃で機能するような起爆装置には、必ずどこかに金属が含まれているのだ。
普段はここまで高価な機材は使わないが、今回は報酬が報酬である。出し惜しみ無しで、自分の安全を確保しつつ最大限の取り分を稼ぎたい。
「視野確保。ここからは並行で進めます。」
マユルはドローンに電脳操作で指示を出しつつ、ワーカードローンの動きをEVASと半同期させ、盾のように先行させながら前に進んだ。基本は、ワイヤーを使った掴まり移動である。ドローンに指示を送りながらヘルメットの右上のミニマップを見つつ周りの景色に気を配るのは非常に神経を使うが、危険度で言えばさっきよりは
「ここまでやっても、『箱の中』までは対策できないんですよね。だから……。」
コンテナ系にトラップを仕掛けるなら、留め金や蓋の部分と相場が決まっている。だから留め金にも取っ手にも触らずに、超音波カッターでコンテナの横腹に窓を切って中を覗いた。生活区画であっただろう与圧モジュールにも、扉ではなく壁に穴を開けて、風船を投下してから入るようにする。
EVASの赤外線の表示も、点けっぱなしにした。冷え切った岩の上だ。電気が通っていれば熱が出る。
ヘルメットの視界の中で、コンテナの1つに緑の枠が付いた。続いて、その荷札に小さな矢印。
『マユル様、そちらは回収をお願いします。』
監査部のアーガスの声は、後ろの
サルベージ権を買って、自分の判断で持ち帰るいつもの仕事とは違う。監査部の委託で、監査部が持ち帰りたいと指定した品を切り出し、船倉に放り込んでいく。もちろん、全部の工程を撮影しながら。
コンテナの荷札欄は、削り取られていた。それでも、貼ってあったコンテナの壁ごと切り取って袋に入れる。
整備場では、高さ14mある柱の根元、床の足留めに緑の枠が付いた。人型の足を固定する金具で、その縁に白い粉がこびりついている。
汚れた雪のような、灰色がかった白。オッカトルのクレーターの真ん中で見た、あの色だった。
『その粉も、500g以上回収をお願いします。』
ヘラで掻き取って袋に入れると、粉は落ちていかずに、袋の口の周りで漂った。
与圧モジュールの中では、机の上のあらゆる物品に緑の枠が付いた。食べかけのジャーキーに酒が入ったボトル、空のケース、それから破損したスーツの一部。電子機器類はすべて持ち去られている。航法装置も、通信機も、カメラもない。ラックの番号札まで外してあった。情報が得られそうな品は残っていない。
『……少ないですね。』
「価値ありそうなものはみんな持ってかれてますね。」
『いえ、それは良いのですが。一つ注目すべきは、施設の規模の割に生活空間が小さいという点です。ベッドの数も、わずか4床と少ない。』
「隠し部屋とか、ありますかね?」
『あるいは、私のようなAIを主体とした運用だったか。』
おそらく後者だ。海賊が使う海賊用の海賊AI。おそらく海賊版。人間に危害を加えるためのAI。ロボット三原則なんてフィクションに過ぎない。
マユルは生活区画を漁りながら、同時にドローン組を中央側の岩場に向かわせていた。先んじて安全確保をするためだ。すると、コンテナの留め金の裏に、ぼんやりと温かい点が1つ見つかった。カメラを向けて、ワーカードローンからライトを当てると、留め金から細い線が1本、コンテナの底へ潜り込んでいる。
マユルはアーガスに通信を入れながら、生活区画を脱け出して岩の影に身を隠した。
「あー。いちおう聞きますけど、爆発物処理班とかって着いてきてます?」
『爆発物は撃って処理すれば良いという方針です。』
「それじゃあ証拠品、吹っ飛んじゃいますよね?契約上の業務内容も『指示された物品の回収』であって、『トラップ類の解除』は含まれていないです。そうですよね?」
『……それでは、こちらで対応しましょう。』
(最初から手伝ってくれれば良いのに。)
口をとがらせたマユルだったが、やがて理由がわかった。エンフォーサーの縄張りを荒らすことになるから、だ。
マユルが安全確認をしたエリアに、保安部のエンフォーサーたちも4人ほど降りてきていた。現場検分だそうだ。いつの間にやら、エンフォーサーの戦闘艦の数も4隻まで減っている。
彼らはアーガスの方を苦々しげに見ているし、マユルが証拠品の数々を袋に入れるときも、見張るような視線を向けてくる。
マユルが弾薬箱をまるごと取り外そうとすると、大柄なエンフォーサーが人差し指を突きつけてきた。
『おい、サルベージャー。証拠を勝手に持ち出すな。』
「これは指示を受けているものです。」マユルはアーガスを呼ぼうとしたが、その前に別のエンフォーサーが割って入った。
『その方の業務は、合同検分に含まれます。』
少し離れたところで対空砲の残骸を調べていたエンフォーサーだった。移動が速い。船外活動のスキルが高い。EVASの胸の表示には、「保安次長 P・パテル」とある。
「回収品は、目録ごと保安部にも共有されます。作業の邪魔はしないように。」
大柄なエンフォーサーはゆっくりと腕を下げた。舌打ちが聞こえたような気がした。
当たりを引いたのは、その近くの岩肌だった。やけに平べったい岩盤、その境目にまっすぐな切れ目が入っている。
「なーんだ、これ?」
アーガスに指示を仰ぐと、ぜひ開封を、とのことだった。
念のために風船と四脚ドローンを連れてきて、安全確認しながらゆっくりと持ち上げてみる。中には円筒形の、ずんぐりした容器が4つあった。
外殻は分厚く、側面には放射能を示す三つ葉の標識が描かれている。銘板によれば、中身は核分裂炉の燃料だった。
「……ガイガーカウンターが反応してる。」
「七つ道具」の1つ、不活性ガスを封入したGM管である。線量は少ないようだが、容器が破れたりしたらどうなるかわからない。岩の中に封入されていたのも頷ける。
アーガスからの指示とともに、4つの容器に緑の枠が付いた。
『マユル様。そちらは、必ずお持ち帰りください。』
アーガスの声音はいつもと少しも変わらない。それでも、何としても持ち帰れと言われたのは分かった。
ウランは、掘った場所ごとに同位体の比と、ごく微量の不純物の混じり方が違う。精製したあとに少しずつ溜まっていく娘核種の量を測れば、最後に精製された日付まで出せるはずだ。
これで、ダイバータ1個分の仕事はできたろう。
容器は1つ300kgあった。放射性物質を自分で運ぶ気にはなれないからワーカードローンに運ばせているが、なかなか骨が折れる。この岩の上に重力なんてほぼ無いが、それでも動かし始めれば慣性が300kgぶん発生する。結局、ワイヤーで1つずつ船倉まで引いていった。
しかし奇妙だ。
この容器、蓋の継ぎ目に貼られた封印のシールが、同じ場所に4枚重なっている。剥がしては貼り直した接着剤の跡が、層になって残っていた。蓋を留めるボルトの頭にも、工具の傷が何周ぶんも付いている。誰かが何度も開けて、閉め直したのだ。
「これで残るは……おっと。」
アーガスから移動指示が届いた。岩場に矢印が表示された先には、エンフォーサーたちが集まっている。
アンテナ側のコンテナから、巨大な銃のような形をした部品が見つかったらしい。
『今頃気づいたのかい?監査部とお仲間さん。安心しな、目録とデータは共有してやる。こっちで調査した後でな。』
そう勝ち誇ったように言っているのは、さきほどの大柄なエンフォーサーだ。
見つかった「銃」は長さ7mほどの長大なもの。引き金にあたる部分は無く、太い接続口が付いている。銃口には樹脂の封が被せてあって、中は見えない。銘板には「BEB-04」とだけあった。
砲のような形状だが、「持ち手」がある。砲の反動を考えるとあまり合理的な設計とは言えなさそうだが……?
レールガンの砲塔は船から生やすような形をしているが、これは反動を船体で受け止めるためだ。電磁加速だから装薬砲よりは単位時間あたりの反動はだいぶマシだが、それでも反動はある。この「銃」の形で船に搭載すると、反動で船体に回転がかかってしまいそうだ。奇妙な設計だ。
緑の枠が付いているが、エンフォーサー側のワーカードローンに抱えられてしまっている。
「なんだあれ。見たことない……。アーガスさん。アレ、必要なんですか?」
『我々が必要というより、保安部側に材料を与えたくないという意味で回収したいです。それに、できれば供給元を知りたいですね。』
それってどういう意味…?
アーガスと話している間にもエンフォーサーの作業は進んでしまっている。コラ級の1隻からワイヤーを垂らして固定し、ドローンで引っ張り上げるつもりのようだ。コラ級に船倉はないから、側面に巻き付けて固定することになるだろう。そこまでするならファイブスター号に預けてくれれば良いのに。
なんとかこっちに引き取れないか交渉してみるも、大柄なエンフォーサーは態度が大きく、取り付く島もない。そうこうしているうちに、更なるトラブルがやって来た。
『それ、ちょーだい?』
ヘルメットの中で、あの声がした。短距離通信?暗号化なしのオープン回線!?
ヘルメット上で表示している3DPPIに赤い印が1つ。距離90km、何も無かったところへいきなり湧いた。それがとんでもない速さで、葉っぱ岩へまっすぐ突っ込んでくる。ファイブスター号の光学センサーに繋いで望遠すると、小さな光点が見えた。ステルス艦?いや、小さい。それに、あの光は見たことがある。赤外線の映像に切り替えると、細長い光源が翼のように開いていた。あれは……
『未確認機、接近!』
『ガルダ9、ガルダ11、迎撃!』
保安部の回線が一斉に騒がしくなった。戦闘が終わってもう3時間、油断していたのか、対応が遅い。それに、この場に残っている戦闘艦は4隻だけだ。
レールガン、それにミサイルが光点に向けて発射される。動体視力が弱いファイブスター号では弾は見えない。見えるのは、砲口の先で一瞬だけ光るプラズマと、3DPPIの上を伸びていく弾道の予測線だけだ。黒い機体は右へ、上へ、斜め下へと、人間が乗っているとは思えない速さで加速の向きを切り返して、ほとんどの線をいなしていく。
それでも機体へ届きそうな線が、何本かあった。が、機体の手前でぷつりと途切れる。……ミサイルやスマート弾頭を迎撃している?この相対速度で!
葉っぱ岩の手前で、機体が急制動をかけた。推進機の噴射が岩肌を撫でて、細かい砂が放物線も描かずに、まっすぐ宇宙へ散っていく。
高熱の噴射だ。EVASで浴びたらひとたまりもない。岩陰に隠れていたマユルは、慌ててさらに距離を取ろうとして、命綱がピンと張った。これ以上逃げるには、このロープを切らないといけない。
『各員散開!撃ち方やめ!
パテル保安次長の声だった。
エンフォーサーの砲が沈黙した頃には、黒い人型はもう目の前にいた。
全高12mの人型は、岩盤の上に「足」から降りた。背中には、機体の背丈ほどもあるブレードを提げたままだった。
黒い機体はあの「銃」のすぐ横まで来ると、まだ残っていたワーカードローンをマニピュレーターの「指」でちょんと弾き、岩に固定されたワイヤーを糸のように引きちぎった。それから、「銃」、BEB-04を両手で抱え上げた。
『コレ、あたしの取り分ってことで。それじゃあね、ツァイジェン。』
機体はゆっくりとコンテナを蹴って反対側に跳び、そこからさらに2回、岩盤を蹴るようにして細かく方向を変えて、それから「足」から噴射をして離脱していった。
ぐんぐん増速していく。赤い印は3DPPIの上を、あっという間に横切っていく。
『ガルダ1より各艦、追跡に移る。ジョードプル、給電を頼む!アグラ……いや、ファイブスター号。すまないが、残っているメンバーの回収を頼んだ。』
そう言って、エンフォーサーの戦闘艦たちもあの海賊の後を追っていった。
核融合炉を持たないコラ級でも母艦から電気を送ってもらえば、追いかけられる距離はぐんと伸びる。核分裂炉の加速力は凄まじいが、息切れも早い。いずれはエンフォーサーが追いつくはず……。
しかし、その先の何も無かった空間に、もう1つ印が浮かんだ。全長32mほどの船影。船尾にスラスターを4基並べた、中型のレイダー船だ。黒い機体と速度を合わせるために、スラスターを点火したのだろう。それで見えるようになった。
やがて黒い機体がその腹へ収まると、レイダー船は猛然と加速を始めた。凄まじい熱量。核融合炉だ。これで航続距離は、エンフォーサーの母艦をも上回ることになる。
コラ級との距離は見る間に開いていった。20分後、ジョードプルから追跡中止の命令が出た。
エンフォーサーの艦が行ってしまったので、取り残されたエンフォーサーたちはファイブスター号のキャビンに同乗してもらうことになる。シートは4つあるから、足りている。
さっきの大柄なエンフォーサーは、打って変わって意気消沈した様子だった。
「さっきはすまなかったな、サルベージャー。俺は、今回の捜査の情報がアンタから漏れたんじゃないかって疑っていたんだ。」
「ああー。えっと、まあ、誤解が解けたようで何よりです?」 エンフォーサーは頭を下げてきた。
どーりで当たりがキツかったわけだ。最初、ヒギエア海賊が船ごと逃げていたことで、彼はマユルからヒギエア海賊に情報が流れたのではと疑った。だがその後、ヒギエア海賊のみならず火星の海賊までも介入してきたことで、情報の漏れがもっと上のレイヤーで起きているのだと悟ったのだろう。
対して、通信に出るアーガスの声は、やはりいつもと変わらなかった。
『お疲れ様でした。トラブルはありましたが、現時刻をもってサルベージ業務は完遂とします。』
「結局BEB-04は回収できませんでしたけど、よろしいので?」
『問題ありません。保安部側の手から離れたのであれば、大勢に影響はないでしょう。』
Nゲートのエレベーターを降りると、ラージュが待っていた。
「いつもながら完璧な仕事でした。特に、燃料缶4点の回収。これは大きいですよ。」
「ありがとうございます。」
「お約束の品は、ファイブスター号に入れておきました。伝票の上では、中古のタングステン遮蔽板ということになっています。」
「1点だけ回収できなかったのが心残りですけどね。まさか火星の海賊が来るなんて、思ってもみませんでした。」
ラージュの作り笑いが、ほんの少しだけ薄くなった。
「マユルさん。これは善意で申し上げるのですが……。」
「?」
「対面では、下手な嘘はやめておいた方が良い。黙っていたほうがマシです。特に、私のような手合いを相手にするときは。」
げげっ。アイツと知り合いなのを誤魔化そうとしたのだが、逆効果だったようだ。
ラージュは「気づかなかったことにしておきます。」と言うと、立ち去っていった。
船倉には、木箱が1つ増えていた。証拠品の回収をする際に、ついでに入れたようだ。
蓋を開けると、弧を描いた部品が緩衝材にくるまれて、何枚も重ねてあった。鈍い銀色をしたタングステンの小さな角柱が、銅の冷却管に串刺しにされて、瓦のように隙間なく並んでいる。
これを全部組み合わせると、核融合炉の底をぐるりと一周する輪になる。ここに、燃えかすの粒子と熱が叩きつけられるのだ。
1枚持ち上げてみると、大きさのわりにずしりと重かった。