ソイジャーキーをかじりながら、マユルはプルメリアのサマリーレポートに目を通していた。
お題は、逃げたヒギエア海賊の追跡状況。保安部が行き先を絞り込んでいるなら、2度目の報復があるかもしれない。うまくいけば、また監査部から声がかかる。そうでなくても、撃ち合いの跡にはスクラップが残る。
ところがレポートに並んでいるのは、追跡の話よりも保安部の悪口のほうだった。
『保安部の大捕物、まさかの
〈功を焦った保安部が第四艦隊を出し抜き、単独で踏み込んだ末の大失態である。海賊には船ごと逃げられ、挙げ句に火星の海賊の接近にも気づかず、重要な証拠品をさらわれる始末。「足並みを揃えていれば、こんな赤っ恥はかかずに済んだ」とポロスのさる士官も呆れ顔だ。現場には監査部が雇った民間のサルベージ船の姿もあったといい、本社のお目付け役付きの“晴れ舞台”は散々な結果に終わった〉
『同じ筋書きの記事が、今朝だけで6本です。タブロイド紙の「ピアッツィ・ナウ」に、個人のニュースブログが3つ、配信者が2人。細部は異なりますが、大筋は一致します。』
(人工的にトレンドを作るために、一斉にネタをバラ撒いたわけね。)
「ポロスのさる士官」が登場しているから、ネタ元は第四艦隊。ポロスは第四艦隊の本拠地だ。
ファイブスター号の船名が載っていないのが、せめてもの救いだった。
接近に気づかなかった理由なら知っている。私と相合傘に入ってたからです。……とは口が裂けても言えない。
「どう?」
カウンターの向こうで、マニシャが小首をかしげた。
「ブラックペッパーを少し多めにしてみたんだけど。」
「おいしいです。ちょうどいい辛さです。」
「そう。」
いつもの「そう。」より、語尾がわずかに上がっていた。今まで炭酸水しか頼まなかった客に、ようやく酒場らしい皿を出せたのが嬉しいようだ。燻したソイジャーキーは指の長さに切りそろえてあり、陶器の小皿には楊枝まで添えてある。
この1週間、ピアッツィ・ナウは保安部寄りの「ケレス・エクスプレス」と殴り合いを続けている。最初にピアッツィ・ナウが保安部の失態を書き立てると、翌日にはケレス・エクスプレスが
『「巣を叩いてくれて、ありがとう」 ドーン採掘基地の生存者、涙の感謝』
〈あの襲撃で同僚3人を失った採掘基地の作業員(41)は、本紙の取材に「誰でもいい。あの連中の巣を叩いてくれた人に、礼を言いたい」と声を詰まらせた。……(中略)……海賊拠点を突き止め、早期に摘発に及んだのは保安部である。情報筋によると、押収した証拠品から既に泳がせた海賊たちの追跡も進んでおり、逃亡した先へと芋づる式に検挙が進む見込みだという。〉
火星海賊に逃げられた話は、1行も無い。
(新聞で殴り合ってるよ……。)
『その次は、ピアッツィ・ナウの番でした。例によって、ニュース系のインフルエンサーが盛んに拡散に動いています。』
『保安部の“大捕物”のツケは誰が払う!? 手薄の木星航路で大型輸送船が丸裸に』
〈保安部がエンフォーサーをかき集めていたまさにその日、木星航路ではローランド・ロジスティクス社の大型輸送船エルメヒティグング号が襲われていた。同社広報は「保安部の大捕物の見物料を払わされたようなものだ」と怒り心頭。保険を引き受けたバークラリアンツ社も連名で抗議し、治安維持義務の重大な
ピアッツィ・ベースに帰った後で知ったのだが、あの海賊拠点襲撃が終わった2時間後に、海賊によって大型輸送船が破壊される事件があったらしい。ファイブスター号はピアッツィと通信していないから知らなかったが、恐らく保安部と監査部は救難信号が出た時点で知っていたのだろう。コラ級たちの帰路がやけに速かったのは気のせいではなかったのだ。
思えば、あのクマ海賊が最後の最後で襲ってきたせいで、エンフォーサーの母艦は海賊拠点の側に取って返して、数十分ほど追跡劇を繰り広げていたのだった。宇宙では距離だけでなく速度のベクトルも重要で、一度逆方向に進んでしまったためにピアッツィ付近や木星航路への移動が遅くなったのは想像に難くない。
保安部は報道を抑え込もうとしたようだがRSD本社は庇わず、訴訟が提起されたことで一気に報道が広がってしまっていた。
『ポロスに漂う「薬」の臭い!? 地上の基地も守れぬ“お留守番艦隊”の不都合な真実』
〈事情通によれば、第四艦隊の艦内で違法薬物が出回っているという。艦隊内の取り締まりは保安部ではなく第四艦隊の憲兵隊の領分だが、過去6ヶ月で摘発事案が公表されたことはない。スキャンダルを隠蔽しているにせよ、麻薬対策ができていないにせよ、身内の薬すら止められない艦隊に、海賊退治の講釈を垂れる資格があるのか。そもそも地上施設の防衛は第四艦隊の本来の任務である。ドーン採掘基地を守れなかった責任を、他人に押し付けている場合ではない〉
もう記事の文面が中立性をかなぐり捨てているというか、保安部の恨み節をそのまま流している感じだ。もっともこの疑惑は、根も葉もない話ではない。先月B6で探知犬に吠えられた「客」も、第四艦隊の清掃にいた男だった。
(……これ、いつ終わるの?)
『双方とも、相手の弱みはまだ手元に残しているようです。』
(終わらないってことね。)
かくしてRSDケレス支社の上のほうでは、不毛な泥仕合が日に日に激しさを増していた。
たとえば、エルメヒティグング号の襲撃事件で補償問題が出た際、RSD本社がケレス支社を突き放すような態度を取った件。一見すると本社の開拓部直轄である第四艦隊が手を回したように見えるが、本社の法務部と関係が深いのは内部管理部門の一角である監査部である。
また、「火星の海賊をみすみす逃した」のはその場にいた
保安部と第四艦隊の殴り合いの裏で、監査部もコソコソとネタを流しているのかもしれない。
このとばっちりはサルベージャーにも来ていた。エルメヒティグング号が襲われてから、もう1週間になる。いつもなら大きな襲撃のあとは、数時間でサルベージ権がマーケットに並び始めるものだ。それが今回は、第四艦隊と保安部が現場の検分をめぐって揉めていた。おかげでスクラップは、いつまでも押収されたままになっている。保険会社の査定人まで割り込んでいるという。
ダイバータを受け取ってから1週間。マユルが船を出さずに待機しているのは、そのせいだ。
エンフォーサーが葉っぱ岩に出払っている間、ケレスの周りでは小口の襲撃が相次いだ。差し当たりマユルが狙っているのは、そのスクラップだ。サルベージャーらしい、ハゲタカの仕草である。
できれば、核融合炉を積んだスクラップがいい。
ダイバータの置き場所に困っているのだ。なまじ新品でぴかぴかなぶん、売値は相当なものになる。ビーコンとカメラしか無いリグオフのヤードに置けば、盗んでくれと言っているようなものだ。そのヤードも、月2,400ドルを払い続ける理由がもう無いので、今月いっぱいで解約する。
結局今は、ファイブスター号の左の船倉に積みっぱなしになっている。箱含め1.5トンまるまる、核融合炉ができるまではただのデッドウェイトだ。推進剤と電気を余計に食う。
PGSと競合することは、今回は無いはずだ。あそこはエルメヒティグング号に飛びつくだろう。
この舌を噛みそうな名前の輸送船はガニメデ船籍のもので、全長280mもある。ローランド・ロジスティクスの木星航路の主力だ。ガニメデの機械部品とイオの硫黄、それに液体ヘリウムのタンクを満載して、3ヶ月がかりでケレスへ向かっていた。
木星の大気からヘリウム3を1kg取り出すと、ただのヘリウムが8トンも出る。燃料にはならないが、核融合炉の超伝導磁石を冷やすのに使える。
襲撃があったのは、ケレスまで42万kmのところだ。海賊はまず放熱板を撃ち抜いた。熱を捨てられなければ、核融合炉の出力は上げられない。そうして足を止めておいて、戦闘ポッドで乗り付けて高値の付くコンテナから順に抜いていった。
もったいない話だが、液体ヘリウムの方はもう失われてしまっている。クーラーを失ってマイナス269℃を保てなくなったヘリウムは、タンクの安全弁から少しずつ宇宙へ放出される。こういう船を狙うのは、宝物より通商破壊が目当ての海賊、つまりは「私掠船」が多い。黒い人型機の海賊が囮を買って出たことから考えても、下手人は太火聯盟系の海賊、ファントム・ダディーのグループと見て間違いなかろう。
船倉には、海賊が持っていかなかった硫黄がまだ何千トンも残っているという。とはいえ42万kmは、核融合炉を持たない船では往復できない距離だ。こっちにも核融合炉があれば、手を出せるのだが……。
核融合炉が載っているようなスクラップは高い。5万から10万ドル、ものによってはそれ以上する。今の口座では少々心もとない。
そういうわけで、ヴァイキングの拠点での話をマニシャに売ることにしたのだ。
監査部から口止めはされていない。委託契約の秘密保持条項で縛られているのは、見つけた物と証拠品の中身だけだ。エンフォーサーとのやり取りや彼らの様子、火星の海賊の話なら、条項には触れない。
リーク合戦がここまで来ると、何が漏れてもおかしくない。拠点急襲の日、マユルはケレスにいなかった。監査部と話していたことも含めて、ファミリーはもう知っているかもしれない。それなら黙っているより、自分から話して情報料をもらったほうがいい。
「監査部の委託で、ヴァイキングの拠点まで行ってきました。」
そう切り出した途端、マニシャの顔から微笑みが消えた。プルメリアにまとめさせた報告書を渡すと、一瞬、ひどく冷たい目で見られた気がした。
報告書に入れなかった情報もある。海賊との相合傘の件と発言録。火星の海賊が持っていった「証拠品」の外見。そして、膨大な残置物の中から監査部が何に興味を示したか。
下手な嘘をつくより、黙っていたほうがマシ。ラージュの忠告どおりにしているのが、少し癪だった。
「それで、あなたは報酬に何をもらった?」
「えっと……」
『秘密保持義務に含まれます。』
「すみません。NDAです。」
「そう。」
マニシャはしばし沈黙し、何か考えている様子だった。
「……そういうこと?」
「えっと……どういうことでしょう?」
マニシャは新しい炭酸水のグラスをカウンターに置いた。
「そうね……。お人形さんの話の対価としてなら、きっと良いでしょう。
お釣りなら13。でも、今度はウチの商品にした方が良いと思う。」
現金で13,000ドル。でなければ、同じ値打ちの情報。
マニシャはいつになくマジメな様子だ。何か、マユルが知っておくべき情報がある?それに、近いうちにマーケットに出るスクラップを選ぶ材料にもなるかもしれない。
「……商品で、お願いします。」
マニシャは頷くと、カウンターの下からデータカードを1枚出して、伏せた。
「エンフォーサーの内部mtgの録音データと、保安部長さんの発言録。それと、背景情報の解説レポート。リーク合戦のおかげでこの手の情報の仕入れが楽になっててね。」
泥仕合のおこぼれ、というわけだ。
「読む前に、少し講釈しようか。」
マニシャが手を一振りすると、カウンターの上にRSDとケレス支社の組織図が表示された。
「保安部と財務部は、昔からべったり。どっちもケレス支社の得を第一に考えて、その次に自分の椅子を大事にする。」
「次に、ですか。」
「順番は、ときどき入れ替わるかも。」
保安部と財務部のマスが青色に塗られた。
「保安部と第四艦隊はね、もともと仲は悪くなかった。どっちの味方でもない、ちょうどいい距離。サンダー部長はそのあたりが上手だったよ。マーズ・アタックの後始末も、手柄を分け合ってうまくやってた。」
「今は新聞で殴り合ってますけど。」
「そう、だから異常なわけ。地球からネズミが来てから、どうにもうまくいかなくなってる。」
第四艦隊のマスが、灰色から赤色に変わった。隣のRSD本社が赤くチカチカと光ると、マーケティング・戦略主導部、法務部、監査部、そして戦略投資部のマスが赤く染まっている。さらに、監査部のマスからRSDケレス支社まで、真っ赤な矢印が伸びた。
「それから、保安部の中にもひびが入った。RSD本社と仲良くなって、出世したいってエンフォーサーが出てきている。」
真っ赤な矢印を受けた保安部のマスの中に、赤いピンが立つ。
ヴァイキングの拠点で他のエンフォーサーたちから少し離れて立っていた、パテル保安次長の姿が目に浮かんだ。
「でもって、保安部が本社と距離を置いてる理由。マーズ・アタックがあったのに、本社は火星との縁を切らなかったでしょう。ポロスに核まで落とされたのに。保安部から見れば、弱腰で、ケレス軽視ってわけ。」
RSD組織図の斜め上に、「太火聯盟」「天地会」「ファントム・ダディー」「14K火」といった文字が並んだ。「太火聯盟」からケレス支社に黒い矢印が伸びる。キャプションは、「マーズ・アタック」。「14K火」からは本社の開拓部の下にある「第四艦隊」に向けて黒い矢印が伸び、キャプションは「
なお、「太火聯盟」の中の3社から「天地会」に白い矢印が伸びており、「天地会」からは「太火聯盟」に黒い矢印が伸びている。「太火聯盟」「天地会」の両方から「ファントム・ダディー」に白い矢印が飛んでいて、「ファントム・ダディー」からは「RSDケレス支社」に黒い矢印が伸び、「ゴールドクレスト号、エルメヒティグング号襲撃」と書かれている。見ていて頭が痛くなりそうだ。
(超ややこしいんだけど。)とプルメリアに愚痴ると、
『後ほど整理の時間を取りましょうか。』との答えが返ってきた。
「まあ、この辺はそこのデータにも入れてあるから、見てみて頂戴。」とのマニシャの声に従ってデータカードの中身を開いてみると、 確かにそれらしい
「さて本題。そのデータの中に、『サンダー・クマール』ってフォルダがあるでしょう?その中の、プライベートタグが振ってあるやつを見てみて?」
会議の議事録抜粋が4ファイル。サンダー保安部長の発言だけを抜き出したもののようだ。
「ティエンティーの押収量が増えた月は、木星への転出届も増えている。火星の狙いは、麻薬の利益ではない。ケレスの人口そのものだ」
「若い連中は、木星へ行けば安全だと思っている。だが向こうでは、地上の基地が撃たれるなど日常茶飯事だ。イオでは硫黄の鉱区を巡って、26ヶ月も撃ち合っていた。ケレスの地表で撃ち合いなど、まず起きない」
「マーズ・アタックは終わっていない。火星は艦隊の代わりに、薬と海賊を送り込んでいるだけだ。人が減って守りが薄くなれば、次は本当に艦隊が来る」
どこかで聞いたような論旨だ。それも、つい最近。
(プルメリア。これ、ケシャヴ・ゴールが言ってたやつだよね。)
『はい。ゴール氏のフードコートでの演説と、論点が重なります。』
(日付は?)
『保安部長の発言は8ヶ月前の会議です。ゴール氏の演説は先月でした。』
ゴールファミリーのボスと保安部長が、同じ台本でアジっている。
カウンターの上の組織図、RSDケレス支社の下に、「ゴールファミリー」が書き込まれた。色は、真っ青。
「つまりね?構図としてはこうなんだ。」
組織図全体が薄くなり、青く塗られた「財務部」、「保安部」、「ゴールファミリー」。それから赤みがかった「第四艦隊」と、真っ赤な「監査部」だけが色濃く、上に浮き上がった。目の錯覚を利用した疑似3D投影だ。
反火星・ケレス独自路線でまとまる「財務部」、「保安部」、「ゴールファミリー」の間は青い矢印で結ばれており、さらに「第四艦隊」と「保安部」も青い矢印で結ばれた。そこへ、地球本社の「監査部」から赤い矢印が伸びていく。「第四艦隊」と「保安部」の間の線は千切れて薄い点線になる。キャプションは「メディアリーク」。さらに、「保安部」と「ゴールファミリー」の間の線も薄くなった。ここに伸びる赤い矢印に、マニシャは1本のピンを突き立てた。
照明を反射してギラリと光ったピン。いや、カクテルピックだ。このピンだけは物理的に存在する。
その先端に、マユルの顔が映った。
「……私?」
マニシャは何も答えない。13,000ドルの情報とは思えないから、この警告は推測の域であり、サービスなのだろう。
去年までは、保安部と財務部とゴールファミリーの3者で、ケレスはうまく回っていた。いわゆる鉄のトライアングルだ。第四艦隊はマーズ・アタックで矢面に立ち、ポロスを核で半壊させられている。火星嫌いの3者とは、仲良くやれていたはずだ。
そこへ現れたのが監査部のネズミたちだ。おそらく
火星海賊の拠点をサルベージするときに、PGSとマユルに依頼を出したのもその一環だろう。保安部は、追い詰められている。あの大柄なエンフォーサーが突っかかってきたのも、そのせいだろう。
そして先月。ヒギエアの海賊がドーン採掘基地を蹴っ飛ばしたせいで、保安部と第四艦隊の関係にひびが入った。監査部はメディアを通じ、対立を煽り立てている。
……だが。カクテルピックが刺さっていたのは、「ゴールファミリーとの関係」の方に向かう矢印だ。
マユルが監査部の依頼を受けたことで、ゴールファミリーと保安部の関係が悪化した……?マニシャはそう考えている?
「だから、地球から来たアイツらには気をつけなさい。」
マニシャはカクテルピックを右手で持つと、軽く振って見せた。
「気づかないまま利用されるほど、みじめなことはないから。」
「……はい。」
翌日。
マユルはファイブスター号のキャビンで、抵抗運動機器のハーネスを締めていた。真空シリンダーの負荷を一段上げて、腕を引いた。キャビンが広くなったおかげで、両腕を伸ばしきっても壁を叩かずに済むようになった。
『マスター。マーケットが更新されました。7件です。』
ハーネスを外すのももどかしく、コンソールへ床を蹴った。
1件目は、エルメヒティグング号だった。
『スクラップ2162T11A
マユルの口座残高とは桁が違う。PGS専用の物件だ。
2件目から5件目は、スノードーム航路近辺の小型船。近くて安い。海賊襲撃後だから大したパーツは残っていないと思うが、それでもSゲートの小型船乗りたちが秒で買っていく。10人ほどいるから売り切れるだろう。マユルが全体を見ている間にも、1件、また1件と「売約済」に変わっていった。
7件目は、武器付きの海賊船。核融合炉のない小型船で、5件目のパーツを剥ぎ取っている最中に帰ってきたエンフォーサーに見つかって轢き潰された間抜けの船だ。
マユルが目を付けたのは6件目の船だった。
『スクラップ2162T16A
『船名はドイツ語で「伝書鳩」という意味です。』
ローランド・ロジスティクス社の小型輸送船。プルメリアのサマリーによれば、エルメヒティグング号から急ぎの荷を受け取った帰りに襲撃を受けたらしい。被弾は右舷に1発。乗員2名は救命艇で脱出。
大型輸送船ともなると、背中や腹部に小型船が丸ごと降りられる甲板がある。急ぎの荷だけは、本船の到着を待たずに先に受け取りに行くわけだ。
2万9千kmというと、スノードームへのレーザー給電の線から大きく外れる。小型船の電池では、行って、作業して、帰ってくるのはきつい。だからこの値段なのだ。購入ボタンを押した。
出航は、その日の午後にした。
エレベーターには、顔見知りのサルベージャーが2人乗り合わせていた。行き先は2人ともSゲートだ。
「スノードーム航路の連絡艇、取れたぜ。4万kmだ。」
「俺は採掘艇。近いけど、ドリルが残ってりゃな。」
マーケットが開いて5秒で押したのだと、ひょろ長い男が自慢していた。
エレベーターが止まった。Nゲートの階だ。
2人はエスカレーターのハンドルを握りに行った。1分ほど引っ張られていけば、Sゲートに着く。中型船にするまでは、マユルも毎回そうしてきた。
マユルはエレベーターを降りたところで、反対側の通路へ曲がった。
「おい、マユル。そっちじゃねえぞ。」
「あ、いえ。船、こっちなんで。」
2人の視線が、Nゲートの案内表示とマユルの顔を行き来した。
「……中型船にしたって噂、マジだったのか。」
ひょろ長い男が口笛を吹いた。
「どこからそんな金が湧いてくるんだかな。」
「スクラップの寄せ集めですよ。サンコイチのときと同じです。」
「嘘こけ。依頼の報酬ってウワサだぜ?……謙遜も、度が過ぎると嫌味だ。」
「それは違……あっ。」
髭面の男は鼻を鳴らすと、背を向けた。
「あ、ああー。なるほど。そういうことだったのね。……あちゃー。」
2人が去った後、マユルはそう言って、頭を抱えてうずくまった。
Nゲートの駐機場に並んでいるのは、Sゲートとはまるで違う船たちだ。
ただ大きさがデカいだけじゃない。社名ではなくロゴが入った船が多いし、塗装も洗練されている。CIWSのような武装を備えた船だってちらほらある。
ヴィクラム軌道建設の作業船。掘削ヘッドの輪を船首に付けた、どこかの採掘会社の中型船。奥の1隻は、扇子を畳んだような放熱板を背負っていた。核融合炉持ちだ。船の周りを行き来する整備員のEVASまで、会社ごとに色が揃っている。
その列の端に、色の違う板を継ぎはぎした26mの船があった。
慣性航行で一眠りしてから、減速に入る。
「核融合炉はないけど、ここでできるだけ現金を稼いでおかないとね。」
ブリーフタウベ号はゆっくりと回りながら漂っていた。3分ちょっとで1回転。
全長16m。残念ながら壁材は軽量タイプではなく通常のカーボン壁「タンツェリン」タイプ。細い胴体の両脇に、四角いコンテナベイを1つずつ抱えている。両脇に荷物を抱えて走る配達員のような形だ。ベイは空っぽで、コンテナを留めるラッチだけが口を開けていた。
回転する船に横から近づけば、船体の端に殴られてしまう。回転軸の上だけは、ほとんど動かない。マユルはファイブスター号を軸の延長線上へ回り込ませて、表示された軸上の壁面にワーカードローンを取り付かせ、ワイヤーを張ってからEVASで乗り移った。
ハッチの脇に、手紙をくわえた鳩のようなロゴステッカーが貼ってあった。
コンソールは筐体ごと消えていた。切り口が滑らかで、迷いがない。スラスターも、架台のボルトを外して持っていかれている。
腹の下には、大型船の甲板に降りるための磁気クランプが4基残っていた。切り出して持って帰れば多少の収入にはなるだろう。
右舷の横っ腹に、直径8cmほどの穴が開いていた。中を覗くと、内壁が裏から花びらのようにめくれていた。レールガンの弾は斜め上へ抜けて、船の上部にあるバッテリー区画を串刺しにしていた。
船体の中央にあるライフサポートは無傷だった。二酸化炭素の吸着装置に、
バッテリー区画の蓋を開けると、セルが4段に並んでいた。全部で96本。着弾の衝撃に沿って、割れたセルと膨らんだセルが斜めに一列になっていた。
全固体のリチウム硫黄電池は、液漏れも発火もしにくい。それでも中で短絡したセルは熱を持つことがあるから、まずは赤外線表示で確認した。
続いて、テスターの端子を当てて、1本ずつ電圧と内部抵抗を測っていく。割れたもの、膨らんだものは論外。残りは内部抵抗の低い順に、緑、黄、赤のタグを貼り分けていった。ガラクタ市場の再生セル屋は容量で選り分けて組み直す。最初から揃えて持ち込めば、その手間のぶん高く買ってくれるのだ。
96本のうち、使えるのは61本だった。
「吸着剤は、まだ半分くらい残ってるな。ポンプは異音なし。電気分解のほうは、電極を替えりゃ新品同様だ。」
黄色と黒のトラ板の奥で、シャオがサングラス越しに品物を眺め回していた。
「全部で9,600。」
「えっ。」
見込みより1割は高い。
「なんで?いつもなら、もっと叩くでしょ。」
「人聞きの悪いこと言うな。再来週、ヒギエアの船団が来るんだよ。SSCお抱えの『アンスーズエオー』だ。」
ヒギエアの統治企業、SSCの輸送船団である。
「エルメなんちゃら号が降ろすはずだった木星の荷を、アンスーズエオーがケレスで買い付ける段取りだったんだと。それが海賊に持ってかれた。船倉を空っぽで帰すわけにもいかねえから、中古でも何でも買い漁る。ライフサポートなんざ、どこの船でも要るからな。」
その足で、リグオフに寄って磁気クランプを売った。4基で3,200ドルになったので、合わせて12,800ドル。権利が3,400ドルだったから、9,400ドルの儲けになる。
ついでに、ヤードの支払いも済ませた。
「今月分までで締めとく。それと、これ持ってけ。」
店主がカウンターの下をごそごそと探して、やがて箱が1つ出てきた。「ソーダダソーダ」。家庭用の炭酸水メーカーだ。二酸化炭素のカートリッジが2本付いている。
「……えっ、なんですか、これ。」
「完成祝いだ。うちのヤードから中型船が出てくのは、久しぶりだからな。」
「……ありがとうございます。」
「次は核融合炉だろ。」
「……まだ、炉の本体も無いんですけど。」
「本体より先に、周りを揃えとけ。放熱板は中古で十分だ。マーズ・アタックで置いてかれた火星の船から外したのが、うちに3枚ある。それと、ヘリウムだ。輸送船をやられたから液体ヘリウムはこれから値が上がるし、それに冷却タンクも必要だ。」
「……セールスですか。」
「商売だからな。」
言うだけ言って、店主はまた在庫の一覧に向き直った。
その晩、マユルはファイブスター号のキャビンで、さっそく1杯作ってみた。
ボトルの底から、細かい泡が湧いてくる。ケレスの重力は地球の35分の1ほどしかないから、泡を押し上げる浮力も同じだけ弱い。泡はなかなか上がってこず、水の中に雪のように散らばったまま、ゆっくりと昇っていった。
口に含むと、舌の上で弾けた。アイシュワリヤの炭酸水より、ずっと安い味がした。