除外半径のすぐ外側に、光の点が並んでいた。
ファイブスター号の光学センサーを空へ向けて倍率を上げると、点の1つ1つが船の形になった。箱を何段も積み上げたような大型輸送船が11隻。その外側を、細身の護衛艦が6隻で囲んでいた。どの船腹にも、2つのルーン文字を1つに組み合わせた社章が描かれていた。ヒギエアからやって来た輸送船団、SSCの「アンスーズエオー」だ。
Eゲートの外周に横付けできる大型船は4隻まで。残りの7隻は除外半径の外で順番を待ちながら、小型の輸送船に荷を運ばせていた。Nゲートの管制も、朝から出航の枠を3分刻みに詰めていた。
『B1のトレーダー・ストリートも、朝からこの調子です。』
プルメリアが、ライブカメラの映像を視界の隅に開いた。通路の天井いっぱいに相場の表示が流れていて、天然石模様の床を埋め尽くすように
ソル・ニュースのピアッツィ版は、別の話を伝えていた。
『RSDケレス、ヒギエア方面へ艦隊派遣 ドーン採掘基地襲撃の容疑者を追う』
〈RSDケレス支社保安部は、母艦ジョードプルとコラ級戦闘艦4隻に、民間の契約艦4隻を加えた艦隊をヒギエア方面へ派遣したと発表した。艦隊はきのう未明にピアッツィ・ベースを出港した。先月のドーン採掘基地襲撃事件の容疑者の拘束を目指す。保安部は「容疑者の所在について有力な情報を得ており、ヒギエア当局と協力して検挙を進める」としている〉
『傭兵艦の船籍は、4隻ともヒギエア圏です。』
「わざわざあっちの傭兵を雇ったんだ。アンスーズエオーの護衛をやってた連中かな。」
保安部長の「地の果てまで」という言葉は、本気だったらしい。SSCの護衛艦がピアッツィ・ベースの上にいる間は、ケレスの周りの海賊もおとなしくしているはずだ。その間に失地回復を狙うということだろう。
『マニシャ氏から頂いた組織図をアップデートしました。』
視線の先、テーブルの上に広がるように、箱や矢印が複雑に結び付いた組織図が表示された。右の端に箱が増えている。「SSC」。その隣に「ヴァイキング」。ヴァイキングの箱の中に「クルゼイロ一家」、その横に「人型戦闘ポッド」。
『ドーン採掘基地を襲った人型です。クルゼイロ一家の持ち物だという情報が有力です。』
人型戦闘ポッドへ、矢印が1本伸びた。保安部ではなく財務部から。キャプションは「追跡:軍用ウラン」。
核分裂機関の燃料になる軍用級のウランは、地球と火星でしか作れない。プルメリアが集めてきた情報によると、ケレス支社財務部がこのウランを追って商社などと盛んにコンタクトを取っているらしい。保安部はこの情報をもとに、ヒギエア圏の海賊や傭兵、情報屋を使って置き場所を絞り込んだのだろう。
『首尾よく検挙できるとしても、3~6ヶ月はかかるでしょう。』
「保安部が下手人を捕まえて、それからどうなるかな?この組織図で表すと、どう動く感じ?」
ケレス支社保安部からクルゼイロ一家に黒い矢印が伸びて、それから周りから保安部に刺さっていた黒い矢印が薄い点線に変わる。
『保安部の面目は立ちます。第四艦隊も守勢に回るでしょう。また、ゴールファミリーの立場も弱くなると見込まれます。ヒギエアまで手が伸ばせないので。』
「あんま役に立ってないもんね?ってことは、ゴールファミリーをスケープゴートに仕立てて監査部と保安部が手打ちをする流れになるのかな。」
『……RSD本社、監査部の目的についてはなんとも。』
監査部には大きな「?」マークが付いている。
『ただし、もしゴールファミリーが窮地に立たされた場合、ゴール氏もまたスケープゴートを探して、
「犠牲の羊、ね。困るなぁ。」
胃のあたりが、少し重くなった。
この2週間、アンスーズエオーの買い付けに合わせて小口のサルベージを4件回した。Nゲートの荷受け窓口には、毎回SSCの買い付け係が待ち構えていた。
「空気ポンプ1台と、シリンダーが6本。……全部いただきます。」
金縁の眼鏡をかけた買い付け係は、品物を見るより先に端末へ金額を打ち込んだ。
中古の相場が高いうちに売り抜けたおかげで、口座の残高は91,470ドルになった。
PGSのサルベージ・バルジはそろそろ戻ってくるはずだ。今はおそらく280m級大型輸送船の解体を終えて、40万kmの航行中だ。
核融合炉付きのスクラップを買うなら、今のうちだろう。
プルメリアが挙げた候補は3件だった。どれも、手持ちのダイバータが合う型の核融合炉を積んだ船に絞ってある。
1件目は中型採掘船。核融合炉は付いているが、距離が31万km。核融合炉持ちの船に給電を頼む必要がある。
2件目はアンスーズエオーを襲った海賊船の小型炉だが、炉心をレールガンで撃ち抜かれていた。
3件目が、中型建設船のドゥルヴァ号だった。
『スクラップ2162N07A 中型建設船「ドゥルヴァ号」 MDC 4ヶ月前に海賊の襲撃により放棄 距離8万km 乗員5名は第4艦隊の哨戒艇が救助』 88,000ドル。
『船名はサンスクリット語で「動かないもの」。北極星の呼び名でもあります。』
「今は漂ってるけどね。」
除外半径を示すブイの設置、調査衛星のモジュールの接合、アステロイド砲台の据え付け。宙域にモノを据え付ける仕事なら、何でもやっていた船だ。遠くに設備を建てる仕事だから、中型以上ならまず間違いなく核融合炉を積んでいる。普段はエンフォーサーが巡回する航路の近くで働いていたはずだが、4ヶ月前に運悪く海賊に襲われた。核融合炉とコンソールのほかには、めぼしい物は積んでいなかったらしい。
それにしても、88,000ドルは高い。
RSDの値付けアルゴリズムは、8万kmのスクラップに31万kmのスクラップよりも高い値段を付ける。だが実際には、核融合炉を積んだ中型船にとってはどちらも「すぐそこ」の距離で、独立系の小型船にとってはどちらも「手が届かない」。実務的には似たような距離なのに16,000ドルも高いのはちょっと納得行かない。
それに核融合炉を積んだサルベージ船は、もっと遠くのおいしいスクラップを狙う。PGSも、この船に88,000ドルを出すくらいなら、エルメヒティグング号のような大物を取りに行く。
そのうえ船歴を調べると、核融合炉のダイバータは交換の時期を過ぎていた。前回の交換から、稼働時間で1万1千時間。襲撃のときには、電力変換モジュールも焼けたらしい。新品のダイバータが無ければ動かすこともできない。廃炉の費用がかかるだけの放射性の大荷物だ。今日まで売れ残っていたのも納得である。
それでも、核融合炉の内側まで丸ごと残ったスクラップは少ないから、これを買うしかないだろう。普段なら手を出さない値付けのスクラップなのだが、今はケレスの外に出られる足をなんとしても手に入れなければならない。背に腹は代えられない。
「88,000ドルかー。88,000ドルだからなー。」
さすがにいきなり買う気にはなれない。やはり普段ならやらないことだが、まずは権利を買わずにドゥルヴァ号の近くまで飛んで「下見」をすることにした。ダイバータを積んだまま往復するから、電気代も推進剤代もばかにならない。それでも、「闇サルベージで目当ての品を持っていかれていた」という最悪の事態だけは避けたい。
コンソールとバッテリーは持ち去られていたが、船尾の核融合炉の区画は、外板に傷ひとつ無かった。
ガイガー管を船尾に向けると、カチカチと鳴った。停止して4ヶ月経つ核融合炉だが、放射化したパーツが放射線を出し続けているのだ。
海賊は不思議と、核融合炉には手を出さないことが多い。素人芸で外そうとして、事故を起こしたり被曝したりするのが怖いのだろう。
このまま闇サルベージで持ち帰る手もあった。ただ、最近の自分は目立ちすぎている。それに核融合炉は、積むにも動かすにも登録が要る。「出どころ不明の核融合炉」なんて、検査に出した瞬間に足が付く。
翌々日。マユルは権利を購入して、ドゥルヴァ号の前に戻ってきた。口座の残額は3,000ドルと少し。ソイヌードルなら800杯ぶんだ。
全長38mの船体の上には、太いクレーンが寝かせてあった。モジュールを抱えて据え付けるための腕だ。船腹の荷台には、積荷であろう除外半径の標識ブイが1基、固定されたまま残っていた。黄色と黒の縞模様に、点灯の止まった航行灯。売り先が思いつかないので、これは置いていく。
船尾には放熱板が4枚、羽根のように開いたままになっていた。1枚は真ん中でへし折れていた。
ただの板と思うなかれ。トーレイ社製の「セレクトラ」構造部材は、太陽光は反射しつつ赤外線は強く放射してくれるという都合の良い性質を持っている。無事な3枚を船倉に仕舞っておこう。
回転は大人しかったので、前方から近づくことにした。
宇宙船の核融合炉の遮蔽は、全周には張っていない。重すぎるからだ。前方にだけ厚い壁を置いて、乗員や積荷が影に隠れるようにする。
深宇宙では、宇宙線だけで1日に1.8ミリシーベルトほどの放射線を浴びることになる。EVASの薄いポリエチレンがどこまで身体を守ってくれるかもわからない。今日の作業で浴びて良いのは、その半分までと決めていた。
核融合炉をバラすのは、これが3度目だ。オーガー・マカロヴァ号のときは、放射化した内側のパーツを諦めていた。今回は真空容器が無傷で閉じているから、そのまま持ち帰れば放射線を閉じ込めておける。
架台を切るのは遮蔽の外の作業になるが、ワーカードローンを使った。マユル自身は遮蔽の影に留まって、ドローンにカッターを持たせて切り出していく。
超伝導磁石を冷やすヘリウムのタンクは、とうに空だった。4ヶ月前だ、残っているはずもない。
まあ試運転の前に買えばいい。液体ヘリウムの価格は上昇傾向だが。
重水素のタンクは中身が残っていた。こちらはケレスなら安く手に入るが、捨てるのももったいない。タンクは2つとも外して持ち帰ることにした。
核融合炉の側面の点検窓をドローンのカメラで覗くと、底をぐるりと一周する輪が見えた。ダイバータだ。タングステンの角柱の表面は溶けて波打ち、ところどころ欠けて、銅の冷却管がむき出しになっていた。ナザリ・オービタルワーク社はよくこの状態で飛ばしていたものだ。脇の電力変換モジュールは、外装が焦げて膨らんでいた。これは使いたくない。
核融合炉の本体は、直径3.6m、長さ5mの円筒だった。これと水素化リチウム・タングステン壁を合わせて15トン、空荷のファイブスター号の質量を上回る。帰りの加速は毎秒5cmほどしか出せなくなる。
ファイブスター号からワイヤーを2本掛けてから、最後の支柱を切って、スロットルを絞って小型スラスターを噴かすと、少しずつ架台から抜けてきた。
ファイブスター号の生活区画の後ろには、いつか核融合炉を載せるためのボルト座を4つ用意してあった。そこへ仮留めして、上からワイヤーで縛った。
他にも、海賊が残していったパーツがいくつか残っていた。クレーンの根元の巻き上げ機。集光ミラーフィルム。ワーカードローン用の修理パーツ。フリューガー社製の液滴ラジエーター。まとめて船倉に入れて持って帰ろう。
ピアッツィ・ベースに近づく前に、放射性物質の積載を管制に申告しておいた。未検査サルベージ品の核融合炉である。
すると管制AIは、駐機場のいちばん端の枠を指定してきた。
降りると隣の採掘会社の整備員がヘルメットごとこちらを振り向いて、それからサッといなくなってしまった。
継ぎ接ぎの船に、黄色と黒の
慣性航行中に十分睡眠も取ったし、バッテリーを補給したらさっさと据え付けてしまうか。その方が、皆の精神衛生に良い。
右手の上にファイブスター号のワイヤーフレームを拡張表示する。生活区画の後ろに核融合炉のモジュールを置いてあり、ほぼ全部「入手済」の緑色になっている。
持っていない灰色点線のパーツは電力変換モジュールの1つだけだ。
『
「それでも航続距離は伸びるからね。次はちょっとお金を貯めて、うんと遠くのスクラップを狙ってみようかな。31万kmの採掘船のやつとか。」
これまでは、船を動かすのも、空気を作るのも、全部バッテリーで賄っていた。推進力を核融合炉が引き受けてくれるなら、それだけで電力に余裕が持てる。最悪、小型船の頃みたいにライフサポートをケチって暮らせば、バッテリーはかなり長持ちする。
『それでは、いったん手持ちのパーツで組み上げるということで、手順書を修正します。おめでとうございます、マスター。』
「うん。これでようやく一揃いだ。ここまで長かったよ。まあ、ちゃんと動いてくれることを祈っておくれ。」
重心の測定が必要になるため、いったん軌道上に上がってから据え付け作業を進めることにした。
まず、3枚の放熱板を生活区画の両脇と下側に取り付けた。アンモニア冷媒の配管も規格通りに繋ぐだけだ。船の腹部を覆うように、薄い板が3枚張り出した。
それから、船の背中に液滴ラジエーターを据え付けた。熱を持たせた液を霧のように宇宙空間に噴射して、反対側で回収するという仕組みだ。ちなみに、冷却液の「トリメチルペンタフェニルトリシロキサン」は化粧品にも使われているそうだ。今度スキンケア探すときは成分もじっくり見てみよう。
そうして、水素化リチウム・タングステン壁を溶接していく。これで核融合炉と生活区画の間を仕切る感じだ。厚さ3.8mの分厚い遮蔽は安心感があるが、それでも壁一枚向こうで「太陽」を燃やすというのはなかなかに恐ろしいものがある。世の核融合炉持ち中型船がだいたい40m級を超えるのは、核融合炉自体の重量もさることながら、放射線恐怖も一役買っている、のかもしれない。
ヘリウムのタンクと重水素のタンクはこの壁の前、「生活区画」の廊下に並べた。この配置だと、奥の部屋に入るにはタンクの「上」を通り抜けなければならないが、どうせ無重力だし気にしない。
液体ヘリウムは、試運転の直前に入れることにした。冷凍機が電気を食い続けるからだ。重水素は点火中は徐々に減っていくので、できるだけ重心に近い位置に据え付けよう。それから、ベッドを重水素タンクに守られる位置に動かした。いちおう放射線対策になるのだ。
次に、核融合炉をボルト座に本締めする。ここからの作業はワーカードローンを使う。マユルはEVASを脱いで、シャツの上にオーバーオールの姿になった。
宇宙船の核融合炉はプラズマを磁気ノズルから直接排気する仕組みであり、噴射口の軸を船の重心に合わせる必要がある。少しでもずれていれば船は回転してしまう。
だからファイブスター号でも、船倉を「左右」に設けたのだ。とはいえ継ぎ接ぎなので、装甲材の差などでズレも生じる。ファイブスター号の重心は噴射口の軸から、「下」方向に17cmほどズレていた。
『単純にボルト座を20.2cm下げるのが良いでしょう。それで、軸は重心から5mm以内に入ります。』
プルメリアの計算どおりに台座の楔を抜いて、太いボルトを締め直した。ドローンの操縦にもけっこう慣れてきた。
次が、ダイバータの交換だ。
真空容器の底には、整備用の口が1つ開いている。ダイバータは弧を描いたカセット16個に分かれていて、レールに載せて口から出し入れできる。カセットを1つ外すたびに、隣のカセットがレールの上を回ってきて、口の前に並ぶ。モジュラー構造さまさまである。
ワーカードローンの腕の先で、溶けて波打ったタングステンが鈍く光る。放射化した古いカセットは遮蔽付きの回収箱へ、1つずつ収めていった。ガラクタ市場には持っていけない。不法投棄するのも
そこに、監査部にもらった新しいカセットを1つずつ差し込んでいく。制御基板がカセットの記録を読み取って、コンソールに緑の印が灯っていった。
同じ型のモジュールで組んだ核融合炉は、元の型式のまま安く検査を通すことができる。検査費もバカにならないので、純正正規品というものはそれだけでも価値があるのだ。
続いて、制御基板と加熱用のジャイロトロン、超伝導磁石の冷凍機を、バッテリーの配線に繋いだ。
磁石の冷凍機には
最後に、コンソールから核融合炉の基板に接続し、無線接続の設定も行った。有線が死んだときは無線で制御する多重系にしておく。コンソールからステータスを確認し、マニュアルと照らし合わせ、さらにプルメリアに確認してもらったが、見た感じ問題なさそうだった。
ようやく完成した核融合炉。マユルは再びEVASを着込むと、わざわざ船外から回り込んで、核融合炉が収まっている区画のハッチに手を置いた。
もちろん、中を覗き込むことはできない。それでも、手に入れた「太陽」の重さが感じられる気がした。
この中で燃えることになるプラズマは、太陽の中心より20倍以上も熱い。今はまだ、ケレスの夜と同じ温度だった。
キャビンの壁には、酒瓶が1本、ベルトで2重に留めてある。
タクティカル・ニュークリア・ペンギン。スコットランドのビールだ。凍らせては氷を取り除くのを繰り返して、アルコールを32%まで上げた強烈なやつだ。度数も値段も高い。
まだ酒を飲める歳ではない。軍艦の進水式みたいに船体に瓶を叩きつけるのも、気が引けた。どうせ掃除するのは自分だ。だから、飾っておくことにした。
これは貰い物。レンさんがくれたものだ。
昨日、ピアッツィに停泊したときのこと。「電力変換モジュールだけ残っているような又借りはできないか?」とB7のレンさんに聞きに行き、ついでに最近のゴールファミリーの事情について聞いてみたところ。レンさんはコンベアの下から、紙に包んだこの瓶を出してきたのだ。
「完成祝いだ。それと、餞別だ。」
「餞別、ですか?」
「外へ行くんだろ?なら、急いだほうが良いぞ。」
レンさんは作業の手を止めずに、下を向いて言った。なんとなく居心地が悪い。
「もうここに来るんじゃねえ。……センチメンタルな郷愁なんざ捨てちまえ。でないと……。」
それきり、レンさんは黙ってしまった。
マユルは、最後にレンさんに感謝の言葉を伝えて、そしてB7から出ていった。
たぶんきっと、これが最後なのだ。