クレーンの巻き上げ機はリグオフで5,200ドルの値を付けた。集光ミラーフィルムとワーカードローンの修理パーツは、SSCの買い付け係が2,300ドルでまとめて引き取った。
これで古いダイバータの処理代850ドルを支払うことはできたが、次のスクラップを買う余裕までは無い。
いわば、「時間をお金で買った」形になる。
「行くなら木星圏かな?交易品をうんと満載して行きたいよね、できればさ。」
『まずは検査証を手に入れてからですね。でないと、入港もできません。』
本格的に交易をやるなら、SU標準規格のカーゴポッドが欲しい。できれば、温度管理や放射線遮蔽が付いたやつ。
コンテナ単位の「バルク」交易品はB1のトレーディングフロアで仕入れられるが、市場参加証がなければアクセスもできない。
中古のパーツや部品類を船倉に積み込んで行くのがせいぜいだろうか。ケレスを離脱するその足で、最後に闇サルベージをやるのも良いかもしれないが。
翌日、RSDの検査官がファイブスター号までやってきた。
エアロックでヘルメットを外したのは、白髪を短く刈り込んだ50がらみの小柄な男だった。オレンジ色のEVASの胸には、色の違う線量計のバッジが3つ並んでいた。ガンマ線用と中性子用と、壊れたときの予備だ。
挨拶は名前と所属だけで、世間話はなかった。口にするのは、手順書に載っていそうな決まった言い回しばかりだった。「ルーチン・ルーチナー」インプラントを電脳に入れているのかもしれない。
検査官はコンソールに端末を繋いで、核融合炉の記録を黙って読んでいった。ナザリ・オービタルワーク社時代の稼働記録、最後の行は4ヶ月前。警報と、緊急停止だった。その下に、新しいダイバータの記録が続いていた。
「ダイバータは、IEDF-16-2053。純正品ですね。調達の名義は本社と。」
検査官は一度だけ画面から目を上げて、マユルの顔を見た。
「……なるほど。」
何に納得したのかは、聞かないことにした。
「型が揃っているので、検査は型式どおりで済みます。検査料が4,800ドル。試運転の立ち会いが1,600ドル。登録の書き換えが1,100ドルです。それと、免許の維持費が来月から月割りで引き落とされます。中型船は月3,400ドルです。」
「……はい。」
登録上も、ファイブスター号は今日から「核融合炉を積んだ中型船」になった。
最後に液体ヘリウムを1,300ドルぶん買って、
食料と飲料水も補充して、口座に残ったのは230ドルだった。
プルメリアとの回線は、今日は従量課金のまま繋ぎっぱなしにしておいた。検査官への中継をお願いしている。上位プランのAIが付いていると検査官に見せれば、若い
支払いサイトは毎月締め翌月22日払いになっている。それまでにお金を作れば良いという算段だ。自転車操業も良いところだが、独立系サルベージャーの懐事情なんて普通はこんなもんだ。
『ステップ1。液体ヘリウムを入れて、超伝導磁石を冷やします。』
コンソールに表示したコントロールパネルからタンクの弁を開けると、磁石の温度の表示が下がり始めた。最初に流れ込んだ液体ヘリウムは、ほとんどが一瞬で気化して、弁から抜けていった。タンクの残量の数字が見る間に減っていく。ドル札に羽が生えて飛んでいくようだ。
磁石が絶対零度の4.5度上まで冷えるのに半日かかった。その間に、除外半径の外まで移動しておく。もちろん通常スラスターだ。
核融合炉は放射線を出す。核融合で放出された中性子は透過力が強く、さらに炉壁に衝突したときにガンマ線も出る。
それゆえ、ケレスから3,000km以内は「除外半径」が設定されており、その中で核融合炉を使うことはできない。
恒星間移民船の建設がアステロイドベルトで予定されているのも、放射線対策と世論の放射線アレルギーが大きな理由だ。
同時に、冷却の配管も動かしておいた。冷却剤のNaKもアンモニアも中身が凍ってしまうから、ヒーターで溶かしてからポンプを回す。
これで、背面の液滴ラジエーターも動き出した。太陽光に照らされて、細かい粒がちらちらと光った。
バッテリー残量がじりじり減っているが、ここまではシミュレーションの通りだ。
『ステップ2。真空容器のベーキング。200℃まで温めて、内側に付いた水分を追い出します。』
真空容器は、4ヶ月も閉じたまま冷え切っていた。内側には、材料からしみ出した水分が霜のように付いていた。水に含まれる酸素がプラズマに混ざると、プラズマが冷えてしまう。
さながらオーブンを空焚きするように2時間じっくりと温めてから、噴射口の弁を開けた。追い出された水蒸気は、そのまま宇宙へ抜けていった。
仕上げに、加熱用のマイクロ波を出すジャイロトロンを弱く当てた。内側に残った汚れを、放電で叩き出すのだ。
『ステップ3。超伝導磁石に電流を入れます。半分まで上げたら、10分様子を見ます。』
超伝導が切れる「クエンチ」の警報は出なかった。磁場が5テスラまで上がった。病院のMRIより強い。
この磁場の中では、電子が1秒に1,400億回も回転している。ジャイロトロンのマイクロ波も同じ周波数であり、これで電子が選択的に加熱される。
『ステップ4。核融合が起きない温度で、プラズマを作ってみます。燃料は最小値から。』
重水を電気分解して、重水素のガスだけを真空容器に吹き込んだ。ほんのひと吹きだ。
それから、ジャイロトロンの赤いスイッチをタッチした。
点検窓のカメラに、赤い光がにじんだ。重水素が光るときの色だ。その赤は、数秒で外側へと退いていった。中心が熱くなりすぎて、可視光線を出さなくなったのだ。まだ冷たい外側だけが、赤くぼうっと光っている。
『立ち上がりは正常です。燃料投下量を増やします。』
『ステップ5。点火です。』
ガスと加熱を、手順どおりに上げていった。中性子を数える計器が、ぽつり、ぽつりと鳴り始めた。核融合が起きると、中性子が飛び出してくる。
ところが、温度の数字が途中で止まった。2億度の手前から、逆に下がり始めた。
「
『酸素の光が出ています。真空容器の水分がまだ残っていたようです。』
プラズマは見る間に冷えて、10秒ほどで消えてしまった。中性子の計器も鳴りやんだ。
「本番には魔物が潜む、ってやつかなぁ。ステップ2から再開するよ。燃料投下中止、超伝導磁石の電流をカット。」
『了解しました。』
バッテリーがまた1割減った。まあ、中古のリアクターだからしょうがない。
3時間後の試行では、温度が2億度をするりと越えた。中性子の計器は、すぐに「ビスケッツ」の
『核融合を確認。プラズマの温度、3億度を超えました。』
キャビンの壁際、ガイガーカウンターを確認してみる。カチ、……カチカチ、……カチ。いつもの宇宙線のぶんだけだ。検査官に持たされた中性子線量計も、ほとんど動かなかった。
マユルは、詰めていた息をようやく吐いた。
『ステップ6。推力試験。微速から始めます。』
コンソールのコントロールパネルからロックを解除し、速度スライダーをタッチ、右に動かした。このスライダーは停止から全速まで20段階に分かれているが、誤操作防止のため一気に全速には動かせないようになっている。目盛りは左の方は広く、右の方は細かい。小さい速度は精密に、大きい速度は大雑把に操作できるUIになっている。
噴射口の磁場がゆるんで、プラズマが後ろへ抜けていった。背中が、ほんのわずかに座席へ押し付けられた。地球の重力の何百分の1という加速でしかない。それでも、船はまっすぐ前へ出ていった。
1段ずつ上げていくと、半速を過ぎたあたりから、推進剤の残量が目に見えて減り始めた。上の段ほど、プラズマに冷たい推進剤を混ぜて押す力を稼ぐ。そのぶん推進剤を食う。
『冷凍機とポンプ、ジャイロトロン、液滴ラジエーター。核融合炉の装備だけで、バッテリーを1時間に5%使っています。』
「原速で連続20時間の稼働が可能。サルベージなら十分だね。電力変換モジュールは再来週の予定だったよね?今回は慎重を期して最小限の構成でやってるだけで。」
検査官向けの会話であり、実際には電力変換モジュールの調達の目処は立っていない。
『ステップ7。停止と再点火の試験です。』
スライダーを停止に戻してから、燃料を止めると、プラズマは数秒で消えた。
磁石の電流は入れたままで、2分待ってから再点火。真空容器からは、もう酸素の光は出なかった。中性子の計器も、さっきと同じだ。
左上にずっと出ていたリモート会議画面。全工程完了を報告すると、検査官が計測の記録を見た。
『記録を確認しました。登録を有効にします。初点火、おめでとうございます。』
10分後、あっさりとオーケーが出た。いちおうプルメリアに登録証の確認をやってもらったが、問題なさそうだった。
あまり実感が湧かないが、これで正式に核融合炉持ち、というわけだ。
ピアッツィに戻ってバッテリーを充電すると、口座は31ドルになった。
「普段だったら
『リグオフの在庫に、電力変換モジュールが1件出ています。12,400ドルです。』
電力変換モジュールさえあれば、バッテリーは事実上減らなくなる。
核融合炉自体を回し続けるためにも電力は必要になるわけで、木星まで足を伸ばすなら、どうしても要る部品だ。
さて。31ドルで買えるサルベージ権は、残念ながら存在しない。また闇サルベージをやっても良いのだが、核融合炉は高熱の尾を引くため、レーダーで目立つという弱点がある。
5ヶ月前、監査部の依頼でサルベージした場所がある。火星系の海賊が物資を溜め込んでいた拠点の残骸だ。あれはちゃんと自分でサルベージ権を買っていた。中型レイダー船の394番と、生活区画の残骸の398番。
あのときはエンフォーサーの護衛が付く関係で、作業は12時間まで、帰路の速度もエンフォーサーに合わせなければならなかった。それで、船倉に余裕を残したまま切り上げてきたのだ。
今からもう一度「残り物」を漁っても、完全に合法だ。
海賊のリスクはどうだろうか?今回は護衛のエンフォーサーはいない。とはいえ、今のファイブスター号は、核融合炉を積んだ「小さめの」中型船だ。壁材も軽量のものだし、武装というデッドウェイトもない。全速で噴けば、ケレスの周りの海賊船のほとんどより加速が利くはずだ。奇襲を受けて初弾を受けるパターンが怖いが、そもそもあそこは海賊から見れば漁り終わった跡地だ。わざわざ見張る理由が無い。
もし仮に海賊が拠点を立て直していたら?そのときは、それを示す証拠をRSDの密告箱に放り込めばいい。どちらに転んでも、何かしら収入はあるだろう。
『5ヶ月前の速度から計算すると、残骸は今、18万2千kmの距離にあります。』
加速と減速は、全速で2時間ずつ。あとは慣性航行で2日半だ。
管制の目が届かなくなったところで、船の位置を知らせるトランスポンダーを切った。
慣性航行の間は核融合炉を止めて、磁石の冷凍機だけ回している。この状態であれば、ファイブスター号はカーボン壁なので、レーダーには映りにくい。
光学センサーを望遠で映した拠点の残骸に、誰かが手を付けた跡は無かった。念のため周辺にも目を配ったが、人っ子ひとり見当たらない。本当はパッシブレーダーでもあれば良いのだろうが、まあしょうがない。
到着した拠点は5ヶ月前のそっくりそのままだ。小惑星に繋ぎ留めた船の残骸と、それを結んでいた通路の切れ端。新しい切り口も、ワイヤーも、足場も見当たらない。熱を出しているものも無かった。
398番の食堂では、栓の開いた米の酒の瓶が、天井の隅に引っかかっていた。中身は5ヶ月の真空で抜けきって、底に白い粉が残っているだけだ。
ここからは無重力用のシンクと、食堂のテーブルと椅子を外した。
394番の真ん中の区画は、複合装甲のティエシャンで囲ってあった。持って帰るのは、この装甲の板そのものである。
超音波カッターで継ぎ目を切り、ワーカードローンに1枚ずつ外させた。1枚がおよそ400kg。12枚で5トン近くになった。重いぶん、帰りの慣性航行は半日延びることになる。
「これだけ作業していても誰も来ない。角度的にピアッツィ方面から見えてないし……。よし。」
マユルは通常スラスターを噴かせて、20kmほど離れて浮いている392番に船を寄せた。ヒギエア型の海賊船だ。
こちらのサルベージ権を買ったのはPGSである。あの日のPGSは時間切れで、腹のミサイル庫と迎撃砲を慌てて持ち帰っていた。
あのときPGSのコズロフ作業長は、マユルがPGSの取り分に手を付けるのを本気で警戒していた。
まったくもって正しい。独立系のサルベージャーとは、そういうものだ。ハゲタカ上等。
どうせPGSは、ここへ戻ってこない。5ヶ月も経てば、誰が何を外したかなど分かりはしない。
腹のバッテリー区画は、割れたまま放っておかれていた。使えるセルを抜いていくと、192本のうち97本が残った。随分と手慣れてきた。これはもう、マユルの得意技と言っていい。
外板の裏には、見慣れない装甲が張ってあった。刻印はSSABSS。スウェーデンの鉄鋼メーカー、SSABの特殊鋼部門が作った「ビルカ」装甲だ。
ガラス繊維強化プラスチックにプラゴム、セラミック、それに
無傷の壁面を切り出して、8枚のパネルにして船倉に収めた。
「というわけでさ。『運良く』394番のレイダー船にこんな装甲が使われてて……。」
『まあ、建前はなんでも良いんですが。』
結局闇サルベージをやったわけだが、プルメリアは気にした様子もなかった。アドバンスド・プランは本当に融通が効くようだ。
リグオフには物々交換を持ちかけた。口座を介した決済を通さない分、取引の秘匿性が高まる。今回の売り物は闇サルベージが含まれるので、お互いに都合が良い。
在庫一覧で電力変換モジュールを開くと、記録の欄に見覚えのある番号があった。最後に繋がっていた核融合炉は、CER-2162-0394。売り主は、ファイブスター号。
さっき行ってきた394番に付いていたやつだ。
「……これ、私が売ったやつじゃないですか。」
「そうだよ。消耗しにくいモジュールを単品買いするやつなんざそうそういない。」
「いくらで買い取ったか、覚えてます?」
「覚えてるから、この値段なんだろうが。」
売りに出したのはティエシャン12枚、ビルカ8枚、バッテリーのセル97本。店主は1つずつ値を付けて、最後にモジュールの値段を引いた。
差額の1,900ドルは、現金でもらった。
電力変換モジュールの取り付けは、規格の決まった継ぎ手で繋ぐだけで済む。しかし検査はそうはいかない。
核融合炉の仕様を変えたので、もう一度立ち会いの試運転を受けなければならない。また1,600ドル。検査官の予定は、3日後まで埋まっていた。
いちいち面倒である。口座の残高は1,900ドルちょっとだし、来月には免許維持費の3,400ドルものしかかってくる。事実上の「核融合炉税」なのだが、税金であるがゆえにRSDは未払いを許さない。
シンクとテーブルと椅子は、ケレスの個人売買サイト「CBay」に出した。シンクは2日で520ドル、テーブルと椅子は4脚まとめて190ドルで売れた。買ったのは、B5で屋台を始めるという夫婦だった。
その運び出し作業を終えて、食料品をまとめ買いした後。B6のフードコートの天井では、業務用AIの広告が流れていた。会社が月額で契約して、事務も管理もまとめて任せるサービスらしい。
薄気味悪いほどきれいなオフィスで、ネイビーのスーツに真っ白な歯の男が3Dホログラフを操っている。
『私のチームでは、非生産的な時間がさらに35%カットされました。人間の限られたリソースを使うために、家事はノームに丸投げですよ。なんといっても学習型というのが……』
男は自信満々に両手を広げて大げさな身振りをしている。チームメンバーたちも張り付いたような笑顔で働いている。
「シンギュラリティ社も、ああいう広告やってるの?」
『弊社のPVは、もう少し歯が控えめです。』
サウザンド・コーヒーは、ここでいちばん小綺麗な店だ。壁には地球のコーヒー農園の写真が並んでいるが、豆は木星便で入ってきた在庫しか無い。
ラップサンドとアップルパイを頼んだ。ラップの中身は、合成チキンのティッカとキャベツ。アップルパイのリンゴも、スノードームの半水耕棟で採れたものらしい。
これとノンシュガーのフラッペで、計13ドル。財布は寂しいのに、普段のノリで注文してしまった。
パイの端をかじりながら、小口輸送の仲介アプリ「アクシオトル」を開くと、アンスーズエオー絡みの依頼がずらりと並んでいた。Eゲートから除外半径の外で順番を待つ大型船まで。SSCが買い付けた中古の機械部品を、コンテナに詰めずバラのまま運ぶ便が380ドル。大型船の乗組員を4人、Eゲートへ送り迎えする便が520ドル。座席4つと左右の船倉があれば、1日に2便は回せる。試運転までの3日を、これで埋めるのも手だ。
そこに横からプルメリアの通知メッセージが来た。「予定にない記者会見」?
『マスター。落ち着いて、目立たないようにしてください。』
プルメリアが、普通の様子じゃない。気づくと周りの空気が変わっている…?
さっきまで荒っぽい笑い声に満ちていたフードコートは一転、深刻な様子になり、周りの連中も早口でエンフォーサーがどうの、とか喋っている。
隣の卓の2人が、同じ画面を覗き込んで声を落とした。ソイヌードルの屋台の親父が、湯切りのざるを持ったまま天井を見上げていた。
いつもの常連の手で、天井のディスプレイがコメットニュースの速報に切り替わった。
『RSDケレス支社 サンダー保安部長を解任へ ヴァルマ支社長記者会見』
おやまあ。