アステロイド・ベルトの残骸漁り   作:七つ葉なずな

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4話 クリーンな仕事

ぐしゃりと壊れた採掘船スクラップ。中には死体が1つ、その中には銃弾2つ。

 

マユルは反射的に船内を見渡した。今更残っているハズもないのに、犯人の影が感じられたような気がしたのだ。

武器なんて持ってないし、作業用のEVASに防弾アーマーなんてない。

何より、このスクラップの周辺に他の宇宙船はなかった。

 

まんじりともせず1分を無駄にして、ヘルメットの隅に表示された心拍数アラートを切ってから、マユルは深呼吸をした。

それから、物言わぬ死体に向き直る。

 

「いーでしょう。じゃあ、あなたが今回のお宝です。」

 

マユルはヘルメットの中で短く宣言し、電脳を介してEVASのタスクプロファイルを切り替えた。ヘルメットの拡張情報にはここまで金属や金目のものを表示する設定にしていたが、ここからは文字情報や弾痕、血痕等の痕跡、(もしあれば)指紋、それから。自動ログも取ってもらう。後で証拠として仲裁センターに提出することになった場合に、編集が入っていないことを証明するためだ。

 

そう、サルベージ権を購入した時点でマユルはこのスクラップを好き放題いじくる権利を得ており、つまりは好き放題「捜査」ができる。犯罪の操作に役立つ証拠を見つけられれば、RSD社エンフォーサーに提示することでバウンティを得られる。建て付けとしてはRSD社エンフォーサーへの善意の協力者という扱いであり、直接の逮捕権はない。

金持ちや大企業が関わる事件でもなければエンフォーサーがピアッツィ・ベースから直接出張ってくるはずもないので、代わりに現場のサルベージャーに調査を外注(アウトソース)する仕組みが整備されているのだ。報酬は内容次第。物証と詳細があるほど高くなる。カメラやセンサーの自動ログをオンにしているので捏造はできない。

 

ただし衛生面の慣習法と惑星法から、ベースに死体を持ち帰ることはできない。死体は感染源として扱われ、宇宙港の検疫を通すにはかなりのコストがかかる。スカベンジャー業の認可もないマユルが死体の物品を取り出すのも違法だ。要するに、現場でできるだけのことを済ませて帰る。

 

「プルメリアがいてくれたら、なぁ。」

ヘルメットの中でマユルは小さく溜息をついた。バディAIのプルメリアはピアッツィ・ベースのサーバー内にホストされていて、船外活動中の貧弱な通信設備からはアクセスできない。代わりに頼れるのはEVAS搭載のジェネリックAIのみ。気の利いた会話も、大規模データベース照会も、まともな推理もできない。せいぜいセンサーが拾った数字を律儀に解釈してくれる程度である。

EVASのバッテリーは限られている。計算機に使える電力は最低限だ。マユルの命はこのバッテリー残量と紐づいているのだから。

いつかは自前の計算エンジンを船に積んで、プルメリアを連れて出歩きたい。今日のあがりで、その夢に少しは近づくはずだ。

 

 

 

氷点下の真空に8週間も晒された遺体は、わずかな衝撃で皮膚が剥がれたり、ガスや体液が漏れ出したりする。とはいえ今は2164年、直接触らなくても捜査はできる。

EVASのアームに付いた鉱物スキャナーで、まず体内の異物を「レントゲン撮影」する。

胸元と腹部、二つの鉄塊が映った。直径12.7mm、推定長32mm。形状は円筒形で先端がやや潰れている。携行型の電磁レールガンの弾丸である。

 

宇宙船で使用される拳銃は十中八九、電磁レールガン式だ。火薬式は薬莢内の酸化剤を消費するが、その分メンテナンスも手間だし暴発も恐ろしい。0hpaから1200hpa程度まで、宇宙船内の気圧変動は地球の比ではない。一方電磁レールガンなら、鉄の弾丸を強磁場で射出するだけで薬莢も燃焼ガスも残らない。射撃残渣(GSR)も僅かだ。クリーンな道具、というやつだ。

 

ただし口径12.7mmは市場で広く出回っている9mmや7.62mmと異なり、携行火器としてはデカすぎる。具体的な候補の絞り込みはプルメリアの仕事に回そう。マユルはセンサーログにスナップショットを保存しておく。

 

次に、EVASの穴をクローズショットで撮影し、被害者の近くを漂う凍結血液のサンプルを回収する。正直この手の法医学(forensic)な分析は不得手なのだが、AI分析では出血量の多さと皮膚の変色から、死体ではなく生きている状態で(ante-mortem)撃たれた、と出ている。ちなみに宇宙空間には重力も空気抵抗もないので発射距離の推定は困難である。

 

問題は、誰が撃ったか、だ。通常なら事件時刻のトランスポンダー履歴から付近を飛んでいた船を割り出せる。法令上は、宇宙船は識別信号を発信しながら飛ぶことが義務付けられている。しかし、海賊、密輸業者、その他の犯罪者はトランスポンダーを切った「無灯火状態(go dark)」で活動する。

RSDの監視衛星データの照会も、ベースに帰ってからプルメリアに回す案件だ。あまり期待はしないでおく。ここはケレスからずいぶん遠い宙域だ。無灯火でステルスタイプのエンジンなら、まず見つからないだろう。

 

 

 

コンソールは当然、起動しない。

マユルはカバーパネルを外して内部を覗き込んだ。そして眉をひそめた。

 

回路基板がまるで黒く焼けた葉のような状態になっていた。これでは持ち帰ってもスクラップ扱いにしかなるまい。6,000ドル超の儲けがパアだ。

宇宙船で一番狙い目の部品はエンジンでもスラスターでもなく、コンソールだ。複雑な精密機器、特に高度な半導体は依然として地球の半導体プラントでしか作られていない。サプライチェーンは極めて長大で、宇宙経済は自前のプラントを維持できる水準にはまだ達していない。火星と月では書類の上では計画があるらしいが、軽く、小さく、高価な半導体は地球から持ってきた方が安上がりであり、投資が集まらない。ピアッツィ・ベースのジャンクヤードでも、コンソール一式は中古で1万ドル前後の値段がつく。

 

しかしこの焼け付き方はなんだろうか?CPUのモールド樹脂が膨らみ、電解コンデンサが軒並み破裂し、銅配線には溶融跡まで見える。電力過多で焼けたわけではない。バッテリー側の遮断器は健在で、外部からの逆流もきれいに遮断されている。

……これは、外部から強烈な電磁パルスを浴びせられた痕跡だ。EVASのAIによると、たとえばアバターのグレネードや艦載のEMP投射器で出る焼け跡だという。

 

筋書きが見えてきた。

犯人はまずEMPで操船系を殺し、減速も航路修正もできなくなった採掘艇のハッチを破って侵入。生きていたヤネズを2発撃って立ち去った。航路を失った採掘艇は、慣性のまま採掘予定だったアステロイドに突っ込んで大破。さらにEMPのおかげで、端末やコンソール内のログもきれいに吹き飛ぶというわけだ。

採掘ドリルが無事だった理由もこれで説明がつく。電磁ドリルは制御回路こそ持つものの、駆動系自体は半導体に依存しない単純構造だ。EMPを浴びても回転モーターと駆動軸には影響ない。とはいえ、後で確認するがイオンスラスターの電力ユニット部は死んでいるだろうし、空気ポンプのようなライフサポート機器もセンサー系が焼けてしまっているだろう。アンテナだって送信モジュールや電力増幅部はオシャカのはずだ。

襲撃者がEMPなんて使ってくれたせいで、普通に事故った採掘船よりもだいぶ収益源が失われてしまっている。

 

「……なるほど、なるほど。……許さん。」

 

マユルは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の犯人を強制鉱山労働に送り込まねばならぬと決意した。

 

 

ハッチはロックに切断痕あり。きれいな断面。画像分析では被害者以外のものと思われる遺留品なし。宇宙服着てるからね。髪の毛が落ちるなんてこともない。

どこか他に手がかりはないか?と浮遊している荷物を一つずつチェックしていく。

化繊のカバンを開けると衣服、歯ブラシ、それから地球で製本されたカルロス・ルイス・サフォン作品の文庫本(しかも紙!)。なかなか教養のある被害者である。紙の本は希少品なのだが、被害者の手持ち荷物はサルベージ権の範囲外だ。

それから、シートの下に縛り付けるように固形レーションのパックが10個ほど残っていた。EVASの太い指でつまんで中身を確認していく。ミニトマトとシンビーフの煮込み200g。ソイチキンバーガー200g。ソイチキンマサラカリー200g。アルゲ・パテとリーフレタスのサンドイッチ200g。チョコレートとベリーソースのイングリッシュマフィン198g。

メグミフーズの「これだけ!」シリーズは、1日に必要な栄養素の1/3を1食で摂れる、スノードーム名産の成型食だ。いちおうAI分析もかけたが、不審なところはない。

 

 

……本当に?頭の隅に残る微妙な違和感。何かが引っかかる。

 

今は、EVASのバッテリーを消費しながら限られた時間で捜査と宝探しを行っている。無駄にしている時間はない。

それでも……。

 

 

マユルはそれぞれのレーションパックをじっくり調べてみた。10食あれば3日強分だし、量に違和感は無いが…?

よく見ると、そう。イングリッシュマフィンだけ、パッケージの接着が『粗い』ような気がする?

 

被害者の手持ちの物はサルベージ権の範囲外。でも、食料パックの1個くらい開けても構わないのでは?

マユルは自分の直感を信じることにした。そして、EVASの太い指で封の切り口をつまみ、ぐっと引き開けた。

 

中から漂い出てきたのは、薄い樹脂に包まれた雪のような白い粉だった。

 

「わあ、おいしそうなマフィン。……じゃ、なさそうかなあ。」

 

手元に顕微鏡は無いが、不法移民階層であるマユルはこの粉の正体を識っていた。

 

合成オピオイドの一種。火星圏で「ティエンティー」と呼ばれている違法薬物である。

 

メグミのイングリッシュマフィンは、平たいパンの上にコーン粉のような黄色い粉末をかけた食品だ。パッケージの上から触って粉っぽい感じがあっても違和感がないようにこのパッケージを選んだのだろう。

もしもう1個のマフィンも「ティエンティー」入りとするなら、総量はおよそ400g。タイタンでの末端価格で換算すれば軽く5万ドルを超える。

 

マユルはチラリとヘルメットの右上のアイコンを見た。カメラの自動ログは既に作動している。ということは、マユルがコレをピアッツィ・ベースで売りさばくプランは無しだ。もとよりそんなつもりはなかった、が。

 

 

「まあでも、メッセージと取るのが正しいかね。」

つまり、犯人が落としていった可能性が高い、と推理。

 

「食料パックのビニール袋の中」なんて、あまりに素人臭い隠し場所だ。本職の密輸業者なら携帯端末のバッテリー部分とかEVASの繊維の中とか、もっと凝ったカモフラージュをするものだ。被害者が実は麻薬密輸をやっていて、ピアッツィ・ベースに持ち込むために使っていた。というのはちょっと考えにくい。

逆に撃った側が持ち込んだとすると、後にこのスクラップが発見されたときに「事故者は実は薬物常用者で意識を飛ばして衝突事故を起こした」と思わせることができるし、そうでなくても捜査は「麻薬絡み」のラインに集中するだろう。

 

そしてこの400gは、事件の重要性を示す決定的な物証だ。「違法薬物」というキーワードが報告書に加わるだけで、情報料は跳ね上がる。この薬物はあるいはエンフォーサーの目を逸らさせるための欺瞞情報かもしれないが、マユルにとってはどちらでもよろしい。EMPでサルベージ価値を激減させた補填として、受け取っておこう。

マユルは念のためすべての食料パックを密閉袋にしまいこみ、ヨンコイチの気密室の床に磁着させた。

 

あとは採掘ドリルと、証拠品の一部としてコンソールの記憶媒体。それに中身が残っている酸素シリンダー・窒素シリンダーを回収しよう。死体に触れないよう動線を引きながら、丁寧に作業を進めた。

 

帰りの慣性航行は4時間。

 

気密室の中で操縦席をリクライニングに倒し、マユルは思考入力で事件のメモを書き出していった。プルメリアに渡す前段階の情報整理である。被害者の風貌、遺留品リスト、弾丸の推定形状、コンソールのEMP痕、違法薬物らしきパッケージ、自分の推理。

二酸化炭素が溜まってきたのか息苦しさを感じるが、同時に仕事終わりの安心感と心地よさも感じている。

 

 

 

ピアッツィ・ベースに戻って大きく深呼吸して、Sゲートの駐機料金を払ってから喫茶ラウンジ「ピエール・ディオンヌ」に入店。バディAIのプルメリアを呼び出してから、ブラックティーをすすって一息ついた。

AR視界の隅に小さなインクのしずくが落ち、そこから落ち着いたメゾソプラノの声が返ってきた。

『お疲れ様でした、マスター。さて、ご注文はお決まりでしょうか?』

「ただいま、プルメリア。レポートはもう読んでくれたよね。」

『ええ、リクエストを受領し、既に思考を開始しております。その場でお助けできず申し訳ありません。』

「計算力サービスは100ドルまで使って良いから早めにお願い。あと、このテの犯罪捜査に強いAIを探してくれる?協力要請とNDA締結を承認します。」

 

顔写真、弾丸スペック、事件時刻と監視衛星ログについて、それぞれ照会を依頼する。プルメリアは並行で動かしてくれる。

 

10分後、結果が出揃った。

『顔認識ヒット。Marcio Yanez(マルシオ・ヤネズ)、46歳、コロンビア系。RSD登録の独立鉱夫、3年前にピアッツィ・ベースに移住。過去に逮捕歴なし。』

『弾丸スペック適合の電磁レールガン、市販モデル3種、軍用モデル2種、海賊改造系1種。協力いただいたAI『ドイル』の推定では、海賊改造系の可能性が最も高い、とのこと。』

『監視衛星ログからピックアックス・ヨゲンドラ号の航跡と、その半径1000km以内のトランスポンダー記録を確認。事件時刻10時間前から検索したところ、信号が確認されたのはピックアクス・ヨゲンドラ号ただ一隻。』

 

「だよね。」

 

推理の内容についてもプルメリアに確認したが、大筋問題なさそうだという。

それからミルクケーキを嗜んでいる間に文章も整形してもらって、A4換算で12ページの捜査報告書とサンプル提供書がまとまった。マユルは虚空に指を這わせてARのウィンドウを操作し、RSD社の情報提供受付、通称「密告箱」に署名付きで送信した。

 

 

そして、回収した酸素と窒素を売り捌いてシャワーを浴びて、一眠りするかとドミトリーに戻ってきたところで、返信が来た。

 

『スクラップ2163DB22に関する情報提供、拝領しました。事案番号CER-2164-1108。

提供物証:「ティエンティー」サンプル400g、オペレーションデータ一式、コンソール記憶媒体

本件情報提供の謝礼として、弊社より9,200ドルを5営業日以内に送金いたします。

物証は今から6時間以内に、エンフォーサーオフィス2番窓口までお持ち下さい。B2フロアSブロックにございます。』

 

まだドリルの売却も残っているのに、今回の収益はもう12,600ドルに達している。一晩の労働報酬としては、過去最高記録だ。

マルシオ・ヤネズ氏は本当に、今回のお宝だったようだ。

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