珍しく、Sゲートの空気スタンドに順番待ちができている。サルベージャーに限らず、「タクシー」と呼ばれる小型貨客船や「クーリエ」と呼ばれる高速輸送船、小型採掘船、それから個人所有のプライベート・ヨットなんかも使う。
なお、大型の母艦を持っている戦闘艇や建設船は母艦から直接空気の補給を受けられるから、空気スタンドには来ない。というか、気密室が無い機種も多い。
空気スタンドが混むのは景気が良いというシグナルでもある。今回で言えば……木星圏との会合、かな。
「ハリシュさん、それ持ちますよ。」
「……ああ。すまん。」
マユルは短距離通信を入れると、前に並んだ男のシリンダーを台車に載せてやった。40Lが2本。ずいぶん難儀している様子だったのだ。低重力なのに。
ハリシュ・ドゥベイ。独立サルベージャー歴10年。ピアッツィ・ベースで小型リグを回している人間は全部で百人ちょっとしかいないから、マユルが物心つく前から顔だけは知っている。ガラクタ市場ですれ違えば挨拶をするし、いい物件の情報を教えてもらったこともある。
そんなベテランでも寄る年波には勝てないということか。動きがのっそりとしているし、バルブを回す動作も緩慢だ。まだ30代だというのに。
「混んでるってのに、待たせてすまん。」
「いえいえ。」
「はー……。オレも引退時かな。」
ハリシュがゆっくりと言った。言葉と言葉の間が少し長い。
「…貯金、あるんですか?」
「『ソリッドヴェノム号』を売ればなんとかなるハズさ。それこそ、ドリルをくっつけて木星の連中に売りつけてやりゃあ良い。」
ハリシュは、ふ、と笑うような音を立てると、自分の手を持ち上げて見せた。EVAS越しからでも震えが見て取れる。
「最近じゃ頭痛も増えてな。メディポッドの診断じゃ、
「二酸化炭素中毒なら後遺症は少ない、って話ですけど。」
「ああ。どっちかっていうと、低酸素症の方かもな。」
「…事故でもあったんですか?」
「ちょっとした、な。」
ヘルメットの向こうで、ハリシュが皮肉げな笑みを浮かべるのが見えた。
「マユルも、吸う空気には気をつけたほうが良いぞ。特に、火災が起きたスクラップの空気缶には気をつけな。」
「……損傷したタンクからの、空気漏れですか。」
「笑い話さ。キレイな二酸化炭素回収装置を手に入れて浮かれていたら、付いてたタンクがヤバかったんだ。」
「『ソリッドヴェノム号』には……」
「当然、そんなもんなかったからな。とっさにジェルパッチで塞いだが、船内の二酸化炭素濃度が上がっちまった。行きは良いよい帰りは怖い、ってな。」
ファイブスター号に戻って、マユルは操縦席に腰掛けて天井を向いた。
いまだに二酸化炭素吸着装置を買っていない理由は簡単。高いから。それに、優先度がそこまで高くなかったから。
酸素が切れれば数分で死ぬ。気密が破れれば数十秒で死ぬ。だからEVASには真っ先に金をかけたし、気密室も優先して作った。
二酸化炭素は違う。濃度が上がっても、頭が重くなってあくびが出るだけだ。5,000ppmでも死なない。だから毎回「あと2時間だけ」で済ませてしまっていた。
だが、それによる「判断力の低下」を、甘く見ていたかもしれない。事故船のスクラップには、どんな危険があるかわからない。
「二酸化炭素吸着装置、いくらすると思う?」
ソンガナガラムの個室で、マユルはプルメリアに聞いた。
『中型船キャビン向けの新品で、22,000ドルから。中古の出物は、この3ヶ月でケレス市場に4件。すべて成約済みです。』
「4件。3ヶ月で。」
『はい。中古船市場は品薄に傾いていますし、装置そのものが、そもそも中型船以上にしか積まれていませんので。』
そこが問題だった。
小型船は普通、長時間の連続航行を想定していない。二酸化炭素吸着装置は基本的に中型以上の設備だ。小型船で積んでいるのは富裕層向けのプライベート・ヨットくらいで、壁埋め込みタイプの一体型エアー・コンディショナーに付属している。つまり、さらに値が張る。
ならばサルベージで手に入れればいい、と考えるのが筋だが、中型船スクラップのサルベージ権は小型船の10倍以上する。マユルの口座残高では、まず買えない。
かといって「又借り」でガラを掴むのも分が悪い。二酸化炭素吸着装置はそこそこ高値で売れる部品だから、誰かが違法サルベージで引っこ抜いている可能性が高い。着いてみたら空っぽ、では往復の推進剤と時間が丸損だ。
「……なら、作るか。」
『DIYですか。』
「要するに動けば良いんだよ。最悪壊れてもそこまで困らないしね。」
正規品と比べれば信頼性は落ちるが、それよりコストとサイズだ。
原理は簡単。
空気をポンプで加圧して吸着層に押し込む。吸着剤が二酸化炭素を掴まえる。フィルターを通した空気を船内に戻す。吸着剤が満杯になったら、加熱して真空にさらすと掴まえていた二酸化炭素が離れて、回収できる。
層を2つ用意して交互に切り替えれば、片方が吸っているあいだにもう片方を再生できる。
温度と圧力を振って吸ったり吐いたりさせるから、
吸着剤にはいくつか選択肢がある。ゼオライトは水分に弱いので、こぼれ水やらなにやらが浮遊してしまう無重力空間には不向きだ。活性炭は安価だが、同じ量の二酸化炭素を掴むのに9倍近い体積が要る。小型船の隙間に押し込む装置だから、かさばるものは避けたい。
消去法で、ポリアミン系のフィルターになる。ピアッツィ・ベースのサプライヤーで1kg 380ドル、必要量は2.4kgで912ドル。
地球圏から離れるほど、有機化学系の商品は高くなりがちだ。
残るは、高圧タンクと配管、熱交換器、ポンプ、ファン、それに切り替えバルブ。
理屈の上では、それだけで動く。
本当は空気清浄機能も付けたいが、1人所帯だしサイズ的に難しい。
『マスター。トンファ社製既製品をモデルに、ラフ設計を1枚起こしました。』
プルメリアがAR視界に系統図を広げた。吸着層が2つ、その間をバルブが繋ぎ、脱着側の配管が船外へ抜けている。
『2点、注記があります。ひとつ、アミンは水も掴みます。前段にシリカゲルの乾燥層を入れないと、吸着層が湿気で埋まります。』
「その水は?」
『再生時に二酸化炭素と一緒に船外へ出ます。1日でコップ半分ほど。凝縮器で回収はできますが、電力とスペースが釣り合いません。』
「推進剤に使うには少なすぎるね。捨てるか。で、ふたつ目は?」
『その二酸化炭素も、コンプレッサーを1つ足せば回収に回せます。スノードームが1kg 4ドルで買い取ります。マスターの排出量なら1日0.6kg前後。』
「詰める先は、空の酸素ボンベでいいよね。」
『はい。口金の規格だけ調整いただければ。』
金額としては小さいが、こういう小銭が積み重なるとバカにできない。特に、利ざやの薄い輸送依頼に手を出すなら。
マユルは買い物リストに、シリカゲルの缶と中古の小型コンプレッサーを書き足した。
「それじゃあ調達方法だけど、私はサルベージャーだからね。当然……」
プルメリアがリンクボタンを出してくれたので、意識を向けてRSD社のサルベージ権マーケットを表示した。
今回狙うのは、空気ポンプ類が残っていそうで格安なスクラップ。小型船の中でもさらに小さなものが良いだろう。二酸化炭素吸着装置を導入するわけだから、ついでに酸素や窒素を自動で調整してくれる空気ポンプも設置したい。
『スクラップ2164C04B 連絡艇「ミトラ号」 SCC 4ヶ月前に小アステロイド衝突事故により放棄 距離10,200km』 2,600ドル。
それなりの距離で、前後に破断しているため小さなスクラップ。コンソールは前部側にあるから、他のサルベージャーは手を付けていない。マユルにとっては、それでいい。今回欲しいのは金目の部品ではなく、材料だ。
10,200kmは、ファイブスター号なら往復10時間の距離。息の続く範囲である。
到着してハッチを切り開き、船内を検分していく。
「飛行機」のような形をしたペレグリン級連絡艇は、前部に操縦席、左右にスラスターユニットがついていて、空気ポンプやハッチは後部側にある。カーボン壁の裂け目にバッテリーがあり、テスト接続してみたところ稼働はしなかった。しかし外装を開けてみると、バッテリーセルを取り出して再利用はできそうだ。
空気ポンプは配管の途中で凍結破断していたが、モーター部とインペラは無事に見えた。修理すれば使えるはずだ。これが本命である。
それから、数本の窒素シリンダーと酸素シリンダー。ヒーターユニットが1つ。そして船体後部に、大きなラジエーターパネル。
「船体が小さいからこそ放熱ユニットに力を入れてるんだよね。これが残ってるってことは……。」
マユルはヘルメットの中で呟きながら、亀裂を押し広げるようにしてカーボン壁を切り裂いた。
「
といっても、用があるのは冷却剤ではない。「ぐにゃりと曲がった鋼管」の方だ。マユルは切断、溶接はできても、「曲がったパイプに成形」とか「切削加工」とかはできない。サルベージャーの工具では。
冷却剤のパイプはスラスターからラジエーターへと熱を運ぶためにあるが、鋼鉄製ゆえにこれ自体が「圧力に耐える筒」である。中身を抜いて口を加工すれば、容器を繋げるパイプとしてそのまま使える。
空気を流す吸着層については、新品の圧力容器を買えば数千ドルだが、窒素・酸素のシリンダーを流用できる。
ヒーターは、吸着剤を再生するときの加熱に使える。
ラジエーター自体は売ってしまう。かさばるが、放熱面積のある大型パネルは需要がある。今回の遠征費を回収してくれるはずだ。
回収作業は6時間で終わった。EVASのバッテリーにも、二酸化炭素量にも、まだ余裕がある。
ピアッツィに戻って、バッテリーから抜いたセルにラジエーターを売却した収益は、合計4,100ドル。サルベージ権2,600ドルと推進剤代を差し引いても、しっかり黒字だった。
「それじゃあ日曜大工の時間だ。」
『今日は水曜ですが。』
「本業を休んで大工仕事をするから『日曜大工』なのさ。」
せっかくなので一休みしてから、空気ポンプの修理に取り掛かった。
破断していた配管を切り落とし、規格の継手で繋ぎ直す。モーターの絶縁抵抗を測り、インペラの回転を確かめる。ベアリングだけは新品を買った。この部品は命に関わる。
それから、ファイブスター号の気密室に取り付けた。
「有線でいくよ。」
『無線のほうが配線は楽ですが。』
「うん。でも、これが止まったら最悪死ぬから。」
気圧計とポンプ制御を、無線ではなくケーブルで結ぶ。無線は干渉することもあるし、宇宙線の影響だってあるかもしれない。ソフトウェアが固まることもある。だが銅線は、繋がっているか切れているかのどちらかだ。命が懸かっている系統は、単純なほうがいい。
配線を通し、端子をかしめ、テストする。船内気圧が0.02気圧下がると、ポンプが自動でシリンダーから補充する。逆に上がりすぎると止まる。ハッチをちょっと開けて気圧を下げて、アラートランプも空気ポンプも確実に動くのを確認した。それから空のボンベを繋いで、やはりアラートランプが点くのを確認した。EVASやコンソールにも無線通信でアラートが届くように設定しておく。
これでファイブスター号は、初めて「空気を管理する船」になった。
続いて二酸化炭素吸着装置。まずは足りない部品を買い揃えていく。
ポリアミン吸着剤2.4kg、912ドル。
切り替えバルブ4個、電磁式、1個180ドル。
細径の耐圧配管、数メートル。
小型ファン2つ。
真空側に抜くための排気バルブ。
シリカゲル、2kg。
中古の小型コンプレッサー、480ドル。
組み立てには10時間かかった。
窒素シリンダーを2本、口の部分を切り開いて中を洗浄する。前段にシリカゲルの乾燥層、その奥に吸着剤を詰め、両端に金網を入れて動かないように固定。外側にヒーター線を巻き付ける。
配管を組み、バルブを繋ぎ、ポンプと繋げる。切り替えのシーケンスはプルメリアに書かせた。吸着6時間、再生6時間の交互運転。吸着層1本の実効容量はおよそ250g、マユルの排出量は1時間あたり25g前後だから、6時間で150g。余裕は充分ある。
溶接部には、いつもの硬化樹脂を付けておく。
CO2缶の系統は、その後ろに足した。空の40Lの酸素ボンベを3本、船尾側の壁に並べて磁着させ、口金にアダプタを削り出して噛ませる。ボンベに大書された「O2」の文字を削り落とし、「CO2」と印字した黒いテープを巻いた。港湾検査で中身と表示が食い違えば罰金だし、第二のハリシュさんを出さないためにもしっかり表示を付けておく。
再生時に出てくる二酸化炭素は、コンプレッサーで20気圧まで押し込んでボンベに送る。この圧力なら1本におよそ1.4kg入る計算だ。酸素ボンベの耐圧は150気圧あるから余裕は充分だが、圧力を上げるほど電力を食うので、このあたりが妥協点になる。
耐圧試験は、窒素を高圧で流して行った。EVASを着てヘルメットを閉じ、遠隔で圧を上げていく。定格の1.5倍で10分保持。漏れなし、変形なし。
性能試験には、二酸化炭素を買ってきた。
自分の呼吸で試すなら何日もかかるが、ボンベから流し込めば数時間で済む。ケレスで二酸化炭素は最も安いガスのひとつで、40L満タンが12ドル。ベースが工業規模で吐き出している廃棄物なのだから当然だ。
流量計を噛ませて、4人分の呼吸に相当する速度で気密室に流し込む。装置に定格以上の負荷をかけて、切り替えが正しく回るか、濃度が頭打ちになるかを見る。
1時間で濃度が900ppmまで上がり、そこで止まった。バルブが1回目の切り替えを実行し、再生側のヒーターに電流が流れる。数値は横ばいのまま。
3時間経って切り替え2回。濃度は950ppmを超えない。
「よし。」
ところが5時間目に、数値がじわりと上がり始めた。1,100、1,300、1,500ppm。
切り替えは正常に動いている。バルブも、ヒーターも、コンプレッサーも。動いているのに、追いつかない。
流し込みを止め、装置を開けて吸着剤を取り出してみた。
色が変わっていた。買ったときは白っぽいベージュだった粒が、うっすらと茶色い。
「……焼けちゃった。」
『……のようですね。』
「どこがマズかったかって、わかる?」
『お待ちを。……この装置の実装を元に、設計図を書き出しました。トンファ社製既製品の設計と比較した図がこちらになります。』
「ああ、わかった。アミン、酸素があるところで加熱したら壊れるんだ。酸化して別の物質になる。」
思い出したのは、教育プログラムの化学の単元だった。ポリエチレンイミンのアミノ基は、高温かつ酸素存在下で酸化を受けて、二酸化炭素を掴まえる能力を失う。地球の火力発電所で二酸化炭素を回収する装置でも、悩みのタネらしい。
今回作った装置では、吸着層に船内の空気を通したあと、そのまま加熱していた。層の中には21%の酸素が残ったままである。そこへ110℃を与えれば、丁寧に焼き上げているのと変わらない。
「ダメってわかってたならテスト前に教えて欲しかったな。」
『私のメモリには計器類とカメラの情報しかありませんので。』
アシスタントAIの限界である。
対策は2つ。加熱の前に層の中の空気を追い出しておくこと、そして加熱温度そのものを下げること。
前者には窒素を使う。幸いにして、ミトラ号で手に入れた窒素シリンダーはまだ残っている。再生に入る直前に窒素を短く吹き込んで、層の中の酸素を押し出してやればいい。バルブを1個、配管を1本足すだけで済む。
後者はもっと簡単だった。温度を下げると脱着が遅くなるが、そのぶん真空を深く引けば補える。110℃から85℃へ落とし、代わりに排気バルブの開放時間を伸ばす。
改修に半日、窒素の消費が1サイクルあたり数リットル増え、吸着剤の追加購入が912ドル。授業料としては、まあ、こんなものだろう。
再試験。同じ4人分の負荷で、8時間。
濃度は940ppmで頭打ちになり、そこから動かなかった。吸着剤を取り出して見ると、色は買ったときのままだった。
装置は不格好だった。切り開いた窒素ボンベが2本並び、そこから配管が這い回り、バルブがむき出しで並び、その先に黒テープを巻いた酸素ボンベが3本ぶら下がっている。市販品のような綺麗なケースはない。カバーすらない。
それでも、吸って、掴んで、溜める。ちゃんと肺として働いている。
総額は、吸着剤2回分と使った部品の本来の売価に、コンプレッサーなどの購入物を合わせて8,000ドルほど。新品を買えば22,000ドルの装置である。
「DIYの良いところってなんだと思う?」
『日曜大工で気分転換できること、ですか。』
「今日は金曜だけどね。で。これなら最悪どっか壊れても、手元の部品で修理できるでしょ?」
『信頼性が低くてもリカバリー性は高い、ということですね。』
「そゆこと。」