ようこそ実力至上主義の教室へ~女王の魂を宿す少女~ 作:仮面の観測者
私——刀祢《とね》リコの十五年という人生は、波乱万丈という言葉がよく似合う。
まだ十五年、されど十五年。決して長くはない月日の中で、私は山あり谷ありの濃密な時間を過ごしてきた。
特に、中学校で生徒会長を務めてからの日々は、息をつく暇すら存在しなかった。
通っていた中学校は、一言で言えば「問題児の巣窟」だった。著しい学力不振に始まり、日常茶飯事の暴力沙汰。数え上げればキリがないほど課題が山積していた場所だ。
生徒会長に就任した私は、それらを妥協なく、厳正に処置し続けた。
規律を重んじ、甘えを許さないその毅然とした姿から、いつしか校内では「恐怖政治」と揶揄されることもあった。
だが、ただ突き放すだけでは意味がない。
私は問題を起こした生徒たちと膝を突き合わせ、一人ひとりと密談を重ね、彼らが歩むべき道筋を示し続けた。壁にぶつかり、自分の無力さに頭を悩ませる夜も一度や二度ではない。しかし、諦めずに答えを提示し続けた結果、彼らは自らの意思で考え、自分の足で立ち上がってくれた。
『人は、変わることができる』
私はあの中学校で、その真理を肌で学んだのだ。
卒業式の日。自らの足で歩み始めたクラスメイトたちは、誰もが清々しい笑顔を浮かべていた。そして、私に向かってまっすぐな感謝を口にした。
——ありがとう、と。
感謝したかったのは私の方だ。よくこんな不器用で頑固な私に付いてきてくれた。
波乱に満ちた中学生活だったが、今なら胸を張って言える。悪くない時間だった、と。
「——席を譲ってあげようとは思わないの?」
ふと、鋭い言葉が静寂を切り裂き、私はゆっくりと瞼を開けた。
バスの窓ガラスに、うっすらと己の姿が映り込んでいる。
銀髪の長いポニーテールに、それを結わえる黒いリボン。水色の瞳。赤のブレザー、紺色の胸元リボンに白いスカート。そして脚を包む黒のニーハイソックス。……どこからどう見ても、私だ。
自分の容姿などどうでもいい。今日もいつも通りの私であるだけだ。
それよりも、すぐ近くで繰り広げられている不穏な押し問答に意識を向ける。
「何故この私が席を譲らなければならないんだい? どこにも理由が存在しないのだが?」
「君が座っているのは優先席よ。お年寄りに譲るのは当然でしょう?」
「理解に苦しむねぇ。優先席は単に『優先』される席であって、法的拘束力など存在しない。ここを動くかどうかは私の自由意思による判断次第だ。若者だから譲るべき? 実にナンセンスな思考回路だよ」
自信に満ちた声で自らの持論を言い放つのは、独特の存在感を放つ金髪の青年だった。初対面だが、これほど我が道を往く人物も珍しい。彼の纏う空気からして、理屈や常識で説得して席を譲らせるなど不可能なのは明白だった。
私自身、彼と特別親しいわけでもない。本来なら静観を決め込むところなのだが——。
「——それとも何かい? チップでも弾んでくれるとでも言うのかな?」
「そ、それが目上の人に対する態度!?」
「目上? 確かに人生の先輩として私より長く生きているのだろう。だがね、目上とは本来『立場が上の人間』を指す言葉だよ。それに君、態度にも問題がある。いくら年齢差があるとはいえ、実に生意気でふてぶてしい言い草じゃないか」
「なっ……! あなたは高校生でしょ!? 大人の言うことは素直に聞きなさいよ!」
不味いな。OL風の女性が完全に頭に血を昇らせている。
金髪の青年に悪びれる様子はなく、本心からそう思って口にしているのだろう。……まったく、これでは板挟みにされているおばあさんが不憫でならない。
三人にとって幸いだったのは、この場に私が居合わせたことだろう。
私は静かに腰を上げ、空気が張り詰める三人へと足を進めた。
「そこまでです」
静かだが毅然とした私の声に、OLと金髪の青年が会話を止め、こちらへ視線を向ける。私は努めて柔らかい笑みを浮かべ、おばあさんへ声をかけた。
「おばあさん、よろしければ私が座っていた席へどうぞ」
「良いのかい、お嬢ちゃん……?」
「ええ。そうしていただけないと、勝手に立ち上がってしまった私が少し格好悪い思いをしてしまいますので。どうぞ、お気になさらず」
「……ありがとうねぇ」
おばあさんはホッと安堵の息を漏らし、私が譲った席へと腰を下ろした。私はおばあさんが元いた場所に立ち、手すりを軽く握り直す。
「ほら、こういうのが当たり前の思いやりっていうのよ——」
「そこまでにしてください、と言ったはずですが」
「えっ……?」
なおも勝利を得たかのように持論を蒸し返そうとするOLを、私は冷ややかな一言で制した。
「勘違いされているようですが、私はおばあさんが可哀想だと思ったから席を動いただけであって、あなたと彼のやり取りに関しては『実に酷いものだ』と思っています」
「な、なんですって!? 私は一般常識として正当なことを——」
「今回は相手が悪かったと割り切るべきでした。それにあなた、最初から自分の正義感を一方的に押し付けてはいませんでしたか?」
「そ、それは……」
OLがおばあさんのために声を上げたこと自体は善行だろう。しかし、その過程において自分の正義を振りかざし、相手に強要していたのもまた事実だ。言葉を詰まらせたのは、彼女自身にもその自覚があったからに他ならない。
「彼の態度に問題があるのは否定しません。ですがあなたは正義感を盾にし、途中で怒りに任せて冷静さを失った。その正義感や怒りそのものを否定するつもりはありませんが、もう少し周囲を観察できていれば、違ったアプローチができたはずです」
「うっ……ごめんなさい……」
「……私の方も、出過ぎた説教をしてしまい申し訳ありませんでした」
少々口が過ぎただろうか。だが、一度解決した問題を蒸し返そうとした態度を留めるには、これくらい言う必要があった。……まあ、ついでに少しばかり説教をしたかったのも本音だが。
「ふむ、私にも何か物申したいことがあるのかい? 今の私は実に気分が良い。特別に発言を許してあげようじゃないか」
金髪の青年が、面白がるように私を凝視してくる。
……そうだな。
「あなたは確かに、筋の通った正しいことしか言っていません。ですが——美しくはないと思いました」
「……ほぅ、何故だい?」
「言葉に間違いはない。しかし、結果として車内に最悪な空気を作り出したのは事実です。私なら、己の理論を正しく主張しつつもスマートに席を譲り、自己肯定感を優雅に高めますね。……まあ、美しさの基準は人それぞれです。これが私の言う『美しさ』という答えですよ」
「ハハハ! 素晴らしい、実に面白い答えを聞かせてもらったよ! 私に向かって美しさを説くその度胸、認めざるを得ないねぇ」
豪快に笑う彼を背に、バスは目的地の停留所へと滑り込んでいった。
バスが到着したのは、目標とする学び舎——東京都高度育成高等学校。
降車し、校内へと続くプロムナードを歩み進める。……気付けば、例の金髪の青年が隣を並走するように歩いていた。
「……いつまで一緒に行かれるおつもりですか?」
「ふむ! どこまでも共に行きたいところだがねぇ。私は美しいものには目がない性質でね」
「なるほど。そういえば、まだお互いに自己紹介が済んでいませんでしたね。私は刀祢リコと申します」
「高円寺六助だ。よろしく頼むよ、ウィッチガール」
ウィッチガール、ですか。奇妙な呼び名だが、なぜか妙にしっくりと胸に落ちた。
私と高円寺は、敷地内にある巨大な掲示板の前で足を止める。そこには貼り出されたばかりの新入生のクラス分けが示されていた。
「Dクラスですか」
「奇遇だねウィッチガール。私もDクラスだよ」
「そうですか」
「さあ、教室まで一緒に行こうじゃないか」
「ここまで来たら、最後までお付き合いしますよ」
肩を並べ、私たちは校舎の中へと足を踏み入れる。
これからここで、どんな日々が待ち受けているのだろう。一筋縄ではいかない予感に、胸の奥がほんの少しだけ高鳴るのを感じていた。
私の目標である『自信を持って胸を張れる自分』になるための挑戦が、今まさに始まろうとしていた。
楽しく読んでくれたらなによりです。
続けられるよう、努力します。