ようこそ実力至上主義の教室へ~女王の魂を宿す少女~ 作:仮面の観測者
私と高円寺は、校舎の中を並んで歩いていた。足を踏み入れてしばらく経った頃、天井のあちこちに設置された監視カメラの存在に気付く。ここまであからさまだと、文字通り全身を監視されているような気分になってくる。
「どうやら学校は、盛大に私達を歓迎しているようだねぇ」
「気付いていたのですか?」
「ここまでされて気付かないのも失礼だからね。存分に我が美を堪能すれば良いさ」
「高円寺君は、唯我独尊を文字通り行く人なのだと分かりました」
頼もしい反面、彼をコントロールするのは難しそうだ。もっとも、高円寺という人間は制御しようとするのではなく、まずは理解に努めることの方が重要なのかもしれない。まだ入学初日だ。分かる日が来るのを気長に待つとしよう。
監視カメラに気を取られるのはやめ、私たちはそのまま教室へと向かった。
「中々設備の整った教室じゃないか。噂に違わぬ作りにはなっているようだねぇ。ウィッチガールも入りたまえ」
「ここまで来たんですから入りますよ」
中を見渡すと、確かに設備が行き届いている。流石、国が立ち上げた学校として大々的に宣伝しているだけのことはある。
「それじゃ、私は自分の席に向かうとするよ」
「はい。ここまで一緒に来てくれてありがとうございました」
「礼には及ばないさ」
高円寺に感謝を伝え、黒板の座席表を確認してから自分の席へと歩を進めた。窓際の後ろから二番目が私の指定席だった。
その一つ後ろには、茶髪の少年が座っている。席に近づく前から、彼はじっと私を見つめていた。
……自己紹介でもしたいのだろうか? 気になったので声をかけてみることにした。
「おはようございます」
「えっ、あ、お、おはよう……」
「私は刀祢リコ。気軽に刀祢かリコと呼んでも良いですよ」
「! ……綾小路清隆だ。よろしく頼む、刀祢」
「はい。よろしくお願いします、綾小路君」
挨拶の感触からして、第一印象は悪くないだろう。言うべきことは言えたのだが、綾小路はどこか瞳を輝かせながら、まだ私を見つめている。
……これは私の推測だが、彼は会話に飢えているのだろうか? なら、始業までの暇つぶしに少し付き合うとしよう。
私は席に着くと、体と顔を後ろの綾小路君の方へ向けた。
「私の直感なのですが……会話に飢えてます?」
「よく分かったな。……だけど良いのか? オレと会話しても楽しくないかもしれないぞ」
「まだ話していないのですから、楽しかったかどうかは話した後に決めましょう」
「……分かった」
「まずは簡単に趣味について話しましょうか。私は本が好きで、よく読書をしています」
本を読んでいると登場人物の世界に入り込むことができ、ついつい彼らの心情に寄り添ってしまう。私にとってそれが何よりの楽しみなのだ。もちろん、登場人物を通して悲しみや怒りを感じることもあるが、それも含めて読書の醍醐味だと思っている。
一通りの思いを話すと今度は綾小路が語り始めた。彼には特別な趣味はないが何事にも興味があり、友達はたくさん要らないがある程度は欲しいという、かなりの事なかれ主義らしい。
「……変か?」
「変と言えば変ですかね。私はそのような事なかれ主義の方と出会ったことがありませんから」
「そ、そうか」
そこでタイミングよく、始業を告げるチャイムが教室内に響き渡った。
「楽しかったですよ。また会話しましょうね」
「! あ、ああ……」
私は向きを直し、正面を向いた。ほぼ同時に、教室の扉が開き一人の女性教師が入ってくる。
「新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱佐枝だ。普段は日本史を担当している。この学校では学年ごとのクラス替えが存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前達全員と学ぶことになると思う。よろしく。……では今から、この学校の特殊なルールについて書かれた資料を配らせてもらう」
こうして茶柱先生の説明が始まった。まずは、事前情報として知っている内容の振り返りからだ。
・生徒全員に、敷地内にある寮での生活が義務付けられている。また特例を除き、外部との連絡は全面的に禁じられている。
・生徒が生活に困らないよう、敷地内には数多くの商業施設が存在している。
そしてここから、この学校が導入している『Sシステム』についての説明に入った。
「今から配る学生証カード。これを使うことで、敷地内にある施設を利用することができる。クレジットカードみたいなものだな。ただしポイントを消費して買い物を行う仕組みだ。この学校において、ポイントで買えないものはない。敷地内にあるものなら何でも購入可能だ」
……どこか違和感を覚える。けれど、その正体が明確には見えてこない。仕方ない、説明の続きを聞こう。
「施設では機械に学生証を通すか、提示することで使用可能となる。それから、毎月1日にポイントが自動的に振り込まれることになっている。お前達全員には、平等に10万ポイントが既に支給されているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある」
途端に教室全体がざわつき始めた。10万ポイントという大金を手に入れた興奮からか。それとも毎月この額が支給されると確信したからなのか。
……それでも、茶柱先生の説明には決定的な違和感が残る。はっきりしているのは、『毎月10万が入る』とは一言も言っていないことだ。まるで妙な謎解きをさせられている気分になる。
「この学校では実力で生徒を測る。入学を果たしたお前達にはそれだけの価値と可能性があるということだ。今回の支給はその評価みたいなものだな。ただし、このポイントは卒業後にすべて学校側が回収することになっている。現金化などはできないから、無駄に貯めておいても得はないぞ。また、ポイントは他の生徒へ譲渡することが可能だ。だが、カツアゲするような真似だけは絶対にするなよ? 学校はいじめ問題にだけは非常に敏感だからな」
ひと通りの説明を終え、茶柱先生が締めくくった。
「何か質問はあるか?」
私は迷わず、真っ直ぐに手を挙げた。毎月いくら入るのか、本当の仕様を知る必要がある。
「なんだ、刀祢」
「はい。毎月振り込まれるポイントの額を教えてください」
「……説明した通りだ、と言っておこう」
「……分かりました」
周りの生徒からは、何を当たり前のことを言っているんだと思われているかもしれない。だが茶柱先生は、私の問いに対して『説明した通り』と答えた。ならば、毎月支給されるポイントは10万とは限らない――そう解釈する方が自然だ。
それにしても、茶柱先生の視線がどこか鋭い。今の質問で目を付けられてしまっただろうか。これから何が起きるのかまでは、まだ予測がつかないけれど。
「質問は以上みたいだな。それでは、良い学生ライフを送ってくれ」
そう言い残すと、茶柱先生は静かに教室を後にした。
見た限り、私の質問に対して疑問や意図を感じ取っているクラスメイトはいなさそうだった。本当にそこまで考えが及んでいないのか、それとも頭の中だけで考えていて表には出していないだけなのかは分からない。
「皆、少し話を聞いてもらっても良いかな?」
そう言って、いかにも好青年といった風貌のクラスメイトがそっと手を挙げた。
「僕らは今日から同じクラスで過ごすことになる。だから今から自発的に自己紹介を行って、一日も早く皆が友達になれたらと思うんだ。入学式まで時間もあるし、どうかな?」
その提案に、多くのクラスメイトが賛成の声を上げる。こうして、自発的な自己紹介が始まった。
爽やかな立ち振る舞いで、わずか数分のうちにみんなの人気者となった平田洋介。緊張しながらも一生懸命に自己紹介を終えた井の頭心。見るからにお調子者といった様子の山内春樹。ここにいる全員と仲良くなりたいと笑顔で語る櫛田桔梗。
平田が次の人物に順番を促そうとしたその時、対象となった赤髪の不良が、不機嫌そうに平田を睨みつけた。
「俺らはガキかよ。自己紹介なんてやりたい奴だけでやってろ」
「僕は、クラスで仲良くしていこうとするのは悪くないことだと思うんだ。……不愉快な思いをさせたのなら謝るよ」
平田の丁寧な対応は、彼のようなタイプには逆効果だろう。こういった不良の突っかかりは本心が半分、見栄や突張りが半分なのだから。さらにそこへ女子たちが赤髪の不良を咎めるような声を浴びせ、火に油を注いでしまう。
「うっせぇ。こっちは別に、仲良しごっこをするためにここに入ったんじゃねえよ」
吐き捨てるようにそう言うと、赤髪の不良は教室を出て行ってしまった。それに続くように、数人の男女が教室を後にする。
気まずい空気の中、平田は自分の配慮が足りなかったと自分を責めていたが、女子たちはあんな奴らは放っておこうと慰めていた。確かに、放っておいても特に問題はないだろう。あの赤髪の不良を見て、私としては久しぶりに典型的な問題児と出会ったなと思った程度だ。
少し乱れたものの、自己紹介はそのまま続けられた。
彼女募集を宣言した池寛治。美しいものを愛し、醜いものを嫌うと豪語する高円寺六助。それからも、一癖も二癖もある生徒たちの自己紹介が続いていく。
そして、ついに私の番が回ってきた。
「私の名前は刀祢リコです。好きなことは読書で、趣味で本を集めています。皆さん、これからよろしくお願いします」
至極無難な内容になってしまったが、まあ問題ないだろう。先ほどの茶柱先生への質問について誰かから聞き返されるかとも思ったが、特に誰も触れてこない。やはり、違和感に気づいている者はいないようだ。
最後に、私の後ろに座る綾小路君の番になった。
「……綾小路清隆です。えーと、趣味は読書で、あー、特技はピアノです。皆と仲良くなれるよう頑張りますので、よろしくお願いします」
……私の趣味を真似したのだろうか? いや、私はまだ彼のことをよく知っているわけではない。もし言葉通り本当に読書が好きなのだとしたら、クラスに読書仲間ができて嬉しい限りなのだが。
こうして、波乱含みの自己紹介は幕を閉じた。
入学式を終え、敷地内についての説明を受けた後、私は教室を後にして校舎内を散策していた。なるべく目立たないよう、ひっそりと行動する。
1年生の多くはすでに寮へと戻っているようだった。それ以外の生徒たちは、校内の各種施設を見て回っているのだろう。ただ、なぜかAクラスの教室だけは例外で、まだ多くの生徒が残っていた。
続いて、2年生の階へと移動する。何気なく廊下から教室を覗き込んでみて……ふと違和感を覚えた。座席の数が少ないのだ。
よく観察してみると、Aクラスで減っている席はわずかだったが、反対にDクラスではかなりの数の席が削られていた。なぜクラスによって席数に差があるのか、その理由までは分からない。
最後に3年生の階まで登ってみる。二年生と比べれば削られた席数は少なかったものの、やはり本来の数よりは減っていた。
この学校は何かがおかしい。そして先生たちは、その真相を隠している。私は来て早々、この学校が抱える異常性に気付いてしまったのだろう。あの茶柱先生の鋭い目つきも、私が何かに勘付いたからこその反応だったのかもしれない。
違和感の存在自体ははっきりと分かった。しかし、その根本にある答えまでは——
「ここで何をしている?」
突然、背後から声をかけられた。
振り返るとそこには、眼鏡をかけた男子生徒と、ツインお団子ヘアの女子生徒が立っていた。
「あなた方は……?」
「生徒会長の、堀北学だ」
「生徒会に所属しています、橘茜です」
まさか生徒会長自ら現れるとは。予想以上の大物が出てきたものだ。
「1年Dクラスの刀祢リコです。校内を散策するために立ち寄りました」
「!?」
「橘」
「っ、はい」
何にそんなに驚いているのだろうか。私が1年Dクラスと口にした瞬間、あからさまに反応を示したように見えたが。
「それで……何か分かったことはあったか?」
橘先輩の動揺を遮るように、堀北生徒会長が私へ問いを投げかけてくる。隠す必要もないため、素直に答えることにした。
「分からないことだらけです。この学校、どこか変ですね。具体的に何がどう変なのかと問われると、まだ上手く答えられませんが」
「そうか……」
「ただ……毎月10万ポイントが支給されるわけではない、ということだけは分かっています」
「!?」
橘先輩は感情が表に出やすいタイプのようだ。愛嬌があって可愛らしいが、隠し事や嘘は下手なのだろう。
「……やはり、そうなんですね。別に先輩方を責めるつもりはありません。学校側から『口止め』などの圧力をかけられているのでしょう?」
「そ、それは……」
「無理に答えなくても大丈夫ですよ。仕方のないことですから」
「うう……」
少し追い詰めすぎてしまったかもしれない。橘先輩からの印象を悪くするのも得策ではないし、ここは一度引きあげるべきだろう。
「私はこれで――」
「待て。来週の放課後、時間は取れるか」
「? はい、大丈夫ですが」
「なら、生徒会室でお前の答えを聞いてやろう。もっとも、期待通りの解答が得られるかは分からんがな」
「……分かりました。来週までに、私なりの仮説を準備しておきます」
「ああ。行くぞ、橘」
「は、はい!」
堀北生徒会長と橘先輩は、そのまま廊下の奥へと去っていった。
「……やっぱり、この学校はどこか狂っていますね」
去り行く二人の後ろ姿を見送りながら、私は自分の確信が正しいことを静かに実感していた。