ようこそ実力至上主義の教室へ~女王の魂を宿す少女~ 作:仮面の観測者
・スマートフォン→携帯に変更
入学してから3週間が経過した。
いまのDクラスは、はっきり言って地獄だ。止まらない遅刻、授業中に当たり前のように響く私語、堂々と携帯を操作する者たち。2週間が過ぎた頃から兆候はあったが、現状は悪化の一途を辿っている。
私は真面目に授業を受けている生徒たちのために立ち上がった。この学校が生徒の実力を裏で測っていることには気づいている。だが、それを口にして学校側の評価基準を混乱させるわけにはいかない。与えられた環境と事実は、誰もが自らの実力として受け止めるべきだと判断したからだ。
だが、私の言葉に聞く耳を持つ者はほとんどいなかった。何度も声を掛け、正論をぶつけるたび、周囲から向けられる視線は冷ややかになり、次第に煙たがられていった。
けれど、絶望ばかりではない。
クラス全体から疎まれようとも、私と変わらず接してくれるクラスメイトがいる。その存在が、いまの私の確かな支えになっていた。
放課後。私たちはカフェ『パレット』のテーブルを囲んでいた。
今日はお知らせなしの小テストがあった。茶柱先生が担当する社会の時間だ。最後の3問だけ急激に難易度が上がっていたが、落ち着いて解けば問題のないレベルだった。
「今日のテスト、ほとんど解けませんでした……」
自信なさそうに俯くのは、佐倉愛里だ。一見すると地味で目立たない印象を受けるが、ふとした瞬間に覗かせる素顔はとても可愛らしい。初めてその姿を見たときは、失礼ながら驚いてしまったほどだ。
「だよなぁ~! 俺も何がなんだかさっぱり分からなかったぜ!」
佐倉に乗っかるように声をあげたのは池寛治。以前、このカフェで佐倉と話していた際、もう一人を伴って声をかけてきたのが彼だ。
「オレは平均といったところだ。難しくも簡単でもなかった」
その“もう一人”こと綾小路清隆は、感情の読めない声でそう言った。池くんに連れられてくる前から少し言葉を交わす仲だったが、ここに来て話す機会が格段に増えている。
今の私にとって、彼らがかけがえのない友人たちだった。
「なぁ、刀祢ちゃんはどうだったんだ? もしかして満点取れちゃったりするのか?」
「そうですね。凡ミスがなければ、満点はいけていると思います」
「マジかよ!?」
池が大げさに目を丸くする。最後に出てきた応用問題以外は、基礎知識さえ整理できていれば難しくはないはずなのだが。
「池君も佐倉さんも、少し勉強に苦手意識があるようですね。もし時間があれば、私でよければ教えましょうか」
「……本当ですか?」
不安気に上目遣いで尋ねる佐倉に、私は小さく頷く。
「はい。いつも私と仲良くしてくれているお礼だと思って受け取ってください」
「あ、ありがとうございます……!」
佐倉はパッと表情を明るくして提案を受け入れてくれた。
「いやぁ、俺は遠慮しとこうかな。もっと皆とおしゃべりしたいし、第一今回のテストは不意打ちだろ? 事前に分かってたら一夜漬けで余裕だったって」
「一夜漬けですか……ですが、日頃から勉強の習慣を身につけておいて損はありませんよ」
「えぇ……マジで言ってる?」
「例えば数学なら公式を頭に入れてしまえばいいだけです。基礎さえ固まっていれば、複雑な文章問題以外はスムーズに解けますから」
「簡単に言うなぁ。俺にできる気がしねえよ……」
珍しく気弱な表情を見せる池に、私は少しだけ背中を押してあげることにした。
「池君との会話はとても楽しいです。それはあなたのコミュニケーション能力が高い証拠ですよ」
「え、あ、ありがとう……?」
「そのコミュニケーション能力に加えて勉強までできるようになれば、間違いなくモテると思います」
「——よし、精一杯努力させていただきます!」
単純すぎるきらいはあるが、やる気になってくれたのなら万々歳だ。
「綾小路くんもいかがですか? 平均点以上を目指せますよ。それに、友達同士で教え合うのも高校生らしくて素敵だと思います」
「……なら、参加させてもらおうかな」
「ええ、教えがいがあります」
友人たちに勉強を教えたいというのは私自身の身勝手な望みだったが、こうして応じてくれるのは心から嬉しかった。
すると突然、それまでおちゃらけていた池が真剣な面持ちでこちらを見つめてきた。
「刀祢ちゃんさ、十分すぎるくらい頑張ってるよ。クラスの奴らが全然話を聞いてくれない中、一人で必死に良くしようとしてさ……。でも、みんなから煙たがられてる刀祢ちゃんを見てると、正直こっちまで胸が痛くなってくるんだよな」
「わ、私もそう思います。すごいなって尊敬するけど……どうしてそこまで頑張れるんですか?」
佐倉も心配そうに胸元で手をギュッと握りしめている。
「オレも知りたい。教えてくれないか」
綾小路の静かな視線が私を射抜く。三人の温かい心配に胸が熱くなり、私はこれまで自分の中に溜め込んでいた本音を、ゆっくりと吐き出すことにした。
「——嫌なんです。真面目に努力している人が報われない未来が、目に見えているのが。このままでは取り返しのつかないことになる。そうなるのが嫌で、私が勝手に足掻いているだけですよ。……もっとも、自分の無力さに自信を失いかけてばかりですが」
「「自信……?」」
池と佐倉の声が重なる。
「私、生徒会に入りたいんです。けれど、自分のクラスの暴走すら止められない私が、自分の野心のために生徒会に入っていいのだろうかと……決断できずにいました」
私の告白に、静寂が訪れる。それを破ったのは、いつも表情を変えない綾小路だった。
「……刀祢は、生徒会に入りたいんだろ」
「はい。どんな困難が待ち受けていようとも……入りたいと思っています」
「なら、入れ」
迷いのないその一言に、私は目を見開いた。
「そうだぜ! 周りの空気なんか気にしないで、入れ入っちゃえよ!」
「それが刀祢さんの本当の想いなら、絶対に挑戦するべきです」
池と佐倉が力強く言葉を重ねる。
「皆さん……」
微笑む二人を見つめていると、最後に綾小路が静かに口を開いた。
「刀祢が生徒会に入ってどんな景色を見ることになろうと、その経験はお前自身の糧になるとオレは信じている」
——ここまでまっすぐに背中を押されて、引き下がるわけにはいかない。
あたたかい熱が胸の奥から湧き上がってくるのを感じながら、私は深く息を吸い込んだ。
「……ありがとうございます。おかげで腹が括れました」
重圧を背負う覚悟は、最初からできていたはずだ。なら、迷う理由などどこにもない。
「私、生徒会に立候補します」