ようこそ実力至上主義の教室へ~女王の魂を宿す少女~ 作:仮面の観測者
・第○話に続いてサブタイトル付けることも視野に入れてます。
5月1日。私はスマートフォンのアプリを開き、今月のポイント増減履歴を確認した。
「……0、ですか」
支給されたポイントは無し。正確に言うなら0ポイントが支給されたと受け取るのが正しいのだろう。おそらく後ほど、茶柱先生から何かしらの説明があるはずだ。
池が作ってくれたチャットグループを覗くと、綾小路や佐倉もポイントが0だった旨を書き込んでいた。唯一、池だけがその事実に気づいていないようだったけれど。
登校前、郵便ポストを確認すると一通の封筒が届いていた。差出人は生徒会。中身は面接試験の結果通知だ。ここで開けるのは避け、教室で確認することにした。
教室のドアを開け、声をかける。
「おはようございます」
けれど、室内は0ポイントの話題で持ちきりだったこともあり、私の挨拶は喧騒にかき消されてしまった。
自席に着き、鞄から先ほどの封筒を取り出す。
「おはよう!」
「あ、おはようございます……」
「おはよう」
そこへ池、佐倉、綾小路の3人が集まってきた。
「おはようございます、皆さん」
「なぁ、俺、今月支給されたポイントが無かったんだけど……みんなも同じか?」
池の問いかけに、佐倉と綾小路が重々しく頷く。
「ええ。その件も含めて、今日のホームルームで茶柱先生から説明があるはずですよ」
「マジかぁ……。残高は少ないけど、刀祢ちゃんが前に注意してくれなかったらもっと減ってたかもな。……ところで、その封筒はなに?」
「これは、生徒会の合否結果が書かれた通知書です」
私の言葉に、3人は一瞬言葉を失ったように黙り込んだ。
「マジで!? 早く見ようぜ!」
「……すみません、一人で確認させてください。結果は後できちんと教えますから」
「……気持ちの整理と、今の教室の状況を考えての判断だな」
「はい。綾小路君の言う通りです。……大丈夫です、そう遠くないうちに皆さんにもお話しできると思いますから」
3人は互いに顔を見合わせたあと、納得したように頷いてくれた。
「絶対に教えてくれよな。あ、綾小路、後ろから覗き込むなよ?」
「分かっている」
「わ、私……刀祢さんなら絶対に受かってるって信じてますから」
そう言って、3人はそれぞれの席へと戻っていった。その背中を見送ってから、私はそっと封筒の封を切る。折りたたまれた用紙を取り出し、合否結果と書かれた紙面に目を走らせた。
「……そうですか」
込み上げる感情を押し殺す。しかし、本当の戦いはこれからなのだろう。
ちょうどその時、朝のホームルームを告げるチャイムが教室内に響き渡った。私は通知書を封筒に戻し、手早く机の奥へと仕舞い込んだ。
教壇に立った茶柱先生は、ポイントが支給されていないと騒ぎ立てる生徒たちを見下ろし、冷ややかに言い放つ。
「……お前らは、本当に愚かな生徒たちだな」
——以前、生徒会室で立てた仮説が、恐ろしい精度で当たってしまったようだ。
茶柱先生は生徒たちを容赦なく絶望の淵へと突き落としていく。平田君が質問という名の防波堤を築こうと奮闘するものの、先生はその盾をことごとく粉砕していった。
「クラスの成績がそのままポイントに反映される」
「遅刻や私語を改め……仮に今月マイナスをゼロに抑えたとしても、ポイントは減らないが増えることもない。どれだけ遅刻や欠席をしようが関係ない、ということだ。覚えておいて損はないぞ」
どうやら茶柱先生は、私たちを正しく教え導いてくれるような甘い存在ではないらしい。これが学校側の方針なのか、それとも彼女個人のスタンスなのかは分からないけれど。
やがてホームルームの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。しかし、茶柱先生は立ち去ろうとせず、「ここからが本題だ」と言わんばかりに黒板へ一枚の厚手の大判用紙を貼り付ける。
そこには、各クラスの現在の立ち位置が残酷な数値となって掲示されていた。
Aクラス:940 / Bクラス:650 / Cクラス:490 / Dクラス:0
「段々と理解してきたか? お前たちがなぜDクラスに配属されたのかを」
突きつけられた現実に、クラスメイトたちは混乱と狼狽を隠せない。
「この学校は優秀な生徒から順番にクラス分けされている。最も優秀な者はAクラスへ、最もダメな生徒はDクラスへとな。つまりお前たちは最悪の『不良品』というわけだ。実に不良品らしい結果だな」
「……だが、たった一ヶ月で支給された全てのポイントを吐き出したのは、過去のDクラスでもお前たちが初めてだ。よくぞここまで盛大にやってくれたと、逆に感心した。立派立派」
パチパチと、教室内で空虚に響くわざとらしい拍手。平田君の顔から余裕が消え、須藤君はバカにされた苛立ちから拳を強く握りしめている。
「クラスポイントは、毎月振り込まれるプライベートポイントと連動しているだけではない。この数値がそのままクラスのランクに反映されるということだ」
ポイントの数値がそのままクラスの価値になる。なるほど、学校側は生徒同士、クラス同士で凄惨な競争をさせたいらしい。
茶柱先生は満足そうに頷くと、さらにもう一枚の紙を黒板に貼り足した。先日の小テストの結果一覧だ。
……うわぁ、池の点数はなかなかひどい。佐倉もかなり低いし、二人とも赤点圏内だろうか。一方で綾小路君は、驚くほどきれいに平均点通りの「50点」を取っている。
「この学校では、中間テストや期末テストで一科目でも赤点を取れば『即退学』が決まっている。今回の小テストの基準で言えば、32点未満の者は全員が退学対象というわけだ」
これは早々に、友達の存続危機かもしれない。早急に勉強会でも開いて教えねば。
赤点組の生徒たちは顔を青くしてブーイングを飛ばすが、茶柱先生は一顧だにしない。そんな中、なぜか高円寺君が注目の的になっていた。
「あれ? ……待てよ、まだ上に誰かいるぞ……えええええっ!? マジかよ、流石だぜ刀祢ちゃん!」
池が大声を張り上げた。そういえば、自分の点数をまだ確認していなかった。どれどれ……。
『刀祢リコ:100点』
「……よかった、間違えていなくて」
「ふっ、流石だと言わせてもらおうかね、ウィッチガール」
私が満点を取っていたことに、周囲からは驚きと感嘆の視線が向けられる。けれど、高円寺君の言う通り、最後の問題以外は事前にしっかり学習していれば解ける問題ばかりだった。特別なことではない。それでも、差し出された称賛は素直に受け取っておくことにする。
茶柱先生は軽く咳払いをすると、さらに決定的な言葉を付け加えた。進学や就職の希望についてだ。
「この学校に将来の望みを叶えてもらいたければ、Aクラスへ昇格する以外に方法はない。それ以外のクラスの生徒に対して、この学校は何一つ保障しない」
「そ、そんな……聞いてないですよ、そんな話! 無茶苦茶だ!」
幸村君が勢いよく立ち上がった。見るからに激しい焦燥感が全身から溢れ出ている。そこへ高円寺君がいつもの調子で唯我独尊を貫き、火に油を注いでしまった。
そのまま諦めて座ってくれればよかったのだが、あろうことか幸村君の矛先は私へと向けられる。
「刀祢……! お前はこれを聞いてどう思うんだよ!?」
現実を受け入れたくない、自分たちを正当化したい――そんな悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。少し酷かもしれないけれど、真実を伝えるべきだろう。
「別に、なんとも思いません」
「は……?」
「これが今の私たちの評価だと受け入れるべきです。腹を立てたところで、現実から逃げられるわけではありませんから」
幸村君は納得がいかない様子で、まるで話の通じない異物を見るような目を私に向けてきた。まあ、そう簡単に割り切れるなら苦労はしない。それでも彼は言葉を飲み込み、悔しそうに自席へ着いた。
全員の言葉が途切れたのを見計らい、茶柱先生はホームルームの終わりを告げる。
「……お前たちが赤点を取らずに乗り切れる方法はあると、私は確信している。できることなら、実力者に相応しい振る舞いをもって挑んで見せろ」
確信している、か。
最後に思わせぶりな言葉を残し、茶柱先生は静かに教室を後にした。
茶柱先生が去った後の教室は、目を覆いたくなるほど惨状を極めていた。その混沌をどうにか収めようと立ち上がったのは、平田と櫛田の二人だった。
平田が教壇に立ってクラスをまとめようとし、そこに櫛田も加わって、遅刻や私語を失くしていこうと呼びかける。……それは以前、私がみんなに伝えたことそのものだった。私だって言ったのに、と思わなくもないので、少しばかり悔しさが込み上げる。
だが、それでもクラスの輪はまとまらない。主に不良の須藤が納得していないのだ。当たり前の生活態度を改めるのに、なぜポイントが増えると思っているのだろう。おまけに彼は攻撃的な姿勢で噛みついてくる。
平田と櫛田は須藤相手にも丁寧に応対しているが、いかんせんこういった対応には慣れていないようだった。
「……お前が何やろうが勝手だけどよ、俺を巻き込むな。分かったな」
あっ、まずい。
ただでさえ彼への周囲の印象は最悪なのに、これ以上尖り立てばクラス内で完全に腫れ物扱いされてしまう。……仕方がない。
私は静かに席を立った。
「おかしなことを言いますね、須藤君」
「あっ? 何がおかしいんだよ」
須藤の鋭い睨みが、私へと向けられる。
「確かにポイントの増加方法は今のところ分かりません。しかし須藤君はクラスメイトを巻き込んでます。あなたの遅刻は紛れもなくポイントをマイナスにしました」
「だからなんだよ!」
「少しはクラスに協力して下さい。それさえしてくれれば誰にも文句は——」
「うっせえな! 俺には関係ないって言ってるだろうが!」
須藤が激昂して吠える。けれど、その大声でも私の心には苛立ち以外何も感じなかった。
「……なら、ずっとそうやって逃げても構いませんよ」
「っんだと!」
「やめるんだ須藤君! 刀祢さんも!」
感情を剥き出しにした須藤が、私を圧迫するように間近へ迫ってくる。平田が慌てて制止しようとするが、今の彼が止まるとは思えない。須藤は私の目前まで寄ってくると、拳を握りしめた。
「てめえ、もう一回言ってみろ!」
別に、逃げることそのものを全否定するつもりはない。ただ、今の須藤の逃避は、彼自身にとっても周囲にとっても悪影響しか生まないのだ。
「私達はこの先もクラスメイトです。だから言いましょう。須藤君、あなたがクラスに協力する気が無いなら、勝手にして下さい。ただし、周りに悪影響を与えるのだけは許しません。勉強するのもしないのも勝手ですが……授業は黙って聞いていろ!」
「っ!」
「自分の行いから、目を背けないで下さいね」
「……チッ、くそが!」
荒々しく舌打ちをし、須藤君は足音を荒立てて自席へと戻っていった。……完全に嫌われてしまったな、私。
その後、緊張の糸が切れた教室で、平田が私の元へと歩み寄ってきた。放課後に今後の対策会議を開くのだという。
「だから刀祢さんにも居て欲しいんだ」
クラスのために必死で動こうとする平田の姿勢は、大いに称賛に値する。しかし……私には生憎、別の重要な予定ができてしまっていた。
机の中に仕舞っていた、あの面接結果の用紙をいつでも出せるよう手に触れる。
「すみません。今日は生憎と予定が出来てしまいました」
「えっ? こんな時にかい?」
「はい。私は今日から……生徒会役員になりました」
そう、私の面接試験の結果は合格。
私は見事、この高度育成高等学校の生徒会役員としての第一歩を踏み出すことになったのだ。