「我が社は、これより地球営業作戦を開始する。目標はカスピ海、及び黒海の沿岸。目的はこの地域一帯の需要の確保である。また、来たるべきヨーロッパ、中東営業に向けてもこの一帯の地元企業との協力・連携は必要不可欠なモノである。いまこそ、地上の顧客を収入源と思い込んでいる連邦フーズの愚か者どもに、我らジオン食品の強さを思い知らせてやるのだ!」
陸上活動用にカスタムされたザクにより迅速に設営された臨時営業所の所長に選ばれたのは副社長キシリア・ザビの腹心であるマ・クベであった。
骨董趣味から地球の文化に明るいことから抜擢されたマ臨時所長は己に期待されている役目を間違えることなく、一方的に商品を売り付けるのではなく地元産業への還元についても様々な策を巡らせていた。
ジオン食品の勝利に繋がる人心掌握のためならば、そして敬愛するキシリア副社長のためならば、マ臨時所長は手段を選ぶほどお人好しではない。
狡猾に、確実に……ときには自ら小売店に足を運び商品の陳列を手伝い、ときには生産者の畑へ足を運び作業着に着替えて手伝いをしては地べたに座りグラスも使わず瓶のまま乾杯をして距離を詰める。
そして疲れ果てた上司に代わり補佐役のウラガンが書類仕事を片付けるというサイクルが続く。
きっとオデッサ制圧の暁にはリンゴを割るのにいちいちナイフを探すより握力を使うほうが効率的だと思わんかね? とか言い始めるかもしれない。
大きなトラブルも無ければ地域住民との軋轢なども発生しないまま、順調にオデッサ攻略は進んでいる。そう思われていたが────。
「……なに? 労働者をターゲットに設定してリニューアルした【舌上を駆ける赤トウガラシの稲妻! 温めラクラクめちゃうま♪ ピリ辛ペペロンチーノ】の在庫がいまにも尽きそうだと?」
「はい。陳列棚を吹き飛ばすのではないかと思うほどお客様に人気で爆売れしているとのことです」
「バカな……アレは元々はザクのパイロットがブロック栄養食ではない、まともな食事をとれるようにと開発されたインスタント食品だぞ? 温めて食べるだけの」
「しかし労働者はもちろん、一般家庭のご家族にも好評であるとアンケート調査の結果が現場から」
「いや、まぁ……パイロットの不満を解消するために、ザビ家の方々が自ら企画なされ開発なされた商品であるし、実食して充分に満足できる味ではあったが」
「様々な種類の開発も進んでおり、社員たちからも喜びの声が上がっていますね」
「だが……ペペロンチーノだぞ? 手抜き料理の代表とも言われているのだろう?」
「はい。だからこそインスタント向きでもあるのかと」
「……売れてるのか?」
「めっちゃ売れてます」
「そんなに?」
「当初の追加発注では確実に間に合わない程度には」
「……なぜ?」
「現在、諜報部が調査中です」
「……そんな、本格的な調査が求められるほどに」
「バカ売れです」
「……何故に?」
「さぁ?」
「……我々のほうでも、少し、調査が必要か。我がジオン食品の事務局の能力を疑うつもりはないが、こういう不測の事態には多角的な視点による考察が有効なときもある」
「これで単純に我々ジオン食品のほうが連邦フーズより美味しかったから、という普通の理由だったらどうします?」
「それこそ食品提供の仕事に従事する者として嬉しい限りだろう? 宇宙の限られた資源だからこそ、高い質を求める……我らジオン食品の経営戦略の正しさが証明された、ということになるのだからな」
「ですが、地元企業を差し置いて我々だけが利益を得るのは避ける必要がある……と」
「さすがに現段階では時期尚早だと思わんかね? 我々が市場に介入することで経営難に追い込まれることを危惧している者たちもいるのだ、事は慎重に進めねば……な」
「取り敢えず近隣の小売店から連邦フーズのインスタント食品をなにか適当に、購入して味を確かめてみますか?」
「そうだな、それもよかろう。忙しくて自分で味見をするヒマなど無かったからな。しかし、まさか……売れ過ぎて困ることになるとは」
戦場とは理不尽で不都合なもの。
市場への本格的な参入、スペースノイドの味覚はアースノイドに通用するのか、地球営業作戦の開始早々にしてジオン食品の底力が試されていた。