呪術廻戦に八百年余りを生きる呪術師が紛れ込む話 作:死者誤入
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「かはっ‥‥あ?」
「真人ッ! くっ!」
ちらり、と単眼を後ろに向けようとするも、漏瑚はすぐさま目の前の敵に視線を戻す。目を離して良い者では決してない。そしてその目は異変を見つめるに至っていた。
ボコボコ、と目の前の男の腕が波打ち山肌を成すが如くに脈動している。あるいはそれは真人の無為転変によるものか? 遅くして術式が発動した?
そんな疑念を漏瑚は抱いたが、次の瞬間にその期待は裏切られた。
真改の腕は二度、三度と大きな脈動を繰り返したあと亀裂が入りそこから、真っ白な姿をした溶け出した何かが砂浜へと放り出された。
ビクビクと動き、跳ねる姿はまる水揚げされた魚のようだがしかしそうではない。人間のような腕が六本無造作生え、無数の大小様々な目玉が浮かび、巨大な口を一つ持つそれは一見すると歪んだ形の呪霊のようにも見えた。
だがそれにしてはあまりにも、呪霊として見てもそれは悍ましい姿をしていた。まるで生き物の形をしていない。
「
ゆっくりと真改は呪霊達の元へと歩み寄った。
「落ち着け呪霊共。
敵対的な言葉、敵対的な態度。それらとは真逆の言葉を語る真改を前にして漏瑚たちは一層警戒する。
何よりも不愉快だった。人間という者共に感じる不快感とも違う、先程の言葉の数々に困惑していた時とも違う。ただただ気持ち悪い。
「ふざけるな! ことわ――」
――――――――――――――――――――――――――
漏瑚の断りの言葉はしかし、最後まで紡がれることなくスルリと落ちていく。
漏瑚は熱を感じていた。真っ赤に染まる視界。ヌルリとした液体の感覚を首元に感じる。
「――な‥‥に‥‥?」
驚愕に見開かれた単眼は己の頭が大地へと落ちていくのを、ただ見ているしか出来なかった。
目に写るのは真改の無機質に肥大した右腕。肘の辺りから白く巨大化し、まるで出刃包丁のように抜き出た刃が目についた。
砂浜へと頭は叩きつけられて、コロコロと転がり真改の足元へと辿り着く。この程度では特級呪霊は死なない。時さえあればいくらでも再生ができる。
――刀? 剣?
死なずとは言えど意識は混濁する。どうやら相当に練られた呪力を込められて斬られたらしい。漏瑚が死ぬか生きるかの境界線を狙ったかのように。
「呪霊が人を真似ようと陶酔してるからそうなるのだ」
自らの足元に転がる生首に言って、真改は漏瑚の頭を右足で踏みにじる。それはまるでつい先程に砂浜で砂の城が潰されたように。
「痛いか? 呪霊?
何度も何度も足の裏で転がされる。砂が研磨剤となって漏瑚の素肌を傷つける。漏瑚は噴火こそしなかったものの、自らは屈辱と怒りでそれだけで憤死するかと思えた。
ニヤつく笑みを浮かべながら真改が言った。
「それで、どうするのだ? このまま
言って、漏瑚の頭を蹴鞠のように蹴り上げて右手で受け取り持ち上げる。漏瑚の顔が正面を向くようにして。
「なにしろ
「テメェ‥‥」
ようやく起き上がってきた真人が目を見開き真改の姿を捉える。今すぐにでも先程のように駆け出しかねない熱を帯びていた。それは自身が吹き飛ばされたことと、仲間である漏瑚への扱い故に。普段の余裕は遠く果て消えていた。
「漏瑚を離しなさい‥‥!」
静かに重く花御がそう言った、
先には真人と違い冷静に自らを律し、勢い任せの行動を制していた花御もまた臨界点に達しようとしていた。そもそも人一倍仲間想いであり、一度頭に熱が回れば一心に闘いへと落ちていく性質を彼女は持っている。
だがその熱は、皮肉にも炎を操る漏瑚の言葉の冷水により一気に冷える。
「待てっ! 真人! 花御も止まれいッ! ワシに考えがあるッ!」
「そうはいいますが漏瑚! 貴方のそのような姿を見せつけられて、黙っていることなどッ‥‥!」
「構わんッ! 皆、動くな!」
言いながら漏瑚は自らの頭を起点に炎を纏いて、真改の体を燃焼させんとばかりに渦巻く火炎の中へと閉じ込める。
しかし尋常ならざる炎の中に居てさえ、真改は常と変わらず笑みを浮かべていた。
「呵呵呵呵ッ‥‥なんだなんだ温いぞ? これはアレか? 歓迎してくれているのか?」
そんな真改の戯言を無視し、単眼の呪霊は瞳を動かしこれまで沈黙を保っていた夏油を見やる。
「夏油ッ! 条件は整っているな!? 獄門疆を使えいッ! ワシが抑えている内にコヤツを封じろ!」
薄く笑みを浮かべた夏油傑は着ているハーフパンツのポケットから、六面体の箱のような物を取り出した。まるでサイコロのように、一つの面に目玉と赤い瞳とが一から六個まで数を増やして浮かんでいる。
「いいのかい漏瑚? 確かに条件は満たしているが、五条悟はどうするんだい?」
「構わん! コヤツが何者かは知らん! だが我らの不倶戴天の敵であることはだけはわかる! 今はこの化物を抑えることに心を砕けッ!」
獄門疆は発動すれば全てが終わる忌物である。総じて呪物と呼ばれる呪力を宿した物品の中でも数少ない特級の一つ。かつて生きた結界と呼ばれた呪術師の成れの果てとされ、封印有効範囲である半径約四メートル範囲内に対象を1分間留める事が出来れば、有無を言わさず封印し尽しめるという禍き物。
封じ込める対象者は一人。
真改が呪霊たちに近づき、漏瑚の首を落とした時には既に条件を満たしていた。
「必要ないと思うけどね‥‥」
夏油は静かに語る。だがすぐに漏瑚からの抗議の視線が飛んでくる。
「やれやれ、わかったよ‥‥獄門疆――開門」
夏油は鳥にでも餌を与えるような、ゆっくりとした動きで獄門疆を真改の足元の砂地へと放り出した。
条件を満たした後の、開門の声を引き金として獄門疆が一気に開放される。それは無機物と言うにはあまりに有機的に過ぎる解放のされ方だった。
人を飲み込める程に一面が広がって、ゴム質で出来ているかのような伸び縮む。元となった素体が人であったこともあり、それは人間の素肌の質感に近い。
面に広がった獄門疆は、その一つの赤い瞳にて真改を見据えた。それから真改の周囲に飛んだ他の面から、幅が広く有機的な獄門疆の一部が伸びてき、それが彼の体を四方八方から拘束した。
たったそれだけ。たったそれだけのこと。
それだけで真改は自らに流れていた呪力が押しとどめるられていくのがわかった。呪力を練ることそのものが封じられた。この状態になってしまえばもう外側からの干渉は受け付けない。唯一、解放する時のみを除いて。
故、漏瑚達、呪霊達も、真改を攻撃にて滅する事が出来ない。否、たとえ出来たとしても対象者の術式が不明のまま殺してしまえば、どのような災禍に見舞われるかもわからなかった。
だからこそ至上の判断は封じ込めてしまうこと。永遠に近しく。
それは完全なる詰みであった。
「ほう‥‥これが獄門疆か。聞きしに勝る拘束力よ。この
しかしそんな状況にも関わらず、真改はニヤつく嘲りの笑みを消すことなく、むしろ今の自分の姿と感覚を愉しむが如くに獄門疆や辺りを見つめていた。
「随分と余裕そうだけど、アンタ、これから千年はその箱の中に閉じ込められんだよ! どんな気分だ?」
真改の進退はもはな詰み、そして外側からの干渉が一切受け付けられない状況となったが故に、否応なしに冷静になった真人が言った。しかしそこに笑みは既に無くなっていた。
「然さもあらん、然さもあらん。是非も無し、是非も無し。面白い物を見れた、と喜んでいるよ」
その先程の平時と変わらぬ立ち居振る舞いを下から見、漏瑚は気色ばんだ。
――なぜコヤツは平静でいれる?
獄門疆はその名の示すが如くに対象を獄門送りにするに等しい呪物だ。
獄門疆の力を正しく知らない?
否であろう。目の前の者は確かに呪力が練れないことを認識していたし、そもそも、獄門疆を知っている素振りを見せていた。
と、漏瑚が僅かに抱いた疑問と不安はしかし、次なる夏油の言葉により霧散することになる。
「獄門疆――閉門」
夏油が静かに宣言したその言葉により、確かに地獄の窯の蓋が閉じるが如く獄門疆は閉じられ目の前の者は封じられていく。
だがその段に至ってなお、ボロを纏いし男の余裕は消えることがなかった。彼は嗤う。
「呵呵ッ‥‥! まぁよいまぁよい。
およそ漏瑚にも他の呪霊達にも理解の出来ない言葉を残し真改は獄門疆の中へと封じ込められて、それは元の小さな六面体の姿へと戻ると砂浜へと重力に従い落ちた。
それから一瞬、あるいはしばらくの後に。
何か予測不能の事態が起きるかと見守っていた呪霊達の認識を飛び超えることはなく、封じは正しく機能し、不足の事態も起きえなかった。
「ふん、我らの夢を嘲った代償よ」
漏瑚がそのように語り、侮蔑するがように単眼の視線を向ける。その頭をゆっくりとした動きで花御が抱え上げた。
「ですが‥‥獄門疆を失ったのは痛いですね‥‥五条悟への対抗手段が無くなりました」
「別に次の手段を考えればいいって。なによりあのクソ野郎をどうにかしないと腹の虫が収まらなかったよ」
「それはそうだが‥‥まぁいい。夏油、あの五条悟を止める手立は他に――? どうした」
花御の腕の中で、漏瑚は夏油の異質さに気がついた。
ここに至るでの茶番が、獄門疆の使用不可という手痛いもよで幕を引いたものの、まるで何も終わっていないと言うように夏油は薄い笑みを浮かべている。
先程、真改から産まれ出でた白い怪物を見据えながら。
「――おい夏油!」
と、漏瑚が声をかけるのと同時、その白い置き土産が破裂し周囲に肉片を飛び散らせた。
「きったな!」
それは漏瑚達の元にも届き、真人が手前に飛んできた肉片を避ける、と‥‥
「いやいや、
それは先程封じられた存在と瓜二つの姿をしていた。