「なんだとお、車壊したんか池谷!!」
池谷がイツキやタケルと夜の秋名山に行った翌日。
スタンドにいつも停めてある池谷のRZ34が置いてなかったのに疑問を持った健二が質問すると、池谷は昨日の夜イツキ達と一緒に秋名へ行って車をぶつけてしまったことを健二に話すのだった。
「だからあれほど秋名には行くなって言ったのに、バカタレが。どーすんだよ長い長いローン組んでるのに、この上板金代まで借金する気か?」
「うるせーな。それは言わない約束だろ!!車だって、タケルんとこの整備工場に持っていってもらったが、あいつが安く済ませるって言ってくれたんだよ…」
あの後、池谷がぶつけてしまったRZ34はタケルが経営する整備工場に運び込まれ。そこで修理を受けることになったのだが、ローンを組んで車を購入した池谷にはかなりの出費であり。車をぶつけて落ち込む池谷を気の毒に思ったか、タケルは修理費用を可能な限り抑えようと気を利かせてくれたのだ。
「…で、幽霊の方はどうなったんだ?お前ら二人、見たんだろ…」
「ええ、見るには見たんですが…」
イツキがその時の状況を健二に話そうとするが、スタンドには三人の間を割ってきたかのように一台の車が入り込む。
スタンドに来たのは、昴が運転する青のBRZで。昴は車から降り、開口一番に口を開いてお願いをする。
バムッ
「ハイオク満タン、お願いします」
借金のことで落ち込む池谷を他所に、昴が車にガソリンを入れるようお願いするも、昴の顔を見たイツキがヒソヒソ話をするように健二に話しかける。
「(ケンジ先輩。あの子、偶に来るお客さんなんだけど…。真子ちゃんに似てると思いません?何処となく…)」
昴の顔付きが真子という女性に似てると思ったか、イツキは健二に言っていくが、その横にいた池谷も同じことを思っていたか、真子という言葉に反応する。
「あれー?いつもここに停めてる所長さんのZ君、今日はいないけど、どうしたの?」
「いや、まあ…その…。ちょっと…点検というか…」
「秋名の幽霊に追っかけられて…ボコッと…」
「黙れイツキ」
歯切れが悪そうに言う池谷だったが、イツキが余計なことを言った為、池谷がエルボーをして黙らせる。
「秋名の幽霊!!見たんですかぁ所長さん!!」
昴は池谷が秋名の幽霊を見たという話に驚いたか、池谷の前に接近しながらどこで会ったかを聞こうとするが、池谷は、重みのある口調で昴に尋ねるように聞く。
「それ聞いて…、どうする気なの?昴ちゃん…」
「だって、それが分かれば…。バトルするチャンスが…」
「ダメだな…。そんなこと教えられない」
池谷は一人の大人の立場から、教えるわけにいかないと言い切り。秋名で見た幽霊のことを昴に話し出す。
「危ないことに首を突っ込まないでくれ…。俺だって、元走り屋の端くれだけど、まるで歯が立たなかったんだ。あれはこの世の
「所長の言う通りだよ。俺も、その時助手席いたんだけど行かなきゃ良かったって心の底から後悔してる。昼間でも当分寄りたくないって思ってるよ」
池谷が幽霊について語っていく横で、イツキもそれを肯定していきながら、秋名に近づかないよう昴に注意する。
そこから池谷は昴がどれ程の腕を持ってるか、直接本人を目の前にしては語りだす。
「昴ちゃんが速いのは知ってる…。秋名カートランドでジュニアのチャンピオンだったことも…。ドリプロ(ドリームプロジェクト)の特待生として群サイセミナーに参加してることも…。だけど…相手は人間じゃないんだよ」
「……私、帰ります」
池谷から幽霊について聞いた昴は、踵を返して車に戻ろうとする。
「あのー昴ちゃん、苗字はなんていうの?」
健二が昴の苗字を聞いていくも、昴はその場で振り返るや三人に答える。
「私…佐藤です。佐藤昴」
『(サトウだとぉ!?)』
昴の苗字が佐藤だと聞いた池谷、イツキ、健二の三人はもしかしたら、ある女性との関係者でないかとインを踏むも、昴はBRZに乗り込み、ボクサーエンジンを吹かしながらスタンドから離れていくのだった。
整備工場
一方、池谷達と共に幽霊を見たタケルはというと、工場のガレージでリフトに載せられ、デッキアップされたRZ34を見ながら、隣にいるツナギを着た褐色肌の女性と話をする。
「社長〜。このボコボコになっちまったZ、うちじゃあ厳しいんじゃないすか?」
「それを元通りにするのが僕達の仕事だろ。交換する部品はこっちで探しとくから、アイシャは使い物にならなくなった部品を外して、グラインダーを掛けといて」
「了解です、社長」
タケルが指示を出すや、タケルの下で働く女性整備士のアイシャが返事をして、作業に取り掛かる。
「タケル…。彼女はああ言ってるけど、本当に任せて大丈夫なの?」
「心配いらないよ。元々はインドのマルチ・スズキの工場で板金加工をしてたっていうんだし、アイシャ以外に任せられる人は他にいないしさ」
「それもそうね…。タケルがINRC(インド・ナショナル・ラリー選手権)に参戦しようと、インドを訪れた時に見つけた逸材だもの…。信じる他ないわね」
板金作業をするアイシャを見ていきながら話をするタケルと結衣は彼女を信頼するかのように話し。
二人の前に立つアイシャは話し声を気にせず、作業に集中する。
「それよりも…部品はこっちで調達するって言ってたけど、そっちはどうする気なの?」
「そうだなぁ…。ただでさえ、Zの部品はバカにならないんだし。いっそのこと、ラリー時代のツテを使って探す他ないか」
ブォオオオン
「あら?今日も真由ちゃんが来たみたいよ…」
「おいおい…。昨日、あれだけ言ったのに、まだ懲りていないのかよ…」
外から聞こえる車のエンジン音に二人が顔を上げると、工場の外の駐車場に、真由が乗ってきたスイスポ(ZC33S)が停まっており。中から真由が下りてきた。
「おはようございまーす」
「おはよう真由ちゃん。今日も元気そうね」
真由が元気よく挨拶し、結衣がそれに応じるとタケルがここに来た理由を尋ねる。
「で、今日は何の用があってうちに来たんだ。また車の話でもしに来たか?」
「違うよ。ついさっき昴から聞いたんだけど…、おじさん、秋名の幽霊を見たんだって?」
「え?…もうその事が耳に入ってたのか?」
「うん…。スタンドにいる池谷さん達から聞いたって昴が言ってたの」
「なるほどね…。そこまで広まっていたとは…噂が流れるのが早すぎるよ…」
真由が秋名の幽霊について耳にしたと聞いたタケルは頭に手をおいて悩ますと、真由は幽霊についてタケルに聞こうとする。
「おじさん…。幽霊を見たんなら、どんな感じだったか教えてよ…。あたし、一度でいいから見てみたいんだ」
「だーめ。教えるわけにはいかないよ…。僕だってほんの一瞬しか見てないけど…。あれはどう見ても、誰かが意図的に動かしてたモノだったし」
「「えっ?」」
タケルがまるで幽霊は存在しておらずに、人工的に作られたものであるかのように呟き。それを耳にした真由と結衣はどういうことなのか疑問を浮かべる。
「タケル…。今言ったことは本当なの?」
「ああ、池谷さんのZがぶつかる直前まで見てたけど、あの幽霊はコーナーをスムーズに繋いでいたんだ。秋名の下りを、あれほど攻め込むにはかなりの
タケルがその時の状況を刻一刻と語っては幽霊について話し。それを聞き終えた真由はますます興奮するかのように言うのである。
「…じゃあ幽霊は本当に存在してたんだね。今夜は楽しくなりそうな気がしてきたかも」
「待て真由、今の話聞いてなかったのか?いくら君が昴ちゃんと同じカートをやってたからとはいえ、相手をするには無理があるんだぞ」
「えぇ…。じゃあどうやったら勝てるっていうのよ?おじさんがそこまで言うなら、おじさん自身がバトルしたらいいのに…。前におばさんから聞いた話だと、おじさんは昔…秋名で一番速い走り屋だったんでしょ?」
「まぁね…。僕だって一応、秋名を走ってきたけど、今でもまともに敵わない走り屋が二人もいるから、一番とは言い切れないし…」
「へ?おじさんでも勝てない人がいるの?…もしかして、MFGで活躍する程のレーシングドライバーだったりする?」
真由は、タケルが敵いもしない走り屋がいることに、興味を示すが。タケルは真剣な顔をしながら、その走り屋についてこう語る。
「いや…僕が未だに秋名で勝てない走り屋は、すぐそこの商店街に住んでいる豆腐屋の親父と、その息子だよ」
「…はぁ、何よそれ、ひょっとしてあたしをバカにしてるの!?」
「…いや、今言ったことは本当なんだけどなぁ…」
「タケル、真由ちゃんはタケルが走り屋をやってた頃のことを知らないんだから、言っても通じないのも無理ないわ」
バカにされてると思ったか、真由はタケルに反発し、タケルは本当なんだと言っていくが、そこに結衣が話に混ざって走っていた世代が違うぞと、真由をフォローするように言っていくと、そこから真由に質問をする。
「それよりも真由ちゃん。新しい車が欲しいって言ってたわよね。何に乗りたいか聞かせてくれる?」
「え…。もしかして、おばさんが買ってくれるの?」
「ううん、そうじゃないの。真由ちゃんは今スイスポに乗っているでしょ。だから、次乗るとするならどんな車が欲しいか知りたくて」
結衣が優しい口調で真由に聞いていき。それに応じる真由は先程までムッと膨らませた顔を和らげる。
「あたし…次乗り換えるとするなら、86に乗りたいの」
ピクッ
真由の口から出た86という言葉に反応したか、タケルは耳を傾ける。
それもその筈、タケルにとって86は今も昔も馴染み深いフレーズであるからだ。
「86ね…。どうして真由ちゃんは86に乗りたいの?」
「だって…、86は昴が今乗ってるBRZとは姉妹みたいなものなんだし…、今じゃ滅多に見かけないFRだからね。それに何より、去年のMFGで片桐カナタ君や桜野舞さんが86に乗ってMFGを走ってたんだ…」
「そう…。それなら、真由ちゃんが欲しくなるのも分かる気がするし、次の候補として考えないわけにもいかないわね」
「うん…。同じ女性ドライバーの舞さんが乗ってたのもあるけど、一番は、カナタ君が86に乗ってポルシェやアルピーヌより先にゴールを決めたところが印象に残ってるんだ」
「…そうだったの。真由ちゃんがいうカナタ君って子は凄いドライバーなのね…」
「(…そりゃそうだろ、片桐カナタは、僕がさっき話した豆腐屋の息子の教え子だからね…)」
結衣が真由の話を聞いては、片桐カナタの凄さを知るも、タケルは片桐カナタについて知ってたのか、内心呟く。
「じゃあ…あたしはここで失礼するけど、次来た時は、車買ってくれるよう考えてよね。またね、おばさん」
「ええ…検討しておくわ」
真由が手を振って車に戻ろうとすると、結衣が手を振りながら工場を出ようとする真由を見送る。
そっからスイスポに乗った真由は、軽快なエンジン音を響かせながら工場を離れていった。
「タケル…。真由ちゃんもああ言ってるんだし、もうそろそろ新しい車を渡してあげたらいいんじゃないの?」
そこから結衣は、隣に立つタケルに新しい車を渡してあげたらどうだと聞いていくが、タケルは腕を組みながらこう返す。
「ダメだ…。真由は86に乗りたいって言ってたけど、今のあいつにパワーの大きい車を乗せるわけにはいかないよ」
「どうして?」
「真由の
「つまり…真由ちゃんは、精神的に未熟ってタケルは言いたいわけ?」
「そういうこと…。だから真由には、パワーも抑えられて、扱いやすいスイスポを渡したんだよ。スイスポなら、例え壊してもアフターパーツが安く、チューニングの幅も広いから、走りに合わせて変えていきやすいしね」
自分なりに真由のことを考えて、敢えてスイスポを渡したと結衣に話すタケル。
果たして、真由はタケルの思いに気付いてくれるのだろうか…。
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