アーク製薬会社   作:ai試し2

10 / 16
9話 掃討作戦?

翌朝。

 

 第一病院の一室に、三つの部隊の隊員たちが集まっていた。簡易的な作戦机には、早朝の偵察で撮影された写真が何枚も並べられている。写真の中には、昨日までウーズに占拠されていた道路や交差点が写っていた。

 

「昨日、掃討を始める前と比べれば、かなり減ってるな」

 

 写真を覗き込みながら、隊員の一人が呟いた。

 

 確かに、道路を埋め尽くすほど確認されていたウーズの姿は減っている。

 

特に中央の道路は相対的によく減っていた。

 

 だが、完全に姿を消したわけではない。

 

 建物の陰。

 

 路地の奥。

 

 放置された車両の周辺。

 

 そこかしこに異形の身体が確認できる。

 

「減ったとはいっても、まだ結構いるな」

 

「夜の間に別の場所から出てきたんだろう」

 

 別の隊員が写真を一枚持ち上げた。

 

「これ、建物の中も掃討するか?」

 

 その言葉に、周囲の隊員たちが顔を見合わせる。

 

「危険では?」

 

「昨日だって、生存者を救出するために建物へ入ったら負傷者が出た」

 

「外から見えてる数だけで、あれだけいるんだ。中まで入ったら何が出てくるか分からないぞ」

 

 意見が重なっていく。

 

 建物内部なら視界が悪い。ウーズがロッカーやダクトのような狭い場所へ潜んでいる可能性もある。ピンサーやトライコーンが待ち伏せしていれば、道路上で戦うよりも危険になる。

 

 その時、ハンクが写真へ目を向けたまま口を開いた。

 

「建物には入らない」

 

 室内が静まる。

 

 ハンクが一枚の写真を指先で押さえた。

 

「生存者が確認された場合を除いて、建物内の掃討は行わない」

 

「……了解」

 

「分かりました」

 

 隊員たちが頷く。

 

「今回の目的は道路の確保だ」

 

 ハンクは写真から顔を上げた。

 

「建物まで片付けようとして部隊に被害が出れば、道路を確保するどころではなくなる」

 

 その判断に異論を唱える者はいなかった。

 

 必要以上に踏み込まない。

 

 掃討すべき場所を明確にする。

 

 それが、今回の作戦を継続するためにも重要だった。

 

「じゃあ、道路上にいる個体を優先するんですね」

 

「ああ。生存者がいれば例外だ。確認したらすぐに報告しろ」

 

「了解」

 

 隊員たちが次々に装備へ手を伸ばす。

 

 マガジンを確認する者。

 

 無線を点検する者。

 

 昨日使った装備の汚れを拭き取り、再び身につける者。

 

 レディハンクも自分の装備を整えながら、隣のシェリーへ声をかけた。

 

「今日は昨日より進めるかな」

 

「焦らなければね」

 

 シェリーはそう答え、トマホークの状態を確かめた。

 

「昨日より敵が減ってるなら、少しは楽になるかも」

 

「でも、夜の間に増えてる」

 

「それが問題だね」

 

 二人は顔を見合わせ、苦笑した。

 

 やがて準備が整う。

 

 三つの部隊がそれぞれの担当地点へ向かうため、病院の出入口へ集まっていく。

 

 ハンクが最後に全員を見渡した。

 

「無理に先へ進むな。退路を維持しながら進め」

 

「了解!」

 

 返事が重なる。

 

 三つの部隊はそれぞれの進路へ分かれていった。

 

 昨日掃討した道路へ。

 

 残されたウーズを排除しながら、少しずつ安全な範囲を広げるために。

 

 そして、その先には第三病院へ続く道が待っていた。

 

     ◆

 

 レディハンク率いる部隊は、海側に近い道路を進みながら掃討を続けていた。銃声が一定の間隔で響き、道路脇や建物の陰に潜んでいたウーズが次々と倒れていく。隊員たちは周囲を警戒しながら、確保した道路を少しずつ広げていた。

 

 その時だった。

 

「レディちゃん、よく見て」

 

 隣を歩いていたシェリーが、前方を指差した。

 

「……?」

 

 レディハンクはその方向へ顔を向ける。

 

 道路脇には放置された車両が並び、その向こうには建物の壁が続いている。一見すると、変わったところはない。

 

 だが、意識して目を凝らすと、景色の一部に妙な違和感があった。

 

 背景と重なるように、何かの輪郭が浮かんでいる。

 

 空気がわずかに歪み、その向こうに人型の影が見えた。

 

「……うーん」

 

 レディハンクはさらに目を細める。

 

 見間違いではない。

 

 確かに、そこにいる。

 

「……いた」

 

 シェリーも頷いた。

 

「うん」

 

 二人が見ているのは、透明化したファルファレルロだった。姿を完全に消しているわけではない。周囲の景色に紛れることで非常に見つけにくくなっているだけで、注意して見れば輪郭を捉えることはできる。

 

 レディハンクはすぐに近くの隊員へ手を伸ばした。

 

「ライフル、貸して!」

 

「はい!」

 

 受け取ったライフルを肩へ掛け、ファルファレルロへ照準を合わせる。

 

 シェリーも隣から前方を見つめていた。

 

 レディハンクが息を整える。

 

 そして、引き金を引いた。

 

 一発。

 

 続けて、もう一発。

 

 銃声が道路へ響く。

 

 何もないように見えていた場所から血が飛び散った。

 

 透明化していたファルファレルロの姿が、はっきりと浮かび上がる。

 

「当たった!」

 

 だが、周囲にいた別の個体が素早く動いた。

 

 レディハンクはそちらへ目を向ける。

 

「逃げた?」

 

「……たぶん」

 

 シェリーも目で追う。

 

 透明化したファルファレルロたちは、道路の奥へ逃げていった。

 

「逃げたみたい」

 

 レディハンクはすぐに無線機を取り出した。

 

「ハンク、スティーブ。こちらレディハンク。ファルファレルロを発見。複数確認したけど、何体か逃走した」

 

『了解』

 

 返事を確認すると、レディハンクは無線を戻した。

 

「行こう」

 

「うん」

 

 部隊は再び前へ進む。

 

 ただし、今度はファルファレルロがいた場所へ向かう。

 

 ウーズを排除しながら道路を進み、やがて先頭の隊員が足を止めた。

 

「……あれは?」

 

 道路の先に、何かが転がっている。

 

 シェリーが目を凝らした。

 

「……ファルファレルロ」

 

 路上に倒れた二体の異形は、どちらも動かない。

 

 レディハンクは周囲を警戒しながら近づいた。

 

 車両の陰。

 

 建物の入口。

 

 道路の先。

 

 動くものがないことを確認してから、二体の状態を見る。

 

「二体とも死んでる」

 

 シェリーも近くから確認する。

 

 透明化はすでに解けており、その異形の姿がはっきりと見えている。

 

 レディハンクは無線機を取り出した。

 

「ハンク、スティーブ。ファルファレルロ二体を撃破。死体を確認」

 

『了解』

 

 通信を終える。

 

 レディハンクはライフルを構え直した。

 

「よし。まだ掃討は終わってないよ」

 

 隊員たちが頷く。

 

「了解!」

 

 シェリーもトマホークを握り直した。

 

「行こう」

 

「うん!」

 

 レディハンクを先頭に、部隊は再び道路の奥へ進んでいった。

 

     ◆

 

 スティーブ率いる部隊は、中央寄りの道路を進んでいた。海寄りの部隊とは別のルートを受け持ち、道路に残るウーズを排除しながら少しずつ前進している。

 

 隊員たちは互いの間隔を保ち、左右の建物や放置された車両へ目を配っていた。夜の間に出てきたウーズたち、さらに道路上にウーズが姿を見せれば、その場で処理して先へ進む

 

 その時だった。

 

「……グルル……」

 

 スティーブの隣を歩いていたシェリーの愛犬が、突然足を止めた。

 

 スティーブもすぐに立ち止まる。

 

「どうした?」

 

 愛犬は答える代わりに、道路の先を睨みつけていた。

 

 鼻先をわずかに動かし、低い唸り声を漏らしている。

 

 スティーブの表情が変わった。

 

「……まさか」

 

 彼は周囲の隊員へ向き直る。

 

「全員、警戒しろ。ファルファレルロかもしれない」

 

 だが、目の前には何も見えない。

 

 道路。

 

 放置された車両。

 

 建物の壁。

 

 いつものテラグリジアの街並みが続いているだけだった。

 

「どこだ?」

 

 隊員の一人が低く尋ねる。

 

 スティーブは犬のそばへしゃがみ込んだ。

 

「何体いる?」

 

 犬は道路の先から視線を外さない。

 

 しばらくして、尻尾を大きく動かした。

 

 その様子を見ていた隊員の一人が、慎重に口を開く。

 

「……三体だと思います」

 

「三体か」

 

 スティーブが立ち上がる。。

 

 スティーブは無線へ手を伸ばした。

 

「全員、よく狙え。見えにくくても、そこにいる」

 

 隊員たちが銃口を揃える。

 

 愛犬がなおも前方を見つめている。

 

「今だ」

 

 スティーブが短く命じた。

 

「撃て!」

 

 一斉に銃声が響いた。

 

 何もないように見えていた道路上で、突然血が飛び散った。

 

 空気が歪む。

 

 透明化していた異形の輪郭が浮かび上がった。

 

 一体。

 

 さらに別の場所でも血が弾け、二体目の姿が現れる。

 

 そして三体目。

 

 姿を隠していたファルファレルロが次々と撃ち抜かれ、そのまま路面へ崩れ落ちた。

 

 銃声が止む。

 

 誰もすぐには動かなかった。

 

「……倒れました」

 

 隊員の一人が前方を指差した。

 

 スティーブが手を上げる。

 

「警戒しながら、進むぞ」

 

 部隊が慎重に進む。

 

 三体の異形が道路へ倒れている。

 

 透明化はすでに解除され、青い外皮を持ったハンター型の姿がはっきりと露わになっていた。

 

 スティーブが一体ずつ状態を確認する。

 

「三体とも死んでる」

 

 その間も、愛犬は周囲の警戒を続けていた。

 

 スティーブはしばらく犬を見ていたが、やがて唸り声が聞こえなくなったことに気づいた。

 

「もういないみたいだな」

 

 愛犬の頭へ手を伸ばし、軽く撫でる。

 

「助かったぜ」

 

 愛犬はスティーブを見上げたあと、再び道路の先へ視線を戻した。

 

 スティーブは無線機を取り出した。

 

「ハンク、レディハンク。こちらスティーブ。ファルファレルロ三体を撃破した」

 

『了解』

 

 続けて、もう一方からも返事が入る。

 

『了解!』

 

 スティーブは無線を戻した。

 

 道路の先には、まだ掃討すべき区域が残っている。

 

「よし」

 

 ライフルを構えた隊員が周囲へ目を配る。

 

「このまま進むぞ」

 

 隊員たちが応じる。

 

「了解!」

 

 愛犬も立ち上がった。

 

 スティーブを先頭に、部隊は再び道路を進み始めた。

 

 姿を消す敵を排除したからといって、安心はできない。

 

 この先にも、まだウーズや別のB.O.W.が潜んでいる。

 

 スティーブは前方を見据えながら歩いた。

 

「犬が反応したら、すぐ知らせろ」

 

「了解です」

 

 部隊は警戒を強め、確保すべき道路の先へ進んでいった。

 

     ◆

 

 レディハンクとシェリーの部隊は、海寄りの道路を掃討しながら前進していた。

 

 ウーズを一体ずつ排除し、道路脇や建物の陰に新たな個体が潜んでいないかを確かめながら、少しずつ確保した範囲を広げていく。

 

 レディハンクが先頭を歩き、その隣をシェリーが並んで進んでいた。

 

「こっちはまだいるね」

 

 シェリーが道路脇へ視線を向ける。

 

「うん。でも、昨日よりは減ってる」

 

 レディハンクが答える。

 

 その時だった。

 

 シェリーが突然、足を止めた。

 

「……レディちゃん、あれ」

 

「どうしたの?」

 

 レディハンクがシェリーの視線を追う。

 

 道路の先に、大きな影があった。

 

 周囲にいるウーズとは明らかに違う。

 

「……何、あれ?」

 

 二人が距離を保ったまま観察する。

 

 大型の個体だった。

 

 二つの頭部が、異様な位置に並んでいる。

 

 かつてスティーブとシェリーが商業施設で目撃した、大型の二頭を持つ異形にも似ていた。

 

 だが、同じではない。

 

 今回の個体は、身体の表面を硬質な甲殻のような組織が覆っている。通常のウーズの柔らかく変質した身体とは明らかに違い、光を受けた部分には硬い外殻のような質感が浮かんでいた。

 

「前に見た奴とは違う……」

 

 シェリーが呟く。

 

「新種かな?」

 

 レディハンクも銃を構えた。

 

 大型個体はこちらに気づいていない。

 

 周囲では、まだ別のウーズが道路を這うように動いている。

 

 レディハンクはすぐに無線機を取り出した。

 

「ハンク、スティーブ。こちらレディハンク」

 

 一度、目の前の個体へ視線を戻す。

 

「新しいウーズを発見。二つの頭を持った大型個体。前にスティーブたちが確認した個体とは違うみたい。身体が硬そうな甲殻みたいなもので覆われてる」

 

『了解』

 

 短い返答が返ってくる。

 

 レディハンクは無線を戻した。

 

「よし。近づきすぎないように進むよ」

 

「了解」

 

 隊員たちが銃を構え直す。

 

 レディハンクとシェリーを先頭に、部隊が少しずつ前へ進んでいく。

 

 その途中でも、道路に残っていたウーズを一体ずつ処理していく。

 

 部隊は大型個体から注意をそらさず、周囲のウーズを確実に減らしていった。

 

 距離が縮まっていく。

 

 やがて、大型個体の二つの頭が同時に動いた。

 

 シェリーが声を潜める。

 

「……気づいた?」

 

 レディハンクも足を止めた。

 

「みたい」

 

 二つの頭部が、ゆっくりとこちらへ向く。

 

 大型個体の身体が沈み込んだ。

 

 まるで、これから動き出すために身構えているようだった。

 

 レディハンクが銃を構える。

 

 シェリーも銃を握り直した。

 

 道路上に張り詰めた空気が流れる。

 

 レディハンクは銃口を下げなかった。

 

「みんな、焦らないで」

 

 隊員たちが頷く。

 

 目の前にいるものが何なのか。

 

 どれほどの攻撃力を持っているのか。

 

 まだ分からない。

 

 それでも、ここまで近づいた以上、簡単に無視して通り過ぎることもできない。

 

 大型個体が、ゆっくりと一歩を踏み出した。

 

 道路へ、その重い身体が沈み込む。

 

 レディハンクの指が引き金に掛かる。

 

 シェリーも身構えた。

 

 三つの部隊がそれぞれ道路を進む中、海寄りのルートでは、これまで確認された個体とは異なる新たなウーズとの接触が始まろうとしていた。

 

 硬質な甲殻に覆われた腕を前へ突き出し、まるで巨大な盾のように構える。その姿勢のまま、一歩、また一歩とこちらへ近づいてくる。

 

 足取りは重い。

 

 だが、遅いわけではなかった、巨体が道路を揺らすように速度を上げていく。

 

「来るよ!」

 

 レディハンクが叫んだ。

 

 大型個体が走り出した。

 

 真正面から突っ込んでくる。巨体に似合わない速度だった。

 

「撃て!」

 

 部隊が一斉に発砲した。

 

 銃声が重なり、無数の弾丸が大型個体へ集中する。

 

 しかし、弾丸は硬質な甲殻へ次々と弾かれた。

 

 金属音を立てて路面へ落ちる。

 

「効いてない!」

 

 隊員の一人が叫ぶ。

 

 射撃を受けても、大型個体は止まらなかった。

 

 むしろ、その速度を維持したまま距離を詰めてくる。

 

「まずっ……!」

 

 レディハンクが周囲へ目を走らせた。

 

 その視線が、一台の放置車両で止まった。

 

「シェリー、下がって!」

 

 レディハンクは銃口を大型個体ではなく、道路脇に放置されていた車へ向けた。

 

 引き金を引く。

 

 弾丸が車体へ食い込み、火花が散った。

 

 次の瞬間、車両が爆発した。

 

 轟音とともに炎が膨れ上がり、爆風が道路を駆け抜ける。大型個体の巨体が炎と煙に呑み込まれ、その姿が一瞬見えなくなった。

 

 隊員たちが足を止める。

 

 数秒後、煙の向こうで何かが動いた。

 

 シェリーが目を細める。

 

 煙が流れていく。

 

 その向こうから、大型個体が再び姿を現した。

 

 甲殻には傷が残っている。

 

 それでも、倒れてはいない。

 

「大したダメージはないみたい」

 

「足止めして!」

 

 レディハンクが部隊へ指示を飛ばした。

 

「了解!」

 

 隊員たちが一斉に射撃を再開する。

 

 大型個体の注意が正面へ向いている。

 

 その間に、レディハンクとシェリーが横へ走った。

 

「こっち!」

 

 二人は道路を横切り、巨大な身体の側面へ回り込んでいく。

 

 大型個体は正面の部隊へ意識を向けたままだ。

 

「……レディちゃん」

 

「うん」

 

 身体の大部分を覆っている硬質な甲殻。

 

 その隙間に、むき出しになっている部分がある。

 

 首。

 

 そして、二つの頭部。

 

 レディハンクはすぐに武器を持ち替えた。

 

 大型個体が異変に気づく。

 

 二つの頭が同時に振り向いた。

 

「来る!」

 

 巨体が身体の向きを変えようとする。

 

 だが、レディハンクの方が早かった。

 

 マグナムを構える。

 

 一発。

 

 重い銃声が響く。

 

 弾丸が首へ食い込む。

 

 続けて、もう一発。

 

 二つの頭部の間へ撃ち込まれた。

 

 大型個体の身体が大きく揺れる。

 

「効いてる!」

 

 シェリーが叫ぶ。

 

 しかし、まだ倒れない。

 

 大型個体は苦しげに身体を揺らしながら、甲殻に覆われた腕を持ち上げた。

 

 その腕を二人へ向け、盾にするように構える。

 

 レディハンクが身を低くする。

 

 その瞬間、銃声が一斉に響いた。

 

 部隊の皆が撃ち込んでいる。

 

 大型個体がレディハンク達の方へ向いたことで、弱点を部隊の方へさらけ出していた。

 

 隊員たちの射撃が集中する。

 

 弾丸が首や頭に命中し、大型個体の身体が大きく揺れた。

 

 レディハンクもマグナムを構え直す。

 

 シェリーも銃を握ったまま、その動きを見守る。

 

 大型個体が一歩後退する。

 

 もう一歩。

 

 そして――。

 

 巨体がゆっくりと崩れ落ちた。

 

 道路が震える。

 

 砂埃が舞い上がる。

 

 それきり、動かない。

 

 レディハンクは銃口を向けたまま、しばらく様子を見ていた。

 

「……沈黙した」

 

 シェリーも慎重に近づき、倒れた個体を見つめる。

 

 硬質な甲殻。

 

 二つの頭部。

 

 そして、通常のウーズとは比較にならない巨体。

 

「前に見た奴とは、やっぱり別物だ」

 

 これまでテラグリジアで確認されたウーズ系の変異とは、明らかに性質が違っていた。

 

 後に、この大型個体には一つの名が与えられることになる。

 

 ――ドラギナッツォ。

 

     ◆

 

  この日の掃討作戦は、一区切りとなった。

 

 三つの部隊がそれぞれの担当区域から第一病院へ戻ってくると、普段から人の出入りが絶えない院内は、いつも以上に人で混み合っていた。帰還した隊員たちは装備を外し、壁際の椅子や空いたベッドへ腰を下ろす。水を飲みながら息を整える者、弾倉を一つずつ確認する者、靴の泥を落とす者。誰もが疲れていたが、それぞれのやり方で戦闘から気持ちを切り替えようとしていた。

 

 ハンクも壁際の机に装備を並べ、汚れの付いた銃身を布で拭いていた。その少し離れた場所で、隊員の一人が椅子へ深く身体を預ける。

 

「昨日より進んだな」

 

「ああ」

 

 向かいに座った隊員が、水を飲み干してから答える。

 

「まだかなり残ってるけど、昨日より先まで道路を確保できた。少しずつでも進んでるのは間違いない」

 

「このまま続ければ、第三病院まで繋げられるかもしれないな」

 

「そう簡単にはいかないだろ。夜の間にまた出てくる」

 

「それでも、最初よりはましだ」

 

 疲れた笑いがいくつか重なる。

 

 戦況が好転したわけではない。

 

 それでも、昨日までウーズで埋め尽くされていた道路に、人が通れる場所が増えている。それは現場にいる隊員たちにとって、確かな前進だった。

 

 しばらくすると、話題は自然と今日遭遇したB.O.W.へ移った。

 

「ファルファレルロも出たな」

 

 スティーブが言う。

 

「ああ」

 

 ハンクは銃の点検を続けながら答えた。

 

「透明になる奴が、あれだけいるとは思わなかった」

 

 近くの隊員が腕を組む。

 

「しかも一つの部隊だけじゃない。レディハンクのところでも出て、こっちでも出た」

 

「少数と考えない方がいい」

 

 ハンクが顔を上げる。

 

「正確な数は分からんが、複数の個体が行動していることは今日確認できた」

 

「見えない敵が何体もいるってのは、やっかいだな」

 

 スティーブが肩をすくめた。

 

 そして、ふと海側の道路を担当していた二人を見る。

 

「新種の方はどうだった?」

 

 レディハンクとシェリーが顔を上げた。

 

「無線で聞いたがかなり硬かったらしいな」

 

「硬かったよ」

 

 レディハンクがすぐに答える。

 

「撃ってもほとんど弾かれた、私のマグナムでも弾かれた」

 

「正面から突撃してきたんでしょ?」

 

 隊員が尋ねる。

 

「うん。しかも、腕を前に出して盾みたいに使ってた」

 

 レディハンクはその時の動きを思い出すように、片腕を前へ突き出してみせた。

 

「そのまま走ってきたから、正面から止めるのはかなり厳しかった」

 

「身体のほとんどは甲殻で覆われてたけど、首と頭はむき出しだったから」

 

「そこが弱点だったわけか」

 

 シェリーが会話に加わる。

 

「身体を向け直すのも速かったし、腕を盾にされると正面から狙える場所がほとんどなくなるから」

 

 スティーブはしばらく黙って考えた。

 

 レディハンクが頷く。

 

「側面へ回って、首か頭を狙う。それが一番いいと思うよ」

 

「それなら、他の部隊にも共有しておいた方がいい」

 

 スティーブがハンクを見る。

 

「報告には入ってるか?」

 

「記録済みだ」

 

 ハンクは即答した。

 

「甲殻の硬さ、突進時の行動、首と頭部に装甲がないことまで含めて送る」

 

「それなら、次に出てきても対応しやすい、狭いところでは会いたくないな」

 

 今度のスティーブの言葉には、先ほどのような軽い相槌ではなく、実際の戦闘を想定した警戒が滲んでいた。

 

「俺たちのところには出なかった」

 

 スティーブが続ける。

 

「こっちもだ」

 

 ハンクが答える。

 

「現時点で確認されているのは、レディハンクたちが遭遇した一体だけだ」

 

「死体は回収したんですよね?」

 

 別の隊員が尋ねる。

 

「ああ」

 

 ハンクが頷く。

 

「回収して分析に回す。構造が分かれば、弱点も含めてもう少し具体的な対処法が作れるかもしれない」

 

「それは助かるな」

 

 スティーブが頷く。

 

「未知のまま相手するのは、できれば一回で終わらせたい」

 

 透明化するファルファレルロ。

 

 そして、二つの頭部と硬質な甲殻を持つ大型個体。

 

 テラグリジアでは、これまで知られていなかった生物兵器が次々と確認されている。

 

 そんな話が続く中、ハンクは手元の装備をまとめ終えた。

 

「俺はホテルへ行く」

 

 スティーブが顔を上げる。

 

「EUへの報告か?」

 

「ああ。今日の掃討結果と、新種の情報を伝える」

 

「了解」

 

 ハンクは立ち上がり病院を後にした。

 

 扉が閉まる。

 

 スティーブはその背中を見送り、しばらく黙っていた。

 

 やがて、レディハンクとシェリーの方へ振り返る。

 

「それと、お前ら」

 

「ん?」

 

 二人が顔を上げる。

 

「今日はさっさと寝ろよ」

 

 レディハンクがきょとんとした。

 

「え? まだ何もしてないよ?」

 

「だから、その後だよ」

 

 スティーブが苦笑する。

 

「昨日も夜遅くまで話してただろ。明日も作戦があるんだから、ちゃんと休め」

 

「はーい!」

 

 レディハンクが元気よく返事をする。

 

「分かったよ」

 

 シェリーも素直に頷いた。

 

「本当に寝るんだぞ?」

 

「分かってるって」

 

 シェリーが笑う。

 

 レディハンクも隣で笑った。

 

 スティーブは二人の顔を見てから、ようやく納得したように息を吐く。

 

「よし」

 

 それ以上は言わなかった。

 

 病院の中には、少しずつ夜の静けさが戻り始めていた。

 

 遠くでは医療スタッフが器具を片付ける音がする。避難民のいる区画からは、時折小さな話し声も聞こえる。戦闘の緊張が完全に消えたわけではない。それでも、帰還した隊員たちが身体を休められるだけの時間は確かに訪れていた。

 

 スティーブは窓の外へ目を向けた。

 

 暗い街の向こうには、まだB.O.W.が残っている。

 

 明日になれば、また戦場へ戻らなければならない。

 

 それでも今はレディハンクもシェリーもそして自分自身も休むべきだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。