アーク製薬会社   作:ai試し2

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13話 苦闘

 メインストリートでは、ハンクたちの部隊が少しずつ後方へ下がりながら、タイラントの足止めを続けていた。

 

 射撃を加えては退く。

 

 タイラントが一歩進めば、こちらも一歩下がる。

 

 決して真正面から打ち合おうとはしない。

 

 狙いは撃破ではない。

 

 ただ、時間を稼ぐことだった。

 

 スーパータイラントへの変異だけは、何としても避けなければならない。

 

 あの形態へ移行されれば、これまでの戦術そのものが通用しなくなる。今の戦力でまともに戦えば、部隊が崩壊する可能性さえある。

 

 だからこそ、ハンクは攻撃を最小限に抑えながら、タイラントを前線に釘付けにしていた。

 

「右!」

 

 隊員の声が飛ぶ。

 

 ハンクが振り向くより先に、建物の陰からハンターが飛び出した。

 

 複数の銃口が一斉に向けられる。

 

 銃声。

 

 ハンターが空中で体勢を崩し、そのまま路面へ落下した。

 

「クリア!」

 

「気を抜くな!」

 

 ハンクが返す。

 

 直後、別の建物の出入口からウーズが這い出してきた。

 

 隊員たちはタイラントから目を離さないまま、近づいてくる個体へ射撃を加える。

 

 道路上では、敵の数よりも味方の配置が重要になっていた。

 

 タイラントを止めながら、ハンターやウーズに側面を突かれないようにする。

 

 その均衡が崩れれば、一気に押し込まれる。

 

 その時だった。

 

「随分近づいてきたぞ!」

 

 隊員の一人が叫んだ。

 

 ハンクが前を見る。

 

 タイラントとの距離が、思っていた以上に縮まっていた。

 

「下がれ!」

 

 隊列を後方へ動かそうとした、その瞬間だった。

 

 タイラントが道路脇に停まっていた放置車両へ手を伸ばした。

 

 車体を掴む。

 

 そして、そのまま片足で蹴り上げた。

 

 車両が宙へ舞う。

 

「散れ!」

 

 ハンクの怒声が響く。

 

 だが、全員が避けるには近すぎた。

 

 飛ばされた車両が別の放置車両へ激突する。

 

 金属が潰れ、次の瞬間、漏れ出した燃料に火が移った。

 

 爆発。

 

「ぐあっ!」

 

 一人の隊員が爆風に巻き込まれ、路面へ叩きつけられた。

 

「負傷者!」

 

 すぐに二人の隊員が駆け寄る。

 

「立てるか!」

 

「……足が、少し……」

 

 一人が負傷者の身体を支え、もう一人が反対側から腕を取る。

 

「下がるぞ!」

 

 三人が後方へ移動を始める。

 

 炎上した車両と黒煙が視界を遮っていく。

 

 やがて、その三人の姿が煙の向こうへ消えた。

 

 ハンクは一瞬だけそちらへ視線を向けた。

 

 だが、タイラントは待ってくれない。

 

「撃て!」

 

 再び銃声が響く。

 

 隊員たちは後退しながら射撃を続けた。

 

 タイラントへ向ける射撃。

 

 建物の陰から現れるハンターへの射撃。

 

 道路へ這い出してくるウーズへの射撃。

 

 一発ごとに敵を止めながら、少しずつ後ろへ下がっていく。

 

 その時、遠くから低い振動音が聞こえてきた。

 

 ハンクが顔を上げる。

 

 ローター音だった。

 

 銃声の間を縫うように、ヘリの音が少しずつ大きくなっていく。

 

 やがて一機のヘリが建物の向こうから姿を現した。

 

 メインストリートへ入ってくる。

 

 高度が低い。

 

「まずい!」

 

 隊員の一人が声を上げた。

 

 ハンクも即座に判断する。

 

 あの高さでは危険すぎる。

 

 タイラントが、これまで何度も車両や街灯を投げていることを上空の操縦士が把握していない可能性がある。

 

「本部、こちらハンク! ヘリの高度を上げさせろ!」

 

 無線へ怒鳴る。

 

『了解! ヘリへ伝える!』

 

「急げ! 間に合うかどうかは知らんぞ!」

 

 通信を切る。

 

 ハンクは前方へ目を戻した。

 

 タイラントが道路脇へ腕を伸ばしている。

 

 今度は、そこに転がっている鉄製の棒へ手を伸ばした。

 

「来るぞ!」

 

 隊員たちが一斉に構える。

 

 集中射撃。

 

 何発もの銃弾がタイラントへ食い込む。

 

 それでも巨体は止まらない。

 

 鉄棒を握り、巨大な腕を大きく振りかぶる。

 

「伏せろ!」

 

 タイラントが鉄棒を投げた。

 

 鉄の棒が低い軌道で道路を飛んでいく。

 

 上空のヘリは急上昇していた。

 

 警告が届いたらしい。

 

 鉄棒が機体の下を通り抜けていく。

 

「助かった……」

 

 隊員の一人が息を吐く。

 

 だが、安堵は一瞬だった。

 

「もう一体!」

 

 別の隊員が叫ぶ。

 

 もう一体のタイラントが道路脇の標識を掴んでいた。

 

 支柱ごと引き抜く。

 

 そして、こちらへ向かって投げ放った。

 

「散れ!」

 

 標識が一直線に飛ぶ。

 

 放置車両へ激突した。

 

 次の瞬間、またしても爆発が起こった。

 

 炎と煙が道路を覆い隠す。

 

「負傷者!」

 

 叫び声が重なる。

 

 隊員たちが負傷した仲間を支えながら後退していく。

 

「下がれ!」

 

 ハンクも命じる。

 

 誰も振り返る余裕はなかった。

 

 前方には二体のタイラント。

 

 その周囲にはハンターとウーズ。

 

 さらに炎と煙が視界を奪っている。

 

 部隊は銃撃を続けながら、ひたすら後方へ退いた。

 

 その時、ハンクの無線機から聞き慣れた声が入る。

 

『ハンク、スティーブだ』

 

「スティーブか」

 

『もうすぐ負傷者の回収が終わる。今からそっちへ向かう』

 

 ハンクは後方を一度確認した。

 

 先ほどの爆発で負傷者が増えている。

 

 搬送に人員を割いたため、前線へ残っている隊員も減っていた。

 

 タイラントを足止めする火力も落ちている。

 

 そこへスティーブたちが来る。

 

 それだけでも大きかった。

 

『ただ、重火器はもう少し遅れる』

 

「了解した。先行してきてくれ」

 

『分かった』

 

 通信が切れる。

 

 その直後だった。

 

「トライコーン!」

 

 前方から叫び声が上がった。

 

 しかし、タイラントが引き起こした火災によって道路には濃い煙が流れている。

 

 炎の向こうで、何かが動いた。

 

「撃て!」

 

 銃声が重なる。

 

 だが、別の方向から新たな声が響いた。

 

「ピンサー!」

 

 煙の中から異形が飛び出す。

 

「うっ……!」

 

 短いうめき声。

 

「負傷者!」

 

 隊員たちが振り返ろうとした。

 

「前を見ろ!」

 

 ハンクが怒鳴る。

 

 タイラントが、煙の向こうから確実に近づいている。

 

 巨大な腕が道路脇へ伸びた。

 

 今度は何をするつもりなのか。

 

 タイラントが拾い上げたのは、一台のバイクだった。

 

 そのまま頭上へ振り上げる。

 

「来るぞ!」

 

 バイクが投げ放たれた。

 

 隊員たちが左右へ散開する。

 

 バイクが頭上を飛び越え、後方の路面へ激突した。

 

 金属が何度も跳ね、道路を滑っていく。

 

 その直後、無線が鳴った。

 

『ハンク、今着いた!』

 

 スティーブだった。

 

 ハンクが振り返る。

 

 後方からスティーブ率いる部隊が駆け込んでくる。

 

「こっちだ!」

 

「了解!」

 

 スティーブが手を上げる。

 

 部隊が前線へ展開した。

 

 その瞬間、メインストリートに響く銃声が一気に増えた。

 

 タイラントへ向けられる射撃。

 

 建物の陰から現れたハンターへの射撃。

 

 道路へ這い出してくるウーズへの射撃。

 

 減っていた火力が、一気に補われていく。

 

 ハンクは前方の二体のタイラントを見据えた。

 

 まだ重火器は届いていない。

 

 それでも、先ほどより状況は持ち直している。

 

「よし……」

 

 ハンクがライフルを構え直す。

 

「これで少しは楽になる」

 

 スティーブも隣へ並んだ。

 

「しばらくは持たせられそうだな」

 

「ああ」

 

 二人は同時に前方へ目を向ける。

 

 朝焼けの中、二体のタイラントが再び歩き始めた。

 

 ハンクは引き金へ指を掛ける。

 

「まだ終わってないぞ」

 

 再び銃声が、メインストリートを埋め尽くした。

 

 スティーブたちが前線へ到着すると、隊員たちはすぐに動き始めた。

 

 後方から持ち込んだ弾薬箱を開き、残弾の少ない者へ次々と手渡していく。

 

「使える分だけ持っていけ!」

 

 スティーブが声を張る。

 

 隊員たちはタイラントへの牽制射撃を続けながら、空になりかけたマガジンを交換し、新しい弾薬を受け取っていった。

 

 ハンクもスティーブのもとへ寄る。

 

「もらうぞ」

 

「はいよ」

 

 スティーブが弾薬を渡し、続けて予備の拳銃を手渡す。

 

 ハンクは受け取った装備を手早く確認した。

 

「重火器は?」

 

「まだだ」

 

 スティーブが前方へ目を向ける。

 

「無線で言った通り、少し遅れてる」

 

 その言葉を遮るように、メインストリートの先で凄まじい音が響いた。

 

 振り返ると、一体のタイラントがこちらへ向かって突進している。

 

 道路上に残された車両を蹴飛ばし、別の車両へ身体をぶつけながら、強引に距離を詰めてくる。

 

 その後方には、もう一体のタイラントがいた。

 

 こちらは前進を急がず、援護するように道路脇にあるものを次々と掴んでは投げ飛ばしている。

 

「来るぞ!」

 

 隊員たちが一斉に構える。

 

 スティーブは二丁のハンドガンを抜いた。

 

「ハンク」

 

「ん?」

 

「俺が突っ込むから、援護よろしく」

 

 ハンクはスティーブを見る。

 

 一瞬だけ、その意図を考えた。

 

 しかし、すぐに答えた。

 

「任せろ」

 

 スティーブは二丁の拳銃を握り直す。

 

「まあ、シェリーやレディみたいには動けないがな」

 

「それでも十分だ」

 

 ハンクが答える。

 

 スティーブが笑った。

 

「それなら、やってみるか」

 

 次の瞬間、スティーブが前へ飛び出した。

 

 二丁拳銃を構えたまま、迫ってくるタイラントとの距離を一気に詰めていく。

 

 ハンクはその背後から援護射撃を開始した。

 

 複数の銃口がタイラントへ向けられ、銃声が連続して響く。

 

 スティーブが前へ出たことで、タイラントの意識が一時的に彼へ集中した。

 

 その間にハンクの部隊は隊列を整え直す。

 

「全員、配置を戻せ!」

 

 隊員たちがそれぞれ持ち場へ散開する。

 

 スティーブの部隊も同様だった。

 

 互いに手短な合図を交わし、再び一つの戦線を作っていく。

 

「もう一体を狙え!」

 

 ハンクが叫ぶ。

 

 複数の銃口が、スティーブの相手とは別のタイラントへ向けられた。

 

 一斉射撃。

 

 弾丸が巨体へ集中する。

 

 二体目のタイラントがこちらへ向き直ろうとするが、集中した火線に阻まれ、足を止めた。

 

 その間も、スティーブは一人で最初のタイラントを引きつけていた。

 

 巨大な拳が振り下ろされる。

 

 スティーブは横へ跳んだ。

 

 拳が路面へ叩きつけられ、コンクリートが大きく揺れる。

 

 スティーブはすぐに間合いを取り直し、二丁のハンドガンを撃ち込んだ。

 

 タイラントが腕を横薙ぎに振る。

 

 スティーブは身を低くしてかわした。

 

 そのまま反対側へ回り込み、再び撃つ。

 

 撃つ。

 

 かわす。

 

 また撃つ。

 

 決して正面から力比べをしない。

 

 タイラントの身体の向きと足の動きを読み、攻撃が届かない位置へ移動しながら少しずつ敵の意識を引きつけていた。

 

 ハンクも、ようやく呼吸を整える余裕を取り戻していた。

 

 無線機を口元へ持っていく。

 

「スティーブ」

 

『なんだ?』

 

「下手な踊りは、もう見飽きた」

 

 一瞬、無線の向こうが静かになる。

 

 そして、スティーブの笑い声が返ってきた。

 

『そっちも少しは休めたみたいだな』

 

「ああ」

 

『じゃあ、もう少しだけ付き合ってくれ』

 

「無茶をするな」

 

『分かってる』

 

 スティーブは一度タイラントとの距離を大きく取った。

 

 その直後だった。

 

 後方から、複数の足音が近づいてくる。

 

「大丈夫か!」

 

 EU隊員の声だった。

 

 ハンクが振り返る。

 

 その手には、待ち望んでいた装備があった。

 

「……重火器か」

 

「そうだ!」

 

 隊員たちが駆け込み、ロケットランチャーを運び込んでくる。

 

「ようやく来たか!」

 

 ハンクが受け取る。

 

 その時、無線から別の連絡が入った。

 

『本部から連絡。重武装のヘリ部隊も、まもなくそちらへ到着する』

 

「了解」

 

 ハンクは通信を切った。

 

 前方を見据える。

 

 二体のタイラント。

 

 周囲には、まだハンターとウーズが残っている。

 

 だが、先ほどまでとは状況が違った。

 

 弾薬は補充された。

 

 部隊も増えた。

 

 重火器まで届いた。

 

 そして、上空からの支援も間もなく加わる。

 

「まずはスティーブが引きつけている方から仕留める」

 

 ハンクが告げる。

 

 隊員たちが一斉に武器を構え直した。

 

 スティーブも二丁のハンドガンを握り直し、正面に立つタイラントへ向き直る。

 

 巨体が再び腕を振り上げた。

 

 スティーブが身を沈める。

 

 EU隊員から重火器を受け取ったハンクの部下たちは、すぐに装備を確認した。

 

 弾薬を確かめ、ロケットランチャーの状態を確認する。誰も余計な言葉を交わさない。目の前には、なお二体のタイラントがいる。

 

 ハンクが四人を呼び寄せた。

 

「四人、来い」

 

 隊員たちが駆け寄る。

 

 そのうちの一人から、ハンクはロケットランチャーを受け取った。

 

 肩へ担ぐ。

 

 照準器を確認し、前方へ視線を向けた。

 

「スティーブ、聞こえるか」

 

『ああ……聞こえてる』

 

 返ってきた声には、さすがに疲労が滲んでいた。

 

 ほぼ一人でタイラントの注意を引き続けていたのだ。呼吸も乱れている。

 

 ハンクはそれを聞き取っても、余計な言葉は挟まなかった。

 

「そろそろ終わらせる。隙を作れるか?」

 

『……作る』

 

 短い返答だった。

 

 スティーブは二丁のハンドガンを握り直す。

 

 そして、再びタイラントへ向かって走り出した。

 

 銃声が連続する。

 

 一発目は肩。

 

 銃弾を受けたタイラントがスティーブへ身体を向けた。

 

 その動きを確認すると、スティーブはすぐに横へ回り込む。

 

 二発目。

 

 今度は耳元を狙う。

 

 タイラントの頭部が反応した。

 

 スティーブはさらに位置を変えた。

 

 左右へ動きながら二丁の銃口を交互に向ける。

 

 そして、一瞬だけ動きを止めた。

 

 二つの銃口がタイラントの目を捉える。

 

 引き金は引かない。

 

 ただ、そこを狙っていることだけを明確にする。

 

 タイラントが反射的に腕を持ち上げた。

 

 巨大な腕が顔の前を覆う。

 

 視界が塞がれる。

 

 スティーブはその瞬間を逃さなかった。

 

 後方へ跳ぶ。

 

 タイラントの拳が届かない距離まで一気に離れ、そのままハンクの射線からも外れた。

 

 

 視界を奪われた今なら、隙ができる。

 

 ハンクは迷わなかった。

 

 照準。

 

 引き金を引く。

 

 轟音とともにロケット弾が飛び出した。

 

 タイラントの両腕へ直撃する。

 

 爆炎が膨れ上がり、巨体が大きく揺れた。

 

 さすがのタイラントも踏みとどまれず、背中から地面へ倒れ込む。

 

 二人の隊員が放置車両へ駆け寄っていた。

 

 車体を足場にして少し高い位置を取り、煙の向こうへ射線を確保する。

 

 タイラントが立ち上がろうとしていた。

 

 二人がほぼ同時に引き金を引く。

 

 二発のロケット弾が飛ぶ。

 

 タイラントへ命中した。

 

 爆発が重なり、巨体が再び大きく揺らぐ。

 

 残った一人もロケットランチャーを構えたまま前へ出る。

 

 その横には、スティーブが戻ってきていた。

 

「大丈夫か?」

 

「まだ動ける」

 

 スティーブは息を整えながら二丁の拳銃を構え直す。

 

 二人が煙の向こうへ目を向ける。

 

 やがて、爆煙が少しずつ薄れていった。

 

 そこに倒れていたのは、頭部を失ったタイラントだった。

 

 動かない。

 

 スティーブが慎重に距離を詰める。

 

 銃口を下げず、数秒間その身体を観察した。

 

「……死んでるみたいだな」

 

 無線機を手に取る。

 

「こちらスティーブ。タイラント一体、撃破」

 

 ハンクも無線へ続けた。

 

「スーパータイラント化は防げたようだ」

 

『了解』

 

 念のため、ハンクはロケットランチャーを撃ち終えた二人をその場に残し、ロケットランチャーを装備するものを護衛させる。

 

「万が一がある。そいつを監視してろ」

 

「了解」

 

 三人が倒れたタイラントへ銃口を向ける。

 

 ハンクはスティーブを見る。

 

「行くぞ」

 

「ああ」

 

 二人が同時に前方へ向き直った。

 

 まだ、もう一体残っている。

 

     ◆

 

 残ったタイラントは、道路上に停車していたバスへ両手を掛けていた。

 

 巨体が力を込める。

 

 タイヤが路面を擦り、重い車体がゆっくりと動き出した。

 

 やがて速度が上がる。

 

 タイラントはバスそのものを盾にするように押しながら、こちらへ進んでくる。

 

「下がれ!」

 

 隊員たちが左右へ散った。

 

 バスが道路上の放置車両を次々と押し退け、金属が潰れる音が連続する。

 

 その後ろから、タイラントの巨体が迫ってくる。

 

「トライコーン!」

 

 突然、隊員の一人が叫んだ。

 

 煙の向こうから硬質な棘が飛来する。

 

「ぐっ!」

 

 隊員の一人が攻撃を受け、足元をふらつかせた。

 

「足をやられた!」

 

 二人の隊員が駆け寄る。

 

「掴まれ!」

 

 負傷した隊員の腕をそれぞれ肩へ回し、後方へ運ぼうとする。

 

 だが、その瞬間だった。

 

 タイラントが押していたバスへ、横から別の車両がぶつかった。

 

 衝撃で車体が大きく押し出される。

 

「逃げろ!」

 

 間に合わなかった。

 

 滑ってきた車両と別の放置車両の間へ、負傷した隊員の片足が挟まった。

 

「うあああっ!」

 

「大丈夫か!」

 

 二人が必死に車体を動かそうとする。

 

 しかし、その背後からバスが迫ってくる。

 

 押し進めるタイラントの巨体が、バスの陰から姿を現した。

 

 タイラントの視線が、動けなくなった隊員へ向く。

 

 巨体が止まった。

 

 そして、ゆっくりと走り出す。

 

「来るぞ!」

 

 その瞬間だった。

 

 上空からロケット弾が飛来した。

 

 タイラント付近で爆発が起こる。

 

 巨体が足を止めた。

 

 ハンクが空を見上げる。

 

 そこには一機のヘリがいた。

 

 機体からロープで吊り下げられた隊員が、空中でロケットランチャーを構えている。

 

 別のヘリは、近くの建物へ接近していた。

 

 屋上へ降下してきた重武装部隊が、着地すると同時に散開する。

 

 それぞれが射線を確保した。

 

「撃て!」

 

 二人の隊員がほぼ同時に発射する。

 

 二発のロケット弾が飛び、タイラントへ連続して命中した。

 

 爆煙が道路を覆う。

 

 ハンクは無線機を取った。

 

「ロケットランチャーを一つ寄越せ!」

 

 近くの隊員が駆け寄り、ランチャーを手渡した。

 

 ハンクは受け取ると、すぐに別の隊員へ向き直る。

 

「そいつを構えておけ。指示を待て」

 

「了解!」

 

 煙の向こうで、巨大な影が動いた。

 

 まだ生きている。

 

「撃て!」

 

 ハンクが命じる。

 

 ロケット弾が発射される。

 

 再び爆発が起こり、濃い煙が周囲へ広がった。

 

「行くぞ」

 

 ハンクはランチャーを構えたまま前へ進む。

 

 スティーブも隣についた。

 

 二人が煙の中へ近づいていく。

 

 しばらくして、無線から声が入った。

 

『こちらスティーブ。タイラント撃破』

 

 ハンクが足を止める。

 

 煙の向こうには、倒れた巨体があった。

 

 二体。

 

 どちらも動かない。

 

 ハンクは周囲へ視線を巡らせた。

 

 隊員たちの間に、ようやくわずかな安堵が広がった。

 

 だが、戦闘そのものが終わったわけではない。

 

 道路の向こうには、まだハンターとウーズが残っている。

 

 タイラントの攻撃とロケット弾によって火災も広がり、メインストリートの各所から黒煙が立ち上っていた。

 

「……やっと一息つけると思ったら、まだ仕事が残ってるな」

 

 スティーブが燃え続ける道路を見ながら呟く。

 

「ああ」

 

 ハンクは短く答えた。

 

 そして、すぐに次の指示を出す。

 

「負傷者を後送する。動ける者は搬送を手伝え」

 

「了解!」

 

 ハンクとスティーブの部隊は、負傷した隊員たちを安全な場所まで運び始めた。

 

 待機していた後送部隊へ一人ずつ引き渡していく。

 

 その最中、無線機が鳴った。

 

『こちら本部。すまないが、そちらの位置をしばらく維持してくれ』

 

 ハンクが無線を取る。

 

『タイラントの死体を回収する。可能な限り状態を確認しておきたい』

 

「了解」

 

 ハンクは通信を切った。

 

 タイラントが倒れたことで、一瞬だけ空気が緩んだ。

 

 だが、周辺では銃声や爆発に引き寄せられたウーズが次々と姿を現していた。

 

 建物の出入口から這い出してくる。

 

 路地から道路へ進んでくる。

 

「前方!」

 

 隊員が叫ぶ。

 

 銃声。

 

 ウーズが路面へ崩れた。

 

 別の個体が現れる。

 

 今度はスティーブが二丁拳銃を向けた。

 

 数発の銃声。

 

 それも倒れる。

 

「近づけるな。死体を守れ」

 

 隊員たちが配置につく。

 

 タイラントの回収が終わるまで、ここを維持しなければならない。

 

 スティーブが空を見上げる。

 

 先ほどまで上空から支援していた重武装ヘリが、別の方向へ向かっていた。

 

「第二病院のほうへ向かったみたいだな」

 

「ああ」

 

 ハンクは短く答える。

 

「第一病院、状況を報告しろ」

 

 無線を切り替える。

 

『第一病院は問題なし。現在も防衛を継続しています』

 

「第二病院は?」

 

 返答まで、わずかに間があった。

 

『第二病院では死傷者が出ています』

 

 ハンクの表情がわずかに険しくなる。

 

「……そうか」

 

「民間人は?」

 

『民間人に死者、負傷者はありません。避難民は無事です』

 

 ハンクは短く息を吐いた。

 

「ならいい」

 

 それだけを告げて通信を切る。

 

 周囲では、まだウーズの気配が消えていない。

 

 黒煙が上がり続けるメインストリートの先では、別の場所からも銃声が聞こえていた。

 

 戦いは終わっていない。

 

 それでも、最大の脅威だった二体のタイラントは倒した。

 

 ハンクはライフルを構え直し、道路の先を見据えた。

 

「回収が終わるまで、ここを守るぞ」

 

 隊員たちが頷く。

 

 燃え続けるメインストリートの中で、部隊は再び防衛線を組み直した。

 

     ◆

 

 ホテルへ戻ったハンクとスティーブを、クレアが出迎えた。

 

 二人の姿を確認すると、クレアはまず負傷者の状況へ視線を向けた。

 

「お疲れ様。負傷者のことは私に任せて」

 

 その声に疲労は滲んでいたが、表情は落ち着いている。

 

 ハンクは短く頷いた。

 

「頼む」

 

 それ以上の言葉を交わすことなく、クレアは二人の部隊から出た死者と負傷者の対応へ向かった。医療担当者と連携しながら、負傷者を一人ずつ確認していく。

 

 ハンクとスティーブは、そのままEU側の指揮官が待つ部屋へ向かった。

 

 中へ入ると、指揮官が二人を見て口を開いた。

 

「ご苦労だった。まずは休め」

 

 テーブルには、すでに二人の部隊の損害と現在の配置をまとめた資料が置かれていた。

 

「ハンクの部隊は第一病院へ移動して休息を取ってくれ。スティーブの部隊も第二病院で休息をとってくれ」

 

「了解」

 

 ハンクが答える。

 

「分かった」

 

 スティーブも頷いた。

 

 二人はそれぞれの部隊を集めると、ホテルを後にした。

 

     ◆

 

 第一病院へ戻ったハンクは、まず建物の中を見回した。

 

 病院内では医療スタッフが忙しく動いている。

 

 避難民の姿も多い。

 

 その中で、見慣れた二人の姿だけが見当たらなかった。

 

「二人は?」

 

 近くにいた隊員へ尋ねる。

 

「レディハンクとシェリーなら、もう寝ています」

 

「そうか」

 

 ハンクはそれだけ言うと、周囲の状況を聞き取った。

 

「病院に問題は?」

 

「今のところありません。守備隊も通常通りです」

 

「そうか」

 

 ハンクは頷き、自分の部隊がここで休むことになったと伝えた。

 

「今日は俺たちもここで休む。第一病院への増援が必要になった」

 

「了解です」

 

 隊員は頷いた。

 

 ハンクはそれ以上細かな指示を出さなかった。

 

 今日一日だけでも十分に戦った。

 

 今は隊員たちに休ませる必要がある。

 

 ハンク自身も装備を外すと、空いている場所へ腰を下ろした。

 

 ようやく身体を休めることができる。

 

     ◆

 

 一方、スティーブは第二病院へ向かっていた。

 

 到着すると、すぐに病院内の状況を確認する。

 

 先ほどのタイラントによる襲撃で、第二病院のアークの部隊にも死者と負傷者が出ていた。

 

 廊下には負傷者が並び、医療スタッフが慌ただしく処置を続けている。

 

 スティーブは負傷した隊員たちのもとへ歩いていった。

 

「よくやった」

 

 短い言葉を掛けながら、一人ずつ様子を確認していく。

 

 顔を見れば、どれだけ厳しい戦闘だったのかは分かる。

 

 それでも、ここを守った。

 

 スティーブは最後まで確認を終えると、死者についても報告を受け、後送の手配を始めた。

 

 やがて周囲の隊員へ向き直る。

 

「俺たちはここで休むことになった。しばらくこの病院にいる」

 

「了解です」

 

 隊員が答えた。

 

 スティーブは病院内を見渡した。

 

「こっちは大丈夫か?」

 

「はい。死傷者は出ましたが、避難民は無事です」

 

「そうか」

 

 スティーブが安堵したように頷く。

 

 それから、メインストリートで起きた戦闘について簡単に伝えた。

 

「メインストリートではタイラント二体を撃破した」

 

「タイラントを二体も……」

 

 隊員が驚いたように目を見開く。

 

「ああ。かなり厳しい戦いだった」

 

 スティーブは凝り固まった肩を軽く回した。

 

「それと、FBC側もタイラントの襲撃を受けた」

 

「FBC側もですか?」

 

「ああ。俺たちがEU本部にいたとき、その報告も入っていた」

 

 スティーブは少し険しい顔で続ける。

 

「EU本部にも各方面から報告が殺到してる。かなり混乱してるみたいだ」

 

 隊員たちは互いに顔を見合わせた。

 

 第一病院。

 

 第二病院。

 

 メインストリート。

 

 そしてFBC側。

 

 テラグリジア各地で、タイラントが相次いで確認されている。

 

「……一気に状況が変わったな」

 

 スティーブが呟く。

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

 あまりにも多くの場所で、大型B.O.W.が同時に現れている。

 

 だが、今はそれ以上を考える余裕もない。

 

 長時間にわたる夜間の掃討。

 

 その直後に発生したタイラントとの戦闘。

 

 さらに負傷者の後送まで行った。

 

 部隊に残された疲労は大きかった。

 

「みんな、今は休め」

 

 スティーブが隊員たちへ声を掛ける。

 

「次に何が起きるか分からない。動けるうちに休んでおけ」

 

「了解」

 

 隊員たちはそれぞれ休める場所を探して動き始める。

 

 スティーブもようやく装備を下ろした。

 

 病院の外から、遠くで銃声が響く。

 

 テラグリジアでは、まだ戦いが続いている。

 

 それでも今だけは、第一病院と第二病院、それぞれの場所で隊員たちが身体を休める時間だった。

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