アーク製薬会社 作:ai試し2
朝。
クリスはゆっくりと目を開けた。
最初に視界へ入ったのは、見慣れない天井だった。
「……?」
一瞬どこにいるのか思い出せなかった。
身体を起こし、室内を見回す。
簡素なベッド。
壁際に置かれた机。
窓から差し込む柔らかな朝の光。
どれも自分が普段利用している施設とは違っていた。
だが、ほんの数秒後には昨夜までの出来事が蘇ってきた。
テラグリジア。
そして、ここは街の中にある大学。
「……そうか」
クリスはようやく状況を思い出した。
これまでBSAAは、テラグリジアへ繋がる橋の手前で待機していた。
FBCとの関係もあり、BSAAの部隊は簡単には市内へ入れなかった。
それが昨日になって、ようやく状況が動いた。
アークから必要なワクチンが供給されたことで、クリスたちもテラグリジア内部へ入ることができたのだ。
大学へ到着したのも、まだ昨日のことだった。
それなのに、こうして朝を迎えてみると、少し不思議な気分になる。
ようやく自分たちも、この街の中で戦うことができる。
そんなことを考えていると、部屋の扉が軽く叩かれた。
「クリス?」
聞き慣れた声。
ジルだった。
クリスは壁際の時計へ目を向ける。
「……もう朝か」
どうやら、思っていたより長く眠っていたらしい。
「入っていいぞ」
声を返す。
「朝食、食べに行きましょう」
扉の向こうから、気負いのない声が返ってきた。
クリスは思わず苦笑した。
「分かった」
ベッドから立ち上がる。
まだ身体には疲労が残っている。
それでも昨日までとは違った。
自分たちはもう、テラグリジアの外にいる部隊ではない。
ここで任務を担う側に入ったのだ。
扉へ向かい、ノブを回す。
開いた先には、ジルが立っていた。
「おはよう、クリス」
「ああ。おはよう、ジル」
ジルはクリスの顔を見ると、わずかに笑った。
「みんな、もう集まり始めてるわ」
「そうか」
クリスは一度だけ、部屋の中を振り返った。
昨日までとは違う朝だった。
まだ敵の多い街の中にいる。
それでも、ようやく自分たちの足で動き始めることができる。
「行こう」
クリスが言う。
「ええ」
ジルが頷いた。
二人は並んで廊下へ出た。
大学の校舎には、まだ朝の静けさが残っている。
避難民のために使われている区画からは、少しずつ人の声が聞こえ始めていた。
その中を二人は歩いていく。
向かう先は、朝食が用意されている場所だった。
テラグリジアで、新しい一日が始まろうとしていた。
◆
大学の中庭には、朝の柔らかな光が降り注いでいた。
校舎の一角では、避難してきた市民たちが食事を受け取っている。その周囲では、現地警察官やEUの隊員、アークの隊員たちがそれぞれの持ち場を行き来していた。
昨夜まで銃声が響いていた街とは思えない。
クリスはジルと並んで、その簡素な朝食を取っていた。
手にした食事へ視線を落とし、何気なく周囲へ目を向ける。
学生が使っていたのであろうベンチ。
手入れされた植え込み。
校舎の壁に貼られた、大学の行事を知らせる掲示。
どれも、本来なら穏やかな日常の中にあるものだった。
今、この場所が避難所として使われているという事実のほうが、むしろ不自然に感じられる。
「……こうして見ると、平和だな」
クリスがぽつりと呟いた。
「そうね」
ジルも中庭を眺める。
クリスは自分の格好へ目を落とした。
迷彩服。
銃。
装備一式。
「こんな場所に、この格好でいるってのも妙な感じだな」
「大学に兵士がいる時点で、普通じゃないもの」
「まあ、それもそうか」
クリスが苦笑する。
少しだけ食事を進めてから、再び街の外へ視線を向けた。
「昨日まで、俺たちは橋の向こうで待つしかなかったんだよな」
「ええ」
ジルが答える。
「入る準備はできていたのに、ワクチンの問題で止められていた」
「ああ。それが昨日になって、ようやく入れた」
クリスは昨日のことを思い返した。
BSAAは長い間テラグリジアの外で待機していた。
目の前には救援を必要としている街がある。
それなのに、自分たちは中へ入ることすらできない。
ようやくワクチンが用意され、テラグリジアへ入ることができた。
「正直、もっと早く入れていればと思うよ」
「私も同じことを考えたわ」
ジルはそう答えたものの、それ以上は責めるような口調にはならなかった。
「でも、実際に中へ入ってみたら……想像していた以上だった」
「B.O.W.の数?」
「それもある。街そのものが戦場になってる」
クリスは中庭を見渡した。
避難民。
警察官。
EUの部隊。
アークの隊員。
それぞれが同じ場所に集まっている。
それを見ているうちに、クリスの視線が現地警察官たちへ向いた。
「……現地警察か」
ジルも同じ方向を見る。
「第三地区では、今も警察官たちが避難民の警護や警戒を続けてるみたいね」
「ああ」
クリスは彼らをしばらく眺めていた。
テラグリジアでは、警察本部そのものがタイラントの襲撃を受け、大きな損害が出ている。
それでも、ここで市民を守るために動き続けている警察官がいる。
その光景を見ているうちに、クリスの中で別の街の記憶が重なった。
ラクーンシティ。
そして、R.P.D.
クリス自身は、あの事件の現場にいたわけではない。
だが、事件について知らないわけではない。
ジルとクレアから聞かされたこと。
事件後に知った情報。
そして、そこで何が起きたのか。
今こうして第三地区の警察官たちを見ていると、それらが自然と思い出された。
市民を守るために職務を続ける警察官。
危険な状況にあっても、持ち場を離れない人間。
「……あの街のR.P.D.を思い出すな」
クリスが呟いた。
ジルは何も言わなかった。
ただ、クリスが何を思い浮かべているのかは理解していた。
クリスの視線が、しばらく現地警察官の姿を追う。
そして、その先に浮かんだのは、ある部隊のことだった。
かつて、自分が所属していた部隊。
まだ世界が今ほど広く感じられなかった頃。
仲間たちと訓練を重ね、同じ任務へ向かい、背中を預けた時間。
今では、それぞれ別の道を歩いている。
それでも、あの頃の仲間たちを忘れたわけではない。
できることなら。
もう一度、S.T.A.R.S.の仲間たちと同じ場所で戦いたかった。
「……S.T.A.R.S.……」
クリスの口から、静かに名前が漏れた。
ジルは隣で黙っていた。
クリスはしばらく中庭を見ていたが、やがて小さく息を吐く。
「また、みんなで戦えたらいいんだけどな」
ジルは少しだけ笑った。
「そうね」
短い言葉だった。
それ以上のことを言わなくても、二人には十分だった。
少し離れた場所では、アークの隊員たちが装備を確認している。
その中には、かつてなら敵としてしか見なかった元U.S.S.の隊員もいる。
クリスがそちらへ目を向ける。
「それにしても……」
苦笑が浮かぶ。
「U.S.S.の連中と肩を並べて戦うことになるとはな」
「本当にね」
ジルも微笑む。
「昔の私たちが見たら、信じないでしょうね」
「ああ」
クリスは頷いた。
敵だった者たち。
そして、今は同じ目的のために武器を持っている者たち。
世界は、随分と変わった。
「世界ってのは、変わるもんだな」
「私たちもね」
二人は顔を見合わせ、ほんの少し笑った。
その時、ジルが腕時計へ目を落とす。
「あ、クリス」
「ん?」
「そろそろ時間よ」
「何の時間だ?」
「スティーブとの打ち合わせ」
「ああ……そうだったな」
クリスが食事を終えて席を立つ。
第三地区の防衛について、これから確認しなければならない。
ジルはその横顔に、ふと悪戯っぽい笑みが浮かべた。
「それにしても、スティーブもロシアのときより頼もしくなったわね」
「……そうだな」
「クリスも、そう思ってるんでしょ?」
「まあ、認めるよ」
クリスは肩をすくめた。
「昔は生意気だったが、今じゃ立派な指揮官だ」
「へえ。珍しく素直じゃない」
「お前な……」
ジルのからかうような笑顔に、クリスは呆れたように息を吐いた。
「ほら、行くぞ」
「はいはい」
二人は朝食を終えると、席を立った。
穏やかな朝の空気はまだ中庭に残っている。
避難民の声。
警察官の指示。
隊員たちが装備を点検する音。
そんな日常とは少し違う音が混じり合いながら、大学には短い平穏が戻っていた。
だが、この街の至る所で、今もウーズが潜んでいる。
そのことを二人は知っていた。
平穏に見えるこの時間も、決して戦いが終わったわけではない。
「行こう」
クリスが言う。
「ええ」
ジルが答える。
二人はスティーブとの打ち合わせへ向かうため、校舎の中へと歩き出した。
◆
会議室の扉を開けると、すでに何人かの隊員が集まっていた。
クリスが最初に目にしたのは、シェリーとレディハンクだった。
シェリーとはクレアを通して何回か交流している。
一方レディハンクについては、まだ知らないことが多い。
アークの部隊で隊長を務めている。
そう聞いていたため、クリスは相応の経験を積んだ人物を想像していた。
だが、実際に目の前にいる少女は、スティーブよりもずっと若い。
しかも、その年齢を感じさせない立場にいるわりには、妙に気さくな雰囲気を持っていた。
そんなことを考えていると、レディハンクがこちらへ気づいた。
「おはよう!」
屈託のない笑顔とともに、手まで振ってくる。
「ああ、おはよう」
クリスも手を上げて応じた。
朝からずいぶん元気な奴だ。
「おはようございます、クリスさん。ジルさんも」
シェリーも顔を上げる。
「おはよう、シェリー」
「おはよう」
ジルが笑顔で返した。
三人が席へ着く。
それからほどなくして、会議室の扉が開いた。
「待たせたな」
スティーブが入ってくる。
「おはよう、スティーブ」
「おはようございます」
それぞれ挨拶を交わし、全員が席に着いた。
スティーブは持ってきた資料を机へ並べる。
「それじゃあ、始めよう」
最初に取り上げたのは、今日の活動に関係する連絡事項だった。
「まず、昼にはファルファレルロ対策用の探知装備が届く」
スティーブが資料を一枚取り出す。
「前に説明した通り、こいつは透明化する。もう分かってると思うが、目だけに頼らないでくれ。装備が届いたら大学側で使ってくれ」
クリスは資料へ目を落とした。
「熱や赤外線で探知できる装備なら、今後の捜索でもかなり役立ちそうだな。実際に使えるなら、早めに運用へ入れよう」
「ああ。届いたら確認してくれ」
スティーブは短く頷いた。
次の資料を取り出す。
「それと、座学用にメインストリート奪還作戦の映像を持ってきた」
「作戦の映像を?」
クリスが尋ねる。
「ああ。実際の戦闘を見てもらったほうが分かりやすい」
スティーブは映像記録の入った機材を示した。
「生存者を救出するときの判断や、地上部隊の動きも参考になるはずだ」
クリスは頷いた。
「それなら見ておきたい。昨日の訓練と照らし合わせれば、こっちの動きにも活かせそうだ」
「ああ。あとで使ってくれ」
スティーブはさらに別の資料を取り出した。
「それから、ヘリを二機、クレアが確保してくれた。大学で使ってくれ」
「二機も?」
クリスが聞き返す。
「ああ。第三地区で活動するなら、あったほうがいいだろ」
クリスは少し考えてから頷いた。
「確かに必要だな。地上だけじゃ対応しきれない事態もあり得る。助かる」
「こっちは第三病院の守備隊からもヘリを借りられるからな。そっちで使ってくれ」
「分かった。状況に応じて使う」
スティーブも頷いた。
その後も、大学と第三病院の連絡方法、緊急時の支援要請、部隊同士の連携などについて確認が続いた。
それぞれが質問を挟みながら、必要な事項を整理していく。
やがて、一通りの打ち合わせを終えると、スティーブが時計へ目を向けた。
「俺は今日一日、第三病院でやることがある。何かあれば無線で連絡してくれ」
「了解。大学側は俺たちで見ておく」
クリスが答える。
すると、レディハンクが勢いよく手を挙げた。
「じゃあ、私たちは午前中、大学の中を探索する!」
明るい声が会議室に響いた。
クリスが彼女を見る。
「まだ確認していない場所があるのか?」
「うん。大学は広いし、避難民がいる場所も全部見ておきたい」
レディハンクが答える。
シェリーも頷いた。
「一緒に回るよ」
レディハンクは元気よく笑った。
「もちろん!」
クリスはジルへ目を向ける。
「俺たちはどうする?」
「昨日、ウーズとの実戦を経験したばかりでしょう」
ジルは机の上の映像記録へ視線を落とした。
「午前中は座学でいいと思う。作戦映像を見ながら、昨日の戦闘と比べてみましょう」
「それがいいな」
クリスも同意した。
「昨日は実際に戦ったことで、情報だけでは分からなかったことも見えてきた。今のうちに整理しておこう」
「ええ」
ジルが頷く。
スティーブは席を立った。
「俺はそろそろ行く」
クリスも立ち上がる。
「第三病院の状況、何かあったら連絡してくれ」
「ああ。大学側も何かあればすぐ伝える」
二人は短く言葉を交わした。
スティーブは会議室を出ていく。
その姿を見送ったレディハンクも立ち上がった。
「じゃあ、私たちも行こう」
「うん」
シェリーも席を立つ。
愛犬が二人の後ろへついていく。
「それじゃあ、また後で」
シェリーがクリスたちへ声を掛ける。
「ああ。気をつけてな」
クリスが返す。
二人と一匹が会議室を出ていった。
残ったクリスとジルは、机の上の資料をまとめ始める。
「これを持って戻ろう」
クリスが映像記録の機材を手に取る。
「ええ。昨日の戦闘を一度整理しておきましょう」
二人は資料を抱え、BSAAの隊員たちが待つ場所へ向かって歩き始めた。
今日は銃を撃つだけが任務ではない。
テラグリジアで得た経験を次の戦いへ繋げるため、情報を整理し、互いの知識を補う。
その準備も、これから生き残るためには欠かせなかった。
◆
大学の一室には、BSAAの隊員たちが集まっていた。
室内の照明は落とされ、正面のスクリーンだけが白く浮かび上がっている。
そこへ映し出されているのは、スティーブから提供されたメインストリート掃討作戦の記録映像だった。
画面の中では、昼間のテラグリジアをEUの部隊が進んでいる。
道路には放置された車両が並び、建物の出入口や路地の奥には濃い影が落ちている。隊員たちは互いの間隔を保ちながら、周囲へ絶えず視線を走らせていた。
「……これが、メインストリートか」
隊員の一人が小さく呟いた。
「ああ。話には聞いてたけど、実際に見ると印象が違うな」
隣の隊員も画面を見つめたまま答える。
映像の中で先頭の隊員が立ち止まった。
後続もそれに合わせて足を止める。
銃口が一斉に建物の陰へ向いた。
「かなり慎重だな」
「それだけ、どこから来るか分からないってことだろ」
別の隊員が頷く。
「昨日、俺たちもウーズに襲われたけど……あれは厄介だった」
「狭い場所に入り込むからな」
「棚の中までいるとは思わなかった」
小声で交わされる言葉には、昨日の実戦を経た者にしか分からない実感があった。
映像が進む。
ウーズが車両の陰から飛び出す。
EUの隊員たちは即座に反応し、射撃を集中させる。
「こうして見ると、街そのものが戦場だな」
「道路だけ見てればいいわけじゃない」
「建物も、路地も、車の陰も全部だ」
隊員たちは画面から得た情報を口にする。
昨日までなら単なる作戦映像だっただろう。
だが、今は違う。
実際にウーズと戦った経験があるからこそ、映像の中の隊員たちがどこを警戒しているのか、その意味が理解できる。
「昨日の訓練と合わせて見ると、参考になるな」
「ああ。実際に戦った後だから、動きがよく分かる」
「次に出てきた時は、もう少し落ち着いて対応できそうだ」
後方では、クリスが隊員たちの様子を黙って見ていた。
誰もが真剣だった。
単に映像を眺めているわけではない。
自分たちが次に同じ場所へ入った時、どう動くべきなのかを考えながら見ている。
隣ではジルもスクリーンを見つめていた。
やがて映像が切り替わる。
映像が切り替わる。
今度は、メインストリート上空を飛ぶヘリが映し出された。
機体は建物の屋上へゆっくりと接近し、一定の高度を保ちながら旋回している。
「……ヘリボーンか」
クリスが呟く。
画面の中では、ヘリから隊員たちが次々と降下していた。
屋上へ降り立った隊員たちは、周囲を確認するとすぐに建物内部へ入っていく。
役割が決まっているのか、動きに迷いがない。
しばらくすると、生存者を連れた隊員たちが再び屋上へ姿を現した。
一人が負傷者を支え、その周囲を別の隊員たちが固めている。
屋上を確保している隊員がヘリへ合図を送る。
機体が近づき、生存者と隊員が次々と収容されていく。
最後の隊員が機内へ入ると、ヘリはすぐに屋上を離れた。
「……無駄がないな」
BSAAの隊員の一人が感心したように呟く。
「降下してから救助まで、全部が一つの流れになってる」
別の隊員も頷く。
クリスは腕を組んだまま、画面を見つめていた。
「なあ」
近くにいた元軍人の隊員へ声を掛ける。
「あれは軍の部隊か?」
「ああ。装備と動きを見る限り、軍だろうな」
隊員は映像を追いながら答えた。
「しかも、かなりの精鋭部隊だと思う」
「やっぱりそうか」
クリスはスクリーンへ目を戻した。
その動きは、昨日まで自分たちが行っていた訓練とは明らかに違っている。
「俺たちにも、あれができると思うか?」
クリスがジルへ尋ねる。
ジルは少し考えてから答えた。
「ヘリの操縦自体は問題ないでしょうね。この部隊にも腕利きのパイロットはいるもの」
「ああ」
クリスは画面を指す。
「問題は降下する側だな」
ヘリから降りる。
屋上を確保する。
建物へ入り、生存者を確保する。
そして、その人間を守りながら再び屋上へ戻り、ヘリに収容する。
クリスはその一連の流れを目で追った。
「ヘリから降りて、生存者を確保して、そのまま機内へ戻る。あの一連の動きを同じようにやれと言われたら、今の俺たちには難しい」
「そうね」
ジルも頷く。
別のBSAA隊員も画面を見つめた。
「映像の部隊は、動きが完全に決まってますね」
「ああ」
クリスが答える。
スクリーンでは、最後の隊員を収容したヘリが屋上から離れていく。
その機体が小さくなっていくまで、隊員たちは誰も画面から目を離さなかった。
実際に自分たちが同じ状況へ入った時、何が必要なのか。
それぞれが映像を見ながら考えていた。
◆
昼を過ぎると、クリスたちは午前中の活動を終え、午後の行動について話し合っていた。
クリスはテーブルの上へ地図を広げる。
「午後は、第一候補の道路を続けよう」
大学と第三病院を結ぶために選んだ二本の道路。そのうち、レディハンクの部隊は前日に第二候補の道路を掃討している。クリスたちが担当しているのは、もう一方の第一候補だった。
「昨日は途中までだったから、今日はもう少し先まで進めたい」
ジルも地図を覗き込んだ。
すると、レディハンクが二人へ告げる。
「私たちは大学に残るよ」
「大学でやることがあるから」
シェリーも頷いた。
クリスがレディハンクを見る。
「レディハンクの部隊はどうする?」
「BSAAに預けるよ。スティーブには許可を取ってあるから」
「許可を取ってるなら問題ない。こっちで預かろう」
午後の方針が決まった。
その後、朝の会議で話題に出ていた装備が大学へ届いた。
ファルファレルロ対策用の熱探知装備。
そして、クレアが確保した二機のヘリも到着した。
クリスは届いた装備を確認したあと、大学の外に並ぶヘリに目を向けた。
午前中に見たメインストリート奪還作戦の映像が頭をよぎる。
あの記録では、軍の部隊がヘリから降下し、建物内に取り残された生存者を救出していた。
自分たちにも同じことができるのか。
午前中、BSAAの隊員たちと話し合ったばかりだった。
そして今、そのためのヘリが目の前にある。
「準備ができたら出発する」
クリスが部隊へ告げる。
BSAAと、預かることになったレディハンクの部隊が出発の準備を整えていく。
レディハンクとシェリーは大学に残った。
やがて部隊は大学を出て、第一候補の道路へ向かった。
昨日までにかなりの範囲を掃討したはずだった。
しかし、一晩の間にどこから出てきたのか、道路には再びウーズの姿がある。
建物の陰。
放置車両の脇。
路地の奥。
隊員たちは一つずつ確認しながら進み、潜んでいる個体を発見するたびに排除していった。
しばらく進んだところで、前方を確認していた隊員が声を上げた。
「建物内に生存者を発見!」
クリスがすぐに現場へ向かう。
随分疲労してそうだがこちらに手を振っている、銃声を聞きつけ合図してくれているのだろう。
生存者は確保できそうだった。
だが、この場所から地上を通って移動させるには危険が大きい。
クリスは少し考えたあと、無線機を手に取った。
「大学、聞こえるか?」
『こちら大学。どうぞ』
「生存者を発見した。ヘリを回せるか?」
『了解。すぐに向かわせる』
ほどなくして、上空からローター音が近づいてきた。
クリス達地上の部隊は周囲を確認しながら、建物に突入する。
午前中に見た映像のような、洗練されたヘリボーン救助ではない。
まだ隊員たちの動きには手探りの部分があった。
それでも、何人かが周囲を警戒し、別の隊員が生存者を誘導する。
互いに声を掛け合いながら、少しずつ動きを合わせていく。
やがて生存者達がヘリに収容された。
機体がゆっくりと上昇する。
『救助完了』
無線から報告が入った。
「了解」
クリスは遠ざかっていくヘリを見送った。
テラグリジアへ入るまで、ずいぶんと時間がかかった。
それでも、ようやく一組の生存者を助けることができた。
周囲の隊員たちにも、安堵したような表情が浮かぶ。
まだ完璧ではない。
だが、救助できた。
「よし、先へ進むぞ」
クリスが声を掛ける。
隊員たちは頷き、再び道路の掃討へ戻った。
その後も、ウーズを一体ずつ排除しながら前進を続ける。
だが、やがて周囲の明るさが変わり始めた。
クリスは空を見上げる。
「今日はここまでだ。大学へ戻ろう」
部隊はそこで掃討を切り上げ、来た道を引き返した。
大学へ戻った頃には、空はすでに夕暮れの色へ変わっていた。
◆
夜。
装備の整理を終えたクリスの無線機が鳴った。
『クリス、聞こえるか?』
「聞こえる。どうした、スティーブ」
『今日の道路掃討について確認しておきたい。そっちはどこまで進んだ?』
「第一候補の道路を予定どおり進めた。怪我人が一人出たが、掃討そのものに大きな問題はなかった」
『生存者も見つけたんだって?』
「ああ。一組だけだが、ヘリで救出した」
『それはよかった。ヘリは使えたか?』
「役に立った。午前中に見せてもらった映像ほど上手くはいかなかったが、救助そのものは問題なかった」
『なら、今後も使えそうだな』
「そう思う。地上から運ぶより安全だ」
スティーブの声が少し柔らかくなる。
『こっちも第三病院側から道路を進めてる。今のところ目立った障害はない』
「どこまで進んだ?」
『一ブロック先ぐらいまでだな。まだ遠い』
「こっちもだいたい同じだ」
『了解。明日また朝に大学へ向かう』
「了解」
通信が切れた。
クリスは無線機を戻し、テーブルの上に広げた地図へ目を向けた。
大学側から進めた範囲と、第三病院側から進めた範囲。
まだ二つの地点の間には距離が残っている。
それでも今日一日の掃討によって、昨日より確実に前へ進んでいた。
大学と第三病院を結ぶ道は、まだ完成していない。
だが、その道を開くための作業は、少しずつ形になり始めていた。