アーク製薬会社 作:ai試し2
大学の中庭に、ヘリのローター音が響き渡った。
会議室を出ていたレディハンクとシェリーは、頭上から降ってくる轟音に気づき、揃って空を見上げる。
ほどなくして、一機のヘリが中庭へ降りてきた。
強い風圧で周囲の衣服や髪が煽られる。
やがてローターの回転が落ち着くと、機体の扉が開き、スティーブが降りてきた。
レディハンクとシェリーは顔を見合わせる。
正直なところ、二人ともほっとしていた。
あのウェスカー兄妹とクリス、ジルを同じ場所に残したままでは、何が起きてもおかしくない。
スティーブが二人のところまで歩いてくる。
「どうなった?」
開口一番の問いだった。
レディハンクは少しだけ困ったように笑う。
「えっと……なんというか」
「なんだ?」
「ダメもとで、ショッピングモールの生存者を共同で救助しに行かないかって提案してみたら、成功した」
「……は?」
スティーブの足が止まる。
意味が分からない。
いや、分からないことが多すぎる。
レディハンクは悪びれる様子もなく、そのまま説明を続けた。
「クリスとジル、それからウェスカー兄妹で、救出に行くことになったよ」
「……」
スティーブの表情が固まった。
しばらく何も言わない。
ようやく出てきたのは、確認するような声だった。
「ちょっと待て」
当然の反応だった。
隣で聞いていたシェリーが、そんなスティーブを見て小さく息を吐く。
「まとめると」
「頼む」
「怪我人はなし。クリスさんとジルさん、それからウェスカー兄妹の四人が、ショッピングモールへ生存者の救出に向かうことになりました」
スティーブは額へ手を当てた。
「……ウェスカーと一緒に?」
「うん」
「クリスが?」
「うん」
「ジルも?」
「うん」
「……そうか」
理解することを諦めたような返事だった。
シェリーはそのまま説明を続ける。
「それと、BSAAから二人がショッピングモールに同行します」
「二人か」
「はい。残りのBSAA部隊は、私たちの部隊と交代して車両と燃料の確保を担当します。それから、ヘリ要員として大学で待機します」
「なるほど」
スティーブはようやく状況を整理し始めた。
ショッピングモールへ向かう部隊。
大学に残って車両と燃料を確保する部隊。
そして、必要になればすぐに飛べるよう待機するヘリ要員。
少なくとも、役割そのものは明確になっている。
「じゃあ、レディハンクたちは?」
「私たちは道路掃討の続きを担当することになったよ」
レディハンクが元気よく答えた。
「車両と燃料の確保はBSAAに任せて、その分こっちは道路を進める」
スティーブは二人を見た。
大学に残る戦力と、外へ出る戦力。
それぞれの役割は決まっている。
「分かった」
短く頷いた。
「クレアにも、こっちから連絡しておく」
スティーブは二人の話を聞き終えると、少し考えるように腕を組んだ。
そして、ふと顔を上げる。
「それで……一つ聞きたい」
視線がレディハンクとシェリーへ向く。
「今の戦力で、ウェスカー兄妹に勝てそうか?」
レディハンクは一瞬だけ黙った。
「BSAAは置いといてね」
そう前置きしてから、あっさりと言い切る。
「無理。勝てない」
「……そんなにか?」
「うん」
レディハンクの表情から、いつもの軽さが消えた。
「私とシェリー、それにシェリーの愛犬が組んだとしても、三対二なら絶対に負けると思う」
シェリーも否定しなかった。
むしろ、自分たちの戦力とウェスカー兄妹の能力を頭の中で比較するように、考え込んでいる。
「三対一でも……正直、かなり厳しいと思う」
レディハンクが続ける。
「勝つのは無理。せいぜい時間を稼ぐくらいじゃないかな」
「時間稼ぎ……」
「それが精一杯。しかも、その間に確実に避難者へ犠牲が出る」
スティーブの表情が険しくなる。
レディハンクは、感情ではなく純粋に戦力差を見ていた。
「だから、正面から止めるって考え方は現実的じゃない」
少し間を置いて、さらに言葉を重ねる。
「まずウェスカー兄妹を分断しないと駄目だと思う」
「分断?」
「そう。二人が一緒に動いてる限り、第三地区のアークの戦力じゃどうにもならないと思う」
スティーブは黙り込んだ。
ウェスカー一人でも脅威だ。
そのうえ、ほぼ同等のアレックスまでいる。
二人が互いを補いながら動けば、こちらの戦力だけで対処するのは難しい。
だからこそ、今は無理に敵対するより、それぞれを別の目的へ向かわせるほうが現実的だった。
スティーブはしばらく考えたあと、静かに頷いた。
「……なるほどな」
少なくとも今は、ウェスカー兄妹と正面から戦うよりも、別の目的を持たせて行動させたほうがいい。
その判断に、異論はなかった。
◆
クリスたちは、ショッピングモールの正面入口まで辿り着いていた。
ここから先が、救出作戦の本番になる。
今回、BSAAから同行するのはキース・ラムエイとクエント・ケッチャムの二人だった。
どちらも数々の実戦を経験してきた熟練の兵士であり、今回のような危険な場所でも足手まといになることはないだろう。
出発前、クリスは二人へ念を押していた。
「二人には悪いが、必要なこと以外は一切しゃべるな。それと、できるだけよく観察しておいてくれ」
キースとクエントは、いつもの陽気な様子を見せなかった。
二人とも無言のまま頷く。
今回の目的は、生存者の救出だけではない。
ウェスカー兄妹が何を考え、何を目的としてこの街へ来ているのか。
その行動を間近で見られる機会でもある。
事前にレディハンクから、このショッピングモールの構造について詳しい説明も受けていた。
まずは入口から最も近い場所にいる生存者を探す。
クリスは周囲を確認しながら、六人の隊列を整えた。
先頭を走るのは、ウェスカーとクリス。
その後ろにキースとクエント。
最後尾をジルとアレックスが担当する。
互いの間隔を保ちながら、六人が入口へ身を滑り込ませる。
そして――中へ入る前から分かっていた。
異常な数のウーズがいる。
入口周辺だけでも、あちこちに白濁した肉塊が蠢いている。
通路の奥にもいる。
階段の周囲にもいる。
数えることに意味を感じないほど、そこら中に群がっていた。
クリスが前方を見据える。
「行くぞ!」
声を合図に、一行が一気に駆け出した。
目標は、入口から最も近い場所にある非常階段。
その先には頑丈な扉がある。
まずは、そこまで一気に走り抜ける。
当然、ウーズたちが黙って通してくれるはずもなかった。
前方から数体が襲いかかってくる。
腕を振り上げるもの。
口を大きく開き、噛みつこうとするもの。
クリスは足を止めない。
迫ってきたウーズの腕を払い、身体を半身にして噛みつきをかわす。そのまま相手の身体を進行方向から押し退け、後続が通れるだけの隙間を作った。
だが、その横を走っていたウェスカーの動きは、さらに凄まじかった。
正面から迫ったウーズの懐へ、一歩踏み込む。
次の瞬間、掌底が胸部へ叩き込まれた。
鈍い衝撃音が響く。
ウーズの身体が大きく震え、その動きが完全に止まった。
即死だった。
ウェスカーは倒れかけた身体を、そのまま蹴り飛ばした。
巨体が床を滑り、別のウーズを巻き込みながら吹き飛んでいく。
一瞬で進路が開いた。
「……化け物め」
クリスが吐き捨てる。
それでも、足は止めない。
そのときだった。
横手からトライコーンが腕を突き出す。
直後、伸ばされた腕から骨の棘が射出された。
一直線にウェスカーへ迫る。
だが――ウェスカーは見さえしなかった。
手にしたナイフが僅かに動く。
弾かれた骨の棘が軌道を逸れ、そのまま近くにいた別のウーズへ突き刺さった。
さらにウェスカーは、怯んだウーズへ間髪入れずに踏み込む。
一撃。
それだけでウーズが死ぬ。
周囲から次々とウーズが殺到する。
それでも、ウェスカーの動きに焦りはなかった。
迫る腕をかわし、攻撃の隙へ踏み込む。
拳を打ち込み、蹴り飛ばし、ウーズを進路から排除する。
まるで、目の前にあるものすべてがただの障害物に過ぎないかのようだった。
クリスは走りながら、その光景を横目で追う。
自分もそれなりの修羅場を潜り抜けてきた。
それでも、目の前の男の動きは別格だった。
中段のキースとクエントは、ほとんど銃を使う必要すらなかった。
六人は大量のウーズを相手にしながらも、正面から押し通る必要がない。
ウェスカーが次々と敵を排除し、進むための道を作っている。
やがて、目の前に頑丈な扉が見えた。
クリスは速度を落とさない。
ここを抜ければ、一度態勢を立て直せる。
六人はそのまま扉へ向かって駆け抜けた。
最後尾を走っていたアレックスが、階段前の扉のところで足を止める。
「先に行ってください」
短く告げると、背後へ振り返った。
残されたウーズたちが次々と迫ってくる。
ジルも足を止め、いつでも援護できるよう銃を構えた。
しかし――その必要はなかった。
アレックスの動きもまた、圧倒的だった。
最初に飛びかかってきたウーズへ、一歩踏み込む。
次の瞬間、その身体が大きく弾き飛ばされた。
続いて別のウーズが襲いかかる。
アレックスはそれを真正面から迎え、一撃を叩き込む。
ウーズは床へ崩れ落ちた。
即死だった。
さらに横手からピンサーが迫る。
アレックスは身体を捻り、その勢いを乗せた回し蹴りを繰り出した。
蹴りがピンサーの身体を捉える。
体が勢いよく吹き飛び、後方のウーズを巻き込みながら転がっていった。
それでも、まだ数は残っている。
アレックスは慌てることなく、次々と襲いかかるウーズを蹴散らしていく。
その姿を、扉の前に立つジルは黙って見つめていた。
兄のウェスカーも異常な強さを持っている。
だが、その妹であるアレックスもまた――同じだった。
やがて、階段前からウーズの姿が消える。
アレックスは周囲を一度確認すると、何事もなかったかのようにジルのいる扉へ歩き出した。
急ぐ必要などないと言わんばかりの、悠然とした足取りだった。
そして、そのまま扉をくぐる。
ジルは扉の向こうを確認した。
階段付近には、すでにウーズの姿がない。
扉を静かに閉める。
先行したクリスたちも、階段から簡単にウーズを排除し、すでに二階まで進んでいるようだった。
「こっちだ」
クリスが地図を広げる。
「現地警官から聞いた場所だと、二階のこの店舗から連絡があったらしい」
地図の一点を指で示す。
「シャッターを下ろして、中に籠城しているみたいだ」
ジルが地図を覗き込む。
「食料品も扱っている店舗ね」
「ああ」
クリスが頷く。
「食料があるなら、ある程度の期間は中で生き延びられる。少なくとも、まだ生きている可能性はある」
それなら、一刻も早く向かう必要がある。
クリスは地図を畳んだ。
「行こう」
六人は再び隊列を整える。
目指すのは、生存者が閉じこもっているという二階の店舗。
そこにいる人々を、一刻も早く救い出すために。
◆
階段前の扉を開ける。
クリスとウェスカーが先に身を乗り出し、二階の様子を窺った。
一階ほどではない。
それでも、十分すぎるほどの数のウーズが徘徊していた。
通路のあちこちで白濁した肉塊が蠢いている。こちらの姿を捉えると、ゆっくりと身体の向きを変え始めた。
クリスが手を上げる。
「待て」
制止の声だった。
だが、ウェスカーは聞くつもりがないらしい。
そのまま二階の通路へ足を踏み入れる。
「生存者を連れて帰るんだろう?」
振り返りもせずに言った。
「なら、数は減らしておいたほうがいい」
そう告げると、ウェスカーは歩みを止めなかった。
クリスは一瞬だけ呆れたように息を吐く。
それでも、すぐに後を追った。
二階でも、結果は一階と変わらなかった。
そこにいるウーズたちも、ウェスカーにとっては障害にすらならない。
迫ってくれば一撃で仕留める。
進路を塞げば蹴り飛ばす。
クリスたちが警戒していた大量のウーズは、ウェスカーが通路を進むたびにその数を減らしていった。
その途中だった。
頭上から何かが落ちてくる。
クリスが反射的に顔を上げた。
「上だ!」
だが、ウェスカーはすでに動いていた。
天井から落下してきたのはウーズだった。
床へ叩きつけられるより先に、ウェスカーが身体を捻る。
そして――。
落下してくるウーズへ蹴りを叩き込んだ。
空中で強烈な一撃を受けたウーズは、そのまま大きく吹き飛ぶ。
床へ転がったときには、すでに動かなくなっていた。
ウェスカーは何事もなかったかのように歩き続ける。
クリスはその背中を見つめた。
また一つ、この男の異常な身体能力を思い知らされる。
やがて、一行は目的の店舗へ辿り着いた。
クリスは手にした地図と目の前の入口を見比べる。
「ここだ」
地図に示された場所と一致している。
店舗のシャッターは閉じられていた。
外からでは、中の様子を窺うことができない。
クリスはシャッターへ近づき、声を落とした。
「こちらは救助に来た。中に誰かいるか?」
返事はない。
クリスはもう一度呼びかけた。
「聞こえるか? 救助に来た」
それでも反応はない。
クリスは一度周囲を見回した。
「クエント」
呼ばれたクエントが前へ出る。
シャッターの鍵を確認し、持っていた工具を取り出した。
手早く作業を進める。
しばらくして――。
内部から、小さな音がした。
クエントが手を止める。
ロックが外れた。
クエントはシャッターをゆっくりと持ち上げる。
クリスたちは警戒を続けながら、順番に店内へ入り込んだ。
全員が入ったところで、クエントが再びシャッターを下ろす。
「ジル、アレックス。店内を頼む」
クリスが指示を出す。
二人はそれぞれ別方向へ散った。
陳列棚の陰。
通路の奥。
死角になっている場所。
一つずつ確認し、隠れているウーズがいないかを確かめていく。
その間に、クリスとウェスカーは店の奥へ向かった。
目的はバックルームだった。
クリスが扉の前で足を止める。
銃を構えたまま、慎重に扉を開いた。
「救助に来た」
声を掛ける。
返事はない。
だが――。
奥から、何かが動く音がした。
クリスはウェスカーへ視線を送る。
ウェスカーも黙ったまま頷いた。
クリスが慎重に中を覗き込む。
薄暗い室内。
その奥に、人影があった。
いや――。
床に倒れていたのは、ウーズだった。
すでに死んでいる。
そして、そのすぐ近くに男女がいた。
二人とも身を寄せるようにして、こちらを見つめている。
クリスは銃を下ろした。
「大丈夫だ」
落ち着いた声で告げる。
「俺たちは救助に来た」
二人は動かなかった。
ただ、目の前に現れたクリスを、信じられないものを見るような目で見つめている。
長い間、閉じ込められていたからだろう。
突然現れた救助隊を前にしても、まだ何が起きているのか理解できていないようだった。
クリスはもう一度、ゆっくりと言う。
「救助に来たんだ。もう大丈夫だ」
その言葉が、ようやく二人に届いた。
女の目から涙がこぼれる。
男も顔を歪めた。
堪えていたものが一気に崩れたように、二人とも泣き出した。
「もう大丈夫だ」
クリスは二人を落ち着かせるように声を掛ける。
「ここから出してやる」
そのとき、店内の安全確認を終えたジルとアレックスがバックルームへ入ってきた。
クリスはクエントへ振り返る。
「クエント、無線で大学に連絡してくれ。生存者を二人、確保したと伝えてくれ」
クエントが頷く。
こうして、救出作戦は最初の目的を果たした。
少なくとも、この二人はもう暗い店舗の奥で助けを待ち続ける必要はない。
◆
クエントが無線で大学へ連絡を終えると、クリスたちは店舗の外へ戻った。
救助した男女を大学へ送り届けるため、あとは屋上へ向かい、ヘリの到着を待つだけだった。
ただし、今回は二人の生存者を連れている。
クリスはキースとクエントへ視線を向けた。
「二人は任せた」
キースとクエントが頷く。
二人は救助した男女を自分たちの間へ入れるようにして、隊列を組み直した。
「俺たちは屋上へ向かう。ヘリが来たら、二人を先に乗せてくれ」
「了解」
クエントが短く答える。
クリスたちはその場を離れ、再び階段へ向かった。
店舗の入口まで戻ると、クエントがシャッターの前へ立つ。
ゆっくりとシャッターを持ち上げる。
その下を、クリスたちが素早く抜けた。
全員が外へ出たところで、シャッターが再び下ろされる。
そこから階段へ向かって進んでいく。
そうなるはずだった。
しばらく歩いたところで――。
どこからか、妙な音が聞こえてきた。
ズシン……。
ズシン……。
重いものが床を踏みしめているような振動が、足元から伝わってくる。
クリスが手を上げた。
全員が足を止める。
銃を構え、それぞれ音のする方向へ意識を集中させた。
ズシン……。
また一歩。
音が近づいてくる。
クリスは角の向こうへ銃口を向けた。
やがて――。
巨大な影が、ゆっくりと角を抜けて姿を現した。
「……なんだ、あれは」
キースが息を呑む。
二つの頭が並んでいる。
身体は異様なほど肥大化し、その片腕は鋭い刃物へと変異していた。
まるで巨大なチェンソーそのものだ。
怪物は二つの頭を揺らしながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「スキャグデッド……」
クリスが呟いた。
以前から確認されていた、新型の大型B.O.W.だった。
二つの頭がそれぞれ別々に動き、六人を捉えている。
その異様な姿を、ウェスカーはじっと眺めていた。
驚いている様子はない。
むしろ、興味深そうに怪物を観察している。
「……なるほど」
小さく呟いたウェスカーが、クリスへ視線を向ける。
「ここで見ていろ」
「何?」
クリスが聞き返す。
だが、ウェスカーはそれ以上説明しなかった。
ただ一歩、前へ出る。
スキャグデッドの巨体と向かい合った。
クリスはその背中を見つめる。
どうやらウェスカーは、この怪物を一人で相手にするつもりらしい。
スキャグデッドが足を止めた。
二つの頭が不気味に揺れる。
巨大な身体がこちらへ向き直った。
次の瞬間、その片腕が持ち上がる。
腕の先から何かが弾き出された。
刺のような形状をした異物が、ウェスカー目掛けて一直線に飛んでくる。
だが――。
ウェスカーは瞬時に反応した。
手にしたナイフが閃く。
飛来した刺は、身体へ届く寸前で切り払われた。
そして、ウェスカーは止まらない。
一歩。
さらに一歩。
瞬く間にスキャグデッドとの距離を詰める。
巨体が腕を動かす。
しかし、間に合わない。
ウェスカーの掌底が、スキャグデッドの身体へ深々と叩き込まれた。
凄まじい衝撃が走り、巨体が大きく揺れる。
ウェスカーはその反動を利用するように、すぐさまバックステップで距離を取った。
スキャグデッドは倒れなかった。
だが――。
二つの頭が同時に口を開く。
そこから血が吐き出された。
赤黒い液体が床へ落ちる。
ウェスカーはそれを見て、僅かに目を細めた。
確かな手応えがある。
ならば、次で決める。
再び距離を詰める。
スキャグデッドも迎え撃とうと、チェンソーのように変異した腕を振り回した。
刃が空気を切り裂く。
しかし、ウェスカーを捉えることはできない。
ウェスカーは身体を僅かにずらし、刃の軌道から外れる。
次の一撃もかわす。
さらに振り下ろされた攻撃を横へ流す。
そして――。
スキャグデッドの背後へ回り込んだ。
ウェスカーの足が動く。
膝の裏へ、強烈な蹴りが叩き込まれた。
巨体が崩れる。
スキャグデッドはバランスを失い、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
床が大きく揺れた。
倒れたスキャグデッドが起き上がろうとする。
その瞬間だった。
ウェスカーの蹴りが、小さい方の頭部へ突き刺さった。
鈍い衝撃が響く。
頭部が潰れる。
直後、スキャグデッドの巨体が大きく痙攣した。
そして――動かなくなった。
戦闘は、あまりにもあっけなく終わった。
クリスは目の前の光景を見つめていた。
攻撃を見切る。
瞬時に間合いを詰める。
相手の隙を突き、弱点へ一撃を叩き込む。
その一連の動きには、ほとんど無駄がなかった。
クリスは思わず息を吐く。
やはり、この男は規格外だ。
だが、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
クリスは視線を前へ戻した。
「行くぞ。屋上へ向かう」
ウェスカーも何事もなかったかのように歩き出す。
六人は倒れたスキャグデッドを後にして、再び階段へ向かった。
◆
階段へ戻った一行を、再びウーズが待ち受けていた。
だが、先ほどまでの戦闘を経験した直後では、それらを大きな脅威とは感じなかった。
ウェスカーが前へ出る。
迫ってきたウーズを一撃で倒し、進路を塞ぐ個体を蹴り飛ばしていく。
その間にクリスたちも階段を駆け上がる。
ほどなくして、屋上へ続く扉が見えた。
クリスが扉を開く。
強い風が吹き抜けた。
ようやく屋上へ出た一行の前にも、ウーズが蠢いている。
しかし、それらも大した時間をかけることなく片付いていった。
クリスは空を見上げる。
遠くから、ヘリのローター音が近づいてきていた。
「来たな」
上空を旋回するヘリへ向け、クリスが大きく手を振る。
ヘリもこちらを確認したらしく、屋上の上空を旋回しながら近づいてくる。
クリスは無線を手に取った。
「ヘリ、聞こえるか?」
『聞こえます』
「そのまま待機してくれ。ウーズを排除したら降りてきてくれ」
『了解』
通信を終える。
これで、救助した二人を安全にヘリへ乗せられる。
ジルは周囲を警戒しながら歩いていた。
その視線が、自然と前方を歩く二人へ向かう。
クリス。
そして、その隣を歩くウェスカー。
さらに、自分の隣にはアレックスがいる。
ジルは銃を手にしたまま、ウェスカーから視線を外さなかった。
ここまでの戦闘を目の当たりにすれば、警戒するなというほうが無理だった。
そんなジルへ、アレックスが声を掛ける。
「話には聞いていたけれど……」
穏やかな声だった。
「あなたたちと一緒にいると、兄さんは随分楽しそうね」
ジルは思わずアレックスを睨みつけた。
しかし、アレックスは気にする様子もなく、微笑んでいる。
「ふふ」
小さく笑う。
「あなたたちは、私たちを殺すのでしょう?」
その問いに、ジルは黙った。
アレックスは表情を変えない。
「どうだった?」
何を指しているのかは、聞くまでもなかった。
ジルは一度、前を歩くウェスカーへ視線を戻す。
そして、少しだけ息を吐いた。
「……化け物ね」
飾ることなく、正直に答えた。
実際、想定していた以上だった。
南極基地での出来事については、クリスから聞いている。
ウェスカーがどれほどの力を持っているのかも、ある程度は理解していたつもりだった。
だが――。
実際に目の前で戦う姿を見れば、その認識すら甘かったと思わされる。
そして、ウェスカーだけではない。
アレックスまでもが、同じような力を持っている。
ジルがそんなことを考えていた、そのときだった。
横手から何かが迫ってきた。
ウーズ――いや、ピンサーだった。
鋭い突起を備えた腕を振り上げ、アレックスへ襲いかかる。
アレックスはそちらへ視線を向けた。
だが、歩みを止めない。
身体を僅かに沈める。
次の瞬間、掌底がピンサーの身体へ叩き込まれた。
ピンサーの巨体が宙へ浮く。
そのまま床へ崩れ落ち、動かなくなる。
アレックスは何事もなかったかのように歩きながら、再びジルへ視線を向けた。
「これが――」
穏やかな微笑みを浮かべたまま、静かに告げる。
「ウイルスに適合した者の力よ」