アーク製薬会社 作:ai試し2
2日目
輸送機の機内は、エンジンの低い振動に包まれていた。天井の照明が機体の揺れに合わせてかすかに震えている。ハンクは座席に腰を下ろしたまま、手元の資料へ目を通していた。
テラグリジア市街地で大規模な感染者が発生。原因は不明。生物兵器の使用が疑われ、現地の警察とFBCが対応中。そしてEUは、アークの警備部門に出動を要請した。
記されている情報は、それだけだった。
「ラクーン以来か」
向かいの席から声がした。元U.S.S隊員の一人が、窓の外へ目を向けている。
「大規模な生物兵器テロとしてはな」
隣の隊員が答えた。「しかも今回も街の中だ。感染者の数も分からない」
ハンクは資料から顔を上げなかった。
「現地に着くまで決めつけるな」
「Tウイルスの可能性は?」
「まだ何とも言えない」
ハンクは資料を閉じた。
「似ている可能性はある。だが、同じとは限らない」
誰もそれ以上は口を挟まなかった。ラクーンシティという名前が出れば、それだけで十分だった。あの街で何が起きたのかを、ここにいる者たちは知っている。
「警察本部へ入るんだったな」
「ああ」
「現地警察は俺たちを受け入れると思うか?」
「EUからの派遣だ。表立って拒否はしないだろう」
ハンクは短く答えた。「だが、現場で揉める可能性はある。余計なことはするな。まず情報を集める」
その直後、機体が大きく揺れた。隊員たちは反射的に座席や装備へ手を伸ばし、数秒のうちに振動が収まるのを待った。
ハンクが窓の外を見る。雲の切れ間から、テラグリジアの街並みが見え始めていた。海岸線に沿って広がる都市。その上空には、いくつもの黒煙が立ち上っている。道路の各所では赤色灯が明滅し、遠目にも街が平常ではないことが分かった。
「着くぞ」
ハンクが立ち上がる。隊員たちも無言で装備を確認した。
やがて輸送機が高度を下げ、テラグリジア警察本部へ向けて着陸態勢に入った。
◆
テラグリジア警察本部は、すでに戦場と化していた。
輸送機から降りたハンクたちは、出迎えた警察官の案内を受けて建物へ入る。廊下では電話が鳴り続け、無線からは現場の報告が途切れなく流れていた。負傷した警察官が壁際で手当てを受けている一方、別の職員は資料を抱えたまま慌ただしく走り回っている。
「EUからの応援ですね」
「ああ」
「こちらへ」
案内された会議室には、テラグリジア市街の地図が広げられていた。赤い印がいくつも書き込まれている。感染者の発生地点、暴行事件の現場、警察が封鎖した区域。だが、それらは一つの場所に集中しているわけではなかった。街のあちこちに散らばっている。
「昨日の散布後、市内各所で体調不良者が発生しました」
警察官が地図を指しながら説明する。
「当初は発熱や意識障害が中心でした。しかし、その後、感染者による暴行事件が相次いでいます」
「感染者は?」
「正確な数は把握できていません。警察官にも感染者が出ています」
ハンクは地図から顔を上げた。
「現場では何が起きた?」
「感染者を制止しようとして襲われ、その後に発症した者が多いです。ただ……問題は、それだけではありません」
警察官は一度言葉を切ると、別の資料を取り出した。
「隔離していた感染者の一部に、別の異常が確認されています」
ハンクの視線が資料へ移る。
「別の異常?」
「はい」
写真が机の上へ並べられた。
そこに写っていたのは、人間の姿をかろうじて残した何かだった。皮膚の一部は崩れ、身体の輪郭も歪んでいる。全身が巨大化したわけではない。それでも、正常な人間の姿とは明らかに違っていた。
「名前は?」
「まだありません」
「何が起きた?」
「最初はTウイルス感染者と同じだと思いました」
警察官は写真を見つめた。
「ですが、違いました。身体が大きく変化したわけではありません。ただ、人間の姿を保てなくなったんです」
「感染してから変化するまでの時間は?」
「個体によって差があります。ただ、Tウイルス感染者とは明らかに違います」
「身体能力は?」
「ゾンビより速い個体も確認されています。ただし、銃撃で倒すことは可能です」
ハンクは写真を一枚手に取った。
ラクーンシティで見たものとは違う。
腐敗しているわけではない。むしろ、身体そのものが別の形へ変質しているように見える。
「これが全ての感染者に起きるのか?」
「分かりません。同じような変化をした感染者が、すでに複数確認されています」
ハンクが写真を机へ戻した。
「Tウイルスじゃないな」
その言葉に、アークの研修を受けた警察官が頷いた。
「私もそう考えています」
そのとき、無線が鳴った。
『警察本部、応答してください』
「こちら本部」
『隔離区画で異常発生。感染者の一人がまた変化しました』
室内の空気が変わった。
「負傷者は?」
『確認中です』
「封鎖しろ。誰も近づけるな」
『了解』
通信が切れる。
ハンクは立ち上がった。
「案内しろ」
「ですが、EUの部隊には安全区域で待機してもらうことになって――」
「実際に見る必要がある」
ハンクは拳銃を確認した。
「こいつらが何なのか、現物を確認する」
警察官は一瞬ためらったものの、やがて頷いた。
◆
ヘリのローターが激しい風を巻き起こしていた。機体の振動が座席を通して伝わってくる。
スティーブは膝の上で二丁の拳銃を確認した。スライドの動き、マガジンの装填状態。問題がないことを確かめると、それぞれをホルスターへ収める。向かいではシェリーがトマホークを手に取り、柄の状態を確かめてから腰のホルスターへ目を落とした。
「病院まで、あとどれくらい?」
「もうすぐだ」
スティーブが窓の外を見る。
テラグリジアの街並みが眼下を流れていた。昨日まで人々の生活があった道路には、無人の車が何台も放置されている。交差点では事故を起こした車両が道を塞ぎ、遠くでは黒い煙が上がっていた。
それでも、街は完全に死んではいなかった。
道路を走る人影がある。建物から逃げ出してくる者もいる。助けを求めているのか、ただ逃げているのか、上空からでは判断できない。
「救助を待ってる人、まだかなりいるね」
「ああ」
スティーブは短く答えた。
「まずワクチンを届ける。それから病院の状況を確認する」
「分かった」
シェリーが窓の外へ視線を戻す。
ヘリが高度を下げた。
目的地である病院が近づいてくる。屋上には数人の職員が立ち、こちらへ向かって手を振っていた。着陸地点を確保するため、簡易的な誘導灯も設置されている。
ローターの音がさらに大きくなり、ヘリがゆっくりと屋上へ降りていった。
◆
着陸と同時に、スティーブとシェリーはワクチンのケースを持って機外へ出た。強い風に白衣や作業着が煽られる。二人が屋上を進むと、待機していた職員の一人が駆け寄ってきた。
「アークの方ですね?」
「そうです」
スティーブがケースを掲げる。
「ワクチンです」
「ありがとうございます。本当に助かります」
職員は受け取ったケースを両手で抱えた。
「すぐに保管します」
「使用方法は?」
「こちらで確認できます。医師にも共有してあります」
「分かった」
職員が離れていくのを見送ってから、スティーブは屋上を見回した。
そこは、すでに臨時の救護スペースへ変わっていた。簡易ベッドが並べられ、負傷者を運び込むための通路が確保されている。看護師や医師が慌ただしく行き交い、階下からは絶え間なく足音が響いていた。
病院そのものが、限界へ近づいている。
「感染者は?」
シェリーが職員へ尋ねた。
「かなりいます」
職員の顔からわずかに笑みが消えた。
「昨日からずっと増えています。最初は発熱や嘔吐、それから意識障害が中心でした」
「今は?」
「一部の患者で、症状が変わっています」
スティーブとシェリーが顔を見合わせた。
「どう変わったんですか?」
シェリーが訊く。
職員は答える前に、周囲を確認した。
「身体そのものが……変わってしまうんです」
その言葉に、スティーブの表情がわずかに険しくなった。
「昨日、何人かの患者に別のワクチンを投与しました」
「アークのものじゃない?」
「はい」
「効かなかったのか?」
「……ええ」
職員は小さく首を振った。
「症状の進行を止められませんでした」
「その後は?」
「感染が進んで、身体が変化しました」
職員の視線が病院の奥へ向く。
「最初は普通の人間だったんです。でも、時間が経つにつれて皮膚や身体の組織が崩れていった。そのうち、別の形になりました」
「ウーズ……」
スティーブが呟いた。
「そう呼んでいるんですか?」
「警察から聞きました。まだ正式な名称ではないそうですが」
シェリーは黙って職員を見つめた。
ウーズ。
その名前が意味するものを、二人ともすでに知っている。
ただの感染者ではない。
感染によって身体そのものが変質した存在だ。
「アークのワクチンなら?」
シェリーが訊いた。
「今のところ、投与した患者については症状の進行を抑えられています」
「つまり、別のワクチンを投与したから変化したわけじゃない」
スティーブが確認する。
「単純に効かなかった、ということか?」
「はい。感染そのものを抑えられなかったんです」
スティーブはしばらく黙っていた。
ワクチンの違いが原因ではない。
感染した時点で、身体の変化が始まっていた。
問題は、その変化がどこまで進むのかということだ。
「変化した患者は、どのくらい強い?」
「普通の人間よりは危険です。ただ、銃で倒せます」
「そうか」
スティーブは無意識に腰の拳銃へ手を添えた。
「だったら、俺たちでも対応できる」
職員は頷きかけたが、その表情は晴れなかった。
「ただ……」
「何だ?」
「感染者を収容している場所が、もう限界なんです」
スティーブの顔つきが変わる。
「患者を移せないのか?」
「移す先がありません。外にも感染者がいます。今ここから患者を出せば、別の場所で被害が広がる可能性があります」
病院の奥から、誰かの叫び声が聞こえた。
すぐに複数の足音が重なる。
職員が振り返った。
「ここも、いつまで持つか分かりません」
スティーブは短く息を吐いた。
「分かった」
そしてシェリーを見る。
「ワクチンを届けるだけじゃ終わらないな」
「うん」
シェリーも頷いた。
「できることをやろう」
その直後だった。
廊下の奥から、何かが壁へ激突するような大きな音が響いた。
職員の顔から血の気が引く。
「またですか……」
スティーブは反射的に拳銃を抜いた。
「案内して」
「ですが――」
「早く」
シェリーもトマホークを手に取った。
「行こう、スティーブ」
「ああ」
三人は廊下へ駆け込んだ。
病院の中では、まだ多くの人間が救助を待っている。
その中には、すでに感染している者もいる。
そして、その誰もがいつ変化するのか分からない。
遠くで、また何かが倒れる音がした。
スティーブは銃を構えたまま、音のした方向へ走る。
◆
廊下の奥で、金属製の台車が倒れた。
甲高い音が壁に反響し、病院職員が振り返る。スティーブも足を止めた。周囲では医療機器の作動音や人の話し声が絶え間なく響いている。それでも、その音だけは妙に生々しく耳に残った。
「また感染者ですか?」
「……違う」
スティーブは廊下の奥を見据えた。
低い唸り声が聞こえてくる。
シェリーがトマホークを握り直した、その直後だった。廊下の角から、何かが跳び出してきた。
「下がって!」
スティーブが職員を押し退ける。
同時に二丁の拳銃が火を噴いた。
銃弾が異形の身体へ食い込む。ハンターの身体が大きく揺れた。しかし、勢いは止まらない。四肢を使って床を蹴り、獲物との距離を一気に詰めてくる。
鋭い爪が振り上げられた。
シェリーが横から踏み込む。
振り下ろされた腕をトマホークで弾き、ハンターの軌道を逸らした。
「スティーブ!」
「任せろ!」
スティーブが間髪入れずに撃ち込む。集中した銃撃を受け、ハンターの動きが鈍った。
シェリーはその隙に懐へ入り込んだ。
トマホークが横薙ぎに振り抜かれる。
ハンターの身体が大きく傾き、そのまま床へ崩れ落ちた。痙攣する四肢がしばらく床を掻いていたが、やがて動かなくなる。
「……何なの、これ」
職員が呆然と呟いた。
スティーブは答えず、倒れたハンターを見下ろした。
先ほどまで話していた感染者とは明らかに違う。
あれが感染によって変異したものなら、目の前のこれは最初から別の生物兵器として造られた可能性が高い。
その考えを裏付けるように、病院の別の場所から悲鳴が上がった。
「二階です!」
職員が無線を取り出す。
「こちら病院。二階西棟で未確認の生物を確認! 感染者とは別です!」
『本棟、了解! 現在地は!?』
「西棟二階! 負傷者が出ています!」
『応援を向かわせる!』
通信が切れた。
職員は無線を握ったまま、青ざめている。
「まだいるんですか?」
「いるだろうな」
スティーブは即答した。
「どうします?」
職員の視線が二人へ向く。
その先には、患者を収容している病室がある。
「ここを放棄したら患者が危ない」
スティーブが言った。
シェリーも廊下の先へ目を向ける。
「なら、進もう」
「ああ」
二人が歩き出した。
だが、数歩も進まないうちに、前方から複数の足音が聞こえてきた。
今度は一体ではない。
スティーブが二丁の拳銃を構える。
「来るぞ」
廊下の角から、二体のハンターが姿を現した。
スティーブが先頭の個体へ集中して撃ち込む。銃弾を受けたハンターが壁へ叩きつけられた。
その横を、もう一体がすり抜ける。
シェリーへ向かって跳んだ。
シェリーは身体を沈めた。
ハンターが頭上を飛び越え、床へ着地する。その瞬間、シェリーが振り返りざまにトマホークを振り抜いた。
刃を受けてハンターがよろめく。
スティーブが追撃する。
数発の銃声が重なり、二体目が床へ崩れ落ちた。
壁際では、最初の一体も動かなくなっている。
スティーブは周囲を確認してから拳銃のマガジンを抜いた。
残弾を確かめる。
「……残りが少ない」
シェリーも自分の拳銃を確認した。
「私も」
職員が二人の手元を見る。
「武器は、他にないんですか?」
「ヘリに置いてきた」
「取りに戻れますか?」
スティーブは倒れているハンターへ視線を落とした。
この先に何体いるのか分からない。
患者を守りながら戦うなら、拳銃だけでは厳しい。
「戻る」
「でも、患者は……」
「ここから先は職員だけで動くな。扉を閉めて、患者を安全な部屋へ集めておけ」
「分かりました」
スティーブは無線を手に取った。
「それと、今の状況を警察本部へ伝えてくれ。感染者とは別の生物兵器が病院内に侵入している」
「すでに報告しています」
「なら、続けてくれ」
スティーブとシェリーは来た道を引き返した。
背後では、病院職員が患者を移動させる声が聞こえている。
その声に混じって、遠くからまた唸り声が響いた。
二人は一度だけ振り返った。
「急ごう」
「ああ」
◆
屋上へ戻ると、ヘリのローターがまだ回っていた。
スティーブは機内へ飛び込むと、座席の下に固定されていた装備ケースを引き出した。蓋を開けると、予備弾薬といくつかの武器が収められている。
その中からショットガンを取り出した。
重量のある銃を手にした瞬間、スティーブの表情が変わる。
「これを使う」
シェリーは弾薬を手に取った。
「弾は?」
「十分にある」
スティーブが装填を始める。
シェリーも自分の装備を確認し、トマホークを腰へ戻した。
「私が近づいたら、援護して」
「分かった」
最後の一発を装填する。
「戻ろう」
二人は再び病院の中へ駆け込んだ。
◆
屋上から戻ると、先ほどの職員が階段の前で待っていた。
「西棟からまた連絡がありました!」
「何があった?」
「患者のいる病棟まで侵入されています!」
スティーブの表情が険しくなる。
「患者は?」
「まだ避難できていません!」
「分かった。案内して」
「こちらです!」
三人は西棟へ向かって走った。
廊下へ入った瞬間、何かが壁を突き破るような音が響いた。
「止まれ!」
スティーブが職員を制止する。
直後、曲がり角からハンターが飛び出した。
スティーブが一歩前へ出る。
ショットガンが轟音を響かせた。
至近距離から散弾を浴びたハンターが吹き飛び、床を滑って壁際へ転がった。
「走れ!」
職員が再び駆け出す。
その背後から、別の唸り声が聞こえた。
スティーブが振り返る。
「シェリー、右!」
「任せて!」
横の病室からハンターが飛び出した。
シェリーが踏み込む。
振り下ろされた爪をトマホークで受け流し、そのまま身体を回転させて斬り返した。ハンターがよろめく。
スティーブのショットガンが続いた。
一発でハンターが壁際まで吹き飛んだ。
「先へ!」
職員が叫ぶ。
三人は足を止めずに進んだ。
やがて、病室が並ぶ区域へ入る。
扉の向こうから泣き声が聞こえていた。
職員が一つの扉の前で立ち止まる。
「ここです」
スティーブが銃を下げる。
「開けてくれ」
職員が扉を開く。
中には、ベッドの上で身を寄せ合う患者たちがいた。怯えた視線が一斉に三人へ向けられる。
「大丈夫だ」
スティーブが声をかける。
「助けに来た」
その言葉を聞いた患者の一人が、ようやく緊張を解いたように息を吐いた。
「外は……大丈夫なんですか?」
「まだ危険だ」
スティーブは嘘をつかなかった。
「だが、ここには近づけさせない」
職員が患者たちへ避難の指示を出し始める。
その間、シェリーは廊下を見張っていた。
そして、表情が変わる。
「スティーブ」
「どうした?」
「来る」
遠くから、複数の足音が響いてきた。
ひとつではない。
また複数いる。
スティーブはゆっくりとショットガンを構えた。
シェリーもトマホークを握り直す。
病室の中では、患者たちが息を潜めている。
ここで退けば、奴らはこの扉を破ってくる。
「まだ終わってない」
シェリーが呟く。
「ああ」
スティーブは廊下の奥を見据えた。
唸り声が近づいてくる。
「全部片付けるぞ」
その声と同時に、廊下の角から一体目のハンターが姿を現した。
◆
廊下の奥から、再び低い唸り声が聞こえた。
スティーブはショットガンを構えたまま、ゆっくりと廊下を進んだ。隣にはシェリーがついている。二人の背後では、先ほどまで病室の前にいた職員が、患者を別の区画へ移すために走り回っていた。
病院の中は、すでに戦場と変わらない。遠くでは銃声が響き、無線からは途切れ途切れに警察官の報告が流れている。
『西棟の状況を確認!』
『二階で交戦中! 患者を避難させています!』
『東棟にも一体! 応援をお願いします!』
スティーブが足を止めた。
「警察が来てくれたな」
「うん」
シェリーも廊下の先へ目を向ける。
その直後、階段の方から複数の足音が響いた。警察官たちが銃を構えながら駆け込んでくる。
「アークの方ですね!」
先頭の警察官が声を上げた。
「ああ」
「警察本部から聞いています。院内にハンターが複数いると」
「西棟を中心に確認している。数はまだ分からない」
スティーブが答える。
「患者を優先してくれ。戦闘になったら無理に追うな。病室を守れ」
「了解!」
警察官たちが即座に隊列を組んだ。
その瞬間、廊下の角からハンターが飛び出した。
「来るぞ!」
警察官が一斉に銃を構える。
銃声が廊下に響き渡った。
ハンターは銃弾を受けながらも、勢いを落とさずに突っ込んでくる。警察官の一人が後退する。その前へスティーブが出た。
ショットガンが轟いた。
至近距離から撃ち込まれた散弾を受け、ハンターの身体が大きく弾き飛ばされる。壁へ叩きつけられたところへ、警察官たちが一斉に追撃を加えた。
ハンターは床へ崩れ落ち、動かなくなった。
「西棟、前進!」
警察官が声を上げる。
隊列が進み始める。
シェリーもその後に続いた。
病室の扉が開き、職員が顔を出す。
「こちらです! 患者を移します!」
「慌てないで!」
警察官が患者を支えながら廊下へ出てくる。歩けない者は車椅子に乗せられ、看護師がその後ろについた。
スティーブは周囲を警戒しながら、患者たちが通り過ぎるのを待った。
その時だった。
廊下の横から影が飛び出した。
「右!」
シェリーが叫ぶ。
ハンターが患者の列へ向かって跳びかかる。
シェリーは考えるより先に身体を動かしていた。トマホークを投げる。
刃がハンターの身体へ食い込み、空中で動きが止まった。
ハンターが床へ落ちる。
スティーブが走り寄り、ショットガンを撃ち込んだ。
轟音とともにハンターが床へ倒れた。
「助かった!」
警察官が叫ぶ。
「まだ終わってない!」
スティーブが答える。
その言葉を裏付けるように、階段の向こうから新たな唸り声が響いた。
警察官たちが銃を構え直す。
「患者を先に移動させろ!」
「了解!」
看護師たちが患者を連れて進んでいく。
スティーブとシェリー、そして警察官たちはその後方に残り、廊下を封鎖する。
ハンターが階段を駆け上がってきた。
今度は一体ではない。
「二体!」
警察官の声と同時に銃撃が始まる。
先頭のハンターが壁を蹴り、横へ跳んだ。
銃弾を避けながら接近してくる。
スティーブは動きを追い、ショットガンを一発だけ撃った。
ハンターが空中で姿勢を崩す。
そこへシェリーが踏み込んだ。
トマホークが振り抜かれ、ハンターの進路が逸れる。
その隙に警察官たちが集中射撃を浴びせた。
ハンターが床へ倒れる。
もう一体が、その横を抜けようとした。
「行かせるな!」
警察官が撃つ。
ハンターが一瞬足を止めた。
スティーブがその正面へ回り込み、ショットガンを構える。
「終わりだ」
轟音が響いた。
ハンターが吹き飛び、床へ転がる。
それを確認すると、スティーブはすぐに周囲を見回した。
「患者は?」
「全員、次の区画へ移しました!」
「よし」
戦闘はまだ続いている。
だが、少なくとも患者を巻き込むことは避けられていた。
◆
それからも、掃討は続いた。
警察官たちは病棟を一つずつ区画化し、確認を終えた場所から封鎖していく。職員と看護師はその間に患者を安全な区域へ移し、空いた病室を一時的な避難場所として利用した。
病院内の各所で銃声が響いた。
そのたびに無線へ報告が入る。
『三階、確認終了!』
『中央棟、残存なし!』
『東棟も確認しました! ハンターは見当たりません!』
西棟では、まだ戦闘が続いていた。
スティーブがショットガンでハンターの動きを止め、警察官たちが集中して射撃する。
別の場所では、ハンターが警察官の側面へ回り込もうとした。
シェリーが先に気づく。
「左!」
警察官が振り向く。
だが、ハンターはすでに跳びかかっていた。
シェリーが横から割って入り、トマホークで爪を受け流す。衝撃で腕が痺れた。それでも踏みとどまり、ハンターの動きを廊下の中央へ逸らした。
その瞬間、警察官たちの銃撃が集中する。
ハンターが崩れ落ちた。
「大丈夫か?」
警察官が尋ねる。
「平気」
シェリーはトマホークを握り直した。
「患者を先に」
「了解!」
警察官が走っていく。
病院の中では、戦う者と救助する者がそれぞれの役割を果たしていた。
やがて、最後の区画から報告が入った。
『西棟、全区画確認!』
『動いている個体はありません!』
無線の向こうで、誰かが息を吐いた。
それを合図にするように、病院内に残っていた銃声が一つ、また一つと消えていく。
静かになった。
スティーブはショットガンを下ろした。
「……終わったな」
シェリーが周囲を見回す。
「うん」
廊下には、倒されたハンターの死体が残っている。
一方で、その先では医師や看護師が患者の状態を確認していた。避難させられた患者たちも、ようやく落ち着きを取り戻しつつある。
警察官の一人がスティーブのもとへ歩いてきた。
「院内の安全を確認しました」
「患者は?」
「全員、保護できています。新たな被害もありません」
スティーブは小さく頷いた。
「救護を優先してください。こっちはもう大丈夫だ」
「分かりました」
警察官は敬礼すると、すぐに負傷者のもとへ向かった。
シェリーはその背中を見送った。
「ちゃんと間に合ったね」
「ああ」
スティーブは病院の奥を見る。
「これで少なくとも、ここはまだ使える」
テラグリジアの街には、まだ多くの救助者が残っている。
それでも、この病院は守り通した。
それには十分な意味があるはずだ。
◆
屋上では、ヘリのローターがゆっくりと回転を始めていた。
スティーブはショットガンをケースへ戻し、装備を確認してから機内へ乗り込む。シェリーもその後に続いた。
屋上には、病院職員と警察官たちが残っている。
誰も手を振る余裕はなかった。
それでも、二人を見送る視線には先ほどまでとは違うものがあった。
ヘリが浮上する。
シェリーが窓から病院を見下ろした。
「少しは助けられたかな」
「ワクチンも届けた。病院も取り戻した」
スティーブは前方を見た。
「今は十分だろ」
シェリーは頷いた。
だが、眼下に広がる街を見れば、そんな言葉だけで片付けられないことも分かる。
テラグリジアの各所から、まだ煙が上がっている。
道路には放置された車両が残り、遠くではサイレンが鳴り続けていた。
「街は、まだ終わってないね」
「ああ」
ヘリは病院を離れ、市街地の上空を抜けていく。
しばらくすると、前方にアークが確保した施設が見えてきた。
「着陸するぞ」
スティーブが告げる。
ヘリはゆっくりと高度を下げ、施設の敷地へ降りていった。
地上では、待機していた隊員たちがヘリへ駆け寄ってくる。
ローターの回転が落ちる。
スティーブとシェリーが機体から降りると、隊員の一人がすぐに近づいてきた。
「病院は?」
「確保した」
スティーブが答える。
「院内にいたハンターはすべて掃討した。死傷者は出たが病院は無事だ。」
隊員が頷いた。
「ワクチンは?」
「病院側へ引き渡した。すでに使用が始まっているはずだ」
シェリーが続ける。
「それと、感染が進行してウーズになった患者についても情報をまとめてもらうことになってる」
「分かりました。クレア社長へ報告します」
「頼む」
スティーブはそれだけ言うと、施設の中へ向かった。
シェリーもその隣を歩く。
背後では、帰還したヘリのローターが完全に停止していく。
二人は一度も振り返らなかった。
病院は守り通した。
だが、それでテラグリジアの戦いが終わったわけではない。
感染者はまだ街に残っている。
そして、この事件の原因も、未だに分かっていなかった。
テラグリジアでの二日目は、ようやく終わろうとしていた。
◆
夜。
アークの拠点では、ようやく慌ただしさが途切れ始めていた。
スティーブは報告書をまとめるため、まだ起きている。
警備部門の隊員たちも、それぞれ装備の整備や明日の準備に追われていた。
その一方で、シェリーは自分の部屋へ戻っていた。
ベッドへ腰を下ろした途端、身体から力が抜ける。
「……疲れた」
今日一日だけで、何度銃を撃ったのか分からない。
病院でハンターと戦い、負傷者を助け、ワクチンを届けた。
それでもテラグリジアでは、まだ多くの人間が救助を待っている。
明日もまた、あの街へ戻ることになる。
そう考えながら、シェリーはベッドへ横になった。
すると、嬉しそうな気配が近づいてきた。
「おいで」
愛犬がベッドへ上がってくる。
シェリーはその身体を抱き寄せた。
柔らかな毛に頬を埋める。
「今日は大変だったね」
愛犬は何も答えない。
ただ、シェリーの腕の中で静かにしている。
その温もりを感じているうちに、張り詰めていたものが少しずつ解けていった。
「……明日も頑張らないと」
そう呟いたのを最後に、シェリーの目が閉じる。
愛犬を抱いたまま、シェリーは深い眠りへ落ちていった。
今日は、もう限界だった。