アーク製薬会社   作:ai試し2

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19話 ゆさぶり

 クリスはウェスカーと並んで屋上を歩いていた。

 

 周囲を警戒しながらも、クリスは意識してウーズへ近づいていく。

 

 銃は使わない。

 

 拳だけで仕留める。

 

 迫ってきたウーズの攻撃をかわし、身体を捻る。そのまま拳を叩き込むと、ウーズの身体が大きく揺れ、床へ崩れ落ちた。

 

 通常のウーズなら、一撃で倒せる。

 

 だが――。

 

 次に現れたのはピンサーだった。

 

 鋭い突起を備えた腕が振り上げられる。

 

 クリスは攻撃をかわし、間合いへ踏み込む。

 

 拳を叩き込む。

 

 確かな手応えがあった。

 

 それでも、ピンサーは倒れない。

 

「……くそっ」

 

 クリスは舌打ちをこらえ、すぐにもう一度拳を繰り出した。

 

 今度こそ、ピンサーの身体が大きく揺れる。

 

 そのまま床へ崩れ落ちた。

 

 クリスは短く息を吐く。

 

 その横で、ウェスカーが満足げな表情を浮かべていた。

 

「少しは鍛え直したようだな、クリス」

 

 クリスは答えず、乱れた呼吸を整える。

 

 ウェスカーの視線が、クリスの呼吸へ向いた。

 

「だが――」

 

 一拍置く。

 

「息が上がっている」

 

「……」

 

「力みすぎだ。もう少し力を抜け」

 

 忠告なのか、それともからかっているのか。

 

 クリスには判断がつかなかった。

 

 ただ、その言葉に反論しきれないのも事実だった。

 

 ウェスカーはそれ以上何も言わず、前方へ視線を戻す。

 

 その直後、一体のピンサーが横手から飛びかかってきた。

 

 ウェスカーは身体を僅かに沈め、攻撃を紙一重でかわす。

 

 クリスが先ほど見せた動きと、よく似ていた。

 

 だが、その後が違った。

 

 ウェスカーは踏み込みと同時に拳を放つ。

 

 一撃だった。

 

 ピンサーの身体が弾けるように崩れ、そのまま床へ落ちる。

 

 クリスは思わず、その動きを目で追った。

 

 余計な力が入っていない。

 

 大きな動作もない。

 

 必要なところだけに力を通し、最小限の動きで最大限の威力を引き出している。

 

 参考になる。

 

 そう認めざるを得なかった。

 

 やがて、屋上のヘリポートへ救助用のヘリが降下してくる。

 

 ローターの風が屋上全体へ吹き渡った。

 

 キースとクエントが救助者を誘導している。

 

 二人の避難者が機内へ乗り込んでいく。

 

 クリスはその様子を見守った。

 

 ここまで来るだけでも相当な危険があった。

 

 それでも、ようやく二人を安全な場所へ送り出せる。

 

 ヘリが離陸し始める。

 

 屋上を離れていく機体を見ながら、クリスはふと息を吐いた。

 

 ヘリポートがあってよかった。

 

 ウェスカー兄妹がいなければ――。

 

 生存者を連れて、これほど早くここまで辿り着けただろうか。

 

 答えは明白だった。

 

 クリスは認めたくない現実を、静かに受け入れる。

 

 今回の救助を成功させるうえで、ウェスカー兄妹の戦力はあまりにも大きかった。

 

 やがてヘリは屋上を離れ、その姿が遠ざかっていく。

 

 ローターの音が徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。

 

 クリスはしばらく空を見上げていた。

 

 そして、隣に立つウェスカーへ視線を向ける。

 

「……悔しいが、礼を言う」

 

 ウェスカーが僅かに眉を上げた。

 

「礼?」

 

「ああ」

 

 クリスは素直に認めた。

 

「この速さで救助を続けられるなら、今日中にモール全体を回れるかもしれない」

 

 これまでの戦闘を振り返る。

 

 通常なら、これほど大量のウーズを相手にしながら生存者を探し、連れて脱出するだけでも相当な時間が必要になる。

 

 負傷者が出れば、さらに時間を取られる。

 

「お前たちがいなければ、途中で負傷者が大勢出て、救助そのものに失敗していたかもしれない」

 

 クリスはそう言い切った。

 

 ウェスカーはしばらく黙っていた。

 

 やがて、口元に僅かな笑みを浮かべる。

 

「どうかな」

 

「何?」

 

「レディハンクとバーキンの娘。あの二人なら、似たようなことはできるはずだ」

 

 クリスの表情が変わった。

 

「……何だと?」

 

 ウェスカーは平然としている。

 

 クリスはその言葉を頭の中で反芻した。

 

 シェリーがウイルス適合者であることは知っている。

 

 だが――。

 

「シェリーはともかく……レディハンクも、ウイルス適合者だったのか?」

 

 思わず呟いた。

 

 その反応を見て、ウェスカーが口元を緩める。

 

「やはり、妹からは何も聞いていないようだな」

 

「……!」

 

 クリスは思わず顔をしかめた。

 

 クレアからは、何も知らされていない。

 

 それを見透かしたように笑うウェスカーを、クリスは睨みつけた。

 

 ――耳ざとい奴め。

 

 胸の内で吐き捨てる。

 

 ウェスカーはそんなクリスの苛立ちなど意に介さず、どこか愉快そうに立っていた。

 

     ◆

 

 救助した二人をヘリへ送り届けると、クリスたちは再び屋内へ戻った。

 

 次の救助地点は、屋上のすぐ下の階だった。

 

 現地警察の情報によれば、そこにも生存者がいる可能性がある。

 

 一行は階段を下り、目的の階へ向かった。

 

 廊下へ出ると、クリスが周囲を見回す。

 

 連絡のあった場所を確認する。

 

 だが――。

 

 そこに生存者の姿はなかった。

 

 代わりに待ち構えていたのは、数体のウーズだった。

 

 クリスは銃を構えたまま、その姿を見つめた。

 

 嫌な考えが頭をよぎる。

 

 これが、元は救助を待っていた人間だったのではないか。

 

 そう考えるだけで胸が重くなる。

 

 だが、それ以上考えるのはやめた。

 

 今はまだ、このモールのどこかに生存者がいる。

 

「別の場所を探すぞ」

 

 気持ちを切り替え、クリスは一行を先へ進ませる。

 

 同じ階の別の区画へ向かう。

 

 しばらく廊下を進んだところで、今度は人の気配があった。

 

 閉じられた扉の向こうから、かすかな声が聞こえてくる。

 

 クリスが手を上げ、全員を止めた。

 

 扉へ近づき、慎重に中の様子を窺う。

 

 間違いない。

 

 そこには生存者がいた。

 

「救助に来た。もう大丈夫だ」

 

 扉の向こうから、安堵したような声が返ってくる。

 

 クリスたちは生存者を確保すると、すぐに屋上へ連絡を入れた。

 

 ヘリを呼ぶ。

 

 救助した生存者を連れて、一行は再び階段を上がっていった。

 

 その間、クリスは意識してウェスカーの動きを見ていた。

 

 敵の攻撃をかわす際の身体の使い方。

 

 必要以上に力を込めず、相手の動きを利用するような身のこなし。

 

 先ほど教えられたことも含め、参考になる部分は多い。

 

 やがて、再び屋上へ辿り着く。

 

 ヘリが来るまでの間、クリスたちは周囲を警戒しながら待機した。

 

 すると、ウェスカーが横から声を掛けてくる。

 

「随分と熱心に見ていたな」

 

「……何のことだ?」

 

 クリスが振り返る。

 

 ウェスカーは薄く笑った。

 

「私の動きを見ていただろう」

 

「勝手に言ってろ」

 

 クリスはそう返した。

 

 ウェスカーは気にした様子もなく、前方へ視線を戻す。

 

 しばらくして、ふと思い出したように尋ねた。

 

「妹とは不仲なのか?」

 

「……クレアと?」

 

「ああ」

 

 クリスは少し間を置いてから首を横に振った。

 

「違う」

 

 クレアとの関係を思い返す。

 

「お互いに立場があるだけだ」

 

 BSAAにはBSAAの事情がある。

 

 アークにもアークの事情がある。

 

「組織の内部のことまで、勝手に話すことはできない」

 

 それ以上でも、それ以下でもない。

 

 クリスがそう答えると、ウェスカーは黙って彼を見た。

 

 やがて、ウェスカーが口を開く。

 

「BSAA……なかなかの練度だな」

 

 クリスは横目でウェスカーを見る。

 

 唐突な評価だった。

 

「何を見てそう思った?」

 

「特別なことではない」

 

 ウェスカーは淡々と答えた。

 

「ここまで一緒に行動してきたキースとクエント。それにヘリの操縦士、機内で周囲を警戒していた隊員」

 

 クリスは黙って聞いている。

 

 どうやらウェスカーも、これまでの動きを見ていたらしい。

 

「それぞれの動きを見ていれば分かる。無駄が少ない」

 

「……よく見ているな」

 

「敵情視察だからな」

 

 ウェスカーはそう言って笑った。

 

 そして、ほんの少し機嫌がよさそうに続ける。

 

「今日は気分がいい。サービスしておこう」

 

「サービス?」

 

 クリスが怪訝そうに眉を寄せる。

 

 ウェスカーはしばらく前方を眺めていたが、やがて静かに話し始めた。

 

「ウェスカー計画については覚えているな」

 

「ああ」

 

「私たちは成功作だ。しかし最初から何の問題もなかったわけではない」

 

 その言葉に、クリスの意識が向く。

 

「ウェスカー計画でウイルスを投与し、私は適合した」

 

 ウェスカーは淡々と続ける。

 

 そこで一度、言葉を切る。

 

「だが、時折体調を崩した」

 

「……副作用か?」

 

 クリスが聞き返す。

 

「そうだ。私もアレックスもな」

 

 ウェスカーの口調に、過去を振り返るような感情はほとんどなかった。

 

「ウイルスの働きを抑えるために、抑制剤を投与しなければならなかった」

 

 クリスは黙り込んだ。

 

 これまで目の前で見てきた圧倒的な身体能力。

 

 それほどの力を持つ二人だからこそ、ウイルスによって身体に問題を抱えていたのか?

 

 ――一体、何を投与した?

 

 聞きたいことはいくつも浮かんだ。

 

 だが、ウェスカーのほうから情報を提供してくれるというのなら、今は無理に問い詰める必要もない。

 

 クリスは余計な質問を挟まず、その話を聞き続けた。

 

 ウェスカーは、そのまま話を続ける。

 

「私とアレックスは、ウイルスについて当然精通している」

 

 自分たちの身体に何が起きているのか。

 

 それを理解するため、二人はウイルスについて調べ続けた。

 

「私たちでも、この問題を解決することはできなかった」

 

 その声に、僅かな苦みが混じる。

 

「結局、ウイルス抑制剤を使うという方法にしかたどり着かなかった。自分たち自身にハンデを課すような解決方法だ」

 

 クリスは黙って聞いていた。

 

 ウェスカーほどの男が、自らの身体に関する問題を解決できなかった。

 

 それだけでも、ウイルスというものの難儀さが伝わってくる。

 

「だから、私たちは一つの決断をした」

 

「決断?」

 

 クリスが尋ねる。

 

 ウェスカーの目が、こちらを捉えた。

 

 その視線には、明らかな含みがあった。

 

「ウイルスについて、より詳しい人物に解決を依頼するという決断をな」

 

 その言葉に、クリスの胸の奥で嫌な予感が膨らむ。

 

「……まさか」

 

 昼から、ウェスカーがクレアについて何か知っているような素振りを見せていた。

 

 そのことが頭をよぎる。

 

 ウェスカーは淡々と続けた。

 

「私たちが依頼したのは、アークのアレクシア・アシュフォードだ」

 

「……!」

 

 クリスの表情が強張る。

 

「その時の交渉の場には、クレア・レッドフィールドもいた」

 

 嘘だ。

 

 そう言いたかった。

 

 クレアがそんなことをするはずがない。

 

 ウェスカーは生物兵器を広め、テロを引き起こすような男だ。

 

 そんな人物に、クレアが協力するはずなどない。

 

 それでも、ウェスカーは淡々と事実を告げていた。

 

 クリスは言葉を探す。

 

 そして、ようやく絞り出した。

 

「……何か、クレアにも理由があったはずだ」

 

 ウェスカーが笑った。

 

 その笑みが何を意味するのか、クリスには分からない。

 

 ただ、それ以上問い詰めるより先に、ウェスカーが空を見上げた。

 

「ヘリが戻っていくぞ」

 

「……!」

 

 クリスは、はっとしてヘリポートへ視線を向ける。

 

 いつの間にかヘリは着陸を終えていた。

 

 救助者を収容した機体が、再び上昇していく。

 

 ローターの音が屋上へ響き渡る。

 

 ヘリはそのまま遠ざかっていった。

 

 入れ替わるように、キースとクエントがこちらへ戻ってくる。

 

 クリスは深呼吸をする、頭を切り替えた。

 

 今は考えている場合ではない。

 

 クレアのことも。

 

 ウェスカーの話も。

 

 後でいい。

 

 まだ、このモールには救助を待っている人間がいる。

 

「行くぞ」

 

 クリスは二人へ声を掛けた。

 

 今は、救助が最優先だった。

 

     ◆

 

 

 救助を続ける中で、ジルはクリスの様子がおかしいことに気づいていた。

 

 本人は何でもないような顔をしている。

 

 先頭に立ち、周囲を警戒しながら進む姿も普段と変わらない。

 

 だが、長い付き合いのあるジルには分かった。

 

 何かあった。

 

 クリスは、それを隠している。

 

 ジルは周囲に聞こえないよう、小さく呟いた。

 

「……何かあったの?」

 

 すると、隣を歩いていたアレックスが、聞こえていたのか口を開いた。

 

「兄さんに、何か言われたんじゃない?」

 

「……」

 

 ジルは一瞬、アレックスを見る。

 

 そして、否定できなかった。

 

 あり得る。

 

 むしろ、そう考えるとクリスの様子にも納得がいく。

 

 ウェスカーはクリスに対して何度も意味ありげな言葉を投げていた。

 

 そのたびに、クリスの表情が僅かに変わっていた。

 

 ――もし、本当にそうなら。

 

 ジルは前方を歩くクリスへ視線を向ける。

 

 余計なことを聞かされて、敵の言葉に惑わされているんじゃない。

 

 そんな思いが胸の内から湧き上がる。

 

 ――しっかりしなさいよ、クリス。

 

 心の中で、強く叱った。

 

     ◆

 

 救助者を確保した一行は、再び屋上へ戻っていた。

 

 ヘリが到着するまでの間、生存者たちはキースとクエントが預かっている。

 

 クリスは周囲を警戒しながらも、先ほどから頭の中に引っかかっているウェスカーの話を忘れられずにいた。

 

 クレアが、ウェスカーたちの治療に関わっていた。

 

 クリスは意を決し、ウェスカーへ声を掛ける。

 

「……さっきの話、続きを聞かせろ」

 

 ウェスカーが振り返った。

 

 わざとらしく眉を上げる。

 

「さっきの話? 何のことだ?」

 

「とぼけるな」

 

 クリスの声が低くなる。

 

 ウェスカーは薄い笑みを浮かべたまま、答えようとしない。

 

 それを見ていたアレックスが、隣にいるジルへ視線を向けた。

 

「ジルさん、少しこちらへ」

 

「え?」

 

 突然の言葉に、ジルが戸惑う。

 

 アレックスは微笑んだまま、ジルを連れてウェスカーの前まで歩いていった。

 

「兄さん」

 

 穏やかな声だった。

 

「そろそろ話してあげたら?」

 

 ウェスカーが妹へ目を向ける。

 

「私は別に、何も隠しているつもりはないが?」

 

「そう言いながら、クリスさんをからかっているでしょう?」

 

 アレックスが小さく笑う。

 

「もう十分でしょう?」

 

 ジルもそこで、アレックスが自分を連れてきた理由を察した。

 

 自分も聞いておきたいことがある。

 

 クリスの様子を見れば、なおさらだった。

 

「……あなたも気になってるんでしょう?」

 

 アレックスにそう言われ、ジルはウェスカーへ視線を向ける。

 

 確かに気になっていた。

 

 クリスは明らかに何かを聞かされている。

 

 その原因がウェスカーにあること、ほぼ間違いなかった。

 

 アレックスに促され、ウェスカーは一度クリスを見る。

 

 そして、楽しげに肩をすくめた。

 

「さて……どこまで話したかな?」

 

 クリスが即座に答える。

 

「ウェスカー計画で投与したウイルスに問題があって、お前たちには副作用が出た。その治療に、アークのアレクシアとクレアが関わっていたところまでだ」

 

「……!」

 

 ジルが驚いてクリスを見る。

 

 クリスはウェスカーから視線を逸らさない。

 

 ウェスカーはそんなクリスの様子を眺め、口元をわずかに上げた。

 

「そうそう。そこまでだったな」

 

 ようやく続きを口にする。

 

「アークとは取引だった」

 

 クリスの目が細くなる。

 

「アンブレラに関する情報と引き換えだった」

 

 やはり、そこには理由があった。

 

 クリスが抱いていた疑問の一つが、ようやくつながった。

 

 しかし、すぐに別の疑問が浮かぶ。

 

「……それで、どんな情報だったんだ?」

 

 クリスが問い掛ける。

 

 だが、その途中で自分自身の疑問に気づく。

 

「いや、待て」

 

 クリスはウェスカーを睨んだ。

 

「お前、アンブレラを裏切ったはずだろう」

 

 ウェスカーが答えるより先に、アレックスが口を開いた。

 

「ラクーンシティの事件の後、オズウェル・E・スペンサーはロシアのテイロス計画と、自らの不老不死計画に再起をかけた」

 

 ジルは黙ってアレックスを見る。

 

「そして、不老不死計画の実務を任されたのが、ウェスカー計画の生き残りである私だった」

 

「……お前が?」

 

 クリスが驚く。

 

 アレックスは静かに頷いた。

 

「ええ」

 

 そして、兄へ視線を向ける。

 

「私は、ウェスカー計画の生き残りである兄さんと、裏でつながっていた」

 

 クリスは眉をひそめる。

 

「スペンサーは、そのことにまったく気づいていなかった。私に恨まれていることも」

 

 アレックスの声は淡々としている。

 

「スペンサーは私に莫大な資金と権限、それに施設まで与えた」

 

 一度、言葉を切る。

 

「そして私は、それらをアークとの取引材料として使ったの」

 

 クリスは黙ってアレックスを見つめた。

 

 ウェスカーも口を挟まない。

 

 その口元には、薄い笑みだけが浮かんでいた。

 

 しばらくして、クリスがようやく口を開く。

 

「……そういうことか」

 

 自分の中で、散らばっていた情報がつながっていく。

 

 スペンサーがアレックスへ与えた資金と権限。

 

 ウェスカーとの裏のつながり。

 

 そして、それを利用したアークとの取引。

 

 その先にいたのが、クレアだった。

 

 クレアがウェスカーたちの治療に関わっていた。

 

 その理由も、少なくとも一つは見えてきた。

 

 アンブレラに関する情報を得るためだった。

 

 クリスはそこで、これ以上考えるのを止めた。

 

 クレアを疑いたいわけではない。

 

 今聞いた情報だけで、妹の判断を否定するつもりもなかった。

 

 ただ、自分の知らないところで、ここまでのことが動いていた。

 

 その事実が重かった。

 

「……クレアは」

 

 言葉が漏れる。

 

 だが、その先が続かなかった。

 

 何を聞けばいいのか、自分でも分からない。

 

 どこまで知っていたのか。

 

 なぜ自分には話さなかったのか。

 

 問いは浮かぶ。

 

 それでも、今ここで答えを求めることに意味があるとは思えなかった。

 

 隣でジルがクリスを見つめていた。

 

 クリスの様子がおかしいことには、気づいている。

 

 だが、今は何も言わなかった。

 

 ウェスカーはそんな二人を見ていた。

 

 その視線に気づき、クリスはようやく理解する。

 

 こいつは、情報を伝えるだけで終わるつもりではない。

 

 自分が何を考え、どう反応するかまで見ている。

 

 クリスは奥歯を噛みしめた。

 

 それでも、耳を塞ぐことはできなかった。

 

 ウェスカーは、まるで何でもないことのように話を続ける。

 

「そして、去年。その取引で得た情報をもとに、アークはスペンサー邸へ襲撃を仕掛けた」

 

 クリスの表情が僅かに強張る。

 

「結果は知っているだろう。オズウェル・E・スペンサーは死亡した」

 

 淡々とした口調だった。

 

 ウェスカーは一度言葉を切る。

 

「そのうえで、一つ忠告しておこう」

 

 クリスが顔を上げる。

 

「アークのアレクシアには気をつけろ」

 

「……アレクシア?」

 

 クリスの眉が寄る。

 

 ウェスカーは前方へ視線を向けたまま続ける。

 

「あれは生物兵器を拡散させている」

 

「……何だと?」

 

「私の勘だがな」

 

 その言葉を最後に、ウェスカーは口を閉じた。

 

 クリスはすぐには返せなかった。

 

 だが、「勘」という一言には引っかかるものがあった。

 

 S.T.A.R.S.に所属していた頃。

 

 部隊を率いていたウェスカー。

 

 任務中、誰よりも冷静に周囲を観察し、僅かな違和感から危険を察知していた男。

 

 クリスは何度も、ウェスカーの判断に助けられていた。

 

 理屈を説明されるより先に、ウェスカーが危険だと言えば、実際に何かが起きた。

 

 根拠を聞いても、「勘だ」と返されることがあった。

 

 そして――その勘は、よく当たっていた。

 

 クリスは無意識に拳を握り込む。

 

 だからこそ、今の言葉を完全に聞き流すことができなかった。

 

「生物兵器を拡散させているのは、お前も同じだろう」

 

 クリスは吐き捨てるように言った。

 

 ウェスカーが横目で見る。

 

 怒りも、反論もない。

 

 むしろ楽しそうだった。

 

「私、アレクシア、コネクション……」

 

 淡々と名前を並べる。

 

「敵が多いな、クリス」

 

 クリスは黙ってウェスカーを睨みつけた。

 

 冗談のようにも聞こえる。

 

 だが、その目は笑っていなかった。

 

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