アーク製薬会社 作:ai試し2
大学の敷地へ戻ると、ウェスカー兄妹の姿はすでに消えていた。
別れの言葉すらない。
つい先ほどまで同じ場所を歩いていたはずなのに、気づけば二人とも人の流れに紛れ込んでいる。
追うことはしなかった。大学内では争えない。
BSAAに割り当てられた区画へ戻る。
隊員たちは携行していた装備を順番に下ろし、クリスも肩に掛けていた装備を外して床へ置いた。
ようやく、一息つける。
ショッピングモールの内部は広く、B.O.W.の数も多かった。
それでも、ウェスカーが先頭を進み、アレックスが後方を押さえる形で進んだことで、予想していたより遥かに短い時間で各所を回ることができた。
すべての生存者を救えたわけではない。
間に合わなかった場所もあった。
すでに変わり果てた姿しか残されていなかった場所もある。
それでも、救えた者はいた。
今は、その事実だけで十分だった。
そのとき、向かいにいたキースとクエントが、揃って妙な仕草を始めた。
二人とも口元を指差している。
クリスは怪訝そうに見返した。
「……?」
少し考えて、ようやく気づく。
出発前に、自分が言ったことだ。
必要なこと以外は一切しゃべるな。
「……ああ。もう喋っていいぞ」
途端に、キースが大きく息を吐いた。
「ぷはぁっ!」
クエントも胸を張る。
隣ではクエントも大きく胸を膨らませる。
「いやぁ、空気がうまい!」
「……」
クリスは無言で二人を見る。
「久しぶりに呼吸をした気がします」
キースが肩を回す。
クリスは額を押さえた。
「息をするなとは命令していない」
「そうでした」
クエントが真顔で頷く。
「では、次からは普通に呼吸します」
「最初から呼吸はしてただろ」
周囲から小さな笑いが起きる。
重かった空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
だが、それも長くは続かなかった。
「……そうだ!」
キースが突然顔を上げた。
クリスが眉をひそめる。
「どうした?」
「いや、どうしたじゃないですよ!」
キースは隣のクエントを見る。
「俺たち、まだ聞いてないぞ」
「そうですよ!」
クエントも身を乗り出す。
「結局、あの二人は何なんです!?」
二人の勢いに、周囲の隊員たちまで顔を向けた。
「あのウェスカーっていう二人ですよ!」
「兄と妹の!」
「ウーズを素手で一撃ですよ!?」
「ピンサーまで簡単に吹っ飛ばしてました!」
キースとクエントは、溜め込んでいたものを一気に吐き出すように話し始める。
「トライコーンの攻撃まで、あの人は簡単に捌いてましたよ」
「妹のほうも、後ろから来るウーズをほとんど一撃で倒してました」
「大型個体もあっさり倒してた、銃もほとんど使ってない」
話を聞く隊員たちの表情が変わっていく。
「それだけ凄かったのか?」
誰かが尋ねる。
「凄いなんてもんじゃないですよ」
キースが答える。
「あの二人がいなかったら、あれだけの場所を短時間で回るのは無理だったと思います」
クリスは黙って聞いていた。
二人が語っているのは、自分も実際に体験したことだ。
だから否定できない。
やがて、クリスが口を開いた。
「……あの二人は、俺たちの敵だ」
その一言で、ざわめきが止まった。
「アルバート・ウェスカー。そして、アレックス・ウェスカー」
クリスは二人の名前をはっきり告げる。
「元アンブレラの人間で、ウイルスに適合している」
隊員たちの間に緊張が走った。
「俺やジルにとっても、BSAAにとっても危険な相手だ」
クリスは言葉を区切る。
「今日、一緒に行動したのは、生存者を救うためだ。それ以上でも、それ以下でもない」
誰も口を挟まない。
クリスは全員を見渡した。
その反応を確認してから、静かに続ける。
「ただ――」
一瞬だけ言葉を止める。
「今日の救助で、あの二人の力が大きかったのも事実だ」
ウーズの群れ。
トライコーン。
スキャグデッド。
あれだけのB.O.W.がいる場所でも、ウェスカー兄妹は足を止めなかった。
そのおかげで、自分たちは救助へ割ける時間を増やせた。
そして、第三地区にはまだ救助を待っている人間がいる。
モールだけではない。
周辺の建物にも、避難できずに取り残されている者がいるはずだった。
クリスはその事実を前に、判断を決めた。
「だから俺は、明日以降もあの二人の力を借りたいと思っている」
「……え?」
キースが間の抜けた声を漏らした。
クエントも目を丸くする。
「本気ですか?」
「ああ」
クリスは頷いた。
「敵であることは変わらない。信用するつもりもない」
そこは譲れない。
「それでも、救える人間が増えるなら、利用できる力は利用する」
その言葉に、隊員たちが黙り込む。
隣にいたジルも、信じられないような顔でクリスを見る。
「……本気なの?」
「ああ」
クリスは即答した。
「今からウェスカーを探して話をする」
ジルはしばらくクリスを見つめていた。
だが、やがて小さく息を吐く。
「分かったわ」
「ただし、無茶はしないで」
「分かってる」
「あなたの『分かってる』は、あまり信用できないけど」
「そこまで言うか?」
クリスが眉を寄せる。
ジルは小さく笑った。
「長い付き合いでしょ」
それ以上、クリスは何も言わなかった。
「みんなには、俺が戻るまでにウェスカー達のこと説明しておいてくれ」
「了解」
クリスは踵を返した。
ウェスカー兄妹がどこへ消えたのかは分からない。
だが、この大学の中にいることだけは間違いない。
クリスは廊下へ出ていく。
その背中を見送りながら、キースがぽつりと呟いた。
「……明日も、あの二人と一緒なのか」
「まだ決まってない」
クエントが答える。
「隊長が説得できたら、だろ」
二人は顔を見合わせた。
そして、ショッピングモールで見た光景を思い出す。
ウーズの群れをものともせず進んでいった二人。
圧倒的な力でB.O.W.を退けた姿。
「……説得できるのかな」
「さあ」
二人はそれ以上言わなかった。
ただ、クリスの帰りを待つことにした。
◆
クリスは、避難民が集められている区画へ向かった。
最悪の場合、ウェスカー兄妹はすでに大学を離れているかもしれない。
あの二人なら、何の前触れもなく姿を消していても不思議ではなかった。
だが、区画を探し始めてすぐに二人の姿を見つけた。
人の間を縫うように歩くアルバート。
その少し後ろを、アレックスがついていく。
「……まだいてくれたか」
クリスは足を止めず、そのまま二人の後を追った。
兄妹は、クリスの存在に気づいているはずだった。
それでも振り返らない。
二人はそのまま避難民のいる区画を離れ、人の姿がほとんどない場所まで進んでいく。
やがて、ウェスカーが足を止めた。
アレックスも立ち止まり、兄と並んで振り返る。
「私たちに別れの言葉など不要だろう」
ウェスカーが淡々と言った。
クリスは数歩手前で足を止める。
「……ああ」
短く答えて、一度だけ息を整える。
ここまで来る間に、何を言うかは決めていた。
クリスはウェスカーの目を真っ直ぐに見据える。
「ウェスカー」
「何だ?」
「力を貸してくれ」
クリスは頭を深く下げた。
一瞬だった。
ウェスカーから、僅かな驚きが伝わってくる。
それは表情の変化というより、張り詰めていた空気がわずかに揺らいだような感覚だった。
クリスは頭を下げたまま動かない。
すると、その上からアレックスの声が降ってきた。
「判断は兄さんに任せるわ」
少し間を置いて、柔らかな声が続く。
「ただ、私としては……手伝ってもいいとは思うわ」
クリスは顔を上げなかった。
その言葉を聞いたウェスカーは、しばらく黙っていた。
やがて、低い声が響く。
「頭を上げろ、クリス」
クリスはゆっくりと顔を上げる。
その瞬間だった。
ウェスカーの姿が視界から消えた。
「――!」
次の瞬間、目の前に拳が迫る。
クリスは反射的に身体を捻った。
拳が頬のすぐ横を通り抜ける。
完全には避けきれなかった。
拳の風圧とともに、拳先が頬を僅かに掠める。
クリスは即座に距離を取り、銃を抜いた。
「……手伝う気はないようだな」
銃口をウェスカーへ向ける。
だが、ウェスカーは構えることすらしなかった。
ただ、クリスを見ている。
そして、僅かに口元を緩めた。
「そうでもない」
「何?」
「少なくとも、腑抜けたようではないな」
クリスは眉をひそめる。
今の一撃が、ただの攻撃ではなかったことには気づいていた。
試したのだ。
ウェスカーはそんなクリスを見ながら、さらに続ける。
「だが、条件がある」
クリスは銃を下ろさない。
「……条件?」
「ああ」
ウェスカーは視線を逸らし、大学構内の先へ目を向けた。
「アークへ行くぞ」
「……アーク?」
「ああ」
クリスは眉をひそめる。
「それが条件なのか?」
「正確には違う」
ウェスカーが歩き出す。
アレックスも当然のようにその後へ続いた。
「私たちの身の安全を保証してもらう」
「身の安全?」
「そうだ」
ウェスカーは振り返らない。
クリスは黙って二人の背中を見つめた。
確かに、もっともな条件ではある。
アークには元アンブレラ関係者もいる。
生物兵器に関わってきた人間に対する警戒が強いのも当然だった。
まして、相手はアルバート・ウェスカーだ。
クリス自身でさえ、つい先ほどまで銃を向けていた。
「つまり、アークに認めさせろということか」
「そうだ」
ウェスカーが淡々と答える。
「私たちが第三地区の救助に協力する。その代わり、アークにはテラグリジアにいる間、私たちを敵として扱わせない」
クリスは考え込んだ。
だが、答えはすぐに出た。
「……分かった」
ウェスカーが僅かに目を細める。
「随分と簡単に決めるな」
「生存者を救うためだ」
クリスは歩きながら答えた。
「それに、お前たちの力が必要なのは事実だからな」
ウェスカーは、それ以上何も言わなかった。
アレックスだけが、隣で小さく笑う。
「兄さん、楽しそうね」
「そう見えるか?」
「ええ」
「なら、そうなのだろう」
クリスは二人のやり取りを聞き流しながら、アークの区画へ向かった。
やがて、大学構内に設けられたアークの区画が見えてくる。
周辺には複数の隊員が配置されていた。
負傷者の確認。
物資の整理。
武器や装備の点検。
それぞれが作業を続けている。
だが、クリスと、その後ろにいる二人の姿を認めた途端、空気が変わった。
一人の隊員が手を止める。
別の隊員がウェスカー兄妹へ視線を向けた。
そして、自然と銃へ手が伸びる。
クリスはそれに気づいた。
当然だ。
あの二人を警戒するなというほうが無理がある。
「ちょっといいか」
クリスが声を掛ける。
近くにいた隊員が身構えたまま答えた。
「何でしょう?」
「レディハンクとシェリーを呼んでくれ」
「……二人を、ですか?」
「ああ」
隊員の視線が、クリスの背後へ移る。
そこには、何食わぬ顔で立っているアルバートとアレックスがいた。
「ウェスカー兄妹も一緒ですか」
「ああ」
隊員の声が硬くなる。
周囲でも、二人の存在に気づいた隊員たちが次々と作業を止めていく。
誰も銃を向けてはいない。
だが、いつでも抜ける位置に手を置いている。
その警戒を、隠そうともしていなかった。
アレックスはそんな周囲の反応を眺めながら、困ったように微笑む。
「随分と歓迎されているみたいね」
「当然だろう」
ウェスカーは平然としている。
「私なら、逆の立場でも同じように警戒する」
クリスは何も言わなかった。
やがて、区画の奥から人の気配が近づいてくる。
「来たようだな」
ウェスカーが呟く。
クリスが振り向く。
先頭に立っていたのは、レディハンクだった。
その隣にはシェリー。
さらに後ろには、複数のアーク隊員が続いている。
そして――全員が武器を構えていた。
銃口は、まっすぐウェスカー兄妹へ向けられている。
レディハンクは歩みを止めると、無言で二人を見据えた。
シェリーも表情を引き締め、銃を構えたまま視線を逸らさない。
クリスはその光景を見て、思わず息を吐いた。
やはり、簡単にはいかない。
これから自分がアークの人間に何を説明しなければならないのか。
その答えは、すでに分かっていた。
――ウェスカー兄妹を、敵ではなく協力者として受け入れさせる。
しかも、相手はアルバート・ウェスカーだ。
クリスは二人の間に立つように、一歩前へ出た。
「待ってくれ。俺から説明する」
レディハンクは銃を構えたまま、クリスを見る。
「どういうこと?」
「ウェスカーたちに、明日からも救助に協力してもらいたい」
その言葉が落ちた途端、周囲の隊員たちの間にざわめきが広がった。
誰もクリスの言葉の意味を理解できないわけではない。
問題は、その相手だった。
ウェスカー兄妹。
元アンブレラ関係者であり、ウイルスに適応した異常な身体能力を持つ二人。
レディハンクも二人から目を離さなかった。
「……今日みたいに?」
「ああ」
クリスは頷いた。
「第三地区には、まだ救助を待っている人たちがいる。俺たちだけじゃ、全部を回るには時間も腕も足りない」
レディハンクは黙ってクリスを見つめる。
今日の救助で何が起きたのかは、彼女も把握している。
そして、クリスがなぜこんな提案をしているのかも分かっていた。
しばらくして、レディハンクは銃口を少し下げた。
「……私はいいよ」
周囲の隊員たちがレディハンクを見る。
「いいのか?」
クリスが尋ねる。
「うん」
レディハンクはあっさり頷いた。
「今日、一緒に救助してるんでしょ?」
「ああ」
「それで生存者を助けられたなら、明日も手伝ってもらえばいいじゃない」
そう言って、レディハンクはウェスカー兄妹へ視線を向ける。
「もちろん、何をしてもいいって意味じゃないよ。救助の邪魔をしたり、勝手なことをしたら、そのときは別だけど」
ウェスカーが僅かに口元を上げた。
「随分と簡単に信用するな」
「信用してるわけじゃないよ」
レディハンクは即座に返した。
「今は、生存者を助けるために一緒に動けるかどうかって話でしょ?」
ウェスカーは答えなかった。
レディハンクは、そのまま周囲の隊員たちを見回す。
「だから、みんなも銃を下ろして」
「ですが……」
近くにいた隊員が戸惑ったように声を上げる。
「クリスが連れてきたんだよ。それに、今日の救助で一緒に動いてる」
レディハンクは銃を下ろしながら続けた。
「今ここで撃ち合っても、誰の得にもならないでしょ」
隊員たちは顔を見合わせる。
それでも警戒を解くことはできないのか、すぐには動かなかった。
だが、レディハンクが先に銃を完全に下ろしたことで、やがて一人、また一人と銃口が下がっていく。
シェリーはウェスカーを見つめたまま、銃を構えていた。
彼女だけは、簡単に警戒を解くつもりはないらしい。
クリスも、それを無理に止めなかった。
ウェスカーは周囲の様子を一通り確認すると、再びクリスへ視線を戻した。
そのときだった。
「一つ、条件がある」
ウェスカーが口を開いた。
クリスが言葉を止める。
「条件?」
レディハンクが聞き返す。
アルバートはクリスではなく、シェリーへ視線を向けた。
「バーキンの娘、リサ・トレヴァーに、私たちが救助作戦に協力する間、敵対しないよう説得してくれ」
「……バーキンの娘は止めて」
間髪入れずにシェリーが返す。
今にも発砲しそうだった。
ウェスカーはシェリーの顔を見つめる。
それ以上、何も言わない。
やがて、僅かに頭を下げた。
「……すまない」
シェリーはその謝罪を聞いてから、構えていた銃を下ろした。
「クレアと私で説得する」
シェリーは銃を収め、クリスへ視線を移す。
「これでいいでしょ?」
「ああ」
クリスは頷いた。
話は決まった。
明日から、ウェスカー兄妹も救助に加わる。
何も知らないままリサが二人と遭遇すれば、戦いになる。
そうなれば、結果的に救助できる人数も減るだろう。
レディハンクも納得したように頷く。
「OK。明日は今日と同じように動けばいいんだね」
クリスが頷く。
「第三地区には、まだ救助を待っている人たちがいる。明日はBSAAはそっちを優先する」
「了解!」
レディハンクが元気よく返事をする。
周囲では、ウェスカー兄妹への警戒が完全になくなったわけではない。
それでも、先ほどまでのように銃を向け続ける者はいなかった。
クリスはその様子を確認してから、ウェスカーとアレックスへ視線を戻す。
「明日も頼むぞ」
「隊長はお前だ、クリス」
ウェスカーが淡々と答える。
「上手く、私たちを使うことだ」
アレックスも、その隣で微笑んだ。
「ジルさん達の説得、頑張ってね」
明日の救助は、今日よりさらに広い範囲になる。
シェリーが思い出したように口を開いた。
「ウェスカー、リサとアレクシアは行方不明だから、今すぐは無理」
「知っている。視察先の日本で足止めされていたこともな」
ウェスカーは当然のように答えた。
その瞬間だった。
クリス、レディハンク、そして周囲のアーク隊員たちが、一斉にウェスカーへ視線を向ける。
シェリーも表情を硬くした。
クリスの見る限り、その情報はアークの隊員たちの間でも共有されていないようだった。
それを、この男は知っている。
クリスは改めてウェスカーを見つめた。
敵として警戒すべき相手なのは、今さら言うまでもない。
だが――。
この男は、自分たちが把握していない情報を、どこまで掴んでいるのか。
◆
クリスがBSAAの待機場所へ戻ってくると、部屋にいたジルが顔を上げた。
その後ろに立つウェスカーとアレックスの姿を認めた瞬間、ジルは呆れたように眉を寄せる。
「……本当に連れて帰ってきたのね」
「ああ」
クリスは頷いた。
「明日から、第三地区の救助に協力してもらうことになった」
ジルはクリスとウェスカー兄妹を交互に見る。
クリスが二人を説得しに出ていったことは知っていた。だが、まさか本当に話をまとめて戻ってくるとは思っていなかった。
「……どうやって説得したの?」
「いろいろあった」
クリスはそれだけ答えた。
ジルは、それ以上は聞かなかった。
今日一日、ウェスカー兄妹の力を間近で見ている。
あの二人を明日も救助に使えるなら、第三地区に残された生存者を救う上で大きな戦力になる。それはジルにも分かっていた。
ただ、それでもクリスの判断には呆れが残る。
「クリス、本当に思い切ったことするわね」
「必要だったんだ」
「分かってるわよ」
ジルは小さく息を吐いた。
「だから止めるつもりはないけど」
そのやり取りを聞いていたアルバートが、僅かに口元を上げた。
「明日は今日以上に、互いのことを知ることになりそうだな」
「こっちは、もう十分見せてもらった気がするけど」
ジルが返す。
ウェスカーは楽しそうに笑った。
「そうか?」
「ええ」
アレックスは二人のやり取りを眺めながら、穏やかに微笑んでいる。
「それでは、今日はもう休みましょうか」
「ああ」
ウェスカーが踵を返す。
アレックスもその後に続いた。
二人が部屋を出ていくと、ジルは改めてクリスを見る。
「……明日から、本当に一緒に動くのね」
「ああ」
クリスは頷いた。
それから、部屋にいる隊員たちを見渡す。
誰もが、先ほどから自分たちの帰りを待っていた。
その視線には、ウェスカー兄妹に対する警戒がある。
当然だ。
アルバート・ウェスカー。
かつて自分たちの前に立ちはだかり、裏で暗躍してきた男だ。
そんな人物と、明日から肩を並べて生存者の救出に向かう。
簡単に受け入れられる話ではない。
クリスは一歩前へ出ると、深く頭を下げた。
「みんな、すまない」
隊員たちが息を呑む。
「俺は……一人でも多くの人を助けたい」
頭を下げたまま、クリスは続けた。
「そのために、ウェスカーの力を借りる」
自分でも分かっている。
こんな決断をすれば、批判されるだろう。
BSAAの設立目的を考えれば当然だった。
ウェスカーを信用するのか。
敵だった男を部隊に入れて大丈夫なのか。
もっと別の方法があるんじゃないのか。
そう言われても、クリスは甘んじて受けるつもりだった。
だが――。
「……隊長」
声を掛けられ、クリスが顔を上げる。
一人の隊員が苦笑していた。
「ジルさんから聞きました」
「え?」
「ウェスカーって奴のことも、今日あったことも」
別の隊員も口を開く。
「正直、あんな奴と一緒に行くって聞いたときは驚きましたけど……」
そこで一度、言葉を切る。
「助けられる人がいるなら、俺は賛成です」
「俺もです」
「同感です」
次々と声が上がる。
クリスは目を見開いた。
「お前たち……」
「それに」
別の隊員が、悔しそうに拳を握った。
「俺たちにもっと力があれば、あんな奴の力なんか借りずに済んだんでしょうけど」
「そうですよ」
隣の隊員も苦笑する。
「今日だって、あの二人がいなかったら救助にもっと時間がかかっていたそうじゃないですか」
「……悔しいですけどね」
誰もがウェスカーを認めているわけではない。
むしろ、その力を認めざるを得ないことへの悔しさが滲んでいた。
それでも、救える命が増えるなら。
その一点だけは、全員が同じだった。
クリスはしばらく何も言えなかった。
隣を見る。
ジルが笑っていた。
ほんの少しだけ、誇らしげな笑みだった。
クリスも自然と笑みを返す。
こんな状況でも、こいつらは自分と同じ答えを選んでくれた。
正しいかどうかではない。
今、目の前にいる人間を救う。
そのためなら、昨日まで敵だった男の力さえ利用する。
それを理解してくれる仲間がいる。
クリスは胸の奥で、静かに思った。
――最高の仲間たちだ。