アーク製薬会社   作:ai試し2

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21話 帰還

 時間は、少し遡る。

 

 昼。

 

 クリスとウェスカーが大学のカフェで向かい合い、互いの腹を探りながら茶を飲んでいた頃――。

 

 テラグリジアでEU本部として使用されているホテルへ、クレア・レッドフィールドが足を運んでいた。

 

 その後ろには、ハンクが付き従っている。

 

「忙しいところ、ごめんなさいね」

 

 ホテルへ向かう途中、クレアが振り返る。

 

「構わん」

 

 ハンクは短く答えた。

 

 連絡が入っていたことは聞いている。

 

 それでも、これほど唐突にEU本部まで同行することになるとは思っていなかった。

 

 何か急ぎの用件があるらしい。

 

 詳しい説明は、まだ受けていない。

 

 ただ、隣を歩くクレアの様子を見れば、単なる挨拶や形式的な訪問ではないことくらいは分かった。

 

 眉間には、普段よりはっきりと皺が寄っている。

 

 相当に気を張っているようだった。

 

 もっとも――それを指摘することはしなかった。

 

 スティーブが相手なら、何かあったのかと余計なことまで聞いただろう。

 

 だが、今ここにいるのはハンクだ。

 

 クレアが自分から話すまで黙っている。

 

 二人はホテルへ入り、そのままEU側の指揮所へ向かった。

 

 ホテルの一室を利用した臨時本部には、EU部隊の隊員たちが忙しなく行き交っている。

 

 負傷者の報告。

 

 避難状況の確認。

 

 各部隊との通信。

 

 テラグリジアで続いている混乱を反映するように、至るところで慌ただしく人が動いていた。

 

 クレアは足を止めることなく、その奥へ進んでいく。

 

 やがて、指揮官室の前に立つ歩哨が二人の姿を認めた。

 

 クレアが声を掛ける。

 

「EU指揮官との約束があるの」

 

 歩哨は一瞬、ハンクへ視線を向けた。

 

 だが、事前に何らかの連絡を受けていたのか、すぐに姿勢を正す。

 

「どうぞ。中へ」

 

「ありがとう」

 

 クレアは礼を言い、扉へ手を掛けた。

 

 そのまま指揮官室へ入っていく。

 

 ハンクも無言で後に続いた。

 

 扉が閉まる。

 

 室内では、EU部隊の指揮官が二人を待っていた。

 

 クレアは軽く頭を下げる。

 

「お時間をいただいてありがとうございます」

 

「こちらこそ。急な要請に応じてもらって助かります」

 

 指揮官は短く応じると、クレアの後ろへ目を向けた。

 

「……彼は?」

 

「アークの隊長の一人、ハンクです」

 

 クレアが答える。

 

「同行については聞いていませんが?」

 

「私の独断です」

 

 クレアは迷わず答えた。

 

「前線で命を張っている者として、彼にも聞く権利があります。それに、口は堅いですから」

 

 指揮官はハンクへ視線を向ける。

 

 ハンクは何も言わず、その場に立っている。

 

 短い沈黙のあと、指揮官はクレアへ視線を戻した。

 

「分かりました。彼も同席して構いません」

 

「ありがとうございます」

 

 クレアは手にしていた書類を差し出した。

 

「こちらが、求められていた資料です」

 

 そして、一度息を整える。

 

「ただ、先に申し上げておきます」

 

 クレアの表情が硬くなる。

 

「アークの社是としても、個人としても、私は反対です」

 

 指揮官は受け取った書類へ目を落とした。

 

 これは、EU側からアークへ提出を求められていた資料だった。

 

 一枚、また一枚とページをめくっていく。

 

 やがて、ある箇所で手を止めた。

 

 指先で記された内容を示す。

 

「……これを見る限り、あまり合理的な判断とは思えませんが?」

 

 そう言って、指揮官は書類をハンクへ差し出した。

 

「君も見なさい」

 

 ハンクは資料を受け取った。

 

 そのまま黙って内容へ目を通し始める。

 

 指揮官は再びクレアへ向き直った。

 

「他の研究機関や大学からも、ほぼ同じ結果が出ています」

 

「それでも、私は反対します」

 

 クレアは即答した。

 

 指揮官は彼女を見つめる。

 

「覚えておきましょう」

 

 それだけを告げた。

 

 その間も、ハンクは資料を読み進めていた。

 

 感染状況。

 

 ウイルスの性質。

 

 現在までに確認された情報。

 

 一枚ずつ目を通すにつれて、そこに何が記されているのかが見えてくる。

 

 やがて最後のページまで読み終え、ハンクは資料から顔を上げた。

 

「つまり、テラグリジアの滅菌作戦が決定されたと?」

 

「いえ。まだ決定はしていません」

 

 指揮官は即答した。

 

 ハンクは手元の資料へ目を落とす。

 

 正式な決定ではない。

 

 だが、EUはアークへ資料の提出を求め、複数の研究機関からも、ほぼ同じ結論が出ている。

 

 そしてクレアは、それを承知したうえで、なお滅菌作戦に反対している。

 

 まだ決まってはいない。

 

 しかし――。

 

 判断が、すでにかなり近いところまで来ている。

 

 ハンクには、そう感じられた。

 

 クレアは何も言わなかった。

 

 ただ、噛み締めた唇を強く結んでいる。

 

 やがて話が終わり、二人は指揮官室を出た。

 

 扉が閉まる。

 

 廊下へ出たところで、クレアがハンクへ振り返った。

 

「……忙しいところ付き合ってもらって、ごめんなさいね」

 

「構わん」

 

 ハンクは歩きながら答えた。

 

「社長命令だ。従おう」

 

 クレアが苦笑する。

 

 ハンクは気にした様子もなく歩を進める。

 

「それに、疑問が解決した」

 

「疑問?」

 

「ああ」

 

 ハンクは先ほどの指揮官室を振り返ることなく続けた。

 

「何か焦っている気がしていた」

 

 アークの部隊として本部付きを命じられて以来、ハンクの部隊は救助作戦の先遣隊として扱われていた。

 

 現場へ向かうヘリが目的地に到着すれば、真っ先に降りる。

 

 作戦が始まれば、最も危険な場所へ入る。

 

 そして、最後まで現場に残り、撤収の際には最後に戻る。

 

 危険な場所へ送り込まれることも少なくなかった。

 

 もっとも、それ自体に不満があるわけではない。

 

 ハンクたちが現在アークの部隊として活動しているのは、アンブレラ時代の行為に対する司法取引の一環でもある。

 

 相応の働きを求められることは、最初から承知していた。

 

 それでも、今回の任務には妙な焦りがあった。

 

 単純に人手が足りないから酷使されている――それだけではない。

 

 何かを急いでいる。

 

 そんな感覚が、ここしばらく付きまとっていた。

 

 だが、先ほどの会話で、その理由が見えた。

 

 テラグリジアの滅菌作戦。

 

 まだ正式には決定していない。

 

 しかし、その判断に向けて事態が動いている。

 

 だからEUは、一刻も早く救助を進めようとしている。

 

「なるほどね」

 

 クレアが小さく呟く。

 

 ハンクは頷いた。

 

「そういうことだろう」

 

 二人はしばらく並んで歩いた。

 

 やがてクレアが、ふと思い出したように口を開く。

 

「話は変わるけど」

 

「何だ?」

 

「第三地区に、少し注意しておきたい人物が現れたの」

 

 ハンクが足を止める。

 

「要注意人物?」

 

「ええ」

 

 クレアも立ち止まり、ハンクを振り返る。

 

「詳しい話は後で伝えるわ。ただ、念のためベテランを何人か選出してほしい」

 

「分かった」

 

「指揮官には私から話を通しておく」

 

「了解した」

 

 ハンクは、それ以上尋ねなかった。

 

 クレアがそこまで言う以上、相応の理由があるのだろう。

 

「それじゃあ、私はこれで」

 

「ああ」

 

 二人は、その場で別れた。

 

 クレアは乗ってきたヘリへ戻っていく。

 

 ハンクは反対方向へ歩き出した。

 

 向かう先は、アーク部隊の待機場所だった。

 

 まだ半日しか経っていない。

 

 それでも、すでに十分すぎるほど忙しい一日だった。

 

 だが――これから先は、さらに仕事が増えるらしい。

 

 ハンクは歩きながら、短く呟いた。

 

「……これからも忙しくなりそうだ」

 

     ◆

 

 アーク本社へ戻った頃には、すでに深夜になっていた。

 

 長い一日だった。

 

 クレアは自室へ向かう廊下を歩きながら、片手で腹を押さえる。

 

「……痛い」

 

 胃が、ものすごく痛かった。

 

 原因はいくらでも思い当たる。

 

 テラグリジアの滅菌作戦。

 

 EUとの話し合いで突きつけられた、最悪の可能性。

 

 それだけでも胃に穴が開きそうなのに、スティーブから、さらに頭の痛くなる報告まで入っていた。

 

 兄――クリスが、あのウェスカーと接触した。

 

 しかも、なぜか共同で人助けをしているらしい。

 

「……どうしてそうなるのよ」

 

 クレアは額を押さえた。

 

 兄とは最近、ほとんど話ができていない。

 

 それも仕方がなかった。

 

 アレクシアがウェスカーと取引したことで、アークの内部でも、外部でも処理しなければならない問題が一気に増えていたからだ。

 

 実験に使われていた大量の孤児たち。

 

 彼らの新しい生活を手配するための仕事。

 

 ゼノもグレースもみな可愛い。世話は大変だが、それ以上に心が癒され、満たされる。

 

 あの取引は、決して間違っていなかった。

 

 そう思えるだけのものは、確かにあった。

 

 だが、それだけで終わるはずもない。

 

 新設されていたアンブレラ研究施設の調査。

 

 スペンサー邸襲撃の後始末。

 

 その他にも、処理しなければならない案件はいくらでも残っている。

 

 そして――あの時のリサ。

 

「……あれは、本当に大変だったわ」

 

 思い出しただけで、胃の奥がまた痛んだ。

 

 リサがスペンサーへの怒りを爆発させたこと自体は理解できる。

 

 自分が受けてきた仕打ちを考えれば、あれほどの憎悪を抱くのも無理はない。

 

 だが。

 

「物理的な大爆発まで起こすのは、やめてほしいのよ……」

 

 あの後の後始末は、本当に洒落にならなかった。

 

 結局、すべてスペンサーに押しつけた。

 

 実際、それで間違ってはいない。

 

 アシュフォード家がイギリスの名門貴族でなければ、アークが倒産していた可能性すらある。

 

 それらを思い出すだけで胃が痛くなる。

 

「……薬、飲まないと」

 

 クレアはポケットから胃薬を取り出した。

 

 アレクシアが作った薬だ。

 

 癪ではある。

 

 だが、よく効く。

 

 いまいち売れていなかったベロニカワクチンとは違い、これは巷で大ヒットしているドル箱商品だ。

 

「胃痛の原因の半分はアレクシアよ。……そうに違いない」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、薬を飲み込む。

 

 それからクレアは、地下へ向かった。

 

 社長室は本社の地下にある。

 

 階段を下りて地下フロアへ出ると、深夜のためか、人の気配はほとんどなかった。

 

 クレアはそのまま社長室へ向かって歩いていく。

 

 ――その途中だった。

 

 廊下の先に、明かりが見えた。

 

 社長室ではない。

 

 その手前にある、別の部屋だ。

 

 アークの中では、通称――『玉座の間』と呼ばれている。

 

「……?」

 

 クレアは足を止めた。

 

 玉座の間に明かりがついている。

 

 こんな時間に?

 

 クレアは周囲を見回した。

 

 侵入者か。

 

 ここまで入り込める人間は、ほとんどいないはずだ。

 

 アークの警備は厳重だ。

 

 もっとも、今はテラグリジアに大量の人員を送り込んでいる。

 

 本社の警備も、普段より手薄になっている。

 

 クレアは腰の銃を抜いた。

 

 銃口を下げたまま、足音を殺して廊下を進む。

 

 玉座の間の前まで来る。

 

 中から物音は聞こえない。

 

 それでも、明かりだけはついている。

 

 クレアは壁際へ身を寄せた。

 

 銃を構える。

 

 そして、慎重に身体をずらし――。

 

 部屋の中を覗き込んだ瞬間、クレアの指が引き金に掛かった。

 

「――っ!」

 

 思わず撃ちそうになる。

 

 だが、そこにいた人物を認め、クレアは慌てて銃口を下げた。

 

「……アレクシア」

 

 胃痛の原因、そのものだった。

 

 仮に撃っていたとしても、アレクシアなら触手で防いでいただろう。

 

 それでも、危うく撃ちかけたことにクレアは胸を撫で下ろした。

 

「……驚かせないでよ」

 

 行方不明になっていたアレクシアが、ようやく戻ってきたらしい。

 

 玉座の間は、謁見の間を思わせる造りになっていた。

 

 社長室とは別に設けられたこの部屋は、それなりの広さがあり、奥へ向かって床が何段も高くなっている。

 

 その段差の上に置かれているのが、部屋の名前の由来になった玉座だった。

 

 幅広の、豪奢な造り。

 

 その上に、アレクシアが寝そべっている。

 

 携帯端末を手に、何かを眺めていた。

 

「……何してるの?」

 

 クレアが声を掛ける。

 

 アレクシアは顔を上げることもなく返した。

 

「クレア。お帰りなさい」

 

「帰ってきたのはそっちでしょう」

 

「まあ、そうね」

 

 アレクシアは特に気にする様子もなく、再び携帯端末へ目を落とした。

 

 クレアは改めて、その玉座を見る。

 

 これは二代目だ。

 

 一代目は豪奢ではあったものの、普通に一人で座るための玉座だった。

 

 それをアレクシアは、ある日突然撤去した。

 

 そして、今のものへ入れ替えた。

 

 何が変わったのかといえば、横幅だった。

 

 やたらと広い。

 

 人を何人か並べて座らせても、まだ余裕がある。

 

 実際、リサやシェリーを周囲に侍らせていることもある。

 

 人を自分の周囲に置くようになっただけでも、以前よりは人間として進歩しているのかもしれない。

 

 ただ、確保したウイルス適合者を自分の周りに並べて悦に入っているだけという可能性もある。

 

 どちらなのかは、クレアにも分からない。

 

 当のアレクシアは、そんなクレアの考えなど知る由もなく、玉座に寝そべったまま携帯端末を眺めている。

 

 クレアは小さく息を吐いた。

 

 社長室で仕事を片付けるはずが、まさかこんなところで胃痛の原因と鉢合わせするとは思わなかった。

 

 アレクシアがいるということは――。

 

 クレアは、部屋の奥へ目を向けた。

 

 リサもいるはずだった。

 

 すると、その奥にある扉が開いた。

 

「……!」

 

 現れたリサは、ワゴンを押していた。

 

 ワゴンの上には、皿に盛られたケーキと紅茶が載っている。

 

 どう見ても、アレクシアのために用意されたものだった。

 

 だが、リサはクレアの姿を見つけると、そのまま彼女の前までワゴンを運んできた。

 

 そして、ケーキの皿を一つ取り上げ、クレアへ差し出す。

 

「え?」

 

 クレアは戸惑いながら受け取った。

 

「……私に?」

 

 リサは頷く。

 

 玉座の上から、アレクシアの抗議の声が飛んできた。

 

「ちょっと、リサお姉さま。それは私の――」

 

 クレアには、何も聞こえなかった。

 

「ありがとう」

 

 深夜だった。

 

 こんな時間にケーキを食べるのもどうかと思う。

 

 だが、せっかくリサが渡してくれたのだ。

 

 クレアは素直にフォークを手に取った。

 

「……いただくわ」

 

 リサへそう告げる。

 

 アレクシアの抗議など完全に無視して、リサはワゴンを押しながら部屋の奥へ戻っていった。

 

 しばらくして、アレクシアが諦めたようにため息をつく。

 

 そして、何事もなかったかのように携帯端末へ目を戻した。

 

 クレアもケーキを口に運ぶ。

 

 疲れた身体には、甘さが妙に染みた。

 

 そうしてしばらくすると――。

 

 再び、部屋の奥の扉が開いた。

 

 リサが戻ってくる。

 

 そのまま玉座へ向かうと、そこに寝そべっていたアレクシアを手で押しのけた。

 

 アレクシアがわずかに身体をずらす。

 

 だが、リサは構わず玉座へ腰を下ろした。

 

 そして、用意されていたケーキを手に取る。

 

 ぱくり。

 

 何事もなかったように食べ始めた。

 

 アレクシアは一瞬だけリサを見る。

 

 だが、これもいつものことだった。

 

「……まったく」

 

 アレクシアは身体を起こし、リサの隣へ腰を下ろした。

 

 そして、自分のために用意させたケーキを取り、こちらも食べ始める。

 

 玉座の間には、深夜とは思えないほど穏やかな時間が流れていた。

 

 クレアはケーキを食べながら、目の前の二人を眺める。

 

 今日一日、テラグリジアで起きていることを考えれば――あまりにも場違いな光景だった。

 

 ケーキを食べ終える頃には、クレアの胃の痛みも幾分か和らいでいた。

 

 向かいでは、リサとアレクシアもそれぞれのケーキを食べ終えている。

 

 クレアは空になった皿を置くと、改めてアレクシアへ尋ねた。

 

「それで……今までどうしてたの?」

 

 アレクシアは携帯端末を手にしたまま、あっさりと答えた。

 

「妨害を受けていたので、MI6に頼んだのよ」

 

「MI6に?」

 

「ええ。香港を経由して、ようやくここまで戻ってこられたわ」

 

 ずいぶんと大掛かりな経路だったらしい。

 

 アレクシアは携帯端末を弄りながら、少し不満そうに続けた。

 

「お陰で、テラグリジアでやることが増えたわ」

 

 それから、ちらりとクレアを見る。

 

 言葉にするまでもない。

 

 ――そっちは?

 

 そう問い掛けられている気がした。

 

 途端に、クレアの胃がまた痛み始める。

 

「……」

 

 できれば話したくない。

 

 だが、危急の事態だ。

 

 クレアは腹部を押さえながら、重い口を開いた。

 

「……ウェスカー兄妹が、テラグリジアに現れたわ」

 

 その瞬間だった。

 

 リサが立ち上がった。

 

 次の瞬間には、出口へ向かって歩き始めている。

 

「待って、リサ!」

 

 クレアは慌てて駆け寄り、その身体へ抱きついた。

 

 リサの足が止まる。

 

 だが、その身体からは今にも飛び出していきそうな気配が消えない。

 

「ウェスカーは、どういうわけか兄さんと協力して人助けをしているの!」

 

 リサが振り返る。

 

「シェリーから連絡があったの。だから、今はウェスカー兄妹を殺しに行かないで!」

 

 リサはクレアを見上げたまま、動かない。

 

 クレアも腕を緩めなかった。

 

 ウェスカー兄妹が現れた。

 

 しかも、クリスと協力している。

 

 それだけでも十分に異常な話だった。

 

 クレアがそう考えていると、玉座の上からアレクシアが口を開いた。

 

「……よっぽど暇なのね」

 

 クレアは思わずアレクシアを見る。

 

 アレクシアは、玉座の上からクレアを見ていた。

 

 その視線には、呆れとも皮肉ともつかないものが浮かんでいる。

 

「ウェスカー兄妹よ」

 

 クレアは一瞬、言葉を失った。

 

 テラグリジアがこれほどの惨状になっているというのに、よりにもよってウェスカー兄妹はクリスと組んで人助けをしている。

 

 確かに、アレクシアからすればそう言いたくもなるのかもしれない。

 

 もっと別にやることがあるだろうと。

 

 リサはまだクレアに抱きつかれたまま、出口の方を気にしている。

 

「お願いだから、今は大人しくしてて」

 

 クレアがそう言うと、リサはしばらく動かなかった。

 

 やがて、諦めたように玉座へ戻る。

 

 深夜だろうと、シェリーには連絡しなければならない。

 

 リサが玉座へ戻るのを見届けてから、クレアは改めてアレクシアへ向き直った。

 

「それで……これからどうするの?」

 

「明日は夜までアーク本社で集まった情報を整理するわ」

 

 アレクシアは携帯端末を手にしたまま答えた。

 

「夜になったら、テラグリジアへ向かう」

 

「……そう」

 

 クレアは少し考え、それから切り出した。

 

「じゃあ、アレクシア。相談があるの」

 

「何かしら?」

 

「テラグリジアの滅菌作戦が進んでいるでしょう」

 

 アレクシアは黙ってクレアを見る。

 

「撤回に協力してくれない?」

 

「無理ね」

 

 即答だった。

 

「……」

 

 クレアの顔から笑みが消える。

 

 思わずアレクシアを睨みつけた。

 

「どうしてよ」

 

「これまでにも、テラグリジアの滅菌作戦については何度も議論されていたのよ」

 

 アレクシアは特に気にした様子もなく、話を続ける。

 

「でも、テラグリジア市長が強硬に反対していた。それに現地の警察も反対していたから、奪還作戦が進められていたの」

 

「……」

 

「ところが、先日のタイラントの襲撃で現地警察は半壊した」

 

 アレクシアが肩をすくめる。

 

「まあ、スーパータイラントが二体なら当然ね。警察程度ではね」

 

 その言い方に、クレアは眉をひそめた。

 

「FBCから、ある程度の装備は支給されていたみたいだけれど。それでも相手が悪すぎたのでしょうね」

 

 アレクシアは淡々と説明を続ける。

 

「警察の反対派は、それで意気消沈。そもそも現地で動ける人数そのものが減ってしまったから、影響力も縮小したわ」

 

「……それで?」

 

「テラグリジア市長も、現地警察の壊滅を受けて考えを変えたみたい」

 

 アレクシアの声には、どこか皮肉が混じっていた。

 

「滅菌作戦についても、これなら言い訳が立つと考えたのかもしれないわね」

 

「……」

 

「強硬な反対は撤回して、人命救助を最優先にすべきだと主張し始めたそうよ」

 

 クレアは黙り込んだ。

 

 そんな話は、聞いていない。

 

 テラグリジアで滅菌作戦が検討されていることは知っていた。

 

 だが、その裏側で市長や現地警察がどのような立場を取り、そしてタイラントの襲撃によってそれがどう変化したのかまでは把握していなかった。

 

 アレクシアは、クレアが知らなかったことをまるで当然のように話している。

 

「……そこまで情報を掴んでたの?」

 

「戻ってくる途中でも、いろいろ調べられるでしょう?」

 

 アレクシアは何でもないことのように答えた。

 

 クレアは返す言葉を失った。

 

 その横では、リサが空になった皿を手に取っていた。

 

 クレアたちの話にはもう興味がないのか、リサはそのままワゴンを押して部屋の奥へ向かう。

 

 クレアは、再びアレクシアを見る。

 

 自分が知らなかった情報が、また一つ増えていた。

 

 アレクシアは続けた。

 

「現地警察が壊滅したことで、EUの政治家たちも、これなら言い訳が立つと考えたのでしょうね」

 

「言い訳?」

 

「政府は努力した、と」

 

 アレクシアは淡々と言葉を並べる。

 

「救助者の数は、ラクーンシティのときとは比べものにならないくらい多い。十分に救助活動を行った。奪還も試みた。それでも駄目だった――そういう形にできるわけよ」

 

 クレアは黙って聞いていた。

 

「これを、ただの製薬会社が止めるのは無理よ」

 

 その言葉に、クレアの拳がわずかに強く握られる。

 

「それに、実際にウーズたちは脅威よ」

 

 アレクシアはそう言って、淡々と続ける。

 

「遊泳能力まである。海からウィルスが拡散していくわ。なら、太陽光を利用して海ごと過熱し、滅菌する――そう考えること自体は合理的でしょう」

 

「それでも……」

 

 クレアは食い下がった。

 

 人がいる。

 

 まだ生きている人たちが、テラグリジアには残っている。

 

「それでも、やっぱり止めたいの」

 

 アレクシアはクレアを見つめた。

 

「さっきも言ったけれど、ラクーンシティよりかなりましよ」

 

「……」

 

「あなたたちは、この五年間で十分に努力した。備えもした。そして、その備えを今回の事件でちゃんと活かせている」

 

 クレアは何も言えなかった。

 

「だから、クレア」

 

 アレクシアの声が少しだけ柔らかくなる。

 

「もう寝なさい」

 

「でも――」

 

「後は私が引き継げることは引き継ぐから」

 

 アレクシアはそう言って、クレアを見た。

 

「今日はぐっすり眠りなさい。ろくに寝ていないんでしょう?」

 

「……」

 

 クレアは拳を握りしめた。

 

 反論しようとした。

 

 だが、言葉が出てこない。

 

 アレクシアの言っていることが正しいと分かってしまったからだ。

 

 自分が対応しなければならないことは、まだ残っている。

 

 そのすべてを自分一人で抱え込む必要はない。

 

「……分かった」

 

 ようやく、それだけを口にした。

 

 クレアは、自分で対応しなければならない仕事だけを残し、それ以外をアレクシアへ任せることにした。

 

 眠ることにする。

 

 決して疲れたからではない。

 

 寝不足では、いい考えが浮かばないだけだ。

 

 そう自分に言い聞かせながら、クレアは玉座の間を後にした。

 

     ◆

 

 ほどなくして、部屋の奥からリサが戻ってきた。

 

 だが、その足取りは先ほどまでとは明らかに違っていた。

 

 リサは玉座の前まで来ると、そこで立ち止まった。

 

 玉座に座るアレクシアを、じっと見つめている。

 

「……?」

 

 視線に気づいたアレクシアが、携帯端末から顔を上げた。

 

「どうかしたの、リサお姉さま?」

 

 返事はない。

 

 リサは一歩、玉座へ近づいた。

 

 そして――アレクシアの肩を掴む。

 

「え?」

 

 次の瞬間。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

 アレクシアの身体が玉座から引きずり下ろされた。

 

「リサお姉さま!?」

 

 そのまま床へ放り出されるのかと思った。

 

 だが、リサは落とさなかった。

 

 その小さな身体に似つかわしくない力で、小さいアレクシアを持ち上げた。

 

「やめて!」

 

 アレクシアの悲鳴が玉座の間に響き渡る。

 

「私を振っても、いい案は出ないから!」

 

 当然、リサは答えない。

 

 そのままアレクシアを掴んだまま、前後左右へ大きく揺さぶり続ける。

 

「ちょ、痛い、痛い!今びりっときた!」

 

 アレクシアの身体が振り回される。

 

「本当に知らない!」

 

 それでも止まらない。

 

「何も隠してないから!」

 

 さらに大きく揺さぶられる。

 

「テイロスの時とは違う!」

 

 アレクシアは必死に声を張り上げた。

 

「今回は関わっていないから!」

 

 リサは無言のままだ。

 

 その追及が終わる気配はない。

 

「本当に何も関わっていないから!」

 

 アレクシアは両手を伸ばし、どうにかリサの腕を押さえようとする。

 

「お願いだから、やめて!」

 

 だが、リサの力に敵うはずもない。

 

「痛い! 痛いってば!またびりっとした!」

 

 次の瞬間――。

 

 リサが勢いをつけたことで、アレクシアの身体が玉座へ叩きつけられた。

 

 どんっ、と重い音が響く。

 

「いたっ!」

 

 アレクシアが顔をしかめる。

 

「ちょっと、リサお姉さま! この玉座、高かったから!」

 

 リサが玉座を見る。

 

 それから、アレクシアを見る。

 

 そして――再び、その肩を掴んだ。

 

「待って!」

 

 アレクシアの声が裏返った。

 

「アシュフォード家の資産にも限りがあるのよ!」

 

 リサは止まらない。

 

「そんなにゆらさないで!?」

 

 アレクシアは必死に身体を捻る。

 

「本当に知らない! 何も出ないから!」

 

 それでもリサは、問い詰めるようにアレクシアを揺さぶり続ける。

 

「だから、テイロスの時とは違うって言っているでしょう!」

 

「……!」

 

 アレクシアはどうにかリサの手から逃れようともがく。

 

「今回は本当に関わっていない!」

 

 だが、リサはなおも疑わしそうにアレクシアを見つめる。

 

「……」

 

 その無言の視線に、アレクシアの顔が引きつった。

 

「その顔やめて!」

 

 悲鳴に近い声が上がる。

 

「本当に知らないから!」

 

 それでもリサの疑いは晴れない。

 

 玉座の間には、しばらくの間、アレクシアの叫び声だけが響き続けていた。

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