アーク製薬会社 作:ai試し2
翌朝。
スティーブは大学へ来ていた。
朝の定例会議に出るためだった。
大学から間借りしている会議室には、スティーブ、レディハンク、シェリー、クリス、ジルが集まっている。
会議が始まってしばらくしたところで、シェリーがクリスへ声を掛けた。
「クリス隊長、ウェスカーを呼んできて貰えますか?」
「ああ」
クリスは席を立ち、会議室を出ていった。
やがて、扉が開く。
姿を見せたのは、アルバート・ウェスカーだった。
会議室へ入ってきたウェスカーへ、シェリーが告げる。
「ウェスカー、リサとアレクシアがアークに戻ってきたよ」
ウェスカーの眉が、わずかに動いた。
「……そうか」
「今日の夜には、テラグリジアのEU本部になってるホテルに来る予定」
ウェスカーは黙って聞いている。
「入れ違いになると困るから、私は午後にはEU本部のホテルで待機しておく」
シェリーはそう言って、ウェスカーを見る。
意図を理解したのか、ウェスカーは小さく頷いた。
「分かった」
それだけ答えると、ウェスカーは会議室を出ていった。
扉が閉まる。
その途端、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。
スティーブは椅子に座ったまま、両肩をぐるぐると回した。
「……肩が凝ったな」
大きく肩を回してから、スティーブは姿勢を正す。
「さて、話を進めよう」
レディハンクも、敢えて明るい声を返した。
「了解!」
重くなりがちな空気を振り払うような、元気のいい返事だった。
スティーブは会議室にいる全員を見渡す。
「俺の部隊は、第三病院から道路の掃討を続ける」
続けて、レディハンクへ視線を向けた。
「レディハンクの部隊も、大学側から道路を掃討する」
「了解!」
レディハンクが再び答える。
「でだ」
スティーブは話を続けた。
「BSAAは精鋭部隊とウェスカー兄妹で救助に入る。昨日話していた予定から変更はなしでいいか?」
「問題ない」
クリスが答える。
「こちらも異論はないわ」
ジルも頷いた。
シェリーも同意を示し、レディハンクも短く頷く。
「それでいこう」
スティーブが確認を終えたところで、レディハンクが手を挙げた。
「一ついい?」
「何だ?」
「救助の速度を上げたいから、ヘリは二機ともBSAAで使わせてあげたい」
スティーブは少し考える。
レディハンクは続けた。
「こっちは大学と第三病院をかなり近づけられたし、もしもの時は第三病院にヘリを要請できるんだよね?」
「ああ、問題ない」
スティーブは即答した。
「第三病院側のヘリは一機使える」
そして、大学側へ視線を向ける。
「何事もなければ、今日の夕方には第三病院と大学の間で車両を通せるようになるだろう」
会議室の空気が、少しだけ明るくなった。
これまで孤立していた二つの拠点が、ようやく一本の道で繋がろうとしている。
「なら、救助に集中できるな」
クリスが言った。
「ああ」
スティーブも頷く。
「今日が正念場だ」
そのときだった。
会議室の扉がノックされる。
「失礼します」
入ってきたのは、アークの部隊員だった。
その後ろには、現地の警察官が一人付き従っている。
レディハンクが立ち上がり、全員へ紹介する。
「第三地区の現地警察でまとめ役をしている人。救助地点とか、第三地区の情報をかなり詳しく知ってる、臨時の避難所とかも」
紹介された警察官は、会議室にいる一同へ軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「よろしく」
クリスが応じ、ジルも続けて挨拶する。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
シェリーやスティーブも、それぞれ挨拶を交わした。
クリスは警察官へ向き直る。
「それなら、あなたからも救助地点を聞かせてもらいたい」
「私たちが把握している場所を、できる限りお伝えします」
警察官が答える。
するとスティーブが、会議室の隅に置かれていた書類を手に取った。
「こっちは大学と第三病院のEU守備隊からもらった救助地点の情報だ」
数枚の書類をクリスとジルへ渡す。
「EU側で把握しているのは、それだけみたいだ」
「分かった」
クリスは受け取った書類へ目を通す。
ジルも横から内容を確認する。
EU側の情報に、現地警察の情報を重ねれば、救助の必要な場所がさらに判るはずだった。
スティーブは一通り確認したところで、会議室を見渡した。
「後は何かあるか?」
誰からも声は上がらない。
「……ないみたいだな」
スティーブは頷いた。
「じゃあ、解散」
そう告げると、スティーブは椅子から立ち上がり、会議室を出ていく。
それを合図に、レディハンク、シェリー、クリス、ジルたちもそれぞれ立ち上がった。
各自がこれからの任務へ向けて準備を始めるため、次々と会議室を後にしていった。
◆
会議室を出たウェスカーは、廊下で待っていたアレックスと合流した。
「リサ・トレヴァーとアレクシア・アシュフォードが、今夜テラグリジアへ来るようだ」
歩きながら、ウェスカーが告げる。
アレックスは小さく頷いた。
「とりあえず、行方不明ではなくなったということね」
「ああ」
ウェスカーは前を向いたまま答える。
「バーキンの娘も、約束を守る気はあるようだ」
そこで一度言葉を切る。
「……いや。シェリーか」
アレックスも淡々と返した。
「なら、この情報が分かっただけでも、ここに留まった理由としては十分ね」
「そうだ」
二人は、そのまま廊下を歩いていく。
しばらくして、アレックスが尋ねた。
「それで、いつまで付き合うの?」
「恐らく、避難民は最終的に港から脱出することになる」
ウェスカーは足を止めずに答える。
「その時までだ」
「ずいぶんと面倒見がいいのね」
アレックスが小さく笑う。
「こんな機会、そうないだろうからな。それに――」
ウェスカーは前方を見たまま続ける。
「私たちには、時間がある。これまでとは違ってな」
アレックスは、その言葉を聞いてもう一度、小さく笑った。
二人の足音が、朝の大学の廊下へ静かに響いていた。
◆
朝。
クレアは目を覚ました。
「……ん?」
一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。
だが、見慣れた天井と部屋の造りをぼんやり眺めているうちに、昨夜のことが少しずつ蘇ってくる。
ここはアーク本社の仮眠室だった。
もう何度も利用しているせいか、今ではすっかり馴染んでいる。
クレアは身体を起こし、まだ眠気の残る目で室内を見回した。
そのとき――。
コンコン。
扉が叩かれた。
「クレア?」
扉越しに聞こえてきたのは、アレクシアの声だった。
「……起きてるわ」
クレアは返事をする。
寝坊して起こしに来たのかと思った。
何気なく時計を見る。
「……え?」
クレアは目を疑った。
もう、すぐ昼だった。
「こんなに寝たの……?」
昨夜までの疲れを思えば、不思議ではなかった。
クレアはベッドから降りると、扉へ向かった。
「今、開けるわ」
扉を開く。
そこには、アレクシアが立っていた。
「おはようでもないけど、よく眠れたようね、クレア」
「ありがとう、アレクシア」
アレクシアはクレアを見上げ顔を一度確認すると、淡々と告げた。
「もうすぐ昼食の時間よ」
「……そうみたいね」
クレアはあくびを噛み殺した。
久しぶりに、ずいぶん長く眠れた。
それだけ身体が休息を求めていたのだろう。
クレアは小さく頷く。
「もう大丈夫よ」
「リサが待っているわ」
「分かった」
クレアは簡単に身支度を整えた。
そして、アレクシアと並んで歩き始める。
向かう先には、昼食を待っているリサがいる。
昨夜までの慌ただしさから、ほんの少しだけ離れた昼の時間が始まろうとしていた。
◆
昼食を終える頃には、クレアの身体からすっかり気怠さが抜けていた。
リサが食器を片付ける横で、クレアはアレクシアへ声を掛ける。
「そういえば、情報の整理は終わったの?」
「予定通りよ。夕方には終わるわ」
アレクシアは特に慌てた様子もなく答える。
「そう。それじゃあ、テラグリジアへ行く予定も変わらないのね?」
「ええ。向こうでやることがあるわ」
迷いのない返事だった。
クレアは少し考え、それから椅子から立ち上がる。
「じゃあ、私がテラグリジアまで送るわ」
「あなたが?」
アレクシアが目を丸くする。
「社長自ら?」
「そういうことね」
クレアは苦笑しながら頷いた。
「それに、テラグリジアを案内するわ。あなたたちだけで行ったら、途中でつまみ出されるわよ」
今のテラグリジアがどれほど緊迫しているかは、クレアも分かっている。
アレクシアとリサが二人で現地へ向かえば、事情を知らない部隊からつまみ出されるだろう。
「それに、シェリーが一緒に来てほしいみたいなの」
「シェリーが?」
「ええ。リサの説得についてよ。人命がかかっているから、念を入れておきたいみたいね」
アレクシアは少し考えたあと、肩をすくめた。
「手間が省けるなら、それでいいわ」
「じゃあ決まりね」
「ええ。日が暮れたら迎えに来なさい」
「分かったわ」
話がまとまると、アレクシアは立ち上がった。
「行きましょうか、リサお姉さま」
呼ばれたリサは、すぐにアレクシアの後についていく。
二人が部屋を出ていくのを見送ると、クレアは大きく伸びをした。
昨日までの疲労が嘘のようだった。
久しぶりにこれだけ眠ったのだ。
頭も身体も、今までとは比べものにならないほど軽い。
「よし……」
クレアは気持ちを切り替える。
まだ、やることは残っている。
クレアは足取り軽く、社長室へ向かった。
◆
夜。
クレアたちは、再びテラグリジアへ到着した。
ヘリから降り、周囲を見渡したクレアは、少し離れた場所に見覚えのある姿を見つけた。
シェリーだった。
その姿を見つけたリサが、すぐに駆け出す。
「リサ!」
シェリーも笑顔で歩み寄った。
次の瞬間、二人はそのまま抱き合う。
久しぶりの再会だった。
互いの無事を確かめるように、しばらく離れようとしない。
その様子を見て、クレアの表情も自然と緩んだ。
クレア自身、シェリーと会うのは久しぶりだった。
「シェリー、久しぶりね」
「クレアも。思ったよりも元気そうでよかった」
「ええ。あなたも元気そうでよかったわ」
二人も歩み寄り、そのまま抱き合う。
短い時間だったが、久しぶりに顔を合わせた喜びは、それだけで十分に伝わった。
本当なら、もっと話していたい。
だが、ここはテラグリジアだ。
まだやるべきことは残っている。
クレアはシェリーから離れると、リサへ視線を向けた。
「リサはシェリーと一緒にいて」
リサは素直にシェリーのそばへ残った。
「久しぶりなんだから、少しゆっくりしてていいわ」
シェリーも頷く。
「うん。任せて」
クレアは二人の様子を確認してから、アレクシアへ向き直った。
「じゃあ、行きましょう」
「ええ」
クレアとアレクシアは、リサとシェリーに別れを告げた。
名残惜しさはあった。
それでも、今はそれぞれにやるべきことがある。
クレアは気持ちを切り替え、アレクシアを連れてEU本部として使用されているホテルへ向かった。
ホテルへ入ると、クレアが先導して指揮官室へ向かう。
その隣を歩くアレクシアは、行き交うEU隊員たちから向けられる視線を鬱陶しそうにしていた。
事情を知らない者から見れば、彼女は単なる部外者にしか見えない。
そして何より、アレクシア自身が周囲を気にする様子をほとんど見せない。
やがて、二人は指揮官室の前まで到着した。
扉の前には二人の歩哨が立っている。
クレアが声を掛けた。
「ご苦労さま。指揮官に会いたいのだけれど」
「アポイントメントは?」
「取っていないわ」
二人の歩哨が顔を見合わせる。
その直後、アレクシアが一歩前へ出た。
「これを」
アレクシアは封がされた書類を取り出し、歩哨へ差し出した。
「指揮官に渡してちょうだい」
「……分かりました」
歩哨は書類を受け取り、手早く確認する。
その場で中身を読むことはできない。
表面を確認していた一人が、隣へ小声で尋ねる。
「……これは本物か?」
「分からない」
二人は書類を見比べた。
それから、クレアとアレクシアへ視線を戻す。
先ほどまでとは明らかに違っていた。
そこには疑念が浮かんでいる。
「……アドバイザーが同行している」
「それは見れば分かる」
「だが、予定にはなかった」
二人は小声で話し合う。
やがて、一人が書類を持って扉の中へ入っていった。
もう一人は、その場に残る。
クレア達から目を離さない。
ほどなくして、室内から声が聞こえた。
「入ってもらえ」
歩哨がすぐに扉を開く。
「どうぞ」
クレアは頷いた。
「ありがとう」
指揮官室へ入ると、クレアたちはまず簡単な挨拶を交わした。
「夜分に失礼します」
「構いません。お疲れさまです」
形式的な挨拶を終えると、アレクシアがさっそく本題へ入った。
「ところで、ヘリは借りられるかしら?」
「命令ですので。必要であれば手配します」
指揮官は特に驚くこともなく答えた。
「そう頻繁に借りるつもりはないわ。これからもヘリは大忙しでしょうし」
アレクシアはそう言ってから、念のため付け加えた。
「事前に言っておくから、時間に遅れなければいいわ」
「了解しました」
指揮官は頷いた。
そのやり取りを聞いていたクレアは、アレクシアへ尋ねる。
「どういうこと?」
「ヘリを一機、必要なときに借りるだけよ」
アレクシアは何でもないことのように答える。
「まあ、現場が嫌う上からの横やり、というだけね」
「ちょっと……」
クレアは呆れたようにアレクシアを見る。
「現場のみんなには迷惑をかけないでよ」
「分かっているわ」
そこへ、指揮官が口を挟んだ。
「ご心配なく。第三地区からヘリを取り上げるようなことはしません」
クレアが指揮官を見る。
指揮官は続けた。
「それと、アドバイザーにお伝えしておくことがあります」
「何かしら?」
「正式発表は明日ですが――」
その声が、少しだけ重くなる。
「テラグリジアの滅菌作戦が、決定しました」
「……いつ?」
クレアが尋ねた。
「明日から六日後です。レギアソリスを利用し、テラグリジアを太陽光で滅菌します」
アレクシアは何も言わず、指揮官の話を聞いていた。
クレアは、その日程を頭の中で繰り返す。
六日後。
一週間にも満たない。
「アークも担当している第三地区は避難民が多く、陸路で繋がっていませんからね」
指揮官が続ける。
「早急に港と、港までの道を復旧させる必要があります」
「六日後……?」
クレアが思わず呟く。
その短さに、言葉が続かなかった。
「六日でもギリギリです」
指揮官は淡々と答えた。
「それ以上は感染拡大が進みすぎ、間に合わなくなります」
クレアは口を閉ざした。
滅菌作戦が決まった以上、残された時間は明確だった。
六日。
それまでに、第三地区にいる避難民をできる限り安全な場所へ移動させ、さらに港までの経路を復旧させなければならない。
クレアは一度、息を吐く。
「……分かりました。教えていただいて、ありがとうございます」
本来なら、わざわざクレアへ伝える必要のないことだった。
それでも知らせてくれたのは、この指揮官なりの誠意なのだろう。
クレアはそれ以上何も言わず、アレクシアとともに指揮官室を後にした。
◆
廊下へ出ると、クレアは隣を歩くアレクシアへ尋ねた。
「ねえ、アレクシア。何をするつもりなの?」
「終わってから話すわ」
「……そう」
それだけ返すと、クレアは小さくため息をついた。
また、面倒な案件に巻き込まれそうな気がする。
できることなら、妙なことには関わらないでほしい。
そんな思いが頭をよぎる。
とはいえ、生物兵器と戦う以上、アレクシアが動く必要があるのだろう。
そう自分に言い聞かせるしかなかった。
それでも――やはり胃が痛む。
そんなことを考えているうちに、二人は目的の場所へたどり着いた。
そこには、リサとシェリーが並んで待っていた。
クレアたちの姿を見つけると、二人がこちらへ顔を向けた。
◆
クレアは、シェリーから聞かされていた約束を思い出した。
ウェスカー兄妹との取り決めを、果たさなければならない。
クレアがシェリーへ目で合図を送る。
シェリーはすぐに意図を察した。
二人はそれぞれリサへ近づくと、前後から挟み込むように抱きついた。
「リサ」
シェリーはそのままリサを抱きしめ、片方の耳へ顔を寄せる。
「ウェスカー兄妹がテラグリジアにいるの。でも、ここにいる間は敵じゃないからね」
反対側では、クレアもリサを抱きしめたまま、もう一方の耳へ語り掛ける。
「今は、ウェスカー兄妹は敵じゃないのよ」
シェリーが続ける。
「二人は人命救助をしているの。だから、争っちゃダメ」
「そうよ、リサ。今は二人と戦わないで」
左右の耳から、ほとんど同じ言葉を聞かされる。
リサは何も答えなかった。
ただ、二人に挟まれたまま、じっとしている。
しばらくして、クレアとシェリーはリサの様子を確かめた。
明らかに不服そうだった。
それでも、今すぐ飛び出していく様子はない。
「……まあ、この様子なら、たぶん大丈夫ね」
クレアは、ほんの少しだけ腕の力を緩めた。
そして今度は、アレクシアへ向き直る。
「アレクシアにも頼んでおくわ。もしリサが暴走したら、止めて」
アレクシアは鼻で笑った。
「リサお姉さまが、私の言うことを聞くわけないでしょう」
「聞くときは聞くでしょう」
クレアが反論する。
だが、アレクシアは肩をすくめた。
「この件に関しては、聞かないでしょうね」
「……まあ、そうよね」
クレアも認めざるを得なかった。
リサの目は、今もどこか不満そうだった。
そのとき、アレクシアがシェリーへ無線機を差し出す。
「これを持っておきなさい」
「うん」
シェリーが受け取る。
アレクシアは、それを確認してからリサのほうへ向き直った。
「じゃあ、そろそろ行くわ」
リサはアレクシアの隣に並ぶ。
二人は、そのまま歩き出した。
クレアとシェリーは、しばらくその背中を見送る。
少女の姿をしたB.O.W.
アンブレラの最高の失敗作と、アンブレラ最高の頭脳。
その二人は、夜のテラグリジアへと消えていった。