アーク製薬会社 作:ai試し2
プロローグ
2004年。
アーク本社の社長室に、三人の隊員が呼び集められていた。
レディハンク、シェリー、そしてバリー。
目的を知らされないまま集められた三人を前に、クレアは机の上の資料へ一度目を落とした。それから、静かに顔を上げる。
「急に呼び出してごめんなさい。今日は、あなたたちに頼みたい仕事があるの」
「仕事ですか?」
シェリーが首を傾げる。
「ええ。スペインへ行ってほしいの」
「スペイン!」
レディハンクがぱっと反応した。
その声に、クレアはほんの少し口元を緩める。
「EUから正式に要請が来ています」
クレアは机上の資料を三人へ差し出した。
「現地で、生物兵器が使われた疑いがあるそうよ。まだ詳しいことは分かってないけど。でも、EUとしては放置できない。だから、戦力を派遣して調査してほしいそうよ」
バリーが資料を受け取り、数枚をめくった。
「生物兵器の使用が確認されたわけじゃないんだな?」
「そう。現時点では、あくまで疑いの段階よ」
クレアは頷く。
「まず現地の状況を確認して。それで本当にB.O.W.が関係しているなら、必要に応じて対処する」
「なるほどな」
資料から視線を離さず、バリーが言った。
「それで、俺たち三人ってわけか」
「そういうことになるわね」
クレアの表情がわずかに曇る。
「本当なら、もっと人を出したいんだけど……」
◆
スペインへ向かうヘリは、複数の機体に分かれて空を進んでいた。
レディハンクの部隊も分乗している。
そのうちの一機で、バリーは座席に身を預け、窓の外へ流れていく空を眺めていた。
出発してしばらくすると、後方から隊員たちの声が聞こえてくる。
「なあ、あれが元S.T.A.R.S.のバリー・バートンだろ?」
「そうらしいぞ。ラクーンシティの事件を生き残ったっていう……」
「アークレイの方じゃなかったか?」
「クレア社長がかなり熱心に誘った人材だって聞いたぞ」
「いや、本人は最初、アークに入るつもりはなかったらしい」
「へえ。じゃあ、どうして入ったんだ?」
「そこまでは知らん」
バリーは黙ったまま前を向いている。
聞こえてはいる。
だが、いちいち訂正する気も起きない。
ところが、話題はいつの間にか別の方向へ滑っていった。
「でも、バリー副隊長っていえば娘さんだろ?」
「娘さん?」
「ああ。確か、クレア社長にかなりお熱らしいぞ」
「……は?」
「俺も聞いた話だけどな」
「またクレア社長のあれか」
「だよなあ」
バリーの眉がわずかに動いた。
自分の話だったはずが、いつの間にかクレアの噂になっている。
「クレア社長って、そんなに人気あるのか?」
「知らないのか?」
「孤児院でもすごいらしいぞ」
「ああ。子供たちからかなり慕われてるって」
「それだけじゃない。若い連中にも人気あるし」
「特に女の子からな」
バリーは小さく息を吐いた。
本人が聞いたら、きっと頭を抱えるだろう。
そう思いながらも、妙に納得してしまう自分がいた。
確かにクレアは、年下の同性からよく好かれている。
シェリーもそうだ。
アークの若い連中も、クレアには随分と懐いている。
そして、自分の娘までその中にいる。
ふと、別の少女の顔が脳裏をよぎった。
リサ・トレヴァー。
洋館から崖下へ落ちていった、あの怪物。
まさか、あの怪物があんな姿になって再び現れるとは、当時は想像もできなかった。
そこまで思い出したところで、バリーはふと考える。
なぜクレアは、ああも年下の女の子たちに好かれるのだろう。
「……まあ、分からなくもないがな」
誰にも届かない声で呟いた。
ヘリは何事もなく、スペインへ向かって飛び続けていた。
◆
昼過ぎ。
レディハンクたちは、事件が起きている地域を管轄する警察署へ到着した。
署の前では、副署長が待っていた。
「アークの皆さんですね。お待ちしていました」
「はい。レディハンクです」
レディハンクが名乗る。
その直後、署内から一人の男が歩いてきた。
「おい、副署長。こちらは誰だ?」
署長だった。
三人と、その後ろに控えるアークの隊員たちへ順に目を向ける。
「ずいぶんと重装備だが……」
「署長、今朝連絡があったじゃないですか」
副署長が苦笑する。
「この方たちは、行方不明事件が多発している地域を調査してくれる方々ですよ」
「行方不明事件……?」
署長の眉が寄る。
副署長は何かを思い出させるように続けた。
「ほら、署長。あのとき、アメリカからのお客人を案内していたじゃないですか」
「…………」
署長はしばらく考え込んだ。
やがて、ようやく記憶を辿り当てたらしい。
「ああ……そうだったな」
「アメリカからの客人?」
バリーが反応する。
「ええ」
副署長が頷いた。
「何でも、アメリカから迷子になった子を探しに来たとかで……」
署長も苦い顔のまま頷いた。
「ああ。そういう話だった」
「その件と、今回の行方不明事件に何か関係が?」
バリーが尋ねる。
「そこまでは分からん。ただ……」
署長の声が重くなる。
「こちらからも二名、捜索のために人員をつけた」
「二名?」
「ええ。ところが……」
副署長が引き継いだ。
「連絡が一切ないんです」
レディハンクの表情が変わる。
「連絡が取れない?」
「はい。何かあったのではないかと心配しています」
署長も頷いた。
「しかも、その二人を向かわせた場所は……ちょうど、今回行方不明者が多発している地域の近くなんです」
署内が静まる。
バリーは腕を組んだ。
単なる行方不明として片付けるには、引っかかる点が多すぎた。
◆
副署長に案内され、三人は警察署内の一室へ入った。
机の上へ資料が並べられる。
「まず、こちらでも分かっていることを簡単にお話しします」
三人が席へ着く。
「正直に言いますと、署内でも最初は、わざわざ他国から応援を呼ぶ必要があるのかという意見がありました」
副署長は苦笑した。
「ですが……テラグリジアの件があったでしょう?」
「はい」
シェリーが頷く。
「もし、あのような事件と同じようなことがこちらで起きているのなら、我々だけでは手に負えない。そう判断して、EUを通して要請しました」
バリーが資料をめくる。
「テラグリジアより、ラクーンシティ事件のほうが今回の状況には近いと思いますが」
「ラクーンシティ……」
その名を聞いた瞬間、副署長の表情が引き締まった。
「ええ。おっしゃる通りかもしれません」
そして、自分の胸元へ手を添える。
「私も今回のために、対生物兵器テロの研修を受けました」
「それで?」
レディハンクが続きを促す。
「ここ最近、この管轄内で行方不明者が多数出ています」
副署長が資料を一枚抜き取った。
「それだけなら、まだ通常の事件として扱えます。しかし、妙な証言がいくつかあるんです」
「妙な証言?」
シェリーが顔を上げる。
「ええ。行方不明になる前に、凶暴な人間に遭遇したという話が数件」
副署長はそこで一度、言葉を切った。
「そして……人間とは思えない、化け物のようなものを見たという証言もあります」
室内の空気が硬くなる。
バリーは資料を閉じた。
「化け物、ね」
「はい」
副署長が頷く。
「もちろん、現時点では目撃証言に過ぎません。ですが、行方不明者の数が増えているのも事実です」
レディハンクが資料へ目を落とした。
「なるほど……」
ただの失踪事件なのか。
それとも、本当にB.O.W.が関わっているのか。
それを確かめるために、彼らはここへ来た。
副署長は続けて地図を机へ広げた。
「行方不明者が出ているのは、このあたりです」
三人が身を寄せる。
指先の先には、深い山に囲まれた地域が広がっていた。
地図には湖も描かれている。
その中央には、小さな島まであった。
「かなり山深いな」
バリーが呟く。
「ええ。人の出入りも、それほど多い場所ではありません」
副署長は地図上の一帯を指でなぞる。
「この地域一帯は、ラモン・サラザールという貴族が治めています」
「治めている?」
「はい」
バリーは地図へ視線を落としたまま黙る。
スペンサーもイギリスの貴族だった。
生物兵器に関わる事件を追っていると、なぜか金と権力を持つ人間へ行き着くことがある。
偶然であってほしい。
そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎった。
「ここからだと、結構ありますね」
シェリーが地図を指で追う。
「そうですね。今から向かったとしても、到着するのは夜になると思います」
レディハンクが顔を上げた。
「夜か……」
山深い土地。
失踪事件が多発している地域。
そこへ向かった警官二人と、アメリカから来た客人の消息も途絶えている。
「その三人も心配ですね」
シェリーが言う。
「ええ」
副署長の顔にも不安が滲んだ。
「特に、アメリカからのお客人には、こちらから警官を二名つけていますから」
「最後に連絡があったのは、いつ頃です?」
バリーが尋ねる。
副署長は地図上の村を指した。
「最後の連絡では、ここにある村へ到着するという話でした」
「時間は?」
「昼前だったようです」
バリーは腕を組む。
昼前に村へ向かうという連絡を最後に、消息が途絶えた。
今はすでに昼を過ぎている。
山間部なら通信が途切れること自体は珍しくない。
それでも、失踪者が相次いでいる場所となれば話は別だった。
「……急いだほうがよさそうだな」
バリーが逸る様に言った。
レディハンクとシェリーも頷いた。
◆
副署長は地図を畳みながら、現地までの道や通信状況についていくつか注意を伝えた。
説明を終えると、三人へこの部屋は自由に使って構わないと告げて退室する。
扉が閉まる。
レディハンクはもう一度、地図を広げた。
「私たちが先に行こう」
「私たち?」
バリーが聞き返す。
レディハンクはシェリーへ顔を向けた。
「うん。私とシェリーで偵察するの」
シェリーも同意する。
「いきなり全員で向かうより、そのほうがいいと思います」
バリーは地図から目を離さなかった。
理屈は通っている。
B.O.W.が関係しているという話は、まだ噂の段階だ。
そんな場所へ重装備の部隊がまとまって入れば、何もなかった場合には別の問題を生む。
しかも、この地域を治めているのは貴族だ。
さっき聞いた話が頭に残る。
どれほど面子を重んじる人物なのかは知らない。
だが、スペンサーのような人間を知っているだけに、嫌な予感を完全には捨てられなかった。
「……理屈は分かる」
バリーはそこでようやく顔を上げ、レディハンクを見る。
「だが、隊長が部隊から離れるのは感心しないな」
レディハンクは困ったように笑った。
「やっぱり?」
「当然だ」
即答したものの、バリーはそれ以上続けなかった。
隊長が常に部隊全員と一緒にいる必要はない。
自分が残って本隊をまとめるなら、先行部隊を出すこともできる。
しばらく考えた末、バリーは肩の力を抜いた。
「……分かった。行ってこい」
「いいの?」
「俺が残って部隊を見ておく。それなら問題ないだろ」
「うん!」
レディハンクが明るく頷く。
「ただし、状況が分かったらすぐに連絡してくれ。何かあれば勝手に判断して深入りするな」
「分かった。こまめに連絡するよ」
シェリーも頷いた。
「私も気をつけます」
二人は出発の準備へ移る。
目的地までは距離がある。
今から向かえば、到着する頃には夜になっているだろう。
それでも、先に現地を確認する価値はある。
二人が準備を終えると、バリーは署の外まで見送った。
「気をつけてな」
「うん。行ってくる!」
二人が歩き出す。
ヘリを使わないのには理由があった。
二人だけを運べば、その分だけ本隊を移動させる手段が減る。
全員を動かす可能性を考えれば、ヘリは残しておくべきだった。
そこで選ばれたのが、バイクだった。
やがて二台のエンジンが始動する。
レディハンクが先に走り出し、シェリーが続く。
テールランプが夜の道へ吸い込まれていく。
バリーはその後ろ姿を見送ったあと、手元の地図へ目を戻した。
あの二人が現地へ着く頃には、すっかり夜になっているはずだ。
それまでに、本隊としてできる準備を進めておかなければならない。