アーク製薬会社   作:ai試し2

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1話 偵察

 夜。

 

 レディハンクとシェリーは、目的の村まであとわずかという場所まで来ていた。

 

 二人はバイクを停めると、エンジンを切った。途端に、周囲の静けさがはっきりと感じられる。

 

 山間の夜は暗い。

 

 月明かりが木々の隙間からわずかに差し込んでいるものの、少し離れれば何があるのかも判然としない。

 

 ここまで来る途中、二人はいくつかの村で聞き込みを行っていた。

 

 行方不明になっている警官と、アメリカから来た人間について尋ねると、村人たちは、確かに車が通っていくところは見たと答えた。

 

 だが、その後に戻ってきた車を見た者はいなかった。

 

 レディハンクは無線機を取り出した。

 

「バリー、聞こえる?」

 

『ああ、聞こえる』

 

「今、目的の村の近くまで来たよ」

 

『分かった。何か情報はあったか?』

 

「途中の村で聞き込みをしたけど、行きの車を見た人はいた。でも、帰ってきた車を見た人はいないみたい」

 

『そうか……』

 

 バリーの声が少し低くなった。

 

『村の様子は?』

 

「まだ分からない。これから確認する」

 

『了解した。無理はするなよ』

 

「分かった!」

 

 通信を終える。

 

 二人は無言で顔を見合わせた。

 

 ここから先は、ただの偵察では済まないかもしれない。

 

 レディハンクはそれまで外していた装備へ手を伸ばした。

 

 移動中は動きやすさを優先していたが、目的地を目前にして話は変わる。銃器を手に取り、装具を固定し、必要な装備を一つずつ身につけていく。

 

 シェリーも同じように準備を進める。

 

 最後に二人が頭部まで装備を整えると、先ほどまでとはまるで別人のようになった。

 

 軍用装備に身を包み、顔もマスクで隠されている。

 

 その姿は、どこかハンクを思わせた。

 

 二人が並んで立てば、素顔はもちろん、どちらが誰なのかさえ外見だけではほとんど分からない。

 

 シェリーがレディハンクを見る。

 

「これ、近くから見ても誰だか分からないね」

 

「うん。ハンクみたいでしょ?」

 

 レディハンクは楽しそうに答えた。

 

 シェリーも自分の装備へ目を落とす。

 

「確かに、そっくり」

 

「でしょ?」

 

 二人は改めて武器と装具を確認した。

 

 そして同時に、暗闇の向こうへ視線を向ける。

 

 あの先に、目的の村がある。

 

 何が待っているのかは分からない。

 

 ただ、行方不明者が相次いでいる地域であり、連絡の途絶えた警官たちが向かった場所でもある。

 

 慎重に進む必要があった。

 

     ◆

 

 二人はそのまま歩き続ける。

 

 やがて、木々の向こうに地図へ記されていた橋が見えてきた。

 

 だが――。

 

「……あれ?」

 

 二人は同時に足を止めた。

 

 橋がない。

 

 正確には、橋そのものが崩れ落ちていた。

 

 暗い川の両岸を結んでいたはずの橋は、見る影もない。崩れた構造物が川の中へ落ち、その残骸だけがかすかに見えている。

 

 シェリーが地図を確認する。

 

「ここで合ってるよね?」

 

「うん。橋があるはず」

 

 レディハンクは川の向こう岸へ目を凝らした。

 

 その時だった。

 

「あれ、車じゃない?」

 

 川沿いに、何かが引っ掛かっている。

 

 目を凝らすと、向こう岸近くの川にはトラックと車両が落ちていた。

 

 橋ごと転落したようにも見える。

 

 レディハンクはすぐに無線機を取り出した。

 

「バリー、聞こえる?」

 

『ああ、どうした?』

 

「地図にある橋が落ちてる。渡れないよ」

 

『橋が?』

 

「うん。それと、向こう岸の方にトラックと車が落ちてるのが見える」

 

『分かった。こちらでも確認する』

 

「了解!」

 

 通信を終える。

 

 二人は川を見下ろした。

 

「どうする?」

 

 シェリーが尋ねる。

 

 レディハンクは少しも迷わなかった。

 

「向こうに行こう」

 

「え?」

 

「このまま戻るより、向こうへ渡った方が早いよ」

 

 二人は川幅を確認する。

 

 普通の人間なら躊躇する距離だった。

 

 だが、二人は互いに視線を交わすと、助走を取った。

 

 そして――。

 

 勢いよく地面を蹴る。

 

 二人の身体が川の上を跳んだ。

 

 そのまま向こう岸へ着地する。

 

 着地と同時に身体を低くし、周囲を警戒する。

 

 何もいない。

 

 二人はそのまま山道を進んでいった。

 

 しばらく歩くと、木々の向こうに小さな建物が見えてきた。

 

「小屋……かな」

 

 シェリーが呟く。

 

 二人は慎重に近づいた。

 

 扉の前で一度立ち止まり、周囲を確認する。

 

 人の気配はない。

 

 レディハンクが扉へ手をかける。

 

 軋んだ音を立てて扉が開いた。

 

 中へ入る。

 

 小屋の中は暗く、長い間使われていないようにも見えた。

 

「誰もいないね」

 

 シェリーが周囲を見回す。

 

「でも、何かありそう」

 

 二人は分かれて内部を確認した。

 

 床。

 

 棚。

 

 壁際。

 

 何か手がかりがないか、一つずつ見ていく。

 

 その時だった。

 

 階段の下へ視線を向けたシェリーが、ぴたりと動きを止めた。

 

「……レディちゃん」

 

「どうしたの?」

 

「これ……」

 

 シェリーの声は低かった。

 

 レディハンクが駆け寄る。

 

 階段の裏側。

 

 そこには、大量の骨が積み重なっていた。

 

 人のものと思われる骨が、いくつも重なっている。

 

 白く乾いたものもあれば、まだ新しいように見えるものもあった。

 

 二人はしばらく何も言わなかった。

 

 静かな小屋の中で、ただ骨の山を見つめる。

 

 これは、ただの行方不明事件ではない。

 

 ここで人が死んでいる。

 

 しかも、一人や二人ではない。

 

「……事件だね」

 

 レディハンクが小さく呟いた。

 

 彼女は骨の山から視線を外すと、すぐに無線機を取り出した。

 

「バリー、聞こえる?」

 

『ああ。どうした?』

 

「小屋を見つけた。中に人の骨が大量にある」

 

『人の骨だと?』

 

「うん。でも、ここには住民はいなかった。だから、これだけじゃ生物兵器なのかどうかは、まだ分からない」

 

『了解した。無理はするな。何か分かったら、すぐに連絡してくれ』

 

「分かった」

 

 通信を終える。

 

 二人はもう一度だけ骨の山を見た。

 

 そして、何も言わずに小屋を出た。

 

     ◆

 

 道に沿ってさらに進んでいくと、また別の小屋が見えてきた。

 

 二人は足を止め、今度はさらに慎重に中を確認する。

 

 扉を開ける。

 

 中には誰もいない。

 

 だが、奥に人影があった。

 

「……!」

 

 二人が近づく。

 

 そこには、一人の女性が壁に固定されていた。

 

 シェリーが状態を確認する。

 

「……死んでる」

 

 レディハンクも周囲を見回した。

 

 ここにも人の姿はない。

 

 二人は死体をそのままにするしかなかった。

 

 今は、この場に留まることの方が危険だった。

 

「行こう」

 

「うん」

 

 二人は小屋を出る。

 

 そして再び、山道を進み始めた。

 

     ◆

 

 やがて――。

 

 木々の向こうに、目的の村が見えてきた。

 

 二人はすぐには入らなかった。

 

 建物の陰に身を隠し、そこから村の様子を窺う。

 

 夜だというのに、村には人の気配があった。

 

「……人がいる」

 

 シェリーが小声で言う。

 

 確かに、村人たちは外へ出ている。

 

 何かをしていた。

 

 二人は目を凝らす。

 

 村人たちが、何かを運んでいる。

 

「……あれ、遺体じゃない?」

 

 レディハンクが呟く。

 

 人の身体らしきものを運んでいるように見えた。

 

「たぶん……」

 

 シェリーも同意する。

 

 村人たちは何かを運びながら、村の中を移動している。

 

 その様子は、普通ではなかった。

 

 二人は無理に近づかず、一度村から少し離れた場所まで戻った。

 

 そしてレディハンクが無線機を取り出す。

 

「バリー、聞こえる?」

 

『聞こえるぞ』

 

「村民を発見した」

 

『村民が? 様子はどうだ?』

 

「夜なのに外に出て何かしてる。遺体を運んでいるみたい」

 

 無線の向こうで、バリーが黙る。

 

『分かった。接触するのか?』

 

「うん。これから接触する」

 

『了解。十分に警戒してくれ』

 

「分かった」

 

 通信を終える。

 

 レディハンクはシェリーを見る。

 

「行こう」

 

「うん」

 

 村人たちの集団へ近づいていく。

 

 ある程度まで距離を詰めたところで、レディハンクが声を張った。

 

「すみませーん! 私たち、警察の者ですが!」

 

 頭部を覆う軍用マスクのせいで、表情は見えない。

 

 それでも、その声だけは妙に明るかった。

 

「警察官二名と、もう一人、成人男性の三人を見ませんでしたか?」

 

 その言葉に、村人たちが一斉に振り向いた。

 

 一瞬、空気が止まった。

 

 次の瞬間だった。

 

「殺せ!」

 

「捕まえろ!」

 

「逃がすな!」

 

 怒号が夜の村に響き渡る。

 

「え?」

 

 レディハンクが目を丸くする。

 

 だが、戸惑っている暇はなかった。

 

 村人たちが一斉にこちらへ向かってくる。

 

 手にしているのは鎌や農業用フォーク。

 

 身近にあった農具を掴み、そのまま二人へ襲いかかってくる。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 二人は慌てて後退した。

 

 だが、襲ってくる村人たちは明らかに意思を持っている。

 

 何かを叫びながら、手にした道具を振り回している。

 

「……しゃべってる」

 

 シェリーが呟く。

 

「うん」

 

 レディハンクも頷いた。

 

「道具も使ってる。ゾンビじゃない?」

 

「じゃあ、生物兵器じゃないの?」

 

 二人は一瞬だけ顔を見合わせた。

 

 これまで想定していた生物兵器とは、明らかに様子が違う。

 

 少なくとも、見た目だけなら普通の人間だ。

 

「ただの……暴力的な村人?」

 

 レディハンクが首を傾げる。

 

 シェリーも同じことを考えていた。

 

 少なくとも、今の段階ではそう見える。

 

 二人は短く視線を交わした。

 

 そして同時に頷く。

 

「いったん逃げよう!」

 

「うん!」

 

 二人は村の奥へ進むことなく、襲いかかってくる村人たちの攻撃をかわしながら、その場から離れるために走り出した。

 

 二人は村を離れると、山道を一気に駆け抜けた。

 

 背後から怒号が聞こえている。

 

 しかし、普通の人間に二人の速度についてこられるはずもない。

 

 ウイルス適合者である二人は、瞬く間に距離を引き離していった。

 

 やがて十分な距離を取ったところで、レディハンクが足を止める。

 

 息を整えながら、無線機を取り出した。

 

「バリー、聞こえる?」

 

『ああ。どうした?』

 

「村の人たちと接触したよ。でも、襲われた」

 

『襲われた?』

 

「うん。ただ、ゾンビみたいな感じじゃない。言葉を話していたし、鎌とか農業用フォークみたいな武器を使って襲ってきた」

 

『……なるほどな』

 

 バリーが考え込むように返す。

 

「それと、ここまで来る途中で変な紋章みたいなものを見つけたんだけど……」

 

 レディハンクは周囲へ視線を巡らせる。

 

「何かの宗教じゃないかな?」

 

『宗教?』

 

「うん。村の周辺にも同じようなものがあった」

 

『確か……』

 

 バリーが記憶を探るように言う。

 

『こっちに来てから調べた資料に、そんな話があったな』

 

「本当に?」

 

『ああ。ロス・イルミナドス教、というものがあるらしい』

 

「ロス・イルミナドス教……」

 

『ただ、分かっているのは名前くらいだ。詳しいことまでは調べられていない』

 

「そっか」

 

『こちらでも調べさせる。何か分かったら連絡する』

 

 レディハンクが返事をしようとした、その時だった。

 

 ――ずしん。

 

「……?」

 

 二人が同時に顔を上げる。

 

 地面が揺れた。

 

 そして、もう一度。

 

 ――ずしん。

 

 何かが歩いている。

 

 それも、かなり大きなものが。

 

「何の音……?」

 

 シェリーが周囲を見回す。

 

 二人は身を低くし、音のする方向へ目を向けた。

 

 木々の向こうから、巨大な影が現れた。

 

 ゆっくりと歩いてくる。

 

 人間だった。

 

 だが、その大きさが尋常ではない。

 

 身長は四メートルか、それ以上。

 

 暗闇の中でも、その巨ははっきりと分かる。

 

 巨人は周囲を見回しながら、何かを探しているようだった。

 

「……大きい」

 

 レディハンクが呟く。

 

 すぐに無線機を口元へ寄せる。

 

「バリー……」

 

『どうした?』

 

「四、五メートルくらいある巨人が来た」

 

『……は?』

 

 無線の向こうから、素っ頓狂な声が返ってきた。

 

 シェリーも隣から小声で続ける。

 

「本当に巨人です。タイラントより、ずっと大きい……」

 

『タイラントより?』

 

 それ以上、二人は話さなかった。

 

 息を潜めたまま、少しずつ後退する。

 

 巨大な足音が、ゆっくりと近づいてくる。

 

 ――ずしん。

 

 ――ずしん。

 

 二人は身を隠しながら、その場を離れる機会を窺った。

 

     ◆

 

 やがて、二人は再び走り出した。

 

 背後から、巨人の足音が追ってくる。

 

 ――ずしん。

 

 ――ずしん。

 

 山道を駆け抜ける。

 

 しばらくして、前方に見覚えのある建物が見えてきた。

 

「……あれ、最初に見つけた小屋じゃない?」

 

 シェリーが気づく。

 

「うん。あそこなら隠れられるかも」

 

 二人は小屋へ向かい、そのまま屋根へ上がった。

 

 屋根の上に伏せ、周囲を窺う。

 

 レディハンクは、先ほど巨人が現れた方向へ目を向けた。

 

 遠くの木々の間から、巨大な影が見える。

 

 まだこちらを追ってきているのか。

 

 それとも、別の何かを探しているのか。

 

 それは分からない。

 

 レディハンクは無線機を取り出した。

 

「バリー、聞こえる?」

 

『ああ。どうした?』

 

「とりあえず、巨人からは離れたよ。今、最初に見つけた小屋のところにいる」

 

『そうか』

 

「クレアに連絡を取って。援軍をお願いしたい」

 

 一拍置いて、レディハンクが続ける。

 

「それと、私たちが発砲してもいいように、正式に許可を取っておいて」

 

『分かった』

 

 バリーの返答は早かった。

 

『クレアに連絡を取る。援軍の件と、発砲許可の件も伝えておく』

 

「お願い」

 

『それじゃ、十五分後にもう一度連絡してくれ』

 

「十五分後?」

 

『ああ。その頃には、こっちでも話をつけておく』

 

「分かった。十五分後に連絡するね」

 

『ああ。気をつけろよ』

 

 通信が切れる。

 

 レディハンクは無線機をしまい、再び巨人がいる方向へ視線を向けた。

 

 今は動くべきではない。

 

 二人は屋根に身を伏せたまま、巨人の動きを静かに見張り続けた。

 

     ◆

 

 しばらくすると、巨人の姿が再びはっきり見えた。

 

 二人が身を伏せている小屋へは向かわない。

 

 巨人はそのまま山道を進み、やがて、橋が崩れ落ちていた川までたどり着いた。

 

 そこで足を止める。

 

 しばらく川を見下ろしていたが、やがて何かを諦めたように身体の向きを変えた。

 

 そして、来た道を戻っていく。

 

 その姿が木々の向こうへ消えるまで、二人は動かなかった。

 

 完全に見えなくなったことを確認してから、レディハンクが無線機を取り出した。

 

「バリー、聞こえる?」

 

『ああ。こっちも待っていたところだ』

 

「巨人、いなくなったよ」

 

『そうか』

 

「それじゃあ、どうなった?」

 

『クレアには連絡した』

 

 バリーが答える。

 

『発砲の許可も出た。緊急時以外でも必要なら撃っていい』

 

「了解!」

 

 レディハンクが小さく頷く。

 

『それと、援軍についてだが、近くにBSAAがいたらしくてな。クレアがそっちにも連絡してくれたようだ』

 

「BSAAが?」

 

『ああ。こっちに来てもらえるよう話をつけてくれた』

 

「分かった」

 

 レディハンクは少し考えてから続けた。

 

「じゃあ、BSAAが来たら、バリーたちも一緒にヘリで来て」

 

『了解だ』

 

「それまで、こっちはもう少し偵察を続けるよ」

 

『分かった。こっちも準備しておく』

 

 無線を切る。

 

 レディハンクは隣のシェリーを見る。

 

 シェリーも、ちょうどこちらを見ていた。

 

 二人は顔を見合わせる。

 

 そして、小さく頷き合った。

 

 声を潜めながら、それでも拳には力を込める。

 

「がんばっていこー!」

 

「うん。がんばっていこー!」

 

     ◆

 

  巨人の姿が木々の向こうへ消えてから、しばらく時間が流れた。

 

 静けさが戻った山道に、別の気配が混じる。

 

 枝を踏み折る音。

 

 一つではない。

 

「……来た」

 

 シェリーが息を潜める。

 

 山道の向こうから、村人たちが次々と姿を現した。どうやら、先ほどの巨人を追ってきたらしい。

 

「ここも見つかるね」

 

 レディハンクが短く言う。

 

 二人はすぐに身を翻した。

 

 木立の陰を縫い、足音を抑えながら村へ戻る。

 

 村へ近づくにつれて、先ほどまでの騒がしさが消えていることに気づいた。

 

 人影が少ない。

 

 村人たちの大半が、二人を探すために外へ出ているらしい。

 

「みんな、私たちを捜してるのかな」

 

「たぶんね」

 

 レディハンクは建物の間から村を見渡した。

 

 そこで視線が止まる。

 

「シェリー。あそこ」

 

 村の一角に、高い見張り台のような建物が建っている。

 

「上へ行けば、周りが見えるかも」

 

「行こう」

 

 二人は建物の陰を渡り、見張り台へ近づいた。

 

 壁を蹴って上へ上がる。

 

 高所から眺めると、村の様子が一変して見えた。

 

 家々の配置。

 

 村の外へ延びる道。

 

 その先の山肌まで、かなり広い範囲を確認できる。

 

「見晴らしはいいけど……」

 

 シェリーが地図を開いた。

 

「どこを目指そうか?」

 

「うーん……」

 

 レディハンクも地図を覗き込む。

 

 何本かの道を目で追い、やがて指が一か所で止まった。

 

「……城まで行ってみる?」

 

「城?」

 

「うん。次に調べるなら、ここがいいと思う」

 

 シェリーも地図上の城を確かめる。

 

「そうだね。行ってみようか」

 

「そうしよっか」

 

 二人が出発の方針を決めかけた、その時だった。

 

 レディハンクの視界の端を、一人の村人が横切った。

 

「あれ?」

 

 村の外れを歩いている。

 

 周囲には誰もいない。

 

「ねえ。あの人に聞いてみよう」

 

「聞くって?」

 

「警察官二人とアメリカ人のこと。知ってるかもしれない」

 

 レディハンクは少し考えてから付け加える。

 

「何も分からなかったら、そのまま城へ行こう」

 

「なるほど」

 

 シェリーも村人へ視線を向けた。

 

「うん。それがいいと思う」

 

 二人は頷き合う。

 

 見張り台から降り、村の外れへ向かった。

 

 二人が近づいたのは、中年の女性だった。

 

 こちらの気配に気づき、女性が振り返る。

 

 逃げ道を塞ぐように左右へ回り込む。

 

「ちょっと、待ってください」

 

 レディハンクが腕を取った。

 

 反対側からシェリーも身体を押さえる。

 

 その瞬間だった。

 

「……っ!」

 

 女性が激しく身体をひねる。

 

 押さえていた腕が、軋むほど強く振られた。

 

「……強い」

 

 レディハンクの声から、わずかに驚きが滲む。

 

 見た目は普通の中年女性だ。

 

 それなのに、力だけは明らかに人間離れしている。

 

 レディハンクがシェリーを見る。

 

 シェリーも無言で頷いた。

 

 普通の警察官なら、この拘束を維持するのは難しい。

 

 二人がウイルス適合者だからこそ、どうにか押さえ込めている。

 

「警察です」

 

 レディハンクは相手の抵抗を受け止めながら、声だけは穏やかに保った。

 

「警察官二名と、成人男性一人を知りませんか?」

 

 女性は答えない。

 

 喉の奥から、低い声だけが漏れる。

 

「……殺せ」

 

「……」

 

 シェリーの目がわずかに細くなる。

 

「捕まえろ……」

 

 先ほど村で襲ってきた人間たちと同じだ。

 

 会話にならない。

 

 問いかけに反応するどころか、敵意だけを返してくる。

 

「……やっぱり話にならないね」

 

 レディハンクが呟く。

 

「うん。このままだと、また人が集まってきそう」

 

 シェリーが周囲を確認する。

 

 長居はできない。

 

「放そう。城へ向かおう」

 

「分かった」

 

 二人が拘束を緩めた、その時だった。

 

「……?」

 

 女性の身体が小刻みに震え始めた。

 

 レディハンクの手が止まる。

 

「何……?」

 

 胸元が不自然に持ち上がった。

 

 内側から何かが皮膚を押している。

 

 それが胸から首へ移り、輪郭を変えながら蠢いていく。

 

「シェリー、下がって!」

 

 二人が一斉に後ろへ跳んだ。

 

 女性の身体が大きく痙攣する。

 

 口が限界まで開かれた。

 

 次の瞬間だった。

 

 頭部が弾け飛ぶ。

 

「っ!」

 

 二人の視線が釘付けになる。

 

 砕けた頭部の奥から、虫のような生物が這い出してきた。

 

 地面へ落ちたそれは、ぬるりと身体を曲げる。

 

 そして、二人へ向き直った。

 

「来る!」

 

 異形が跳ぶ。

 

 レディハンクは一歩も退かなかった。

 

 腰からナイフを抜き、飛び込んできた瞬間を見極める。

 

「そこ!」

 

 刃が頭部らしき場所を捉えた。

 

 その勢いを利用して地面へ叩きつける。

 

 ナイフが土へ突き刺さり、異形の身体を地面へ縫い留めた。

 

 虫のような生物が激しく跳ねる。

 

 何度も身体を反らし、地面を叩く。

 

 やがて、その動きが弱くなった。

 

 最後に一度だけ身体を震わせる。

 

 そして、静止した。

 

 レディハンクはしばらくナイフを握ったまま動かなかった。

 

 完全に動かなくなったことを確認してから、ゆっくりと引き抜く。

 

 すぐそばには、頭部を失った女性の身体が倒れている。

 

 二人は何も言わず、その場に残された光景を見つめた。

 

 やがてレディハンクはナイフを拭い、無線機へ手を伸ばした。

 

「バリー、聞こえる?」

 

『ああ。どうした?』

 

「さっきの村人を尋問してたんだけど……ちょっと変なことが起きた」

 

『変なこと?』

 

「突然、口から寄生虫みたいなものが飛び出してきたの」

 

 シェリーも倒れた女性へ目を向けた。

 

「体の中から出てきたあと、女性は死亡しました」

 

『……寄生虫だと?』

 

「うん。普通の人間じゃないと思う」

 

 レディハンクは死体から視線を外した。

 

「これから、地図にあった城へ向かうよ」

 

『分かった。十分に注意しろ』

 

「了解!」

 

 通信を終えようとした時だった。

 

「……あれ?」

 

 シェリーが村の方を見ている。

 

 レディハンクも振り返った。

 

 遠くから、人影がいくつも近づいてくる。

 

「村人が来る」

 

 しかも、一人や二人ではない。

 

 先ほどまで人の気配がほとんどなかった村から、次々と集まってくる。

 

「どうやって、ここが分かったんだろう……」

 

 シェリーが呟く。

 

 群れの中には、ほかの村人とは明らかに違う格好をした者もいた。

 

 頭からローブを被っている。

 

 その数は三人ほど。

 

「……あの人」

 

 レディハンクが指を向ける。

 

 シェリーも目を細めた。

 

「ちょっと話してみる?」

 

「うん。あの人なら、何か知ってるかもしれない」

 

 レディハンクは無線機を取り出した。

 

「バリー、聞こえる?」

 

『ああ』

 

「これから、ローブを着た人たちに話を聞いてみる」

 

『ローブ?』

 

「うん。村人の中に、明らかに違う格好をした人たちがいるの」

 

 近づいてくる集団を見据えながら続ける。

 

「その人たちと話してみて、何も分からなかったら、そのまま城へ向かう」

 

『分かった』

 

「それと、無線は入れたままにしておくね」

 

『了解だ。何かあったらすぐ知らせろ』

 

「分かった」

 

 レディハンクは無線を切らず、そのまま装備へ固定した。

 

 シェリーと目を合わせる。

 

「行こう」

 

「うん」

 

 二人は、集団の中央にいるローブの人物へ向かって歩き出した。

 

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