アーク製薬会社 作:ai試し2
夜。
レディハンクとシェリーは、目的の村まであとわずかという場所まで来ていた。
二人はバイクを停めると、エンジンを切った。途端に、周囲の静けさがはっきりと感じられる。
山間の夜は暗い。
月明かりが木々の隙間からわずかに差し込んでいるものの、少し離れれば何があるのかも判然としない。
ここまで来る途中、二人はいくつかの村で聞き込みを行っていた。
行方不明になっている警官と、アメリカから来た人間について尋ねると、村人たちは、確かに車が通っていくところは見たと答えた。
だが、その後に戻ってきた車を見た者はいなかった。
レディハンクは無線機を取り出した。
「バリー、聞こえる?」
『ああ、聞こえる』
「今、目的の村の近くまで来たよ」
『分かった。何か情報はあったか?』
「途中の村で聞き込みをしたけど、行きの車を見た人はいた。でも、帰ってきた車を見た人はいないみたい」
『そうか……』
バリーの声が少し低くなった。
『村の様子は?』
「まだ分からない。これから確認する」
『了解した。無理はするなよ』
「分かった!」
通信を終える。
二人は無言で顔を見合わせた。
ここから先は、ただの偵察では済まないかもしれない。
レディハンクはそれまで外していた装備へ手を伸ばした。
移動中は動きやすさを優先していたが、目的地を目前にして話は変わる。銃器を手に取り、装具を固定し、必要な装備を一つずつ身につけていく。
シェリーも同じように準備を進める。
最後に二人が頭部まで装備を整えると、先ほどまでとはまるで別人のようになった。
軍用装備に身を包み、顔もマスクで隠されている。
その姿は、どこかハンクを思わせた。
二人が並んで立てば、素顔はもちろん、どちらが誰なのかさえ外見だけではほとんど分からない。
シェリーがレディハンクを見る。
「これ、近くから見ても誰だか分からないね」
「うん。ハンクみたいでしょ?」
レディハンクは楽しそうに答えた。
シェリーも自分の装備へ目を落とす。
「確かに、そっくり」
「でしょ?」
二人は改めて武器と装具を確認した。
そして同時に、暗闇の向こうへ視線を向ける。
あの先に、目的の村がある。
何が待っているのかは分からない。
ただ、行方不明者が相次いでいる地域であり、連絡の途絶えた警官たちが向かった場所でもある。
慎重に進む必要があった。
◆
二人はそのまま歩き続ける。
やがて、木々の向こうに地図へ記されていた橋が見えてきた。
だが――。
「……あれ?」
二人は同時に足を止めた。
橋がない。
正確には、橋そのものが崩れ落ちていた。
暗い川の両岸を結んでいたはずの橋は、見る影もない。崩れた構造物が川の中へ落ち、その残骸だけがかすかに見えている。
シェリーが地図を確認する。
「ここで合ってるよね?」
「うん。橋があるはず」
レディハンクは川の向こう岸へ目を凝らした。
その時だった。
「あれ、車じゃない?」
川沿いに、何かが引っ掛かっている。
目を凝らすと、向こう岸近くの川にはトラックと車両が落ちていた。
橋ごと転落したようにも見える。
レディハンクはすぐに無線機を取り出した。
「バリー、聞こえる?」
『ああ、どうした?』
「地図にある橋が落ちてる。渡れないよ」
『橋が?』
「うん。それと、向こう岸の方にトラックと車が落ちてるのが見える」
『分かった。こちらでも確認する』
「了解!」
通信を終える。
二人は川を見下ろした。
「どうする?」
シェリーが尋ねる。
レディハンクは少しも迷わなかった。
「向こうに行こう」
「え?」
「このまま戻るより、向こうへ渡った方が早いよ」
二人は川幅を確認する。
普通の人間なら躊躇する距離だった。
だが、二人は互いに視線を交わすと、助走を取った。
そして――。
勢いよく地面を蹴る。
二人の身体が川の上を跳んだ。
そのまま向こう岸へ着地する。
着地と同時に身体を低くし、周囲を警戒する。
何もいない。
二人はそのまま山道を進んでいった。
しばらく歩くと、木々の向こうに小さな建物が見えてきた。
「小屋……かな」
シェリーが呟く。
二人は慎重に近づいた。
扉の前で一度立ち止まり、周囲を確認する。
人の気配はない。
レディハンクが扉へ手をかける。
軋んだ音を立てて扉が開いた。
中へ入る。
小屋の中は暗く、長い間使われていないようにも見えた。
「誰もいないね」
シェリーが周囲を見回す。
「でも、何かありそう」
二人は分かれて内部を確認した。
床。
棚。
壁際。
何か手がかりがないか、一つずつ見ていく。
その時だった。
階段の下へ視線を向けたシェリーが、ぴたりと動きを止めた。
「……レディちゃん」
「どうしたの?」
「これ……」
シェリーの声は低かった。
レディハンクが駆け寄る。
階段の裏側。
そこには、大量の骨が積み重なっていた。
人のものと思われる骨が、いくつも重なっている。
白く乾いたものもあれば、まだ新しいように見えるものもあった。
二人はしばらく何も言わなかった。
静かな小屋の中で、ただ骨の山を見つめる。
これは、ただの行方不明事件ではない。
ここで人が死んでいる。
しかも、一人や二人ではない。
「……事件だね」
レディハンクが小さく呟いた。
彼女は骨の山から視線を外すと、すぐに無線機を取り出した。
「バリー、聞こえる?」
『ああ。どうした?』
「小屋を見つけた。中に人の骨が大量にある」
『人の骨だと?』
「うん。でも、ここには住民はいなかった。だから、これだけじゃ生物兵器なのかどうかは、まだ分からない」
『了解した。無理はするな。何か分かったら、すぐに連絡してくれ』
「分かった」
通信を終える。
二人はもう一度だけ骨の山を見た。
そして、何も言わずに小屋を出た。
◆
道に沿ってさらに進んでいくと、また別の小屋が見えてきた。
二人は足を止め、今度はさらに慎重に中を確認する。
扉を開ける。
中には誰もいない。
だが、奥に人影があった。
「……!」
二人が近づく。
そこには、一人の女性が壁に固定されていた。
シェリーが状態を確認する。
「……死んでる」
レディハンクも周囲を見回した。
ここにも人の姿はない。
二人は死体をそのままにするしかなかった。
今は、この場に留まることの方が危険だった。
「行こう」
「うん」
二人は小屋を出る。
そして再び、山道を進み始めた。
◆
やがて――。
木々の向こうに、目的の村が見えてきた。
二人はすぐには入らなかった。
建物の陰に身を隠し、そこから村の様子を窺う。
夜だというのに、村には人の気配があった。
「……人がいる」
シェリーが小声で言う。
確かに、村人たちは外へ出ている。
何かをしていた。
二人は目を凝らす。
村人たちが、何かを運んでいる。
「……あれ、遺体じゃない?」
レディハンクが呟く。
人の身体らしきものを運んでいるように見えた。
「たぶん……」
シェリーも同意する。
村人たちは何かを運びながら、村の中を移動している。
その様子は、普通ではなかった。
二人は無理に近づかず、一度村から少し離れた場所まで戻った。
そしてレディハンクが無線機を取り出す。
「バリー、聞こえる?」
『聞こえるぞ』
「村民を発見した」
『村民が? 様子はどうだ?』
「夜なのに外に出て何かしてる。遺体を運んでいるみたい」
無線の向こうで、バリーが黙る。
『分かった。接触するのか?』
「うん。これから接触する」
『了解。十分に警戒してくれ』
「分かった」
通信を終える。
レディハンクはシェリーを見る。
「行こう」
「うん」
村人たちの集団へ近づいていく。
ある程度まで距離を詰めたところで、レディハンクが声を張った。
「すみませーん! 私たち、警察の者ですが!」
頭部を覆う軍用マスクのせいで、表情は見えない。
それでも、その声だけは妙に明るかった。
「警察官二名と、もう一人、成人男性の三人を見ませんでしたか?」
その言葉に、村人たちが一斉に振り向いた。
一瞬、空気が止まった。
次の瞬間だった。
「殺せ!」
「捕まえろ!」
「逃がすな!」
怒号が夜の村に響き渡る。
「え?」
レディハンクが目を丸くする。
だが、戸惑っている暇はなかった。
村人たちが一斉にこちらへ向かってくる。
手にしているのは鎌や農業用フォーク。
身近にあった農具を掴み、そのまま二人へ襲いかかってくる。
「ちょ、ちょっと!」
二人は慌てて後退した。
だが、襲ってくる村人たちは明らかに意思を持っている。
何かを叫びながら、手にした道具を振り回している。
「……しゃべってる」
シェリーが呟く。
「うん」
レディハンクも頷いた。
「道具も使ってる。ゾンビじゃない?」
「じゃあ、生物兵器じゃないの?」
二人は一瞬だけ顔を見合わせた。
これまで想定していた生物兵器とは、明らかに様子が違う。
少なくとも、見た目だけなら普通の人間だ。
「ただの……暴力的な村人?」
レディハンクが首を傾げる。
シェリーも同じことを考えていた。
少なくとも、今の段階ではそう見える。
二人は短く視線を交わした。
そして同時に頷く。
「いったん逃げよう!」
「うん!」
二人は村の奥へ進むことなく、襲いかかってくる村人たちの攻撃をかわしながら、その場から離れるために走り出した。
二人は村を離れると、山道を一気に駆け抜けた。
背後から怒号が聞こえている。
しかし、普通の人間に二人の速度についてこられるはずもない。
ウイルス適合者である二人は、瞬く間に距離を引き離していった。
やがて十分な距離を取ったところで、レディハンクが足を止める。
息を整えながら、無線機を取り出した。
「バリー、聞こえる?」
『ああ。どうした?』
「村の人たちと接触したよ。でも、襲われた」
『襲われた?』
「うん。ただ、ゾンビみたいな感じじゃない。言葉を話していたし、鎌とか農業用フォークみたいな武器を使って襲ってきた」
『……なるほどな』
バリーが考え込むように返す。
「それと、ここまで来る途中で変な紋章みたいなものを見つけたんだけど……」
レディハンクは周囲へ視線を巡らせる。
「何かの宗教じゃないかな?」
『宗教?』
「うん。村の周辺にも同じようなものがあった」
『確か……』
バリーが記憶を探るように言う。
『こっちに来てから調べた資料に、そんな話があったな』
「本当に?」
『ああ。ロス・イルミナドス教、というものがあるらしい』
「ロス・イルミナドス教……」
『ただ、分かっているのは名前くらいだ。詳しいことまでは調べられていない』
「そっか」
『こちらでも調べさせる。何か分かったら連絡する』
レディハンクが返事をしようとした、その時だった。
――ずしん。
「……?」
二人が同時に顔を上げる。
地面が揺れた。
そして、もう一度。
――ずしん。
何かが歩いている。
それも、かなり大きなものが。
「何の音……?」
シェリーが周囲を見回す。
二人は身を低くし、音のする方向へ目を向けた。
木々の向こうから、巨大な影が現れた。
ゆっくりと歩いてくる。
人間だった。
だが、その大きさが尋常ではない。
身長は四メートルか、それ以上。
暗闇の中でも、その巨ははっきりと分かる。
巨人は周囲を見回しながら、何かを探しているようだった。
「……大きい」
レディハンクが呟く。
すぐに無線機を口元へ寄せる。
「バリー……」
『どうした?』
「四、五メートルくらいある巨人が来た」
『……は?』
無線の向こうから、素っ頓狂な声が返ってきた。
シェリーも隣から小声で続ける。
「本当に巨人です。タイラントより、ずっと大きい……」
『タイラントより?』
それ以上、二人は話さなかった。
息を潜めたまま、少しずつ後退する。
巨大な足音が、ゆっくりと近づいてくる。
――ずしん。
――ずしん。
二人は身を隠しながら、その場を離れる機会を窺った。
◆
やがて、二人は再び走り出した。
背後から、巨人の足音が追ってくる。
――ずしん。
――ずしん。
山道を駆け抜ける。
しばらくして、前方に見覚えのある建物が見えてきた。
「……あれ、最初に見つけた小屋じゃない?」
シェリーが気づく。
「うん。あそこなら隠れられるかも」
二人は小屋へ向かい、そのまま屋根へ上がった。
屋根の上に伏せ、周囲を窺う。
レディハンクは、先ほど巨人が現れた方向へ目を向けた。
遠くの木々の間から、巨大な影が見える。
まだこちらを追ってきているのか。
それとも、別の何かを探しているのか。
それは分からない。
レディハンクは無線機を取り出した。
「バリー、聞こえる?」
『ああ。どうした?』
「とりあえず、巨人からは離れたよ。今、最初に見つけた小屋のところにいる」
『そうか』
「クレアに連絡を取って。援軍をお願いしたい」
一拍置いて、レディハンクが続ける。
「それと、私たちが発砲してもいいように、正式に許可を取っておいて」
『分かった』
バリーの返答は早かった。
『クレアに連絡を取る。援軍の件と、発砲許可の件も伝えておく』
「お願い」
『それじゃ、十五分後にもう一度連絡してくれ』
「十五分後?」
『ああ。その頃には、こっちでも話をつけておく』
「分かった。十五分後に連絡するね」
『ああ。気をつけろよ』
通信が切れる。
レディハンクは無線機をしまい、再び巨人がいる方向へ視線を向けた。
今は動くべきではない。
二人は屋根に身を伏せたまま、巨人の動きを静かに見張り続けた。
◆
しばらくすると、巨人の姿が再びはっきり見えた。
二人が身を伏せている小屋へは向かわない。
巨人はそのまま山道を進み、やがて、橋が崩れ落ちていた川までたどり着いた。
そこで足を止める。
しばらく川を見下ろしていたが、やがて何かを諦めたように身体の向きを変えた。
そして、来た道を戻っていく。
その姿が木々の向こうへ消えるまで、二人は動かなかった。
完全に見えなくなったことを確認してから、レディハンクが無線機を取り出した。
「バリー、聞こえる?」
『ああ。こっちも待っていたところだ』
「巨人、いなくなったよ」
『そうか』
「それじゃあ、どうなった?」
『クレアには連絡した』
バリーが答える。
『発砲の許可も出た。緊急時以外でも必要なら撃っていい』
「了解!」
レディハンクが小さく頷く。
『それと、援軍についてだが、近くにBSAAがいたらしくてな。クレアがそっちにも連絡してくれたようだ』
「BSAAが?」
『ああ。こっちに来てもらえるよう話をつけてくれた』
「分かった」
レディハンクは少し考えてから続けた。
「じゃあ、BSAAが来たら、バリーたちも一緒にヘリで来て」
『了解だ』
「それまで、こっちはもう少し偵察を続けるよ」
『分かった。こっちも準備しておく』
無線を切る。
レディハンクは隣のシェリーを見る。
シェリーも、ちょうどこちらを見ていた。
二人は顔を見合わせる。
そして、小さく頷き合った。
声を潜めながら、それでも拳には力を込める。
「がんばっていこー!」
「うん。がんばっていこー!」
◆
巨人の姿が木々の向こうへ消えてから、しばらく時間が流れた。
静けさが戻った山道に、別の気配が混じる。
枝を踏み折る音。
一つではない。
「……来た」
シェリーが息を潜める。
山道の向こうから、村人たちが次々と姿を現した。どうやら、先ほどの巨人を追ってきたらしい。
「ここも見つかるね」
レディハンクが短く言う。
二人はすぐに身を翻した。
木立の陰を縫い、足音を抑えながら村へ戻る。
村へ近づくにつれて、先ほどまでの騒がしさが消えていることに気づいた。
人影が少ない。
村人たちの大半が、二人を探すために外へ出ているらしい。
「みんな、私たちを捜してるのかな」
「たぶんね」
レディハンクは建物の間から村を見渡した。
そこで視線が止まる。
「シェリー。あそこ」
村の一角に、高い見張り台のような建物が建っている。
「上へ行けば、周りが見えるかも」
「行こう」
二人は建物の陰を渡り、見張り台へ近づいた。
壁を蹴って上へ上がる。
高所から眺めると、村の様子が一変して見えた。
家々の配置。
村の外へ延びる道。
その先の山肌まで、かなり広い範囲を確認できる。
「見晴らしはいいけど……」
シェリーが地図を開いた。
「どこを目指そうか?」
「うーん……」
レディハンクも地図を覗き込む。
何本かの道を目で追い、やがて指が一か所で止まった。
「……城まで行ってみる?」
「城?」
「うん。次に調べるなら、ここがいいと思う」
シェリーも地図上の城を確かめる。
「そうだね。行ってみようか」
「そうしよっか」
二人が出発の方針を決めかけた、その時だった。
レディハンクの視界の端を、一人の村人が横切った。
「あれ?」
村の外れを歩いている。
周囲には誰もいない。
「ねえ。あの人に聞いてみよう」
「聞くって?」
「警察官二人とアメリカ人のこと。知ってるかもしれない」
レディハンクは少し考えてから付け加える。
「何も分からなかったら、そのまま城へ行こう」
「なるほど」
シェリーも村人へ視線を向けた。
「うん。それがいいと思う」
二人は頷き合う。
見張り台から降り、村の外れへ向かった。
二人が近づいたのは、中年の女性だった。
こちらの気配に気づき、女性が振り返る。
逃げ道を塞ぐように左右へ回り込む。
「ちょっと、待ってください」
レディハンクが腕を取った。
反対側からシェリーも身体を押さえる。
その瞬間だった。
「……っ!」
女性が激しく身体をひねる。
押さえていた腕が、軋むほど強く振られた。
「……強い」
レディハンクの声から、わずかに驚きが滲む。
見た目は普通の中年女性だ。
それなのに、力だけは明らかに人間離れしている。
レディハンクがシェリーを見る。
シェリーも無言で頷いた。
普通の警察官なら、この拘束を維持するのは難しい。
二人がウイルス適合者だからこそ、どうにか押さえ込めている。
「警察です」
レディハンクは相手の抵抗を受け止めながら、声だけは穏やかに保った。
「警察官二名と、成人男性一人を知りませんか?」
女性は答えない。
喉の奥から、低い声だけが漏れる。
「……殺せ」
「……」
シェリーの目がわずかに細くなる。
「捕まえろ……」
先ほど村で襲ってきた人間たちと同じだ。
会話にならない。
問いかけに反応するどころか、敵意だけを返してくる。
「……やっぱり話にならないね」
レディハンクが呟く。
「うん。このままだと、また人が集まってきそう」
シェリーが周囲を確認する。
長居はできない。
「放そう。城へ向かおう」
「分かった」
二人が拘束を緩めた、その時だった。
「……?」
女性の身体が小刻みに震え始めた。
レディハンクの手が止まる。
「何……?」
胸元が不自然に持ち上がった。
内側から何かが皮膚を押している。
それが胸から首へ移り、輪郭を変えながら蠢いていく。
「シェリー、下がって!」
二人が一斉に後ろへ跳んだ。
女性の身体が大きく痙攣する。
口が限界まで開かれた。
次の瞬間だった。
頭部が弾け飛ぶ。
「っ!」
二人の視線が釘付けになる。
砕けた頭部の奥から、虫のような生物が這い出してきた。
地面へ落ちたそれは、ぬるりと身体を曲げる。
そして、二人へ向き直った。
「来る!」
異形が跳ぶ。
レディハンクは一歩も退かなかった。
腰からナイフを抜き、飛び込んできた瞬間を見極める。
「そこ!」
刃が頭部らしき場所を捉えた。
その勢いを利用して地面へ叩きつける。
ナイフが土へ突き刺さり、異形の身体を地面へ縫い留めた。
虫のような生物が激しく跳ねる。
何度も身体を反らし、地面を叩く。
やがて、その動きが弱くなった。
最後に一度だけ身体を震わせる。
そして、静止した。
レディハンクはしばらくナイフを握ったまま動かなかった。
完全に動かなくなったことを確認してから、ゆっくりと引き抜く。
すぐそばには、頭部を失った女性の身体が倒れている。
二人は何も言わず、その場に残された光景を見つめた。
やがてレディハンクはナイフを拭い、無線機へ手を伸ばした。
「バリー、聞こえる?」
『ああ。どうした?』
「さっきの村人を尋問してたんだけど……ちょっと変なことが起きた」
『変なこと?』
「突然、口から寄生虫みたいなものが飛び出してきたの」
シェリーも倒れた女性へ目を向けた。
「体の中から出てきたあと、女性は死亡しました」
『……寄生虫だと?』
「うん。普通の人間じゃないと思う」
レディハンクは死体から視線を外した。
「これから、地図にあった城へ向かうよ」
『分かった。十分に注意しろ』
「了解!」
通信を終えようとした時だった。
「……あれ?」
シェリーが村の方を見ている。
レディハンクも振り返った。
遠くから、人影がいくつも近づいてくる。
「村人が来る」
しかも、一人や二人ではない。
先ほどまで人の気配がほとんどなかった村から、次々と集まってくる。
「どうやって、ここが分かったんだろう……」
シェリーが呟く。
群れの中には、ほかの村人とは明らかに違う格好をした者もいた。
頭からローブを被っている。
その数は三人ほど。
「……あの人」
レディハンクが指を向ける。
シェリーも目を細めた。
「ちょっと話してみる?」
「うん。あの人なら、何か知ってるかもしれない」
レディハンクは無線機を取り出した。
「バリー、聞こえる?」
『ああ』
「これから、ローブを着た人たちに話を聞いてみる」
『ローブ?』
「うん。村人の中に、明らかに違う格好をした人たちがいるの」
近づいてくる集団を見据えながら続ける。
「その人たちと話してみて、何も分からなかったら、そのまま城へ向かう」
『分かった』
「それと、無線は入れたままにしておくね」
『了解だ。何かあったらすぐ知らせろ』
「分かった」
レディハンクは無線を切らず、そのまま装備へ固定した。
シェリーと目を合わせる。
「行こう」
「うん」
二人は、集団の中央にいるローブの人物へ向かって歩き出した。