アーク製薬会社 作:ai試し2
二人は民家の屋根へ上がり、身を低くして村の様子を探っていた。
屋根の縁から見下ろすと、村人たちは二人を囲むように散らばっている。手にした松明が闇を赤く照らし、揺れる炎が家々の壁に不気味な影を映していた。
その人垣の向こうから、ひとりの男が姿を現す。
ゆっくりとした足取りだった。
頭からローブを被り、片手には杖を携えている。
その杖には、何か触手のようなものが絡みついていた。只の装飾品ではない。表面がわずかに脈打ち、細い先端が生き物のように蠢いている。
「……あれ、何だろう」
シェリーが声を落とした。
「分からない。でも、普通の杖じゃなさそう」
レディハンクも目を細める。
二人は動かず、男が近づいてくるのを待った。
その間にも村人たちは位置を変えていく。
気が付けば、逃げ道はほとんど塞がれていた。
それでもレディハンクに焦りはない。
屋根の上から、明るい声を投げかけた。
「すいませーん!」
男が顔を上げる。
「私たち、警察ですが!」
さらに声を重ねる。
「警官二人と、成人男性一人の三人組を知りませんか?」
男はすぐには答えなかった。
しばらく二人を見上げている。
やがて、その口元が歪んだ。
「……フフ」
小さな笑いだった。
それが徐々に膨らんでいく。
「フフフ……ハハハハハ!」
ひとしきり笑うと、男は杖を肩へ預けるようにしながら二人を見上げた。
「警官ならば、もう死んでいる」
「……!」
シェリーの表情が強張る。
レディハンクも笑みを消した。
「そして、アメリカ人は……」
男は楽しげに続ける。
「今頃、城で死んでいるだろう」
「……やっぱり、警官は死んでるんだ」
シェリーが呟いた。
これまでの状況を考えれば、納得できる。
問題は、その先だった。
「じゃあ、アメリカ人は……」
レディハンクが男を見据える。
「警官が死んでいるのに、まだ生きてるんだ……」
二人の間に、短い沈黙が生まれた。
なぜ、その人間だけが生きているのか。
そして、なぜ教団はその人物を城へ連れていったのか。
疑問は増えるばかりだった。
レディハンクは男へ視線を戻す。
「あなた、ロス・イルミナドス教の人?」
男の笑みが深くなる。
「ああ。そうだ」
杖をわずかに持ち上げる。
「私こそが、ロス・イルミナドスの教祖だ」
「……教祖?」
レディハンクとシェリーは一瞬だけ顔を見合わせた。
予想していなかった肩書きだった。
男は今度はこちらを探るように尋ねる。
「それより、お前たちは何者だ?」
「私たち?」
「ああ。先ほど警官だと名乗ったな」
男の視線が二人の装備をなぞっていく。
軍用装備。
顔を隠すマスク。
腰や手元に収められた武器。
それらを見れば、どう考えても一般警官には見えない。
男の口元に、再び嘲るような笑みが浮かんだ。
「その格好で……警官だと?」
二人は屋根の上から男を見下ろした。
「私たちは対バイオテロ部隊だよ」
レディハンクが答える。
「テラグリジアにも派遣されていた」
「……そうか」
男は意味ありげに頷いた。
「政府の人間というわけか」
レディハンクは周囲へ目を走らせる。
村人の数は多い。
だが、それ以上に気になるのは目の前の男だ。
「もうすぐ仲間も来るから、それまでおとなしくしてなさい」
まるで警告するような言い方だった。
男はしばらく黙ったあと、肩を震わせた。
「フハハハ……」
そして、二人へ向けて口元を歪める。
「それならば、なおさらお前たちを隷属させてやろう」
その言葉を合図にするように、村人たちが一斉に後退した。
松明だけが残り、男の姿を照らしている。
男は懐へ手を入れた。
取り出したのは一本の注射器だった。
二人へ見せつけるように持ち上げる。
「これはプラーガだ」
「プラーガ?」
シェリーの声がわずかに揺れる。
「これをお前たちの体内へ寄生させれば、私に逆らえなくなる」
男は、それが当然の仕組みであるかのように語った。
「私の命令に従い、私のために働くのだ」
レディハンクは注射器から村人たちへ視線を移す。
先ほど襲ってきた連中。
異常な力を持ち、農具を武器にして襲いかかってきた者たち。
「……こんな出来損ないの洗脳じゃ、私たちの仲間をだませないよ」
声音には、怒りよりも呆れが混じっていた。
「やめておいたほうがいいと思う」
男は笑う。
「心配はいらん」
注射器を掲げたまま、さらに続けた。
「政府の人間であるお前たちには、特別に上位種を使ってやろう」
「上位種?」
「ああ」
男は満足そうに頷いた。
「上位種なら、この村人たちとは違う。知性が残るのだ」
レディハンクとシェリーが目を合わせる。
ただの寄生虫ではない。
少なくとも、この教団は人間を意図的に変えている。
その時、屋根の下から木材の擦れる音がした。
「……梯子?」
シェリーが見下ろす。
村人たちが何本もの梯子を運び込んでいる。
「私たちを捕まえるつもりみたい」
レディハンクが呟いた。
松明に照らされた梯子の影が、屋根まで伸びてきた。
レディハンクはサドラーへ視線を戻した。
「でも、私たちを洗脳しても、もう遅いよ」
無線機を持ち上げる。
「さっきの会話、全部筒抜けだったから」
「……ほう」
サドラーは驚くどころか、むしろ面白がるように笑っていた。
その余裕が気にかかる。
「……ビリー」
レディハンクが無線機へ呼びかける。
「今の、聞いたでしょ?」
返事を待った。
だが――。
『…………』
聞こえてきたのは、ザーッという雑音だけだった。
「……あれ?」
レディハンクが無線機を見下ろす。
「ビリー?」
もう一度呼ぶ。
返事はない。
「雑音しか聞こえない」
シェリーも自分の無線機を確認する。
「妨害電波……?」
「たぶん」
レディハンクが顔を上げた。
原因を考えている間にも、梯子は増えていく。
「来るよ!」
一本の梯子が屋根へ届いた。
村人が登り始める。
レディハンクは迷わず足を踏み出した。
梯子を蹴り飛ばす。
大きく揺れた梯子から、登りかけていた村人が地面へ転げ落ちた。
すぐ横でも別の梯子が立てかけられる。
シェリーが駆け寄り、こちらも蹴り倒した。
「これじゃ、登れないね」
レディハンクが下を見下ろす。
「無駄だと思うけど」
サドラーは動かない。
笑みも消えない。
「……フフフ」
まるで、二人がいくら抵抗しても結果は変わらないと確信しているようだった。
その時。
「……ねえ」
シェリーが突然、言葉を切った。
「何か音がする」
「音?」
レディハンクも身を止める。
二人は同時に周囲へ意識を向けた。
村人たちの怒鳴り声。
松明の薪が爆ぜる音。
それとは別に、細かな羽音が混じっている。
「……何だろう」
ひとつではない。
ふたつでもない。
無数の虫が暗闇を飛び回っているような、ざわつく音。
レディハンクが空を見上げた。
「……何か、来るよ」
サドラーだけが、まだ笑っていた。
羽音が近づいてくる。
小さかった音が、次第に大きくなる。
やがて――。
夜空から、黒い影が降りてきた。
「……来た!」
レディハンクが身構える。
人間の輪郭をわずかに残しながら、巨大な昆虫を思わせる異形。
全身は虫のように変異し、背中には大きな羽が広がっている。
ノビスタドール。
その群れが夜空を覆い、羽音を撒き散らしながら二人へ殺到した。
「虫人間……」
シェリーが呟く。
次の瞬間、地上でも動きが。
村人たちが一斉に屋根へ向かってくる。
空からはノビスタドール。
地上からは鎌や農具を握った村人。
逃げ場はない。
だが、レディハンクの口元には笑みが浮かんだ。
「これくらいなら、まだまだ余裕だね!」
拳銃を抜く。
照準を空へ向け、飛び回るノビスタドールの軌道を追う。
乾いた発砲音が夜を切り裂いた。
ひとつ。
続いて、もうひとつ。
羽ばたいていたノビスタドールが撃ち抜かれ、次々と地面へ落ちていく。
「こっちも!」
シェリーも拳銃を抜いた。
急降下してくる個体を引きつけ、身体をひねって爪をかわす。
そのまま振り向きざまに撃ち抜いた。
レディハンクは梯子へ駆ける。
「よっ!」
登ってきた村人の肩を踏み込むように蹴り、梯子ごと地面へ押し返した。
「シェリー、そっちはお願い!」
「分かった!」
二人は互いの死角を補うように動き始めた。
レディハンクが空を狙う。
シェリーが地上を警戒する。
位置を入れ替えながら、迫る敵を一つずつ減らしていく。
ノビスタドールが落ちていく。
一体。
また一体。
空を満たしていた羽音が、少しずつ途切れていった。
地上では梯子が次々と蹴り倒され、村人たちも屋根へ届かない。
その光景を見ていたサドラーの表情が変わる。
「……馬鹿な」
余裕が薄れていた。
二人はまだ立っている。
次々とノビスタドールを撃ち落としている。
残る個体も、もう多くない。
梯子は何本も壊され、村人たちが新しいものを運んでいる。
だが、その作業より速くノビスタドールが減っていく。
「……くっ」
サドラーが二人を睨みつけた。
そして、わずかに後退する。
「逃げるよ!」
レディハンクが気づいた。
二人も追おうとした。
だが、残ったノビスタドールが次々と前へ飛び込んでくる。
「邪魔!」
サドラーの姿は村の闇へ消えていた。
「……逃げられた」
シェリーが悔しそうに呟く。
「仕方ない。こいつらを片付けてから――」
レディハンクの言葉が途切れた。
何かが聞こえたからだ。
遠くの地面が、重く鳴る。
ずしん。
ずしん。
二人が同時に振り向く。
「……あれ」
シェリーの声が小さくなる。
再び、足音。
ずしん。
ずしん。
今度は一度ではない。
地面を踏みしめる音が、闇の奥から近づいている。
「……まさか」
レディハンクは耳を澄ませた。
知っている。
この足音を、二人はすでに一度聞いている。
あの巨人だ。
だが――。
違和感があった。
足音が一つではない。
「……二体?」
レディハンクが呟く。
木々の向こうで、巨大な影が揺れた。
ひとつ。
その隣に、もうひとつ。
二つの巨体が、闇の中からゆっくりと姿を現そうとしていた。
◆
巨人たちの姿を追うように、二人は屋根から屋根へと駆け抜けた。
足場を失えば地上へ降りることになる。
背後では、二つの巨体が村を揺らすような足音を響かせている。残ったノビスタドールも執拗に追いすがってくるが、レディハンクとシェリーの動きを捉えることはできなかった。
虚しく地面に躯を晒す。
「こっち!」
レディハンクが先を示す。
二人は屋根の端を蹴り、別の建物へ飛び移った。
さらにその先へ。
村の入口が近づく。
ようやく人家の密集した区域を抜けたところで、二人は一気に地上へ降りた。
そこからは迷わない。
先ほど渡った川へ向かって、山道を駆ける。
やがて、暗い川面が視界へ入った。
「行くよ!」
レディハンクが速度を緩めずに叫ぶ。
助走をつけた勢いをそのまま跳躍へ繋げる。
二人の身体がほぼ同時に宙へ浮いた。
足元を暗い水が流れていく。
次の瞬間、二人は対岸へ着地した。
「よし!」
振り返る暇も惜しみ、そのまま来た道を戻っていく。
途中、頭上から羽音が降ってきた。
「来るよ!」
シェリーが身を低くする。
ノビスタドールが前方へ滑り込んできた。
レディハンクは速度を落とさない。
拳銃を抜きざまに撃ち抜き、落下してきた個体の脇を二人で駆け抜ける。
別の個体が横から迫る。
シェリーが銃口を向けた。
一発。
異形が木々の間へ叩き落とされる。
そのまま進む。
ようやく、バイクを置いた場所が見えてきた。
二人は同時に車体へ駆け寄り、跨る。
エンジンが唸った。
アクセルを開ける。
二台のバイクが夜道を跳ねるように走り出した。
しばらくして、村の気配が遠ざかる。
背後から追ってくる羽音も聞こえなくなった。
十分な距離を取ったところで、レディハンクがバイクを止める。
シェリーも少し離れた場所で停車した。
「……ここなら大丈夫かな」
レディハンクがエンジンを切り、暗闇の向こうへ目を凝らす。
追手の姿はない。
「無線は?」
シェリーが無線機を取り出した。
電源を入れる。
「……使える」
さっきまで耳を塞ぐように鳴っていた雑音は消えている。
「ここには妨害が届いてないみたい」
「じゃあ、バリーに連絡しよう」
レディハンクが送信ボタンを押す。
「バリー、聞こえる?」
少し間があった。
『聞こえる。無事だったか』
返ってきた声には、隠しきれない安堵が滲んでいた。
「うん。こっちは大丈夫」
『心配していたぞ。無線が突然使えなくなったからな』
「ごめんね。でも、なんとか逃げてきたよ」
『そうか』
バリーが短く息を吐く。
『それと、先行させているヘリが、そっちにそろそろ到着する頃だ』
「了解」
レディハンクは頷いた。
だが、まだ伝えるべきことがある。
「ただ、気をつけて」
『何があった?』
「空を飛ぶ虫人間がいたの」
『虫人間?』
「うん。羽が生えていて、空を飛んでた。何十匹もいたから、ヘリで移動するときは注意して」
『分かった。ヘリにも伝えておく』
「それと、もう一つ」
『なんだ?』
「さっきの怪しいローブの男。あいつ、ロス・イルミナドス教団の教祖だって名乗ってた」
『教祖……?』
「うん。それで、あいつが言ってたんだけど……プラーガって呼んでる何かを人間に寄生させると、人間を操れるようになるらしい」
『……人間を操る、か』
バリーの声が一段低くなった。
「村人たちも、たぶんそれで操られてるんだと思う」
『分かった。その情報も共有しておく』
「お願い」
通信を終える。
レディハンクはバイクから降りた。
少し離れた高台へ歩き、そこから村の方向を眺める。
さっきまで自分たちがいた場所。
そこでは、いったい何が起きているのか。
「……いったい、あの村で何が起きてるんだろうね」
シェリーも隣へ並んだ。
すぐには答えが出ない。
だから二人は黙ったまま、遠くの暗闇を見つめた。
やがて、その静けさを破る音が届く。
遠くから近づいてくるローター音だった。
◆
その頃。
少し離れた場所では、二人の男女が通信機を介して言葉を交わしていた。
『面倒な……いや、面白いことになった』
ウェスカーの声には、どこか楽しんでいるような響きがあった。
エイダは答えない。
ただ、次の言葉を待っている。
『BSAAが動いている』
ウェスカーは続けた。
『どうやらEUの部隊と連携して、そこの地域の捜査を進めるようだ。教団は少々、派手に動きすぎたようだな』
エイダは通信機を耳元に当てたまま、静かに聞いている。
『急げ、エイダ。時間は差し迫っている』
「……チッ」
短い舌打ちが漏れた。
協力者はレオンと再び合流している。
ただし、協力者が用意していた物そのものは教団の手に渡ってしまった。
予定通りには進んでいない。
それでも、エイダにとって致命的な問題ではなかった。
「……まあ、いいわ」
状況を整理する。
アシュリーは再び教団に攫われた。
ならばレオンは、これまでと同じように教団と戦うことになる。
その戦いが続けば、必ず隙が生まれる。
エイダが必要としているのは、それだけだった。
「レオンが教団と戦っている間に、隙を見極める」
通信機の向こうで、ウェスカーは黙っている。
エイダもそれ以上は言わない。
ただ、次に動くべき瞬間を冷静に見定めていた。
◆
通信を終えたウェスカーが、通信機を下ろす。
背後から声がかかった。
「兄さん」
振り返る。
そこにアレックスが立っていた。
「EUの部隊、アークから派遣されたみたい」
アレックスは少し楽しそうに続ける。
「恐らく、レディハンクかシェリー……あるいは、二人とも今回の作戦に参加しているわ」
「……そうか」
ウェスカーは短く返した。
「私もついていくわ」
アレックスが言う。
ウェスカーは妹へ視線を向けた。
「私が現地へ行くとは言っていないが?」
アレックスが笑う。
「でも、行くんでしょう?」
ウェスカーはしばらく黙った。
やがて、口元がわずかに持ち上がる。
「ああ。その通りだ」
アレックスも満足そうに笑った。
◆
遠くから聞こえていたローター音が、次第に大きくなっていく。
やがて一機のヘリが夜空を横切り、二人の待つ場所へ降下してきた。
砂埃が舞う。
レディハンクは手で顔を庇いながら、着陸した機体を見上げた。
側面の扉が開く。
隊員たちが次々と降りてきた。
「お疲れさまでーす!」
レディハンクが手を上げる。
「お疲れさまです!」
隊員たちも元気よく返した。
そのやり取りを見て、シェリーが目を瞬かせる。
危険な任務の直後だというのに、いつも通りだ。
レディハンクの部下らしいと言えば、実にそれらしい。
「無線で聞いてると思うけど、空を飛ぶ虫人間には注意してね」
レディハンクが説明する。
「了解です!」
操縦士がすぐに答えた。
隊員たちもそれぞれ武器や装備を確認する。
「それじゃあ、城へ行こう!」
レディハンクが声をかける。
「そこには、まだアメリカ人がいるかもしれないから」
その言葉を聞いて、シェリーは先ほどの教祖の話を思い出していた。
警察官二人は死んだらしい。
だが、アメリカ人については、まだ生きている可能性が残されている。
城にいるならば、急ぐ必要がある。
二人がヘリに乗り込もうとしたところで、レディハンクが立ち止まった。
無線機へ手を伸ばす。
「バリー、聞こえる?」
『聞こえるぞ』
「ヘリと合流したよ。これから城へ向かうね」
『了解した。気をつけて行ってくれ』
「うん!」
通信を切る。
シェリーは一足先に機内へ乗り込み、座席へ腰を下ろした。
外を見る。
レディハンクも乗り込んでくる。
扉が閉まり、ローターの回転が一段と速くなった。
機体が浮き上がる。
シェリーは窓の外へ目を向けた。
暗い山々。
その向こうに、まだ見えない城がある。
そこには、二人の警官を失いながらも生き残っているというアメリカ人がいる。
無事でいてほしい。
その願いだけを胸に、シェリーは静かに両手を握った。
ヘリは夜の山間を抜け、城へ向けて飛び去っていった。