アーク製薬会社 作:ai試し2
ヘリが城へ向けて進路を取ってから、しばらく経った頃だった。
背後から、空気を震わせる羽音が近づいてくる。
「……来た!」
シェリーが窓の外へ身を寄せる。
黒い影がいくつも、夜空を切り裂きながら迫っていた。ノビスタドールだ。
「数は……十数体くらい」
レディハンクも後方を確認する。
村で見た群れほどではない。追いついてきた個体は、せいぜい十数体。しかも、こちらにはまだ十分な弾薬がある。
「それなら、心配ないね」
レディハンクが拳銃を抜いた。
シェリーも銃を手にする。
「操縦士、高度を上げて!」
「了解!」
ヘリが上昇する。
上へ逃げる機体を追い、ノビスタドールも旋回しながら高度を詰めてきた。羽の動きまで見える距離になる。
「シェリー、いくよ!」
「うん!」
二人は左右の開口部から身を乗り出した。
風圧で髪や衣服が激しく煽られる。
レディハンクが先頭の個体へ狙いを定めた。
発砲。
一匹が進路を崩し、そのまま夜の下へ落ちていく。
シェリーも別の個体を追う。羽ばたきのわずかな乱れを見逃さず、二発を送り込んだ。
影が傾き、視界から消えた。
「右!」
「任せて!」
横手から迫ってきた個体へ、シェリーが銃口を滑らせる。
引き金を引いた直後、羽根の付け根が弾けた。
ノビスタドールは姿勢を保てず、機体の脇を通り抜けて落下していく。
反対側ではレディハンクが次の標的を追っていた。
「そこ!」
連射。
鋭く旋回していた影が空中で一瞬だけ止まり、力を失ったように下へ消える。
残った個体も、二人の射線を避けようとして散開する。
無駄だった、一体ずつ夜空から姿を消していく。
やがて、耳を打っていた羽音が途切れた。
「……もういない?」
シェリーが後方を振り返る。
暗闇は静まり返っている。
レディハンクも銃を下げた。
「全部片づいたみたい」
その声に、ほんの少しだけ緊張が抜ける。
そして前方を見る。
「……あ」
山々の向こうに、大きな城が姿を現していた。
「城だ!」
レディハンクが指を差す。
シェリーも窓から前方を見渡した。
城壁に囲まれた巨大な建造物。
その周囲を確認していると、城門付近で炎が揺れているのが見えた。
「……門のところ」
シェリーが目を細める。
火は照明ではない。
何かが燃えている。
「火事?」
「分からない」
レディハンクも眉を寄せた。
ヘリはそのまま城の上空へ近づいていく。
高い位置からでも、城壁に遮られて地上の状況までは分からない。
「何があったんだろう……」
シェリーが呟く。
その視線が、不意に城の外へ移った。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「ちょっと待って」
湖の向こうに何かが見える。
城から離れた場所に、島があった。
その一角で、一瞬だけ光が走った。
「レディちゃん」
シェリーが窓の外を指す。
「あの島。今、何か光ったよね?」
レディハンクも身を乗り出した。
「島?」
しばらく目を凝らす。
しかし、すでに光は消えていた。
「……何か起きてるのかも」
レディハンクは操縦席へ顔を向けた。
「操縦士、あの島へ回って!」
「了解!」
ヘリが旋回し、城から離れていく。
◆
島へ近づくにつれ、異変の正体が見えてきた。
「……煙?」
シェリーが窓へ顔を寄せる。
島の一部から黒い煙が立ち上っている。
その下には崖地が広がっていた。
さらに目を凝らすと、人影がいくつも動いている。
二人の男。
そして、その周囲を取り囲む武装した集団。
「……戦ってる」
シェリーが呟く。
「みたいだね」
レディハンクも地上へ視線を落とした。
「人数が少ない方が、アメリカ人かな」
「たぶん」
シェリーも頷く。
しかし、すぐに首を傾げた。
「でも、警察官二人とアメリカ人一人って話だったよね」
「うん。三人」
レディハンクも視線を細める。
地上に見えるのは二人だけだ。
「……一人いない」
「やっぱり何かあったのかな?」
「それか、別の場所にいるのかも」
判断するには情報が足りない。
ただ、このまま遠巻きに見ているわけにもいかなかった。
「もっと近づこう」
「そうだね」
レディハンクが操縦士へ声を飛ばす。
「もう少し低くして!」
「了解!」
ヘリが高度を落とす。
地上の人影が次第にはっきりしていく。
シェリーは目を細めた。
「……え?」
見覚えのある横顔があった。
「レディちゃん……あれ」
「うん?」
シェリーは思わず窓へ身体を寄せた。
「……まさか」
記憶の中の顔と重なる。
「あれ、レオンだ!」
声が弾んだ。
レオン・S・ケネディ。
ラクーンシティで自分を助けてくれた男。
もう会えないと思っていた人が、こんな場所で戦っている。
「シェリー、危ない!」
レディハンクが咄嗟に腕を伸ばし、身を乗り出しかけたシェリーの肩を掴んだ。
「落ちるよ」
「あ、ごめん!」
謝りながらも、シェリーは地上から視線を外せない。
ヘリがさらに接近する。
間違いない。
あの顔を忘れるはずがなかった。
「……やっぱり!」
シェリーが声を上げる。
「レオンだ!」
胸の奥が一気に熱くなる。
しかし、レディハンクはそこで一度だけ確認するように訊いた。
「そのレオンって、警察に話を聞いた時に言ってたアメリカ人?」
「あっ……!」
シェリーが振り向く。
「そうだよ! レオン・S・ケネディ!」
思わず笑顔になる。
「ラクーンシティで、私を助けてくれた人なの!」
「本当に?」
「うん。絶対に間違いない!」
レディハンクも地上へ視線を戻した。
「了解」
すぐに操縦席へ声を飛ばす。
「もっと降りて! あの場所へ寄せて!」
しかし、その途中でレディハンクが別のものへ気づいた。
「……待って」
レディハンクは別の地点を見る。
武装集団の中に、一人だけ女性がいた。
男に担ぎ上げられ、そのまま運ばれている。
「……あの人」
シェリーが目を細める。
「抵抗してる」
女性は身体をよじり、なんとか逃れようとしていた。
レディハンクがシェリーを見る。
「アメリカ人が探してるのって、迷子の少女だったよね?」
「……うん」
シェリーの表情が変わる。
「行方不明になった少女を探してるって話だった」
「なら、あの人を確保しよう」
レディハンクは操縦士へ声を上げる。
「あの人のところへ寄せて!」
「了解!」
◆
「降下準備!」
レディハンクが後方の隊員たちへ指示を出す。
「私とシェリーが先に降りるよ。ヘリから援護して」
「了解!」
「私たちが安全を確保したら、そのあと降りてきて」
続けて操縦士を見る。
「ヘリには一人残して。降りたら、すぐバリーへ連絡するために離脱して」
「分かりました!」
ヘリがさらに地上へ近づく。
武装集団もこちらに気づいた。
何人かが空を見上げ、武器を向ける。
「……ボウガン?」
レディハンクが目を細めた。
「これならいけるね」
シェリーも銃を構える。
直後、ヘリの側面から一斉に射撃が始まった。
銃声が重なり、武装集団の列が崩れる。
ボウガンを構えていた者たちが倒れ、残った者は反射的に物陰へ身を寄せた。
「今!」
レディハンクが叫ぶ。
「シェリー、行くよ!」
「うん!」
二人は機体の縁へ足をかけた。
下はたった数メートル。
ほぼ同時に飛び降りる。
着地の衝撃を膝で受け流し、そのまま前へ出た。
頭上からは援護射撃が続いている。
「右!」
シェリーが狙いを変える。
一人の男がボウガンを構えかけた。
発砲。
男の手元が弾かれ、武器ごと地面へ落ちる。
反対側から別の敵が駆けてくる。
「任せて!」
レディハンクが半歩横へずれ、相手の進路を外してから撃ち込む。
男が勢いを失い、その場に崩れた。
その直後だった。
倒れた男の身体が、びくりと跳ねる。
「……来る!」
シェリーが足を止める。
痙攣が激しくなり、男の首が不自然に反った。
次の瞬間。
頭部が弾けた。
その内部から、異形のプラーガが勢いよく飛び出す。
「また……!」
シェリーが身構える。
プラーガが二人へ向けて跳びかかった。
「邪魔!」
レディハンクが一歩踏み込む。
軌道を見切り、銃口を上げる。
一発。
飛来した異形が地面へ転がった。
さらに別の敵が左右から迫った。
シェリーは身を返しざまに左の男を仕留め、レディハンクは右手から回り込んだ相手を素早く止める。
周囲に残っていた教団員の数が、一気に減っていく。
「あと少し!」
二人は、女性を担いでいる男へ狙いを定める。
こちらに気づいた男が足を止めた。
「待って!」
シェリーが呼びかける。
だが、男は女性を連れたまま逃げようとする。
レディハンクが一気に距離を詰めた。
「逃がさないよ!」
追い詰められた男は、次の瞬間に担いでいた女性を地面へ放り投げた。
「ちょっと!」
レディハンクの声が飛ぶ。
女性が地面を転がる。
男が二人へ向き直った。
「……大きい」
シェリーが思わず息を呑む。
それは、普通の人間と呼ぶにはあまりにも大柄だった。
プラーガの影響なのか。
身体そのものに異常な力が宿っているように見える。
レディハンクが拳銃を連続して撃つ。
何発かが命中する。
それでも男はひるまず、肩を揺らしながら前へ出た。
「まだ来るの?」
レディハンクが目を見開く。
男が腕を振り上げる。
大気を押しのけるような一撃が迫った。
「シェリー、下がって!」
レディハンクが割って入る。
振り下ろされた腕を紙一重でかわし、反撃の間合いを作った。
拳銃をしまう。
代わりにマグナムを抜く。
「これならどう?」
轟音。
巨漢の胸元が大きく揺れる。
それでも足は止まらない。
「だったら――」
レディハンクが照準を合わせ直す。
「もう一発!」
二発目が重い音を響かせた。
巨漢の膝が折れ、巨体がゆっくりと前へ崩れた。
「……ふう」
レディハンクがマグナムを下ろす。
「もう大丈夫」
その声を聞くより早く、シェリーは女性のもとへ駆け寄っていた。
「大丈夫ですか?」
肩へ手を添え、ゆっくりと身体を起こす。
女性は怯えた目でシェリーを見た。
「あなた……パパに派遣されたレオンの仲間?」
「え?」
予想していなかった問いに、シェリーが瞬きをする。
「ううん。私は違う」
シェリーは首を横に振る。
「私たちはEUの対バイオテロ部隊です」
女性はまだ不安そうだったが、シェリーの手を振り払うことはなかった。
その頃には、ヘリからの援護も止まっていた。
上空に残った機体から隊員たちが降り、次々と地上へ展開していく。
ヘリは一人を残して離脱し、バリーへの連絡へ向かった。
シェリーは女性の状態を確かめてから、少し離れた場所へ目を向けた。
そこでは、レオンがまだ戦っている。
「あっちに行こう」
シェリーが近くの隊員へ声をかける。
「二人、私についてきて!」
「了解!」
二人の隊員が続く。
三人は正面からではなく、別の角度へ回り込みながら教団の戦闘員を挟み込むように前進した。
一方、レディハンクは残った部隊員と女性の周囲に留まった。
「私たちはここを守る」
周囲を見回す。
「女性から目を離さないで。それと、あの建物の入口も見ておいて。中から出てくるかもしれない」
「了解!」
隊員たちが配置につく。
レディハンクも銃を構え、建物の暗い入口へ視線を据えた。
その間にも、シェリーたちはレオンのいる場所へ近づいていた。
挟撃を受けた教団側の戦闘員は次々に倒れ、やがて銃声もまばらになっていく。
「レオン!」
シェリーが叫んだ。
その声に、レオンが振り向いた。
視線が重なる。
ラクーンシティ以来だった。
あの夜、何も知らないまま恐怖の中にいた自分を助けてくれた人。
ずっと心の片隅に残り続けていた。
もう一度会いたい。
そんな願いが、今になって本当に叶った。
「レオン……!」
シェリーの顔に自然と笑みが浮かぶ。
思わず一歩、前へ出た。
しかし。
レオンの銃口が下がらない。
「……え?」
足が止まる。
敵はもうほとんどいない。
それなのに、レオンは警戒を解こうとしなかった。
まっすぐこちらへ向けられた銃口に、シェリーは戸惑う。
どうして。
声まで届かないのか。
「シェリー、マスク!」
背後から隊員の声が飛んだ。
「マスク!」
「……あっ!」
シェリーは自分の顔へ触れた。
軍用マスク。
つけたままだ。
「そうだった……!」
慌てて留め具を外す。
マスクを外し、顔をさらす。
「レオン!」
今度こそ迷わなかった。
そのまま駆け寄り、勢いのままレオンへ飛びつく。
「会いたかった!」
ずっと胸の中にしまっていた言葉だった。
レオンの身体に抱きつき、シェリーは嬉しそうに顔を上げる。
レオンは完全に動きを止めた。
「……え?」
銃を握ったまま、目の前の少女を見下ろしている。
どこか見覚えのある顔。
聞き覚えのある声。
そして、記憶の中に残っている少女の面影。
信じられないものを目にしたように、レオンの表情が少しずつ変わっていく。
「まさか……」
かすかな声が漏れた。
「シェリーなのか?」
「そうだよ!」
シェリーは満面の笑顔で答える。
「私、シェリーだよ!」
レオンの目が大きく見開かれる。
ラクーンシティで出会った少女が、目の前で笑っている。
「……シェリー」
「久しぶり、レオン!」
シェリーはもう一度、嬉しそうに笑った。
レオンは言葉を失ったまま、しばらく彼女を見つめていた。
そのときだった。
先ほど救出した少女が、こちらへ歩いてきた。
少女は足を止めると、シェリーとレオンを交互に見る。さっきまで張りつめていた表情に、ほんの少しだけ警戒が戻っていた。
「……その人、誰?」
シェリーが振り返る。
「え?」
レオンの隣にいた男も、二人の様子へ目を向けた。
男が肩をすくめる。
「せっかくだ。レオン、ちゃんと紹介してくれよ」
その言葉で、シェリーはようやく自分の状況に気づいた。
まだレオンに抱きついたままだった。
「あ……」
耳まで熱くなる。
シェリーは慌てて身体を離し、乱れた服や装備を手早く整えた。
「ご、ごめん!」
頬を赤くしながら一度咳払いする。
「私はEUの対バイオテロ部隊です」
今度はきちんと二人へ向き直った。
「それで……アメリカにいた頃に、レオンに助けてもらったんです」
男が納得したように頷く。
ところが、少女の視線はまだシェリーから離れない。
どうにも機嫌がよくない。
その視線に気づいたシェリーは、両手を胸元で振った。
「ち、違うからね!」
「……何が?」
「レオンとは何でもないよ!」
自分でも説明の順番がおかしいと思った。
それでも言わずにはいられない。
「ただの恩人だから!」
少女はしばらく無言でシェリーを見ていた。
やがて、警戒を少し解くように目元が和らぐ。
「……そう」
短く答えると、少女は自分から名を名乗った。
「アシュリー・グラハム」
そう言って胸元へ手を添える。
「私はアシュリー」
「俺はルイス・セラだ」
レオンと行動を共にしていた男が続ける。
「よろしくな、セニョリータ」
「うん」
シェリーも笑って頷いた。
「シェリー・バーキン」
改めて名を告げる。
「よろしくね」
簡単な挨拶を終えたところで、ルイスが周囲を見渡した。
「感動の再会を邪魔するようで悪いが、話は移動しながらにしよう」
視線の先には、まだ警戒が必要な建物がある。
「アシュリーとレオンは、プラーガに寄生されている」
「えっ?」
シェリーの表情が変わった。
ルイスは二人へ視線を移す。
「幸い、この近くにはプラーガの除去に使える設備がある。そこまで辿り着ければ、二人から安全に取り除けるはずだ」
「オーケー!」
いつの間にか近くまで来ていたレディハンクが声を上げた。
「だったら、ヘリが戻るまでに、その施設を確保しちゃおう」
レオンも頷く。
「それがいい。それぞれの話は歩きながら聞けばいい」
「了解!」
レディハンクが先頭へ回る。
「私が先に行くね。シェリーは二人から話を聞きながら来て」
「分かった」
シェリーが答えた、その直後だった。
「待て」
ルイスが呼び止める。
「この先には厄介なB.O.W.がいる」
レディハンクが振り返った。
「本当?」
「ああ。だから、俺も同行した方がいい」
レディハンクは少しだけ考え、それから頷いた。
「分かった。一緒に来て」
「任せてくれ」
ルイスは軽く手を上げ、彼女の後に続いた。
その後ろを、シェリーとレオン、アシュリー、そしてシェリーが連れてきた二人の隊員が続く。
隊員たちは列の後方に回り、周囲へ注意を配っていた。
歩き始めて間もなく、シェリーが口を開く。
「じゃあ、私から話すね」
レオンとアシュリーへ振り返る。
「私たちは夜に村へ着いたから、知ってる情報は少ないと思うし」
二人の反応を確かめてから、これまでの経緯を説明していく。
「最寄りの警察署から、EUの対バイオテロ部隊へ協力要請があったの。それで、私たちが派遣されたんだ」
村へ向かうまでに聞かされた情報。
警官二人と、行方不明の少女を捜しているアメリカ人が戻っていないこと。
「だから、私とレディちゃんで先に偵察したの」
シェリーは村で起きたことを順番に話した。
村人たちの異常。
寄生虫のような生物。
そして、ロス・イルミナドスを名乗る教団の存在。
「それで、教祖だという人にも会った」
そこで一度、声が低くなる。
「プラーガっていうものを、私たちに寄生させようとしてきたの」
アシュリーが無意識に自分の腕へ触れた。
「そのあと無線まで妨害されて、通信が使えなくなった」
シェリーは続ける。
「だから、妨害が届かない場所まで逃げて応援を待ったの。そこへ来たヘリと合流して、ここまで来たんだ」
話し終え、前へ向き直る。
「だいたい、こんな感じ」
しばらく誰も口を開かなかった。
やがてレオンが静かに言う。
「そうか……」
少し間があった。
「すまない」
シェリーが横を見る。
「警官二人は亡くなった」
「……そう」
胸の奥に、重いものが落ちた。
聞きたくなかった答えだったが、もう予想はしていた。
「それと、君が言っていた教祖は、おそらくサドラーだ」
「サドラー?」
「ああ」
レオンは歩みを止めず、その名を口にした。
「オズムンド・サドラー。ロス・イルミナドスの教祖だ」
そして、教団の目的について説明する。
「連中は世界征服を企んでいるらしい」
「世界征服?」
シェリーが思わず聞き返す。
レオンの口元に苦い笑みが浮かんだ。
「俺も最初に聞いたときは、冗談かと思ったよ」
「うん。私も」
シェリーは素直に頷く。
世界征服。
目的だけを見れば、アレクシアも大して変わらない。
けれど――
シェリーは心の中で思う。
アレクシアと比べると、なんだか可愛げがない。
いや、それどころか、ひどく滑稽に思えてしまう。
やっぱり、アレクシアに絆されているんだろうか。
そんなことを考えている間にも、レオンは話を続けていた。
「それと、アシュリーは大統領の娘だ」
「……え?」
シェリーが隣を見る。
レオンの視線を追うようにして、アシュリーへ目を向けた。
「教団は彼女を誘拐して、利用するつもりだったらしい」
レオンはさらに続ける。
「無事に帰還した大統領の娘が、実はプラーガに感染していた」
シェリーの顔から笑みが消える。
「……なるほど」
考えを整理しながら言葉を選ぶ。
「アシュリーを利用して、政府の中枢へ入り込むわけだね」
「ああ」
レオンが頷いた。
「アシュリーを通して、政府の人間にプラーガを植え付ける」
声が低くなる。
「そうやって影響力を広げて、最終的にはアメリカ政府そのものを支配するつもりらしい」
シェリーは前を見た。
話だけ聞けば、あまりにも現実離れしている。
だが、笑えない。
目の前には、実際に寄生された人間がいる。
そして、その技術を使って国を支配しようとしている組織まで存在している。
夢物語では済まされないことを、シェリーは知っている。
生物兵器の世界では、それが現実になり得る。
しばらく歩いてから、ふと思い出した。
「そういえば……ルイスって人は?」
シェリーがレオンを見る。
「警察官じゃないなら、どういう人なの?」
レオンは少しだけ言葉を選んだ。
「あいつは、教団でプラーガの研究をしていたらしい」
「教団で?」
シェリーの眉が上がる。
さっきまで隣にいた男は、教団側の人間には見えなかった。
むしろ、自分たちに協力している。
「それなのに、どうして教団と戦ってるの?」
「教団から逃げたんだ」
レオンが答える。
「だが、その途中で捕まった。そこで俺が助けた」
「そうだったんだ……」
「それ以来、あいつはプラーガについて知っていることを使って、俺を手伝ってくれている」
シェリーは少し考えた。
教団で研究していたという過去には引っかかる。
それでも、さっき自分たちを助けるために動いていた姿も嘘には見えなかった。
「レオンは、ルイスを信用してるんだよね?」
「ああ」
返事に迷いはなかった。
「信用している」
「そっか」
シェリーはそれ以上、追及しなかった。
「それなら、今はいいね」
そのとき、アシュリーがシェリーへ顔を向ける。
「ねえ」
「ん?」
「さっき、アメリカでレオンにお世話になったって言ってたけど……どういうこと?」
「ああ……」
シェリーは少し考えた。
どこから説明すればいいのか迷う。
「レオンがラクーンシティの元警官だってことは知ってる?」
「知らない」
アシュリーは素直に首を横に振った。
「そっか」
シェリーは一度だけ息を整えた。
「私の両親は、アンブレラの研究員だったの」
アシュリーが黙る。
「ラクーンシティの事件のとき、私はレオンとクレア、それから母親と一緒に街を脱出した」
そこまでは淡々と話せた。
だが、その先へ進むと少しだけ声が重くなる。
「そのあと、お母さんは政府に保護された」
一拍。
「……でも、実際には保護なんて呼べるものじゃなかった」
アシュリーの表情が変わる。
「お母さんはアンブレラでも優秀な研究者だったから」
「……」
「人質として、私も一緒に軟禁されてた、でもその時レオンにいっぱいお世話になったんだ」
自分の口から言葉にすると、当時の感覚が少しだけ蘇る。
監視された家。
自由のない日々。
それでも、シェリーは話を続けた。
「だけど、ラクーンシティで別れた仲間に助けてもらって、私はフランスへ亡命した」
そこまで話すと、シェリーは前を向いた。
アシュリーはすぐには返事をしなかった。
重たい話を聞かされたことが、その沈黙から伝わってくる。
やがて、シェリーの横顔を見る。
「……大変だったんだね」
「うん」
シェリーは小さく笑った。
「まあ、今はこうしてるけどね」
空気を重くしすぎないように、少しだけ肩をすくめる。
それでも、過去が消えるわけではない。
◆
しばらく進んだところで、シェリーはレオンへ視線を戻した。
「……ごめんなさい」
レオンが振り向く。
「何が?」
「勝手にいなくなったこと」
シェリーは歩調を少し落とした。
「あれだけ助けてもらったのに」
足元へ目を落とす。
「何もできないまま、時間だけ過ぎちゃった」
レオンはすぐには答えなかった。
やがて歩みを緩め、シェリーへ手を伸ばす。
大きな手が、昔と変わらない仕草で頭を軽く撫でた。
「気にするな」
「……レオン」
「クレアから少し話は聞いている」
声は穏やかだった。
「事情があったんだろ?」
シェリーは顔を上げる。
責める言葉はどこにもない。
「それに、あそこにいるよりは良かった」
その一言が、思っていた以上に胸へ響いた。
シェリーは反射的に手を伸ばしかける。
けれど、傍にはアシュリーがいる。
さっき抱きついたばかりだ。
今度は自制した。
「……うん」
代わりに、そっと笑う。
その横から、レオンが声を落とした。
「アネットは元気だ」
「……お母さんが?」
「ああ」
レオンは周囲を気にして、さらに声量を落とす。
「それと、シェリーが誘拐された時のことだが……アネットは、自分が頼んだんだと言い張っていた」
「え?」
シェリーの足がわずかに緩む。
「クレアを庇っていたんだ」
「クレアを……?」
「ああ」
レオンは頷く。
「最悪の場合、アネット自身が殺されてもおかしくなかった」
シェリーは言葉を失った。
母親が、そんなことをしていたなんて知らなかった。
「……そうだったの」
ようやく出てきた声は、ひどく小さい。
あの事件のあと、クレアがアメリカ政府から訴追される可能性があると聞いていた。
ところが、いつの間にかその話は消えていた。
理由を知ることはなかった。
今まで知らなかった事情が、ようやく繋がった気がした。
「そういうことだったんだ……」
シェリーは前を向いた。
胸の奥に、母親へ向けた複雑な感情が広がっていく。
クレアを庇ったことは理解できる。
それが自分を危険にさらす行為だったことも分かる。
それでも、それだけで母親を許せるわけではない。
アンブレラで母が何をしていたかは本当によく知っている。