アーク製薬会社   作:ai試し2

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2話 EU作戦会議

 3日目、朝。

 

 テラグリジアと大陸を結ぶ橋では、久しぶりに交通規制が緩和されていた。

 

 完全に封鎖が解除されたわけではない。大陸側には検問所が設置され、橋を渡ってきた車両や避難民は、一台ずつ確認を受けることになっている。

 

 それでも、橋の向こうへ行ける。

 

 その事実だけで、人々は動き始めていた。

 

 道路には車が列を作り、観光客を乗せたバスがその後ろへ続いている。歩道には、大きな荷物を抱えた家族や、子供の手を引いた旅行者たちが並んでいた。

 

「前の車、詰めてください!」

 

 検問所の警察官が声を張り上げる。

 

 だが、車列はほとんど動かない。

 

 橋の上はすでに車で埋まり、歩道にも人が溢れている。

 

「いつになったら渡れるんだ!」

 

「子供がいるんだ! 早くしてくれ!」

 

「押さないで!」

 

 誰もが焦っていた。

 

 昨日まで街の中に閉じ込められていた人々にとって、橋の向こうは安全な場所に見えていた。

 

 もう少しだ。

 

 ここを渡れば助かる。

 

 そう信じていた。

 

 その上空を、FBCとEUのヘリが旋回していた。

 

 地上では警察とEU部隊が避難誘導を続けている。

 

 緊張は残っていた。

 

 それでも、大きな混乱は起きていない。

 

 少しずつ、人々の表情に安堵が戻り始めていた。

 

 その時だった。

 

 海面が揺れた。

 

 橋の下を流れる海水に、不自然な波紋が広がる。

 

 最初に気づいたのは、歩道の端にいた男だった。

 

「……何だ?」

 

 男が足を止める。

 

 海面の一部が盛り上がった。

 

 次の瞬間、水面から何かが突き出した。

 

 人間の手だった。

 

 濡れた指が橋脚へ伸び、その縁を掴む。

 

 続いて、もう一方の手が現れた。

 

「おい……」

 

 男の声が震える。

 

 何かが橋を上ろうとしている。

 

 その正体を確認するより早く、水飛沫が大きく跳ねた。

 

 異形の身体が橋の縁を乗り越える。

 

 ハンターだった。

 

「うわあああっ!」

 

 悲鳴が上がった。

 

 周囲の人間が一斉に振り返る。

 

 ハンターは橋の上へ転がり込むと、最も近くにいた観光客へ飛びかかった。

 

「逃げろ!」

 

 警察官が銃を抜いた。

 

 銃声が響く。

 

 ハンターが撃たれて身体を揺らした。

 

 だが、その銃声が合図になった。

 

 人々が一斉に走り出す。

 

「押さないで!」

 

「橋から離れろ!」

 

「戻るな!」

 

 逃げようとした人間同士がぶつかり、車の間に倒れ込む者まで出始めた。

 

 その混乱の中、別の場所で海面が大きく盛り上がった。

 

 一つではない。

 

 橋の下から、次々と影が浮かび上がる。

 

「海から来てる!」

 

 警察官が無線へ叫んだ。

 

「橋の下を確認しろ! 数が多い!」

 

 その報告を受け、上空のヘリが高度を下げる。

 

 射手が橋上を確認した。

 

 ハンターが一体、避難民の群れへ向かって走っている。

 

「目標、橋上!」

 

 機関銃が火を噴いた。

 

 銃弾が橋面を走り、ハンターがその場に倒れ込む。

 

 だが、射線の先には人間がいる。

 

 ヘリの射手がすぐに撃ち方を止めた。

 

「撃ちすぎるな! 民間人が多すぎる!」

 

『了解!』

 

 操縦士が機体を引き上げる。

 

 地上では、その数秒の間にも別のハンターが避難民へ襲いかかっていた。

 

 警察官が至近距離から撃つ。

 

 ハンターが倒れる。

 

 しかし、別の個体が車の上を飛び越えてくる。

 

「来るぞ!」

 

 EU隊員が叫ぶ。

 

 隊員たちは銃を構える。

 

 だが、目の前には逃げ惑う人々がいる。

 

 無闇に撃てば、ハンターだけではなく避難民まで巻き込んでしまう。

 

「下がれ!」

 

「どこへ下がるんだ!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 その言葉に、隊員は一瞬答えられなかった。

 

 後方には車が詰まっている。

 

 前方には検問所がある。

 

 歩道にも人が溢れている。

 

 逃げ道そのものが、すでに塞がれていた。

 

 人々は車の間を縫うように走り始めた。

 

 子供の手を引く母親。

 

 荷物を捨てて走る観光客。

 

 転倒した人間を助け起こそうとする者。

 

 誰もが必死だった。

 

 その中へ、ハンターが飛び込んだ。

 

 悲鳴が上がる。

 

 一台の車の屋根へハンターが着地した。

 

 運転席の男が窓越しにそれを見て、声にならない叫びを上げる。

 

 ハンターが車のフロントガラスへ爪を突き立てた。

 

「動くな!」

 

 警察官が走ってくる。

 

 男を運転席から引きずり出し、その身体を伏せさせた。

 

 警察官が銃を向ける。

 

 だが、背後から別の影が迫った。

 

「後ろ!」

 

 EU隊員が叫ぶ。

 

 銃声が響いた。

 

 ハンターが警察官の背後で倒れる。

 

「助かった!」

 

「礼はいい! 避難民を動かせ!」

 

 EU隊員はそう叫び、すぐに別の方向へ走っていった。

 

 橋の上では、もはや誰も状況を把握できていなかった。

 

 敵を倒すだけでは足りない。

 

 逃げようとする人々を守りながら、増え続けるハンターを止めなければならない。

 

 しかも、敵は海から上がってきている。

 

「海側を見ろ!」

 

 警察官が叫ぶ。

 

 橋の下から、また影が現れた。

 

 ハンターが橋脚をよじ登ってくる。

 

 一体。

 

 その後ろに、さらに一体。

 

 そしてもう一体。

 

「まだ来るぞ!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 上空ではヘリが再び橋の上へ戻ってきた。

 

 操縦士が機体を旋回させる。

 

「射撃位置を探す!」

 

 射手が橋上を見下ろす。

 

 だが、視界のほとんどを避難民が埋め尽くしていた。

 

 人と車が密集している。

 

 ハンターを狙えば、その向こうにいる民間人まで巻き込む可能性がある。

 

「撃てない!」

 

 操縦士が叫ぶ。

 

「分かってる!」

 

 射手が歯を食いしばった。

 

 その下で、またハンターが人混みへ飛び込む。

 

 地上の隊員が走る。

 

 銃を構える。

 

 しかし、射線へ避難民が入る。

 

「どけ!」

 

「こっちへ来い!」

 

「子供を先に!」

 

 隊員たちは銃を下げ、ハンターとの距離を詰めるしかなかった。

 

 橋は、もはや安全な避難路ではなくなりつつあった。

 

 それでも、EUとFBCの部隊は退かなかった。

 

 ここを突破されれば、逃げてきた人々は再びテラグリジア側へ押し戻される。

 

 そうなれば、さらに多くの人間がハンターの群れへ巻き込まれる。

 

「ここから先へは行かせるな!」

 

 隊員が叫んだ。

 

 別の隊員が応じる。

 

「押し返せ!」

 

 銃声が響く。

 

 ハンターが一体、倒れた。

 

 その横を別の個体が抜けようとする。

 

 隊員たちが前へ出る。

 

 少しずつだった。

 

 ほんの数メートルずつ。

 

 それでも、確実にハンターを押し戻していく。

 

 橋の上に残された避難民は、まだ多い。

 

 検問所の向こうには安全な場所がある。

 

 だが、そこへ辿り着くまでには、この橋を渡らなければならない。

 

 そして、その下の海では――。

 

 新たな影が、水面からゆっくりと浮かび上がった。

 

 誰かがそれに気づいた。

 

「……また来るぞ」

 

 海面が大きく揺れる。

 

 橋の上の戦いは、まだ始まったばかりだった。

 

     ◆

 

 EU側の作戦拠点。

 

 会議室の壁一面に、テラグリジアの地図が映し出されていた。

 

 市街地、港湾地区、病院、そして大陸へ続く橋。

 

 そこに表示された複数のマーカーを、集められた隊員たちは黙って見つめていた。

 

 先ほどまで橋で起きていた混乱は、すでに全員へ伝わっている。

 

 避難民で埋め尽くされた橋。

 

 海から次々と現れたハンター。

 

 そして、現在も橋の上に取り残されている大勢の人々。

 

 壇上に立ったEU側の責任者が、手元の資料を閉じた。

 

「現在、テラグリジア市内ではFBCが中央部への進出を開始しています」

 

 地図の中央が拡大される。

 

「FBCは行政施設を中心とした地域の奪還と、そこに取り残されている住民の救出を担当する」

 

 続いて、地図上の橋が強調された。

 

「我々EU部隊の任務は、この橋の確保です」

 

 隊員たちの視線が一斉に橋へ集まる。

 

「橋は、テラグリジアと大陸側を結ぶ最大の陸路です。ここを維持できなければ、市内から避難してくる住民を安全な地域へ移すことができない」

 

 責任者は一度、言葉を切った。

 

「本来なら、今朝から段階的に避難を再開する予定でした」

 

 画面が切り替わる。

 

 そこに映し出されたのは、橋の上で撮影された映像だった。

 

 道路を埋め尽くす車両。

 

 歩道を埋める避難民。

 

 そして、海面から橋へ這い上がる異形。

 

 ハンター。

 

「しかし、早朝にB.O.W.――ハンターの襲撃を受けました」

 

 会議室の空気が重くなる。

 

「避難民の間で混乱が発生し、橋の一部では一時的に避難誘導が機能しなくなった」

 

 映像の中で、人々が車の間を逃げ惑っている。

 

「さらに重要なのは、ハンターが海から侵入してきたことです」

 

 橋の下が拡大される。

 

 そこには、水面から姿を現す複数の影が映っていた。

 

「侵入経路は橋の両側だけではありません。海上からの接近を許せば、橋を確保しても同じことが繰り返されます」

 

 責任者が別の資料を表示する。

 

「したがって、これより作戦内容を変更します」

 

 橋の周辺に複数のマーカーが表示された。

 

「橋そのものの制圧だけではない。橋上、橋脚周辺、そして周辺海域を監視し、B.O.W.の侵入を阻止する」

 

 隊員たちが地図を見つめる。

 

「同時に、避難民を大陸側へ移動させるための経路を再確保する。検問所は維持するが、橋上の安全が確認されるまで大規模な移動は再開しない」

 

 つまり、単に敵を倒せば終わりではない。

 

 橋を戦闘区域から避難路へ戻す必要がある。

 

「FBCが市街地中央部へ進出している間、我々はここを守る」

 

 責任者が橋を指した。

 

「市内から逃げてくる住民を受け入れ、大陸側へ送り出す。そのためには、この橋を失うわけにはいかない」

 

 隊員たちの表情が引き締まった。

 

 その時、別の隊員が資料を見ながら口を開く。

 

「質問があります」

 

「何だ?」

 

「ハンターは、なぜ海から侵入してきたんです?」

 

 会議室に沈黙が落ちた。

 

 責任者はすぐには答えなかった。

 

 やがて、画面を切り替える。

 

 そこに映し出されたのは、テラグリジア上空を飛ぶUAVの映像だった。

 

 機体の下部から、赤黒い液体のようなものが散布されている。

 

「それが、もう一つの問題です」

 

 映像が止まる。

 

「事件の発生直前、テラグリジア上空で正体不明のUAVが確認されています」

 

 次に、散布された物質の分析結果が表示された。

 

「機体から何らかの物質が散布されたことは確認されています。しかし、現時点でそれが感染の直接的な原因だとは断定できません」

 

 隊員の一人が資料へ目を落とす。

 

「では、ハンターとの関係は?」

 

「不明です」

 

 責任者ははっきり答えた。

 

「ただし、時系列が一致している。そして、その後に市内で大規模な感染者が発生し、病院では感染者からウーズへの変化が確認された」

 

 さらに映像が切り替わる。

 

 病院。

 

 そして、今朝の橋。

 

「同じテラグリジアで、異なるタイプのB.O.W.が確認されている」

 

 責任者は隊員たちを見渡した。

 

「偶然と考えるには、状況が揃いすぎています」

 

 誰も口を挟まなかった。

 

「現時点で、我々はこれを自然発生した感染症とは考えていません」

 

 責任者の声が低くなる。

 

「何者かが意図的にこの事態を引き起こしている可能性が高い」

 

 それは、誰もが考えていたことだった。

 

 ラクーンシティ以来、世界は生物兵器によるテロが現実に起こり得ることを知っている。

 

 今回も同じなのか。

 

 それとも、さらに別の目的があるのか。

 

 まだ分からない。

 

「そのため、橋の確保だけでなく、B.O.W.の侵入経路についても記録してください」

 

 責任者が続ける。

 

「特に海上から侵入してくる個体については、発見時刻と場所を必ず報告すること。可能なら死体を回収し、FBCおよびアークへ情報を共有する」

 

 隊員たちが頷く。

 

 責任者はそう言って、地図から視線を外した。

 

責任者が会議室の端へ視線を向けた。

 

「アドバイザー」

 

 短い呼びかけだった。

 

 それまで黙っていた女性が、ゆっくりと席を立つ。

 

 クレア・レッドフィールド。

 

 彼女は集まった隊員たちの視線を受けながら、会議室前方のスクリーンへ歩いていった。

 

 そこには、テラグリジアの地図と、これまでに確認された感染者やB.O.W.に関する情報が表示されている。

 

 クレアは一度、地図を見上げた。

 

「まず、今回の感染について分かっていることを説明します」

 

 スクリーンの表示が切り替わる。

 

 感染者から採取された検体の分析結果。

 

「今回、市内で確認された感染は、ラクーンシティで確認されたTウイルスと無関係というわけではありません」

 

 隊員たちの間にわずかなざわめきが起こる。

 

 クレアは続けた。

 

「ですが、私たちが知っているTウイルスそのものでもありません」

 

 画面には、既知のTウイルスと今回の検体を比較したデータが表示された。

 

「同じ系統に属する特徴は確認されています。しかし、感染後の経過や身体への影響には明確な違いがあります」

 

 一人の隊員が手を挙げた。

 

「改良型、ということですか?」

 

「可能性は高いです」

 

 クレアは頷いた。

 

「ただし、現段階では断定できません。誰が、どのような目的で作ったものなのかも分かっていない」

 

 別の映像が表示された。

 

 病院で撮影された感染者の記録。

 

 続いて、橋で確認されたハンターの映像。

 

「感染者の変化も、ラクーンシティの事件とは異なります。これまでに市内では、通常の感染者とは明らかに異なる変化を起こした症例が複数確認されています」

 

 スクリーンに、病院から送られた資料が並ぶ。

 

「感染が進行すると、一部の患者は人間としての形態を維持できなくなる。その結果として確認されたのが、ウーズと呼ばれている個体です」

 

 隊員たちは黙って資料を見つめていた。

 

 責任者が腕を組む。

 

「つまり、まだ全体像は見えていない?」

 

「ええ」

 

 クレアは即答した。

 

「分かっているのは、この事件が単純な感染症の流行ではないということです」

 

 スクリーンに、ワクチンの資料が表示された。

 

「ただし、治療については明るい材料があります」

 

 クレアは二つの資料を指した。

 

「エルピス。そして、ベロニカワクチン」

 

 会議室の空気が変わった。

 

「この二つについては、今回の感染に対しても一定の効果が確認されています」

 

 隊員の一人が資料を確認する。

 

「一定の、というのは?」

 

「感染の進行を抑える効果です。すべての症例で完全に回復することを保証できるわけではありません」

 

 クレアは慎重に言葉を選んだ。

 

「ですが、少なくとも現在確認されている他のワクチンより明確な効果が出ています」

 

 橋で救助活動にあたっていた隊員たちも、黙って資料へ目を落とす。

 

「逆に、それ以外のワクチンでは十分な効果が確認できていません」

 

 クレアは続ける。

 

「だからこそ、現地の医療施設にはベロニカワクチンを優先して送っています」

 

「病院にも届いているんですね?」

 

 隊員が尋ねた。

 

「ええ。随時、必要な分を搬送しています」

 

 クレアは机の上に置かれた別の資料へ手を伸ばした。

 

「こちらにもまだ予備があります。接種を受けていない隊員は、会議終了後に申告してください。必要な対応を取ります」

 

「特にエルピスは、在庫はほぼありません。ベロニカワクチンまだ余裕がありますが逼迫していることに変わりはありません」

 

 誰かが口を開きかけたが、クレアが先に続けた。

 

「だから、無駄にはできません。現地での判断を誤れば、本当に必要な人間へ届かなくなる」

 

 数人の隊員が頷いた。

 

 クレアは資料を閉じた。

 

「ただし、ワクチンがあるからといって安全だと思わないでください」

 

 その声に、隊員たちの表情が引き締まる。

 

「感染者だけではありません。ウーズやハンターのような変死者とB.O.W.も確認されています。今回の作戦では、感染対策とB.O.W.への対処を同時に考える必要があります」

 

 誰も口を挟まなかった。

 

 クレアは最後にスクリーンへ目を向けた。

 

 そこには、テラグリジアと大陸を繋ぐ橋が映っている。

 

「そして、橋にはまだ避難できていない人たちが残っています」

 

 クレアの声が少し低くなった。

 

「ワクチンを届けることも重要です。でも、感染者を救うためには、まず生きている人たちを安全な場所へ移さなければならない」

 

 責任者が頷く。

 

 クレアはそれを確認すると、一歩下がった。

 

「私からは以上です」

 

 説明を終え、クレアは会議室の後方へ視線を向けた。

 

 そこに、一人の男が立っていた。

 

 ハンク。

 

ハンクは会議室の後方から前へ出ると、スクリーンの前で足を止めた。

 

 クレアから引き継ぐように、手元の資料を開く。

 

「次は敵についてだ」

 

 スクリーンに映像が表示された。

 

 病院で撮影された映像だった。

 

 そこには、かつて人間だったとは思えない姿の生物が映っている。

 

 身体の一部は崩れ、皮膚の下から覗く組織は異様に柔らかく変質していた。

 

 それでも、元が人間だったことだけは分かる。

 

「現地で確認された感染者には、いくつかの変化が確認されている」

 

 映像が切り替わる。

 

 変異した個体が、狭い隙間へ身体を押し込んでいく。

 

 骨格がある生物なら到底通れないような隙間だった。

 

「共通しているのは、身体組織の一部が軟体動物に近い性質へ変化していることだ」

 

 隊員たちが画面を見つめる。

 

「狭い場所への侵入能力が高い。人間なら入り込めないロッカーや配管、ダクトの中にも侵入できる」

 

 ハンクは映像を止めた。

 

「建物の中では、死角を常に警戒しろ」

 

 一人の隊員が眉をひそめる。

 

「壁の向こうや天井から突然出てくる可能性もある?」

 

「ある」

 

 ハンクは短く答えた。

 

「だから、単純に正面だけ見ていればいい相手じゃない」

 

 次の映像が表示された。

 

 病院で確認された個体。

 

「現在、最も多く確認されているのがこいつだ」

 

 画面の隅に、仮称として記された文字が表示される。

 

「ウーズ」

 

 人間の面影を残した身体。

 

 しかし、手足には鋭い棘のような突起が伸びている。

 

「数が多い。単体なら、それほど強くない」

 

 ハンクは淡々と説明する。

 

「だが、狭い場所に潜み、こちらが気づく前に距離を詰めてくる。単体で弱いからといって、警戒を解くな」

 

 映像が切り替わる。

 

 今度は両腕が異常に変形した個体だった。

 

 腕の先端には、鋭い突起が幾重にも形成されている。

 

「こいつはピンサー」

 

 映像の中で、個体が腕を振り下ろす。

 

 金属製の扉が大きくへこんだ。

 

「接近戦に特化している。特に両腕の攻撃力が高い」

 

 ハンクは隊員たちを見る。

 

「正面から相手をするな。距離を取って撃て」

 

 次の映像が表示された。

 

 片腕だけが大きく変形した個体。

 

 腕の先端は異様な形状へ変わり、硬質な棘が一本、突出している。

 

「トライコーン」

 

 映像の中で、個体が腕を向ける。

 

 次の瞬間、鋭い棘が高速で射出された。

 

 壁に突き刺さる。

 

「遠距離攻撃を持っている」

 

 ハンクは射出された棘を指した。

 

「遮蔽物を使え。開けた場所で撃ち合うな」

 

 映像が止まる。

 

「今のところ、確認されている主なタイプはこの三つだ」

 

 隊員たちは黙って資料を確認している。

 

 だが、ハンクはすぐに次の資料を表示した。

 

 空気が変わった。

 

 画面に映ったのは、病院と橋で確認された異形だった。

 

 鋭い爪。

 

 発達した筋肉。

 

 人間とは明らかに異なる身体構造。

 

「そして、もう一つ問題がある」

 

 ハンクの声が低くなる。

 

「ハンターだ」

 

 会議室の何人かが顔を上げた。

 

「橋だけじゃない。病院でも確認されている」

 

 ハンターの死体を撮影した写真が表示される。

 

「こいつは、さっき説明したウーズとは明らかに性質が違う」

 

 ハンクは写真を指した。

 

「感染者が変異したものなのか、最初からB.O.W.として投入されたものなのかは分かっていない」

 

 クレアが黙ってハンクの説明を聞いている。

 

「ただし、警戒すべき理由はある」

 

 ハンクは別の資料を表示した。

 

 ラクーンシティで記録された生物兵器の資料だった。

 

 ゾンビ。

 

 ゾンビ犬。

 

 そしてリッカー。

 

「ラクーンシティでは、Tウイルスによって感染者や動物が変異し、複数の活性死者が発生まれた」

 

 映像が順番に切り替わる。

 

「今回も同じ現象が起きるとは限らない」

 

 ハンクは画面を消した。

 

「だが、可能性を捨てる理由もない」

 

 一人の隊員が口を開く。

 

「つまり、橋にゾンビやリッカーが出る可能性も?」

 

「可能性の話なら、ある」

 

 ハンクは即答した。

 

「だから備える」

 

 それ以上の説明はしなかった。

 

 敵の正体が分からないなら、分からないなりに準備する。

 

 それがハンクのやり方だった。

 

「橋の確保では、ウーズだけを相手にすると思うな」

 

 ハンクは隊員たちを見渡した。

 

「ハンターがいる。別のB.O.W.が投入されている可能性もある」

 

 ハンクが銃を手に取る。

 

「見つけたら報告しろ。単独で追うな」

 

 隊員たちが一斉に頷いた。

 

 ハンクは銃を戻した。

 

「それから、もう一つ」

 

 室内が静かになる。

 

「感染者を見つけても、外見だけで判断するな」

 

 何人かの隊員が顔を見合わせた。

 

「まだ生きている人間かもしれない」

 

 ハンクの視線が、スクリーンに残された感染者の映像へ向く。

 

「撃つ前に確認しろ。救助できる状態なら、まず救助する」

 

 そして、わずかに間を置いた。

 

「だが、変異が始まっていて、こちらへ襲いかかってくるなら迷うな」

 

 ハンクは資料を閉じた。

 

「その時は撃て」

 

 短い言葉だった。

 

 誰も反論しない。

 

 感染者を救うことと、隊員や避難民を守ること。

 

 その二つを同時に成し遂げるのは簡単ではない。

 

 だからこそ、現場では一瞬の判断が生死を分ける。

 

 ハンクは最後に隊員たちを見渡した。

 

「橋では敵よりも、逃げ場のない人間の方が多い」

 

 その言葉に、全員の表情が引き締まる。

 

「撃つ時は周囲を見ろ。味方と民間人を巻き込むな」

 

 ハンクは地図へ視線を戻した。

 

 そこには、テラグリジアと大陸を結ぶ一本の橋が映っている。

 

「俺たちの仕事は敵を殺すことじゃない」

 

 ハンクは静かに言った。

 

「橋を取り戻して、人間を向こう側へ送り出すことだ」

 

ハンクが資料を閉じると、会議室にはしばらく沈黙が残った。誰もが、これから向かう橋の状況を頭の中で思い描いているようだった。

 

 壇上のEU側責任者が立ち上がる。「最後に、もう一つ」

 

 スクリーンの映像が切り替わり、テラグリジア周辺の海域が表示された。いくつかの地点に赤いマーカーが浮かび上がる。

 

「今回のテロで使用されたと考えられているUAVについてです。現在、イギリスとフランスの海軍および沿岸警備隊が周辺海域の捜索を開始しています。アメリカのFBCも協力している」

 

 続いて、さらに広い海域が表示された。

 

「イタリア、スペインの部隊も合流する予定です」

 

 隊員たちが無言で地図を見つめる。

 

「目的はUAVそのものを発見することだけではありません。発進地点、支援船、補給拠点、そして今回のテロに関係している可能性のある船舶についても調査します」

 

 責任者は一度言葉を切った。

 

「ただし、現時点で海上から確実な手掛かりは得られていません」

 

 会議室に再び沈黙が落ちる。

 

「だからこそ、我々は陸側の状況を安定させる必要があります」

 

 スクリーンが橋の映像へ切り替わった。避難民で埋め尽くされた橋と、海から侵入してきたハンターの映像が表示される。

 

「FBCは市街地中央部へ進む。我々は橋を確保する」

 

 責任者は集まった隊員たちを見渡した。

 

「目的は一つ。避難民を大陸側へ送り出すことです」

 

 声に力がこもる。

 

「そして、テラグリジアに残された人間を、一人でも多く救う」

 

 その言葉を最後に、責任者はスクリーンを消した。

 

 ハンクが腕時計を確認する。出撃予定時刻が迫っていた。周囲でも隊員たちが立ち上がり、マガジンを確認し、装備を締め直していく。先ほどまで静まり返っていた会議室が、出撃前の緊張した空気へ変わっていった。

 

「以上です」

 

 責任者が告げる。

 

「各部隊は準備が整い次第、橋へ向かってください」

 

 会議室の扉が開く。

 

 隊員たちは次々と廊下へ出ていった。ハンクもその列に加わり、足を止めることなく出口へ向かう。

 

 その中で、クレアだけは動かなかった。

 

 彼女は一人、消えたスクリーンの前に立ち、窓の向こうに広がるテラグリジアの街を見つめていた。

 

 まだ、あの街には救助を待つ人間がいる。

 

 病院にも、市街地にも、そして橋のこちら側にも。

 

 その一方で、海の向こうでは誰かが次の手を進めている。UAVを飛ばした目的も、その背後にいる人間も、まだ何一つ分かっていない。

 

 クレアは小さく息を吐くと、ハンクたちの後を追うように会議室を出た。

 

 今は考え続けている時間ではない。

 

 まずは橋を取り戻す。

 

 そこを渡る人々を、生きて大陸側へ送り出す。

 

 それが、テラグリジア三日目の朝にEU部隊へ与えられた最初の任務だった。

 

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