アーク製薬会社   作:ai試し2

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7話 あれ

 アレックス・ウェスカーは、静かに撤退の準備を進めていた。

 

 島へ潜入した目的は一つだった。

 

 ルイスが用意したプラーガのサンプルを手に入れること。

 

 クラウザーから得た情報を手掛かりに島内を探り、その途中でサドラーにも手を出した。だが、肝心のサンプルを確保するには至らなかった。

 

 時間だけが、容赦なく過ぎていった。

 

「……やっぱり、サンプルはサドラーが持っているのよね」

 

 アレックスは独り言のように呟いた。

 

 ここに留まり続けることはできない。

 

 間もなく、リサとアレクシアがこの島へやって来る。

 

 あの二人を相手にして勝ち目があるとは思えなかった。自分だけではない。今の戦力では、正面からぶつかること自体が死を意味する。

 

「兄さんに連絡しないと」

 

 アレックスは通信機を取り出した。

 

 通信が繋がる。

 

 案の定、兄はクリスの話になるとすぐに熱くなった。声を聞いているだけでも、それが分かる。

 

 それでも、最終的には撤退に応じた。

 

 これなら、すぐに合流できる。

 

 通信を終えたアレックスは、少し離れた場所に立っていたエイダへ視線を向けた。

 

「さあ、行きましょう」

 

 そう言って、手を差し出す。

 

 エイダは、その手を見つめた。

 

 けれど、動かなかった。

 

 沈黙だけが二人の間に残る。

 

 しばらくして、アレックスの唇に薄い笑みが浮かんだ。

 

「……ふふ」

 

 差し出していた手を、ゆっくりと下ろす。

 

「それが、あなたの選択なのね」

 

 それ以上は何も言わない。

 

 アレックスは背を向けた。

 

 足音が遠ざかっていく。

 

 エイダは追わなかった。

 

 呼び止めることもない。

 

 ただ、その背中が視界から消えるまで立っていた。

 

 差し出された手を取らない。

 

 それが何を意味するのかは、エイダ自身が一番理解していた。

 

     ◆

 

 砦では戦闘の大勢が決していた。

 

 アークの部隊が主要な防衛線を攻略し、残っているのは砦の末端に散ったガナードたちだけだった。

 

「そういえば、ルイス」

 

 レオンが声をかける。

 

「何かあったのか?」

 

「そうだな……」

 

 ルイスが少し考える。

 

「U-3と呼ばれていた、あれが出てきたらしい」

 

「U-3?」

 

「ああ。かなり厄介なやつだったんだが……」

 

 ルイスはそこで言葉を切った。

 

「そこらへんに落ちていたロケットランチャーで、雑にあれされた」

 

「……そうか」

 

 レオンの表情が微妙に固まる。

 

 ひとまず、砦の制圧はほぼ完了していた。

 

 アークの隊員たちの半分は、ここに残ることになった。

 

「ここなら、まだ島に残っているガナードから守りやすいからね」

 

 レディハンクが説明する。

 

 レオンにも異論はなかった。

 

 マイクも砦に預け、残った隊員たちに任せる。

 

 その頃には、シェリーとアシュリーもヘリから降りていた。

 

「シェリー」

 

 レオンが声をかける。

 

「クラウザーのときは助かった。援護、ありがとう」

 

「ううん」

 

 シェリーは首を横に振った。

 

「レオンが無事でよかったよ」

 

 短い言葉を交わし、レオンたちは砦を後にした。

 

 向かう先は旧施設。

 

 ルイスの案内を頼りに、崖沿いの道を進んでいく。

 

 しばらくして、前方に旧施設の入口が見えてきた。

 

 その瞬間だった。

 

 轟音が大地を揺らした。

 

「なに!?」

 

 レディハンクが足を止める。

 

 旧施設の入口が、内側から吹き飛んだ。

 

 壁の破片と大量の瓦礫が飛び散り、爆煙が一帯を覆う。

 

「何か出てくるぞ!」

 

 レオンが叫ぶ。

 

 全員が身構えた。

 

 煙の向こうで、巨大な何かが動いている。

 

 やがて、その輪郭がはっきりと浮かび上がった。

 

「何だ、あれは?」

 

 レオンがルイスを見る。

 

 しかし、ルイスは首を横に振った。

 

「俺にも分からない!」

 

 レオンは眉をひそめた。

 

 ルイスが知らない。

 

 教団でプラーガの研究をしていた男でさえ、目の前の存在を知らない。

 

 ならば、サドラーが隠していた最後の切り札なのか。

 

 そう考えるしかなかった。

 

 だが、レオンたちはまだ知らなかった。

 

 目の前にいるのは、サドラーそのものだった。

 

 アレックス・ウェスカーにちょっかいを掛けられ、追い詰められたサドラーは、もはや人間の姿に留まっている余裕を失っていた。

 

 自らのプラーガの力を解放し、人間の姿が崩れ、身体が異形へと変わっていた。

 

 大きく伸びた四本の脚。

 

 身体から伸びる触手。

 

     ◆

 

 異形が動いた。

 

 四本の脚が地面を叩き、その巨体が一気に前へ突っ込んでくる。

 

「散開!」

 

 レディハンクの声が飛ぶ。

 

 全員が左右へ散った。

 

 異形の脚が、さっきまで人間が立っていた場所を叩き潰す。

 

 シェリーは間髪入れずに銃を構えた。

 

 狙うのは、脚に付いた目玉。

 

 銃声。

 

 弾丸が一つを撃ち抜く。

 

「ギィィィィィッ!」

 

 異形が耳障りな叫びを上げた。

 

 だが、巨体は止まらない。

 

「大して効いてない!」

 

 シェリーが叫ぶ。

 

 ルイスも銃を抜き、別の目玉へ狙いをつける。

 

 しかし、相手の動きが激しすぎる。

 

 四本の脚が絶え間なく動き、触手まで周囲を薙ぎ払っている。

 

「レディちゃん!」

 

 シェリーが叫んだ。

 

 レディハンクはすぐに意図を察した。

 

「撃つのやめて! 私が突っ込むから!」

 

「いくよ!」

 

 シェリーが応じる。

 

 レディハンクが走り出した。

 

 ほぼ同時に、シェリーも距離を詰める。

 

 脚が振り下ろされる。

 

 二人はそれぞれ紙一重でかわしながら、異形の側面へ回り込んだ。

 

 挟み込む。

 

 レディハンクが異形の反対側へ視線を走らせた。

 

「こっちの脚にも目玉がある!」

 

 次の瞬間。

 

 二つの銃声が重なった。

 

 レディハンクとシェリーが、それぞれの側から目玉を撃ち抜く。

 

「ギィィィィィッ!」

 

 異形が大きく身を震わせた。

 

 中央にある顔のような部分が、ぐっと開く。

 

 その奥から、新たな目玉が現れた。

 

「レオン!」

 

 異形がレオンへ向かって覆いかぶさる。

 

「くっ!」

 

 レオンは後退する。

 

 ルイスも銃を構え、中央の目玉へ狙いをつけた。

 

 レオンも続く。

 

 二人の射撃が集中する。

 

 しかし、異形の脚が激しく振り回された。

 

 巨大な脚が二人のすぐ脇を薙ぐ。

 

「危ない!」

 

 ルイスが叫ぶ。

 

 レオンは身をかわした。

 

「ルイス、大丈夫か!?」

 

「大丈夫だ!」

 

 ルイスが答える。

 

 その直後だった。

 

 ルイスの視線が異形へ吸い寄せられる。

 

 何かを思い出したように、表情が変わった。

 

「……もしかしたら、こいつ……サドラーかもしれない!」

 

「サドラー!?」

 

 レオンが聞き返す。

 

「こいつが?」

 

 シェリーも目を見開く。

 

「サドラーって、あの教団の……?」

 

 レディハンクも異形を見る。

 

「これがサドラーなの!?」

 

「たぶん間違いない」

 

 ルイスは目を離さない。

 

「よく見ると……なんとなく面影がある」

 

「面影って……」

 

 レオンは絶句した。

 

 四本の脚。

 

 触手。

 

 無数の目。

 

 目の前の存在と、人間だった頃のサドラーを結びつけるのは難しい。

 

「本当に、こいつがサドラーなのか?」

 

 問いかける。

 

 しかし、答えを待つ時間はなかった。

 

 異形が再び動き出す。

 

 脚が地面を叩き、触手が周囲を薙ぎ払った。

 

「散れ!」

 

 四人が一斉に動いた。

 

 怪物の動きは止まらない。

 

 そして――

 

     ◆

 

 高度一万メートルを超える空。

 

 静かに飛ぶ一機の航空機、その機体にはアークのロゴが描かれていた。

 

 こんな高度なのに機体側面のドアが開く。

 

 次の瞬間、二つの人影が外へ吸い込まれるように投げ出された。

 

 航空機は速度を落とさない。

 

 そのまま大きく旋回し、やがて来た方向へ戻っていった。

 

 取り残された二人は、互いに重なるようにして落下していく。

 

 減速することなく高度を失い続け――

 

 地面へ激突した。

 

 轟音とともに土砂が巻き上がり、地面が大きく抉れる。

 

 落ちた一つ影が身を起こした。

 

 リサ・トレヴァー。

 

 身体には、落下の衝撃によるダメージがある。

 

 だが、それも瞬く間に癒えていく。

 

 リサは立ち上がると、少し遅れて落ちてきたもう一つの身体へ手を伸ばした。

 

 アレクシア・アシュフォード。

 

 リサは彼女をしっかりと受け止める。

 

「ありがとうございます、リサお姉さま」

 

 アレクシアがそう言いながら地面へ降りる。

 

 まず自分のドレスについた土埃を払う。

 

 それからリサを見る。

 

「リサお姉さまも、汚れていますわ」

 

 今度はアレクシアがリサの衣服についた土を払っていく。

 

 二人が身なりを整え終える。

 

 リサは島の一角に顔向ける。

 

 アレクシアもその視線の先へ目を向けた。

 

「あちらに何かいますの?」

 

 リサは答えない。

 

 ただ、興味を無くしたように、アレクシアの髪についていたゴミを払っていた。

 

     ◆

 

 サドラーの動きが止まった。

 

 脚に埋め込まれた目が、一斉に同じ方向へ向く。

 

 触手の動きも止まる。

 

 巨大な身体そのものが、何かを感じ取ったかのように静止した。

 

 レオンはその異変を見逃さなかった。

 

 プラーガが逃げようと身を翻そうとする。

 

 だが、その一瞬が隙になった。

 

 レオンが撃つ。

 

 ルイスが撃つ。

 

 レディハンクも撃つ。

 

 シェリーも撃つ。

 

 ほぼ同時に放たれた弾丸が、脚に残された目を次々と撃ち抜いていく。

 

「ギィィィィィッ!」

 

 サドラーが絶叫する。

 

 巨体が激しく揺れる。

 

 その直後だった。

 

「レオン!」

 

 聞き覚えのある声とともに、エイダが姿を現した。

 

 彼女は迷いなくロケットランチャーをレオンへ投げ渡す。

 

 レオンは反射的に受け取った。

 

 その存在を確かめるより先に、照準をサドラーへ向ける。

 

 中央。

 

 巨大な目が露出している。

 

 レオンは引き金を引いた。

 

 ロケット弾が一直線に飛び、サドラーの巨大な眼球へ直撃する。

 

 轟音。

 

 爆炎が巨体を覆った。

 

「ギィィィィィッ!」

 

 サドラーの身体が大きく痙攣する。

 

 四本の脚から力が抜けていく。

 

 巨体が傾いた。

 

 そして、そのまま地面へ崩れ落ちた。

 

 土煙が舞う。

 

 やがて、それすら静まっていく。

 

 サドラーは動かなかった。

 

 ルイスが倒れた異形を見つめる。

 

 それから、レオンの手に残されたロケットランチャーへ視線を移した。

 

「それ……プラーガ用の特殊弾頭か?よく見つけたな」

 

 驚きの色が声に混じる。

 

 レオンは答えなかった。

 

 ただ、倒れたサドラーを見つめていた。

 

 ロス・イルミナドスの教祖、オズムンド・サドラー。

 

 その最後の姿は、もはや人間と呼べるものではなかった。

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