アーク製薬会社 作:ai試し2
重い空気が漂う中で、エイダだけは妙に落ち着いていた。
「ねえ、これ。そろそろ外してくれない?」
エイダは、自分の手足を拘束している手錠へ視線を落とした。
シェリーがエイダを見る。
「外す理由あるの?」
「情報提供したじゃない」
エイダは平然と答える。
「それだけで?」
シェリーは手錠を見つめた。
「このまま司法に引き渡すのが筋だよね?」
「でも、私はあなたたちに情報を教えたわ」
エイダは譲らない。
シェリーは少し考え、それから周囲へ目を向けた。
いつの間にか、アレクシアはリサとルイスを連れて離れている。三人の姿は少し離れた場所にあり、何か話し込んでいるようだった。
おそらく、プラーガに関する話でもしているのだろう。
「それ、今までやったことと釣り合ってるの?」
シェリーが尋ねる。
エイダは答えず、レオンへ視線を向けた。
「レオンは助けられたみたいだし、お願いはレオンにして」
それだけ言うと、シェリーはアシュリーの腕を取った。
「ちょっと借りてくね」
「待て、シェリー」
レオンが呼び止める。
今回の主目的だったアシュリーを、またどこかへ連れていかれるわけにはいかなかった。
だが、アシュリーはシェリーに連れられながら振り返った。
「レオン、大丈夫よ」
「ちょっと借りてくだけだから」
シェリーも笑う。
レオンは二人を見つめ、少し考えた。
「……まあ、シェリーならいいか」
もうすぐ、別れの時間だ。
そう思えば、少しくらい二人で過ごす時間があってもいい。
シェリーとアシュリーが離れていく。
レオンの横で、エイダが何かを話しかけてくる。
だが――今のレオンには、それを気にする余裕がなかった。
頭の中には、さっきまで聞かされていた話が渦巻いている。
ラクーンシティ。
コネクション。
アメリカ政府。
レオンは、ただその場に立ち尽くしていた。
◆
シェリーはアシュリーを連れて、レオンたちから少し離れた場所まで歩いていった。
周囲を見回す。
人の姿はない。声が届きそうな距離にも、誰もいなかった。
「ここなら……大丈夫だね」
「うん」
アシュリーも頷いた。
少しだけ沈黙が続く。
先ほどまで聞かされていた話が、まだ頭から離れない。
「シェリー」
「なに?」
「さっきの話……私に聞かせるためだったんだよね?」
「うん」
シェリーは素直に頷いた。
「じゃあ……私のパパも、コネクションと関係があるの?」
シェリーはすぐには答えなかった。
「……分からない」
それ以上は、今のシェリーにも言えない。
「私が知っている範囲で話すね」
アシュリーが頷く。
「アークは、これまでコネクションと直接ぶつかったことはないの」
「そうなの?」
「うん。ただ、アレクシア様がアンブレラを告発したからか、コネクションにはかなり警戒されているみたい」
「警戒……」
「妨害らしいことを受けた、っていう話もあるよ。でも、コネクションがやったって確認できたわけじゃない。だから、そこはまだ断定できないけど」
「そっか……」
アシュリーは黙って考え込んだ。
「それと、アークはアメリカには進出してない」
「え?」
「北米にあるのはカナダの代理店だけ。アメリカには会社そのものがないの」
「じゃあ、アークがアメリカで直接何かしてるわけじゃないんだ」
「そう、今はEUで精いっぱいだから…」
父親とコネクション。
そして、アメリカという国。
今の話だけでは、そこにどんな繋がりがあるのかまでは分からない。
シェリーはしばらく黙っていたが、やがて視線を落とした。
「私は……アメリカには行けないから」
「……うん」
シェリーは苦笑した。
「だから、何かあったとしても、私はレオンのそばにいられない」
アシュリーがシェリーを見る。
「だから……お願いしたいの」
「私に?」
「うん」
シェリーはアシュリーをまっすぐに見た。
「レオンを助けてほしい」
「でも、私は……大統領の娘だけど、普通の大学生だよ?」
「分かってる」
シェリーは苦笑する。
「私だって、無茶を言ってるのは分かってる」
それでも、目は逸らさなかった。
「ただ、レオンは私にとって大事な恩人なの」
アシュリーは黙っている。
「だから、もしレオンが何かに巻き込まれたら……そのときは、味方になってあげてほしい」
その言葉に、アシュリーの表情が変わった。
今回、自分がここまで生きてこられたのは、レオンがいたからだ。
誘拐され、何も分からないまま連れ回されていた自分を、何度も守ってくれた。
最後まで、自分を逃がすために戦ってくれた。
それを思えば、断る理由はなかった。
ただ――自分には何ができるのか。
「……私に、何ができるのかな」
「分からないよ」
シェリーは素直に答えた。
「私にも分からない」
「……え?」
「でも、それでいいと思う」
アシュリーが目を上げる。
「何ができるかなんて、今すぐ決めなくてもいいから」
シェリーは少しだけ笑った。
「ただ、レオンが困っていたら、見捨てないであげて」
アシュリーは黙って考えた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「……分かった」
「アシュリー……」
「私に何ができるかは分からないけど」
アシュリーはシェリーを見る。
「できることはする」
シェリーの表情が和らいだ。
「ありがとう」
「ううん」
アシュリーは首を横に振る。
「私だって、レオンに助けてもらったから」
そう言って、少しだけ笑う。
「だから、私もレオンを助けたい」
「……うん」
二人の間に、少しだけ柔らかな空気が流れた。
だが、アシュリーはふと何かを思い出したように口を開く。
「でも……どうして私なの?」
「え?」
「ルイスには頼まないの?」
シェリーは少し考えた。
「ルイスのこと、まだよく知らないから」
「今日会ったばかりだもんね」
「うん」
シェリーは頷いた。
「もちろん悪い人には見えない。でも、どんな人なのかまでは、まだ分からない」
そして、アシュリーを見る。
「その点、アシュリーのことは分かるから」
「私のこと?」
「うん」
シェリーは少しだけ笑った。
「だって、ずっとレオンのことを気にしてたでしょ?」
「えっ……」
アシュリーの頬が赤くなる。
「な、なんで……」
「分かりやすかったよ」
「そんなに?」
「うん」
シェリーはあっさり答えた。
「かなり」
「……恥ずかしい」
アシュリーは顔を覆った。
それから、しばらくして手を下ろす。
「じゃあ……シェリーは?」
「私?」
「レオンのこと。好きじゃないの?」
シェリーは一瞬だけ目を丸くした。
それから、少し考える。
「好き、というより……昔は憧れのお兄さんって感じだったかな」
「今は?」
「今は、そういうのじゃないよ」
シェリーは首を横に振った。
「それに、私にはそんな余裕ないし」
「余裕?」
「面倒を見なきゃいけない大きい子供が二人もいるから」
「子供……?」
「うん」
アシュリーが首を傾げる。
シェリーはそれ以上を説明するつもりはないらしく、少しだけ笑った。
「そうなんだ……」
「それにね」
シェリーはアシュリーを見る。
「私、アシュリーのこと好きだよ」
「えっ?」
「だから、幸せになってほしいの」
アシュリーは驚いたようにシェリーを見る。
それから、少しずつ表情を緩めた。
「……ありがとう、シェリー」
「うん」
二人は顔を見合わせて笑った。
先ほどまで頭の中を埋め尽くしていた重い話は、まだ消えてはいない。
それでも今だけは、互いに少しだけ肩の力を抜くことができた。
◆
レオンは、しばらくその場から動かなかった。
クレアやシェリーたちが、自分の知らないところで何年も進めてきたこと。
新たに知らされた事実が、頭の中で何度も繰り返されている。
少し離れた場所では、エイダが拘束されたまま座っていた。さすがに足の拘束だけは外してやったが、手錠はそのままだ。
エイダも、今は何も言わなかった。
その時、無線からハニガンの声が入った。
『レオン、聞こえる?』
「ああ」
『迎えのヘリを手配したわ。もうすぐ到着するはずよ』
「分かった」
レオンは無線を切った。
迎えが来る。
そう思って周囲を見回したところで、ふと気づく。
「……ルイスは?」
姿が見えない。
もう一度周囲を探そうとした、その時だった。
「レオン!」
遠くからルイスが走ってくる。
「ルイス」
二人は足を止めた。
「どうやら、もう時間みたいだな」
ルイスが苦笑する。
「ああ」
レオンも頷いた。
「助かったよ、ルイス」
「こちらこそだ。お前が来てくれなかったら、どうなっていたか分からない」
二人はしばらく顔を見合わせた。
長く言葉を交わす必要はなかった。
「じゃあな」
「ああ。またどこかで会おう」
短い言葉を交わし、二人は別れた。
その向こうから、シェリーとアシュリーが戻ってくる。
二人は並んで歩き、自然な様子で手を繋いでいた。
レオンは少し目を丸くする。
「レオン!」
アシュリーが声を上げ、駆け寄ってきた。
そのままレオンに抱きつく。
「うわっ」
突然のことで、レオンが戸惑う。
アシュリーは顔を上げると、そのままレオンにキスをした。
「私、本気だから」
「……え?」
レオンは完全に固まった。
何が起きたのか理解できない。
その横では、なぜかシェリーが拍手をしている。
「……?」
レオンがシェリーを見る。
意味が分からない。
すると、いつの間にかルイスまで拍手に加わった。
「セニョリータ、やるな」
「ちょっと待ってくれ。何なんだ?」
レオンは困惑したまま、アシュリーを見る。
アシュリーはそんなレオンを見て、楽しそうに笑った。
その時、遠くからヘリのローター音が聞こえてきた。
「迎えが来たみたい」
シェリーが空を見上げる。
ヘリがこちらへ近づいてくる。
やがて機体が着陸すると、レオンたちは乗り込む準備を始めた。
「ほら、レオン」
アシュリーがレオンの手を取る。
「行きましょう」
「え、ああ……」
まだ頭の整理が追いつかないまま、レオンはアシュリーに手を引かれてヘリへ向かった。
その後ろから、マイクも乗り込んでくる。
「おいおい、レオン」
マイクがニヤニヤしながら声をかけた。
「随分と仲良くなったじゃないか」
「……マイク、おごる約束、忘れてないだろうな?」
「おっと」
マイクはぴたりと口を閉じた。
そこへ、もう一人ヘリに乗り込んでくる。
「……エイダ?」
レオンが目を見開いた。
なぜ彼女まで乗ってくるのか。
「エイダ、お前も乗るのか?」
「ええ。こんなところには居られないわ」
エイダは何事もなかったかのように答えた。
レオンはますます困惑する。
だが、もう考えるのをやめた。
「……まあ、いいか」
機体の扉が閉じられる。
ローターの回転が速くなり、ヘリがゆっくりと地面を離れた。
地上では、シェリーとルイスが機体を見送っている。
「シェリー!」
アシュリーが手を振る。
「またね!」
「うん!」
シェリーも手を振り返す。
レオンは最後にシェリーへ目を向けた。
「シェリー」
「何?」
「クレアによろしくな」
「うん」
「じゃあな」
「またね、レオン」
ヘリはそのまま高度を上げていく。
シェリーとルイスの姿が、少しずつ小さくなっていった。
やがて二人の姿も見えなくなり、ヘリは島を離れていった。
◆
やがて、ヘリは安全なアメリカの施設へ着陸した。
レオンたちが機体から降りる。
少し歩いたところで、レオンは懐に違和感を覚えた。
手を入れると、そこには鍵の代わりに一枚のメモが入っていた。
「シモンズに気をつけなさい」
レオンはメモを見つめる。
エイダは、いつの間にか姿を消していた。
そして、裏返したメモには、もう一言だけ書かれていた。
「私は愛人でいいわ」
「……なけるぜ」