アーク製薬会社   作:ai試し2

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4話 偵察

 

橋の上に残された戦闘の痕跡は、夜になっても消えていなかった。

 

ハンターと感染者の掃討は、ひとまず終わっている。だが、橋そのものが元の姿を取り戻したわけではない。

 

道路には放置された車が何台も並び、事故で横転したトラックが車線を塞いでいる。その後ろには乗り捨てられたバスまで残されていた。避難の途中で動かなくなった車両も多く、橋の各所がまるで巨大な駐車場のようになっている。

 

ハンクは車列の前に立ち、黙ってその光景を眺めていた。

 

「……これ、全部どかすんですか?」

 

隣にいた隊員が、うんざりしたように尋ねた。

 

「そうなるな」

 

「一日仕事じゃないですか?」

 

「たぶんな」

 

ハンクの返事は短かった。

 

敵を倒したところで、道が勝手に開くわけではない。

 

避難民を大陸側へ送り続けるには、車両を一台ずつ撤去し、少なくとも緊急車両が通れるだけの幅を確保しなければならない。負傷者を運ぶ場合も、歩行者だけに頼るわけにはいかなかった。

 

隊員は残された車両を見渡した。

 

「今までみたいに、人を歩かせて移動させるだけじゃ駄目ですよね」

 

「無理だ」

 

ハンクは即答した。

 

「避難民が増えれば、橋の上で滞留する。負傷者を運ぶのにも非効率だ」

 

「それで、また感染者が出たら……」

 

「同じことの繰り返しになる」

 

隊員は黙り込んだ。

 

誰もが分かっている。

 

橋を確保するというのは、単にB.O.W.を排除することではない。人間が安全に通れる場所へ戻すことまで含めて、初めて任務が完了する。

 

しばらくして、隊員がふと思い出したように口を開いた。

 

「そういえば……」

 

「何だ」

 

「途中から、ハンターを見なくなりましたよね」

 

ハンクは橋の先へ視線を向けた。

 

確かに、そうだった。

 

橋の中央部で最後にハンターを確認してから、かなりの時間が経っている。あれほど姿を見せていた個体が、まるで突然消えたようだった。

 

「最初は、あれだけいたのに」

 

「分からん」

 

「どこかに移動したんでしょうか」

 

「可能性はある」

 

ハンクはそれ以上答えなかった。

 

理由は分からない。

 

海へ戻ったのか。橋の下へ潜んでいるのか。それとも、別の場所へ移動したのか。

 

確認できていない以上、消えたと判断するのは危険だった。

 

「油断はするな」

 

「了解です」

 

隊員が頷いた、その時だった。

 

別の隊員が無線機を手に近づいてきた。

 

「ハンクさん、連絡です」

 

「何だ」

 

「沿岸警備隊からです。今夜から橋の周辺海域を警戒してくれるそうです」

 

「海からの接近も警戒するってことか」

 

「はい。水面下も含めて監視するとのことです」

 

ハンクは静かに頷いた。

 

橋の上だけを見ていればいい状況ではない。

 

テラグリジアは海に囲まれている。そして、実際にハンターは海から橋へ上がってきた。

 

周辺海域を監視する戦力が増えるのは、今の状況ではありがたい。

 

「それと、EU側からもう一つ」

 

「まだあるのか」

 

「テラグリジア側の橋の入口に、強固な拠点を作る計画だそうです」

 

「橋頭堡か」

 

「はい。今後の避難と掃討作戦のために、継続的に部隊を置けるようにするらしいです」

 

ハンクは橋の向こうを見た。

 

これまでのように、簡易的な検問所を設置するだけでは足りない。

 

避難を続けるなら、兵員も物資も必要になる。負傷者を受け入れ、装備を補給し、交代要員を配置するための拠点も必要だった。

 

「悪くない」

 

「ただ……」

 

隊員が残された車両へ目を向ける。

 

「その前に、これをどかさないといけませんね」

 

「そうだな」

 

ハンクは小さく息を吐いた。

 

「車両撤去だけで一日はかかる」

 

「やっぱりですか」

 

「重機も必要になる。燃料もいる」

 

「避難民の移動は?」

 

「撤去が進んだところから順番に通すしかない」

 

隊員は苦笑した。

 

「戦闘が終わったと思ったら、今度は道路工事ですか」

 

「そんなところだ」

 

ハンクの返事に、隊員が肩をすくめる。

 

それでも、少しだけ表情が緩んだ。

 

戦闘が終わった。

 

少なくとも今夜は、それだけでも大きな意味がある。

 

だが、テラグリジアの復旧は始まったばかりだった。

 

敵を倒しても、街が元に戻るわけではない。

 

壊れた道路を直し、放置された車両を撤去し、避難民が安全に移動できる環境を作る。そして、その場所を再び奪われないように守り続ける。

 

それもまた、戦いの一部だった。

 

その時、後方から足音が聞こえてきた。

 

ハンクたちが振り返る。

 

暗闇の向こうから、複数の人影がゆっくりと近づいてきた。

 

EUの交代部隊だった。

 

先頭の人影が止まると、隊員の一人が手を上げる。

 

「ハンク!」

 

「交代か」

 

「ああ。ここからは俺たちが引き継ぐ」

 

「やっとか」

 

隣の隊員が大きく息を吐いた。

 

「これで寝られますね」

 

「そうだな」

 

ハンクは装備を確認した。

 

トマホークの位置を確かめ、ベルトを締め直す。

 

それから最後に、もう一度だけ橋を見渡した。

 

大量の車両。

 

壊れた道路。

 

ところどころに残る血痕。

 

そして、まだ遠くに見える避難民の列。

 

大きな戦闘は終わった。

 

しかし、やるべきことは山ほど残っている。

 

「後は任せる」

 

「了解」

 

交代部隊がそれぞれの持ち場へ散っていく。

 

ハンクたちは橋を離れ、休憩所として使われている施設へ向かった。

 

しばらく歩いたところで、部下が口を開く。

 

「何時間寝られますかね」

 

「知らん」

 

「ですよね」

 

疲れ切った声だった。

 

ハンクは何も答えなかった。

 

今は、先のことを考える必要はない。

 

まず身体を休める。

 

それだけだった。

 

テラグリジアの夜は、まだ終わらない。

 

それでもハンクたちは、ようやく短い休息へ向かって歩き続けた。

 

     ◆

 

 テラグリジアの上空を、一機のヘリが飛んでいた。

 

 眼下には、夜明けを迎えたばかりの街が広がっている。建物のいくつかにはまだ煙が残り、道路には放置された車両が点々と並んでいた。昨日まで続いていた戦闘の痕跡は、空からでもはっきりと分かる。

 

 操縦席に座っているのはシェリーだった。

 

 隣ではスティーブが地図を広げ、現在位置と目的地を確認している。

 

「病院までは、あと少し」

 

「了解」

 

 シェリーは計器を確認しながら、機体を安定させた。

 

 今日の目的も昨日と変わらない。

 

 病院へワクチンを届ける。

 

 避難所として使われているあの病院では、今も多くの人間が治療を受けている。感染の疑いがある者を隔離しながら、負傷者の治療や避難民の受け入れも続けている。

 

 だが、ワクチンの在庫には限りがある。

 

 感染者が増え続けている以上、一度届けたから終わりというわけにはいかなかった。

 

「昨日届けた分も、かなり使ってるだろうな」

 

 スティーブがケースへ目を向ける。

 

「だから今日も補給ってわけね」

 

「ああ」

 

 シェリーは前方へ視線を戻した。

 

「見えてきた」

 

 スティーブが窓の外を指す。

 

 昨日と同じ病院が見えてきた。

 

 建物の周囲には警戒にあたる警察官やEUの隊員が配置され、屋上にはヘリの着陸スペースが確保されている。

 

 その周囲では、医療スタッフが忙しそうに動いていた。

 

「降りるよ」

 

 シェリーが機体をゆっくりと降下させる。

 

 ローターの風が屋上の埃を巻き上げた。

 

 着陸すると同時に、病院側の隊員が駆け寄ってきた。

 

 スティーブが後部座席からワクチンのケースを取り出す。

 

「今日の分だ」

 

「ありがとうございます」

 

 隊員がケースを受け取る。

 

 その時だった。

 

「シェリー!」

 

 病院の入口から、聞き覚えのある声が飛んできた。

 

 シェリーが顔を上げる。

 

「レディちゃん」

 

 入口にはレディハンクが立っていた。

 

 昨日と変わらない明るい表情で、こちらへ手を振っている。

 

「また来たんだね」

 

「うん。今日は私が操縦してきた」

 

「へえ。昨日はスティーブだったよね」

 

「そうそう」

 

 スティーブが苦笑しながら、隊員へ渡したばかりのケースを確認する。

 

「こいつを頼む」

 

「任せて」

 

 レディハンクがケースを受け取った。

 

 その顔には疲れが見えない。

 

 ただ、よく見ると制服には昨日の偵察でついたと思われる埃が残っていた。

 

「今日もちゃんと届いたよ!」

 

「そっちはどう?」

 

 シェリーが尋ねる。

 

「病院の中は問題ないよ」

 

 レディハンクは答えた。

 

「昨日ここに来た部隊の報告も確認したけど、今のところ新しいB.O.W.は確認されてない」

 

「それならよかった」

 

 スティーブが短く頷く。

 

 レディハンクはそのまま病院の入口へ目を向けた。

 

「でも、患者さんの方は大変」

 

「まだ増えてる?」

 

「うん。治療が必要な人もいるし、避難してきた人もいるから」

 

 レディハンクの声から、先ほどまでの明るさが少し消えた。

 

「スタッフの人たちも、ほとんど休めてないみたい」

 

 シェリーが病院を見る。

 

 入口を出入りする医療スタッフ。

 

 担架を運ぶ隊員。

 

 疲れた顔で壁際に座り込む避難民。

 

 昨日よりも多くの人間が、この場所に集まっているように見えた。

 

「……そっか」

 

「だから、私たちもできることをやらないとね」

 

 レディハンクが笑った。

 

 その笑顔を見て、シェリーも小さく笑う。

 

「それで、昨日は周辺も見回ったんだよね?」

 

「うん」

 

 レディハンクは頷いた。

 

「病院の周りを偵察して、生存者も何人か保護したよ」

 

「結構いた?」

 

「まだまだいると思う」

 

 その答えだけは、迷いがなかった。

 

「建物の中に隠れている人もいるだろうし、外に出られない人もいる。全部を確認できたわけじゃないから」

 

「そっか……」

 

 シェリーは病院の周囲を見回した。

 

 街は静かだった。

 

 銃声も聞こえない。

 

 人の叫び声もない。

 

 だが、それがかえって不気味だった。

 

 静かな場所ほど、何かが潜んでいる可能性がある。

 

「ハンターは?」

 

 スティーブが尋ねた。

 

「見たよ」

 

「何体?」

 

「複数」

 

 レディハンクは少し考える。

 

「正確な数までは分からないけど、何体かでまとまって動いてた」

 

「群れで?」

 

「うん」

 

 シェリーの眉が寄った。

 

「病院を狙ってた?」

 

「それは違うと思う」

 

 レディハンクは首を横に振った。

 

「病院の近くまで来たことはあったけど、入口を狙ってる感じじゃなかった」

 

「じゃあ、何をしてたの?」

 

「人を襲ってた」

 

 あまりにもあっさりした答えだった。

 

 レディハンクは少しだけ表情を曇らせる。

 

「生存者を探して……見つけた人間を襲っていた感じ」

 

 スティーブが腕を組んだ。

 

「つまり、ただの殺戮か」

 

「そうだと思う」

 

 レディハンクは周囲を見ながら続けた。

 

「私たちは慌てて駆け付けたけど、何体かまとまって人を追いかけてた」

 

「どのくらいいた?」

 

「正確な数は分からない。でも、まとまって動いていたのは確か」

 

「その後は?」

 

「確認できた個体は全部処理したよ」

 

 シェリーは黙って病院の外を見た。

 

 ハンターが病院を狙っているわけではない。

 

 それだけなら、まだ安心できる。

 

 しかし、それは同時に別の意味でも厄介だった。

 

 目的が分からないのではない。

 

 そもそも、特別な目的などなく、ただ人間を襲っている可能性がある。

 

「まだ救助を待ってる人、結構いそうだね」

 

 シェリーが呟いた。

 

「うん」

 

 レディハンクが頷く。

 

「だから今日も周辺を回るつもり。暗くなる前に、できるだけ探したい」

 

「無理はしないでね」

 

「シェリーに言われたくないなあ」

 

「え?」

 

「昨日もずっと働いてたでしょ?」

 

 シェリーが苦笑した。

 

「それは……」

 

「お互い様ってことで」

 

 レディハンクが笑う。

 

 スティーブは二人の会話を聞きながら、ワクチンケースを運び込む隊員の姿を確認した。

 

「必要なものは届けた」

 

 彼は腕時計を見る。

 

「俺たちは一度戻るぞ」

 

「うん」

 

 シェリーも操縦席へ戻る。

 

「じゃあ、またね!」

 

 レディハンクが手を振った。

 

「またね」

 

 シェリーも手を振り返す。

 

 ヘリのローターが回り始める。

 

 風に煽られ、レディハンクの髪が大きく揺れた。

 

「シェリー!」

 

「ん?」

 

「次に来る時は、ちゃんと休んできてね!」

 

「それ、レディちゃんにも言えるからね!」

 

「分かってる!」

 

 レディハンクは笑いながら答えた。

 

 ヘリがゆっくりと浮上する。

 

 シェリーは窓から病院を見下ろした。

 

 レディハンクたちはすでに入口へ戻り、ワクチンの搬入を手伝っている。

 

 その周囲では、医療スタッフが慌ただしく行き交っていた。

 

 避難所となった病院には、まだ多くの人間が残っている。

 

 そして、その周囲には救助を待つ生存者がいる。

 

 同時に、感染者やB.O.W.もどこかに潜んでいる。

 

「……まだ終わらないね」

 

 シェリーが呟く。

 

「ああ」

 

 スティーブは短く答えた。

 

 ヘリは病院を離れ、再びテラグリジアの上空へ向かった。

 

 地上では、レディハンクたちが病院周辺の警戒へ戻っていく。

 

 戦闘だけが、この街で続いているわけではない。

 

 人を探し、助け、治療し、守る。

 

 そうした小さな仕事の積み重ねが、崩壊しかけた街をかろうじて支えていた。

 

     ◆

 

テラグリジア側の橋のたもとに、一軒のホテルが建っていた。

 

そこはこれまで、現地警察部隊が管理する臨時の避難所として使われていた。

 

ロビーには簡易ベッドが並べられ、避難してきた市民たちが身を寄せている。疲労と不安を隠せない者も多く、子供を抱えた親や、負傷した家族に付き添う者の姿もあった。

 

入口付近では、EU部隊と現地警察による引き継ぎが行われていた。

 

「ここからは我々が引き継ぎます」

 

EU側の指揮官が告げる。

 

現地警察の隊長は、疲れ切った顔で頷いた。

 

「お願いします」

 

「そちらは?」

 

「別の避難所へ移動します」

 

隊長はロビーを振り返った。

 

「この街はどこも人手不足です。ここを守る人間も必要ですが、別の避難所も同じくらい戦力を必要としている」

 

「分かっています」

 

EU側の指揮官は短く答えた。

 

現地警察もまた、限界まで働いていた。

 

このホテルだけを守り続けるわけにはいかない。

 

避難所がある限り、そこにも警察官が必要になる。

 

「では、お願いします」

 

隊長はそう言い残し、部下たちとともにホテルを後にした。

 

残ったEU部隊が、ロビーの状況を確認する。

 

これからこのホテルは、EU側の前線拠点となる。

 

橋の警護。

 

避難民の受け入れ。

 

大陸側への移送。

 

そして、今後の作戦に必要な補給と部隊運用。

 

すべてが、この場所を中心に動くことになる。

 

その頃、ハンクたちには別の命令が下っていた。

 

「橋の車両撤去が終わるまで、メインストリートに向かう」

 

ハンクは集めた部下たちへ告げた。

 

「目的は偵察だ」

 

全員の顔を見回す。

 

「建物の中にはなるべく入るな。外から確認できる範囲を見て回る」

 

一拍置いて続ける。

 

「生存者を発見した場合だけ、状況を見て対応する」

 

「了解」

 

短い返答が返ってきた。

 

部隊はホテルを出た。

 

メインストリートへ足を踏み入れた瞬間だった。

 

部下の一人が、思わず足を止めた。

 

「……多すぎる」

 

道路の先。

 

数十体。

 

そのさらに奥にも、また人影が見える。

 

放置された車両の間。

 

歩道。

 

横断歩道。

 

店舗の前。

 

至るところに感染者がいた。

 

一体や二体ではない。

 

道路を埋め尽くすような数だった。

 

「ざっと見ても五十はいる」

 

別の隊員が呟く。

 

「いや、もっとだ」

 

ハンクが答えた。

 

車の陰から、さらに感染者が現れる。

 

倒れた人間のそばにしゃがみ込んでいる者。

 

ふらつきながら道路を横切る者。

 

建物の入口から、ゆっくりと出てくる者。

 

誰もこちらを明確に狙っているわけではない。

 

ただ、街を徘徊している。

 

その光景がかえって不気味だった。

 

「どうします?」

 

「近づくまで待つ」

 

ハンクは周囲を確認した。

 

放置車両が多すぎる。

 

不用意に射撃すれば、銃声に反応して別の感染者まで集まってくる可能性がある。

 

「少しずつ減らす」

 

先頭の感染者が近づいてくる。

 

ハンクが銃を構えた。

 

短い銃声。

 

一体が倒れる。

 

続けて二体、三体。

 

しかし、その銃声に反応したのか、道路の奥からさらに感染者が歩いてくる。

 

「増えたぞ」

 

「分かってる」

 

再び射撃。

 

感染者が倒れる。

 

だが、また別の集団が姿を現した。

 

「まるでキリがないですね」

 

「中心部に近づくほど増える」

 

ハンクは淡々と答えた。

 

部隊は放置車両の間を縫うように進んでいく。

 

感染者を必要な分だけ排除しながら、道路の先を確認する。

 

その先にも、同じ光景が広がっていた。

 

放置されたバスの周囲に十数体。

 

タクシーの列の向こう側には、さらに多くの感染者。

 

信号機の下にも数体が立っている。

 

「百は超えてるな」

 

誰かが呟いた。

 

ハンクは否定しなかった。

 

その時だった。

 

路地から異形の影が飛び出してくる。

 

「右!」

 

銃声。

 

ピンサーが道路へ倒れた。

 

「ピンサー!」

 

別の隊員が確認する。

 

屋外では、こちらの射線を遮るものが少ない。

 

距離を取ることができれば、対処は難しくない。

 

「ピンサーはまだ楽だな」

 

隊員が息を吐く。

 

「そうでもないぞ」

 

ハンクが言った直後だった。

 

車両の屋根を何かが飛び越えた。

 

「伏せろ!」

 

硬質な棘が飛来し、道路へ突き刺さる。

 

「トライコーン!」

 

部隊が一斉に身を低くする。

 

建物の二階。

 

割れた窓の向こうから、変異した腕がこちらを狙っていた。

 

二発目。

 

棘が車体へ突き刺さる。

 

三発目。

 

別の車両のボンネットを貫いた。

 

「位置を確認!」

 

「二階、右側!」

 

隊員たちが反撃する。

 

銃弾が窓ガラスを砕き、トライコーンの姿が建物の奥へ消えた。

 

「追いますか?」

 

「追うな」

 

ハンクは即答した。

 

「偵察だ」

 

部隊はそのまま前進を続ける。

 

だが、進めば進むほど感染者の数は増えていった。

 

やがて一つの交差点へ差しかかる。

 

そこでは完全に道が塞がれていた。

 

放置車両。

 

そして、その周囲を徘徊する大量の感染者。

 

ざっと見ただけでも三十体以上。

 

さらに車両の向こう側にも、人影がいくつも見える。

 

「これは……」

 

部下が言葉を失う。

 

「回り込む」

 

ハンクが指示した。

 

部隊は脇道へ入る。

 

だが、そこにも感染者がいた。

 

五体。

 

十体。

 

さらに奥から、別の集団。

 

「こっちもか」

 

短い戦闘になる。

 

銃声が狭い道路に響く。

 

感染者が次々と倒れていく。

 

しかし銃声を聞きつけた別の感染者が、路地の奥から姿を現した。

 

「また来た!」

 

「撃て!」

 

部隊は後退しながら射撃する。

 

ようやく脇道を抜けた、その時だった。

 

低い唸り声が聞こえた。

 

ハンクが足を止める。

 

「……ハンター」

 

放置された車両の向こうから、一体のハンターが姿を現した。

 

続いてもう一体。

 

その後ろから、さらに一体。

 

「三体!」

 

「来るぞ!」

 

ハンターが一斉に襲い掛かる。

 

隊員たちが射撃する。

 

先頭の個体が銃弾を受けて倒れた。

 

二体目が車両を飛び越える。

 

「左!」

 

射撃。

 

ハンターが地面へ落ちる。

 

最後の一体が側面へ回り込もうとする。

 

ハンクが位置を変え、部下たちと射線を合わせた。

 

数発の銃弾が命中する。

 

ハンターが道路へ崩れ落ちた。

 

「確認!」

 

「三体とも沈黙!」

 

だが、安心する暇はなかった。

 

銃声に反応した感染者たちが、再びこちらへ向かってきている。

 

「また集まってきた!」

 

部下が振り返る。

 

道路の両側から、何十体もの感染者がゆっくりと近づいてくる。

 

「引くぞ」

 

ハンクが命じた。

 

「偵察は十分だ」

 

部隊は後退を開始する。

 

迫ってくる感染者を必要な分だけ排除しながら、来た道を戻っていく。

 

やがてホテルの方向へ戻れる距離まで下がったところで、ハンクは一度だけ振り返った。

 

遠くに、テラグリジアの中心行政本部が見える。

 

しかし、そこへ続くメインストリートは放置車両と大量の感染者によって埋め尽くされていた。

 

「中心行政本部までは、まだ遠いな」

 

部下が呟く。

 

ハンクは道路の先を見つめた。

 

「簡単には行かせてくれん」

 

橋を確保した。

 

避難路も確保しなければならない。

 

だが、それだけでテラグリジアを取り戻したことにはならない。

 

街の中心へ進むには、まだ数え切れないほどの感染者とB.O.W.が残されている。

 

ハンクたちは、その現実を確認したところでホテルへ戻っていった。

 

 

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